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光明の兆し 治療の目途が立つ

 レムエルが『竜精城砦(ドラゴリット)』の激励を終えた日、その間も症状が悪化し命の危険性が出る者達が出始めていた。

 すぐにというわけではないが、早急の対応が必要だ。




 森林都市ルゥクスに置かれる治療ギルドの支部。


 精霊の力で守護されていると考えられているここでも軽・重症含めて百人を超える患者がいた。

 ルゥクス自体は何故か患者がほとんど出ていないが、旅人や当時いなかった者達、近くの村や町から運ばれているのだ。


 精霊教にも多くの患者が訪れ、それも含めると三百は超えてしまう。

 創神教にも緊急要請を行い、本部にいるオーヴィス大司教の名で治療にあたってもらってもいた。


 当然医療費等を奪おうとする創神教。

 だが、創神教内部でも同じような症状が蔓延し、それどころではなくなった。

 そのことを隠そうとする創神教だったが、半年経っても王国に威圧的な行動をとることは出来ず、オーヴィス大司教の耳に様々なことが届いた。


 その結果、治療することが出来ないのに医療費を取るとは何事か、ということで場所を貸し与え、情報を集める役を担うことになった。




 患者はベッドだけでなく、整備した地面や冒険者ギルドの訓練場や広場まで占領している。

 それを見た人々は不安を駆られ、当然の如くどうにかならないのかと爆発しそうになっていた。


 誰も治った者がいないという悪い噂だけが飛び交い、ひと眠りもせずに治療にあたっている者達を見て余計に不安が募るのだ。

 暴動や自暴自棄等にならないのはルゥクスから患者が出ていないということと、レムエル王ならどうにかしてくれるかもしれないという気持ちがあるからだ。


 それに加え、レムエルがお忍びで南部に来ているという噂もあり、もしかしたら、という一抹の希望が皆の胸にあったりもした。



「症状を教えてください。それ次第で治療を行います」

「右腕と、腹……グッ!」


 治療ギルドでは患者ごとにランクを定め、そのランクによってすぐに対応できるように取り計らっている。


 軽い症状である目眩や発熱等を『青』。

 同じく、しかし動くのが辛くなり始めた者を『緑』。

 意識が混濁し始め、吐き気や内部膨張の確認がされ始めた者を『黄』。

 意識がなくなり、苦しみ始めた者を『赤』。

 最悪の状況に備えた者を『黒』。


 この五つがランクであり、現在全国で一万人弱の者が症状を訴えている。

 この数日で黄を診断される者が出ており、即座に対応することが求められていた。



 当然これはレムエルが予め発案していた物で、トリアージと呼ばれる判定方法だ。

 簡単に色分けすることで見ただけで判断出来、容体が変われば即座に対応も可能だ。

 素人目でもそのカードでその人の容体が確認出来、患者が倒れてもカードの色を治療師に伝えることで向かいながら準備も出来る。


 対応されなかったのはカードの準備と全体に指導する時間が無かったからだ。


 現在は通信の魔道具で対応表の項目だけを伝え、カードは染色ギルドと木工ギルドから絵具と木の板を貰い作っている。



「『彼の者の魔を取り除け、魔力霧散』!」


 魔力霧散――対象の魔力を霧散させる魔法だ。

 霧散といってもその場から空気中に取り除くような魔法ではなく、魔力感知で相手の魔力を読み取り、その魔力を対象に自分の魔力をぶつけ相殺させるような魔法だ。


 吸収と異なり回復魔法がそれなりに使える者なら大概使うことが出来る簡単な魔法。

 元々は相手が魔法を使う寸前に施す妨害に近い魔法だ。

 ただ使い勝手が悪く、使用者はそれほどいなかったというのも実情で、このような事態でなければ運用されなかっただろう。


 魔力の回復も行える魔力吸収の方がいいかもしれない。


「グッ……はぁ、はぁ」

「これで少しは良いでしょう。貴方は青です。もし容体が急変した場合、近くの者にこのカードをお見せください。それと必ず首にかけてください」

「助かったよ。ありがとう」


 この患者で魔力の回復に数時間といったところ。

 放っておけば魔力が増加し症状の悪化を招いてしまうため、仕方なく魔力を霧散させている。


 回復する吸収をしないのは使い手が少ないというのもあるが、霧散と違い吸収は時間がかかり、さらに使い方を少しでも間違えると枯渇させてしまい逆の意味で命を失いかねない。


