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帝国に住まう一族

 ギルツブルグ帝国にある機密研究所。


 そこは帝国内でも知る人ぞ知る、国の存続にも関わって来る研究と資料がある。

 世界の理に仇成す研究、非人道的な実験が多く行われてきた。


 どのような人にも裏がある様に、国にも大小異なるも闇の部分が存在する。

 勿論王国にも存在し帝国の闇は多いだろうが、この研究所がその闇にあたる。


 以前ソニヤ達が言った肉体改造、魔物の使役や傀儡、アンデットなどの研究だ。



 そして、その研究所の所長が闇の一族だ。

 毎度チェルエム王国が辛酸を舐めさせられている存在だ。



「クシュシュシュシュ~。今度こそ上手く行くはずだぁ!」


 狂ったような空気が抜けた笑い声を上げる、蛇に似た顔のひょろっとした白衣の老人。

 この老人が闇の一族の研究者筆頭である。


「前回はまんまとやられてしまいましたからね」

「指輪、か。前までは力で薙ぎ払う烏合の衆だったな。十年掛けの工作もパーとなったか」

「おかげで皇帝からどやられましたね。『役に立たなかった道具を作るな! 発動する前に封印され奪われるとは何事か!』だと」

「いや、そこまでは言ってなかったであろう。精々奪い返してこい的な感じだっただ」

「そもそも指輪を預ける相手も、阻止出来なかったのもこちらの責任ではありません」


 この二人も研究者のようだが、片方は眼鏡をかけた理知的で見るからに優しそうな兎青年、もう片方は大雑把で乱雑に束ねられた髪の肉体派の虎壮年のようだ。

 研究者とは言えない感じでもある。


「奪い返せつっても厳重過ぎて無理だつーの。精霊の感知能力高すぎなんだよ」

「ふん、それはお前が未熟だからだ。私が手を貸してやったにもかかわらず何度も失敗しおって」

「は? いくら気配を殺してもあんな空気が眼のような奴が相手にどうやって隠れろっつーんだ? 姿を消しても空間の認識でばれるんだぜ?」


 こちらの二人はヤンキーや不良の様な感じの軽い狐のような少年。

 もう一人は冷たさと無表情がデフォルトの、目を閉じている蝙蝠や烏の様なコトネ達に似ている女性。


「新王の名はなんだったか? ムニエルだったか?」

「「はあ? 馬鹿じゃねえの? レムエルだから! レ・ム・エ・ル! キャハハ!」」

「うぜえ、黙ってろ! このチビ女が!」

「「キャハハ! ムニエルって食べ物じゃないか! 流石犬! 猫じゃないのに!」」


 眠そうにしつつも自分のことに敏感な犬と呼ばれた青年。

 そして、レムエルよりも幼いからかっている栗鼠の様な双子。


「少し落ち着け、クシュシュ~」


 他にも闇の一族はいるだろうが、幹部の様な者達はこれだけなのだろう。

 他の研究者は光の宿っていない、機械のような目で壁伝いにじっと立っている。



 皆動物に準えて例えたが、その言葉通りその動物の特徴が良く出ている。

 だが、それは獣人という意味ではない。


 動物の特徴は勿論持っているが、動きや仕草、骨格や容姿、性格は多少異なっているが雰囲気はそんな感じだ。


 それに蛇の獣人はいない。

 竜人族やリザードマンはいるが、前者はドラゴン、後者はトカゲだ。

 蛇人族等という種族は存在しないのだ。


 恐らく、この姿も闇の一族が研究した成果ということなのだろう。

 もしかすると魔法で遺伝子でも抜いて人体に組みこんだのかもしれない。

