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第八話

 雪の降る寒い中、二人は遂に目的地である『ルゥクス』の街へと無事辿り着いた。

 聞いていた通り治安は良く、何度か魔物に襲われることはあったが、盗賊に会うことはなかった。

 だが、ソニヤはいずれレムエルに人殺しの経験をしてもらわないといけないと感じた。


「レム君。あの先に見える街が『ルゥクス』だ。街に入った後はそのまま領主のいる屋敷へと向かう。顔がばれると拙いから、変装の魔道具を起動させておくんだぞ」

「う~ん、いいんだけど、あれって肌に違和感があるんだよね。精霊も面白がって触っちゃうし」

「我慢して、させてくれ。国の間者が入っていないとは限らないのだから」


 レムエルは渋々耳に付けていた変装の魔道具を起動させた。

 変装の魔道具とは姿形を変えるわけではなく、眼の色や髪の色を変え、薄らとだが輪郭をぼやけさせる道具だ。それなりに高価だが、魔力をずっと使うためあまり使用されない。お忍びに使用する感じだ。




 検問を何事もなく抜け、予定通り屋敷へと向かって行く。

 ただ、追跡者がいないとは限らない為精霊に頼みいつもの警護を頼んでいる。

 この世界に精霊の探知能力に勝てる者はいないのだ。

 勝てるとするとレムエルぐらいのものだ。


「そこの二人、止まれ!」


 屋敷の入り口である門の前まで来ると、レムエルに気が付いた門兵二人が槍をクロスさせて呼び止めた。


「ここはチェルエム王国南西部の一角を治める領主バグラムスト伯爵領、シュへーゼン様の屋敷だ! 許可なき者、怪しき者を通すわけにはいかない! 隠している素顔を現し、身元の分かるものを提示せよ! また、許可証も提示しろ!」


 門兵が力強い口調でフードで見え難くしているレムエルとソニヤに告げた。

 ソニヤはレムエルに一言待っているように伝えると馬から降り、フードと魔道具を消しながら門兵に近づいた。


「む、近づくでない! と、止まらぬか!」


 今にも槍で突かれそうなまでに威嚇されるがソニヤは言うことを聞かず、レムエルは傷付けることも出来ないとわかっているが心配そうに背中を見ている。


「と、止まれぇ! 止まらぬと突き殺すぞ!」

「ほう……やってみろ、アレックス。私に一度でも勝てたことがあったか?」

「と、とま……む? なぜ俺の名前を知っている? 俺は貴様など知らぬぞ」

「散々コケにされておいて知らぬというのか? 十数年ぶりに会う、この私に対して。女には負けぬと言って挑んできたのはいいがあしらわれ、武力が駄目ならと計算で挑んできたのはいいが自分が答えを知らず大笑いされ、最後には飲み比べと言って酒を一口飲んでぶっ倒れたではないか」


 何やら暴露話が始まり、アレックスと言われた門兵はみるみる顔を青褪めさせていく。

 隣の門兵はその話を知らない様で興味津々にしているのがまた面白い。

 レムエルも興味が引かれるが言うことを聞いておかないと大変なことになると教わっているため、精霊を使って会話を一部始終余すことなく耳に入れている。


「ぷっ……せ、先輩? この女の人が言っていることは本当ですか? さすがに信じられないっス。先輩はまだ一度も負けたことないというのが自慢じゃないっスか」


 何やら面白い状況になってきたようだ。

 隣で笑いを我慢している門兵は後輩のようで、恐らくソニヤが冒険者になってからか、騎士になってから入ってきたのだろう。そうでなければその話を知っているはずだ。


「ぶはっ……で、先輩、この女の人は知り合いですか?」

「ば、馬鹿者! この方はシュへーゼン様の姪ソニヤ様だ! ソニヤ様、お久しぶりです。その話はしないという約束でしょう? いつお帰りに? いや、それよりも今まで音沙汰一つなく何処に居られたので? 後ろの少年は誰ですか?」