 そのせいで魔力霧散という魔法が使われているのだ。


「次の方!」


 治療師は見習いまでもが駆り出され、商人・魔法・調合ギルド等から魔力を回復させるマナポーションを支給されながら治療にあたっている。

 冒険者ギルドではその素材の採取と、回復魔法が使える者には多額の報酬で治療を行うよう依頼が出ている。

 婦人ギルドや音楽ギルド等からは伝達や応急手当などの手を貸している。


 各ギルドも数か月前に作った伝達方法を用いて全国で動いていた。


「うう……ぐああああッ! む、胸、がァ!」

「支部長! 容体が急変しました!」


 そこへ全身を真っ赤にさせ、全身が筋肉ダルマの様にさせた患者が運び込まれた。

 まだ意識がるようだが、この患者は苦しみから意識が無くならない、若しくは容体が一気に急変したと見える。


「こちらへ運びなさい! 至急治療にあたります!」


 支部長は大量に浮かぶ玉の様な汗を拭き取るが、魔力が枯渇し始め肌寒さや見ただけで支部長の方も容体が悪いとわかる。



 マナポーションは確かに飲めば回復する。

 ポーション並みに不味いが、飲まなければ魔力が回復しない為仕方ない。


 だが、ポーション同様に短時間に何度も使うと効き目が悪くなり、数日もずっと使っていれば通常の半分も回復しなくなっているだろう。


 そして、水物とは言え飲める量は胃袋の大きさのみ。

 どこぞの大食い選手ではないが、それ並に使っていると言える。



「支部長、増加率が高く霧散させてもすぐに戻ります!」

「魔力も足りません!」

「このままでは患者が!」


 今のところ死者が出たという情報はない。

 その奇跡とも言える状況がまだ不安で留めていた。


 だが、もしここでこの患者が死んでしまうと不安が爆発し、我先に治してほしいという暴動へと変わるだろう。

 現在も至る所でそういった声が上がり、原因解明にも尽力しているという情報しか開示できず、刻々と不安が高まっていた。


「ぐがああッ! は、破裂、する……!」


 患者の身体がひときわ大きくなり、増加した魔力が漏れ出す。


「こ、この魔力は……!」

「こちらにも影響が!」

「このままでは被害が拡大します!」


 漏れ出た魔力は空気中を漂い、まるで誘発させているかのように周囲に影響を与えていく。


 治療師達にも影響を及ぼす得体のしれない魔力。

 患者の身体は膨れると同時に赤黒く変色し、激しく脈動する黒い血管が浮かび上がる。

 それに合わせて漏れ出す魔力が増加し、治療師達の意識を刈り取ろうと暴風の様に全身へ襲いかかってきた。



「せ、せめて、報告だけ、でも……!」



 そして、誰もが気を失い始め、支部長は最後の力を振り絞り緊急事態を知らせる通信魔道具の破壊を試みようとしたその時、


「皆の者、気をしっかり持って! 全ての精霊よ、苦しむ者に癒しを、邪なる者の浄化を、等しく聖なる力を!」


 全ての者に等しく幸せを運ぶ、焦りながらも優しく、力のある声が響き渡り、荒れ狂う暴風の魔力を春を知らせる暖かい風の如き力が吹き飛ばした。

 同時にその風は苦しむ人々に癒しを与え、体内を侵食していた未知の症状を緩和すると共に抑え込んだ。


 急変した患者の肌も正常に戻り、息は荒く汗を掻いているが少しすれば落ち着きが取り戻るだろう。


『レムエル(様)!』


 そこへ武装した者達が到着し、ルゥクスの緊急事態は瞬時に収まりを見せた。






「陛下のお手を煩わせてしまい申し訳ありません。おかげで落ち着きを取り戻せました」


 治療師ギルド支部長は目の前にいる神秘的な少年――レムエルに謝罪と感謝の言葉を口にしながら深々と頭を下げた。

