指輪の件
極秘研究室。
そこは国家機密に匹敵する研究や調査及び解明と追及を行うところ。
現在は特にこれといったことは例の指輪を除けばない。
一応宝珠の破片も保管されているが、素材や残り香の様な物しかわからないだろう。
証拠の隠蔽自体はほとんど完璧ということだ。
同様の何か起これば創神教へのカードとなるだろうが、現段階ではコヴィアノフ元大司教の私物として片付けられてしまう。
いくら創神教総本山からの贈り物と言おうと、だ。
話を戻すが、例の指輪に関してはレムエルと精霊の力で今も完全に封印がなされ、今のところ問題はないという見解となっている。
ただ、この指輪が危ないことに変わりなく、研究者と王宮魔法使い達が極秘に解明を行っていた。
これは帝国へのカードとなり、恐らく大量生産された際に投入され、解明できているかどうかが鍵となる。
宝珠も同様ではないかとフォーエン枢機卿の反応から判断し、帝国とも最悪繋がっていると考えている。
チェルエム王国は他国へ攻めるという思想は皆無に等しく、いないとは言わないが極少数派である。
今後豊かになれば増えるだろうが、現在は抗う・対抗する術を持つという見解が一番強い。
ここには錚々たるメンバーが揃っていた。
指輪を解析するために必要なレムエル、軍を預かるアースワーズ、護衛にソニヤとハーマンとマイレス、王族栄光騎士、研究に携わっているリアムズとその部下だ。
レムエルはカロンを呼びたかったのだが、早めに解明していくのが先だと考え、手紙だけだし後日改めて見てもらうこととなった。
「先に解明結果をお伝えします」
「うん、頼むよ」
リアムズはレムエルに断りを入れ、研究者に頷き指示を出す。
「この指輪は陛下の仰る通り、魔力ではない精霊に近い力が封じ込められています」
「だが、似て非なるのだろう?」
アースワーズは戴冠の儀の場で見た、変色して出てくる怨念のような緑色の炎を思い出し顔を顰めた。
周りの者も見た者と聞いた者に分かれるが、見た者は一人残らず不快な反応を示す。
「はい。精霊が正、即ちプラスに働く力だとすると、指輪に込められている物は負、即ちマイナスに働く力だと思い下さい」
「逆、対極の位置にあるってことだね」
レムエルの簡潔なまとめに研究者は頷く。
「未知の領域が多く、短時間ではほとんどわかりませんでした」
「それは仕方ないだろう。時間もないのだからな」
「精霊とはまた違う存在なんだよね」
「はい。意思はないものだと思え、分かりやすく言えば本能で動く動物に近いかと思います」
「思えばビュシュフスの感情に呼応していたか?」
研究者は皆眼の下に隈を作り、最初の頃と比べてやつれているように見えた。
時間を掛ければ解明できるだろうが、レムエルが施した封印が関係し、封印を解くと指輪が発動する可能性がある為に難航していた。
レムエルは少しばかり無理をさせ過ぎたかと気を病むが、それが彼らに課した仕事なのだと割り切る。
ソニヤが傍にいることに先日の件で少し思う所があるが、今はその思いを隠し傍にいてくれることを心強く思うのだった。
「とりあえずわかったことを話すんだ」
「分かりました。込められている力は装備者の魔力が引き金となり、どうかする様に侵食し、力と引き換えに乗っ取るのだと思われます」
皆それに頷く。
現在ビュシュフスは拘束された状態で監禁され、決められたスケジュールで労働と魔力搾取が行われている。
当初喚いていたビュシュフスだが、ここ最近は心が折れたのかぶつぶつと喋るだけで特に何かをするということは無くなった。
これだけ聞くとレムエルが悪者に聞こえるが、監禁場所は牢屋ではなく王族を閉じ込める部屋、待遇は三食付きの六時間は確実に寝れる好待遇だ。
普通はあれだけのことをしていてこの待遇はないと言えた。
