表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/76

フラング国との会食

 第二王妃ジュリアはチェルエム王国と友好のある、花と歌の国フラング国から嫁いできた王女だ。


 チェルエム王国より気候が緩やかで四季のある自然豊かな小さい国だ。

 一年中何かしらの花々が咲き誇り、吟遊詩人の産地、世界に存在する歌のほとんどがこの国で生まれ集まっている。


 先のチェルエム王国の件でどうするべきか悩んでいたが、瞬く間に王国は解放軍が国を抑え、友好国や属国が手を貸すか考えあぐねている間に全てが終わってしまった。

 そもそもレムエル達の間では他国の手を借りる話しすら出なかった。

 まあ、身から出た錆は、自分達で処理するしかなかっただろう。

 大国なら尚更だ。



 フラング国の建国当時今よりも戦乱の色が濃く、いくつもの集団が争っていた。

 その中でフラング国はチェルエム王国の支援を受け樹立した国で、チェルエム王国同様に豊かな土地を治め、その地の恩恵を納める代わりに帝国や他国からの侵攻を抑えてもらっている。


 帝国に賛同する国は大陸中央にあるチェルエム王国と帝国を二分した南部に多く、北部はチェルエム王国や強力な魔物が住む荒野のおかげで侵攻を防げている。

 少し前まではチェルエム王国が腐敗し危機に陥りかけていたが、現在はレムエルが王になったことで安心と安堵が広がっている。


 王国が帝国に飲み込まれでもしたら、北部はひとたまりもなく蹂躙される未来が見えているからだ。


 先も言った内乱に手を貸せなかったことも含めて、レムエルが王になってからその人柄や方針を確かめるために重鎮や王族がチェルエム王国へ足を運び、軽い談笑をしながら関係を改めることになったのだ。




 そして、今日の昼はフラング王国の使者と会食することになっている。

 使者の名はムスタフといい、ジュリア王妃の父親で、アブラムよりも年を取っているが元武人で魔力も多く、かなり元気なご老人だ。

 ジュリアの父ということでチェルエム王国とも繋がりが濃く、義息子となるアブラムともそれなりに付き合いのある関係でもある。

 また、その付き人である文官や今回の件でレムエルが呼んだ人材が集まっていた。


「初めまして、僕が第六十四代チェルエム王国国王レムエル・クィエル・チェルエムです。今日はこちらの願いも叶えて頂いた上で、来てくれてありがとう」


 ムスタフと顔を突き合わせる形で、レムエルはにっこりと微笑み片手を差し出す。


「これは初めまして。私はムスタフ・マードックと申します。ジュリアの父で、血は繋がっておりませんが陛下の祖父となりますかな。こちらこそお会いできて嬉しく思います」


 歳を取りシワシワとなっている手だが、元武人らしいガッチリとした手だ。

 ジュリア王妃と同じ赤に近いオレンジ色の髪だが、今は白髪が多く薄くなっている。


「早速ですが、既に食事の準備をしてあります。まずはダイニングへお越しください」


 レムエル側には専属メイドであるレッラを中心に宰相のロガン、新たに設立された王族栄光騎士(ロイヤルグロリアガード)がいる。


 この騎士は王族が直接勧誘することの出来る騎士達のことを言い、どこに行く時も常に付き従う専属護衛のことだ。

 人数は大体十人程度の勧誘自体も勧誘だけで相手に受諾の権利があり、受諾をしてもロガン達からの許可が無ければ護衛に付けない存在だ。

 作られた経緯は今回の様な事態が起きた時に王族を守る騎士が必要と考えられ、これから帝国と正面からやり合うとなると王族を守る者が必ず必要となったからだ。


 基本的に元居た騎士団で行動し、どこかに出かける時等以外は交替で控えている。


 レムエルの騎士はソニヤ、と言いたいところだが、ソニヤには元の名になった黒凛女騎士団の団長を任せ、レッラは騎士ではなくメイドで、シム、ハス、バルの三人を雇用している。

