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平和を勝ち取った日常

「父上、体の具合はどうかな?」


 レムエルはレッラに起こされると身支度を整え、朝の日課である先王アブラムの容体を整えるために訪れていた。


 傍にはレッラや王族栄光騎士(ロイヤルグロリアガード)が付いている。


「ああ、すこぶる……とまではいかないが、ここ最近疲れが無い」


 アブラム先代国王はまるで若返ったかのように、若々しく張りのある声で、この前まで死にかけていた掠れた声の王だとは思えないほど生き生きとしていた。

 それでも既に齢六十に近く、肩の荷が半分ほど降りた今、疲れが現れ横になっている時間が多くなっていた。


「それでも無理はしちゃダメだよ。もっと一緒に居たいから」

「それは儂もだ」


 レムエルは傍によりアブラム先代国王の手を取る。

 アブラム先代国王も伝わって来る暖かい力――数少ない命や生命を司る精霊の息吹とも言える力を受け、心地良さに身体を癒されながら傍で笑みを浮かべているレムエルを愛おしく思う。


 愛したシィールビィーの息子、十数年も会えず過酷な運命を課せてしまった負い目や反動により、ここ最近特に可愛がっていた。


 他の子供を無視する等ということはなく、アースワーズ達は仕事や訓練で忙しく来れないが、メロディーネやジュリア王妃は時間に余裕がある為世間話をしに訪れることがある。


 まあ、よく話題に上がるのはレムエルのことで、つい先日見学した研究所のことを話していたという。


「あー、気持ちが良い。いつも済まないな」

「ううん、僕が好きでやってることだからね」


 レムエルの優しさにも癒される気持ちになるアブラム先代国王。

 ただ、負い目という物は消えることが無く、優しいレムエルだからこそ余計に負い目が強くなる。

 だからと言って命を絶つようなバカげたことをするほど落魄れていない。


「帝国とはやはり……」

「うん……。粛清貴族からいろんな情報が出て来るし、今までの確執もあるからね。今のところ王国は帝国の関所の警備を強めて、許可が無い者を出さないようにしてるよ」


 封鎖という手段を取っていたが、やはり反発という物がある。

 商人や冒険者は国とは関係ない者が多く、一時的な封鎖しかできないのだ。


 そこで許可証を発行し、国の面接を経て合格すれば貰える。

 許可証は偽装できない、のではなく、偽装は簡単でも同じものが一切存在しないようになっている。


 例えば日付による番号と持ち主の名前、有効期限付き、魔法を用いた照らし合わせ、関所に魔道具を付け反応するようにするなどできる。

 それに魔道具を作れば偽装かどうか判断することも出来、魔法というのはかなり便利なものだったりする。


 まあ、そのために魔道具に組み込む魔法の術式を考え付かなければならないが。


「恐らく帝国は少なくない未来攻めてくると思う」

「そうだろうな。レムエルは精霊という強大な力があるが、相手を甘く見てはならん。一人で出来ることは知れておるからな」

「分かってるよ。そうじゃないと今ここにいないと思うからね」


 仲間の存在というのを強くわかっているレムエル。

 力だけなら国トップと言っても過言ではないだろうが、心の拠り所、安らぎ、信頼等と考えれば一人では無理だと言わざるをえない。

 レムエルは今でも気弱で、出来れば皆仲良く平和に暮らしたいのだ。


「そのために抵抗できる力を付けてるわけだし、創神教をどうにか抑え付けたんだ」


 情報はアブラム先代国王にも届く様になっており、創神教という単語に眉を顰める。

 良い思い出が無いのだろう。


「結局創神教はあれから何もないのか?」

「うん、今の所オーヴィス大司教が頑張ってるよ。まだ国民の目を冷たいけど、彼がそこまで悪い人じゃないのは分かってくれた人が出て来てるみたいだしね。対応は次に何か起きれば排除も検討に入れ、王国側では激しい創神教離れが進むと思う、かな」