 その実験がほかの研究者達であり、これまで戦争で使われた実験体や人間爆弾ということなのだろう。


 定かではないが、異形であることに違いない。


 噂よりも遥かに嫌悪感と忌避感の強い者達だ。

 人として何かが欠如しているのだろう。



「指輪の件は放っては置けないぃ。教会の方もあるからなぁ。だがぁ、指輪をパワーアップさせれば解析されようと構うまいぃ、クシュシュ~」

「精霊の力が少しわかっただけでもいいでしょう」


 蛇老人の言葉に兎青年が眼鏡のずれを直しながら言葉を攫う。


「分かったつっても、あれは上限が分からねえよ」

「感知能力も優れ、力の封印、魔法の数十倍の規模と威力、回復能力も高く、意志の疎通ができる為に人の心を癒してしまう」


 上限が見えないというより想像できない部分が大きいということだろう。

 先ほど言っていた潜入してもばれるというのも関係し、精霊の力というのを掴みかねているということだ。


「デカいだけのミミズも一人で殺しちまったし、あのわけわからん大規模魔法も国王の病も治しやがった」

「「温泉入りたいなー、キャハハ!」」

「煩い、二人でしゃべるな。それに技術革新も日進月歩と聞く。このままではこちらの領域で負けてしまいかねん」


 会話から王国で起きていたほとんどの出来事が闇の一族の関わっていた出来事のようだ。


 よく考えればタイミングが良すぎだ。

 レムエルが付くと同時にランドウォームが現れ、帝国と通じていた者も大量にいたのにばれていなかった。

 偶発だったあのアーチ大平原の戦争は何もなかったとしても、アブラム先代国王の病気は長年の疲労とストレス等からきていたが、休暇を取って少しでも回復しなければおかしいだろう。

 何かしらの手段で身体を蝕ませていたのだと思える。


 恐らく、指輪と同じ力が使われ、それがアブラム先代国王の体を蝕んでいた。

 そこにレムエルが精霊の力を注いだため中和され、現在は歳や蓄積した疲労の身となっているのだろう。

 歳のわりに回復が早かったのも頷ける。


 気付いていないだけで、他にも関わっていることが多くあるだろう。

 同時にどうやって、という問題が浮き上がるが、この姿を見れば何かしらの方法を多く持っていてもおかしくない。


 それを無意識に排除しているレムエルは、さすがレムエルだ。



「俺達が負ける、だとぉ? 馬鹿言うなぁぁぁッ!」


 起伏の激しい蛇老人。

 全身の筋肉が流動し、湯気のような紫色のオーラを噴き出す。

 瞳孔も爬虫類特有の縦に裂け、憤怒の形相で皆を睨み付ける。


「ご、ごめ――」

「俺が、俺が負けるわけがねぇぇッ! 精霊だぁ? 国王だぁ?」


 周りの者をぎょろりとした目で見渡す蛇老人。

 口から出てくる舌は二股に分かれ、目の周りや指先に蛇柄の鱗が浮き上がる。


「皇帝も皇帝だぁ! こっちがどれだけ苦労して作り出していると思っているぅ!」

「おい、落ち着け。言葉が過ぎるぞ」

「知るかぁッ! 下の苦労を知らぬ者が覇者になるなど笑わせてくれるぅ! クシュシュ~! 挙句に失敗すれば俺達のせいだとよぉ! ふざけるのも大概にしろぉ!」


 狂ったように両手を照明へと掲げ、涎を垂らしながら感情のままに吠える。

 誰もがその狂気にやられ目を見張っていた。


「教会に技術が盗まれたのも俺達のせいじゃないかだとよぉ! 俺達は知らねえよぉ! あいつらがしっかりやってりゃ成功してたのによぉ! てめえらの方が屑じゃねえかぁ! あああ? 一層のこと新薬であや――」