 その三人は名も無き村にいた騎士三人で、この一カ月の間にシィールビィーの遺骨と共に帰還していた。

 そのまま王族栄光騎士(ロイヤルグロリアガード)に結婚祝いも兼て就任させ、配偶者のメイドもレムエルの下で専属メイドをしている。


 彼等ならレムエルを害するわけがないと信じられるからだ。





「そう言えば、陛下は何やら良い匂いをされていますな。甘く気持ちの落ち着くこの匂いは花ですかな?」


 隣を歩くレムエルから発せられる匂いに気付いたムスタフは、鼻を少しひくつかせながら訊ねる。

 その傍で少し気になっていたエルフ族の女性も同様に匂いを嗅ぎ、何度か記憶を確かめるように頷いた。


「……これはラベンダーとローズマリーでしょうか?」

「おお、正解だよ!」


 レムエルはその呟きを聞き取り、匂いが一番ついている首辺りの髪を一度ファサッと動かし、辺りにハーブとリフレッシュする爽やかな匂いを漂わせた。


「君が僕が頼んだ花に詳しい人でいいの?」

「え、あ、はい! フラング国で主に花の世話をさせていただいています。ファムリア・パロムと申します」


 花の匂いを振り撒いた可愛らしいレムエルに直視され、女性エルフは少しもたつく。


「ファムリアね。で、この匂いはラベンダーとローズマリーから取ったエキスから作られた香り付けの液体を霧状にして吹き付けた物なんだ。名前は普通に香水だね」

「香水……」


 ダイニングまでまだ距離があるということで、レムエルは興味の出ているムスタフ達にも含めて説明する。


「花やハーブ、草や木にはいろんな匂いや効能がある。ラベンダーには鎮静・安定作用が、ローズマリーには集中力強化や抗菌作用とかね。まあ、香水はその目的以外にもいろいろとあるよ」

「匂いの誤魔化しや相手を惹き付け、単に匂いを楽しむなどですな」

「うん、ムスタフの言う通りだよ」


 レムエルは人懐っこい笑みを浮かべ、ムスタフはそれに好々爺しい笑みで頷いた。


「この香水を作っていきたいんだけど、チェルエム王国は今それどころじゃないし、花に関してそこまで詳しいわけじゃない。豊かだけど花の種類も多いわけじゃないからね」

「それはそうですな。我が国は花と歌だけは世界一だと自負を持っておりますぞ」


 レムエルの言いたいことが分かって来たムスタフ達は、レムエルにつられて笑みを深くしていく。


「陛下、続きは後程。ムスタフ様方も先に食事をされてからゆっくりとお話しください。料理の方も創意工夫を加えた珍しい物を選びました。それと一つ余興も考えておりますゆえ、どうぞお楽しみください」


 タイミング良く笑みを浮かべたロガンにそう促され、レムエル達はダイニングルームへと入った。






 レムエル達が入ると準備をしていたメイド達が両脇に並び、一斉に頭を下げて来る。


『お待ちしておりました』

「待たせたね。後は頼んだよ」

『お任せください、陛下』


 メイド達の揃った声に満足して頷くレムエル。

 その傍ではムスタフが眉を少し上げて頷き、話しに聞いていたよりかなりの人望があり、今までと違い慕われているのだと理解した。


 レッラにレムエルは促され、ムスタフ達も決められた席に着く。

 長方形のテーブルではなく、さほど席順にも困らない、皆の顔を見て食事の出来る円卓だ。

 人数が少ない為こちらの方が良いだろうと考えた。


 テーブルの中央に花が生けられ、前菜として置かれている料理も鮮やかだ。

 しかもその料理は珍しく、今まで飲み物や香辛料としてでしか使われたことの無い物がふんだんに使われていた。


「陛下、これは……本物の花、でしょうか?」


 ムスタフは物珍しそうに料理に使われている鮮やかな花に目を剥く。

 周りの者も同様に目をパチクリさせ、食べられるのかと首を傾げる。


 今まで食べてきた花はハーブが多く、次に匂いの濃い花の蜜や花弁を使う香辛料、薔薇等の匂いや効能のある風呂などだ。

 例えば目の前にあるサラダにはレタス等の葉野菜を中心に玉葱の薄切りが添えられ、酸味のあるドレッシングが掛けられ、その上に色鮮やかな食用花エディブルフラワーがあった。

