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歌魔法のお披露目

 レムエルの名の下に王国全土国民全体に下した命令が間もなく始まろうとしていた。


 時刻は太陽が最も高くなる正午丁度の鐘がなった時。

 その時刻にレムエルの開始宣言が行われ、簡単な説明の後に王国の民全員が一丸となって症状に打ち勝つ計画がスタートする。


 所要時間は十分弱と短時間。

 場合によってはその倍に手が届くかもしれないが、その短時間で効果が出るとレムエル達は確信していた。


 計画を進めている間にレムエル達は実験を行っていた。

 後は大規模でどこまで効果が出せるかが肝となっていた。




「レムエル、準備は良い? 間違えてもそのまま弾いちゃいなさい」


 頼もしいメロディーネの励ます声が、少し緊張して胸に手を当てているレムエルにかけられた。


「う、うん。何度も練習したし、皆は知らないんだから間違えても大丈夫だよね」


 レムエルは言葉だけでも気丈に振る舞おうと、引き攣りそうな笑みを浮かべて肩口から傍にいるメロディーネに言った。


「あら? 国民だって何度も練習しているのだから間違えたらわかるわよ」

「そうだな。儂はお前なら最後までやり遂げられると思っておる。肩の力を抜いてみなと一体感を引き出すんだ」


 ジュリア王妃は弱気なレムエルの発言に発破をかけ、アブラム国王は過小評価し過ぎなレムエルを信じていると応援した。


 レムエルはそんな二人に少し表情を引き締めて頷き、隣で控えてくれているレッラの方を向いた。


「レムエル様。今は外にいるソニヤ達、彼女達だけでなくバダックやカロン達にも届けましょう。レムエル様の成長を願っていると思います」

「……そうだね。ここでくよくよしたら皆に合わせる顔が無いよ。ありがとう、レラ」

「いえ、どういたしまして。微力ながら私もお手伝いいたしますので」


 母の様な姉の様なレッラ。


 そのやり取りに嫉妬してしまうが、レッラがレムエルの傍にいた月日を考えれば当然でもあった。

 そういったところを見ると家族として苦痛を感じる三人。

 果たしてレムエルは家族と思ってくれているのだろうか、と。


 日頃のレムエルを見ていれば家族と思ってくれているのだろう。

 だが、レムエルは我儘らしい我儘を言わない。

 せめて今まで放任していた罪を償わせてほしいと願っているのだ。


「レムエル、そろそろ時間よ。マイク持って此処に立って」

「うん、姉上」


 まあ、レムエルの様子を見れば彼らの考え過ぎだとわかるが。




 レムエル達は現在ルゥクスの精霊教教会にいる。

 本当ならば王国の中心である王都で行いたかったのだが、高速馬車での移動として考えても日数がかかってしまい断念するしかなかったのだ。


 政治的観点から見ると南部を贔屓しているように見えしこりが出来るが、事情を顧みることが出来る者ならば南部を中心に全体へ行うのが良いとわかる。

 南部が最も深刻であるというのもあるが、移動時間の遅れで発症者や死者を増やす、態々移動する意味もないからだ。


 そのために王国全体へライブ中継できるよう拡声器・通信機・映像機の三つを徹夜で作り上げたのだ。


 全てを魔力と言う見えない回線で繋げ、南部で行うことを北部の端まで行えるようにした。

 これでレムエルが直に力を行使しなくてよくなり、命を削るような無茶をしなくてよくなった。


 この方法を思い付いたのはメロディーネの『感染』と言うセリフだった。


「さあ、時間となりました。レムエル様、よろしくお願いします」

「頼んだわよ」

「きっと上手く行く。どこの誰がやったのか知らんが、お前なら、儂達王国で生きる者全員が団結すれば乗り越えられる」


 レムエルは最後の後押しに弱気な気持ちを抑え込み、マイク片手に男の顔となった。






 どの村、どの街、どの都市でも、現在多くの国民がこの二日間練習してきた広場へと集まっていた。


 二日間で症状は広がり、北部でも発症し苦しむ者が出てきていた。

 グローランツ公爵が捕まった現在、王国が代わりに統治し、ギルドや教会と連携して症状の拡散を防ぎに回った。

 相当の痛手な後手に回ったが、統治する者がいなくなり合法的に上から貴族達に言いつけることが出来るようになったのだ。


 国民全員の顔は隈が出来るほどやつれ、症状に何時罹ってしまうのか、症状が悪化しないか不安で不安で眠れない者が多くいる。