 その辺りは王国がとやかく言うことはなく、恐らくとしか言えなかった。

 少なくとも精霊教が主流になってきているため、王国が排除すればそれに倣う国が出てくると断言出来た。


 やはり例の宝珠の件が噂されているのだろう。


「気を付けなさい、それしか言えん。宗教はまた国とは違って厄介だ」


 アブラム先代国王は厳しい口調で注意し、レムエルはすぐに頷く。


「近々精霊教の教皇が来るみたいだから、その時に話し合ってみる」

「うむ、宗教のことは宗教に任せた方が良いだろう。連携して上手くやりなさい」


 その後も他愛無い話や友好国とのやり取りなどを話し、三十分ほどで整え終りレムエルは朝食を食べに行く。

 出来れば一緒の食事が出来ればいいのだが、アブラム先代国王は立ち上がれず、まだしっかりとしたものを口に出来ない為仕方がなかった。






 山のように出ていた朝食というより食事は少し多いぐらいに決められ、肉中心ではなく健康的で栄養価の高い物中心に移行していた。

 朝はヘルシーで、昼はあっさりめ、晩は重く、夜中にお腹が空けば軽く新作料理を摘まむといった感じだ。

 大概レムエルが美味しいといった物は広まる傾向があり、国民の間でも肉まんやデザートは安価で作れるよう改良され売り出されるようになり始めていた。

 その辺りはシュヘーゼンが噛んでいるのだろう。


 それとレムエルが一人で食べるのが嫌だと王命を使い、メロディーネやジュリア王妃は絶対に一緒に食べている。

 しかも和気藹々としており、最初の頃は戸惑っていたが楽しく、周りに数人の専属や従者を除けば誰かがいるわけでもない。

 二人もレムエルに似ている所があり、すぐに順応して偶にシュティー達も食べている。


「そう言えば、レムエルはまだ良い相手は見つからないの?」

「良い相手? 友達?」


 ジュリアの唐突の質問に、レムエルはすぐに理解が及ばず年相応……なのかギリギリな返答をした。

 それにレッラが苦笑し、メロディーネはピクリと眉を動かす。


 この場にソニヤがいたらレムエルに詰め寄っていたことだろう。


「いえいえ、良い相手っていうのは婚約者や恋人、平民は彼女とかというのかしら?」

「はい、彼氏彼女です」

「こ、恋人!? 彼女!? こ、ここ婚約者だなんて!」


 見るからに狼狽え、耳まで真っ赤にして俯くレムエルが国王だとは誰も思えないだろう。

 年齢を思えばすでに婚約者がいてもおかしくないが、現状王妃を据えるというのがどう転ぶか分からず、水面下でかなりの争いが起こっている。


 既にレムエルを操ることは無理だとわかっている貴族が多いが、代わりにその恩恵とレムエルの父という地位を得ようと躍起になっているのだ。

 それに対抗するのが反レムエル派や反対派だ。


「ぼ、僕にはまだ……子供なんて」


 一気に飛躍したが、最終的にはそうなる。

 まあ、今の段階で行為を行う筈もなく、歳を考えると成人していない相手というのが理想だ。


 それこそメロディーネぐらいが。

 まあ、血が繋がっているので無理だが。


「はぁ……私、どうして姉なのかしら……」

「ふふふ、初恋は実らないというわ。私も出来ればさせたいけど、流石にね」

「お母様、分かっています。でも……はぁ」


 メロディーネもそのぐらいの分別はある。

 ただ、割り切れないところというのがあるのだ。


 せめて出会いが暴漢から救う、でなければこうもならなかっただろう。


「でも、相手に関しては考えておいた方がいいわ。レムエルはシィールビィー様に似て綺麗だもの。余裕が出て来たらきっと大変なことになるわね」

「ほ、本当ですか!?」


 レムエルはジュリア王妃の言葉に顔が蒼くなる。

 今でも厳しい婚約騒動に嫌気が差しており、それがなお激化するとなるとそうなってもおかしくない。


 レムエルは枯れているわけではないが、そういったことは大人しく決めていきたいと思っていた。

 貴族や兄弟の争いを見たからこそ余計に思う所もあった。


「レムエルは好きな相手……この子良いなぁって思う子はいないのかしら?」


 初心な反応をするレムエルから聞き出すために言葉を言い換え、少しでもレムエルの好みを聞き出そうとする。

 それにはメロディーネも気になり身体を向ける。

 レッラは特に反応を示さないが、その目は姉離れをしていくような弟を見ている心境を物語っている。


「す、好きなタイプ?」

「そうよ。レムエルはまあ、パーティーもあまり出ていないでしょうし、貴族の娘と話すこともなかったでしょう。でも、平民の子供達と話したりしたはずよ? 冒険者の中にも女性はいたでしょうし、世界の半分は少なくとも女性なのよ?」


 案にどこにいても普通に生きている限り女性と関わっているのだという。


 地球では女性と関わらないというのもあり得る話だが、この世界では家に引き篭もったとして何をするのか、そして引き篭もって養ってくれるのか、その辺りに疑問を覚えてしまう。

