閑話 医療と情報の国
閑話はこれで終わりです。
次は傾いていた王国を立て直し、帝国や創神教とのやり取り、他国や精霊教とのやり取りを行っていきます。
半分ほど書いたので、早ければ一カ月、遅ければ……分からないので言いません。
最近寒くて億劫なんです。
チェルエム王国から東――帝国と反対側――へ進み、大陸を分断するかのように流れる大河を渡り、更に長閑な地域を進んでいくと植物が生い茂る穏やかで清い空気が漂う国に着く。
その国が医療と情報の国メディフォム公国だ。
メディフォム公国の特徴は情報と医療にあり、その面に関してはマギノア魔法大国と引けを取らないレベル。
ただ、独立した国ではなく、各地の支援を受け成り立っている国だ。
王も公王と呼ばれるが、王ではなく地位的には大公や公爵であり、他国とは対等であるものの強くは出ることはない。
ただ、情報や医療の最先端を行くため、独立した一つの国と考えても良く、ここ最近は逆に支援を行っている国でもある。
情報は他国のことまでは難しいが、それでも商人や冒険者等の情報を糧とする者達への情報を多く集め、真偽を確かめたものや憶測や考察等どこから仕入れたのか分からないような情報で多く集まり公開されている。
商人には物流や物価、冒険者には魔物の目撃情報や依頼板、国民には速報や面白情報や事件等、また天気やニュースなどの情報も発信している。
そのためこの国では著しく治安が良く、犯罪をするとすぐに特定され、至る所に試験的に付けられた監視カメラの様な物で写真を取られてしまう。
その魔道具は遺跡から出土した保存の魔道具を解析したもので、元は動画や音声等様々な物が撮れるようだが、今の技術では画質の荒いモノクロの写真が関の山だという。
写すにも時間がかかり、速やかに対処しなければ犯罪も成立してしまう。
基本的に通信魔道具と魔導掲示板等を使用して情報を一般公開し、二食分ほどのお金を払えば小さな新聞を買うこともできる。
医療に関しては回復魔法が多岐に渡って広まり、医療の免許と呼ばれるものが存在する。
医療というが別に身体に刃物を入れて手術するというわけではない。
免許は3級、2級、1級、特級の四つがあり、その等級によって能力が異なる。冒険者のランクなどと同じものだ。
そして、免許持ちは国やギルドが保有する魔法や治療法や病気等の資料を眼に通すことが出来る。また、特殊な魔法も日々開発され、秘匿や弟子伝授等の方法が取られている。
所謂一子相伝の濃い国でもある。
怪我人や病人が多く訪れ、流行り病は不治の病、回復魔法では治り難い病気や怪我、感染症や疫病等を防ぐ方法等、多くの解決策や情報が飛び交いする。
そのためにこの国は医療と情報が両立するのだ。
そのお金が監視カメラ等の維持費に当てられている。
レムエルが即位して八カ月ほど、この国へ訪れた二人が二年弱過ごした頃。
二人にもレムエルの手紙が届き、それなりに嬉しく忙しくしていた。
元王宮専属文官長クォフォード・ワードナーには即位した後どうしたらいいのか等の質問や宰相のロガン等の報告、世間話等が殆どだった。
そのため手紙のやり取りが一番多く、早く帰って来てほしい旨が何度も届いていた。まあ、それでもこちらが一段落するまで帰れないだろうが。
また、情報の仕入れ等が辛いと零した愚痴に、レムエルからとある魔法の術式と方法等が添えられて送られてきた。
その魔法は適性や相性が物をいうが、自身の持っている知識を相手の伝授することが出来る魔法だった。
魔法名を『転写』といい、相手との相性や適性によって転写できる知識の量が決まる。完全に作られた魔法ではない為、危険性も多く含んでいる魔法だ。
もし転写する量が多ければ脳がパンクし廃人となったり、転写しなくていい物までしてしまう場合や記憶の欠如、相手の記憶操作(植えつけるような混乱による錯覚)等も考えられる。
魔法にそこまで精通していないクォフォードは術式を見てもよくわからなかったが、その利便性と危険性を読み顔を引き攣らせた。
現在はその研究を信頼できる者達と研究し、害が出ないようにすると共に犯罪が起きないように術式を書き換えることにもなった。
便利なことが分かっているからこそ消し去ることが出来ないのだ。
