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ソニヤ達の任務

 同時刻。


 A判定極秘任務でアバキアクルス荒野を探索中のソニヤ達の下にも癒しを与える歌声が響き届いていた。


 二日間の探索と凶悪な魔物に昼夜問わず襲われ、加え国内でも動きっぱなしだったために疲労困憊だった。

 だが、この歌が耳に入り実感すると弱りかけていた心に活力が戻り、奥底から湧き上がる力に計画が実行されたのだと全員が気付いた。


「やりましたね、ソニヤ様」

「ええ。心配はしていなかったが、ここまで届くとはな。おかげで万全で行けそうだ」


 魔物の肉を火魔法で起こした焚火で焼き、疲労で食欲がないと焼けた肉を見つめていた部下達に食欲が戻る。


 あれから任務内容の目標を探し続け、つい先ほど荒野にそぐわない金属製の扉を発見した。


 勿論辺りの岩や枯れた植物でカモフラージュされているが、連れてきた中にその類を見つけるのが得意な部下がいた。

 また、見えない魔法の罠も数多く配置され、ここまで来るのに相当体力を減らされていた。


「タイミングが良いな。これも日頃の行いのおかげってか?」

「陛下の思い通りになっているようで成功する気しかありませんよ」

「調子に乗らないように。これから懐と思われる巣に乗り込むのですから、気を抜いて褒美を不意にしたくないでしょう?」

『そうだった!』


 体力が戻ったことで緩みが出た部下達にマイレスは注意するが、返ってきた返答に苦笑いを浮かべた。


 褒美のために頑張るのは人間らしく、騎士としては目的が国の為ではないのに眉を顰めるからだ。

 ただ、やる気が無いよりはましだと言えた。


「それでは火の後始末をし突入する。今までの経験上想定する敵であるのなら、私達がここにいるのはばれているだろう。よって、敵に慈悲を掛けずに切り捨てろ」

「慈悲を掛ける等といった中途半端な思考を持てばこちらの命が取られます。尋問するために捕えずとも巣があるのですから、その情報の一端が手に入るはずです。レムエル陛下に深追いはするなと忠告を受けていますからね」

