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竜国祭とレムエル誕生祭・前半

 レムエルが国民解放を掲げて仲間と共に立ち、王国を覆う闇と巣食う膿を取り払い生まれ変わって四カ月が経った。


 この四か月間で劇的な変化が幾つも起きた。

 国民のほとんどに笑みが浮かび、ピリピリとした空気が未だに漂っているが確実に良い方向へと国は進んでいた。



 一つは、三か月前から研究を行っているフラング国協同の花の研究。


 これは既に貴族の間に広がり、今では女性だけでなく男性からも注文が飛び交うほどだ。

 花を使った艶やかで身体に良い健康食品、香りのある王族御用達香水や石鹸等。

 兵士の訓練として近場を開墾し王家所有の農地へと変わり、そこに失業者達を雇い入れる受け皿とし、野菜や花を育てさせる。


 魔法を併用することで花は日に日に数を増し、今ではそれなりに裕福であれば平民でも石鹸を買うことができる。

 次の春明ぐらいには平民でも食せる花専門の店も開く予定だ。



 魔法研究についても特に冒険者の間で感謝の言葉が多く出ていた。


 秘匿している部分が多くあるが、冒険者育成の学校を治安維持機構内で組織し、引退した冒険者をギルド職員として雇い入れ、新人講習やランクアップ試験、訓練場等を作り上げた。

 また、冒険者でなくとも誰でも利用でき、多少税金が取られるがその分力や運動が出来る為喜ばれている。


 騎士や兵士達もその場に現れ、有望そうな人材を発掘するためにも剣技等を教えている。

 最初は嫌々だったみたいだが、自分の力が上がることや子供達の尊敬するキラキラとした瞳、よく分からずにしていた勉強なども活き始め、現在は喜んで向かう兵士や騎士達がいる。


