カームの苦悩
華美で豪華絢爛、誰もがその煌びやかな外装に憧れを抱く皇家の宮殿。
この男、カーム・ヨルガはその中に渦巻く暗闇に頭を悩ませ、その宮殿の窓から何も知らずに今日も商人たちが忙しなく働いているであろう城下町を見下ろし、深い溜め息をついた。
先代の帝は、正妻のほかに第2妻を持ち、それぞれ1人ずつ皇子を同じ年に授かった。
そして、現在の皇帝はその正妻の息子であるのだが、この皇帝がまた幼い頃からの問題児で、10を越した今となっても文字の読み書きさえ覚えようとしない平和ぼけた少年なのだ。
政治などは、側近にでも大臣にでも任せればいい。
しかしもっと重大な問題があることに、カームは頭を抱えていた。
先代の第2妻は、町人あがりの、美しくまた艶めかしくはあるが大変ずる賢く悪知恵の働く女で、帝を闇に葬り去って我が息子こそを新たな皇帝として立てようと、どうやら考えているらしいのだ。カームや他の側近たちにとって、今は決して大事を起こされてはならない時期だった。
先代の死は穏やかなものではなかった。
ある朝に先帝を起こそうとした側仕えが、大量の血を流して天井付きのベッドに沈み込んで冷たくなっている先帝を発見したのは、つい半年前のことであった。
あたりには血が飛び散って黒くこびり付き、引き下がれた毛布の羽毛が舞い散っていたそうだ。
実際にカームは、葬儀まで先帝を見ることがなかった。
というのも、偉大なる先帝のあまりに残酷なお姿は見るに耐えなかったのだ。
実はその殺人も、第2妻のなんらかの手段によるものではなかったのだろうかというのは、口には出さないものの大方の者の心中だった。
とにかく、そういうわけで国はおおいに揺らいでいた。国内の動揺は外交に不利益をもたらす。
先代たちが築き上げてきた平和やこの国の地位が、たった一人のいやしい女とその息子のために崩されるなどあってはならないことだった。
「……どうしたものか」
カームは今日で何度目かわからない溜め息を吐いて、骨ばった手に握られた手紙をくしゃりと握り潰した。
先日、カームのもとに届けられたその手紙は、先帝の第2妻の息子からのものであった。
本日午後3時に、部屋へ来いと、淡泊な文章ではありながら大変綺麗な文字で綴られていた。
(帝は文字を読むことすらままならないのに……)
そうであっても、事を起こしてはならない。
時計は2時半を指し示している。
カームは今度は大きく息を吸い込んで、重たい腰を持ち上げたのだった。