 背後では疲労で白い顔になりながらも安堵の表情を浮かべた治療師達が同様に頭を下げる。


「いや、謝罪はいらないよ。こっちももう少し早く来れたらよかったと思う」


 レムエルは軽く手を上げて頭を上げさせ、真剣な表情で頷いて見せた。



 レムエルは近くのギルド支部で会議の報告を受け、ルゥクスに馬車が入ると同時に異変を察知し駆けつけたのだ。

 道すがら精霊の力を試し回復できることもわかっていたため、緊急事態であることを理解すると圧倒的な精霊の力で魔力を取り除いた。


 その影響は町全体に及び、ルゥクスの至る所から感謝の言葉と歓喜の声が届いている。



 現在はアブラム先代国王達も交えた通信の魔道具を介した会議を行うために、治療ギルドの会議室へ集まっていた。


「早速だけど、状況分析から始めようと思う」

「儂達が分かっておるのは症状のことと精霊の力で治ること。だが、いくらレムエルの力が強くとも国全体を、というわけにはいかん」


 アブラム先代国王が言うことにレムエルは頷いて同意する。


 移動中馬車の中でその辺りを話し合っていたのだ。


 いくらレムエルの力が凄く精霊が世界を司っていると言っても、行使するのは人間であるレムエルだ。

 それは人間の領域を超えることは出来ず、災害を起こせたとしても国を、というのは少し難しいかもしれない。


 特にまだ原因すらわかっていない。

 原因が分からなければ先ほどの様に取り除いても再び症状に苛まれる可能性があった。

 その辺りの確認もしなければならないのだ。


「回って治すにしても時間が足りない。出来れば原因を知りたいんだ。原因が分かればその対処ができるかもしれない」


 それさえ分かれば、内乱時に王都で使ったように大精霊に頼み治療を施すことができるかもしれない。

 今施しているのは全てを癒すような、回復魔法で言えば高度の魔法に該当する、精霊の加護のような力なのだ。


 そのために国全体――凡そ一千万人弱の人に力を行使するのは無理だ。

 しかも該当する患者のみということも無理で、結局国全体でなければならない。


『そうか。レムエルの方で精霊の力で治る以外に何かわかったことはないか?』


 通信相手は王都にいるアースワーズだ。

 緊急事態ということで最新の通信の魔道具を使って王都と直接やり取りしている。

 無理な部分を精霊の力で補い、技術不足を補っていた。


「そうだねぇ……。大概症状というのは感染経路というのが存在するんだよ」

「感染経路? 病気は体が弱るから罹るんじゃないの?」


 レムエルの少し悩んで出した答えに、メロディーネが口元に人差し指を当てて首を傾げた。


 レムエルはその質問を受け、少し眉を細めた後にアースワーズにも聞かせるように説明しだす。


「姉上の言う通り体調を崩せば風邪に罹るよ。でも、その原因というのがあって、病気の原因である病原体を吸引し、その病原体に負けるから風邪をひくんだ」

「病原体? どうやったら吸わないようにできるの? 魔物とか?」


 少し不安そうにあたりを見ながら身を小さくするメロディーネにレムエルはクスリと笑い、首を横に振りながら安心させるように続ける。


「病原体というのは目に見えない小さな菌だよ。魔物とかじゃないし、倒そうと思って倒せるものじゃないね」

「じゃあ、どうするの?」

「例えば濡れたら身体を拭いて温まるとか、お腹を出して寝ないとか、健康に生活するとか、偏った食事をしないとかだね。それだけで身体の中に対抗してくれる物体が作られるからまず風邪はひかないよ」