 教えることがまた訓練になり、成果が出て喜びを知り、兵士も騎士から手ほどきを受けられ、子供達は早い時期から触れ合い、国の戦力が増強される循環が起きる。


 大人や親達も騎士になれるのなら生活が安定するため安堵し、最近の騎士達も横柄ではなくなったため喜んで送り出せた。

 レムエルの言葉で帰郷制度も作られ、永遠の別れではなくなったのもある。


 子供達の遊び場も作り上げ、現在はサッカーとバレーが人気を誇っている。

 近々子供達の大会を開くという話がギルド会議で出ているほどだ。


 肝心の魔法についてだが、こちらも研究の副産物で生まれた消費魔力削減法や、魔法師団の団員の手解き等が行える。

 この辺りがほぼ無料で行えるため、お金の無い新人の冒険者や魔法使い達から応募が殺到するほどだ。


 魔法ギルドとも連携し、こちらでも戦力増強を行っている。



 他の国々とも手を組み様々なことが計画されている。


 それが現在行われている竜国祭(今年は英雄祭や精竜祭とも呼ばれる)とレムエルの誕生会だ。


 年明けの祭りは毎年行っている年を跨ぐ盛大な長期祭りで、一週間に渡ってイベントがある千年間も続く由緒ある祭りだ。


 さらに今年からはレムエルの誕生日も重なり、最終日に国民総出の誕生祭も執り行われる予定となっている。


 その祭りは年々廃れてきていたが、今年は様々なことが重なり類を見ない規模で計画されている。


 そこに友好国や属国の重鎮を招待し、生まれ変わったチェルエム王国とレムエルを認識してもらう。

 やはり帝国や創神教とのやり取りは周知の事実で、レムエルがまだ成人していないというのもあり、安心させるためにも盛大にしなければならなかった。




 チェルエム王国と手を組んでいる国は三十か国弱。


 帝国と比べれば少ないのだが、チェルエム王国側である北部は豊かな土地が多く、レムエルのことも関係し精霊の恩恵が更に土地の恵みを齎していた。

 その影響で現在は迂闊に手を出せない冷戦状態といえた。


 その三十か国に加え、どこにも属していない国々にも招待状を送り、出来る限り勢力を増していきたいと考えていた。

 特に他種族国家であるため、あらゆる種族の長達とも友好にしていきたいと考えている。

 着てくれただけでも御の字というところだ。


 ただ、今回は誕生日会も兼ねているため帝国側の国へは招待状を送られていない。

 これも徹底抗戦をする意志の表れであり、先の件もあり無粋な相手を呼ぶべきではないという見解だ。


 まだ創神教との繋がりも考えられており、指輪と宝珠の解析も進んでないため余計に呼べなかった。

 祭りを行う間が一番手薄になるからだ。



「今日は集まってくれて有難う。僕が今代の王レムエルだ」


 レムエルは王冠を被った状態で集まっている身なりの良い者達に微笑みかける。

 彼等もまたほっこりとした様子でそれを見守り、様々な者達が反応を示す。


「今日は僕の誕生日。招待した人がほぼ全員集まってくれるとは思わなかったよ。まだ成人するわけじゃないけど、祝福してくれるのは嬉しい」


 そこに拍手と祝福の声が飛び交う。

 全員がレムエルの祝福をしているわけではないだろうが、これほどの規模の誕生日はなかなかない。


「いろんな格式とかあるけど、誕生日にはそんなものいらない。無礼講とまではいかないけど、皆楽しく笑って、遊んで、今日という日を過ごしてほしい」


 レムエルの言葉に誰もが反応を示す。

 大国の王の誕生日だからこそ格式が、という考えもあるからだ。


 そこに関しては議論が繰り返されていた。

 だが、レムエルがまだ成人していないことや祭りが重なっていること、友好にしたいのなら国の序列が着き易い格式はあまりとらない方がいいという話に落ち着いた。


 式の順番を守ったりするだけで後はほとんど自由だ。

 まあ、この場に呼ばれている者は国の重鎮や王族なので、無礼講といっても最低限のマナーやルールは守るだろうとわかってもいた。


「長い言葉も無粋だね。この辺りで次に進もうか」


 その言葉が子供らしく大人達の中に苦笑が生まれる。

 対して思惑があって連れて来られた子供達はレムエルを見て何かしらの雰囲気を見る。


 レムエルと婚約させるための女性達は優良物件過ぎることにうっとりしながら牽制し合い、男子は友好になれるか気後れしたりフレンドリーさに呆気に取られたり、純粋に憧れやレムエルの姿や雰囲気に酔いしれる者が続出していた。


「それでは陛下に変わりまして、宰相のロガンが進行を務めさせていただきます」


 誕生会は国や人によって変わることが多く、良く行うのは祝福や目標、感謝の言葉等であり、その他はダンス、食事会が当たり前だ。


「まずはフラング国と我が国で作り上げた曲による演奏と、陛下とメロディーネ様によるダンスをご覧ください。――準備を」


 ロガンのセリフに応じて照明の魔道具が消され、蝋燭の柔らかい火だけがぼんやりと会場を照らす。


「あら? この蝋燭からは甘く花のような香りがするわ」


 そこで誰かが目敏く蝋燭が放ち良い匂いに気付く。


 通常の蝋燭は動物脂から作られる。

 そのために火を付けられた時の匂いが獣臭く、技術も拙く素手で持つと気持ちが悪い。


 それに加え、今回は辺りが真っ暗となり嗅覚が敏感となっていた。

 匂いを嗅いだのも声からまだ女の子だと推測出来、その辺りの美容や周囲の目が気になるお年頃だというのが気付いた要因だ。


「本当です。それに気持ちが落ち着きます」

「それに先ほどまでは気付きませんでしたが、良く見れば丸や綺麗な器に入っていますわ」

「こっちのは可愛らしい熊だ! これを持って帰ってプレゼント……」

「あ、それいいな! 俺は婚約者に……」


 女性の声が広がり年配の女性までもが釘付けになり、周りの女性の目を惹いたために男性も目を向け、結果ほとんどの者達が両国が考えた特製のアロマキャンドルに目を奪われた。