 この世界では農薬等使わず栽培するため、基本的に食べられる花は食すことが出来る芸術作品だといえるほどの物となっている。


「そう、これは全部花だよ。まだ、見つけたばかりだからそんなにないけど、綺麗な物でしょ?」

「ええ、まあ。ですが、これは食せるのですかな?」


 花を食べるかどうかは宗教等とは別の問題で、食べられるか否かが一番の問題だった。


「食べられるよ。僕と花とか植物の精霊と話し合って、食べることに適したものを選んだからね。今目の前にあるのは味も香りも淡白な花だね」

「確かにハーブも花ですし、花も野菜も元を立たせば同じ植物ですから食べられないこともないですよね」


 ファムリアが珍しそうに綺麗な花を眺め、斬新なアイデアに感心した。


「先に言っておくけど、この花は何度か食べてるから大丈夫。でも、中には毒性のある花もあるから気を付けないといけない。それは調薬や採取でも同じでしょ?」


 その辺りは危険な孤独の森に住んでいたレムエルはとても強くわかっていた。

 一度ポイズンベリーを食して倒れているのだから身に染みて分かっているはずだ。


「それもそうですな。この花を食すというのは、他にどのようなことがあるのでしょう? この華やかさだけでも貴族の料理として十分、いや、それ以上に通用します」


 先も述べていたように自国の花と歌に対する思いが強いのだろう。

 フラング国は武人であろうと花や歌を嗜み、社交界では花や歌がいつも流行しているそうだ。

 髪飾りやドレス、プレゼントの花や庭園、どれも花が一番重く見られ、花のことを良く知っているから結婚できた、という人もいるくらいだ。


 レムエルはそれらの情報を仕入れ、何かお互いにメリットになることを考え、それを懸け橋に綻びが出掛けていたお互いの関係を修復・強化しようとしたわけだ。


「ムスタフ様。推測ですが、この花にもハーブ等と同じく様々な効能があるのでしょう。ハーブや先ほどの香水と同じく匂いの効果、ハーブティーとも同じ効果もあるのではないでしょうか?」


 ファムリアはほぼ確信しているかのように口にし、ムスタフから笑みを浮かべているレムエルに移す。

 レムエルはその視線を受けて満足そうに頷き、レッラに次の準備をさせる。


「またしても正解だよ。花はね、思った以上に栄養豊富なんだ。野菜は緑が基準で苦味が多いけど、他にも品種を改良して甘味のある花を作れば、子供達でも食べることが出来る。それは子供達の栄養改善に繋がり、一緒に野菜を混ぜておけば苦手の克服にもなる。総じて花屋とか花を育てる人の儲けにもなる」


 そこまでは考えが至らなかったのか、ムスタフ達は感心したように改めて料理を見る。


「現在我が国ではこれらに関する庭園を造り、食用の花を育てています。この料理に使われた物は陛下が精霊と共に作った物となります。花独特の香りと味を楽しむことが出来るでしょう」


 ロガンが最後のそう締め括り、食事が開始された。




 まずはレムエル同様に花のみを口にし、ムスタフ達は今までに味わったことのない天上の様な味わいに舌鼓を打つ。

 花を食べるという行為や花自体に好き嫌いが出るだろうが、それは他の食材でも同じだ。

 幸いこの中にそのような人物はおらず、レムエルは密かに胸を撫で下ろす。


 また、ムスタフ達がどう思っているか知らないが、花をフラング国に例え、レムエルがそれを食すことで、チェルエム王国がフラング国を飲み込む、支配すると思われても不思議ではなかった。

 その辺りはレムエルだからこそ大丈夫だっただろう。


「レムエル様、準備が整いました。何時でも良いとのことです」

「わかったよ。レラもここで聞いててね」

「ふふふ、仕方ありませんね」


 困った弟を見る様にころころとレッラは笑い、先ほどまでレッラも居た袖にいる者達に目配せした。


 ハーブと果物で柔らかくした厚めのステーキを食べ終えたレムエルはナイフとフォークを置き、皆が気が付いた後に口を開く。


「食事中だけど、準備も整ったみたいで、今から余興を行おうと思う」

「先ほどロガン殿が言っておられた物ですな」


 隣でロガンが頷き、レムエルも頷く。

 レムエルが説明するのは、この余興も後程関係してくるからで、単にレムエルが発案したので一番理解しているというのもある。

 まあ、レムエルはまだ十二歳だから、相手にレムエルがどれだけできるというのを示さなければならない。

 大国だからこその王の務めというものだ。


「余興というのは音楽だよ」

「音楽ですと? っと、申し遅れました。私はフラング国で伯爵の地位を承り、僭越ながら国より『歌の貴公子』という名を頂くリングリット・カーベルニコフと申します。私としましては趣味が転じて、なのですが、歌に関してはフラング国一だと自負しております」


