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闇夜に奏でるノクターン  作者: 槙村まき
第三曲 前夜祭
24/47

(4) 帰り道

 風羽からきたメールを確認してヒカリはすぐに立ち上がった。

 教室を見渡すと、唄はもう廊下に出るところだった。

「う……」

 声をかけようとして慌てて噤む。唄は目立つのを嫌っている。だから、ヒカリと一緒にいると目立つので中学に入ったあたりから一人で登下校するようになってしまった。

 ヒカリは今でも一緒に歩きたいのに、なぜか唄はいつも先を歩いているような気がして……ヒカリは早歩きで唄の背中を追いかけた。

 校門を出るときには追い付き、生徒もまばらだったのでヒカリは唄に声をかけた。

「唄っ」

「……ヒカリ?」

 訝しそうに眉を潜める唄を見て、ヒカリはメールの文面を思いだしながら用件だけを伝える。

「明日の朝、また図書室で待ってろって」

「……ああ。風羽からね」

「うん。そう」

「わかったわ。じゃあ」

「あ」

 一緒に帰ろうぜ、と言いかけようとして口を噤んでしまった。

 首だけで振り返り、唄が不思議そうな顔をした。

「あ、あの、さ」

「何かしら。他にも何か風羽から言われているの?」

「えっ。い、いや、違くって、さ」

「……何」

 声のトーンが低くなり、唄が不機嫌そうになる。

 ヒカリは何とか声を絞りだそうとして、視線の先――校門から出てきた男子生徒にまだ十歳ぐらいの少女が近寄って行く光景を見つけて、思わずあんぐりと口を開けてしまう。

 ヒカリの視線を辿った唄が、「あら」と呟いた。

「へぇ、あの転校生。目つき悪くって危なっかしいイメージだったけど、可愛い妹さんがいるのね」

「え? 妹?」

「そうなんじゃないかしら。……でもヘンね。似てないわ」

 首を傾げる唄。

 ヒカリは転校生の灰色優真ではなく、どこかで見覚えのあるさらさらとした金髪の少女に目を向けていた。

(えっと、どこだっけ)

 確か数日前だった筈だ。あの少女とは合った覚えがある。

「あ、コンビニ!」

 思わず大きな声を出してしまい、唄が不可解そうに眉を潜める。

「何」

「い、いやぁ。あの、優真と一緒にいる女の子と俺、前にあったことあるんだよ」

「へぇ」

「コンビニの前で偶然な。確かその時、あの子親父と一緒だったと思うけど……優真、親父にも妹にも似てねーなぁ」

「そうね」

 そっけない唄の声に気づかないぐらい、ヒカリは二人を眺めるのに夢中になっていた。

 静かに囁き言葉を交わしていた優真と少女は、手を繋ぐと歩きだす。

 こちらに向かって。

「あ」と唄が視線を伏せ、「よう」とヒカリが声を上げる。

「チッ」と優真が舌打ちすると同時に、傍の少女が優真の手を離れ、「あっ。あのときの、おにぃちゃん!」と言いながら緑色の瞳をキラキラさせて走り寄ってくる。優真は前髪をぐしゃってやると、明らかに不機嫌そうな目で睨んできた。

 黄色味かかった白い瞳から目を逸らし、ヒカリは少女と向かい合った。

「おにぃちゃん。ふうかね、またあえてうれしいよ」

「……どうして、お前が楓花のこと知ってんだ?」

「楓花っていうのか?」

「……そうだ」

「いや、前コンビニで楓花ちゃんと親父さんと会って」

「親父?」

「金髪で赤い目をしたなんかすごい雰囲気の男」

「そうか」

 優真が静かに思案する。

 ヒカリは、少女――楓花と目線を合わせるとにこやかに笑いかけた。

「元気にしてたか?」

「うん!」

「お前、優真の妹だったんだなぁ。今日は一人で優真を向かえにきたのか?」

「ううん」

 静かに首を振ると、楓花はヒカリの後ろ――唄のいるところを見て花が咲くように微笑んだ。

「おとうさんといっしょ、だよ?」



 唄は全く気づかなかった。背後に人が立っていることを。

 楓花の指から逃れるように背後を見ると、そこには爽やかな金髪の赤色の瞳をした男性がいた。

 そして唄は遅れて気づく。彼とは、今朝、テレビ越しで合っている。

 『花鳥風月探偵事務所』唯一の探偵で、怪盗メロディーを敵対視している当人だった。

 唄は悟られないようにヒカリの傍により、そっと声をかけた。

「気をつけて」

「何を?」

 すっとんきょんな声をヒカリが出すが、唄は答えない。

 余りにも温厚で自分の本心をさらけ出すことのないまるで接客のお手本のような優しい笑みを浮かべた男性は、ゆっくりと腕を上げると楓花に声をかける。

「楓花」

「おとうさん!」

 嬉しそうな笑みで、楓花が探偵のもとに行く。

 唄は二人の顔を見比べて、すぐに家族だとわかった。瞳は赤と緑と違うが、さらさらと風にそよぐ金髪は共通だ。二人が並ぶと、まるでその場だけ煌びやかな雰囲気が出るから不思議だ。