『了解しました』


 二人の団長から切り捨ての指示を受け、胸に手を当て腰に収められた虹色の輝きを持つ剣の柄に手を当てた。


 相手の力が未知数な点があり、十人以下のこの人数で攻めるということ自体があり得ないのだ。

 いくらソニヤやマイレスが強くとも数には抗えないのだから。




 最後の罠を逃げられるよう解除してから岩にカモフラージュされた扉の側面に張り付く。


 それぞれが頷き合うと、剣に風魔法を施したソニヤが中央に立ち、その扉をバターの如く音もなく切り刻んだ。


「突入!」


 そしてマイレスの指示により刻まれた扉が火魔法で爆破され、ソニヤを先頭に敵の懐の中へと入り込んでいった。






 少し時間が戻り、ソニヤ達が最後の吸息していた頃。

 巧妙に隠された巣――今回の騒動の元凶である帝国暗部の研究者組織『闇の一族』の研究所内では侵入者を察知し、迎え撃つ準備をしていた。


「クシュシュ~……。この反応は見覚えがあるそぉ! あの憎き『剣舞の殲滅姫』ぇ!」


 この場にいるのは研究者の筆頭である蛇老人。

 筆頭ではあるが研究を行っている第一人者でしかない。


 加え、部下である機械のように淡々と作業をこなす十数人の人影。

 その人間も異様であるのは変わらず、蛇老人とは大きく違い本当の意味で異形の生物だ。


「隣に少し劣るが強き反応が一つぅ……他の反応は強化人間と同等ぅ。クシュシュシュ~、お前達は侵入者を足止めしろぉ。俺は目の物を見せてくれるぅ!」


 強化人間と呼ばれた黒服の異形達は目を怪しい赤色に光らせて了解を示す。

 蛇老人は二股に裂けた長い舌をチロチロと嬉しそうに動かし、全身に蛇特有の湿った鱗を浮かび上がらせる。


 目の前の研究所全体を調べる探知魔道具に映る赤い反応。

 その反応に動きが現れると蛇老人の姿は蛇に近づいていく。


 瞳孔が細長く縦に裂け、ぎょろりとしたリザードマンの様な姿となったその時、


「ぐ、がッ……あ、頭がぁぁ! な、何が起きたぁ!? う、歌うんじゃねえぇっ! 黙れッ! この、くそ、ぶっ殺されてえかぁ!」


 蛇老人は突如頭を抱えて苦しみ出し、暴れながら身体をビクンと跳ねるように震わせ錯乱状態に陥った。


 丁度この時王国で計画が実行されていた。

 外ではソニヤ達に歌が届き体力を回復させている頃だ。


 この歌は精霊が伝える。

 いくら隔離した場所でも精霊がいる所に全ての歌が届く。

 精霊に見放されたこの場所でも、レムエルに目を付けられ、精霊の反感を買ってしまえば別だ。


「ぐがああああああああッ! わ、割れるぅ……お、俺の頭がぁぁ!」


 額からドロッと濁った赤い血が流れ落ちるが、消滅されるかのように響く痛みに気にしていられない。


 蛇老人の体内には精霊と真逆の、症状と同じ魔力がある。

 その魔力と耳から入った精霊の力が体内で反発し、特に脳内で激しい戦いが繰り広げられ、のたうち回りたくても動けないほどの拒絶反応が出ているのだ。


「クソがァァァァァッ!」


 音にならない超音波の様な雄叫びが響き渡り、聞こえてくる精霊の力が消えていく。

 異様な魔力を用いて打ち消したのだろう。


 それでも歌が途切れることはなく、全身をその魔力で覆い軽い頭痛を覚える程度に抑え込んだ。


「はぁ、はぁ、許さんぞぉ~! この苦しみはぁ、あの国民王と言う奴だなぁ……! この範囲まで届くとは思わなかったがぁ、精霊の力ぁ知ることが出来たぞぉ!」


 転んでもただでは済まさん、と目を怪しく光らせ、背後でぐったりとしている強化人間を蹴り上げ、頭を掴んで持ち上げ耳打ちした。


「――行けぇ。死んでも伝えろぉ。俺はこのままでは済まさねぇ……。一撃当ててから離脱してくれるわぁ!」


 蛇老人は筋肉を流動させ、文字通り狂人になりソニヤ達が来るのを涎を垂らしながら捕食者として待つ。






 聞こえていた精霊の力が弱まり、地下深くから異様な魔力が肌を刺激するのを感じ取った。


「敵さんはお怒りのようだ。これは大物がいるようだな」


 ソニヤは肌で感じ取った力の強大さを理解した。


「闇の一族、でしょうか。私はまだ会ったことが無いのでよく分からないのですが」


 マイレスは実力もあってだが、家名も名高くそれで選ばれた騎士団長だ。

 まだ騎士と考えると若手の方で、闇の一族が作り上げた兵器と戦争で見えることはあっても、闇の一族とは戦ったことが無かった。


 ソニヤは周りのやっかみやその実力で、バダックと共に相見えていたりする。


「闇の一族と言うのは言葉通りの意味を差す。闇、即ち禁忌を犯し帝国の陰で動く者のことを言い、表には出ることのない……いや、出来ない異形の者達だ」


 機密事項だが、その一人がいるのなら教えておかなければならないと判断したのだろう。

 見て怯み殺された、では話にならないからだ。


「強化人間や改造人間の様なものと言うことですね」

「まあ、そうだな。ただし、闇の一族に連なる者達はその完成形と言っても良い。恐らく個人の総合力は私が勝つだろうが、ずば抜けた能力だけはバダックさえも凌駕する」

「ば、バダック様もですか!? あの王国最強の矛の?」


 マイレスではなく部下がそれに反応する。

 バダックはああ見えてかなりの人気を誇る人物だ。

 十五年は努めている騎士なら特に。

 女性にもてるとかではなく、最強の生きる英雄として国民から神聖視されているということだ。


「私が会ったことがあるのは三人。一人は戦争の見学をしていた兎の青年、もう一人はその場で崖を破壊しバダックの一撃を防いだ虎の壮年、最後に白衣を纏った研究者然とした蛇の老人だ。バダックは蝙蝠のような奴もいると言っていた」


