竜国祭とレムエル誕生祭・後半
誕生日会も後半に差し掛かる。
招かれた者達はダンスを行い、食事をし、談笑や王国で開示された場所を案内されていた。
エルフ族や森林族、植物の国『プランティア』は王家所有の農園や品種改良法、フラング国との花の農園、エディブルフラワーや木材加工の『紙』製作の取引等をする。
妖精族や魔人族、マギノア魔法大国からお忍びで来た革新派少数は研究所を回り、集団魔法や合体魔法のみの研究成果を。
どうせ開示しているのだから早々に拡散してしまおうということになった。
歌魔法や共鳴・調和魔法は秘匿され、この度訪れた革新派の代表と後日話し合うことになり、カロンからの言伝を聞いた。
近いうちに革新派トップと戻ってくるというものだ。
炎人族や岩人族、獣人族とは軽い談笑のみに終わった。
獣人族はまだしも二つの種族は個体数が少ない為、来ている者もオルカスとフエアムだ。
オルカスからは鉱山での死亡率や活気が戻ってきたことの報告、フレアムからは温泉の開発終了と繁盛や観光ルートの開発もしているとのこと。
あれっきり温泉に行ってなかったため、レムエルは久しぶりに体を休める慰安も兼、健康にも良い温泉に父アブラム先代国王を連れていこうと考えた。
他の種族とも話し合い、どの国とも関係が上向きに上昇した。
「ふぅ、流石に疲れたよ」
レムエルはずっと話してばかりで、偶に料理を口にしていたがそれでもお腹が空いていた。
目の前の料理は半分も減っていないのだ。
子供らしくケーキを食べたいなどと思うが、次々に挨拶が来るためそれもままならない。
「では、少し休憩に入りましょう」
レムエルはロガンの優しい言葉に頷いて答え、ロガンは演奏者達に曲を流すよう指示を出す。
すぐに演奏者達は頷き合って楽器を手に曲を奏でだす。
今度は普通の楽器でそこまで効果はないが、リングリットとメロディーネが作り上げた新しい社交用の曲だ。
新しい曲でいきなりダンスを踊るのは難しいだろうが、この場は誕生会だ。
それ程格式ばっておらず思い思いに踊っている。
そこへ、質素でありながら高貴な雰囲気のある服――女性らしい豊満な身体を隠し切れない、緑が基調の大自然のローブに身を包んだエルフの女性が白と緑のローブを着たお供を連れて近づいてきた。
エルフの女性の首にはキラキラと虹色の光を反射するロザリオがかかっており、レムエルに向けて心の底からの笑顔を向けている。
「陛下、精霊教教皇エゼルミア・ルーンレイド猊下です」
「あのエルフの女の人? あ、ロザリオ」
ロガンからこっそりと情報を聞き、背筋をきちんと伸ばして到着を待つ。
レムエルはネシアが言っていた教皇はエルフ族だということを思い出し、首元にかかるロザリオにも見覚えがあり声を零した。
息吹を感じるように目を閉じて空気を吸えば、微かに精霊の力がエルフの女性エゼルミア教皇――便宜上創神教を創神教皇、精霊教を精霊教皇とする――から感じられた。
仲間が出来たようで何となく親近感を覚え、レムエルは自然と笑みが零れる。
「初めまして、レムエル国王陛下。私は精霊教の教皇を務めさせていただいております、エゼルミアと申します。本日は快晴で――」
「エゼルミア様、それは違います」
「あら? じゃあ、お誕生日おめでとう」
「ん? ありがとう」
天然なのだろうか、それともあまり物事を深く考えない性格なのか、お供の者が頭を抱える。
レムエルもレムエルでまだ対応に慣れておらず、多少フレンドリーだと思ったがこちらの方が打ち退けやすく首を傾げながら普通に返し、ロガンが苦笑を浮かべる。
どこか精霊という点以外でも似たような二人だ。
「柔らかい手ですね。やはり精霊でしょうか?」
「あ、うん」
握手した手を両手で揉まれ、エゼルミア精霊教皇の真剣さに素が出る。
心臓もドキリと跳ね、ソニヤやレッラとは違った感情を抱く。
エゼルミアはエルフでも超の付く美女で、柔和で温和な包まれる母性のような雰囲気が今までに会ったことのない姉のような感じだった。
姉と思うのは、レムエルがあった女性のほとんどが年上であることや、男として女性を守るというプライドはあるが性格から女性の母性を擽り構われてしまう。