 絶対ではないが、普通に過ごしていれば風邪をひくことはない。

 ひいても重病にはならないだろう。


『そうなのか。では、それ以外のものはどうだ?』


 皆頷いてレムエルの説明を促す。

 レムエルも頭の片隅にあるような知識を捻りだしているため、少し纏めるように頭を捻って考えている。


「他に食中毒(介達感染)はパンのカビや腐った物を食べるから、皮膚の爛れ(接触感染)とかは汚染された物に触ったからなるんだ」

「そんなの防ぎようがないじゃない!?」

「メリー。レムエルの話は終わってないのだから落ち着きなさい」


 皆の気持ちを代弁するかのように声を荒げたメロディーネをジュリア王妃が窘め、レムエルに続けるよう頷いて促した。


「結論を言うと完全に防ぐことは不可能だ。出来るのならこの世に風邪とか無くなるもんね」


 そうだろう、と皆が頷いて同意する。


「この場合予防だね。汚い物に触らない、手洗いうがいをする、衛生管理を心掛けるとかだよ。一度罹ったら罹らないものもあるし、免疫が付くものもある」

「それでスラム街等が良く病気の発祥地となるのですね」

「うん。今のところ王都のスラム街を実験的に改装中なんだけど、受け入れてくれるのにも時間がかかったからまだ先の話だから置いておくね」


 今はそんなことを話している場合ではない、とレムエルは笑みを真剣なものへと変え話を確信へと近づけていく。


「それで、今回の症状だけど、それらを踏まえた上でどんな経路で感染しているか分かる? 例えば何かを食べたとか、触ったとかね」


 聞いてなかったら少し調べてみてほしいと付け足し、アースワーズにもそのように聞いてみる。


「少し時間がかかりそうだからいいかしら?」

「いいよ」


 支部長が一礼して飛び出し通信の魔道具から話し声が聞こえる中、ジュリア王妃が微笑みながら質問する。


「レムエルはこれが何か気付いているのかしら?」


 知識に関しては置いておき、ジュリア王妃はレムエルが始めから症状に警戒していたことからすでに検討でもついているのかと考えたようだ。

 だが、レムエルは何かを知っているとかではなく、症状から何となくこんなものだろうとしか思ってなかったので首を横に振った。


「多分だけど、僕の検討は皆が思ってるのと変わらないと思う。僕は医者ではないし、見て治せるのは精霊と今回の症状が魔力に関わってるからだね」

「どうして治せるとわかるの?」


 メロディーネがあたふたしそうなレムエルが落ち着いていることに疑問を覚え、治療が可能だという確信めいていることに口にした。


「さっき見たように多分精霊の力でどうにでもなるはずだからね。ただ、あれが本当に魔力なのかは少し怪しいと思ってるんだ」

「どういうことでしょうか? 魔力消去や霧散によって遅延可能なのですから、それは魔力だと思ってよろしいのでは?」


 魔力消去は霧散の上位互換に値する魔法で、霧散させるのではなく完全に消し去る魔法だ。

 違いはぶつけて相殺する霧散と、少量の魔力で中和するようなものだ。

 特に差はないが規模が全く違うと思えばいい。


「そうだろうけど、普通魔力が増えたら魔法を使って減らせばいいと思わない?」

『確かに……』

「そうでなくとも魔法使いならそう思い付いてもおかしくない」


 それは盲点だったと誰もが呆気に取られたように声を揃えた。


「でも、その報告が上がっていないところを見ると……」

「魔力とは似て非なる物、とお前は考えているということか」


 アブラム先代国王が引き継ぎ、レムエルの頷きに全員が納得した。


「で、僕が考えたのは以前目にした例のあれの力。魔力とは似て非なる力で、使い方もよく分かっていない段階だからね」


 例のあれとは帝国や創神教が持ち込んだ指輪や宝珠のことで、誰もがあれに近いものだと言われて気付く。

 一応極秘扱いなので、この場に支部長がいなくなった今話しているのだろう。


 レムエルのことだから態とこの場から立ち去らせたとは思えないが。


「うむ。結論は精霊と真逆の存在だったな。あれから半年経っているのだから効果を落として大量生産なりしていてもおかしくないか」


 まだ帝国が原因だとは断言できないが、七割は帝国だろうと思っているようだ。

 残りのうち二割が創神教、一割がその他という扱いだ。


「そこで僕が思ったのが精霊の力だけど、その前に南部の主要都市で患者がほとんど出ていないというのを聞いて思い付いたことがあるんだ」