 大体見えてきたが、ソニヤは一つ息を吐いてレムエルの元へと戻り、今度は屋敷の中へと入らせてもらうことになる。


「せ、先輩! 勝手に入れていいんっスか!? ソニヤ様のことは聞いていますが本人か分からないじゃないッスか!」


 これで間違えていたら減俸ものじゃないと憤慨する後輩だが、アレックスが間違いないと黙らせシュへーゼンに言付けを頼んだ。


「間違っていたら俺が責任を取る。お前は先輩の言うことに逆らえなかったといえばいい」

「分かりましたよ! 間違ってたら先輩の暴露話を皆にするっスよ!」

「ああ、いいだろう。好きにしたらいい。ソニヤ様と……」

「レム君だ。丁重に持て成した方が身のためだぞ?」

「は、はぁ。では、ソニヤ様とレム様はこのままお通り下さい。私は離れられないので馬は近くの者に預けてくだされば、馬小屋の方で世話をしてくれるはずです」

「わかった。ああ、お土産をやろう。これはココロの町で手に入れた『グリアの果実』だ。美味しかったのでな、いくつか買っておいたのだ。有難く二人で分けて食べるがいい」

「あ、ありがとうございます! お前もお礼を言っておけ!」

「あ、ありゃーっス」

「馬鹿! しっかりお礼を言え!」


 レムエルは二人の漫才に笑みを深くし、ソニヤに続いて初めて見る村の家よりも大きな、十数倍はあるかという屋敷へと近づいて行く。

 この敷地だけで名もなく村が十個ぐらい入りそうだ。

 近づくと屋敷の扉が開き、鎖付き片眼鏡と黒い燕尾服を着た初老の男性が恭しく頭を下げて来た。


「久しぶりだな、バルサム」

「お久しゅうございます、ソニヤお嬢様。レムエル様もようこそおいでくださいました。私、バグラムスト伯爵家の執事長を仰せ付かるバルサムと申します。レムエル様についてはシュへーゼン様より聞き及んでおりますので、ご安心ください」