最近は思春期に差し掛かり、レムエルも性の目覚めや女性に対して目が奪われたりしている。
ただ、分かると思うが年上の、しかもソニヤやレッラ等の美女と一緒にいたため女性に対する基準が高い。
加えレムエル自身も引けを取らない、いや、上位に君臨する容姿を持つためそれが普通と言えた。
「剣も持つけど、僕は精霊か魔法を使うんだ。それに何でか剣ダコとかできても精霊が治しちゃうからね」
剣ダコはこの時代実力や歴戦の風格等を表すステータスとなる。
冒険者や騎士ならそれが訓練と自信の裏付けにもなり、男としての力の象徴と言える。
魔法使いは魔力や知識、斥候等なら足の速さや身動き等となるだろうが、やはり戦う者として剣ダコ等と言うのは一種のステータスなのだ。
まあ、レムエルは国王であり、その容姿は身目麗しく、剣ダコ等と言うのは相応しくないと言える。
それが分かっているから精霊も治すのだろう。
「綺麗な指です。肌も女性みたいで羨ましいですね。先ほどの話を聞かせて頂いたのですが、これも何かしているのですか?」
脈絡のない話の転換に送れることなくレムエルは付いて行く。
ロガンはピクリと眉が動くが、精霊を使えるという時点でレムエルと同じようなことができるのだ。
ロザリオのおかげで精霊との親和性も上がり、声を届ける等を出来るようになっていた。
「ん? ああ、化粧品とかの話ね。僕の爪の手入れはレラ、後ろのレッラっていう専属のメイドがしてくれてる。肌が綺麗なのはよく分からないけど、ハンドクリームのおかげかな?」
「そういう物があるのですか。あ、このロザリオありがとうございました。このおかげで精霊の力の行使が楽になりました」
「エゼルミア様、ひとつずつお話しください」
次々に移る話題変換に見かねたお供が咳払いをしてから注意をする。
「陛下も不用意な発言はお控えください」
「ごめん。流石に言ってはいけなかったね。あ。でも、女性の体験者も欲しかったから試してみる?」
「陛下……」
レムエルもレムエルで少しテンションが上がっているのか、いつも以上に思い付いたことを口にする。
ロガンはいろいろと苦労していそうだ。
ハンドクリームは開発したばかりのもので、臨床実験を終えた後レムエルが愛用している手荒れ防止用クリームだ。
ただ、原料は容易に手に入らず、現在アロエに似た植物、蜂の巣と養蜂、植物オイルの生成等の研究と開発を行っている最中だ。
これにも各国の力が合わさり、一致団結して帝国に対抗する力を付けていく。
「気に入ってくれた様で良かったよ。贈り物なんてしたことが無かったからね、ハラハラしっぱなしだったんだ」
あの隔離された名も無き村では贈り物をするということはなかっただろう。
したとしても身内のパーティーの様なもので、赤の他人の見も知らない相手に送ったのは初めてということだ。
安堵したレムエルのセリフを聞いたエゼルミア精霊教皇は少し考える仕草を取り、手を打つと満面の喜びの笑みを浮かべる。
「そうすると……レムエル様の初めてを私が頂いたということですか?」
『ブホッ!』
聞き耳を立てていた者達が吹く音が聞こえた。
「エゼルミア様! 貴方様はなんてことを!」
「え? いけなかったかしら? 私も殿方から贈り物を貰ったのは初めてなの。レムエル様と初めて同士ですね」
『ゴホッ、ゴホッ!』
今度は器官に何かが詰まったような咳の音が聞こえた。
「ん? うん、初めてだね。誰でも初めてはあるけど、難しい物だよ」
「へ、陛下?」
レムエルは良く流れが分かっていない様で、首を傾げながらも普通に――レムエルにとっては普通に返した。
流れが分かっていないのはそういった教育を受けなかったレムエルと幼い子供位なものだろう。
レムエルが受けなかったのはソニヤ達が反対したからだと思える。
まあ、レムエルの場合出来なくともそれはそれで、と思えるところがあるのでいいだろう。
ただ、子供の作り方は知っているはずだ。
こちら風で言うなら精霊が運んでくるなどとは思っていない。
精霊と会話が出来るのだから知っていて当然だが。