『お前が精霊の力を使っていることだな?』


 話し合いと確認が終わったようで、通信の魔道具からアースワーズの声が響いた。


「そう。多分、精霊の力を使ったからというより、使った影響で精霊の加護に近い力が宿ってるんだと思う」

「それが予防ということね」

「姉上の言う通り、この場合は症状の素となる物の前に精霊の力が体内に流れ込み、それがワクチン――予防薬というのかな? となって防いでくれた、ってところだね」


 この世界で予防接種などという技術は存在しない。

 病原体や予防行為でさえ存在があやふやな世界なのだ。

 これからの対処によって変わっていくだろうが、それは何十年も先のことになるだろう。


「ルゥクスでは街全体に歌を響かせていました。そこに今研究中の共鳴魔法が関わっていたのではないかと」

『それでマグエストの温泉に浸かった者は体調が良くなっていたのか! アクアスも水に少し影響が出て、魚などを食べた者に影響が出ている!』


 ロックスはルゥクスと同じく歌が関わっているだろう。

 精霊の力で、という部分の原因が分かり、レムエルが治療について確信できていた理由が分かった。


「だからといって、まだ全体を治療できるわけじゃないから安心はできないけどね」

『いや、症状の見当が付き、治療方法が分かってきただけでも大きいぞ! 直ちに人を派遣してどうにかしよう。お前の方は何か国全体、下手したら国外にも広がった時の為に多くの物を出せるよう考えてくれ』


 アースワーズの疲れていた声が喜色ばんだものへと変わり、暗闇に光りが差してきたのを実感する。


「なら、歌とか城で作っている野菜とかでもいいんじゃないの? 数が大分出て来てるのよね?」

「メリー、ナイスよ!」

「うむ。食べ物には困っておらんからな。アースよ、直ちに育てている物を全て患者に行き渡らせよ。それだけでなく土や水も全てだ。その前に確認も怠らずにな」


 話が一気に進み、光の太さは大きくなり、雲の隙間からも救いの木漏れ日が増え始める。


『シュティーとショティーに伝えましょう。――ロガン、頼むぞ』

『すでに伝えております。王都にいる患者に試してみるとのことです』

『仕事が早いな』


 結果が出るまでに時間がかかるだろうが、これが成功するであろうと何となく思っていた。

 レムエルの行いは一年経っても有効で、誰もが頭が上がらなく、足を向けて寝ることが出来なくなっていく。




『それで調査結果だが、感染経路は食べ物や接触ではないようだ。王都だけの調査だからな、少し不十分かもしれん』

「こちらも同様です。一致するものは見つかりませんでした」


 レムエルの視線を受けた支部長もアースワーズと同じ意見。


「分からないってどういうこと? それじゃあ、また振出しに戻るじゃない」


 メロディーネは光明が差した光が細まっていく、と眉を顰めて嘆くように口にする。

 だが、レムエル達は悲観することなく、話しを次に続ける。


「じゃあ、気付いたことは? さっき急変してたみたいだけど、あれはどういう状況だったの?」

「緊急患者が現れ治療を行ったのですが、今までにないほど強力で治療が効きませんでした。その後突然容体がまた急変し、苦しむと魔力が急激に増幅し辺りにも影響を与え始めたのです」


 その後、レムエルが精霊の力を使い治療を施したことになる。


「それでレムエルは飛び出したのね。助かってよかったわ」

「そうね。旅行に行ってなかったらこうまで早く対処が行われることもなかったわ」

「ふふふ、儂がレムエルに進めたおかげだな。まだまだ先見の明は衰えておらん」


 少し不謹慎だが、上がどっしりと構えていればそれだけで下の者は安心する。

 特にこの場には王族が四人、しかも先代国王夫妻と歌姫と呼ばれる王女だ。

 ソニヤを知らぬ者もおらず、精霊の力を使ってしまえば否応もなくレムエルがいると知らしめているようなものだ。


 そこへ、思考の海へ沈んでいたレムエルが戻ってきた。


「今回の感染経路は空気感染(飛沫)、空気中に魔力(原因の粒子)が漂って吸収――呼吸によって感染するんだと思う」

『して、その回避方法は? 空気を防ぐと人は死んでしまうだろう?』


 それに加え、通常の病気ではない為消毒なりで治るものではない。


「そうだなぁ……一つは僕が精霊の力を加えた食べ物や温泉に浸かるのが良いと思う。でも、南部・王都以外の三地方となるとそうもいかなくなる。……そうだ、口から入る魔力を遮断するマスクも作ろう!」