 といっても、この蝋燭にはもう一か国、蝋燭の生産が盛んな小さい国と取引している。

 それはこれが売り出されると特産品を奪うことになりかねないからだ。

 そしてフラング国ならいいが、相手が落ち目立ったとはいえ大国のチェルエム王国となると抗議も難しく、その辺りを考えて動かないといけないのは骨が折れるところだ。



 それを観察し反応を纏める常闇餓狼コトネ達面々。

 ロガン達も聞こえている反応にほくそ笑んでいた。

 この成功は国だけの成功ではなく、女性地位の向上と経済の循環に繋がるのだ。


『おおおおおぉぉ……!』


 そこへ一つのスポットライト――照明の魔道具を改良した特定の魔力に反応して動く追跡型照明の魔道具が会場の中央を照らし出した。

 そこには先ほどとは違った衣装を身に付けた竜と精霊のレムエルと、可愛らしくも大人の魅力を醸し出す作りのドレスに身を包んだメロディーネが見つめ合った状態でおり、どよめきと感嘆の声が漏れる。


 この服も布が特産の国と取引をし、機織り機の改良や新たな服の作り方等が話し合われた。

 木材はエルフや森林族と話し合い、上手い具合に間伐作業を行い木を手に入れている。

 またその木は大量に存在し、余った木は紙の生産や木工が盛んな国と取引をしている。


 このように様々な国の技術が入り込んだのがこのお披露目でもあるのだ。



 そこへ小さなスポットライトに照らされた青年――爽やかさが売りのリングリットが拡声の魔道具を持ち現れた。


 リングリットはそれなりに有名なようで、女性達から黄色い声が上がり、返される爽やかな笑みにノックアウト気味になる。


「ご注目下さい。それではこれより、レムエル国王陛下並びにメロディーネ第四王女両名、曲名『私と共に踊りませんか?』による始まりのダンスを行いたいと思います。――御二方準備はよろしいですね?」


 短く残る口上にレムエルとメロディーネは静かに頷いて返答し、軽く目を閉じて曲の始まりを静かに待つ。

 本当なら曲名通り男が女を誘って始める変わった曲だ。


 その雰囲気に飲み込まれ、辺りに満ちる花の香りに受注に嵌るかの如く惹き込まれていく。



 通常こういった場での始めは婚約者と踊る。

 だが、相手が姉となると、それは現在レムエルに相手がいないということになる。

 そこは痛い所でもあるが、レムエルの相手を吟味してみると下手な相手を付けるわけにもいかず、未成年であることも関係し余計に相手に困った。

 それにレムエルはダンスを習い始めて半年も経っていない。

 何を意味するのか分かるだろうが、相手はダンスの教師かメロディーネしかいないのだ。

 身長差もあり、レムエルの性格から考えても慣れた相手であるメロディーネしか考えられなかった。


 勿論貴族から反発が出たが、しつこすぎるというのは王妃の座を狙っていると思われかねず、まだメロディーネならいいだろうということで渋々引き下がった。


 ただ、これからの婚約騒ぎは一層激しいものとなるだろう。




 そして、曲が流れ始め、レムエルとメロディーネがお互いにゆっくりと動き始める。

 既存のダンスと違うのは場を広く使い、誕生会に相応しい華やかさのある心と体が勝手に踊ることだろう。



 足は軽やかに、だが重心と腰を中心に安定し、表情は笑みで象られ常に正面にいる。

 身体が密着しつつも時に離れ、メロディーネの女性特有の柔らかい身体を十分に使い、レムエルも華奢ながら男らしいスタイルで抱き上げたりする。


 ドレスが翻り白いメロディーネの素足が少しだけ覗くのも男性の目を釘づけにし、目敏い女性はその木目細かさに目を見張る。

 レムエルの束ねられた金色の髪が揺れ動き、柔和で青年と少年の境目である表情を見て女性の心は打ち抜かれ、男性は自分もこのように踊って格好つけたいものだと自然に体が動き始める。



