(6) 卑怯なやり方・上
「ぴんぽんぱんぽーん! 次は、二回戦四組目、中等部代表七ッ星蓮見選手対二年A組喜多野風羽選手! でてこいやぁ!」
放送委員長のアニメ声を遠くで聞きながら、風羽は会場に足を一歩踏み出す。
瞬間、世界が変わった。まるで別世界のようなそこは、体育館とは打って変わり、無機質な白い地面に、白い壁、白い天井、白い空間へと移り変わる。
(これが幻想結界か)
一年生の頃はまだ風羽の能力はそこまで高くなく、バトルトーナメントに出場するほどの実力はなかった。
その自分が今ここにいる。体育館に、バトルフィールドに、ただ乃絵の代わりとして唄を守るのを目標にして、ここにいる。
その為に力を徐々に蓄えてきたのだ。精霊の力を自分のもとのできるように、風の加護を受けてここまで来た。産まれてからだとか、何十年もだとか、何年もだとか、他の精霊遣いみたいに風羽は精霊と長い間一緒にいたわけではない。たった二年だ。その二年で、全てが変わった。
今まで知らなかった能力者の世界に身を置き、風羽は自分の力を自覚して使えるようになったのだ。
まだ能力者歴二年の自分に比べると、先天的な能力者からすると赤子同然なのかもしれない。
人は、成人を超えたら能力は芽生えないという。その事例は未だない。
後天的な能力者でも、ほとんどは十代になる前に能力を開花させる。
風羽が能力者になったのは、中学三年生の頃だ。能力を開花するには遅すぎたといってもいい。
だから風羽は他能力者からすると新参者で、まだ弱いだろう。
これから戦う相手は睡蓮の弟だ。睡蓮がいつから精霊遣いかはわからないが、それでも侮っていい相手ではない。中学生だからといって、能力は年齢とは比例しないのだから。
(できれば、精霊を召喚しないで終われるといいのだけど)
今夜のことを思い、風羽は右手を握りしめた。
風羽が出て行った入り口とは別のところから、七ッ星蓮見が現れる。短い黒髪に、まだ幼さの残った顔立ちの少年は、中等部の制服に身を包みながら意志の強そうな黄緑色の瞳でこちらを睨んでいた。その瞳を、風羽は眼鏡越しから黒い目で見返す。
(さて)
風羽が構えるよりも早く、放送委員長のアニメ声がバトル開始を告げる。
「よーし、バトル開始じゃい!」
最初に地を蹴ったのは蓮見だった。
風羽は右手に風を纏わせて構える。
何やら蓮見の口が動いている。
さっきまで何も持っていなかったはずの蓮見の右手に、草の鞭のようなものが現れた。それを、蓮見が風羽に向かってしならせる。
眼前すれすれで草を交わし、風羽は一歩後ろに下がった。
(草の鞭……睡蓮の水の鞭に似ているね)
精霊遣いかな、と風羽は呟いた。
「そうですよ」
一撃目が当たるとは思っていなかったのだろう、蓮見は鞭を床に垂らしたまま構えることなく黄緑色の瞳で睨んでくる。
「喜多野先輩って、精霊遣い何ですよね? 噂で聞きました」
風羽は風を体全体纏うように展開させる。
「精霊は召喚しないんですか? そうしないと俺には勝てませんよ」
「……君には必要ないと思ってね」
「その言葉ってもしかして挑発ですか? 俺はそんな言葉に惑わされませんよ」
「そうだろうね」
さて、どうしようかと風羽は考える。距離が近すぎるので、風で全力を注ぐと自分も巻き込まれるかもしれない。
(試してみるか)
風羽は少し口の端をつり上げる。
「蓮見君、君の能力って姉にそっくりだよね」
「ッ!」
わかりやすく顔色が変わった。意志のこもった目はそのままだが、大きく目を見開き、すぐに忌々しそうな形相になる。
(なるほど)
「それ、いま関係ありますか。というか、喜多野先輩って、姉の知り合いなんですか」
「そうだよ」
「それはびっくりです。だって、姉って、学校行ってないんですよ? 不登校なんですよ? 学校に行かないことでお父さんに反抗しているつもりの弱虫なんですよ? 父からも、俺から逃げたって、それで何か変わるなんてあり得ないのに。父は、元から姉のことなんて見てないんだから、いたっていなくったって変わらないのにッ」
どこか嘲笑するように、忌々しそうに蓮見が遠くを見つめる。
「もうあの人はいないんだから、家から出たって関係ないのに」
「……姉思い何だね」
「そんなこと……ッ、ありませんからッ!」
草の鞭がしなり、向かってくる。
ため息と共に風を放出することによって、草の鞭の軌道をずらし風羽は微笑んだ。
リングの縁はすぐ後ろだ。会場に入った時、風羽は入り口からほとんど動いていない。
白い天井、白い壁、白い床。そして、今風羽の背後に赤い線が引かれている。
どちらかが赤い線から出たら、そこで試合は終了となる。
鞭を手放した蓮見が何かを呟く。再び、別の鞭を構えた蓮見が、飛びかかってくるように地を蹴った。
どうやら姉の話題は蓮見にとって戦う意志を増幅させるほどの効果があったらしい。
ちゃんと周りの状況をわかっていない彼の突進を、風羽はギリギリで避ける。
「あ」と蓮見の目が開かれたがもう遅い。
リングの縁で止めようとした蓮見の足を、操った風で払う。
でんぐり返しするかのように、勢いそのままの状態で蓮見がリングを飛び出て白い壁に背中を打ちつけた。
「……卑怯だ」
喋る気力はあるようだ。それもその筈、壁にぶつかる寸前に風羽が風のクッションを蓮見との間に作ったからだ。いくらか勢いを吸収できたのだろう。
蓮見は、黄緑色の瞳でこちらを睨みつける。
それを風羽は眼鏡越しに眺めた。
(確かにこれは卑怯かもしれない)
けど、そんなこと言っていられない。大切な人を守るためなら、卑怯だなんだと考えている余地なんてないのだ。
(ヒカリだったら怒るかな)
それだったらそれでもいい。これが風羽の戦い方だ。
少しでも甘えを残すと、背後から別の何かに足許をすくわれるかもしれないのだから。
「ごめんね」
風羽は静かに謝る。
忌々しそうな蓮見の視線から逃れるように、風羽は背を向けると入り口とは別の方角から出て行くことにした。
「しょ、勝者は、二年A組、喜多野風羽選手! ちょっと卑怯な気もしましたが、なんと、五分で決着がつきました! ……早いよ、早い!」
放送委員のアニメ声を遠くで聞きながら、風羽はリングを後にする。