「それはどうもありがとう。僕はレムエルです。これからよろしくお願いします。……で、良いのかな?」


 レムエルはソニヤと一緒に馬から降りて自分のことを知っているというバルサムに挨拶をするが、これからのことを今一分かっていないので不安になりソニヤに覗った。


「ええ、一時此処で作戦……今後の方針を決める。レム君はこの屋敷でレッラが帰って来るまで休むといい。ついでにバルサムからいろいろと学ぶのもいいかもしれんぞ?」

「ソニヤお嬢様、少々言葉が過ぎますぞ。もう少し御淑やかになされた方がご両親も喜ばれるかと存じます」

「いや、今は構わん。私は元騎士だったのだぞ? それぐらいの礼儀は弁えている」

「いえ、このままでは婚期を逃します。それではお育てした私の面目が立ちません。レムエル様の教育上にもよろしくないと思われます」

「ああ、分かった。分かりました。これでいいのでしょう?」


 バルサムは頭を振って溜め息を吐くとソニヤの背後に隠れているレムエルに優しい好々爺しい笑みを向けた。

 レムエルはその笑みを見て安心したのか姿を現し小さく微笑んだ。


「馬はこちらで休ませますので、ソニヤお嬢様とレムエル様は中へお入りください。シュへーゼン様がお待ちです」

「わかりました。荷物は私の部屋へ、レム君の荷物は私の部屋の近くに運んでください」

「かしこまりました」


 レムエルはソニヤに引かれるように屋敷の中へと入っていく。

 屋敷の中の豪華さに何と言っていいのか分からず、「はぁー……」と息が漏れている。

 それを見たソニヤがいろいろと説明しながらバルサムの後を付き歩き、シュへーゼンが待っているという執務室へ向かった。




「旦那様、ソニヤお嬢様とレムエル様をお連れしました」

「やっと来たか。……よし、入ってもらえ」


 中から渋みのある声が籠って聞こえるとバルサムの手によって扉が開けられ、ソニヤとレムエルは入っていく。

 レムエルは逆光で少し見えにくくなっているが、体躯の良い武闘派だとわかる男性を見てソニヤにくっ付いてしまった。

 ソニヤは内心喜びたいのを我慢してレムエルの背中を前へと押し込んだ。


「ソ、ソニヤ!?」

「殿下。ご挨拶を」


 背中を押されこけそうになりながら、一歩前へ出たレムエルに綺麗な口ひげをはやしたシュへーゼンが近づいてきた。

 シュへーゼンはほっこりとソニヤが笑うように笑顔を作ると、レムエルが挨拶をするまで待つ。

 貴族というより一般的に訪問先の人が先に挨拶をすることになる。

 貴族なら爵位の関係もあるため爵位が低い方が挨拶をしに行くことがある。


「私はここ一帯を治める領主シュへーゼン・バグラムストと申します。レムエル殿下、よくここまでお越しになられました。心より歓迎いたします」

「ぼ、僕はレムエルです。一応王族みたいです。ソニヤの伯父さん? よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げるレムエルにシュへーゼンは髭を擦りながら笑みを深くした。

 やはりレムエルの雰囲気が良いのだろう。

 かといって、レムエルの雰囲気や人柄が全員に伝わるわけではない。


「今日は長旅でお疲れでしょうから、部屋でお休みください。夕食の時間となりましたら使いの者を送ります」

「う、うん、どうもありがとう、シュへーゼンさん」

「殿下。私のことはシュへーゼンと呼び捨ててください。これからは殿下は王族として動かれますので」

「あ、うん。シュへーゼン、これから頼むよ」

「はい。では、バルサム」

「かしこまりました。――レムエル殿下はこちらへ」


 ソニヤも一緒にと思ったレムエルだが、ソニヤに首を振られ少し不安そうな顔でバルサムと一緒に執務室を出て行った。

 残ったソニヤはシュへーゼンと相対する。

 先ほどまで優しそうだった笑みを消し、ソニヤに厳しい顔を見せる。


「ソニヤ、今までご苦労だった」

「いえ、これも国王陛下の命ですから。それにこの十数年間はとても楽しかったですよ」

「詳しいことを話してくれるか? あと、殿下の人柄もな。ついでに好きな物も教えてくれ。夕食に出そう」

「叔父上。まずは落ち着いてください。まだ夕食まで時間がたっぷりあります」


 厳つい顔はたんに初めてレムエルに会えた喜びで、だらしない顔にならないようにしていただけのようだ。

 ソニヤはそれに気づいていたようで苦笑して差し出された椅子に座ってこの十五年間のことをじっくり語る。




 レムエルはびくびくしながら不安を押し込みバルサムの後を付いて歩く。

 バルサムは平均身長よりやや低い百四十センチほどのレムエルの歩幅に合わせて歩く。

 バルサムは細身に見えるが首や手首等ちらりと覗く部分はとても太く、シュへーゼン同様かなりの使い手なのだろう。


「……バルサムだっけ?」

「はい、何でしょうか?」


 不安そうに訊ねるレムエルに足を止めて振り向き、レムエルが聞きやすいように穏やかな笑みを作って答える。

 気遣いが出来るところはさすが伯爵家の執事長だ。


「ソニヤは大丈夫なの?」

「大丈夫でしょう。旦那様は見た目が大きいため怖いかもしれませんが、穏やかで優しい方です。ソニヤお嬢様を大切になさっておいでですから何事も起こりませんよ」

「じゃあ、シュへーゼンはどんな人なの? ココロの町を見て来たけど、国民のためにいろんなことをしてるんだよね」


 バルサムは視線をレムエルから外し、やや上を見つめて語る。


「旦那様は武功を立てて成り上がられたお方です。今年で百三十になりますが、未だに体の衰えはなく、国王陛下の数少ない飲み友達です。森林族ですからまだ数十年は身体の衰えはないでしょうが」

「森林族って凄いんだね。でも、飲み友達って何?」

「はい。飲み友達というのは酒を飲む仲というのが一般的でしょう。旦那様が初めて武功を立てたのが四十年ほど前のことになります。帝国との戦争で森を焼かれてしまいました。戦争を行っていた王国は劣勢に陥り、もうだめかと思われた時に旦那様が森林族を率いて戦場に現れました。三百年という長い時を生きる森林族はエルフ族と間違われるときがありますが、武力と身体能力に長けた一族なのです」