 胸に手を当てすっと頭を下げる、声も透き通る美声の若い男性だ。

 キラキラと光る青みがかった水色の髪はレムエルのように美しく、身体も鍛えているのか見る者を魅了するのが服の上からでもわかる。

 レムエルと違う点はその存在感の強さなどもあるが、やはり一緒にいてもレムエルの方に目が行き集まる。


「リングリットね。初めまして、レムエルです。貴方が僕が頼んだ歌に詳しい人でいいのかな?」

「はい。作詞・作曲だけでなく、様々な楽器やダンス、ファムリア殿には負けますが、花言葉等音楽関連のこともほとんど分かります。即興でレムエル陛下の音楽を作れと言われれば御作り出来ます」

「時間があったら頼むよ」


 レムエルはいらないと思ったが、流石にそれはダメなのでやんわりと遠慮する。

 リングリットもそれを普通に受け入れてくれた人はほぼ皆無なので、傷付くことはない。

 ただ、彼もレムエルの姿に感銘というか、心を打たれているので残念に思い、その心を見透かされムスタフが呆れ顔だ。


「して、陛下、音楽というのもまた何かあるのですな?」


 ムスタフは一度息を吐いた後、きっと何かあるのだろうと楽しそうな笑みを浮かべて言った。

 レムエルのことは事前に調査をし、この短時間である程度掴んだのだろう。

 そうでなければ一番繋がりがあってもこの場に武人である彼が来るわけがない。文官としても相手を見定め収めることのできる人材だと思える。


「ムスタフの言う通りだよ」


 レムエルがそう答えると同時に袖から楽器を持った人物と、少し派手だが綺麗な服を纏った女性が入って来た。

 準備をしている間にレムエルは説明をする。


「今からしてもらうのは僕が考案した音楽の魔法になるのかな」

「音楽の魔法ですか? それは……音楽ではなく?」

「うん、魔法だね。いや、音楽でもあるんだけど……詳しいことは省くけど、僕は精霊教の教会で賛美歌という音楽を作ったんだ。その音楽はどうやら心に浸透するみたいで、心労やストレスとか心の疲れを癒してくれる効果があるみたいだった」

「確かに音楽や歌にはそのテンポ等で変わります。それはダンスなどで傾向がよくわかります」


 リングリットの言う通り、社交で流れる音楽がゆっくりなら優雅に踊り、早く情熱的なら力強く派手に素早く踊る。


「そう、音楽も聞いて楽しむだけでなく、さっきの花と一緒で心や体に作用するんだ。花や木に音楽を聴かせれば成長促進、お腹の中にいる胎児は後々の教育等に、動物は気性が大人しくなり、牛等はミルクの出が良くなるとかね」

「そうなのですか? 七十年以上生きましたが、聞いたことありません」


 それもそうだろう。

 ムスタフが仮に長寿だったとしてもそれは無理な話だ。

 レムエルがいなければ後数百年は知られないことで、もしかすると発展しないかもしれない。


「でも、したことないでしょ?」

「まあ、それはそうですが……」

「それに関しても今実験中で、王宮が抱える牛に音楽を聞かせている最中なんだ。――ロガン、結果はどうだったか訊いてる?」


 一カ月でそこまで劇的な効果が出るとはレムエルも思っていない。

 というより、まだ試験的に初めて牛に音楽を聞かせる手はずも整ったばかりだという。

 効果が出るのはあと数か月はかかるだろう。


「まだ分かりません。ですが、牛は興味があるようで近づいてくるそうです。それだけでも効果があるのではないでしょうか」

「牛はストレスを溜め易く、すぐにミルクの出が悪くなると聞く。そう考えると安らぎのある音楽というのが効果があるのかもしれませんな」


 レムエルもそう言われて納得する。

 しっかりとした理由があって行っているのではなく、こういったことがあるという漠然としたことしかない。

 だから、その理由らしい理由が出て納得する。


「植物も音楽ですか……。確かに音楽をするところには花が咲きやすく、植物が多いですね。まあ、そこまで考えたことが無いので申し訳ないですが」


 リングリットは眉を細めて謝るが、レムエルはそこまでは期待していなかった。

 その辺りはこれから調べていくのだから。


「で、今回の音楽は魔法なんだ。音楽自体に効果があるのは音楽が魔力を伝わって身体に影響しているんじゃないかって考えたんだ。精霊教にあった楽器は魔道具だったからね。そう考えてもおかしくないと思うんだ」