 国に保険などという物もないのだから。


「そう言われても……優しかったり、楽しかったりしたらいいと思うし、一緒にいて飽きない、いや、ポカポカしたらいいと思う」


 レムエルは自分の胸の前に手を重ね、納得する言葉に言い直した。

 その表現が子供らしくて笑みが零れる面々。


 恋を知らないということが分かり、少し年より幼く思えてしまうのは仕方ないだろう。


「でも、頼もしかったり、時には怒ってくれたりしてもいいかな? 守られるってのとは違うけど、僕は王だからね」


 王だからこそ守られていなければならず、その配偶者だからこそ対等な立場としていてほしいのだろう。

 別にレムエルは戦場に立てと言うのではなく、日常や心の拠り所、帰る場所等を守ってほしいと言っているのだ。


「でも、結構難しいわね」


 ジュリア王妃の言う通り、少しではあるがチェルエム王国では女性の地位が上がったが、それはあくまでも関わっている貴族内でのこと。

 全体から見ると微々以下である。


 そんな中から、しかもレムエルという見るからに上の存在に意見し、支えるとなると生半可なものでは無理だろう。

 レムエル自身が普通にしてほしいといっても、世間一般目線からレムエルを見ると救世主や英雄なのだ。

 特に現在は王国の傾きが正され、貴族の不正も減り、帝国や創神教等の問題もあるが、それに代わる友好国との関係強化もある。


 国民からすると精霊を直で見たために、帝国と争ってもどうにかなると勇気を貰っていた。


「私が知っている中で該当するとなると……黒凛のソニヤぐらい?」

「姉さん? あ、今の無し」

『ぷっ』


 長閑で気を張る必要のない朝食の場で、ついいつもの調子で言ってしまったレムエル。

 一瞬沈黙が流れたが、レムエルの頬が少し赤くなり眼を逸らすと笑い声が響いた。


 普通の貴族なら怒るなりするかもしれないが、事情を知っていれば分からなくもない。


「そっかー、レムエルにはソニヤちゃんがいたのね。確かにメロディーネの言う通り、優しく、楽しく、頼もしく、レムエルが王だとしても怒ってくれるわね」

「一緒に怒られた仲です、お母様」


 恐らくメロディーネは創神教から帰宅後、抜け出して(はぐれて)怒られた時のことを思い出しているのだろう。

 それなりの危機と冒険だっただろうが、メロディーネからするといろんな意味で初めての経験であり、今ではいい思い出なのだろう。


 だからこそ、レムエルの配偶者は自分が納得した人物でなければならなかった。


「ソ、ソニヤ? ソニヤは……う~ん……わかんない」


 レムエルはいろんなことを思い出す。

 ソニヤとは一緒に過ごし、時に精霊や考えで驚かれ、時に結果や行動で怒られ、時に魔物や敵から護られ、時に姉として頼もしく、時に悪戯が過ぎるのか風呂にも入った。


 ソニヤのスレンダーな身体を思い出したのか少し顔が赤くなるが、そんなことレッラにしかわからないことだ。


「そう言えばレッラちゃんもレムエルと一緒に過ごしたのよね?」

「はい、生まれた時からお世話をさせていただきました」


 レッラは聞かれたことに応える。


「そう。なら、ソニヤちゃんはどうなの? 先日伯爵位を授かったわけだし、騎士団長の肩書があれば尚更配偶者としてはいいわよね」


 女性初というのがまた問題ではある。

 分かり易いので言うと、女性を卑下する者達から地位や権力の為に王妃となった、と言われることだろう。


 まあ、ソニヤのことだから暗殺者ぐらい撃退するだろうし、黒凛団長と言うのがまた厄介な話で、ソニヤは一部の貴族からそれなりに人気だ。


「私が知る限りは嫌いではないでしょう。流石に私が言うわけにもいきませんので、申し訳ありません」

「それは分かっているから安心しなさい」


 ジュリア王妃も無理やりソニヤの気持ちを知ろうとは言わない。

 特にレムエルが目の前にいるのだ。


「レッラはレムエルのことをどう思っているの? ソニヤと一緒なのよね?」


 メロディーネはいろいろと考えて唸っているレムエルから目を離し訊ねた。


「私は特にありません。少々不敬になりますが、育て上げた親心と申しますか、愛情や親愛のような気持ちはあります。通常この歳までお世話をさせていただくことはありませんので。それに私は平民ですから」