 中には酒に溺れる者、喧嘩をする者、この世の終わりの様に嘆く者がいた。


 それは今も変わらず、何をしても無駄だと人の居なくなった店や道で糸が切れた人形の様に蹲っている。


 だが、広場に集まった者達の顔は最後の賭けに挑むかの如く、レムエルのことを信じ下された王命に全力で取り掛かろうとしていた。


 表情も付かれながら真剣そのもの。

 赤ちゃんから老人まで、老若男女種族関係なく多くの者が広場で今か今かと待ち望んでいた。


 レムエルの人望がなせる結果だろう。

 内乱から救ったのもあるが、半年で豊かにした希望でもあるからだ。




 太陽が真上に差し掛かり、広場に設置された映像の魔道具のスイッチが起動され、大きな黒い壁面に白い文字が映し出された。


『あー、あー……。王国に住まう国民の皆、僕の声が聞こえているだろうか?』


 そして、通信の魔道具から拡声の魔道具を通じて大きくなったレムエルの声が響き渡った。


「レ、レムエル様の声じゃ! 王国を救ってくださったお方の声じゃ!」


 今にも崇めそうな老人の声が響き、その声は伝染していく。


 とある街で動物達と遊ぶのが趣味の少女は大はしゃぎし、グリアの果実を売り母親の治療費を稼いでいた親子は涙し、南部四つの都市では聞き覚えのある声に全体が最高潮に盛り上がる。


 他の領地でもレムエルに協力した者達が一斉に吠え始め、王国全体がレムエルの一言に応えるよう団結した瞬間だった。


『本当なら姿も見せたかったんだけど、流石に無理だったんだ。一応皆の声もこっちに届くようにはなってるけど、判断は難しいね』


 まるで隣で語っているかのような気さくなレムエルの言葉。

 レムエルを知っている者達は苦笑しらしいと思い、知らない者達はレムエルと言う存在に目を白黒させるばかりだった。


『盛り上がっているところ悪いけど、時間もないから静かに聞いてほしい。現在王国は過去類に見ない脅威の矛先に猛威を振られ、王国の存続の危機にある』


 国民は一斉に静まり、レムエルの言葉に考えないようにしていた絶滅と言う単語が思い浮かび、絶望と言う最悪の感情が膨れ上がってきた。


『症状は『魔力過多症・吸収増幅(空気感染)』と名付けたよ。名前の通り体内に異常な魔力が蓄積増幅して、体調を急変させるんだ。どうにかギルドや教会と協力して瀬戸際で食い止めているけど、このままでは影響が他国まで手を伸ばしてしまう。物資も支援してもらっているけど有限ではないんだ』


 現実を突き付ける、悲しみに満ちたレムエルの声。


「じゃあ、どうしろと言うんだ!」

「助かる者だけ助けるとでも言う気か!」

「せめて、せめて我が子だけでも!」


 国民は不満の蓋をこじ開けられ、その感情は周囲へと伝播していく。


 拡声機の奥ではレムエルが黙し、メロディーネから不安を煽ってどうするのかとハラハラする視線を受けていた。

 だが、レムエルは短くも濃かった経験を活かし、上に立つ者としての役目を果たすために、凛とした声だけで周囲に安心を植え付ける。


『落ち着いて。誰も見殺しにするだなんて言ってないよ。国民誰一人無駄な命はなく、どんな小さな命でも命は等しく一緒の価値しかない。そのために僕は王として王国を豊かにしてきたのだから』


 同時刻、ルゥクスの精霊教教会から黄金色の光が漏れだす。

 一般人には封鎖されている、信徒のみの部屋からだ。


 その部屋にレムエル達が拡声器などの魔道具の前にいる。

 レムエルが『竜眼』を解放させたのだ。

 『竜眼』の輝きは通信の魔道具からは通じないだろうが、声に籠るものは物を挿もうとも変わらない。


『すでに皆も完治し始めている患者が出ているのは知っていると思う。僕が作るように命じたマスク、皆も今口に付けていると思う布のこと。それを子供優先に特殊な物を配布したのも。どうして? って思うと思う。子供だからと言っても限度があるんじゃないかって』


 盗んだ者や辛く当たった者達が思わず目を逸らす。


『いくら子供が宝だと言っても成人した人や御爺ちゃん御婆ちゃんを蔑ろにしているわけじゃない。症状が重い人は優先的に治療を行わせている。体力の問題等でどうしても無差別に判断するわけにはいかなかったんだ。治療ギルドでしている色札(トリアージ)や食料もそうだよ。無責任な言い方だけど、亡くなってしまった人には手を尽くせなくて申し訳ないって謝るしかない』