 いずれも軽い戦闘だけでお互いを深く知るわけではない、とソニヤは辺りを警戒しながら進む。


「この先にその四人のうちの誰かがいると考えてるってことですか?」

「そうとも限らん。今回の手口から三人目の蛇の老人の可能性が高いだろうが、他の者である可能性も十分にある」

「兎に角襲ってきた相手は全部切ればいいんだよな? しかも蛇の様な爺と言うのなら魔物だと思っていたほうがいいんじゃねえか?」


 言い方が下劣だが、そう考えなければ人を切れないとも考えられる。

 何度か戦っているソニヤはまだいいだろうが、マイレスも含め相手が元々人間だと思うと救いたいという感情が出てくるのは騎士だとしても同じだ。

 特に戦争や相手が人間でなく、人間を止めた・止めさせられたとなると慈悲が出てくる。


 それを抑え込んで戦うには見た目も含めて魔物だと思うしかないということだ。

 だが、その考えは地下へ辿り着いた時に確固たるものへと変わることになった。




 中は外からは想像できない作り。

 下へ進む階段があり、壁や床全てが舗装され、どう考えても人工物の建物。

 入り組むことなく通路は続き、開いた場所に出るとそこは魔物や動物が緑色の液体の中に入れられた培養施設だった。


 気味の悪さに部下が吐き気を催し口元を抑え、引き攣りながら顔を顰める。


「だ、団長……これは、一体……」


 その声は未知と不気味さに対する恐怖に震えていた。

 屈強な騎士がこれほどの嫌悪を表に出すほどの状態だ。


「これは以前帝国の施設をカロンと潰した時に見たことがある。確か王国では魔物の実験や改良をしているのではないか、という結論になった」

「私もその話を聞いたことがあります。争い自体はなかったようですが、その施設自体随分前に捨てられていたとか」


 辺りを警戒したまま培養器に手を触れたソニヤ。

 マイレスは記憶から過去の話を引っ張り出し、当時副団長補佐だった頃を思い出す。


「だが、あの時よりもずっと気味が悪い。これは魔物の強化等ではないだろう。正しく改良、若しくは新種を作り出そうとしているとしか思えん」


 ごくり……。


 誰かが喉を鳴らす。


「こ、これがソニヤ様の言っていた強化人間、いえ、改造人間ですか……。確かに魔物と思っていなければ恐怖で動けなくなる可能性があります」

「だな。場を解す冗談のつもりだったんだが……これは腹を括るしかないな。私が見た物より数段改造してある」

「ふん……。冷酷な言い方になるが、敵は敵だ。これは戦争ではなく、国家の存続に関わる重要なこと。捉えられても死罪となるのだから慈悲を掛けるな」


 培養器の中の動物や魔物は通常の個体とは大きく異なっていた。


 ある個体は足が六本あり、茶色い体表に黒い毒々しい斑点がある。

 別の個体は背中にびっしりと棘が生え、眠っているはずなのに黄色いだけの瞳が怪しく光っていた。

 口を開いた個体は牙が重なり合うように口全体に生え、巨大な個体は腹に顔が幾つもあり、一見動物かと思えば人間の顔が付いていたり、手が多い個体、目と口が裂けた個体。


「ぅ……冒涜ってもんじゃありませんよ。気味悪くてどうにかなってしまいそうです」

「別世界……。そう、悪い意味で夢の中にいる感じです」

「吐きそうだ、うぇ。これは助けられないな」


 平然としているのは深く知っているソニヤとマイレス二人だけ。

 内心は憤りや吐き気を感じているがそれをおくびにも出さない。


 慣れていると言えば言い方が悪く聞こえるが、それほど帝国と関わり非常な部分を眼にしてきたのだ。

 レムエルは知らないだろうが、この任務に行かせる人員を間違えていれば惨事になっていただろう。


「これはまだレムエル様には報告できないな。ロガンとアースワーズ殿下に先に報告することとする。それと誰にも話すんじゃないぞ」