 音楽自体にそういった効果が無いとはまだ言わないが、魔力が通っているからこそ空気中の魔力を伝い、保有する体内の魔力に影響するのではないかと考えた。

 あの時は精霊の力も加わり、無意識の間にレムエルの『竜眼』も浮かび上がり、よりその影響が出ていたのだと思える。


「だから、今回準備した音楽はその賛美歌で、楽器には魔石を組み込んだ専用の楽器。そして、歌う人には魔力コントロールが上手い人を選んで、純粋な魔力を歌に込めながら歌ってもらう」

「だから魔法なのですか。効果は分かっておられるのですか?」

「まだはっきりとはしないけど、確かに効果があるよ。僕は楽器は弾けても歌とかよくわからないから、既に効果がありそうなこの曲しかできなかったんだ。他の音楽は使えるか分からないし、今回出来たのもそれほど大きな効果があるわけではないんだ」


 これがのちに歌魔法となり、調和魔法と共鳴魔法が確立する。


 今のところ歌と魔法(魔力)をくっ付けただけだが、それでも歌や歌詞に込められた思いや力を魔石や魔力が増幅させ、歌声や音色が魔力を魔法に変える。

 そうすることで将来あらゆる効果を持つ新魔法となり、チェルエム王国とフラング国発祥の有名魔法となる。


「と、準備が整ったみたいだね。実際に聞いて確かめてみてよ」


 歌い手の女性が準備が整ったと一礼し、レムエルは改めて皆に手を広げながら拝聴を願った。

 ムスタフ達は心を躍らせながら了承の頷きを返し、椅子を引いて聞きやすい態度を取る。


 皆食器を静かに起き静寂が訪れ、女性がレムエルに頷きを返すと、背後の演奏者達に目配せをし演奏が始まった。


 あの時より更に洗練され、数種類ある楽器の音色が綺麗に揃っている。

 ゆっくり前奏が流れ、先ほどまで盛り上がっていた場が落ち着きのある清浄なものへと変わった。

 そして、女性が臍辺りに両手を重ねておき、目を瞑って大きく息を吸い込み、微量の魔力を歌に乗せるという初めての試みが始められた。


『素晴らしきこの世界……ああ、何と美しきものだろうか――』


 歌詞は精霊教の者達が考えた物を採用し、世界と精霊に対する恩恵や恵み、それを享受し生きて行く有難さ等を謳う歌詞となっている。

 言語は幾つもある中から精霊教の経典に示される精霊言語を使っているが、その言語が使えるからと言って精霊がどうと言うことはない。

 知られていないが、その言語は世界が氷に閉ざされる前の言語だ。

 古代言語と呼んでも良い代物だ。

 賛美歌に丁度いいだろう。


「ほほう、これが噂の賛美歌ですか……大変、美しい曲ですな」


 ムスタフは目を閉じ、零すようにそう呟く。


「はい、ムスタフ様の言う通りです。このような曲はあまりありません。それにこのどこか心を癒し、日々の溜まった穢れや汚れを取り除いてくれる、この不思議な力は何とも言えません」


 リングリットが少し興奮しながらも落ち着き、蕩ける様な声で甘美に震える。


「歌詞の内容も好きです。我が国でも精霊教が主だっていますから、この歌は流行ると思います。それにリングリット様と同じく癒されます」


 ファムリアも目を閉じてうっとりとしている。


 レムエルは三人の様子を見て満足そうに頷き、自分も辺りにいる精霊達とこの曲に身体を一体化させるように聞き入れる。


 今回は精霊の力を使っていないが、やはりレムエルの存在があることでこの近くには多くの精霊が集まり、この曲自体も精霊は気に入っているため、音が空気を伝わって届く様に、魔力等が精霊を伝わってこの辺りにいる者へと伝わる。

 精霊の多さによって相乗効果が生まれているということだ。


『――幾千、幾万の月日が経とうとも、私達は共にある。……精霊の導きも、自然の優しさも、世界の移り変わりも、命の尊さも、全て変わることのない太陽の母なる輝きと同じもの。生きる者全てが幸せを享受し、それに感謝して生きるだろう』