「レムエル様」
カオスを感じ、見かねたレッラがレムエルに通訳を行う。
「あの言い方で初めて、と言うのは子作りの行為をした、と取られます」
「え? なんで?」
レムエルは驚愕する。
レッラはその辺りも教えておくべきだったと後悔しながら、努めて冷静に対処する。
「そういった言い回しがあるのです。勿論私共は真実を知っておりますが、主語が欠落しますとそう取られます」
「で、でも、してないし、エゼルミアとは初めて会ったんだから分かるよね?」
「ですが、お二人が初めてお会いになったことを知らない者は邪推します」
なにせレムエルとエゼルミアは共通の事柄が多くあり、ロザリオの贈り物や内乱での関わり合い等いろいろな噂があった。
そこへそのような話が出ると、話の流れから違うとわかっても邪推し、それを巧みに使う。
この集まりは特にそういった話題に事欠かず、もしかすると二人をくっ付けようと画策する者もいるだろう。
二人の容姿、立場、権力、力どれをとっても最高位に位置し、障害となるのはレムエルとの歳の差ぐらいだが、それもエゼルミアがエルフなのでどうといったこともない。
最近は種族差別も収まり始め、王妃になれずとも側室になることは出来、勢力を抱き込む等と考えればこれ以上ない相手とも言えた。
よって、反対意見は人族以外の血が王家に等といったくらいだ。
「あわわわ、ど、どうしよう。ね、ね、どうしたらいいの?」
「落ち着いてください。下手に動いては余計に邪推されますよ。ここは何も存ぜぬでいればいいのです」
エゼルミア精霊教皇も態と言ったわけではない様で、お供の者に頭ごなしで怒られほろりとしている。
だが、これは悪影響が少なく、現在のレムエル婚約者問題にも使え、ロガンからすると良い噂でもあった。
仮に結婚や婚約になったとしてもデメリットが少ないのだ。
お互いに国民の覚えも良く良縁とも言えた。
「ロガン~……」
「私からは何も申せません。まあ、婚約者のいない国王と言うのはいろんな噂が代々飛びます。今まで出なかったことの方がおかしいのです」
まさかの裏切り? とでも言える台詞にレムエルは顔色を少し青くする。
隣のレッラに目を向ければ申し訳なさそうに頷かれ、その奥にいるメロディーネに視線を向けると、
「く、認めたくないけど、認めるしかないようね。で、でも、私達にも作戦があるのよ! お母様まだ……あ、来た! お母様遅いです! 緊急事態なのです!」
「メロディーネ様、落ち着いてください! 皆様方が見ておられます!」
よく分からない内容に、姉さえも自分のことを気にしてくれていないのか、と少しだけ胸に重みと痛みを感じた。
だが、その感情はエゼルミア精霊教皇の後ろから現れた人物によって消し去られることとなった。
「レムエル、遅れてごめんなさいね。アブラムも来れないことを悔しんでいたわ。無理に来ようとしていた所をどうにか諌めたから、疲れているでしょうけど誕生会が終わったら顔を出してあげてちょうだい」
現れたのはいつもより豪華――いつもは簡素なドレスだが、今は誕生会という華やかな会に相応しいドレスやティアラなどの装飾を付けているジュリア王妃。
髪も時間をかけて編んでいるのが分かる。
だが、ジュリア王妃では今のレムエルの心を一気に癒すことはない。
背後で俯いている女性にレムエルは目を向け、首を傾げながら頷く。
「ジュリア様。後で父上の所に伺います」
「ありがとうね」
「それよりも、お母様! 準備は出来たのですか?」
そこへ割り込んできたメロディーネ。
「メリー、言葉が過ぎるわよ」
「あ、ごめんなさい。それよりも、準備の方は!」
お淑やかだと有名なメロディーネの変わりように周りで見ていた者は驚きの表情を作るが、王国の貴族達はレムエルのことになると変わる姿を何度も見ているため苦笑が混じっている。
ジュリア王妃は言ってもわからないメロディーネに溜め息を吐き、自分も少し遅れたのだから罪があるのだと頭を切り替え、背後で挙動不審になっている女性に道を開けるよう横に動く。
「さ、自分であいさつしなさい」
「(ビクッ)で、ですが……やはり私は」