 部下達は話して思い出したくもないといった様子で力強く頷く。


 任務の内容は調査だ。

 その調査内容は今回の症状に関することで、中にあった別の物は報告する義務はないと言える。

 黒に限りなく近いグレーだが。


 成人していないレムエルに教えるのは精神的にどうかという判断と、教えるのなら軍部を預かるアースワーズ達の役目だろうと考えた。


「ソニヤの考える通りで良いでしょう。伝えればその対処に動こうとなさる。今でも心労が重なっておられるのだから、これ以上仕事を増やして倒られては元も子もありません」

「ええ、私達の判断で教えるより良いだろうからな」


 ソニヤ達は口元を抑え培養器から目を離せずにいる部下に声を掛け、辺りに潜んでいないか警戒をマックスにして進む。


 先ほどの魔力の波動によってソニヤ達も否応に戦闘は避けられないと感じ取っている。

 培養器の中にいる異形の生物からの魔力や気配が邪魔をし、詳しい気配を掴めないでいるのも確か。

 早くしなければならないが、慎重に行かなければ取って食われると誰の脳裏にも警戒を鳴らしていた。


「止まって」


 次の通路へ入ろうとした時、気配に敏感な騎士が全員の足を止めさせた。

 ピクピクと動く耳が周囲の音を拾い、普通の人では拾えない音まで拾おうとする。


「どうした? 何かくるのか?」


 ソニヤが前方の暗闇の通路に鋭い目を向け、いつでも反射的に剣を触れるよう構える。

 マイレス達はそれを囲むように陣取り、培養器の方もいつ動いても不思議ではないと注意する。


「……足音が、少なくとも二十はいます」

「近いのか?」

「こちらに向かってきているようです。あと十秒もすれば……来ます!」


 一気に敵のスピードが上がったのか閉じていた眼を開き、腰に収められた剣を焦る様に抜き放った。


「風よ、剣に纏い我が力と成せ――」


 ソニヤは騎士が言うや否や剣に魔法を施した。

 同時に暗闇から木霊する雄叫びが響き、赤く光る怪しい二つの双眸が幾つも出現した


『グギャアアアアアァ!』


 現れたのは培養器の中にいた異形の者と同じ姿をした化け物たち。

 何で察知したのか知らないが、狂ったように襲い掛かり飛びついてくる。


「――切り裂く刃と化せ! 『渦風なる剣閃』!」


 だが、ソニヤの準備が先に終わり、先頭にいたゴリラの様な化け物は剣に渦巻く風の刃に切裂かれ、勢い余って後続の異形を下敷きにする。


「火よ!」

「水よ!」

「光よ!」


 他の騎士達も一泊遅れてそれぞれの得意属性を剣に施し、襲い掛かってくる化け物を連携して倒していく。


 指示無くソニヤの行動で対応できるようになったのは訓練の賜物だ。


 この場にはマイレスと言うソニヤと同等の地位にいる者と二つの騎士団がいる。

 それで騎士達が指示に対し混乱しないのも同様で、マイレス自身がソニヤを立てているというのもあった。


 その傍らで大きな影が動き、硬いガラスで覆われた培養器が紙切れの様に壊れる破壊音が響く。


「……ッ、硬いですねぇ。鋼鉄でも切りつけているようです」

『ギャアアアアアアアアァ!』

「これでは先に私の剣が駄目になりそうですよ。こういった相手はハーストの相手でしょうに」


 と言いながらも、強敵と見えているこの状況が嬉しいのか笑みが浮かんでいる。


『ガアアアアァ!』

「大きいだけでは当たりませんよ! 半年前、貴方より大きい相手をしましたから、ねッ!」


 マイレスは恐らく高ランクの巨体の魔物と同化したであろう竜の様な鱗を持つ化物相手に接近戦を選び、ソニヤと同じようにこの狭い空間を有効活用し、更に相手の強力な爪や突進攻撃をも利用していた。