共鳴魔法や調和魔法等、これらの魔法は後にカロンの下まで送られ、王国へ来ることになるクレマン教授達と共にレムエルは魔法大国と引けを取らない技術まで発展させることになる。
元王宮お抱え特級治療師リウユファウスことファウスには、長い間腐敗したことで国民の間に広がってしまった王国で流行っている病気や感染症等を纏め、解決できない未知の病を報告していた。
その過程で英雄の知識から病気が微生物や菌やウイルスから罹ることを思い出し、病気の発症の仕方、感染原因、対策法やその道具、衛生管理法等も報告した。
ファウスはそれらの検証のために各地を奔走する結果となったが、様々な原因と病気に有効な回復魔法の確立に成功し、メディフォム公国内で特級治療師の免許を獲得した。
その結果、弟子を取るということはしなかったが、公国内にチェルエム王国の研究所の様な物を立ち上げ、今も医療に関して研究が行われている。
同盟こそ結んでいないが元々王国と公国は友好国で、今回の件はレムエルの存在と王国が豊かになっていく証拠となり、公国はこの研究所を足掛かりに王国とより強い関係を結んでいく結果となる。
また、情報の分野でもクォフォードのことが上層部に伝わり、王国との関係強化を話し合っている最中とのことだ。
公国内でもチェルエム王国の話が一番大きく、その後の動きも囁かれ注目を浴びていた。
――今度の王はレムエルというらしいな。
――う~む、実害が無ければいいが、いろいろな噂を聞くよな。
――今王国が一番活気立っているというし、今のうちにいろいろと仕入れていたほうがいいのではないか?
――俺の所は既に王国に支部を置かせてもらった。王国の上層部と話し合いもあって支援を受けさせてもらう予定だ。
――何!? 俺も早くしろと上に言っておこう! だが、そのレムエル王はまだ成人していないのだろう? もしかすると陰に誰かいるのではないか?
――まあ、無いとは言わないが、それならあの変わりようはないだろ。少しレムエル王は変わっているところもあるみたいで、何より国民王で精霊の友であるからな。
――そうだった。まあ、良い関係が築けるのなら良いんだろうな。特に王国とは確執があるわけでもないし、関係強化で豊かになれるのならかまうまい。
――帝国や創神教が大人しいのが不気味だが、面倒事に……なるだろうなぁ。
既にレムエルが国王となり様々な政策や方針等が取られ、三か月の間にチェルエム王国の治安は瞬く間に良くなっていた。
帝国との完全対立、魔法大国の魔法問題、公国内での動きの他に、貴族の粛清や創神教との関係、新たな道具や技術の開発、同盟国である周辺国家との関係強化と就任の挨拶等現在チェルエム王国は各国が注目する国となっていた。
まだ一年も経っておらず、その方針が取られるようになっただけで結果が分からないため様子見が殆どだが、魔法大国のクレマン教授や公国はすでに動き出している。
あと数か月、現在チェルエム王国は春越えなので、秋を開けた頃、次の年ぐらいにはその変化が著しい物だとわかるだろう。
まだ知られていないが、レムエルは英雄達の記憶の断片を有効活用し、土地の開発や農作物の成長促進(肥料)や改良、騎士達の水準向上のための方針変更と少数精鋭の騎士団をもう一つ作り内部の規律を守らせ、貴族達に知識を授け敵対を防ぐ。
他にも様々な政策が取られ、レムエルに反発していた貴族のほとんどが味方、若しくは中立の立場へ移行し、反対している貴族達は頭の凝り固まった急激な変化について行けない者達となる。
ただ、その者達が悪いのではなく、レムエルの激しい動きを注意するストッパーとなり、以前とは違う関係性となっていた。
「やっとひと段落つくかと思えば、レムエルはこんな案件を持ち込みやがって……」
年季が入ってか少しくたびれた白衣を着た男性ファウスは、ドロッとした液体をスプーンで掬い愚痴る。
どこか責めているようだが、口元は吊上がり少し楽しそうだ。
持ち上がった液体の色は白。ほのかに食欲をそそる香ばしい匂いが鼻をくすぐり、人参や馬鈴薯や肉等が一口大で入っている。恐らくシチューなのだろう。
湯気も上がり、悪態をつく様な物ではない普通の出来だ。
「敬称を付けろ。もう私達の知っているレムエル様ではないのだぞ」
シチューを眺めながら手元の紙に何やら書き記しているクォフォードは、眼鏡をクイッと上げてファウスに苦言をいう。