 優真が険しい顔で歩きだすと、探偵――英の耳元に何かを囁く。

 一瞬英が目を見開き、すぐに柔和な笑みに戻ると、優真に何かを言った。

 唄は警戒心を解くことなく、ちゃっかりとヒカリの後ろに隠れる。

 「え?」「お」「うん?」「な、なに」「へ?」とか聴こえてくるが、今回は気にしないでおく。



 静寂を打ち破る声がその場に響いた。

「や、やあ、き、奇遇、だね!」

 目を向けると、そこには女性的な顔立ちをした男子生徒がいた。『二年C組』のクラス委員長の天津帆足だ。

「……えっと、天津君だったかしら」

 唄が帆足に声をかける。

 声をかけられた当事者は、一瞬きょとんとした表情をして、それから顔をばばっと赤くした。

 そのまま帆足は背を向けると、「今日も良い学校日和だったね、君たちッ! また明日も素晴らしく楽しい学園ライフが待っているよ!」と叫びながら去って行った。

 再び静寂が戻る。

 楓花がとことことヒカリのもとにやってきた。

「おとうさんとおにいちゃん、むずかしいおはなししていてわかんない。おにぃちゃん。ものがたりよんで!」

「え? いや、でもここに絵本ないし」

「むぅ」

 頬を膨らまし、楓花が不機嫌そうな声を出す。でもすぐに表情を崩すと、寂しそうに男性に目をやった。

「おとうさんもおにいちゃんも、さいきんずっとおしごとがいそがしそうで、ふうかにかまってくれないの。あそんでほしいけど、いったらいけないきがする。どうしたらいいのかわかんないし、ふくろうはきらいだし」

「……そう、か。大変だな。楓花の親父、何してんだ?」

「……うーん。それは、いっちゃだめだって」

「気になるけどしゃーないな。て、あれ、梟飼ってんのか?」

「ううん?」

 楓花が首を傾げる。

 ヒカリも首を傾げ、不思議そうな声を出す。

「え、だって今梟って」

「ふくろうは……おとうさんのあいじん」

「愛人っ!」

 思わず大きな声が出てしまった。話し込んでいる二人――一方的に優真が起こっているようにもみえる――に聴こえていなかったようで、安堵するとともにため息をついた。

「はぁー。びっくりした。あ、愛人、ってマジで言ってんのか?」

「まえよんだえほんにかいてあったの。おとうさんをふうかからとろうとしているふくろうみたいなおんなのひとは、あいじんだって。ふうかのおかあさんはね、もうしんじゃってるんだ。とてもさみしいよ。でもね、あたらしいおかあさんはいらない。ふくろうはつめたいし、すきじゃない。……でも、でもね」

 葛藤するかのように目を伏せ、楓花は涙を滲ませた目でにこやかに微笑みむのだった。

「おとうさんが、ふくろうをすきならそれでもいいの。ふうかはふくろうのことすきじゃないけど、ふうかはおとうさんのことはだいすきだから。おとうさんがわらって(、、、)くれるのなら、それだけでじゅうぶんなの」

