計画の終わり
チェルエム王国に住まう全ての者が一致団結し、思いを一つに歌うことで治療する計画が実行され一週間が経った。
歌は三日間続けられ、その後定期的に事態が収まったと国が判断するまで行われることになった。
一週間後の今日、全ギルドマスターと教会関係者を招いた王国代表会議が開かれていた。
壮大な会議名だが、単なる今回の症状に関する報告会で、いつもの会議とさして変わらない。
ただ一同に顔を合わせたのは王国始まって以来かもしれない。
それもこれも全てレムエルの思いが通じ、思いの違いはあれど反発しなかったから他にない。
「結果から申しますと、あれ以降王国の国民内で発症した者はおりません。発症する者は帝国側から来る者が多く、治療ギルドは総力を挙げて完治にあたっています」
「国の調査でも同様の回答です。他国でも発症が確認されているようで、陛下の考案された吸魔草のマスクを着用し、その間に精霊の食べ物等を輸送し治療にあたっているそうです」
治療ギルドアリスとロガンの結果と現状報告。
「治療ギルドはそのまま治療を頼むよ。シュティー兄上、ショティー兄上、素材の状況と価格、国庫の財政はどうなってる?」
アリスが微笑んで頷くのを確認し、アースワーズの隣に座っている兄二人を見た。
二人はレムエルの視線を受け頷くと、手元の資料をパラリとめくり経済方面を担当しているショティーから口を開いた。
「不足しているのは吸魔草、それから布、食料や水もです。国の対処が早かった為国内の混乱は少ないですが、危ぶんだ商人達が価格を高騰させたり、物品を他国へ流し、多少全体が高騰しています」
敬語を使うが敬った感じはない兄としての口調で話すシュティー。
誰も気にしないのはそれが出来れば上出来で、レムエル自身が咎めないからだ。
商業ギルドマスターカイゼルが少し困った様な顔になったが、商人は先を見て読んで行動するため仕方ない所があっただろう。
逃げた人数が少ないだけでも王国が信用されていたということになる裏付けだ。
「危ない感じ?」
「そうですね、飢饉とは違って作物にさほど影響はありませんでしたし、計画の結果作物に影響が出て例年よりも豊作のようです。ですから、食料の口頭はすぐに収まるでしょう。が、布の不足や吸魔草は深刻とまでは言わないものの市場に影響が出るかと」
食材に関しては四カ月もあれば育つジャガイモがある。
それにシュティーの言うように飢饉ではない為元の食材は多くあり、精霊の力が込められた歌によって作物や土地に影響が出た。
その結果、作物は例年よりも良く育ち、栄養価の高い例に見ないものが出来た。
調査結果では数年後には元に戻るということで、定期的に行うべきなのか悩むという議題が上がっている。
レムエルしかできないというのが問題だからだ。
「吸魔草はこれからも需要が増えるかと思って栽培することにしたよ。でも、どうやって育つか分かってないからプランティアと話し合ってる。布とかの方はカイゼルが知ってるよね?」
王国全体の市場情報を得ているカイゼル。
全てを把握しなければならないレムエルより詳しいという判断だ。
「ギルドは国の政治に関われないので命令を聞くことは出来ません。それを踏まえまして、他国では布の需要は変わっておりません。商人に関しても落ち着いた頃に戻って来るでしょう。王国は歴史に残る偉業と大々的に精霊の加護を受けた様なものですから」
「国はお互いに連携を取りやすくするだけで、政治に巻き込むつもりはないよ。今回だって特例事項と対価あってこそだもん」
何度か言ったがほぼ全てのギルドは国と癒着をしてはならない、正しくは政治に加わってはならない存在でなくてはならない。
それはギルドがあらゆる国に置かれるため、そのギルドが連携を取るために必要なことだからだ。
だが、その絶対ルールにも特例事項が存在する。
政治に関わってはならないのは当たり前だが、国の存亡に関わるようなときは国と連携する許可が下りる。
命あっての物種だからだ。
今回は未知の症状が発生した。
その症状は王国内で瞬く間に広がり、終結する頃には国外まで影響を齎した。
このままでは王国存亡の危機に関わり、多少規則が緩和する。
高ランクの魔物の出現や大量発生・魔物暴走が起きれば、冒険者ギルドが国の騎士団などと協力して事にあたる。