 音が強くなる度に二人の動きも強くなり、観客から黄色い声や唸り声が上がる。


 この曲は調和魔法ではない。

 いや、正しくは魔道具である楽器を使っているため調和魔法なのだろうが、この曲には歌い手がおらず、ダンス用の曲なのでそこまでの効果を及ぼさない。

 ただ、皆の反応を見て分かるように、曲の題名と同じく踊りたくなるようだ。


 これこそが調和魔法の良い所だ。


 さらに精霊達も姿を現し、二人を祝福するかのように纏わり付く。

 それでより一層神々しく華やかなものに変わる。




「スンスン、お二人が通った所は良い匂いがする。お前は分かるか?」


 目の前を通過していった後に漂う匂いに気付いた男性が鼻をすすり、隣にいた同伴の女性に訊ねた。

 女性も少し鼻をすすり、考える仕草を取った。


「薔薇じゃないかしら。甘く落ち着く上品のある匂いだもの」

「そうか……」


 短い返答だが、女性には何かが嬉しかったようできゅっとその太い腕に腕を絡ませた。

 男性も満更ではない様で、二人で体を揺り動かしている。


 二人がどういった関係なのかはさておき、周りを見ても暗闇というのが影響し、良い雰囲気になろうとしている者達が多くいる。

 ただ、この場は他国の人間が多くいる為それ以上にはならないだろう。

 なるのは子供達かチェルエム王国の貴族位なものだ。




 そして、曲はクライマックスを迎え、レムエルとメロディーネは中央で終わりのゆったりとした動きで踊り、最後にゆっくりとその場で回転し曲も照明も落ちた。


 すぐに照明の魔道具が使われ辺りが煌々と照らし出される。

 同時に観客から盛大な拍手が送られ、誰もがダンスの素晴らしさに心を動かされたのだと理解できた。


 レムエルとメロディーネは疲れを見せない動きで壇上の椅子へと戻り、静かに息を吐き整える。

 やはりあの動きというのは疲れるものなのだろう。


 精霊も姿を消し、レムエルとメロディーネ二人の身体を気遣う。

 精霊もまたレムエルを祝福し、誕生日の近かったメロディーネも同様に祝福したのだ。

 調和魔法の歌は空気を伝わる為精霊に力を与え、それに携わるメロディーネにも興味が引かれていた。

 まあ、レムエルと仲が良い姉弟というのもあるだろうが。






 誕生会はダンスを終了し、会の主旨である各人がレムエルに祝いの言葉を述べていく。

 無礼講だがこの辺りは各国の勢力図などが明らかになるところで、貴族以上に慎重に対応しなければならなかった。


「初めまして、レムエル国王陛下。私、海の国『オーシャニス』より参りましたエーゲ・ヴァン・オーシャニスと申します。これでも先代の海王をしておりました。先に誕生おめでとうございます、と祝いの言葉を送らせていただきます」


 群青色のウェーブがかった髪と揃えられた尖がり髭、声は海風にやられているのかだみ声で、貴族の服もがっちりとした身体に膨れ、一見海賊のように見える大男。

 レムエルは少し引き気味だが、目尻に皺が出来どこか柔和な笑みが怖さを抑えている珍しい男でもあった。


「こ、こちらこそ初めまして。僕が今代の国王レムエル・クィエル・チェルエムです。祝ってくれてありがとう。それと、いろいろと聞きたいこともあったから今日は会えて嬉しく思う」

