第七話
ゾディックと話し合いを終えたレムエルとソニヤは、ココロの町を立つ準備をしていた。
「本当に活気がないね。生きるので精一杯なんだ……」
「私もさすがにここまで悪くなっているとは思いもしなかった。これでは村だと言われた方が納得できる」
「僕には村には見えないけど、皆といた村の方が……」
二人の会話を聞かれれば憤慨ものだろうが、都合のいいことにレムエル達の不利益になりそうな会話は精霊がシャットダウンしてくれている。
「……いらっしゃい」
「すまない。『ルゥクス』まで行きたいのだが、二人分の食料をくれないか?」
「そんなに買うのか? こっちとしては助かるけど、お金の方は大丈夫なのか?」
ココロから『ルゥクス』まで馬なら一週間ほどかかり、馬車ならば十日以上かかり、レムエル達の馬は軍馬のためそれなりの体力とスピードが出る。また、馬車は馬が歩くだけだが、二人旅なので昼間を数時間走るだけで時間短縮が可能だ。
「ええ、さっき魔物を売ってきたところだ。それなりにある。ついでに水も付けてくれ。レム君は何かいるか?」
「僕はねぇ……あの甘い匂いのする丸いやつが欲しい。あれは村にはなかったから食べてみたい」
「ああ、『グリアの果実』か。あれ一つで大銅貨三枚するが……いいのか?」
「構わない。少しだけ負けてくれれば私の分も買おうと思うが、どうする?」
「お! いいだろう! 水の水筒も付けてやる。最近、奮発して買ってくれる奴はいなくなったからな。姉弟二人旅だろう? 頑張んなよ」
店主は気前のいい二人に気を良くし次々に食料を入れ、後ろの樽から水をなみなみと木製の水筒に入れる。
顔が似ているから息子だろうが、レムエルよりも少し年下だろうが一生懸命手伝いをしている。壁に吊るしている『グリアの果実』を縛っている紐を切り取り二人に手渡す。
「はい、お兄ちゃん、お姉ちゃん」
「ありがとう」
「すまない」
『グリアの果実』はこの辺りでのみ栽培されている暖かい気候でのみ育つ甘い果物なのだ。
昼間に燦々と降り注ぐ暖かい日差しを吸収し、夜間は吸収した日差しを使って甘味成分を豊富に作り出す。さらに土にも秘密があり、栄養を吸収すると共に魔力も吸収し成長の糧とする。天候と土地が適した結果、瑞々しい赤色の果物が出来るということだ。
『グリアの果実』は『グランゼ』と呼ばれる村で初めて確認されたため名前が決まり、形は突起物のついた円形でイメージしやすいのは栗の実だろう。
だが、触ると薄皮一枚に阻まれた柔らかいこんにゃくの様な果肉があり、噛み応えは抜群で、栄養満点な旅の安全や祝いに送る仕来りもあるらしい。
「……おぉ! プルプルしてる。感触はスライムみたいだけど、美味しい匂いがするね」
「ええ、私も数えるほどしか食べたことがない。しかもこれはかなり質が良い。店主、いつもここで商売しているのか?」
「え、ええ、家内が病気を患っているもので、その治療費を稼ぐために週一度近くの村から買い取っているのです」
自分で買いに行っているから質が良いこともあり、値段も抑えられているのだろう。
レムエルは一口齧り、口をもごもごさせながらおいしさに唸る。
それを羨ましそうに見ている男の子に気が付き、半分食べたところで上げることにしたようだ。
「はい、食べてもいいよ」
「え? で、でも……いいの?」
「いいよ。食べ物は分け合って食べないとね。それに君がおいしい物を食べて覚える。そして、僕は君が集めた物を買って食べる。そのための投資だよ」
「よくわかんないけど、お兄ちゃん、ありがとう」
男の子は店主が止める前にレムエルから貰った『グリアの果実』を食べた。
店主が頭を下げて謝ってきたが、レムエルは子供の頭を撫で、ソニヤが対応するが苦笑して自分も子供に差し出した。
それも受け取った男の子は口いっぱいに含んでお礼を言う。
「美味しい! ありがとう!」
「バカッ! 買ってもらった食べ物を強請る者がおるかッ!」
店主は怒るが男の子は慣れているのか、それとも美味しい物を食べた幸福感が優ったのか頬を綻ばして嬉しそうにしている。
「おじさん。僕は気にしていないからいいよ。それに子供は笑っていた方が良いに決まってる。それにつられて買いに来る人もいるかもしれないからね」