「森林族は森の中にいるんだよね。エルフは魔法に長けてるし、姿も細身で、穏やかな種族だって聞いたよ。森林族は逆なのかな?」

「良く知っておられますね。確かにエルフ族の逆というのが一般的な覚え方ですが、森林族は森に対して何事もなければ穏やかな種族なのです。――そして、虚を突かれた形となった旦那様の部隊は、帝国の側面からぶつかり王国が盛り返すきっかけとなったのです。それと同時に王国の部隊の指揮官がまだ王子だった国王陛下となります」

「父上が居たんだ。その後飲み友達になったんだね」


 そう答えるレムエルにバルサムは目線を合わせにっこりと笑って横に顔を振った。


「いえ、最初の触れ合いは喧嘩だと聞いております」

「け、喧嘩? どうして?」

「森林族は基本的に穏やかな性格ですが、旦那様は少々仲間思いなところがありまして、考えも短絡的で真っ向から喧嘩を売ったそうです」

「よく殺されなかったね。父上がどんな人か知らないけど、聞いた話では王族って不敬で殺すんでしょ? 僕はしたくないから嫌だけど……」

「ふぉふぉ。父君も今の殿下と同じことを言ったそうです。『このようなことで不敬にはならぬ。例え森を焼いたのが帝国であろうと我らが戦争をしなければ焼けなかったのだ。だから、その責任がある王族は王国の民である森林族の怒りを聞く義務がある』と言われたそうです」

「父上はかっこいいんだね。でも、今は病気だって」

「はい。ですが、そのことについては旦那様からお聞きください。――その後は森を焼かれたため住む場所を無くした森林族の新たな住処としてこの近辺の森を与えられ、戦争が起こる度に森を守るために立たれました。そして、国王陛下も度々戦場で合い、意見を出し合いながら背中を預ける者同士へと変わり、戦争が終われば酒を飲み交す仲へと変化したのです」


 レムエルはこれが信用できる仲間という奴なのだと感じた。

 同時に自分にはそういう人物がいないことに気付き、ソニヤ達も入ってはいるがそれがシュへーゼンと国王の仲ではないと思った。

 もっとソニヤのことを知り、全てを預けることのできる仲間を作ろうと決めたのだった。


「少し長く話し過ぎましたね。それではついて来てください」

「うん」


 先ほどまで不安だった気持ちが晴れ、今はやる気に満ちているレムエルだった。




「――と、いうのがこの十数年間の生活です。殿下のおかげだと知ったのが一週間前というのは何とも情けないですよ。まあ、そのおかげで生活は全く苦しくなかったのですからよかったですが」

「そうだな。殿下が精霊に頼み恵みを与えていなかった場合、食料を取りに出なければならなかっただろう。商人に顔を覚えられるのは相当のリスクになるはずだ。商人は各地を回っているから気付く者もいたかもしれん」

「ええ。採れ過ぎた物を売っていましたが、それは近くの村だったためそれほどリスクがありませんでした」


 一通り話し終えたソニヤは冗談を含めて話を切り上げた。

 久しぶりに一息つき、伯父の顔を十数年ぶりに見て疲れが少し出る。


「疲れているようだな。まあ、ずっと気を張り詰めていただろうから仕方のないことか。最後に殿下の人柄を教えてくれ」


 シュへーゼンはソニヤを労った後にもう一つ質問をした。


「そうですねぇ、殿下は気弱な方です。見ていてわかったでしょうが、ここぞというときならいいのですが、平常時は自信をあまり持っておられません」

「そうだな。まあ、私を見て泣かなかったのは良いだろう」


 フッと笑い一息つく。


「殿下の考えは先進的だというのが私とゾディックの考えです」

「ゾディックというと……ココロに飛ばされた冒険者ギルドのマスターだったか?」

「ええ。正しくは自ら向かったのですが」


 シュへーゼンはバダックと同じだったな、とどうにか思い出す。


「先進的だというのはどういったことが、だ?」

「ゾディックに冒険者側の協力を得ようとしたのですが、その際に殿下が語られたのです。我々の目標は王国の傾きを正すこと、若しくは現在巣食っている膿を取り去ることにあります」

