視察準備と陰で動く愚者
感想ありがとうございます。
誰がレムエルの配偶者となるのか。
今のところレムエルと一緒になりそうな女性は確率が低いのキャラも入れ五人はいます。
ですが、政治面から考えると他国から嫁いでくる女性がいるでしょう。
兄が三人いますが、押し付けることができるのか。
そこは私のアイデアになりますが、まだ考えていません。
王妃候補は出てきましたけど。
「やっと半年。でもまだ半年って感じだよ」
レムエルのどっちつかずの声に、治療を受けているアブラム先代国王はふふっと笑い、くしゃくしゃとレムエルの頭を撫でまわした。
レムエルは嫌そうにしながらも笑みを作り、その親子のじゃれ合いに背後にいるレッラもほっこりとする。
「半年前とは明らかに王国は変わった。国民の笑顔、活気の声、他国との貿易もそうだ。これら全てレムエル、お前のおかげだ。国王として、父としても嬉しく思う。天国にいるシィーもきっと喜んでくれているだろう」
「ハラハラしてると思う。母上は心配性だったもん」
「ははは、お前のことを思っているのだ。儂もシィーにはよく怒られていた。心配かけ過ぎだとな」
二人は似ている。
笑う仕草もその性格も、容姿は圧倒的にレムエルだが、二人が親子に見えないわけがなかった。
そしてシィールビィーを知っているレッラは、その傍らで朗らかに笑うシィールビィーの幻想が見え、悲しいと嬉しいといった感情が湧いて出た。
「忠告しておくが、物事には順序がある。急がなければならない時期でも、落ち着いて対処せねばな。儂も動ければよいのだが、この体たらくではな……」
「うん、分かってる」
「ならばよいが、少しゆっくりしてみろ。お前はまだ成人していないのだ。少しぐらい外に出てきてもいいはずだ」
レッラはさすがにそれは、と思ったが、このところ働き練習詰めのレムエルを思い出し、少しぐらい遊ばせたりした方がいいのかと思い悩む。
休む時はしっかり休んでいる。
だが、起きている時は動き続けている。
それでは成長も阻害され、今のところ大丈夫そうだが何か起きてからでは遅い。
「そうですね。少し休暇、この場合視察といったところでしょうか」
レッラの提案にレムエルは首を傾げる。
だが、アブラム先代国王は言いたいことを理解し、少し考えてから頷いた。
「レッラの言う通り、視察なら休めよう。出来ればだが、儂も一緒に行きたい場所がある」
「一緒に? 僕が一緒なら体調はそこまで気にしなくてもいいと思うけど、どこに行きたいの? 視察なんでしょ?」
レムエルは治療を止め、椅子に座り直す。
「儂は一度でいいからお前の作ったという温泉に入りたい。儂も年だからな、何時どうなるか分からん」
「まだ、大丈夫だよ」
死んでほしくない、その気持ちが伝わる一言にアブラムは破顔する。
「な~に、死ぬとはいっとらん。ただ、歳を取れば遠出し難くなる。身体にガタが来るんでな」
それに何となく察しがついた。
「今のうちに体にも良いという温泉に浸かり、同時に古い友人と久しぶりに顔も合わせようと考えただけだ。視察と言うよりお忍びだな」
「お忍び……」
何か面白そうな予感、といった感情がレムエルから滲み出て来る。
こういった好奇心で動く性格も二人は似ている。
レッラは溜め息を吐きつつも、仕方ないといった笑みを浮かべている。
「まあ、落ち着いてきたので、少し羽を休めてもいいでしょう。予定を少し詰めれば空きが出来るはずです」
「うん、頼むよ。出来ればこの涼しい時に行きたい。そろそろ雪も解け始める頃だし、マグエストは高地だから雪は少なかったはず」
フレアムが治める高地地帯マグエストとシュヘーゼンが治める森林地帯。
二つの距離は馬で凡そ一週間。馬車なら一週間強といったところ。
にもかかわらず片方は年中熱く、もう片方は雪が降り凍死寸前までいく違いが出るのは、偏にこの世界に魔力と精霊がいるからだ。
魔力は世界に満ちているものであり、これなくして生物は生きることの出来ないエネルギーに等しい。
魔力が無いという場所は存在せず、魔法が使えない場所でも阻害されているだけで体内の魔力や空気中の魔力はある。
分かり易く言えば酸素に近いもので、人の魔力が回復するのも大概から吸収し、血の中を駆け巡ることで回復する。
精神にも近い部分があり、魔力はあらゆる面でのサポート役でもある。
精霊は何度も言うが万物に宿るもの。
だが、魔力と違って意志が存在し、世界のどこかにある見放された土地や帝国地方の様に廃れ始めた地帯。
その辺りが魔力との違いだ。