だが、ビュシュフスは日頃が日頃だったため、やれ食事が少ない、やれ王族だぞ、やれ殺してやるなどと呪詛を吐いていた。
結局それは無くなったが、自分の罪を認めたわけではなく、本当に心が折れたのだろう。
立ち直ったとしても恐らく死ぬまでそこに監禁されるはずだ。
そのビュシュフスの魔力を受けてあの指輪は発動した。
指は元通りにならないが、仕方のない事だろう。
「取り調べの報告によりますと、あれは帝国からの贈り物で、出所は不確かです。ですが、このような物を作ると考えますと帝国の極秘軍事研究班『闇の一族』が関わっているかと」
「闇の一族?」
レムエルは聞き覚えが無い為首を傾げる。
常闇餓狼に似ている名前だと思うが、研究班なのなら別物だと考えを改めた。
そもそもレッラやコトネに失礼だなと思った。
「闇の一族というのはそういった研究班の名だ。帝国の裏の研究を行う者達で、その実態はよくわかっていない」
「過去の戦争でも魔物の使役に傀儡、肉体改造や人体改造、人間爆弾、洗脳等様々な物がありました」
「私も数度経験がしたことのある戦争で改造魔物やアンデット、捨て身魔法等を眼にしております」
レムエルは眉を顰め、非人道的な研究に嫌悪感が出る。
「我が国でも対抗策を取っていましたが、ソニヤ様方の武力に頼っている面が強かったです」
ソニヤの顔を見れば難しい顔で頷いていた。
軍事国家である帝国だが、それは兵器に頼っている面が強い。
勿論武人も強い者がいるが、それでもソニヤ達に勝てる者はほぼいない。
兵器による身体能力上昇により対等に渡り合えるのだ。
それは人族至上主義の創神教の影響もあり、帝国でもその思想が強くなった。
バダックの様な力が強い巨人族・岩人族、カロンのような魔法が強い妖精族・エルフ族、地形に適応する人魚族・炎人族、素早く種族が多岐にわたる獣人族。
様々な種族を受け入れるチェルエム王国はその恩恵を強く授かり、対して帝国は排除こそしないものの捨て駒扱いし、年々数を減らし不満を溜めている。
ここ最近レムエルの下に種族の受け入れの嘆願書などが送られてくるほどだ。
「でも、今は各地に散っていないんだよね」
「ですが、精霊や新たな訓練で芽が出てきています」
「魔法に関しても先日見させていただきました。あれなら兵器に対抗できるでしょう」
ソニヤ達騎士とリアムズ達魔法使いが自分達の部下の様子を口にするが、レムエルは少し難しい顔になる。
「今までだったら、でしょ? でも、最後の戦争から少なくとも十年は経ってるんだよ? 現にその証拠が目の前にあるわけだし」
言いたいことは皆気づいていた。
一様に難しい顔になり、どうするべきなのか沈黙が流れる。
「とりあえず闇の一族? と対抗策の研究も行っていこう。じゃ、続きをお願い」
「は、はい。こほん、効果についてですが使用者の感情に導かれ、その感情――負の感情が強いほど指輪の効力は強くなると思われます」
あの時は確かに負の感情が強かっただろう。
何が負の感情かは個人差があるが、少なくともレムエルの存在、内乱、戴冠、極めつけにジュリア王妃の本当の息子か発言。
これらは負の感情になり得たはずだ。
「誰もが負の感情を抱きます。正の感情よりも抱きやすいですね」
「それも帝国なら罪人や奴隷に使わせても何も思わんだろう」
「ええ、その辺りは普通に行うでしょう。しかも罪人や奴隷は確実に不満を覚えているはずです」
「感情を持つなという方が難しいですな」
リアムズが言うことに該当するのは人形ぐらいだ。
「その感情が強いと力は強くなるでしょうが、身体を乗っ取り変貌させるでしょう。その辺りはアースワーズ様方が眼にした通りかと」
研究者の言葉に目が向くのはアースワーズとソニヤを除いた団長二人だ。