商業ギルドは飢饉が起きた時に物品を流し、魔法ギルドや治療ギルドは今回の様なとき動く。
中小ギルドは連携していないところもありあやふやだ。
戦争等はギルドが自己判断で行動することが多い。
逆に冒険者ギルドは騎士団と違い報酬が無ければ国の命令を聞かなくても良い、自由を掲げている。
「国庫は他国の支援や被害が少なかったおかげで危機的状況まではいっていません。吸魔草や布の価格が高騰したとはいえ、カイゼルが言うように打撃を与えるものではありませんでした」
財務を取り仕切る任に付くショティーも同様の意見を口にした。
まだ、内乱以前の負債が積り王国は赤字が続いているが、倒産するというような状況ではない。
人も戻りつつあり、新たな商品が呼び水となり、レムエルの存在や精霊を一目見ようと集まり、今回速やかに避難した者達も落ち着けば戻って来るだろう。
「ジュリア王妃を筆頭に作られる化粧品や日用品、メロディーネの食用花や歌、陛下がご考案された技術等も実を結び、国庫はすぐに潤うことでしょう」
ショティーはそう締め括った。
レムエルはそれに一つ頷き、今度は軍部関係者アースワーズの方へ顔を向けた。
「軍も連携の成果を確かめることが出来た。多少の問題が浮き上がってきたが、そこはこちらで試行錯誤し報告をする」
「瓶詰に関しては使い勝手はいいのだが、使い終わった瓶が問題となりますな。無論持ち帰りは可能です。味や士気に関しては問題ないかと」
初めはアースワーズとハーストが全体のことから触れていく。
軍の連携はこれからどのような所でも行われ、瓶詰も同様で国だけでなくギルドも関わるだろう。
「次に国家転覆を謀ろうとした未遂犯、北部筆頭領主セネリアル元公爵と関わった貴族は粛清した。関係貴族は洗い浚い吐かせた後法に則って処罰し、取り潰し若しくは代替えをさせた。今回功を立てた者を立てるのが良いかと」
「わかった。ロガン、任せるよ。ただし、無理に引き立てず、無理なら国の直轄領とする」
「分かりました」
いくら功を立てたからと言って貴族にして領地を渡す判断は浅い。
貴族がいなくなった領地は近くの貴族に渡すか、国の直轄とするのが定例となっていた。
「捕えた『鮮血の斧』の一味も同様に処罰しますが、用心深いのか首領を取り逃がしました。申し訳ありませぬ」
「いや、それよりも状況が悪かったからね、仕方ないよ。深追いをして被害を出しても意味ないしね」
「寛大な言葉感謝します。現在は南部を中心に捜索を広げ警備を強化しております。今回の騒動で盗賊の類が増えるとも考えられ、この場をお借りし警戒を申し上げておきます」
ハーストの進言にレムエルは頷き、アースワーズにこの件は任せることにした。
そういったことはレムエルは苦手で、どちらかと言うと状況を直に見て即決するのが得意だ。
「済まないが、冒険者ギルドの方に賞金首・討伐可能依頼を頼む」
「構いません。盗賊の相手は冒険者の仕事の一つでもあります。『鮮血の斧』にはこちらも手を焼かれた時期があるので高ランク冒険者が目を光らせることでしょう」
逃がしてしまったのは国の矜持も関わるが、状況を考えれば被害を出さずに大半を仕留めたのは称賛物だ。
首領が用心深いのは既に知れ渡っており、逃がしたとしても今までがあるため目くじらを立てる様なものではなかった。
逆に騎士が少数で大半を仕留めたことで、今までは違うと王国中に騎士達の実力を知らしめるいい結果にもなった。
「報酬は後程決める。最低でも大金貨が動くだろう」
大金貨と言えば百万ヘッセ。
パン一つが新体制以前なら大銅貨二枚ほどの二百ヘッセ、それより前の値上がりする以前は五十ヘッセ程度だった。
今は物価が下がりつつあり、パン一つでも百五十未満に抑えられている。
分かりやすくパン一つを百円と考えると、ヘッセは二倍の価値があることになる。
一円が二ヘッセであれば、五十ヘッセで百円になるからだ。
ならパン一つが現在の価格百五十ヘッセだったらどうか。
元の価格の三倍で、当然円も三倍となりパン一つ三百円もする。
そのパンが高給な小麦やクリーム等を使い、どこぞのコンテストで優勝した職人が作ったという付加価値が付けば当然の値段と思える。
だが、この世界では小麦の品質は低く、黒くスープに浸して柔らかくして食べるパンが一つ三百円に該当するのだ。