「そうだな。レム君が言うように大人が辛そうにしていれば子供もそれに習ってしまう。せめて子供が笑顔でいられるよう努めるのが大人だ。この子の笑顔が見れたのだから果物を上げてよかったと思っているぞ」
二人の優しく裏の無い清々しい言い分に恐縮気味に頭を下げる店主だが、言われたことが心に刺さり息子に後ろめたく思い、優しく笑って頭を撫でる。男の子も突然の行動に驚くが、父親に優しくされて照れ臭く目の前から逃げた。
「ははは、名前は何ていうの? 僕はレムエルって言うんだ」
「お、俺はサロム。よろしく、レムエルお兄ちゃん」
「うん、よろしくね、サロム君」
二人が仲良くしている間にソニヤは店主と話し合い、いろいろな情報を聞き出す。
「店主。なぜここまで活気がないのだ? 国はあれかもしれないが、此処の領主は良い人だろう?」
自分の伯父を良い人呼ばわりするのが少々違和感があったのか言い難そうだった。
店主は少し視線を彷徨わせ、声を抑えて話し出した。
「ええ、確かに税金は低く、国は荒れているというのに治安も他の所と比べて良いです。領主のシュへーゼン様には良くさせてもらっていますが、代官のコロベール様が少々……」
「悪事をしているのか?」
「いえ、そこまではしませんが……頭の方が少しですね……」
「わかったからみなまで言わなくていい。ようは考えなしなんだな?」
言い難そうに話す店主の代わりにソニヤが言い当てる。
店主はぎょっとして辺りを見渡すが、レムエルの精霊が気を効かせているため声が漏れていない。
「まあ、そうです。ただ、私達のために良いことをしようと考えて行っているので何も言えないのです。この前なんかコロベール様の出張と国の争いが重なってしまい治安が少し悪くなっていたんですが、その時の対策が皆で清掃をすることだったのですよ。せめて、お金を使って兵士に警備を予てさせてほしかったですよ」
警備をさせて給金を増やすことで兵士は動いたことでお腹が空き、酒場や店で食べ物や酒を飲むようになる。結果金が少しだけ町の中で回ることになり、活気が戻るのだが、普通に清掃させては意味がない。
「それは……大変だったな」
「ええ。まあ、良い人であることには変わらないので治安はそれなりにいいのですけど」
「他の町はもっと治安が悪いと思うか? 『ルゥクス』に行った後はそこから他の領地へ行くことになるものでな、多くの情報を得ておきたい。首都の様子とか、国王様の噂とか聞いていないか? 最近、全く聞かなくなったじゃないか」
一瞬訝しむが、眼の端に映った息子と遊ぶレムエルの無邪気さを見て怪しい者じゃないと判断し、話すことにした。
「私が言ったとは言わないで下さいよ?」
「ああ、言わないさ。お礼にもう少し食料を入れてもいいぞ」
「ありがとうございます。この辺りの、というよりシュへーゼン様が治める領地はどこも多少の差はあるでしょうが治安はかなり良いと聞きます。代官も御自身が手塩をかけて育てられた方に任せているというのが噂のため、どこの代官が悪いという噂は耳にしません」
「ほう……。それで?」
叔父が褒められたことで気分が良くなるソニヤ。
「『ルゥクス』よりも先、首都方面となりますと治安が悪くなります。治安と言っても街内だけでなく、山には山賊や盗賊が、見晴しの良い平原には魔物が横行します。移動するのも困難な場合があり、冒険者も報酬が納得できず護衛に付こうとしないのが現状です。結果、街に物が回らないことになり、物価が上がっていくという悪循環に陥っていると聞きます」
「そうか……。この辺りはしっかりとされているようだな」
道中魔物が殆どでなかったことを思い出した。
確認出来るときはあったが単体だったため、襲ってこない限り放置することにしたのだ。
「はい、その辺りはしっかりとされていますのでありがたいです。私は首都へ行ったことがないのでよくわかりませんが、現在首都は異様な空気が流れております」
「異様な空気?」
「はい。何でも創神教と手を組んだとか、各地を良くするために税として金を集めるとか、他国の侵入を許さないために兵を徴兵するとか聞きます。あと聞くとすれば王族についてですかね?」
店主は腕を組んで眉を顰めた状態で言った。
ソニヤはピクリと眉を跳ね、レムエルもしっかりと遊びながら聞き入れる。
「第一王子様が現在国の方針を決めているようで、税の取り立てが厳しいですね。この間、それで王都周辺で軽い暴動があったようで捕まった者は皆処刑されたとか……。第一王女様は何やら白薔薇女騎士団を率いて異分子の掃討を行うと聞きました」