乱暴なファウスと律儀なクォフォードだが意外に仲が良く、情報分野と医療分野はこの世界では相互関係にあり、お互いがフォローし合ってきた。
テーブルの中央にはシチューが入っていた容器が置かれている。
他にも白衣や整った服を着た者達もおり、この世界では普及したばかりのガラスを使った容器だ。
瓶の側面には黒いインクで数字が書かれ、並びから日にちだろうと推測できるが、どれも一週間から五週間ほど経っている。
まさか、これらがその日に作られた、というのだろうか。
瓶内には取り損ねたシチューが少し残っているがどれも腐った様子はなく、彼らは恐る恐るではあるもののとろっとしたシチューを掻き混ぜる。
「ほ、本当にこれを食べるので?」
一人の研究者がそう訊ねる。
その声は震え、未知なる物を前にし恐れているかのようだ。
「当たり前だろう? 変な臭いもしないし、特に変わったこともされていない」
「腐敗はしてないだろ? 少し時間が経って分離はしているが、それは普通のシチューでも同じだ。そこは加熱して掻き混ぜたのだから風味もそこまで変わってないはずだ」
何を怯えている、とでも言うように首を傾げて言う二人。
その様子に周りの者は少し暗い息を吐き、目の前のシチューを光の無い目で見つめる。
「で、ですが、これは二週間も前に作られたのですよ?」
「さすがにどうかと思うのだが……」
「お腹でも壊したら明日も生きられない子供達が……」
やはり瓶に書かれていた日にちに作られていたようだ。
そして、これはファウスが言っていたことからレムエルが作った、若しくは考案したのだと考えられ、これはこれで何かしらの工夫が施されているのだろう。
腐った様子が無いということは魔法か何かで保存をしたのだろうか?
「あのなぁ、もし腐っていたとしても食えば分かるだろ? それに一口食っただけで腹を壊すわけない。治療師である自分が信じられないのか? 大体、お前の研究は子供じゃないだろうが」
「い、いえ、そういうわけではないのですよ?」
「これが食べられるのなら、これは画期的な物となるでしょう。特に長期の旅や軍事で。製法に関しては此処では話せないが、それほど難しくない。多少瓶に金がかかるだろうが、そこまでではないだろう」
肝が据わっているというべきか、二人の言葉に本当に大丈夫なのかと問答する。
二人の場合レムエルが送ってきた時点でほぼ安全だと考えていた。
もし腐っているのならその旨が書かれているか、精霊が何かをするはずだからだ。
レムエルがその辺りを考えずに自分達に送ったとは思えなかった。
まあ、受け取った手紙に多少おかしいかもしれないということだけは書かれていたが、恐らくあっちでも実験をしたから遠い場所にいる自分達に向けたのだと考えた。
「まずは食してみるか」
「そうだな。では、まずは一週間前に作られた物からだな」
「わ、わかりました」
クォフォードに言われ、綺麗な服を着ていた若い男性が引き攣った声で了承する。
恐る恐るスプーンを持ち上げ、まずはとろっとした白いスープを口に付ける。
少ない、そう思える量だったが、誰もが同じ気持ちなので彼の冥福を祈るばかり。
ついに彼の口の中にスプーンが入り、その口と目がギュッと閉じられもごもごと動く。
「……ん?」
「ど、どうした?」
「少なかったからわからなかったのか?」
目を開き首を傾げる男性に誰もが身を乗り出し、シチューと彼の顔を見比べる。
男性は首を捻り瞬きをしながらもう一度、今度は肉や玉葱と一緒に掬い口へ運ぶ。
「そ、そんなに一気に食べたら……」
「……い、いや! これは……旨い!」
「ほ、本当か?」
先ほどまでのおどおどさが嘘だったかのようにがっつき始め、瞬く間にシチューを平らへてしまった。
「ふぅ~……もうなくなってしまった」
男性は至福だとお腹を擦りながら口にし、周りの人間は信じられない目で見ている。
だが、一週間だということを思い出し、それくらいならまだ大丈夫だろうと考えた。普通は無理だが、何かしらの調味料や魔法が掛けられていたと考えたのだ。
「では、次は二週間」
「は、はい!」
今度は白衣を着た女性が口に運び、一口目からがっつりと運んだ。
そして、女性も男性と同じように顰めっ面を緩んだ顔へ変え、瞬く間にシチューを平らげる。