「こちらこそレムエル国王の話は良く聞いております。私自身も一度会ってみたいと強く思い、今回は息子を差し置いて足を運びました」


 少し茶目っ気のある言い方でがっちりと握手をし、レムエルもつられて笑みを浮かべた。


「早速だけど、僕は、というより王国は海の国と取引をしたい」

「取引ですとな? やはり塩、ですかな?」


 チェルエム王国は広大な土地を持ち、北部は海と接しているが如何せん小さく、国全体を賄える量を取れなかった。

 塩と言うのは生活するのに大切なもので、そうでなくとも人間が生きる上で必ず摂取しなければならない物質でもある。


 その塩は国内で岩塩なら取れる。

 しかし岩塩は取り過ぎれば無くなるもので、海があればほぼ無限に取れる海塩とは違う。


 そして海に面する地域が少ないということは魚介類の生産も少なく、反対側である南部方面は特に食べられないということになる。

 冷凍技術というのは魔法で可能だが、千キロ近くを保てる魔法使いは数えるほどしかいないだろう。


「お見通しか。でも、それだけじゃなくて魚介類も欲しいと思っている」

「我が国はその辺りは随一ですからな。率直に覗いますが、何を取引材料に?」


 時間もないために本音で話す。

 それでも致命傷になるえる言葉だけは出さない。


 豪快に見えて繊細な所はやはり王だったと言える。


「詳しくは言えないけど、多分海水から直接塩を作っていると思うんだけど、そこに魔法があるかないかは別として、塩とそれ以外の仕分け、時間もかかってると思う」

「その方法をどこで知ったのか、というのは隅に置き、確かに我が国では他国へ輸出する塩も作っておりますが、かなり時間がかかっております。その分値段も、ですな」


 機械文明が発達していないため費用が莫大にかかる。

 燃料は火魔法で賄えるだろうが、それは人件費が重なり、火をずっと出し続けるわけにもいかず結局薪などの燃料が必要だ。


「そこで王国は塩生成の短縮法、その過程で得られた別の素材の使用法、更に現在研究をしていることに加わってほしいと思っている。と言っても、塩の生成はもしかすると既にご存知かもしれないけどね」


 話している内にピクリとエーゲ先代海王の眉が動く。


 そこは国の機密なのでいくらレムエルが精霊を使えても知ろうとはしない。

 自分ルールとでも言うべき最低限のマナーだ。


「詳細は後程話し合うとしまして、もう少し詳しく教えてくれませんかな? 出来れば別の素材の特徴と研究の……概要、ですかな?」


 周囲の耳と目がある為にお互いが不利にならないよう進める。


 レムエルはそれに頷くと隣にいたレッラの方へ振り向き頷く。

 レッラは待ってましたとばかりに頷きを返し、傍で待機していた料理人に準備をお願いする。


「素材については少し待ってほしい。先に研究の加入の方を話そうか。ロガン」

「はい。エーゲ先代海王様、これより陛下に変わりまして宰相の私が話させていただきます」

「うむ、頼む」


 構わんとばかりに頷く。

 敬語ではなくなったのは王という立場でも大国との差で、宰相と言えども他国の王がへりくだることはない。


「大きな声では言えませんが、こちらをご覧ください」


 先に何があっても驚かないように、そして声を出さないようにと忠告を入れ、ロガンはメイドから固形物を包んだ布を受け取る。


 その物体をエーゲ先代海王は興味深げに受け取り、まずは硬さ、次に布をはぐ確認を取ってから中身を確認し目を見張った。

 その様子にレムエルとロガンは笑みを浮かべるのを我慢し、これは成功だと確証を得る。

 このようなやり取りを何度もしてきた気がする。


「これは……あれですかな? 動物のあれ、脂の?」


 何と言うべきか迷い、一部の素材を口にする。


「はい、頭に思い浮かんでいる物で相違ないかと」

「だが……臭いが違う。手もべたつかん。何より色が……白じゃないか」


 もうわかっているかもしれないが、海水、脂、臭い、べたつきや色となるとあれしかない。

 そう、石鹸だ。


「それには他にも種類がありまして、エーゲ先代海王様がお持ちの品は動物の脂を使用していない物となります」

「なにっ!?」

「少し骨が折れましたが、どうにか完成した品なのです。他の品にはフラング国と協力しておりまして、費用を抑えるためにどうしてもオーシャニス海国と取引きがしたいのです」