「ああ、そうだな。私達にはそれが精一杯だろう。後は殿下を補佐しながら王国をより良い方向へ向けるしかない」


 シュへーゼンが言う通り普通は一つを着実に片付け、基礎や基盤が出来たところに次を重ねるのだ。

 だが、レムエルは基盤を既に作り上げたうえで行動している。

 先を見ているといえば聞こえはいいだろうが、前提となる基盤作りの考えを失敗していれば、その上に成り立つ家は崩れ去ってしまうだろう。


「殿下は優しいお方ですから、例えそれが罪人であろうと殺すことはできないでしょう。ですが、魔力を持つ罪人は魔力を持って国民に償え、持たぬ者は国民のために労働で償えと仰られました。何でも、処刑したとしても国民の怒りは収まらない。収まっているのではなく向ける者がいなくなるから収まっているように見えるだけだ、そうです。勿論処刑をしないということではないようです。私はその考えに賛成ですが、実現は難しいと考えています」

「ほう、それはまた甘い考えだが、理には叶っている。私も七十年という長い時間を生きたが無理だと思う。だが、今までそれを考えることもしなかったのだから否定することも出来ぬ。否定する材料がないのだ」


 レムエルは処刑についてのダメさをどうしてなのかはっきりさせたうえで言っている。

 だが、それを否定するには誰も実行したことがないのだから否定することが出来ないのだ。

 処刑をしないことが正しいかはしてみなければわからないが、これは失敗したとしてもやり直すことが可能なため、国を平和に出来た後に理由を付けて実行することが出来るだろう。

 そのためにはいろいろと準備をしなければならないが、それはレムエル自身によるところが大きい。


 そもそも処刑がこの世界で最も償いだと考えられているのは、一番お金がかからないからだ。

 現代ならば命が尊いということが憲法に定められており、それを守るためにいろいろなルールが決められ当然だと誰もが思っている。

 だが、この世界はまず命がとても軽い。

 王族や貴族ならば尊いだろうが、平民、ましてや奴隷や捕虜となるとゴミのように扱われる。

 そんな世界で現代のように罪人を捕まえ、裁判を起こし、時間をかけて裁き、罪によっては罰金もあるだろうがほとんどが牢屋へと入れられる。牢屋へ入れてもその維持費、食費、生活費等々一人に対して莫大な費用が掛かっているのだ。それなら、処刑してしまうか奴隷に落としてしまった方が楽だと考えてしまう。


 だが、レムエルが導き出した答えはその費用を抑え、使いようによっては莫大な富を生み出す結果になる。

 手作業や肉体労働では熟せない・長時間かかる作業を魔法を使えば瞬く間の内にでき、危ない鉱山も魔法を使えば死亡率を下げることが出来るのだ。

 多少の失敗はするだろうが、国民が受け入れることが出来ればほぼ成功するのが想像できるといえる。

 しかも成功すれば国の発展に役立てることも可能とくる。


 今まで出来なかったのは考えもしなかったからではなく、鉱山を例とするとその死亡率の原因が分かっていなかったからだ。奥へ行くと死ぬとわかっているが、なぜ死ぬのかが科学が発達していない為に分からなかったのだ。

 それらが分かってしまえばより使える効率の良いやり方が採用されるようになり、少しずつ奴隷の使い方や捕虜の使い方が変わり、無駄に命を落とす仕事が減り命の価値が高くなると言える。


 それが成功するとは言えないが、試してみる価値は十分にあるだろう。


「殿下は第三者から国を見ていると言われました」

「第三者だと?」

「ええ。町はとても違和感があると。嫌なのに従っている国民に理解できない。上の命令だからと言って従うのは分かるけど、意欲がないのは違う、と仰られました」

「この場合の第三者というのは国の外から見たのではなく、右(貴族)、左(国民)、上(外部)、殿下は上から見た感じだろう。……確かになぁ、第三者から見るとそうなるだろう」