 マイレスの攻撃は確かに竜並と言っても良い硬さを誇る鱗を突破できないでいた。

 だが、それならば戦い方はあるという物で、この半年で培った新たな戦闘法、相手の力を利用する戦い方を実行していた。


 狭いということは相手も身動きがとり難いということで、振われた一撃は広範囲にわたる代わりにあたりの邪魔な培養器や化け物を手を下さずに倒してくれる。

 多少残っている理性でそれを止めようとする化物だが、マイレスはそれさえも利用し、仲間に危害が出ないよう周囲を見渡す大きな視野を持って戦い抜いていた。


 今までならどうにか倒して部下の下へ、と言う思考が出ていただろうが、今は部下が周りの雑魚を倒し決定打を叩き込めるまで立ち回るという選択も生まれていた。


 訓練をする過程で部下が信用できるようになり、ある程度任せることが当たり前になったことで騎士達も自分の分野を理解し、隣り合う者と連携して打ち破っていた。


 これを見ている蛇老人は今までの王国の戦い方と随分異なり驚愕していることだろう。

 はっきりと言えば、魔物討伐を覗いた初の公開実戦でもあるのだから。


「追随せよ、風の斬撃よ!」

『グボァッ!』


 ソニヤは騎士一人では太刀打ちできない個体を瞬時に見極め、自身の特性であるスピードを生かし、化け物の急所を切り裂き最小限の動きで撃破している。


 関節を砕いて動きを奪い、喉を突き裂き切り裂き、風と相手の視線の動きで背後の敵も察知し、避けると同時に同士討ちを誘う。

 マイレスと似ていて非なる戦い方だ。


 ソニヤは正しく風のように戦場を自由に踊る風剣の舞姫。

 マイレスは戦場を把握し理解し掌握する戦場の策略士。


 悪辣さに少し磨きがかかっているが、これからは個人の能力と作戦が物を言う時代に変わってきている瞬間でもあった。


 命の奪い合いである戦いに卑怯もへったくれもないということ。

 騎士としての矜持は必要だ。

 しかし、こういった魔物に酷似した相手にそのようなことを言っても仕方がない。

 それでいらぬ怪我を負い、仲間を危険へ誘い、消耗しては意味がないだろう。


 騎士精神で生きたいのなら妥協点を見出せ、と言うことにほかない。

 正面から戦うだけでもその戦い方は力任せ、技量、作戦と方法は山の様にあるのだから。


『グァ、ヴ……ァ、ゥヴ』


 培養器から出てきた異形達は上手く身動きが取れずに戦闘に巻き込まれ死んでいく。

 身体が出来ていないというのもあるだろうが、ことごとくソニヤやマイレスの戦いに巻き込まれ、隙を突いては騎士達が倒していた。






 それを監視用の映像の魔道具で見ていた蛇老人。


「クシュシュシュッ、くそぐあああああああああっ! なぜ、なぜだ、何故だァァァ!」


 せめて消耗させれば一撃離脱しやすいとほくそ笑んでいたのだろうが、その本能に任せた愚の行いが自分の首を絞める結果へと繋がり、今も苦しめる謎の歌も合わさり発狂寸前になっていた。


「あり得んあり得んあり得んあり得んぞぉぉぉぉぉ! あの力はなんだぁ! なぜ俺の作品共が何も出来ずに負けるぅッ! 相手は殲滅姫だけではないんだぞぉぉ!」


 剣舞の殲滅姫ならばまだ理解できた。

 十年会わなかった間に強くなったのだと。


 だが、その他の騎士までもが半年であり得ないほど強くなり、自分が作り上げた作品を今まで見たこともない連携で倒していた。

 この騎士が秘蔵の部隊だと思えなくもなかったが、どう考えても急造のどこにでもいるような騎士だった。


 それが余計にこの蛇老人の頭を苦しめ、立った半年の間に王国で何が起きたのか殺意が湧いていた。


「これも全てレムエルと言う王がやったのかぁ、クシュシュ~。どのような手を使ったのか知らないがぁ、大した力も使わずに戦力を強化したのは称賛するぅ」


 打って変わり狂ったような狂人の笑みを浮かべた蛇老人は、だが、と続け怒りに一気に身体が変貌した。


「俺を侮るなぁ! いくら強くなろうともぉ、この俺の頭脳ははるか先を行くぅ! 今回は負けたがぁ、こちらも精霊について収穫があったからなぁ。相見える時が来たら……クシュシュ~、目に物を見せてくれるわぁぁッ!」