だが、精霊の力は魔力とかけ離れており、アブラム先代国王の治療で分かるように司る精霊がいればある程度なんでも出来る。
出来ないとすると生き返させる、時間を変える等だ。
金を生むのは金を産み出せばいいので、その辺りは禁忌と少し違う。
そして、二つは自然に影響を与える。
魔力の素である魔素は魔物を産み出す。
同時に地形に合った魔物になる為、火山の多い高地ならば当然それに対応した魔物が、元々少し寒ければそれに近く、更に孤独の森は人もおらず年を追うごとに魔物はそちらに特化していった。
結果、考えられないが二つの地形に大きな差が出たと言える。
治療を終えたレムエルは早速ロガンの下へ向かった。
ついでにアースワーズ達にも声を掛けようとしたが、流石にそれはとレッラに止められ、母代わりのジュリア王妃と同じく成人していないメロディーネの女性二人もお試しとしてお願いすることにした。
二人は石鹸やシャンプーや美容品など使い心地を知るために、レムエルの作った温泉を楽しむためにという側面が強いというべきか、健康のために一緒に行くことになった。
というより二人は二つ返事であり、アブラム先代国王と一緒にいることも多くそういった話をしていた節もあった。
まあ、女性陣は健康と美容目的、旅行などといった単語に反応したのかもしれないが。
「――というわけで、お世話にもなってたし一度顔を見せに行こうと思うんだ」
あちらの方面へ行くため、ついでに鉱山都市ロックス、水上都市アクアスにも顔を出すつもりだ。
その四つはレムエルと深く関わり、提案を聞いたロガンも視察の様なかお店に行くべきだと思っていた。
だが、王族が四人、しかも現国王と先代国王夫妻、メロディーネも今では有名人。
危なくてすぐには頷けなかった。
話が漏れれば妨害が起き、最悪暗殺や事故もあり得る。
元々レムエルは南部方面と繋がりが強く、薄まってきた人族以外の迫害に火が着く恐れもあった。
「私としても行かせたいですが、そのメンバーがですね」
ロガンも行かせてやりたい、そう思っている。
レムエルがまだ成人していないため不安なことが多くあったが、それが杞憂でありすぐに国が軌道に乗ったことで助かってもいた。
歴代の国王の中でも賢王と呼んでもおかしくないほどだ。
それにまだ子供で、王子らしいこともしてきていないレムエルに羽を伸ばしたり、それらしいことをしてほしいとも思っていた。
家族との触れ合いもそうだ。
「そういうけど、このお忍びはいろいろと都合が良いと思うんだ」
「まあ、そうでしょうが、いきなり遠出の……しかも初となると」
問題が起きた時対処が出来ない。
帝国とも近く、国のトップがいきなり動くというのはかなり拙い。
ただ、その影響も強く、南部は盛り上がる。
当然西部もその影響を強く受けることになるだろう。
北部はまだ反抗意識が高くどうしようもないが、東部は落ち着きを取り戻しデトロフスト・フォグワー公爵を隠居させ、後任に性格の良い冒険者の親類を見つけ出し交渉中だ。
子供や親類は人族至上主義であり、反抗意識の高い人物ということで、御家柄なども考えデトロフスト自らが軟禁させた。
その結果、デトロフストは国から断罪されることがなくなり、隠居後もレムエルの陰の存在の一人として貿易関係の仕事をしている。
デトロフストはデブだが、それは美食家でもあるからだ。
今回のレムエルのお忍びの件にも深くかかわることになる。
「我儘を言うけど行きたい。父上の願いも叶えたい」
「そう言われると弱ります……」
情に訴える、レムエルの上目遣いによる攻撃。
ロガンは日頃世話の出来ないアブラム先代国王に変わってレムエルの父親や指導役の様な事をやっており、実の息子のような思いもあった。
ロガンは結婚し子供もいるが孫はいない。
歳も四十そこそこで、レムエルが息子のような存在といえた。
「僕としては保存食の実験もとい実食、馬車の性能、家族旅行とかしたい。姉上やジュリア様は石鹸や美容品を合わせた温泉の効能を知りたいというし、温泉自体にも興味がある様子なんだ。父上も体を休める為に温泉が一番いいと思う」
本音が漏れているところがレムエルらしい。
精霊の力で治しているが、それは自然治癒ではない為、やはり体への負担がある。
心から休まるにはやはり温泉だろう。
景色も良いというのがまた乙である。
「護衛なら王族栄光騎士と黒凛女騎士団を付ければいいかと。私も付いて行きますから、コトネ達常闇餓狼も付ければある程度防げます。レムエル様には精霊がいますから感知は人一倍でしょう」