「黙りなさい」


 一線を越えようとした台詞を遮り、兎青年の鋭く冷たい言葉が突き刺さる。


 彼からも紫色のオーラと黒い瞳が現れている。

 どうやら兎といってもほのぼのとした動物ではなく、魔物の様な肉食の兎のようだ。


「私達が帝国で過ごし難いのは分かっています。帝国が匿っていると明言しながら使えなくなれば捨てることもですよ」


 リーダー自体はこの兎青年なのかもしれない。


 帝国は創神教の影響と皇族が人族ということで人族至上主義の面がある。

 そして、侵略意識と実力主義であるところから、彼等のような異形は肩身が狭いだろうことが分かる。

 闇の一族という名はその辺りからも来ているのだろう。


 排除しないのは兎青年や蛇老人が言う研究や能力だと覗える。


「「キャハハ! 皆で逃げる?」」

「馬鹿言うな! そんなことするくらいなら爺の言う通り皇帝を――」


 ――殺す。


 そう言う前に犬少年を殺すような殺気が放たれ、今度こそ獰猛な兎に食われそうに背筋が凍り口を噤む。


「――黙れ、と言っている」

「わ、悪い」

「私達には私達のために動いている。それを不意にする奴は殺されても文句は言えませんよ?」


 兎青年の変わらない声が響くが、緊張の糸は張り詰められていく。

 壁際の者達が身動ぎし、ふらりと数人が倒れ崩れ落ちる。


 数秒後フッと息を吐くと同時にオーラごと全てが消え、虎壮年と蛇老人と蝙蝠女以外の者達から冷汗が流れ落ちる。


「何を言われても指示に従っておけばいい。あちらも私達を殺すことは出来ないのだから」

「そうだな。俺達は身体能力も高いから、そうそう倒すことも出来んだろう」

「クシュ~……。研究も俺が全てやってるからなぁ。書類にしていないのも数多くあるわぁ。クシュシュ~」


 こちらもこちらで一癖ある者達がいるようだ。

 利害が一致した者達の相互関係同士といった関係でもあるようだ。


「兎に角今はあちらの指示に従い、指輪の奪還、教会の牽制、レムエル王と精霊の調査の三つを基本行動とします」


 未だに固まっている者達を起こすために手を打ち鳴らして告げた。


「俺は引き続き実験を行わらせてもらうぅ。精霊についても調べておいてやろうぅ。クシュシュ~」

「構わないが王国が気付いたかもしれん情報がある。それに王が南部へ行くという情報もある」

「なら、俺が遭遇してぶっ殺したやるっつーの! チャンスじゃねえか!」


 拳を握り、やる気満々の様子で狐少年は燥ぐが、再び兎青年に睨みつけられる。


「あなたは黙って任務を続けなさい。何度も見つかっているというのに何をするというのです?」

「あ、や、そのー……な」

「私に聞かれても知りませんよ」


 懲りない狐少年は有無を言わさない視線を浴び首が取れるほど頷く。

 栗鼠双子がそれを見ておちょくり、犬青年も何かを言い栗鼠双子の標的が変わるというじゃれ合いをしている。


「研究を続行するのは良いですが、決して深追いだけはしないように。精霊の力は自然と同じ。私達が生み出した力と相反します。それは報告されていますね?」

「クシュシュシュ~、分かっている! だがぁ、今回のことが上手く行けば俺達が陽の目を見ることができるぅ!」

「それは分かります。精霊の力が分かるのは都合も良いですから。ですが、もう一度言いますが深追いをすると……」


 言わなくてもわかるな、と言外の意に蛇老人は鼻息を吐きながらそっぽを向き頷いた。


「他の者は先ほど言われた通りにしろ。では、解散」




 結局のところ闇の一族は彼らなりの目的があって帝国にいるようだ。

 そして、その目標の為に帝国と繋がりを持ち、今の今まで暗躍してきたということなのだろう。

 そしてレムエルが疑問に思っていることも、どうやら蛇老人を中心に行動しているもののようだ。






 調査を始めて三日。


 丁度レムエル達が『竜精砦(ドラゴリット)』へ着く日に当たる予定の日。

 ただ、いろいろとアクシデントもあり遅れているようだが、今日中に着くのは変わらないようだ。



 この三日で情報の収集が行われ、すぐに乗り出したアースワーズ達、そして精霊教、創神教も含めた全ギルド緊急会議が開かれていた。


 会議内容はレムエルが気にかけていた症状の報告及び状況調査報告だ。

 また、国とギルドが情報交換を行い、すぐに動けるよう話し合ってもいる。


 症状に関しては治療ギルドや治療院に原因不明の体調不良で訪れる者が多くなっていた。

 調べても既存する症状と一致するものが無く、日に日に患者が増える中この会議を聞いたとき安堵と緊張を生んだという。


「症状は主に発熱、むくみ、圧迫感であり、風邪をひいているわけではありません。最悪意識を失わせている者もいます。そして、その原因は体内で増幅しつつある魔力にあるようです」

「魔力か?」


 治療ギルドギルドマスタースピナ・アッシュの報告結果に、アースワーズが眉を少し上げ再確認する様に訊ねかえした。


「はい。その他にも原因があるようですが、主な原因は目に見えて分かりつつある魔力にあると考えています。発熱や内部からの圧迫感などというのはそれが原因かと」

「許容量を超えて入れ、器が膨張しているということじゃな。袋がはちきれんばかりに水を入れているのと同じじゃ」


 マーリンの言葉に分からなかった者もどうにか頷く。


「精霊教からは何かあるか?」


 アースワーズは精霊教代表、王都の精霊教大司教『カトリーナ・フィス』に訊ねた。


「私共も治療ギルドと同じ意見です。ただ、患者の魔力を取り除いても効果はほとんど変わりませんでした。一時的には良くなるようですが、一日で同じ症状が出て来る者ばかりです。これは回復能力が高いのか、もしかすると魔力ではないのかもしれません」