 誰もいなくなり、歌に苦しめられる中、蛇老人は自分だけが見えている理想の未来を想像し、全身をリザードマンに酷似した青緑色の半蛇半人の姿へと変えた。


 そこへ、何時の間にか戦闘を終了させたソニヤ達が到着した。


「ここか! 仲間全て倒した! 無駄な抵抗は止め神妙にしろ!」


 蹴破られた扉が吹き飛び、近くにあった机にぶつかり書類が飛び回る。

 剣に纏っている風魔法が更に書類を空中で躍らせ、蛇老人との間に穴だらけの壁を作った。


「クシュシュ~! よくここが分かったなぁ、剣舞の殲滅姫ソニヤ・アラクセン」

「お前は……やはり、お前達が関わっていたようだな。だが……丁度良い」


 お互いに距離を測り、不敵な笑みを浮かべ言葉の応酬が行われる。


「ふん、貴様等がどれほど強くなろうがぁ、人を超越した俺に適う筈がないぃ。精霊の居ない貴様等に俺の攻撃を防ぐ手段はあるまい!」

「それはどうかな? 私の剣はレムエル様より贈られし精霊の剣。これが何を意味するか分かるだろう?」


 マイレス達も虹色の輝きを持つ剣――レムエルが手持ちの剣に力を込めた一度限り魔力を消去できるよう力を込めた剣を睨み付けて構える。

 傷付き息を乱しているが、相手がいくら強かろうが数で圧倒できる。

 そう誰もが考え嫌悪感の強い姿となっている蛇老人と相対する。


「ちぃ、厄介なことをぉ! どこまでも邪魔をする気かぁ、精霊風情がぁ!」

「その精霊に貴様等は喧嘩を売ったのだ。この未来枕を高く出来ると思うな」

「だが、その精霊の力も弱まっているようだぁ。精々あと一回ぃ。それが終わればなす術もあるまいぃ」


 過去に何があったのか知らないが、精霊を恨んでいるようだ。

 その恨みもろくでもないものなのだろうが。


「こいつがソニヤ団長の言っていた……」


 誰かがそう呟き、蛇老人がぎょろりとした爬虫類の目を向け悲鳴が漏れる。


「大勢ではないが見られたのなら仕方ないぃ。始末すればいいだけだからなぁ、クシュシュ~。俺は帝国の裏研究の第一人者闇の一族が一人『毒蛇の科学者』ドクター・セグロだぁ!」


 ひれ伏せとでも言いたげに両腕を開き、白衣をパシッと鳴らせた。


 異名は通り名で、名前はコードネームの様なものだ。

 ただ、彼等は帝国でもいない者として扱われ、身内でもその名を呼ぶ者はほとんど存在しない。


「簡単に殺せると思うなよ? こちらが実力で劣っていようが数の利がある。加えてレムエル様と精霊の加護。私はお前に劣っているとは思わんがな!」

「クシュシュシュ~、小娘が粋がるんじゃねえぇッ! 今までの恨み晴らしてくれるぅ!」

「それはこちらのセリフだッ!」


 言葉の応酬は書類が全て地面へ落ちるとともに終わり、ソニヤの放った淡く緑色の白い一撃と濃い紫色の黒の一撃がぶつかり合った。


「皆、散りなさい! 各自の判断でソニヤの邪魔をしないよう対処しなさい!」

『はっ!』


 いつの間にか歌が終わりを迎え、お互いにハンデ無しの戦いが始まった。


 決着は一分もしない内に付くことになる。


 元々ドクター・セグロは一撃加えることだけを目的とした逃げの一手。

 手傷を負わせることは出来たが精霊の力を無くし、仕留めることは叶わなかった。


 ソニヤ達は悔しみの中、これで王国が救えたのだと安堵を覚え、この研究所が証拠隠滅される前に手に付く適当な証拠品等を持ち運び地上へ戻った。

 地上へ辿り着くと同時に研究所は最後の仕掛けが発動したのか大きな爆破音の後に崩れ去り、止めとばかりに地下から崩れ落ちる崩落の音が一時木霊したという。


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