 ヒカリは思わず楓花の頭に手を乗せてぐしゃぐしゃっと髪の毛を撫でてやった。

 不思議そうな顔で楓花が見上げてくる。

「今度面白い話考えてくるぜ」

「ほんと! うれしい! ありがとう、おにぃちゃん」

「ヒカリで良いぜ」

「ヒカリッ」

 純粋無垢な笑みを浮かべる楓花。

「おい」

 話し終えた優真が戻ってきた。

「うん?」

「楓花になれなれしく触るな」

「あ、すまん」

 背後から「シスコン?」というつぶやきが聞こえてきたが気にしないでおこう。

 楓花が嬉しそうに優真の腕に抱きつく。教室で一度も見たことがない優しそうな笑みを優真は浮かべていた。

「優真に話を聞いたところ、どうやら二人は優真のクラスメイトなんだね」

「あ、はい!」

 男性が傍に来ており、ヒカリと唄に声をかけた。男性は体を屈め、内緒話をするかのように小声で囁く。

「転校してきたばかりで優真、友達いないんじゃない? よかったら、友だちになってあげてくれないかな」

「も、もちろんっす!」

「……そうね」

 元気にヒカリが返事をするが、唄はポーカーフェイスで答えるだけだった。

「じゃあ、僕たちはこれで。……ああ、そういえばもうすぐ文化祭があるんだって? 楽しみだね」

「……そうね」

「唄?」

 初対面の相手に対しての唄の様子に気になったものの、ヒカリが声をかける前に優真の低い声が聞こえてきた。

「おい。帰るぞ」

「ああ、今行くよ……って、あ、そうそう。これを渡しておくよ。何かあったらいつでも連絡してね」

 そう言って、男性は名刺を一枚ヒカリに渡してきた。それを受け取り、ヒカリはそこに書かれている名前と肩書きを確認して、間抜けに口を開く。

 『花鳥風月探偵事務所・所長 英』と書かれていた。横から覗き込んだ唄が「やっぱり」と呟く。

 英が楓花の空いている方の手を握ると、三人は並んで歩きだす。その後姿は、優真だけ浮いているように見えるものの、仲の良い家族そのものだった。


 コホンと唄がから咳をした。

「どうした。風邪か?」

「違うわよ。周り見なさい」

 唄の言葉で周りを見渡すと――なるほど、流石名高い探偵だ。金髪の美しい容姿は、数多の視線を集めてしまっていた。

 唄は目立つのを嫌っている。彼女はヒカリから離れると、帰路に足を進めた。

「唄」

「……何?」

「い、一緒に帰ろうぜ」

 言えたッ。と思ったのも束の間、唄の冷たい声が聞こえてきた。

「いや」

 ヒカリは暫く放心するが、唄の背が遠くなるのに気づき走り寄った。

「じゃ、じゃあ、さ。明日の朝、一緒に登校しようぜ。朝早かったら、人も少ないだろうし」

「……どうして?」

「どうしてって、いや、そんなの」

(決まってるじゃねーか)

 言葉を飲み込み、ヒカリは唄の背中で弾む三つ編みを見つめ続けた。

 辛うじて聞こえる声で、唄が囁く。

「いやよ」

 それはどういう意味なのか。ただ、目立つのが嫌なだけなのか。それとも――。

 ヒカリは唄の背中を見逃さないように、三つ編みを見つめながら彼女の後を追いかけた。

 そのまま家の前まで追いかけるかたちとなり、ヒカリは唄と下校できたことから湧き上がる喜びに、小さくガッツポーズをする。

 玄関に唄が消えていくのをヒカリは笑顔で見送った。

 遅れて挨拶をするのを忘れていたことに気づいたが、それは明日の朝の楽しみにとっておこう。

 ヒカリはうきうきとしたまま自分の家に入った。

「ただいまー!」

 と元気な声で挨拶をすると、リビングから「おかえり」という姉――中澤ヒナの声が聴こえてきた。



    ◇◆◇



「あははっ。いやあ、驚いたねぇ」

 事務所に入ると同時に英が不気味な笑い声を上げる。

 優真は楓花の手を握ったままソファーに座るが、英はそのまま給湯室よりも奥の部屋に消えてしまった。確かそこは袋小路の部屋だった筈だ。秘書である袋小路は、たまにいなくなるものの、仕事がない時はたいていそこで過ごしている。

「ゆうまおにいぃちゃん。えほんよんで!」

「ああ。じゃあ、今日はこれにしようか」

 楓花の声に我に返り、優真は近くの棚に並べられている絵本を一冊抜きだすと、楓花に読み聴かせるために机の上に開いた絵本を置く。

 ページを捲りながら、優真は低い声で絵本を朗読する。

 何が嬉しいのか、いつも楓花は笑顔で聞いてくれていた。その無邪気な笑顔を眺めるのが優真は好きだった。

(もう。オレには無理な笑顔だ)

 優真は、先天的な能力者でも、後天的な能力者でもない。

 どちらかというと後天的なのかもしれないが、優真は――――人工的に作られた能力者だった。


 狂気の科学者マッドサイエンティスト。または、狂気の科学者(ネクロマンサー)


 生きた人体を解剖したり、一から新しい生物を生み出したり、死んだ人の体を繋ぎ合わせて動かすのが好きなやつだった。

 優真はその実験体だった。

 両親が死んで孤児院に入っていた優真は、科学者にまるでペットを飼うかのように軽く買われていったのだ。

 そこで優真は――絶滅したはずのニホンオオカミの遺伝子細胞を埋め込まれ……他の実験体の子供が死んでいく中、優真だけが生き残った。

 それは三歳の頃だった。

 それから実験のために体を切り刻まれたり、実験動物と戦わされたりしながら優真は、二年間研究所で過ごし――五歳になったある日、研究所から逃げ出した。

 そのあと、たまたま英に拾われて、今に至る。


 あの時の、他の子供の悲鳴をたまに思い出すときがある。

 ある者は安らかな顔をして逝き、ある者は叫びながら全身を掻きむしり死んで逝った。

 そして研究所にはいつもなにか(、、、)の血の匂いが充満していた。

 それを、優真は忘れることがない。


 給湯室の中から袋小路が出てきて、お茶の入った湯呑を二つ机の上に置くと、給湯室に戻って行く。

 その背中を、優真は睨みつけた。

 あの女は――袋小路と名乗っている得体の知れない女は……いつも、血の匂いを纏わせている。

 それが、優真が彼女を苦手としている理由だった。

 恐らく楓花も袋小路のことは苦手だろう。袋小路と一緒にいるとき、彼女はいつも難しい顔をしていることが多い。

 能力者ではない楓花でもわかるほど、袋小路はあまりにも異質な存在なのだ。

 そんな異質な存在を放つ女を、英はどうして秘書として雇っているのか。

 それは、優真も知らないことだった。


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