この時点で流石に何か加工されているのだと気づき、顔を見合わせると共に残った三つを同時に食べる。
「……こ、これは……本当に三週間前に作ったのか? 信じられん」
「さすがレムエルだ。これは研究のし甲斐があるぞ」
「敬称を付けろ。ああ、これは必ず普及する。すぐに纏めて返事を書かねば」
ファウスは手紙に附属されていた腐敗する原因を思い出し、それを確認するための魔法や道具を作り上げることを考える。
それにはすでに研究を始めている衛生管理や病気の原因の研究が利用できた。
恐らくそのための話し合いだったのだろう、とファウスは笑みを作った。
クォフォードは瓶の形状や保存方法の改良、その使い道を思いつくままに書き上げ、瓶を作るのなら輸入した方が良い等といった助言も行う。
今回は空を運んできたからいいが、陸を運ぶと衝撃も加わること等の注意事項も書き纏める。
「もう一つ気になってたんだが、馬鈴薯って食えたんだな」
「あ、それ私も思った。しかもこのほくほく感が良いわ。シチューの味がしみ込んでとてもおいしいもの」
「これがまだ伝えられないのが悔やまれるなぁ」
この世界の食材のほとんどが世界に満ちる魔力や精霊の発する力によって成長促進が促されるが、その逆もまた然りで馬鈴薯の毒素は強くなっている。
だからといって食べた瞬間に吐き気や頭痛が起きるわけではなく、やはり日光等に当たり緑色に変色・発芽していた物を食した場合のみなのは変わらない。
だが、馬鈴薯の保存方法が確立しておらず、食べられる物と食べられない物があると考えられていた。
しかしその見分け方が雑で、平民でも暮らすに困った者しか食べることはない、嫌厭されている食材でもあった。
「馬鈴薯には毒があるらしい」
『毒!?』
「安心しろ。新鮮な物を使えば問題ないようだ」
にやけ面を真面目な顔に戻したファウスに三人は顔色を青ざめさせるが、クォフォードがすぐに否定した。
「馬鈴薯の毒は採取後日光を浴びることで毒が生まれるらしい。芽や緑に変色した物が毒なのだそうだ」
「あー、まあ、芽は分かりませんが、言われてみれば緑色になったらあまり食べたいとは思いませんね」
「でも、始めてそれを見たのなら食べるでしょ? 一応研究しておきましょう」
「その毒は熱を加えても無理なのですか?」
冷凍の出来ない現在の保存法となると、香辛料、乾燥させる、すぐに調理する、熱する、高級だが魔法で保存する方法が取られている。
「毒のほとんどが熱で処理できない物が多い。それは既に結果が出ている通りだ。特に馬鈴薯の毒は強力で熱を加えても無駄だな」
「保存するのなら箱か袋に入れ、それを纏めて暗い冷暗所に置くのが良いだろう。芽や変色してもそこを多めに切り取れば問題なく食せるそうだが、非常時以外食べないに越したことはない」
二人の説明になるほど、と頷く三人。
この情報もすぐに広めた方が良いのだろうと考えるが、同時に馬鈴薯は貧困層の糧となっているため安易に流すと餓死者が多く出ることになりかねない。
まずはその対処から行うことになるだろう。
まあ、公国にはさほど貧困層の者が多いわけではない為、先に研究と対処法を考えることが出来るだろう。
しかし、チェルエム王国はそうもいかない為、現在馬鈴薯の生産を急がせているようだ。
「さてお前達、早速研究所に帰って腐敗の研究をするぞ。試すことが多くあるからな、死ぬ気でやれよ」
「はい。これが確立すれば世界の多くの者が救われます。絶対に成功させます!」
ファウスは手を上げて挨拶をし出ていく。
「では、私達も行きますか。瓶の入手経路等を洗い、すぐに情報を流せる準備に入る」
「分かりました。ああ、早く流したい!」
クォフォードも笑みを浮かべながらここを後にする。
彼らは忙しいばかりの日に疲れが溜まるが、心は楽しくウキウキとしていた。
チェルエム王国の未来のために動き、自身に合った研究など仕事が出来ることに喜びがあるのだ。
それから数か月後に研究結果がレムエルの下に届き、各国とやり取りし、正式に瓶詰を採用することとなった。
他の件に関しても次々に取り入れられ、レムエルが王に就任して一年余りでチェルエム王国は劇的な変化を遂げることとなる。
書いていて半信半疑だったのですが、この方法は腐りませんよね?
難しい所は魔法という便利な言葉で片付ければ大丈夫だと思ったのですが。