「魔力ではない、か……。ロガン、マイレスから症状の出どころの報告はあったか?」


 発言内容と耳元の通信魔道具からの報告を紙に書き綴っていた手を止め、ロガンはマイレス達から届いた報告書をめくり高速で読み直すが、首を横に振り詳しい出所はないと示す。


「症状の拡散から南部が発症地点だと推測できます。ただ、これは広がる速度が速い様で、既に逆側である北部でも出ています。王都ではそれほど出ていませんが、現在調査中です」

「分かった。引き続き報告をまとめていてくれ」

「分かりました」


 現在も調査と報告を行っているのだろう。

 ロガンの他にも同じようにしている者がいる。

 初めの頃よりも症状から考えて重くなり、そろそろ乗り出さなければならないだろうと考えていた。


「魔力は取り除かない方がいいだろう」

「だが、一時的にでもよくなるのだろう? なら、半永久的に取り除ける道具でも作ればいいんじゃねえのか?」


 アースワーズに異を唱えるような意見を出すドドムンド。


 通常なら王族に異を唱えたと不敬罪扱いだが、この場は緊急会議であり、忌憚のない意見を述べることが何よりも尊重される。

 国の上層部はレムエルに毒されつつもあり、不敬罪がどうのということもあまりない。


 特にアースワーズは平民だからといってどうともなく、ロガンは元から平民だ。

 この場に貴族もいるが、貴族会議ではないのでそれほどいるわけではない。


「道具くらいなら鍛冶ギルドと魔法ギルドが協力すれば作れるだろう。材料も商業ギルドがどうにかできるはずだ。だが……」

「いくら材料をまかなえても無理でしょう。物は壊れますし、この力は増幅しています。いずれ許容量を超えるでしょう。そうなれば破綻しかねません」


 アースワーズの言葉をカイゼルが引き継いだ。


「時間稼ぎになるかどうかも怪しいでしょう。現に意識不明者が出ていますから、道具を用いて果たして持つかどうか」

「その道具を作る時間も必要です」

「例え改善できても、道具という不安定なもので保つより完全に取り除いて安心する方が先でしょう」


 良い考えではあるが、状況から考えるに拒否せざるをえないという意見に納得するドドムンド。

 ドドムンドと同じように魔力のことを理解していない者もいたのでいい質問だっただろう。


 魔力は使えば使うほど増える。

 個人の限界は存在するが、子供ならより多く成長する結果がある。

 道具を子供に使っても、優秀なものだった場合数日でその道具を取り変えなければならなくなるだろう。

 そうなれば費用もかなり掛かってしまう。


「では、今の所取り除かない方向で進めます。ですが、容体が急変した場合のみその治療を施します」


 スピナの意見に全員が賛成を示した。


「ロガンが言ったように恐らく発生源は南部だ。ただ、その原因が分かっていない」

「やはり帝国ではないのか? いや、あちら方面だと創神教というのもあるか」


 誰もが思っていることをゾディックが口にする。


 やはり南部と言って思い付くのはその二つだ。

 今のところ王国と対立している関係でもあり、帝国は後ろ暗いことも数多く、黒い噂も星の数ほどあるのだから尚更。

 次の時点で魔力関連から魔法大国が上がるだろう。


「そうだと思うが、その痕跡をまだ見つけていない。過去の手口とも少し違うのでな。念入りに調査をしているところだ」

「それもそうでしたな」


 今までと同じ人体に影響があるが、指輪のような酷く悪い影響があるように見えない。

 そこが手口が違うのではないかと思わざるを得なかったのだ。




「しかし、何故症状が出ない地域があるんだ?」

「そうですわね。その地域は何かしているのでしょうか?」


 ゾディックの疑問にアリスが地図を見ながら確認する。

 他の者達も身を乗り出し、中央に置かれた分布図を見る。


「場所は……王都シュフェス、水上都市アクアス、鉱山都市ロックス、森林都市ルゥクス、高山都市マグエスト、その他にちらほらとあるな」


 アースワーズは分かりやすいように印をつけていく。


「南部に集中しているな」

「発生源が南部なのにおかしなことですね。その地域に何か関連することがあったでしょうか?」