しかし女性は及び腰の様に体を屈めて陰に隠れようとする。
それは淑女あるまじきことで、周りの目を余計に惹いているのだと気づかない。
更にその女性は女性の目を惹き付けるほど美しく、及び腰でありながら背筋が良く安定した足取りだった。
男性の目も女性のスラリと長く動く度に覗く足、細く長い指から露出した二の腕の木目細かい白い肌に注目し、小さな花のコサージュが結い上げられた髪に留められとても栄えていた。
レムエルも例外ではなく、それ以上にその女性に見覚えがあり眉間に皺を寄せて考え込んでいた。
声も似ていたのだが、いつもの姿とかけ離れていたために答えがなかなか出なかった。
あの女性だ、いや違う、と否定し続けているのだが、その女性の名前しか思い浮かばない。
「何隠れているの? 晴れ舞台なのよ、しっかりなさい。(レムエルの心を掴みたいのでしょう?)」
「で、ですが、王妃様……。(したいです! ですが、私には似合いません! 恥ずかしすぎます!)」
「何言ってるの! 十分似合ってるわ! それならレムエルも……。(それに今は緊急事態なの! 精霊教の教皇がレムエルを口説いたのよ!)」
「「な、なんですって(だって)!」」
今は薄暗く、音楽が流れダンスをしているためにそれほど目を惹いてはいないが、徐々に騒ぎを聞きつけた者達が聞き耳を立て始める。
先ほどの爆弾発言もどうにかしなければ瞬く間に広がるだろう。
しかもここには各国の首脳陣が数多くいる。
「(身分、地位、容姿、精霊という共通点、どれも最高じゃない)」
「(お母様、ですから緊急事態なのです! このままではレムエルが……)」
「(大丈夫よ。この子も負けていないわ! 見てみなさい)」
「ちょ! あっ!」
「(きゃーっ! これなら勝つるわ! この女の戦、勝ったわ!)」
「(ふふふ、それもそうでしょう。元の素材が良かったうえに剣士だから背筋が良いわ。種族柄美貌も良いし、なによりレムエルには日頃のギャップが効きそうよ)」
流石の精霊もこの会話を聞かせるべきなのか迷ったという。
精霊もレムエルの相手ならエゼルミア精霊教皇でもよく、その女性でも安心して任せることが出来たのだ。
「「さあ、我らが女伯爵騎士よ。いつものように勇気を出して戦場へ!」」
「御二方!?」
そして、女性は二人のよく分からない台詞を受け、押し出されるようにレムエルの正面へ躓く様に出てきた。
もうわかっていると思うが、あの凛々しく女性の羨望の的であるソニヤだ。
同じ女性とは思えないほど初々しく、勇気の欠片も見えないが、間違いなくあの黒凛団長のレムエルの姉も務めるソニヤ・アラクセンだ。
「と、大丈夫?」
「え、ええ、レムエル様」
「え?」
レムエルは身長差があったが咄嗟に腕を掴んで抱き留め、顔を覗き込みながら女性に声を掛け固まった。
女性はレムエルと近くで目が合ってしまい気まずそうに顔ごとサッとそらしたが、その頬はいつもより朱が差していた。
「まあまあ、初々しいですよ」
「こうなった原因があるの気付いてください」
そのラブコメの様なやり取りに黄色い声を上げたエゼルミア精霊教皇。
お供は隣で頭を痛そうに揉み注意するが、どこか諦めているように聞こえた。
「ふふふ、これはサプライズですか。お二人とも、頑張ってください」
「誕生会ですからな。このようなサプライズも良い物です。それに身分も釣り合いますからな。守る者として上々」
レッラとロガンはすぐに何が起きたのか理解し、固まっている二人に微笑ましい目を向けながら見守る。
「あれは誰ですかな? どこかで見た覚えが……」
「ふむ。あの女性は先日伯爵になった女伯だな」
「忌々しく思うが、確かに釣り合っておる。陛下の傍にずっといた者でもある故、候補に挙がっていた女だな」
「きーっ! あんな年増に抜け駆けされるだなんて! 野蛮な女騎士のどこが良いっていうのよ! むきゃー!」
「で、ですが、あの方は森林族ですから、年増はないかと」
「身分、地位、武力、絆……それに加えてあの美貌だなんて! どうして天は一人に二物も三物も与えたのよ……! 不条理だわ……」
貴族や淑女達も口々に思いを口にする。
