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闇夜に奏でるノクターン  作者: 槙村まき
第二曲 幻想祭・準備編
20/47

(13) 再会

「久しぶりだね。乃絵」

 病院の白いシーツの上で、白い病衣に身を包んだ少女が眠っている。口からは呼吸用の(くだ)が伸び、それは彼女が自力で呼吸をできないことを示していた。

 穏やかに寝ているように見えるのに、彼女はあれ以来目を覚ますことのない体になってしまったらしい。いつ息を引き取ってもおかしくないと兄が言っていた。

 その兄は病室の隅に立っている。風羽と乃絵の再会を見守るかのように。

 点滴の針の刺さっている腕に触れて、風羽は乃絵の手を握った。

(僕のせいで)

 こんな痛々しい姿にしてしまった。

 でも今更遅いのだ。後悔と自責の念に襲われるには、あれから期間が空きすぎた。

 だから、ただ風羽はこう思うのだった。

(生きていてくれてよかった)

 死んだといわれたとき、もう会えないと思ったから。こうして、手を振れ合うことができるのは小さな幸せだろう。

 一滴、頬を涙が伝っていく。

 乃絵の外傷はほとんど治っているらしい。けれど、彼女自身が生きることを放棄している。だから呼吸をすることをも、目を開けることも、息をすることも、やめてしまっている。

(あのときの兄さんの言葉は、ある意味間違いじゃないのかもしれない)

 こんな姿、生きているといえるのだろうか?

 屍のように過ごしていたあの日々を思い出す。

(乃絵のこの姿は、あの時の僕と反対だ。死んでいるのに生かされているみたいだ)

 ふと思い出したかのように、千里が口を開く。

「もしかしたら、彼女は生きることを放棄しているんじゃないかもしれない」

「どういう意味?」

「これはあくまで俺の自論だと先に行っておくよ。あの時、鷹野と名乗っていたあの女の仲間の能力で、彼女は眠らされているんじゃないのかな、って」

 そういえばあの時、女性が言っていなかったか。

『相原乃絵さんの体は一生治らないでしょう』

 風羽はあの時、あの言葉の意味を履き違えていたのかもしれない。

 風羽の所為で、乃絵がこんな体になってしまったんじゃないのかもしれない。

 あの女か、その仲間の所為で乃絵は頭から血を流して倒れていた。その可能性もあるかもしれない。

 かもしれないばかりで、本当のことは風羽にはなにもわからない。

 それでも、あのとき風羽が能力を隠さなければ、乃絵が巻き込まれることはなかったのだ。直積的にしろ間接的にしろ、乃絵をこんな姿にしてしまったのは風羽の所為だ。

 ただ、これからの風羽の目的が、いままであやふやになっていた風羽の思いが、ここで決まった気がした。

「兄さん。あれから、鷹野とか名乗っていたやつのこと、何かわかった?」

「……何をするつもりだい?」

「乃絵を治させる」

「風羽。もしかしてお前、唄ちゃんを裏切るのか?」

「どういう意味?」

「……いや、ごめん。いまの言葉は忘れてくれ。ただ、もしかして風羽はあいつらの仲間になるんじゃないかと思ってね。いや、そんなことないと思うけれど。俺も一応調べているんだよ。乃絵ちゃんを治すことのでき能力者。一人心当たりがあったんだけどさ、彼女はもう能力を失っていたから頼れなかった」

「僕は、あいつらの仲間になるつもりなんてないよ」

「でも、あいつらの仲間になったら、乃絵ちゃんは治るんだよ?」

「……その確証はない」

 乃絵から視線を逸らし、風羽は兄を見る。

 千里はやれやれとした態度で肩をすくめた。

「確かにそうかもね。けど、これは危険なことだ」

「どれぐらい?」

「風羽は、唄ちゃんと乃絵ちゃん。どちらの方が大切だい?」

「……」

 無言。

 風羽はそれを答えとした。

「……そうだろうね」

「兄さん。今の質問。何か意味があるの?」

「……いや、特に意味ないよ。ただ、あのとき抜け殻のようだった風羽を視ていたからさ。ごめん。意地悪な質問だったね。聞かなかったことにしといてくれ。で、鷹野と名乗っていた女だっけ」

「うん」

「彼女のことはまだわからないんだ。仲間がいるらしいけど、どうしてもみつからない。名前が偽名で、出身も、住所も、生年月日や年齢だって、彼女は偽りだらけで喜多野家に使えていた。そのうえ俺たちは彼女の顔を覚えていない。その状態で見つけるのはなかなか困難だよ」

「……そう。ありがとう」

「いや、弟のためだったら、兄さん、頑張るぜ」

 おどけたように声を上げる千里。

 風羽はそんな兄を見て、思わず微笑んだ。


(一つだけわかったことがある。あの電話の声は、乃絵じゃない。……これも、敵の能力かもしれない)