大金貨は百万ヘッセであるなら、現在の価値で最低六百万の賞金首となる。
これが高いのか安いのかはわからないが、大金貨が動くと言っただけで何枚動くか分かっていない。
「破格ですな……分かりました。後程詳細を話し合いたいと思います」
「ああ、情報も渡しておこう」
体格に見合わず甘党で頭のキレるゾディックはそれを素早く計算し、驚きを見せながらアースワーズに返した。
「次に私達が極秘任務で調査した結果に移りたいと思います」
「待て、極秘任務とはなんだ?」
最後の報告に移ろうとしたソニヤを、報告の上がっていない任務にアースワーズが止めに入った。
が、答えたのはソニヤではなく、上座に座っているレムエルだった。
「それは僕から説明するね。ソニヤとマイレスに頼んだのは精霊が感知した不審な場所の探索と調査。マスクが殆ど行き渡って精霊の視野が広がった時、魔力が広がって来る出所を掴んだんだ」
「そんなことをしていたのか……。ロガンは、報告を受けたのだな」
「はい、先ほど詳細を纏めた報告書を頂きました」
アースワーズは治安維持等に関わり王城にいなかった。
そのためレムエル不在の間城で指揮を取っていたロガンに先に調査結果を手渡し、その時全員が集まったためアースワーズはまだ任務について知らされていなかったのだ。
不手際だろうが、仕方がなかったとも言える。
もとをただせば任務を言い渡したレムエルに結果が届くはずで、レムエルに責任がある。
「今度から教えてほしい、と言いたいが……俺にはそんな権限はない。出来る限り無茶はさせんでくれ」
下手したら二騎士団の団長を失っていた、とアースワーズは頭を痛くする。
そんなアースワーズに悪いと思いながらも、レムエルは眉を下げただけでいつもと同じだった。
「分かってるよ。でも、動かせる人が少なかったし、しっかりと対処できるように剣に精霊の力を込めておいたから」
「そういう問題ではなくてな! ……はぁ、怪我がない所を見ると大丈夫だったんだな?」
怒鳴られてビクリと震えたレムエルに怒りが削がれ、アースワーズはきりきりと痛む胃を押さえ手続きを促した。
注意してもいつの間にか忘れて実行するレムエルに言っても無駄だと判断したのだろう。
それが良い事で、ケアもしており、結果も良いのだから文句も言えない。
「突き止めた場所は南西に広がる不毛の大地アバキアクルス荒野を少し行った地点です」
「……続けろ」
レムエルを叱り飛ばしたいのを我慢したアースワーズ。
兄二人はその様子にオロオロとし、周りの者は場所が場所だけに驚愕と苦笑いを浮かべた。
「危険地帯手前だったのでそこまでの危険性はありませんでした。そこには何重にも罠が敷かれカモフラージュされた地下研究施設があり、帝国のあの一族が巣食っていました」
「あの一族……? はっ、闇の一族か!?」
誰かの驚きの声にソニヤは静かに頷いて肯定した。
場が騒然とするが、レムエルが片手を上げると再び静かになる。
「いたのは幹部の一人『毒蛇の科学者』のドクター・セグロ」
再び驚愕に包まれ、同時に今回の黒幕が誰なのか認識した。
それ程このドクター・セグロは王国だけでなくあらゆるところで暗躍し手を加えてきた男なのだ。
「結果を申しますと仕留めるのに失敗し、逃亡を許してしまいました。一応研究施設を爆破される前に身近な書類等を手に取ってきたのですが、それがどのようなものか分かっておりません。関係ない可能性もあります」
爆破するのが分かったのは、ソニヤが何度も敵対し研究施設等を見つける度に爆破されていたからだ。
その辺りも共通の認識だった。
「ソニヤ黒凛団長しか相手取れず、私達が頂いた武器は丁度効力が切れた所でした。武器のせいにする気はありませんが、力不足がいとめません」
マイレスの実力不足と言うセリフに貴族が糾弾しようとするが、その前にレムエルがどれだけの激戦だったのか笑みを浮かべて労うことで阻止する。
「僕もそこまでとは思わなくて、想像以上に危険な目に遭わせたみたいだね。僕が勝手に決めたんだけど、彼等には勲章と褒美を与えたいと思う。有益な情報だからね。勿論、褒美は僕の方から行うから勲章の方だけど」
その言葉に兄二人文官達はなら国庫は大丈夫だと安堵し、糾弾し蹴落とそうと企んだ貴族達はこれだけの手柄を上げたのだから仕方ないと不承不承頷く。
