(5) 発表・上
人との言葉の駆け引きをするときに、ぺらぺらと自然に出てくる自分の言葉に吐き気がしてくる。
昔。五歳の頃、研究所から脱出して道端でボロボロの状態で縮こまっていた優真を見つけた頃の英はまだ十八歳だったか。ちょうど高校を卒業した後で大学生をしていた時だろう。英は、あの頃はまだ心の底からの笑みを浮かべていたような気がする。小さい頃の話なのでよく覚えていないが、確かそうだった筈だ。
それから約二年後に楓花が生まれ、楓花の母親と共に優真は家族同然に育った。
そしてそれからまた二年後。楓花の母親――英の妻は死んだ。
優真が九歳の頃で、楓花が二歳の頃。
英はそれ以来変わってしまった。
どう変わったのか、見た目じゃ判断できないが、いつも曖昧な笑みを浮かべて、自分の心を見せてくれなくなった。
そしてまた二年後。
『花鳥風月』探偵事務所は結成された。その時になぜか袋小路もいたが、どうでもいい。
英はもともと刑事だったのだが、妻が死んで二年後に刑事を辞めて探偵になり、今に至る。
探偵になった英に、面白おかしく(本人はそう思っていたのだろう)、優真は探偵のいろはを叩きこまれている。使いこなせているのかはわからないが、少なくとも優真は駆け引きを素でできるようにはなってしまっていた。それがいいことかどうかは分からないが、それでも染みついた癖はなかなか抜けないらしい。
(まあ、探偵になるつもりはないが、これはこれで役に立つからな)
優真は教室に入ると、すんっと鼻を鳴らしで自分の席に座る。
少しして、同じ扉から入ってくる生徒の顔をチラリと見て、名前を思い出そうとしたが、思い出せなかった。それもその筈だ。聞いていないのだから。
(確か、あの女の前の席の奴か。ずっと匂っていたが)
もしかしたらさっきの話を盗み聞きされていたかもしれない。
けれど、優真には関係のないことだった。ただ、英に頼まれて〝敵〟に接触していただけ。
英の頼みを聞くのは癪だが、あとのことを考えるといろいろと面倒なことになる。
英はあれから変わってしまった。
面と向かって話しているときに、威圧感を感じるようになってしまったのだ。
それまで家族として接していたはずなのに、いつのまにか他人になってしまったかのようで、優真はそれが嫌だった。
(まあ、どうでもいいけど)
もう一人と接触できることなく、すべての授業は滞りなく終わり、放課後になる。
文化祭の準備に勤しむ別のクラスの連中を眺めることなく、優真はゆっくりとした足取りで下駄箱に向かって行った。
その途中、下駄箱の近くにある、いつも何も掲示されていない、緑の掲示板の前に人だかりができていることに訝しんだ。何だ、と近くを通ったクラスメイトに声をかけると、相手は驚いた顔をしたもののどこか興奮した様子で話し出した。
「発表だぜ!」
「何の?」
「何のって……ああ、お前まだ転校してきたばかりだからわからねーか」
そこで意味深に言葉を切ると、クラスメイトの男子はドヤ顔で言うのだった。
「文化祭目玉のバトルトーナメントだよ!」
「バトル?」
「そうそう。ここ能力者の学校だろ。せっかくだから異能を使ったパフォーマンスをやろうぜという感じで十年前からやっている、文化祭の目玉中の目玉だぜ!」
「……そうか。で、発表とは一体なんだ?」
「バトルトーナメントは、誰もが参加できるわけじゃないんだ。クラス担任が、クラスから二人の代表を選んで、選ばれた者はトーナメントに参加する。もちろん拒否できるらしいぜ。――で、今日は、そのバトルトーナメントに出場する選手の発表があるんだよ。うちのクラスは誰だろうなぁ。俺ではないだろうけど」
言うことは言いきったぜ、といった様子のクラスメイトは話を切り上げると、人だかりの中に果敢にも突入していった。
その背中を見ながら、優真は面白くなさそうにすんっと鼻を鳴らす。
「バトルとは、物騒じゃねーか」
そういいながら人だかりの後ろから掲示されているものを見ようとしたが、あまりにも人が多すぎて確認ができなかったので、どうでもよくなり優真はその場を後にする。
暫く図書室で時間をつぶした後、再び優真は掲示板の前に立っていた。
そこに書かれている名前を確認して、優真は思わず苛立たしそうに薄く目を開く。
「なんで?」
――――
――『二年A組』……喜多野風羽・灰色優真
――『二年B組』………………………………
優真は眉を潜めると掲示板の前から遠ざかり、下駄箱で靴に履き替えると帰路に着くのであった。
次回の更新は『3月25日』です。お楽しみに!