 小さいながら驚愕の顔を難しく唸るような顔にする。

 宛ら熊のようだ、とレムエルは海なのにと自分でツッコみながら思い浮かべた。


「レムエル様、準備が整いました」

「あ、準備が出来たみたい。じゃ、エーゲ先代海王、今度はこっちを見てみて」


 レッラから報告を受け取り、この取引がほぼ整いつつあることに喜びを隠せないレムエル。

 年相応に少し燥いで目の前に置かれた物体――色はクリームっぽい白、プルンと柔らかそうに揺れ、今にも崩れそうな長方形の食べ物、豆腐だ。


「この食べ物は豆腐と言う。原料のほとんどは王国で作っている豆。それに色々と工夫を重ねて塩生成の過程で得られる素材を入れると固まるんだ」

「ほう……見た目は珍妙ですな」


 まあ、豆腐を初めて見た人はそういうだろう。


 これも断片的な知識だけで、二か月以上の試行錯誤を経て完成した料理だ。

 ただ、まだ作り方が確定しておらず、配分、味、品質、豆の種類どれをとっても問題だらけだった。

 目の前のある豆腐はやっと人に食べさせることができる最低条件をクリアした料理なのだ。


「出来れば上に塩分――出来れば貴国で作っている魚醤かけたい。刻み葱やピリリとしたツーンと来る辛子とかね」

「よくご存じで」


 それだけを返したが、魚醤は最近完成した調味料で、輸出を一切していない高級品だった。

 それが表に出ているのは仕方がないとして、食べたことが無いのに味を知っていることに驚愕したのだ。


 それはレムエル自身大豆から醤油が作れないか試したからであり、良い感じにはなったが失敗して間に合わなかったのだ。


「ま、そのままなら豆の美味しさもわかるだろうし、とりあえず食べてみてよ」

「それもそうですな」


 レムエルとエーゲ先代海王はお互いの毒見役に少し食べてもらった後、スプーンで角を切り崩し食した。


 未完成と言うのは文字通りのようで、ボロボロと繋ぎが悪く、それでいて味が大雑把。

 だが、それでも大豆本来の旨味や豆腐としての味、特に年を取り海に住んでいるからこそ豆腐という料理に好感を得た。


「これは、これは……最近噛む力が衰えてきましてな。身体もガタがきておるようで、あまり豪快な物を食せんのですよ。だが、この豆腐とやらは良い物ですな」


 エーゲ先代海王は瞬く間に豆腐を食べ終え、久しぶりに満足いく料理が食べられたと感謝を口にする。

 やはり見た目が頑丈そうでも、歳を取れば身体が衰えるのは当たり前のようだ。

 柔らかくて健康に良く旨い物となると難しいところもあるのだろう。


 特にオーシャニス海国は海が殆ど国土を締め、土地柄潮風等で作物が育ちにくい。

 そのため肉や魚介は食せても、植物は輸入に頼っているためどうしても少なくなる。


 だから、この取引は双方にそれなりの利益がある。

 口にしてないが取引が始まれば魚と野菜を交換するということができるのだ。


「これに玉葱や人参を刻んだ物を入れ、塩胡椒に小麦粉とパン屑で練れば肉のような食感になります。元が豆ですから、健康にも良いでしょう」

「ほほう、新たな料理というのは良い物だな。海藻なんかも合いそうだ」


 かなり好意的に取られたようだ。

 後はまとめに入って後日話し合うだけとなった。


「情報だけでは取引は出来ません。ですから、様々なことは後日話し合うとしまして、王国は現在改良し増やしている野菜を、海国は魚介の取引をしてくださいませんでしょうか?」

「……う~む。俺は身を引いた者だからな。だが、これには双方に旨味がある。これぐらいなら少々越権だが先代海王の権利で詰めるとしよう」

「ありがとう。じゃ、後日詳しい話をしていこう。その時はフラング国の代表も招くね。あれの香り付けはフラング国に頼んでるんだ」


 レムエルは安堵の笑みを浮かべて締め括った。






 まだ誕生日会は続くが、様々な国と約束事や協力を取り付けていくレムエル。


 オーシャニス海国はこの取引によって安定した野菜の輸入が出来るようになり、豆腐に必要な塩の精製時に出る『にがり』、石鹸製作に必要な海藻等の灰、塩生成は太陽の光で塩分を濃縮し、費用を削減する方法を取り込めた。

 更に魔法研究所から分離の魔法が送られる。


 分離の魔法は塩だけを、と言うようにはいかないが、今まで品質の向上に問題があったごみを取り除けるようになった。

 それにより高級品の塩が出回るようになり、平民でも塩は安定して取引できるようになる。


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