未だに女性は黙ってついてくるものだという認識が高いのもある。
だが、糾弾し過ぎれば今回の議題である症状のことも関わり、闇の一族と突き止めた結果に難癖をつけ、強いてはその任務を十人もいないソニヤ達に下したレムエルの責任となってしまう。
それだけは絶対にしたくないことだった。
「では、両団長には王国初の『精霊栄誉勲章』を、その部下には『騎士栄誉勲章』でよろしいですか?」
「それなら問題なかろう。今回功を立てた者にも功労勲章と褒美を与えることとする」
これでどの騎士団もあとくされなく賞されることとなった。
近衛騎士団は貴族の鎮圧と治安維持に努めた。
「無知を承知の質問なのだが、闇の一族と言うのはそこまでの物なのですかな? 私の他にも若手の貴族は話にしか聞かず、戦闘面よりも技術や研究面で秀でているように思っておりましたが……」
参加していたまだ二十代後半と思える侯爵位の貴族が手を上げ質問した。
一見無知であり、騎士達――特にソニヤやマイレス――を落とし入れる発言に聞こえるが、本人は言葉通りの意味でしかないのだろう。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥、と諺がある様に、知らずにいるよりもどんなことでも人に聞き学べ、と言うのが最近の風習になりつつある。
特に今回の様な国に関わることなら尚更認識を共有しておいた方がいいだろう。
それに気づきレムエルは老貴族が何か言う前に首を振って制し、アースワーズ達に目を向けた。
「そうだな。機密ではあるが、国民の間に漏らさなければそこまでの物じゃない」
不安がられるから秘密にされているだけで、知っている者は知っていることだ。
「闇の一族と言うのはここ十年以上姿を見せなかった研究集団。だが、それは表向きという側面が強く、奴等は異質な肉体と能力を持つ、種を超越した者だと伝えられている」
「今回私達が相手したのは肉体が蛇になるリザードマンに近い人種です。ただ、魔物であるリザードマンと違い、その力は鎧で防げるものではありません。一撃も竜の如く」
「それに加え全員が今回の原因である謎の魔力を用いると考えた方がいいでしょう。そのせいで普通の者では近づけず、レムエル様から授かった武器が無ければこの場にいなかった可能性が高いです。精霊の力があってこそなのです」
改めて真実を知らされ、一難去ってまた一難と騒然となる。
「そ、そこまでの敵が……」
「この十年間でその魔力を使えるようにしたのだろう。この中にも戴冠の儀で元第一王子が所持していた帝国からの贈り物を見た者がいよう。解析結果では同様の魔力が込められていたようだ」
「な、なんと……!」
この場でアースワーズが暴露したのも、ここまで帝国が公にしてしまえば言わざるを得ないと考えたからだ。
今でも指輪の奪還をしようと侵入する者が堪えず、それ以外にも国が作り上げている物を入手しようと多くの密偵が報告されていた。
精霊がいなければ既に他国へ情報が漏れていただろう。
「ですが、その魔力に陛下と精霊なら立ち向かえるのでしょう?」
「うむ! 協力してくださった精霊教のエゼルミア教皇様にもお礼を申し上げねば」
「精霊の武器と申したが、あのマスクとやらや食材の様に土等でも効果があるのではないか?」
「それでも陛下に頼らねばなるまい。心苦しいが精霊のお力をお借りせねば」
帝国と対抗するには精霊の力が必須。
議題はいかに精霊の力が込められたもので身を固めるかとなり、レムエルは少し眉を顰め困ったような顔を作る。
確かにその通りなのだが、それをし続けるわけにはいかない。
自分がいなくなったとき、精霊に頼らずとも自分達で解決しないといけないと常々思っているのだ。
自分がエルフ族の様な長命ならまだいいが、百年も生きられない人族では仕方ない事だった。
「今回の計画には驚かされましたぞ、陛下。領民全員を集め指導するのは骨が折れました。その苦労の結果がこの笑みと……この痩せた身体ですわ!」
少しげっそりしているが満面の笑みを浮かべてお腹を擦った上級貴族。
周りの貴族はそれでも十分太っていると思いながら苦笑し、確かに忙し過ぎて良いダイエットになったと思った。
通常の会議であれば冗談を言えるようなものではないが、この会議は祝杯のような側面もあった。