その声を聞きぞろぞろと集まり出したことに気が付き、レムエルは慌てて腕を持つソニヤを起こしパッと離れた。
少し名残惜しくも安堵した表情で俯き、何か覚悟を決めるように意気込むが、
「ソ、ソニヤ? ソニヤだよね? どうしてここに? い、いや、来てくれて嬉しいけど、仕事じゃなかったの? あ、そのドレス似合ってるよ。いつもと違うからわからなかったけど、とっても綺麗だね。え、えーっと、うん、綺麗だよ。雰囲気も違うから見違えるってのは失礼だけど、凛々しい姿と違って今はそのー、あれだね。女性らしくてとっても綺麗だよ」
「……(カーッ!)」
その前にレムエルのマシンガントークが炸裂し、ソニヤは目を逸らせずに顔を真っ赤に染め上げていく。
ジュリア王妃とメロディーネはレムエルがすぐに褒めたことに満足そうに頷くが、その語彙の少なさに少し怒ってもいた。
だが、サプライズとしては上々で、男として合格点を上げても良かった。
「どうしてここに? 二人が無理やり連れてきたの? 会えて嬉しいし、こんな姿が見れて驚いたけど、嫌じゃなかった?」
「レ、レムエル様、近いです!」
「あ……」
一言も話さない真っ赤に震えるソニヤにレムエルは熱でもあるのかと近づくが、ソニヤは思わず逃げてしまいレムエルが悲しい声を上げた。
それは女性に引かれたとかではなく、ソニヤに拒絶されたという悲しい気持ちだ。
その時になってレムエルは初めてこの気持ちが何なのか小指の先ぐらい気付いた。
――僕はソニヤのことが大切なのだ、と。
あまり変わっていないが、姉という壁に罅が入り、女若しくは恋人や彼女や思い人等という壁の方に光りが差すといったところだ。
「ソニヤちゃん何やってるの! レムエルが悲しそうじゃない! 貴方は女として最悪よ!」
「ソニヤ! 弟を悲しませちゃダメ! 貴方は私達の後ろ盾があるのよ!」
「「フレー! フレー! ソ・ニ・ヤ!」」
どこぞの応援団の様にソニヤを応援する二人。
よく見ればその背後のドア陰に『団長頑張れ~!』と書かれた旗を持つイシス達黒凛の者達の姿も見え、警護の最中であろうに何と言うべきか。
「す、すみません! レムエル様!」
「う、ううん。それよりもソニヤはどうしたの?」
レムエルの悲しげな表情を見たソニヤは慌てて謝り、ちらりと見える者達を睨み付けた。
だが、彼女達は意に介さず、全くソニヤらしくないことに嘲笑っているかのように見えた。(ソニヤは)
「レムエル様、彼女があの有名な『剣舞の殲滅姫』ことソニヤ様ですか?」
「そ、それは!」
「『剣舞の殲滅姫』?」
どうやらレムエルにはソニヤの物騒な二つ名は知らされていなかったようだ。
因みに王国や味方からは『麗凛の剣舞姫』と呼ばれている。
人を魅了するほど麗しく、男よりも凛々しい、剣の舞姫と言う意味だ。
「へぇ~、かっこいい二つ名だね。ちょっと物騒だけど」
「レ、レムエル様に……知られた……嫌われるのではないだろうか」
ソニヤのセリフは気を利かせた精霊が遮断したという。
「ふふふ、レムエル様も『救世主』、『国民王』等と呼ばれていますよ。英雄と姫、とてもいいのではないでしょうか?」
「エ、エゼルミア教皇様?」
良い発想だわ、とでも言うかのように両手を胸の前で打ち鳴らし、レムエルとソニヤの手を取り組み合わせる。
そこへチャンスとばかりにメロディーネとジュリア王妃が首を突っ込む。
「そうね! あ、曲が変わったわ。丁度いいから二人で踊って来なさい。レムエルも一曲しか踊ってないでしょ?」
「ソニヤちゃんは晴れ舞台なの。女伯爵として、初めて、はレムエルが良いでしょう?」
態々初めてを強調するジュリア王妃。
レムエルはよく分からないがソニヤと踊るのなら構わないとニコニコし、ソニヤ自身踊ったことなど幼少の時を除けば皆無であり、今までにないほど窮地に立たされた。
「(大丈夫よ。ダンスなんてゆったりと移動しておけばいいの。あとはレムエルに身を委ねなさい。舞姫なんでしょう?)」
「(そ、そう言いますが! わ、私は決して舞など……)」
「(いえ、ソニヤは舞姫よ! ここはダンス会場ではなく、戦場だと思いなさい! レムエルが欲しいのでしょう?)」