『食べ物などは既に手配している。あとはギルドと協力して注意を促すだけだ』

「それよりもマスク、とはどんなものだ?」


 再び全員がレムエルの方を向き、説明してほしいという顔になる。


「マスクというのは予防道具の一つで、鼻と口――顔半分を覆う清潔な布に近いものだね」


 口の周りを手で隠し、耳に紐をかける仕草をしながらどのようなものか伝える。


「これは咳やくしゃみで辺りに病原菌を散らして風邪を移さないとか、逆に病原菌を吸わないように壁を作る役割があるんだ」

「そんなので遮断できるの?」


 訝しむようにメロディーネが問う。


 確かに初めて見た者は布一枚で予防できるのかと疑問に思うだろう。

 特にこの世界では病原菌という言葉すらなかったのだ。

 魔法と同じく新たなことはなかなか受け入れにくいということだ。


「完全な遮断は無理だよ。でも、今回は風邪じゃなくて空気中の魔力を遮断できればいいんだ。僕が精霊の力を使って生産しても時間が足りないから、その時間稼ぎのためにこれ以上空気中に漂う魔力を吸わないようにしてもらうんだ」

『陛下の仰るように時間が足りません。運ぶにも最速で一週間かかる地域があるのです。このままでは確実に死者が出るでしょう』


 ロガンの断言に息を飲む声が響く。


『よし、すぐにギルドの伝達も使い予防に打って出る!』

「魔力遮断には『吸魔草』を使うと良いでしょう。マナポーションの素材ですが、そのままでは魔力を吸収する効果を持ちます。単体で使うと強力なため、粉末にし水に溶かして布の表面に塗るのが良いでしょう」

「そうか! 遮断するのではなくマスクに吸収させてしまえばいいのか!」

「マスクは調べた後纏めて僕が精霊に頼んで焼却してもらうよ」


 治療ギルドでも調合を行い薬や回復道具を売っているため、支部長が即座に対応する素材を口にした。


 『吸魔草』は森に生えていることが多く、魔力を回復させるため必需品となっている。

 治療ギルドだけでなく、冒険者、魔法、商業、調合ギルドには必ず一定量ある素材だ。


『確認ができ次第すぐに手配します』

『ギルドにも通達だ。費用に関しては国が持つと伝え、国民全体に広がる被害を抑えろ』

『かしこまりました』


 魔道具から足音が響き消え、ロガンが走り去ったのだと理解できた。


「僕はカロンとファウスに手紙を出すよ。もしかすると何か知っているかもしれないしね」

『そうだな。伝達はどうする?』

「いや、精霊に頼むよ。時間もないことだしね」


 最後にレムエル達に感謝を告げる言葉を聞き、魔道具の反応が無くなる。


 この場に沈黙が流れるが、支部長は一礼した後決まったことを本部へと伝える。

 これも伝達方法の一つで、情報を一か所から集めて信用度を落とさないようにするためだ。

 まあ、国からの通達なら間違いはないだろうが、早めに伝えて損はない。



「さて、僕達も動こう。皆にはマスクの作成をお願いするよ」

「わかったわ。ソニヤ達にも手伝ってもらうわよ」

『はっ』

「ジュリア様と父上には他国への通達をお願いしたい。空気感染だとすると、国境を止めても漏れていくからね」

「うむ。昔の伝手を使い注意と予防を促そう」

「情報も集めないといけないわね。父に応援を願いましょう」


 レムエル達もそれぞれの役割を決め、即座に対応することになった。


 とんだ旅行になったが、これもレムエルの運命に課せられた試練の一つなのだろう。

 果たしてレムエルはこの騒動を食い止めることができるのか。

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