 頭を下げているとは誰も思わない。

 でも一国の王が謝罪を口にするのは驚きであり、それでこそ英雄であり国民王だと誰も責めることはなかった。


 国やギルドや教会、それ以外の人達も率先して尽力し、犯罪を行おうとしていた者を防ごうとしていたのに気付いていたからだ。


 内乱以前の様な暴動などが起きず、ほとんど治安が悪化しなかったのが良い判断材料だった。

 騎士や兵士の合理性も良くなり、権力を翳す者が少なく安心して警備を任せられるというのもあった。

 その結果騎士や兵士もやる気を持って維持し続けることが出来たのだ。


『もう一つ皆は薄々気付いていると思う。症状に罹らない人やどうやって治療しているのかって』


 国民のほとんどが頷く。

 マスクも不思議だが、食べ物を食べて元気になるのも不思議だった。

 だが、誰一人どうしてなのか考えることはなかった。

 配布される料理や食材が美味しく、そのせいだと思っていたからだ。


『それは僕の力、精霊の力が籠っているからだよ。どうやらこの症状は精霊の力で消し去ることができるみたいなんだ。しかも一度消し去れば罹らないみたい。まだわかってないけどね』


 そして、差し込んだ大きな光。

 国民の暗くなった顔を照らし出す奇跡の輝きだ。


『子供のマスクは全て精霊が作った物。症状の酷い人のもそう。今まで黙っていたのは悪かったと思うけど、いらない騒動を起こすわけにはいかなかったんだ。分かってほしい』


 教えなかったことにいら立つ声を上げる者がいた。

 だが、そういった者は周りの者に睨みつけられ、すごすごとその場を辞することとなった。

 誰もがそうなることを容易に考え付いたからだ。


『精霊教のエゼルミア教皇にも支援してもらったから僕だけの力じゃない。勿論創神教の人達にも無償で働いてもらった。そろそろ皆も許してあげてほしい。教会の人でも同じ人間なんだ。間違いは誰にでもあるし、その間違いを正す人がいて、真面目になる人がいて許す人がいる。しこりはあるだろうけど、今回のことで助けてくれた人だけでも頼むよ』


 最初は後で暴利でも取るのではないかと思われていた創神教。

 だが、身を粉にして働く姿に国民は考えを少し改め、無体を働く者は本部のオーヴィス大司教の名の下に粛清されていた。

 レムエルの言葉に国民も矛を少し収めたのだろう。


『この話をしたのは、やっと回復の目途が付いたからだよ』


 国民が望んでいた台詞が木霊する。


『そのためには僕が力を行使しなくちゃならない。でも、僕一人で王国全体に力を行使するのは不可能だと思う。王国は世界一を争う大きさを持つのだからね』


 このセリフは他国にも聞こえているだろう。

 さすがにアブラム先代国王は拙いと思ったが、レムエルに首を振られ目を瞬かせた。

 何か考えがあるのだろうと手を引っ込め、これから行う方法でどうにでもなるのだと気づき、早合点にジュリア王妃にクスリと笑われ頬を気まずそうに掻いた。

 メロディーネはレッラから短く教えられ、よく考えているのだと改めてレムエルの凄さを自分のことのように胸を張って喜んだ。


『でも安心して。僕一人で駄目なら姉上達家族に協力してもらう。それで駄目ならソニヤ達騎士達に、ロガン達文官達に、四大公爵達貴族達に、ギルド、教会、商人や旅人、果てに王国に住む国民に。生きる者全てが協力してくれればいくらでも力は増えていくことに気付いたんだ』


 国民は半信半疑だ。

 共鳴魔法や調和魔法はまだ発表されておらず、力を合わせれば増えるということを知らないのだ。


 これから行う計画で全てを国民に認知させ、同時に抗議文を送って来る魔法大国の魔法ギルドに手を打つ。

 そうすることで仲間を作り上げ、王国に猛威を振った症状を新たな魔法で治すという快挙を作り上げ、他国の歴史にさえも残す結果にする。

 魔力切れで倒れる者がいるかもしれないが、恐らくそれはないと考えている。


『すでに実験も行ったよ。あとは皆が思いを一つにするだけ。皆を救いたい、癒したい、平和に豊かに前の様な笑い合える王国に戻したいって願うんだ。その思いが高まって、この二日間皆に練習してもらった言葉が魔法となる。力を行使する僕は歌えないけどこの場でピアノを弾かせてもらうよ。歌は今有名な歌姫メロディーネ姉上にお願いする』