再び密談が始めった。
レムエルは首を突っ込むのは野暮だと静かに待ち、精霊が声を届けてくれないということは聞くべきではないのだと判断する。
他の者達も何か微笑ましく、王妃達が出て来るのではソニヤに何か言うのは得策ではないと判断する。
シュヘーゼンに力が備わるのは厄介だが、レムエル自身との繋がりが一番強く、王妃としてソニヤが選ばれてもおかしくないのだ。
外から見てもレムエルと帰ってきた英雄扱いであるソニヤはお似合いだと思えた。
「(ここが、戦場、ですか?)」
「(そうよ。社交場は女の戦いなのよ。好きな殿方を落とすこれ以上ない戦場。血の流れない戦場なの)」
「(レムエルなら血の流れない戦場が得意でしょう? ソニヤが一番分かってるはずよ。舞踏という戦いの共演を開いて来なさい!)」
二人に遂に言い包められ、ソニヤはぶつぶつと「ここは戦場……私の戦う所。敵は周囲の者……味方はレム君、ただ一人。私が護り、共に支え、勝利を収めるのだ!」と呟き、雰囲気が一気に鋭いものへと変わる。
その変化に悲鳴のような感嘆の声が上がり、普段以上のソニヤが姿を出す。
「ソ、ソニヤ?」
「さ、レムエル様、共に行きましょう。私達の戦場はすぐそこです。私は貴方の騎士です。誰にも負けず、折れず、最後まで共にあり続けるのです。さあ、レムエル様」
「え、あ、うん。一緒に踊ろうか」
何やら役が逆の様な気もするが、それはそれで特に女性達に受け、男性達もつい目を奪われてしまう。
一人の主を守る騎士となった凛々しいソニヤは洗脳又は暗示状態となり、レムエルの手を片手に暗がりの舞台に躍り出た。
「レムエル様、ついて来てくださいね」
「うん、ソニヤに任せる」
そして、スポットライトが当たり、態々リングレットが指揮を変わり激しい戦いの曲へ変えた。
『おおおおおおおおおお!』
静から動へ、出だしから一気に動く。
その動きは水が流れるかのようでありながら、一本の鋭い剣であるような。
そんな対照的な動き。
歓声が上がる間も激しく動き回り、踊り自体は適当に見えるが理に適ったもの。
戦える者はその動きの鋭さとダンス……いや、舞闘と言える動きに手に汗を握り、戦えない者もそのダンスが通常のものではなくこの曲だけに合った戦うダンスだと認識した。
ソニヤが全身の筋肉のばねを流れるように使えば、レムエルはその小さな体を精一杯使い騎士の主だというように身を任せる。
音が激しくなれば戦闘が始まり、音と同時に身体が動く。
曲を聞いたことのないソニヤが合っているのはこの曲が戦いの曲であり、経験が物語っているからだろう。
ソニヤだけは確実に雲一つない夜空に光る月の下、刺客に囲まれながらも主を一人で護る騎士をやっているのだろう。
感情移入してしまえばその舞台に自分達も立ち、観客は生える赤や白の花にでもなっているはずだ。
ドレスの裾が翻ればいつの間にか体位が変わり、レムエルの長い髪がソニヤの身体に纏わり付くも、ソニヤの動きはそれを避ける様に軽やかに舞う。
足に注目すれば何倍速で見ているようなステップを踏み、タイミングがずれればどちらかが踏んでしまいそう……そんな激しくも華麗な動き。
ソニヤの代わりにレムエルが回転し、その動きに合わせてソニヤが反対側へ移動する。
もう一度言うが、役が反対なのにこれはそれを凌駕する女性による舞闘。
後に女騎士の間で流行り、男装して踊る麗人が出てきたという。
勿論公式の社交ではそのようなことはなく、心は女性なので百合は少なかった。
ただ、ソニヤは歴史に残る発祥の人と呼ばれ、なぜかレムエルはドレス姿、ソニヤは赤いスカーフを巻いた王子服だったという。
まあ、良く見ればそう見えなくもないが。
そして、曲はクライマックスを迎え、汗が流れて髪が貼り付き、息が荒くなりドレスが解れ、二人の顔から険が取れ、ボスもいた刺客を全て倒した。
最後はぼんやりと照らされる月夜の下、草花を踏み鳴らしながらゆったりと舞うように踊る。
先ほどまでが剛の舞闘ならば、今は柔の舞踊だ。
一度のダンスで二種類の動きを見せる変わったダンス。