「白薔薇女騎士団……とは何だ? 黒凛女騎士団ではなかったか?」
「知らないのですか? 三年前に名前に華やかさがないということで変わったのです。まあ、私からすると黒凛騎士団の方が良かったですかねぇ。最初は女の騎士に護れるのか、と思いましたが、一年余りで村を襲った魔物を掃討しましたからね。当時は盛り上がったものですよ。ですが、今の騎士団は私物化と言えばいいのでしょうか、子飼いを入れて遊んでいると聞きます」
自分の黒凛騎士団が私物化されていることに激怒するソニヤだが、レムエルに腕を掴まれることで自制し、己の心に創神教に加え第一王女に怒りの天誅を加えると刻み込んだ。
王族だろうと関係なく、ソニヤから見れば自ら手塩にかけて育てた誇り高き騎士団を私物化し、いくつもの功績と名誉を傷つけた大罪人であり、これからの行動如何では本当の罪人となるのだ。
「騎士がそのようなことをすれば暴動が起きるだろうに……。騎士は国民の税で成り立っているのと同じなのだぞ?」
「ええ、その通りです。十数年前に消えた副団長が戻ってくれば再び立ち上がるものがいるかもしれませんが、あれから音沙汰がありませんから無理かもしれませんね」
ソニヤの零した一言を捉えた店主の言葉に思わず声を漏らしそうになったソニヤだが、どうにか抑え自分も怒っていると腕を組んで頷く。
「それで、国王様の名前すら聞かなくなったのは何故なんだ?」
「ああ、それは現在国王様が床に臥せているかららしいです」
「え!? あ、いや、何でもないよ」
今度は思わずレムエルが声を漏らしたが、さすがに病気になっているとは思っていなかったのだろう。
いや、思っていたとしても肉親がもう死ぬのが嫌で考えないようにしていたのかもしれない。
「真偽のほどは分かりませんが三年前から徐々に名前を聞かなくなりましたね。その時はいろいろな噂を聞きましたが、最近は不死の病気だというのが一番の噂です」
「そうか……。いろいろと助かった。また寄ることがあれば買わせてもらう」
ソニヤは銀貨数枚を店主へと渡し、レムエルは男の子の目線まで頭を下げるとニッコリと笑って頭を撫でた。
「お母さんの病気が治るといいね。ついでに僕が御呪いをしてあげるね。……サロム君とサロム君の家族に幸福と無病息災を」
レムエルは問答無用にサロムを抱きしめ耳元で精霊に呼びかける。
自分と同じように母親を亡くしてほしくないと願ったのだろう。
まあ、サロムの母親は単に冬の寒さに体調を崩しただけなのだが、この寒さと活気の無さ、栄養の取れない食事が加われば風を悪化させたかもしれないので良かっただろう。
「お兄ちゃん?」
「……これでいいよ。僕の御呪いは効くから御家に帰ったら暖かくしてお母さんと一緒にいなよ? もしかすると優しい風が吹くかもしれないからね」
「よくわかんないけど、お兄ちゃんの言うとおりにするよ! また来てね」
「うん、また来るよ。その時はまた『グリアの果実』を買うからよろしくね」
店主とサロムに手を振って別れるとシルゥに跨り、いよいよ『ルゥクス』の街へと出発する。
「レム君。むやみやたらに精霊の力を使わないように。助けたいのは分かりますが、皆を助けられるわけではないのですから」
検問を終わらせ、町を出て誰もいなくなったところで一息つきながらソニヤは苦言を敷いたが、レムエルは唇を尖らせて珍しく反抗した。
「こればっかりは無理だよ。僕はしたいようにするんだ。それに悪いことをしているわけじゃないんだからいいじゃん。実際に僕が何かをしたと分かるわけじゃないし、魔法のように急に体調を回復させることにもならないんだから」
「そうなのか?」
「うん、そうだよ。スケールが大きいからって弱く出来ないわけじゃない。精霊には意志があるのだから不自然じゃないくらいに回復させることが可能だよ」
「そうなのかぁ……。では、先ほども言ったように精霊についていろいろと話してもらうぞ。精霊教で話しては不味いこともあるかもしれないから全て話すんだ」
「わかってるって。精霊はね――」
「そんなこともできるのか!?」
「うん。あとねぇ。こんなことも――」
二人の旅は話しているだけで楽しそうであり、時折りソニヤの驚く声が響いていたという。