「確かにコヴィアノフという聖職者が使った【聖天の宝珠】も似た様な物だった。ただ、それほど禍々しさを感じず、耐え切れずに自壊したことを除けば同じだろう。これも自壊するのか知らんがな」
指輪の方は即座に封印したため最後がどういった末路になるのか分からない。
だが、あの光景を見てタダで済むとは思えない。
千切れたビュシュフスの指輪は既に腐り溶け無くなっている。
アースワーズ達が相手をしていたコヴィアノフだった化け物は、アースワーズ達が倒したのではなく、宝珠から流れる力に耐え切れず自壊した。
その結果力が暴走し、コヴィアノフは内から弾け飛び、宝珠も証拠隠滅とばかりに粉々となった。
「ただ、宝珠は自我を持ちます。力も跳ね上がり、痛みもなくなるのか腕を切り離されても堪えません」
「それどころか切った腕はスライムの様にぐちゃぐちゃと回復する。その度に精神が蝕まれていたのか変貌していった」
「戦って負けることはないだろうが、仮に大量生産、強者が使うとなると手に負えん」
コヴィアノフ一人に対し、アースワーズとハーマンとマイレス、この三人に加えシュヘーゼン達武闘派貴族と騎士達がいたのだ。
どう考えても今の国力で正面から戦うのは無理と言える。
「どちらも壊せば止まると思われます」
レムエルが指を切り離した後も放っておけば侵食はしたものの止まっていただろう。
ただ、その被害がどれほどのものになるか分からない。
結局壊すという選択肢が一番といえた。
「出来れば今回のように封印するという手立てが一番な気がするが……」
「難しいですな」
沈黙の後に紡がれたアースワーズの言葉をリアムズが否定した。
「精霊と対抗できる力が込められています。そう考えると通常の魔法で気軽に封印できるかと言われますと」
「無理がある、か」
再び沈黙が流れる。
そして、指輪をじっくりと観察していたレムエルが口元に手を当て小首を傾げる。
別に何かがおかしいとかではない。
ただそういった仕草をなっただけなのだろう。
流石のレムエルも解析などが出来る天才ではない為、突拍子もないことを口にすることはあっても研究者以上のことが分かるわけではない。
「別に封印じゃなくても阻害出来たり、妨害したりやりようはたくさんあるよ」
「なるほど。視野を広くってところですね」
ソニヤが同意し、研究者達は頭の片隅にメモをする。
以前まではメモを取るということはあまりしなかったが、水準向上と騎士達の大会があるように文官達の大会もある。
計算や言語等の試験制度や法やルールのテスト等で、それらの合格者や上位者には褒賞がある。
また、働きや勤務態度でも報奨が送られ、現在平民でも頑張れば認められるようになってきている。
半年経っていないため微々たるものだが、平民のロガンが使われるようになり傾向が増えたと言える。
「現段階で僕が言えるのは指輪も宝珠も強力な道具であること。多少の強化がされても封印や対処は出来ると僕も精霊も思うけど、あの時みたいに時間がかかってしまう」
「それに一度に一回しかできない。複数個所で使われれば厄介ということですな」
リアムズの言葉にレムエルは頷く。
「解析が一番先だけど、次に対抗策と防御策、ついでに感知できる道具を作り上げる。騎士や兵士達にも対処法のマニュアルと使用された時の戦法も。先に凶悪な指輪を考え、次に今のところは大丈夫と思える宝珠にしたいと思う」
知性がある分まだ大丈夫だと考えた。
無差別攻撃程厄介な物はないだろう。
「マイレス、お前が宝珠の対策と戦法を纏めろ。ハーマンと俺は騎士達に戦い方を教える。巨大な人間と戦うというのは経験したことないだろうからな、これは少し時間がかかりそうだ」
『はっ!』
アースワーズの任せろという視線に頷きを返す。
「黒凛も同様の訓練をした方が良いね。それと遠距離攻撃の手段を増やそう」
「陛下の言われる通り、巨大な相手には魔法か矢ですな」