それでいて物語として完結し、今までにない素晴らしいダンスだったと周りの者の表情を見れば誰でもわかる。
レムエルがターンをした後、ソニヤは静かに跪きながらもドレスを付けず、レムエルの手に口付けをしようとしてスポットライトが消えた。
それはそれでいいクライマックスだった。
第二部がありそうな予感だ。
『おおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
『きゃああああああああああああああああ!』
二種類の歓声が響き渡り、二人のダンスは受け入れられ、無事成功に終わったのだった。
ただ、メロディーネ達は頬を染めるほど興奮し嬉しかった半面、思っていたのと少し違いもどかしい気持ちだったという。
彼女達はレムエルの男らしいところやソニヤのギャップが見たかったのだろう。
焚き付け過ぎたということだ。
まあ、そのおかげで今までにないものが見れたと思えばいいだろう。
午後も後半に差し掛かり、空に赤みが増してきた頃。
レムエルへの祝いもほとんどが終わり、招かれた者達は疲労を感じさせながらも好きなように楽しんでいた。
しかし、楽しい事というのはすぐに終わりを迎えるものだ。
楽しければ楽しいほど早く、時というのはいろんな意味で無常であり、巻き戻すことの出来ない不変の事象でもある。
「陛下、そろそろ時間となります」
やっと食事にありつけると喜び、ケーキを頬張っていたレムエルに、差し込む色から判断したロガンが次のステップへの移行を促した。
ドレス姿のソニヤは我に返った恥ずかしさで倒れ、現在は復活し顔が赤いがレムエルの隣で食事をしている。
ただ、あれから女性の訪れが多い。
「じゃ、行って来るね」
「頑張りなさいよ(行ってらっしゃいませ)」
レムエルはメロディーネ達から激励を貰い、ニコニコとしながら席を立った。
「どこに行くんだ?」
ソニヤは出席すらなかったため計画のほとんどを知らない。
「今からレムエル様による演奏があります。これも現国王は多才であるという印象付けですね。やはり、幼いというのはそれだけで甘く見られますから」
レッラが代わりに答える。
「レムエルの曲は私が作ったのよ。題名は『愛』。出来れば姉のとか入れたかったけど、流石にね」
「ふふふ、メリーは国内で結婚相手を探した方が良さそうね。あ、リングリットはどうかしら?」
「そ、それは……成人してからにします!」
趣味趣向が合い、一緒にいる比率と話す内容が合えば当然そうなる。
歳の差はあれど、十歳差などこの世界では普通のこと。
女性が上なのは少し問題だが、男性が上なのは特にない。
若ければ若いほどいいのが女性だ。
「レムエル様の音楽か……あの時以来だな」
「私は練習の際に何度も聞いておりますが、やはり初めての演奏というのは良かったでしょう。初めて、は」
「くっ、レッラしつこいぞ! 騎士である私がなぜ……!」
顔赤くしてドレスの裾を悔しそうに羞恥心を抑え、ソニヤはランキング一位となった黒歴史を葬り去ろうと悶々とする。
「良かったのではないですか? おかげでレムエル様に褒められ、ダンスをしたのですから」
「そ、それはそうだが……どこが戦場だ」
「でも、レムエルの相手は私しかいなかったのよ? 偶にお母様や教師が相手してたけど、舞踏会や社交場でとなるとは家族を除けば初めてよ」
「は、はじっ!? い、いや、そうなんでしょうが……嬉しいですが、恥ずかしい」
その初々しい姿がまたソニヤのギャップとなり、ちらりと見ていた男性達がごくりと喉を鳴らし頬が緩む。
ジュリア王妃は扇で口元を隠し朗らかに笑うもその目は冷たく鋭く、その男性達が付かないよう頭のメモに記していた。
レムエルとソニヤ。
二人の関係は少し上向きに上昇したのだろう。
さて、この後はどのように動くのか。
それは精霊にもわからない、レムエルに課せられた運命の一つなのかもしれない。
「お待たせいたしました。外が暗くなり、そろそろお開きの時間が近づいてきました」
騒いでいた会場が暗くなり、壇上でスポットライトにあたったロガンがそう切り出す。