それだけ喜んでいるということだ。
「しかし、調和魔法と言いましたか? 歌の魔法の効果は凄まじいですな」
「効果のほどは回復魔法より劣るようですが、規模と使い勝手の良さを考えれば様々な面で活躍するでしょう」
「それを陛下が考えられたというのは僥倖。もしや、陛下は先が見えておられるのではないですか?」
等々、レムエルを讃えるようなセリフを口にする貴族やギルドマスター達。
だが、その反面この魔法を理解し危機感を持つ者もいた。
「だが、歌が正確でなければならんのであろう? 通常の魔法とも異なると聞く。犯罪もしやすいことから結界が必要であろう」
「今回のことで他国にも公となってしまった。開発をしていかねば」
「王国発祥だからまだいいが、現に魔法大国や魔法ギルドから抗議に近い書状が送られている。下手したら戦争の火蓋が開かれてしまいかねん」
「何を言うか! 魔法大国や魔法ギルドが何を言おうとも言う権利はない! あそこは世界一魔法が発達し開発されているだけで、あそこから生まれなければならないということはないんだぞ?」
「それでも相手の神経を逆撫で、面子を潰したのは確かであろう」
「だが、この調和魔法が無ければ被害が甚大、下手すれば王国の存亡に関わっていたのも確か」
「ぐ……」
「先見の目のある陛下には感謝しかない。もとをただせば帝国が悪い」
今回の件は正確には帝国は関わっていないと言えるだろうが、闇の一族の独断であろうとも帝国が囲い、帝国が王国を恨み、帝国がそういった命令を下していたのは確かだ。
腐敗していた頃の介入については新体制になった時点で縁を切り、直接的な講義はしなかった。
だが、今回に限って言えば証拠も十分に集まり、こちらは何もしていない被害者と言える。
「帝国には抗議文を送ろう。何もしなかったら変わらないしね。ただ、今は国内を戻すのが先決だよ。だから、警戒をしつつも帝国と関わることを禁止する」
「ですが、それでは相手を付けあがらせてしまいます!」
「僕はね、帝国のことなんて放っておけばいいと思うんだ」
レムエルの言葉に全員がどういう意味だ? と口を開けた。
それは帝国に泣き寝入りするのかと思われるが、レムエルの言動になれた者達はまた何か考えているのだろうと推測し苦笑を浮かべた。
「帝国に思う所はある。でも、何度でも言うけど国内と北部の協力体制を築くのが先決。抗議はするけどそれ以上はしない。はっきり言ってするだけ無駄だと思うけど……」
「た、確かにそうだが……。では、お前は今回のことで抗議はするが賠償請求も何もしないということか?」
アースワーズが問題発言に呆気に取られ過ぎて目を白黒させている者達を代表して疑問をぶつけた。
これが普通の会議だったら糾弾が始まっていた所だ。
まだレムエルが成人していないというのも助かっている。
「抗議は忠告とどうする気かっていう問いかけ。あとは無視すればいい」
「無視ってお前なぁ……国は子供の喧嘩じゃないんだぞ?」
「威信がかかっているのもわかる。でも、今下手に突っついて帝国と戦争は起こしたくない。王国は帝国なんて歯牙にもかけないっていう意思表示だと思ってよ」
ここにきてレムエルの頑固さと我儘が発動し一同は困惑する。
初めてではないが帝国に勝ったという実感があり、何としてでもこの好機と波に乗っかり帝国に一泡も二泡も吹かせてやりたい。
だが、レムエルの言う通り戦争は回避したいところであり、その他の問題も多くあった。
今更帝国に賠償を求めても絶対に知らぬ存ぜぬ、自分達に立て付く気か? では戦争だ、となるのが目に見えていたのも事実。
どの選択をするか辛い所だと言えるのだ。
「まあ、創神教との仲や他国との連携と協力が実感できたからいいんじゃない? 国民には……そうだねぇ、悪いけど帝国のことは伏せておこう。出来るよね?」
「は、はい。帝国であるという証拠は我々しか知りませんので。しかし、人の口に戸は立てられません」
「それに実際に帝国が手を出したわけじゃないんだ。トカゲの尻尾切りならいいけど、冤罪となったら目も当てられない」
噂が広がり尾ひれだけでなく背びれや尻尾まで付き、最後には竜などに化けて天に昇るかもしれない。
下手すると国民の間にあるレムエルの人気が落ちると危惧している。