    ◇◆◇



「で、弟に悟られる前に逃げてきたわけだ」

「うるさいなぁ」

「クソだな。弱虫のてめぇらしいや。きゃははっ。弟のことが嫌いなくせに、よくやるぜ」

「俺は、風羽を弟として愛しているよ。それは変わらない」

「愛だって! 笑わせる。愛を知らないちーちゃんが、愛なんて語るなよ。反吐が出る」

「いつも言っているけどね、はっちんは女の子なんだから、もっと可愛い言葉を使いなさい。汚い言葉を使っていると、男になっちゃうかもしれないよ」

「でたよ。自分に都合が悪くなると、ちーちゃんはいつもそれだ。オレだってな、女じゃなくって男に生まれたかったよ。こんな細っちい体じゃ、筋肉がつきにくいんでね」

 フンと鼻を鳴らして小柄の少女が顔を逸らす。

 千里はため息をつくと、笑みを消した。仕事柄、親しみやすいように笑顔を浮かべているものの、この少女は依頼人ではなく、気のおける仕事仲間なのでリラックスしてしまう。

 仕事場兼住居の私室の中。狭い建物のため、ベッドを二つ並べて二人は向かい合っていた。

 少女は真っ黒い忍者のような装束を身にまとっていた。髪の毛も煤のように真っ黒で、対照的に肌は白い。目は大きく、眉がきりっとして、普通にしていれば可愛いのに、「きひひ」と不気味な声を上げる口を大きく獣のように開いており、それが少女の美貌を台無しにしていた。

 日加里蜂(にっかりはち)。まだ十五歳で、幻想学園の一年生の彼女は、喜多野千里の仕事仲間だった。どういう経緯でこうなったのか、それを考えると頭が痛くなる。

 千里頬をぽりぽりと掻き、それから大きな欠伸をする。

 もう夜の二十三時だ。夜行性の蜂と違って、規則正しい生活をしている千里はもうおねむの時間だ。子供は大人しく寝よう。千里は二十三歳だけれども。

「ちーちゃん」

「なぁに、はっちん。俺は眠いよ」

「オレはぜんっぜんっ眠くねぇ。それよりもさ、本当によかったのかよ」

「何を?」

「はんっ、しらばっくれてんじゃねーよ、カス。弟のことだよ。内緒のままでいいのか?」

「はは、俺が風羽に隠し事するわけないだろ」

「嘘こけ、コノヤロウ。鷹野って女が今どうしているのか知ってるくせに。仲間のことも、オレが調べてやっただろうがよぉ」

「そうだっけ」

「呆けるな、ボケナス。オレはナスが嫌いだから外に捨てるぞ」

「いや、俺ナスじゃないから。意味わからないから。はっちん、何が言いたいの?」

「……もういい。で、鷹野って女、何かもう面倒だから、夜名でいいよなぁ。鷹野は偽名だしよ。夜名とかいう女、どうするわけ? オレが()ろうか」

「はっちんじゃ返りうちに合うよ」

「んだよ。そんなのやってみなけりゃ」

「わかるね。夜名の能力は、戦闘に特化している。その点が実に厄介だ。俺は非戦闘員だし、君は暗殺型だし。これが、本当に厄介だ。どうしようかなぁ。俺は放置しておきたいんだけど……ダメ?」

「はんっ。弱虫の唐変木(とうへんぼく)が。ちーちゃんのクソヤロウ」

「……ねぇ、気のせいかな。何か君、さっきからすごい俺のこと罵倒してね?」

「シネ」

「片言でも意味わかるよ。で、君は結局何を言いたいわけ?」

「別に」

「聞かせてよ」

「うるせぇ。小便小僧。明日の朝お布団を干す母親の気持ちになってみろ。くせぇんだよ」

「俺はおねしょなんかしないよ。で、はっちん。どうしたの。今日は偉く機嫌悪いじゃん。もしかして、妬いてる? いつの間に俺のこと好きになっちゃったの?」

 千里は営業スマイルを浮かべてみる。

 すると、蜂が「うへぇ」と顔をしかめた。

「キモチワリィ」

「さすがに傷つくよ、俺だってさぁ」

 千里がぷぅっと頬を膨らますと、蜂はますます顔を顰め吐こうとする動作をしてしまったので、千里は表情をもとに戻す。

 蜂は「きひひ」と笑い声を上げると、歯並びの悪い口を大きく開いた。

「まあ、どうでもいいけどよ。てめぇの愛なき愛は重いよな」

「そうかな。やっぱり、血の繋がりは大事だよね。特に弟は、俺と六つも違うからさ、大事にしないとって思ってて。お袋はまあ、どうにか元気にやってほしいとは思っているけどね。親父は髪の毛すべて滅ぼしたいとか思ってるぐらいだけどね。それでもやっぱり弟は、弟ぐらいはさ、大切にしないととか思ってるけどね」

「何言ってんだよ、おバカなちーちゃん。やっぱ頭どうかしてんじゃね」

「ん? なんで?」

「うるせぇ。クタバレ、じじぃ」

「俺はまだ二十三だぜ!」

「もう寝ろよ、深夜過ぎてるぜ。子供は寝る時間だ。大きな子は手がかかっていけないね。あまり母さんの手を焼かせないでおくれよ」

「はいはい。ごめんね、ママ。もう僕は寝るよ。ママも早く寝なさいよ」

「ガキが黙ってろ」

「うん。もう限界だ。俺は寝る」

「おやすみ、ちーちゃん。てめぇにもう朝はこない」

「おやすみー、はっちん。君も早く寝なさいよ。目の下の隈、今日はえらく酷いよ」

「しゃらくせぇ」

 ベッドに体を横たえた瞬間、千里はもう寝息をたてていた。

 相当眠かったのだろう。

 蜂はため息をつくと、天井を見上げる。

 歯並びの悪い口を、マスクで覆うとこもった声で呟いた。

「ちーちゃんのそれは愛じゃないよ。バカヤロウクソ虫の唐変木の小便小僧が」


二話続けての投稿です。次話もよろしくっす!

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