(10) 攻防・上
その部屋は紺色の光に満ちていた。
そっと部屋中を見渡し、英が口元に笑みを浮かべる。警戒してか、秘書は部屋の外に待機していた。
「はじめまして、僕は『花鳥風月探偵事務所』の所長兼唯一の探偵、英です」
「自分は刑事課特別捜査官の佐々部です」
英が差し出してくる手をしばらく眺めてから、佐々部は握手を交わす。
だけど内心ではもう帰りたくなっていた。
(うわっ。この探偵嫌いなんだけど)
笑みを浮かべている英はこちらの気を知ってか知らずに、部屋の中をもう一度見渡してから口を開く。
「警察にもまだ能力者がいたんだね」
「ええ。自分はまだ二年目ですけど、他にもいるらしいです」
「これは、箱かな。能力はよくわからないから振れないほうが良さそうだね」
「その方が賢明だと思います」
(まあ触れても何ともないけど。ただ、少し能力が使えなくなるだけで)
適当に会話しながらも、佐々部は英の意図を探ろうとするが、それは無理そうだ。
温厚そうな笑みに隠されて、何も伺うことができない。
(ああいやだいやだ。この人ほんと嫌い)
「今日は期待しているよ」
「ありがとうございますー」
(へいへい。そんなこと微塵も思っちゃいないっすよねぇー。まるわかりだよ)
「僕はこの部屋の前にいるから、何かあったら呼んでね。なるべく部屋の中に被害はいかないようにするけど、危なくなったら逃げるんだよ。って、どこから怪盗が襲ってくるのかわからないけど」
「ご厚意感謝しますー」
英の背中が扉越しに見えなくなると、佐々部はため息をついた。
今回は絵画に直接能力を施していないが、代わりにこの部屋全体を紺色の光で覆っておいた。これで、少しは戦いに有利になるだろう。
(体術は得意だ)
前に一度『怪盗メロディー』と相対したときのことを思い出す。余りにもあっさり宝石を盗むことなくいなくなった彼女は、女性でもしかしたら子供かもしれないと佐々部は思っていた。
二十年以上活躍している怪盗がどうして子供なのかわからないが、もし子供でも『怪盗メロディー』を名乗っている以上、佐々部は彼女を捕まえなければいけないだろう。
(えっと、手錠手錠。あれ。ああ、あった)
ため息をついて緊張を少し霧散させた時、窓に人影が映り込んだ。
光の矢が窓を打ち破り、そこから高い笑い声が聞こえてくる。
時刻は二十二時――
「お馬鹿な警察さん。今宵も、素敵な宝物を盗みにきたわよ」
栗色の髪の毛をポニーテイルに結っている少女がそこにいた。
くすっと楽しそうな笑みを浮かべた彼女は、紺色の部屋の中を警戒しながら見渡す。
「で、でたな『怪盗メロディー』! って勝警部だったら言いそう」
佐々部は彼女との距離を空ける。正確には窓から距離を取った。光の矢が何の力を持っているのかはわからないが、警戒に越したことはない。
絵画は佐々部からみて右側にある。距離は怪盗メロディーのほうが近い。
(えっと、ちょっと濃度を上げて)
右手を閉じて開くと、部屋の中に満ちていた紺色の光の濃度が少し上がった。これでも紺色に触れたものはその能力が使えなくなるだろう。佐々部の能力は特別高いわけではない。ただ、空間を紺色の光で満たし、それを振れたものの能力を一時使えなくするだけだ。それでも今回の怪盗メロディーみたいに対能力者の場合、佐々部の力は有効なため、いくら適当な言動や行動をしていても黙認されていた。中には彼を疎ましく思っている刑事もいるけれど、それは無視すればいいだけだろう。佐々部は適当な性格なので、適当に今回の事件も終わらせるつもりだった。
(光の矢の使い手はどこかなぁ)
目の前の彼女がそうじゃないことは知っている。前の相対で、彼女は能力を使っていない。
「また貴方?」
「覚えていてくれたんだ。嬉しいなぁ」
「警察の貴重な能力者みたいだもの」
「そうそう。その通りー」
紺色の光を少し縮小させる。
窓が割れる音は扉の外まで漏れていたのだろう。扉の外から英の声が聞こえてくる。
「大丈夫?」
「まだ平気ですよ」
扉が開く。にっこり笑みを浮かべる英は、窓の縁に立っている怪盗に目を向けると笑みを強めた。
嫌な予感がする。それは佐々部じゃなく、怪盗メロディーも気づいたのだろう。眉を潜めた彼女は、一瞬絵画に目を向ける。距離を測っているのかもしれない。
そこで、佐々部は気づいた。
(今回は風を使っていた人はいないのかな?)
前の相対の時、窓を破ったのは風だった。その後に光の矢が降ってきたのを佐々部は覚えている。けれど今回は光の矢しかない。
(どこだ。風使いは、どこにいる?)
ははっ、と英が笑い声を上げる。
「やっと、会えたね。怪盗メロディー。犯罪者」
「……貴方が探偵のようね。今回、予告状も挑戦状も貴方が偽装したものなのかしら」
「それってどういう」
佐々部が言葉を挟むが、その前に英が答える。
「違うよ。それは君たち怪盗がやったのだろう」
「……たち?」
「怪盗メロディーが四人組だということは、知っているんだ。一人はもう捕まえたよ」
「捕まえ、た?」
明らかの少女の表情が変わった。驚愕するように口もとに手を当てると、小さく何かを呟く。
「そう。風の使い手は僕が捕まえたよ」
英が右手を一閃させると、部屋の中に甘い匂いが満ちる。どこからか現れた赤い薔薇の花弁が、幾枚か怪盗メロディーに向かって行った。
「君も、捕まえさせてもらうよ」
「やれるものならやってみなさい」
怪盗メロディーは絵画に目を向ける。佐々部は紺色の光を操るのをやめた。
嫌な予感がするからだ。今は怪盗ではなく、隣にいる英を警戒したほうがいいような。
紺色の光が消える。それをいつでも展開できるように自身の周りに淡く光らせておいた。
「袋小路」
英が秘書の名前を呼ぶ。
傍を、風が駆け抜けた。
袋小路と呼ばれた女性が、怪盗メロディーに肉薄すると、首に腕を絡めるようにして怪盗の背後に回った。窓の縁に静かに足を置き、袋小路は静かに怪盗に語り掛ける。
「動いたら、首から血が出ますよ」
嘴のように鋭い爪が、怪盗メロディーの首に当てられた。