いるのは戦力の方だとレッラはいう。
そのためにレムエルのことを強く理解しているソニヤとレッラが傍にいるのが良い。
しかも二人なら一緒に行っても不思議ではなく、数名の男性騎士も連れて行けば問題ないだろう。
温泉も王族だけが入れる場所がある為、レムエルと一緒に入れる男性騎士が数人いればよかった。
眼で見て精霊で守れない女性側の護衛を増やすべきなのだ。
「レラの言う通りだよ。父上も僕が少し休んだ方が良いというし、温泉に僕以外の王族も入ればもっと有名になる。今はマグエストにしかないけど、有名になれば他の領地でも作れると思う」
どうしても行きたい、とレムエルはつらつらと理由を述べ、遂にロガンは大きな溜め息と共に許可を出すのだった。
というより、ジュリア王妃とメロディーネまで根回しされ拒否し難くなっていた。
「はぁー……まあ、良いでしょう。陛下にはこの半年間尽力いただきましたから、その慰安も兼て許可を出しましょう」
「流石ロガン! お土産買って来るね!」
視察目的であるのだが、完全に旅行気分であるレムエルにロガンは苦笑を浮かべる。
この辺りを見ると毎回息子のようだと思えるのだろう。
「それとレギン・アーチスト男爵……ではなく子爵の領地にも顔を出してください。特に『竜精城砦』には視察をしてください」
「あ、そうだね。どうなったかも見ておいた方がいいね。帝国の動きも聞いておくよ」
報告は来ているが、実際にその場で聞くのとでは違いがある。
それに城塞がレギン子爵の所有物となったとしても作ったのはレムエルだ。
その後の王族としての責任が生じる。
こうして、レムエルは視察という名目で家族との初めての旅行へ行くこととなった。
出発したのはそれから数日後。
この半年で国庫が多少潤い、食料に関しても騎士達が育てた作物と軍事目的で作った試作保存食がある。
よって、見送りに来てくれたシュティー達が少し羨ましそうにしていたこと以外特になく、フレアム達の方にも一方が届けられ二つ返事の了承が出ていた。
問題といえば襲撃に関してだが、それもあの一件からレムエルの陰の護衛をしているコトネ達常闇餓狼がいれば問題ない。
特に南部ではレムエルに反感を抱く者は一割もいないのだ。
それ程異種族の多い南部はレムエルを歓迎し、圧倒的に熱い支持をしていた。
「何っ? あのガキが南部に視察へ行くだと?」
ダンッ、と赤いワインが入っていたグラスを勢いよく机に置き、報告した者に訝しみながら問い返す落魄れた北部公爵グローランツ・セネリアル。
レムエルが国王になってから王国は確かに豊かとなった。
だが、不正を働き、国の礎となる国民を虐げていた者達はそうではない。
その筆頭格でもあるグローランツ公爵は上からも下からも横からもせっつかれ、身内や仲間や派閥だった者もほぼいなくなり、現在酒に溺れていた。
常時顔が赤く、常にワイン等の酒類を片手に持ち、奴隷や仕える者を虐げては優越感に浸る。
だが、物の弾みにレムエルやそれに準ずる者を思い出し、子供が癇癪……否、馬鹿になったかのように怒鳴り散らし暴れる。
こんな男でも結婚しており、成人した子供が二人いる。
妻は典型的な婦人であり、花よ蝶よとは言わないが優雅に暮らすことしか知らない。
その結果見るに見かねた者達がグローランツ公爵から引き離すことになった。
子供は男女だが、男の子の方は父親に似て性格が悪く、典型的な貴族といった感じだ。
これでは公爵家の跡取りとして据えることは叶わないと判断し、この半年間再教育を行っていたがどうしようもないと結論が出た。
妾は数人いるが、既に見切りを付けて余所へ退避していた。
よってセネリアル公爵が代々治め統治している北部の案件が収まり次第、もう一人の子供である女の子を結婚させ、その配偶者に公爵家を引き継いでもらおうと考えた。
現在その方向性で動いており、邪魔する者もいるが国主導で動き、他の三大公爵もその提案に賛成し、毒されていない血縁者を教育している。
表向きお見合いとされ、貴族に毒されていないレムエルの我儘でその女の子が気に入った相手が選んである。
眉を顰める者が多かったが、こちらが勝手に決めるのだからそれぐらいの苦労は構わないとされた。
ただ、このことは配偶者の男性と国の上層部しか知らないことで、グローランツ公爵も知らないトップシークレットだった。
「そうか、そうか、そうか! これはツキが向いてきたぞ! すぐに暗殺者を放て! いや、相手は感知能力が高い。変装して毒でも盛ってしまえ!」