『紹介に与ったメロディーネです。皆さん、聞こえていますでしょうか?』


 レムエルの傍に寄ったメロディーネの声がメイクを通じて王国中に響く。


 有名なメロディーネの声が響き、王国中に野太い歓声が轟く。

 女性達は冷めたものだが歌や美容や化粧品等で憧れであることは変わらず、男よりも黄色い声を上げている者もいる。


 まあ、女性はレムエルで、男性はメロディーネなのだが。


『私も皆さんと一緒に歌います。はっきり言うと下手でも構いません。歌に綺麗とか上手とかあります。ですが、これは思いが籠っているほどいいのです。思いが籠っているほど大きな効果を発揮し、私やレムエル、苦しんでいる患者のためになります。皆さん、自分に自信を持って歌ってください』

『ということだよ。不謹慎だけど、王国民全員で歌えるのは世界初だと言ってもいいと思うよ。そんな歴史に残って、これから回復を願った音楽祭とかと言う祭りにでもしたら盛り上がるんじゃない? 毎年開いて王国一の歌姫を決めるんだ。勿論歌王子? でもいいと思うけどね』


 そんな茶目っ気のあるレムエルの提案に、聞いていた者全員が眼を瞬かせた。

 次の瞬間王国を物理的に揺るがすような歓声と地鳴りが響き、満場一致で来年から音楽祭を開催することとなった。


 王城で聞いていたアースワーズ達は苦笑を浮かべながらも面白い提案だと即座に動いたという。

 他国も者達もギルドを通じて聞き、してやられたと自分達も関わろうとほくそ笑む。


『さあ、盛り上がったし、その祭りを実現するために一致団結して歌おう! 曲名は『慈愛の子守歌(ララバイ)』。愚図る子供を寝かす為の歌だけど、姉上達が作った精神を落ち着かせる癒しの曲だよ。恥ずかしがらずに誰にも負けない思いを込めて歌ってね』