 レムエルの生い立ちは特殊だ。

 レッラのような気持ちになるのはおかしい事ではなく、他の専属メイドや王族栄光騎士(ロイヤルグロリアガード)も深く頷いていた。

 王族らしくない良い王族だからこそだろう。


「僕としてはソニヤもレラもす、好きだと思うよ。でも、結婚となると……わかんないかな」


 レムエルの考え方が平民に近い為、十二、もうすぐで十三だが、その歳で結婚と言われてもピンとこないのだろう。


 場合によるが王族なら産まれた時から婚約者がいてもおかしくなく、貴族なら五歳程度、最低でも十歳となり、平民は婚約者がいる方が珍しく、結婚するにしても成人してからだ。


 手に職を持ってから、一人前になってからという感じだ。


「まあ、レムエルったら。赤くなっちゃって可愛いわ」

「あー、お母様ばっかりずるいわ! 私もレムエルを撫でる!」

「ちょ、まっ、ジュリア様! 姉上!」


 両端から手を伸ばされ頭をくしゃくしゃに撫でられるが、レムエルの顔は笑みが浮かんでいた。






 朝食を食べ終えたレムエル達はそれぞれの仕事へと向かう。

 レムエルは先日の件の話し合いや貴族とのやり取り等を行いにロガンのいる執務室へ行った。


 残ったジュリア王妃とメロディーネはというと、少し時間に余裕があることを確認し、レムエルの婚約者について話し合う。


「レムエルのあの反応……国情から考えてもソニヤちゃんは良いと思うわ」

「でも、周りが何と言うか……」


 ソニヤは大丈夫だろうが、ソニヤを陥れた場合レムエルがどう動くか未知数だった。


 ジュリアとメロディーネは戴冠の儀でシィールビィーを馬鹿にされ激昂したレムエルを思い出していた。

 そこまで怒りに任せて、というものではなかったが、言葉と行動では全く違うだろう。


「中には精霊の力を求めようとする馬鹿な貴族もいるわ。確かにほしい力であるのは間違いないけど」

「はい、レムエルが精霊を使役……じゃなかった、友達で良かったと思います」


 そこは皆安心するところだった。

 平民が力を持てば保護を名目に首輪を繋ぐ、最悪奴隷や殺害もあり得た。

 まあ、そうした場合国が滅んでいた可能性が高いが。


 それに精霊使いが傲慢になるとも考えられる。


「王だからこそ精霊が象徴となり、『竜眼』も秘めているから大丈夫なのよ」


 どれも運が良かったとしか言えない。

 一つでも欠ければ未だに争っていた可能性が高いのだ。


「そんな話より、ソニヤちゃんのことよ。やっぱり一度話してみるしかないかしら」

「お母様はソニヤで良いと思っているのですか?」


 メロディーネ自身自ら挙げた人物で、ソニヤとレムエルの様子を間近で見たことがある為それが良いだろうと思っているのだろう。


「私は、そうねぇ……レムエルがそれでいいと思うのならいいと思うわよ。ソニヤちゃんは変わってないみたいだしね」


 ジュリア王妃はソニヤ達が隠れる前に面識がある。

 特に女性騎士として何かと護衛などで一緒になることもあっただろう。


 こういったところで女性騎士が必要になる場合がある。

 よって女性の騎士というのは王妃や王女からすると有難い存在であった。

 そして、そこに気が付かないのが男であり、気付けるアブラム先代国王やレムエルはモテるタイプだろう。


「私達だけで話し合っていても無駄ね」

「というと……」

「「ソニヤ(ちゃん)を呼んで話しましょう!」」


 悪巧みするように同じ顔で計画を練る二人。

 その背後で表情を一切変えず立っているメイド達は頭の中にその計画を記していき、情報収集からソニヤへの根回しなどを考えるのだった。






 それから二週間ほどが経ち、ソニヤは新人募集の話で聞きたいことがあるという名目で呼び出されることになる。

 少し疑問を覚えるものの護るべき存在が女性が主になる為、ジュリア王妃やメロディーネの要望があると言われてもおかしくない。


 そして、呼ばれて早々にレムエルと結婚がどうのという話になり、ソニヤが眼に見えて狼狽え顔を赤くすることになるのだが、それはまた未来の話。


 レッラもああ言ったもののレムエルと結婚できるのなら嬉しいに決まっている。

 ただ、どちらかというと傍で世話をしたいという気持ちが強く、ソニヤが結婚するとしたらそれはそれで村にいた時と同じようで心が満たされる様だった。


 結局のところソニヤとレムエルの気持ちと周りだけが問題といえた。


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