「今宵はチェルエム王国第六十四代国王レムエル・クィエル・チェルエム陛下の誕生会。お越しいただけました皆様方には感謝の念を」
ロガンが頭を下げると静かになった者達も微かに会釈、若しくは目礼を返す。
「最後にレムエル陛下より皆様方にお礼がしたいとのことで、今宵初陛下自らによる特製魔導ピアノの演奏を行います。曲名『愛』、作曲は姉君第四王女メロディーネ殿下。フラング国外でも有名な『歌の貴公子』であるリングリット・カーベルニコフ伯爵も携わっておられます」
作詞はないだろうが、制作に携わったメンバーの錚々さに会場から声が上がる。
メロディーネも内外ともに有名であり、これからより一層音楽界で有名になっていくことだろう。
「どうやら準備が整ったようです。それでは、レムエル陛下による初の演奏をご覧ください」
ロガンのセリフに合わせてスポットライトが背後の一角――精霊教にあったピアノの三倍の大きさを誇るであろう特注品にあたり、軽めの衣装に着替えたレムエルも照らし出した。
「あれがピアノ……。なんという大きさ」
「それでいて細かい部分まで手が入っていますな」
「良い音色。さぞ、良い曲が流れるのでしょうね」
「いやいや、初演奏だと聞く。レムエル陛下は多才だが、音楽の方面まで行けるかどうか」
「馬鹿言うな。調整音だけでもできることが分かる。ピアノと言うのは奥が深い楽器なのだ」
レムエルが音の調整に軽く指を弾ませ、軽やかな単調な音色が流れた。
それだけで音楽に携わる者は感嘆の念を抱いた。
椅子に座り直すと軽く目を瞑り、不安な気持ちを抑え込む。
精霊が寄り添い手の震えが止まる。
レムエルの頬が少し緩み、息を吸って吐くと微かに目を開き、その綺麗と褒められた指が動き始めた。
『おおおおぉぉぉ……』
決してレムエルのピアノ弾きが上手いとは言えない。
レムエルもそこまで完璧な人間ではないのだ。
だが、一つの特技だと考えればかなりの出来だと言える。
会場から再び感嘆の声が漏れ、あの時同様にピアノの周りに精霊が姿を現す。
下級精霊が姿を現し、音楽に合わせて踊り始める。
その愛らしさに誰もが笑みを作った。
「何て愛らしい姿でしょう」
「はい。初めて見ました」
「ですが、姿が違いますね。やはり、あの姿の像を作るべきでしょうか」
「その辺りはレムエル様に聞かれるのが宜しいかと。精霊は形が決まっていないとも聞きます」
「それもそうね」
精霊教関係者はエゼルミア精霊教皇も含めて精霊の姿に今にも崇めそうになる。
次第に曲のメロディーが優しく思いが込められるようになり、レムエルの瞳から黄金色の光が出始める。
『竜眼』が宿ったのだ。
「精霊と竜の瞳。噂は本当だったということか」
「これは何かの前触れなのかもしれん。ここにきて多くのことが起き始めた。国に帰って報告せねば」
「うむ。恩恵も多くあるが、その反面も多くあろう。それに我が国も備えねばな」
『竜眼』についてはどの国でも知っている有名なものだ。
それは眉唾だとも思われていた近年だが、こうして実物を眼にすると本当だったと思わずにはいられない。
過去同様に見た者を従える王者の風格が現れるからだ。
ここにいる者達は重鎮達のため従うという気持ちはほとんど抱かないが、レムエルが上に立つ存在なのだと理解する。
そして、夜が更けると同時にピアノの音が止み、爆発するような拍手の音に変わった。
同時に白の上空に火の花――花火が幾つも咲き誇り、外で祭りをしていた国民が驚愕しながらも大いに騒いだという。
こうして無事レムエルの十三歳の誕生日は終わりを迎えた。
一カ月の間に各国と話し合いを進め、オーシャニス海国やプランティア森国等と協定を結ぶことが出来た。
これから発展していくことに誰もが喜んだ。
だが、帝国方面からの圧力も増し、中立国も様々な動きを見せる。
北側が豊かになるということは南側の危機に繋がる。
しかも敵対している状況であり、恩恵を受ける等というのは無理な話だった。
そして半年が経とうとするある日。
レムエルの名の下に国災レベルの緊急警告が発せられ、チェルエム王国だけでなく周辺国にも警告と封鎖が促された。