 シュへーゼンが言ったのはいい例えだろう。

 ソニヤもそれに頷き賛同した。


「だが、それが何だというのだ? いや、そうだとしてもどうしようもないだろう? 従わなければ殺される可能性があるのだから」


 シュへーゼンは何をあたりまえのことを言っているのだ? という目でソニヤを見るが、ソニヤはレムエルが言った言葉を思い出し伝える。


「殿下はこう仰られました。例え貴族が相手でも一致団結して倒せ、と」

「は? どういう意味だ? それでは皆殺しにされるだろうが」

「いえ、叔父上が考えているのは村一つでしょう? 殿下が仰られたのは領民全員です」


 ソニヤが真剣にシュへーゼンの目を見てそういうと、シュへーゼンは目をパチクリとさせ、大きく見開いて固まった。

 そのまま背凭れに背中を預けると屋敷中に響くのではないかという声量で笑ったのだった。


「あーっはっはっはっはっ! それは面白い! 第三者から見ていると納得できる! 絶対に王族でも、貴族でも、国民でも、奴隷でも思いつかぬ! 逆に思いついても国民では実行できぬ! だが、レムエル殿下ならそれが可能だ!」


 シュへーゼンはレムエルの考えを理解し、レムエルがただの気弱な少年ではなく、眼の宿す王族の証『竜眼』、竜の頭の如くの雄々しく、唯一無二の、誰しもを跪かせ、共にあろうと思わせる王に相応しい者を持っている方だと感じ取った。

 見た目はあれだが、確実に国を良く出来る。


「叔父上?」

「……ソニヤよ。上に立つ者は下の者を理解しなくてはならない。それがなぜかわかるか?」


 シュへーゼンは立ち上がり窓から外を眺めながらそう質問した。

 レムエルの行動と王国の在り方を知っているソニヤはすぐに答える。


「それは今回の私達のように反乱が起きるからでしょうか。上……王族や貴族が、国民が不満を持つことなく治めていればそのようなことにはなりません。逆に富を与えてくれるはずです」

「そうだな。少なくともそれは絶対に必要だ。だが、それだけではダメなのだ。上に立つ者は下の者の怖さを知っておかなければならぬ」

「それはどういう意味ですか? 確かに反乱されれば怖いでしょうが、先ほども言ったようにしっかり治めればいいのではないですか?」


 ソニヤは分からないようだ。

 シュへーゼンもしっかりとは理解できていない。

 だが、レムエルは国民を第一に考え、弱き者や苦労する者のために立ち上がったのだから、言葉に出来ずとも理解は出来ているだろう。


 シュへーゼンはソニヤの方へ体を向け、歩きながら言う。


「ソニヤ……。国民が何を不満に持ち反抗するのか分かるか?」

「王族や貴族の……横暴さや統治の無さ……自分達を見てくれないことでしょうか?」

「そうだな。それだけか? ――国民が不満を持つのは何も私達の統治だけではない。不作が続きどうしようもなくなる時、他国の間者から流れた噂、戦争に敗れ結ばれた条約、国の行く末に疑問を持った時……挙げられるだけでもこんなにある」

「……そうですね」


 そう呟いたソニヤの肩に手を置くシュへーゼン。


「殿下がそれを分かっておられるのかは私にもわからぬ。だが、殿下には理解できる心がある。そして、それを導く手段が揃っておられる。王族に加え、金髪に一筋の白い線、初代国王様を入れ数人しか確認されていない『竜眼』、更に精霊の力もある。これに第三者の考えが加われば国民の心を掴み、先導するのは容易いことだろう」

「叔父上は殿下が王になれるとお考えなのですか?」

「ああ、なれる。確信ではないが、考えを聞いてある程度はそう思う。手伝いと細工がいるだろうが、それらに関しては私がすればいい。何もかも一人で出来る王もまた王になる資格がなく、国を良い方へ向けられたとしても国民は付いてこないだろう。……私に言う資格はないのだがな」


 シュへーゼンは肩から手を放し、ソニヤに笑いかける。


「お前もまた次代を支える者だ。レムエル殿下が無事即位された時は傍で支えるのだ。私達凝り固まった旧世代はレムエル殿下の速さに付いて行けないだろう。次代を支えるのもまた次代の者。それはどこの国、時代、世界でも変わらないことなのだろうな」

「叔父上もまだ若いです。そういうことは体が衰え、私に負けるようになってから言ってください」

「あっはっはっはっ! 一本取られたか?」


 ソニヤとシュへーゼンは執務室に響き渡るほど笑い、バルサムが帰りに気付き注意されるまで続いたという。


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