「だが、あれはかなり硬かった。果たして普通の魔法や矢が通るか……」
「再生するごとに成長もしますからな。下手すると攻撃が通じなくなります」
筋力が上がるだけでなく、皮膚の変色に伴って硬度が上がり剣が通らなくなった。
それで苦戦していたようだ。
ただ人数差とコヴィアノフの力量と経験の低さで確実に倒せていたということだろう。
やはり巨大化した者もその攻撃方法というのが存在するのだろう。
出来れば弱いうちに一撃必殺、という手段が良い。
「思い付くのは内部への攻撃です。これは魔物でもよく対処が取られる戦法だったはずですが」
「傷口を攻撃するとかだろう? だが、肝心の傷を付けるのが難しい。口や目というのもあるが、場所が場所だけにこれも難しい」
「では練度を上げたり、こちらも硬度を上げるしかないということですか」
硬度・強度・速度を上げる、それだけで攻撃力が上がる。
そのぐらいは軍人ならほとんどの者が知っていることで、最近勉強させていることでもある。
「基本的に人体だから火には弱いだろうね。あとは雷とかは確実に通るはずだよ」
「それもまた人を選びますが、一番簡単な方法ではありますか」
雷魔法は風魔法の上級であり、容易に使える魔法ではない。
「まあ、最悪土魔法で落とし穴でも作ればいいのではないか? そこを水責めするとか。流石に息が出来なければ死ぬのでは?」
「ハーマン……!」
「な、なんだよ……」
ハーマンの尤もな意見に付き合いの長いマイレスが驚きの声を漏らす。
ジト目を向けられるが、ハーマン自身やられた戦法なので忘れようがなかった。
レムエルとソニヤは思わず笑ってしまうが、その方法なら確実とは言えずとも労力も使わず誰でも対処できると言えた。
魔法もその場に穴を強制的に作るのなら難しいが、周りの土を持ち上げ陥没、若しくは囲むならそこまで魔力は使わない。
あの時城壁に道を作った地魔法も周囲の土を使えば余力が残っていたかもしれない。
「ふはは、その方法が一番いいだろう。リアムズ、魔法使いに地魔法と水魔法を徹底的に使えるようにさせろ。方法に関してはレムエルと話し合うのが良かろう」
「陛下とですか?」
「分かっていると思うが、レムエルは突拍子が無い考えを口にするからな。それを聞きお前達なりに作戦を作り上げろ」
それを聞いたレムエルは評価に唇を尖らせる。
苦笑交じりの顔でソニヤが思わず頭を撫でてしまうが、レムエルは気にした様子もなく恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「兎に角! 最悪の状況を考えて動こう」
誤魔化すようなレムエルの大声に周りの者は苦笑を浮かべ、それでもついて行きたいと思える気持ちに微笑ましさが増す。
「最悪というと量産体制と強化だな」
「素材が素材のようですから全員が持っているとは思えません。これも試作品のようですし、強化はされていることでしょう」
「ないと決めるのもダメだ。帝国には過去の行いがあるからな」
「闇の一族への対処も考えねば」
指輪や宝珠の件はこれで終了し、やっと一件落着となる。
そして、新たに浮上した問題を片付けるために貴族会議でも話し合われ、友好国にも注意を促した。
ギルド定例会議でも報告され、国民への対処などが話し合われた。
大部分の国民があの姿を見ているわけで、混乱と恐怖を薄める為にもそういった噂を流さなければならない。
その結果はすぐに出るようになったが、帝国や創神教との折り合いが余計に悪くなるのは仕方がなかった。
抗議文も送られ、指輪を奪還するためか潜り込もうとする者達も後を絶たない。
そして、もうじき半年が経とうとするある日、緊急警告がチェルエム王国内に駆巡り、周辺国にも注意と封鎖が言い渡された。