『オオオオオオオオオオオッ!』






 設置された通信の魔道具から轟く国民全員の声が重なった雄叫び。

 外からも歓声がレムエル達の耳にしかと届き、いよいよ計画を実行する時が来た。


「それじゃあ姉上、よろしくお願いするよ」

「お姉ちゃんに任せなさい! アンネ、セッティングは済んでる?」

「準備万端です」


 最愛の弟にお願いされたらやる気百倍になっちゃう、と地kら瘤を作り風邪の如くアンネと舞台へ移動するメロディーネ。


 ステージの中央にスタンド型拡声器が置かれ、足元にも声を拾うための拡声器が所狭しと置かれている。

 拡声器は通信機と繋がれ、通信機は各地とやり取りするために何百個とある。

 だが、それが全てではなく、多少のラグが出てしまうがギルド等の場所を使い通信機と通信機を繋げている。


 そうすることで王国全体に通信網を巡らせることに成功し、ほぼノータイムで先ほどの通信が行われたのだ。


 魔道具は急ピッチで作り上げたため物によっては一日と保てないだろう。

 それでも今日数十分、明日数十分と保ってくれるだけで症状を打ち消す効果が得られると考えている。


「儂達も準備をしよう」

「父上とジュリア様も?」


 病み上がりのアブラム先代国王と不眠に近い働きをしてくれたジュリア王妃二人には黙って見守ってもらおうと考えていたレムエル。

 どうやら二人も何かするようで、メロディーネも驚いている。


「ああ、ここまで来たら最後まで手伝わせてほしい。幸いまだ体力はあるようだしな」

「ピアノと声だけっていうのも寂しいでしょう? だから、私はフラング国で毎日のように練習していたハープを、アブラムは二日間久しぶりに横笛を練習したのよ」

「うむ、久しぶりすぎて失敗するかもしれんがな」


 アブラム先代国王は誤魔化すように咳払いし、背中から銀色に輝く四十センチほどの細い笛を取り出した。


 この楽器は横笛、フルートなどに近い楽器だが、この世界では比較的簡単に使える楽器だ。

 音色は優しく、鳥の囀りのような心地良さを与える。


 ジュリア王妃のハープは高い音が特徴で、形は様々な物があるがエルフ族達が好む優しい自然の楽器だ。

 今回用いるのはルゥクスの楽器店に飾ってあった大きいなハープで、店主であるエルフ族が祝いに貰った楽器らしい。

 ただ、その店主のエルフはあまり上手くないらしく、楽器は使ってこそ、ぜひ弾いてほしいとのことだった。


「これから行うのは人数が多いほどいいのでしょう? 研究の結果は合わさる音の種類が増える方がいいと聞いたわ」

「なら、儂達も別々の楽器を使い手伝おうと決めたのだ。幸いそういった楽器の練習は嗜み程度にしておったのでな。童心に帰れて楽しいわい」


 二人の優しさにレムエルは嬉しくなり、満面の笑みを浮かべて手を取った。

 そこにメロディーネも現れ、仲間外れにしちゃダメと膨れるのだった。


「じゃあ、四人で演奏しよう! 絶対に成功させようね!」

「ええ(うむ)!」


 四人はそれぞれの位置に再度付き、楽器と声の最終チェックに入る。

 通信機からも国民の最後に練習する声が響き、やる気の程が覗える。


 成功するかは誰もわからない。

 だが、必ず何かが起きると確信しているのだ。

 治って笑顔が見たいという願いの為に。


「レラ、手筈通りにね」

「はい、お任せください」


 レッラは指を動かし音を奏でたレムエルのピアノの傍に立ち、棒を片手に四人を見つめる。


 別にレッラは指揮者をするわけではない。

 音がずれないように決められたところで棒を振り上げたりするだけだ。

 それでどうにか本番に音を揃えようという魂胆だ。


「あー、あー。国民の皆、待たせてごめんね。準備が整ったから始めるよ。出だしはメロディーネ姉上が行ってくれるよ。それに合わせて歌ってね」

『オオオオオオオオ!』


 レムエルは背後を振り返り、三人に目配せをしてから頷く。

 三人も力強く頷いて何時でも大丈夫だと頷き返した。


「じゃあ、始めるね」


 そして紡がれるゆっくりとピアノの音色。

 始まりはレムエルが考えたピアノの演奏だけの序曲。

 これから行う準備だ。


 開けた瞳に竜の輝き『竜眼』が宿り、黄金色の優しい光が漏れ始める。

 その光は音色に乗るように外へと漏れ出し、苦しむ者達の下へと導かれ浄化していくように包んでいく。


 いつの間にか帽子を被った下級精霊が現れ、ピアノやレムエルの上で踊りを踊っていた。

 空を見上げれば動物型の精霊が飛び回り、子供姿の精霊は小さな楽器を片手に楽しそうに演奏する。

 演奏をする上級精霊も現れ、琴を持つ光の大精霊を中心に円を描く様に配置に着いた。


 幻想的な光景に役目を忘れて見惚れるメロディーネ達。

 それを見たレムエルはやはり伴奏は必要だったと苦笑し、


「そろそろ行くよ」

「あ、何時でもいいわ!」


 本格的に演奏に入る旨を伝えた。




 その頃各地でも同じように聞こえる演奏に心を持っていかれていた。


 誰もが心非ずと言った心境で聞き惚れる。

 突如曲が変わり、レムエルとメロディーネの声に現実へ引き戻された。


 そして、通信の魔道具を通じて紡がれ出す綺麗な歌声。


 メロディーネのセリフではない声が響き、いよいよ始まるのだとまるで決戦に挑む戦士の如く真剣な思いを込め、声と喉を武器に立ち向かう。


 メロディーネの声が一瞬途切れ、楽器の音も小さくなった。


 これが始まりだ。


 誰もがそう思い大きく息を吸い込んだ。


『二人は出会い、惹かれ合い、恋をする


 二つは一つとなって三つとなる


 命育む母の温もり、包み込む大きな父の背中


 天から授かる命は宝物


 二人に見守られ子は育つ、眠って大きく子は育つ


 愛が育て、情が育て、思いが育て、子は行くよ』



 この歌は二人が出会い、子供が生まれ、成長していく過程を歌詞にした子守歌。

 十分ほどの長きに渡る曲で、誰もが歌いやすいように声を張り上げる場所や早口で言う場所など存在しない歌だ。


 親が眠れない子供や成長する子供を見て歌う、落ち着きのある癒しの曲だからだ。




 先ほどまで最高潮に盛り上がっていた王国は、通信機からメロディーネの歌声が聞こえてくると同時に静寂が支配し、次に貴族も奴隷も他国の人間王国にいる全ての人が眼を閉じ紡ぎ出した。


 そして、歌声はどこまでも響き渡り、王国全体を包み込む。

 レムエルの放つ光が広がり、精霊の力が増幅し、今までにないほどの存在感を放つ。

 音が空気を伝わるように精霊の力が空間を伝わり、人々の願いと思いが魔法となり、精霊がその魔法に触れ王国全体に行使する大規模回復魔法が発動する。


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