 最後の歌詞が紡ぎ終わり、後奏が流れる。

 レムエル達は目を開け、先ほどとは違った清い眼で演奏をしてくれた者達を見る。

 それほどまでにこの曲と魔法は効果があったということだ。


 そして、演奏も終わり、歌い手達の一礼によって聞き惚れていた召使達も含めて全員が感動の拍手を自然と行い、この気持ちを抱かせてくれた彼女達に感謝を伝えた。


「とても良い演奏だったよ。まだ、これからだけど、もっともっと良い物へとしていこう。今日は本当にありがとうね」

「いえ、これも全てご考案されたレムエル陛下のおかげです。より一層良い物が出来るよう努めていきたいと思います」


 レムエルの心からの感想に歌い手の彼女は恐縮しながら返し、ムスタフ達からも良い物が聞けたと温かい感想を貰う。


「じゃあ、最後に花を使ったデザートを食べよう。今回のことはその後に話したいと思うけどいいかな?」


 レムエルの言葉に頷くとドーナツ型のケーキが運ばれ、その美しさに誰もが眼を奪われる。


「透明で柔らかそうで、宝石の様なデザートですな」


 表面はやや黄色がかった透明なぷるっとした固形物に覆われ、その中に保存されたかのように開花した花が見える。その下にはスポンジではない、酸味のあるレモン果汁入りのクリームチーズのムース風に出来ている。


 この世界ではゼリーという物が無く、似た様な物がスライムから採取されるものの食用ではない。

 花も宝石のように輝き、単にゼリーの中に入れただけではないようだ。

 下のムースもこの世界では初めてだろう。


「私の花に対する世界が広がった気がします。見て楽しむだけでないのですね。見て、香って、味わって、楽しむものなのですね」


 ファムリアはよりその思いが強くなったという。

 今まで紅茶やクッキー等にしか使わず、使ってもハーブと認定された物だけだった。

 その使う幅と花に対する知識の世界が広がったのだろう。


「ああ、この輝き。先ほどの歌もこの世のものとは思えない神々しさを感じました。今日は招いていただき感謝します」


 リングリットのいたっては涙しそうに深々とレムエルに頭を下げる。




 デザートにも舌鼓を打ち、健康で老齢さをそれほど感じないムスタフだが、歳波による体の変調を変えることは出来ない。

 だからこそ、今回の食事を全て食べきることが出来たのは彼自身驚き、同時にその辺りまで考えてくれたのだろうと嬉しく思った。


 ステーキが分厚くも柔らかくあっさりとし、甘さも控えられたデザート、花を食べるのは新鮮だったが栄養価がかなり高く、極めつけに歌によって体の疲れが無くなった。


 機嫌が良くならないわけがなかった。


「さて、食事も終わった所で、今回の結論を言うよ。こほん、僕はフラング国と共に花の研究と歌魔法等の研究をしたいと思っている。そのために研究所を作り、同時にお互いの関係強化に繋げたい。悲しくもここ数十年、王国はダメだったからね。帝国に負けない為にもよろしくお願いしたいんだけど……」


 レムエルはムスタフの方へ歩み寄り、少し不安そうに下から見上げる。

 身長差があるのだ。


 ムスタフは一歩身を引き、レムエルの目線まで身体を低くした後、優しく微笑みその手を握った。


「こちらこそよろしくお願いしたい。その件に我がフラング国も携わらせていただきたく思います」


 ムスタフはフラング国に態々こういった形で協力を願い出てくれたことに気付いていた。

 チェルエム王国ならやろうと思えばできるとわかっているからだ。

 それでも自分達に義理を通すように対等な立場で話し合い、関係の強化と発展のために手を取り合うことを願ってくれた。


 相手が小国であろうともそれを見下さない大国の王にムスタフ達は好感を覚え、これからチェルエム王国と携わっていけることに喜びを感じた。


「では、詳しいことは私の方で話し合いましょう」

「うん、頼んだよロガン。お互いが利益を持つことと、技術は漏洩するだろうけどその対策もね」

「分かっておりますとも」


 こうしてフラング国とチェルエム王国は元の関係以上の関係を築くことになった。

 周辺国にもこの話は広がり、次にレムエルの目が留まるのは自分達の国だと友好国の中で争いが起きようとするほどになる。

私は歌を作ったことが無いので、歌詞がおかしかったら教えてください。

歌には出来てないと思いますが。

それとエディブルフラワーなどの知識もあやふやで、何かおかしな点は教えてください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