影からじわじわと追い詰められているとは知らずに、グローランツ公爵は未だに自分を破滅に追い込んだレムエルを殺そうと画策する。
自分の行いを悔い改めない者の末路といったところだ。
似たような者は多くおり、頻繁にレムエルの下に暗殺者や下心のある者、危険物などが持ち込まれていた。
まあ、そのほとんどが精霊とコトネ達の手によって排除され、今作戦の毒でさえまず感知されることだろう。
「ですが、旦那様。今回はメロディーネ殿下だけでなく、先代国王陛下夫妻も同行するとのこと。下手なことをしては――」
「黙れぇぇッ! 貴様も俺に指図するつもりかッ!」
機嫌が良かったはずなのに、一気に沸点を振り切り爆発する。
それほどまでに精神が崩壊しかけている。
取り繕っていたメッキが剥がれたのだから仕方ないと言える。
持っていたグラスを柔らかい絨毯の上へ叩き付け、ガシャンと割れる音が響く。
目の前の男――執事だろうが――は眉一つ変えることなく口を噤む。
雇われている身であるために黙れと言われれば黙る。
特に上司を見限っていれば尚の事。
現在グローランツ公爵に味方する者は皆無と言ってよく、飲んでいる酒ですらどこかに借金をしているほどだ。
税金は国が眼を付け始めこれ以上上げることが出来なくなっていた。
当たり前だが、税に関して国は口出しできない。
だが、度が過ぎればその限りでなく、そもそもグローランツ公爵は内乱で負けた組に入る為、国の介入があっても拒否することは出来なかった。
「では、どうされるつもりで? 暗殺者を差し向けること十回を超えております。どれも失敗し――」
「知るかッ! どいつもこいつも俺を見下しやがって、俺はセネリアル公爵だぞッ! 役に立たん輩だ!」
再び遮り、グローランツ公爵はワインの瓶を掴み取りラッパ飲みする。
口元から溢れ出たワインが顎を、首を伝い首元の純白のスカーフを赤く染めていく。
それはまるで今回の失敗で首が落とされることを暗示しているかのようだ。
「プハァッ! 方法はいくらでもあるだろうが! 事故にでも見せかけろ! 最悪魔物に出も襲われた瞬間に自爆させろ!」
それはあんまりだと執事は思うが、何を言っても無駄だと判断する。
何か余計なことを言って自分の首が飛ぶのを防いだのだ。
「――かしこまりました。指示通り暗殺者を向けます」
「ああ、そうだ。俺の言う通りにしていればいい! どいつもこいつも役に立たん屑どもだ! ――ああ、それと女を連れて来い!」
狂っているのだろうぶつぶつと何かを言い、不意に戻ってくると笑みを浮かべながらそう言った。
既に下半身は準備万端のようで小さいながらも山が出来ていた。
まるで猿のような男だ。
妻のことも愛していなかったのだろう。
いなくなっているのに気付かず、気付いているのかもしれないが興味を向けない。
子供のことも目にかけず、自分のことを棚上げし見限っていた。
娘に関しては政略の道具としてしか考えておらず、既にそれも出来なくなっていると知らないため自分の幻想に幸福感を噛み締めていた。
生まれた時から公爵であり、今までなんでも言うことを聞き思い通りになってきたからこそ、破滅を迎えたにもかかわらず現実が見えない。
誰もがこうはなりたくないと思う筆頭格でもあるだろう。
「……分かりました」
執事は一瞬だけ眉間に皺を寄せたが、すぐに頭を下げてその場を辞した。
落魄れていなければ抱かれても良かっただろうが、こうなってしまえば好きで抱かれる者はいない。
抱かれる相手が奴隷だったとしても不憫でならなかった。
「ふ、ふは、ふははっはっはははっはは!」
誰もいなくなったカーテンの閉められた暗い部屋で微かな零れ日を浴び、グローランツ公爵は狂ったように笑い声を上げる。
「よく考えれば城に王がいなくなるということだ! この隙に俺が王になればいい! あのような下賤なガキが王になれるのだ! いや、下賤な王が国を率いる等あってはならん!」
再びワインをラッパ飲みし、カーテンを開け放ち自分が祝福されているかのように感じるグローランツ公爵。
果たしてその先の見えないほど明るい光の到達地点には、思い描く通りの玉座があるのか、それとも首を置く断頭台があるのか。
もしかすると現実と同じく、太陽の高温の灼熱で焼かれ落ちるのかもしれない。
分かり切っているが、物事に絶対はあり得ない。
兆が一を超える可能性であろうと、成功するかもしれないのだ。
まあ、それを世間では不可能と呼び諦める。
それさえもわからないグローランツ公爵は狂った笑みを浮かべて高笑いを続けるのだった。