 印の多くが南部に集中し、オンプは首を傾げながら地域の出来事を思い出す。


「南部というと……レムエル陛下が関わっておられます」

「そう言えばそうだな」


 少なくともアースワーズが印をつけた地域ではレムエルが何かしらの行動をしている。


「精霊の賛美歌、精霊魔導船、災害級魔物討伐と温泉、王都でも大規模な精霊の力を使っているな」


 そう、その都市以外の小さな村でも通っている場所では必ず精霊の力を使っていた。

 初めて孤独の森から出た先では馬車に乗っていた女の子と触れ合い、ココロの町では屋台の手伝いをしていた男の子にも使った。


「そう考えると精霊が護っていると考えるべきか」


 間違っても精霊が原因ではないだろう。

 それは力を良く知っているからわかる。


「それが妥当でしょう」

「なら、今の所レムエル達は安全だと言える。その精霊の友が本人なのだからな」


 アースワーズの言い方に笑い声が響く。


 まだ精霊のおかげとは分かっていないがその可能性が高いと踏める。

 そして、そうなるとレムエルの周りが一番安全となり、あのことを除けば危害がないということだ。


「このことをレムエルに教え試してもらう。その結果次第で済まないがレムエルと相談することになるだろう」


 皆が頷きその提案に賛成した。




「それにしてもレムエルが南部へ行った時にこんなことが起きるとはな。まあ、そのおかげでこのことが早めに発見できたんだが」


 書類を纏め、次の出来事への対策を練った後アースワーズは言う。


「陛下は波乱に満ちていますね。いろんな意味で退屈しません」


 ロガンも面白そうに、世界に愛されながらも困難にも愛されているレムエルの姿を思い出し、笑みを作る。


「さて、問題の方はそろそろだな。一応ゾディックに注意を促しておいたが、問題が起きる時は起きるからな」

「ええ、先ほどマイレス銀凰団長から陛下のおられる街に明日到着するという報告が入りました。常闇餓狼も乗じて増員したので、恐らく大丈夫かと」


 マイレスには症状のことで伝えに来たとでも言えば一緒にいる理由となる。

 態々襲撃されると不安がらせることもないだろうとのことだ。


「家族旅行に水を差すのもあれだからな。レムエルは気付くかもしれんが、そういったところでは全く気にしないタイプだ。レムエルは気弱に見えて意外に神経は図太いからな」


 見た目と中身は合っているが、性格の部分が全く違うと笑いながら言う。


 誰かを守る為なら立ち上がり、癒すために戦いもいとわず、最大の力を持って幸せを運ぶ。

 知識もやることも不可解なことが多いが、それはすべて国や人々の為になっている。


 その気に触れた者達は皆笑顔になっていたのが証拠だ。


「アースワーズ様も一緒に行かれたかったのですか?」


 二人の兄は未だに駄々をこねて大変だ、とロガンは肩を竦めながら、気持ちはわからない、と父親の目でそう言った。


「行きたくなかったとは言えないが、俺は良い歳だしな。それよりもやるべきことが多くある。レムエルがいない間にその辺りを決めた方がいいと俺の勘が警報を鳴らして置いるんだよ」

「確かに、陛下なら必ず面白そうだと首を突っ込むでしょう。ご自身の方が大切だというのに」

「ふッ、それがあいつらしいと言えばあいつらしいがな。したいようにしていい結果が出る。それが一番良い事だ」

「そのおかげで大変ですけどね。半年前と違いやりがいはありますから楽しいですけど」


 残った二人は笑い合い、少し前までは想像もつかなかったやり取りをしていると嬉しくなる。

 ここへ来るまでの国民の笑顔や活気、城から眺める城下の様子や門の外で待っている蛇のような人の列、どれもが嬉しい出来事なのだ。


「俺達も次の準備に入るか」

「分かりました。一応明日帰って来るハースト近衛団長を待機させましょう。お疲れでしょうが今起きていることを知れば吹き飛ぶというもの」

「ははは、そうだな。その通りだ」


 外で待機していた騎士達を引き連れ、ロガンとアースワーズは最終調整に入りながら城へと帰って行った。


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