「国民もわかってくれると思うけどなぁ……。国の威信とか王族の権威が大切なのはわかる。それが無いと今回は上手く行かなかっただろうしね」
レムエルも自分の人気は痛いほどわかっている。
今回それを利用して国民の意思を統一したのだから。
「でも、命には代えられない。戦争はない方がいいに決まってるし、一々僕達の決定でいらぬ争いを起こす気はない。発展を遅らせるのも嫌じゃない? 今は成長期なんだよ」
「む~……仕方あるまい。国民には抗議をしたという噂を流そう。結局のところ証拠を国民は知らないのだからな」
アースワーズの決定に仕方ないかと皆が頷いた。
ごねてもレムエルが意志を変えるとは思えなかったからだ。
「その代わり魔法大国と魔法ギルドとは正面切ってやるよ」
『は?』
まるで子供が駄々をこねる……いや、この場合したいことをするといったところだ。
レムエルの浮かべている笑みを見たらそのようにしか思えなかった。
「はっきり言って抗議を受ける謂れはないもん」
本当に子供の理由に呆れる面々だが、その通りなので反論できない。
「まあ、作った魔法にケチ付けられたってのもあるけど……。結局のところ使ったもん勝ちなんだよ。多分すでに歌に関しては国外に広まってるんじゃないかな?」
最初の一言に頭が痛くなるが、レムエルはそう言ってマーリン達の方に目を向けて問いかけた。
「陛下に仰るよう抗議文の他に魔法について知りたいという質問から亡命……とはちと違うのじゃが、革新派の者達が動いております」
「あれだけの規模で魔法を発動すれば国やギルドでも揉み消せません。歌に関しては仕方ないでしょう」
「国とギルドの抗議は違います。国はあくまでも開示と危険性の把握、ギルドは文句と言ったところです。ギルドは下手をすれば政治に関わりますので粛清対象になり得る、と言ったところです」
頭の痛い物ばかりが問題として残っている。
この魔法が王国の危機を救ったのは確かで、帝国との抗議を考えればレムエルの言うとおりこちらの方が国の威信を傷つけるのかもしれない。
今までしてきた帝国と、国を救った魔法とレムエルを非難するような魔法大国。
「こっちの問題は戦争にはならないと思う。魔法大国がここで戦争を仕掛ければ自分達が考え付かなかった魔法を編み出した、その結果の逆恨みだって世間に知らせることになるしね」
「今の段階でも十分それに該当するがな」
それには皆同感で真顔で頷いた。
非難や抗議を受ける謂れは全くなく、作り出した魔法は王国を救った神聖な魔法だ。
そこにレムエルが作ったとなれば国の威信がかかっている重要な魔法と言える。
魔法自体も危険性はないと何度も言っているのだ。
「では、私達精霊教も王国を支援します。今回の魔法は誰でも使えることが分かり、教会専用の聖歌でも作り上げれば多くの者が救えます」
「創神教も悪用しないことをここで誓い、神聖な魔法だと認定します」
二大勢力の教会が反発することなく調和魔法を認めた。
これは思っている以上に強力な味方と言えるだろう。
「そもそも魔法は使い方なんだよね。火種用の魔法でも火事は起こせるし、大爆発を起こす魔法でもやりようによっては建物の解体に使えるわけで。それに比べれば歌を作るっていう魔法とは別の才能がいるんだから悪用し難いと思わない?」
結局のところ難癖付けられたのだから放置できないということだ。
こちらの方を無視すると王国以外にも支障が出る。
多くの者が使えばそれだけ被害が拡大するということだ。
「だから、先に革新派と接触を図ろう。その後に魔法大国に。魔法ギルドは政治介入する気かとでも脅せばいいよ。教会の後押しも得てね」
結局レムエルの意志が全て通る形で会議は終了した。
だが、レムエルが決定したことをそのまま行うわけにはいかず、ロガンを中心に事を進めていくこととなる。
アースワーズは南部へ遠征を組み、それを帝国への意思表示とすることで国民に広がる不満を抑えることにした。
他の貴族達もいろんな思いに分かれながらも国の決定に従い、荒れた領地の平定に尽力することとなる。
やはり戦争という物は誰もしたくないのだ。
やり返したいという思いがあってもどこかで妥協しないといけない。
どちらかが折れなければならないのだ。
つけあがらせるだけ付けあがらせればいい。
その思いを強く心に秘め、これからも王国は発展を続けるのだった。




