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閑話 魔法大国

 魔法に関する情報と技術の最先端を行くチェルエム王国の北西に位置するマギノア魔法大国。


 始まりはチェルエム王国より早く、凡そ千五百年の歴史を持つ。

 だが、チェルエム王国の様に一つの国が続いたわけではなく、過去何度か魔法大戦とまではいかないが分裂したり、併合したりを繰り返している。

 今のマギノア魔法大国の歴史を辿れば四百年程となるだろう。


 その国の体系は通常の国と異なり、官僚というより魔法に関する分野ごとに分かれた研究者(魔法使い)が各街や研究所を統治し、貴族とは少し違ったやり方でその地を収めている。

 まあ、基本的な統治方法については同じだろうが、ほとんどの者が統治などには興味が無く、代官の様な者に報告だけをさせるようにしている。


 一応皆研究者等でひと通りの学問を収め、代官が悪事を働いてもすぐに気付ける。

 悪事を働かないようにするために統治者は必ず書類の確認が義務付けられている。

 もちろん全ての者が研究者ではなく、貴族も存在し、普通の文官や軍人もいる。

 ただ、この国では魔法の技術や知識がものをいう側面が強く、高い地位にいる者は総じて強い傾向がある。王族に関しては引き継がれる魔法や能力によって決まる場合が多い。




 チェルエム王国にも学校という物は存在するが、魔法大国に比べれば一歩劣っていると言わざるを得ない。


 チェルエム王国の特色は豊かな土地と長い歴史。

 学校はその特色を受け継いだ文化や矜持などを中心に教え、勿論日々進歩し続けている技術等も教わる。

 まあ、マギノア魔法大国や医療と情報の国メディフォム公国と比べれば劣ってしまうのは仕方がない。


 そんな学校だが、マギノア魔法大国には三つの学校がある。

 一つはチェルエム王国等と同じくその国の特色を受け継ぐ学校。

 もう一つは平民が通う一般的な学校。

 最後に国立大学が運営する附属魔法学校。


 魔法学校は魔法を愛するといっても過言ではない者達が多く入学し、そのまま研究者となって研究所でもある大学や教授の部下となり働く。

 学科には貴族専攻などの統治する知識も教えるコースがあり、そのまま領主などに就きたい者はそのコースを選ぶだろう。

 他国からも貴族や王族が留学したりする由緒ある学校だ。


 教師も教授の称号を持つ者が殆どで、自分の研究に関する授業を受け持っている。

 属性魔法の授業、魔法の基礎、生活に役立てる為の魔法、魔道具開発等だ。

 更に枝分かれしているため、大学に入れば属性魔法学科の火魔法専攻、魔道具開発学科の費用削減専攻等となる。

 まあ、専攻というのは教授がいる数だけ存在し、皆の知っている大学とは少し異なっているだろう。




 その大学の名を国立マギノス魔法大学と言い、あらゆる魔法関連の最先端を行き、王族と同等の権力を持つ施設だ。

 まあ、国の政治に関しては王族が行い、大学は発展に役立っているといったところだろう。


 マギノス魔法大学に数ある学科の中、特に有名な学科魔法開発学科というのがある。

 毎年選択する生徒が多く、競争率が十数倍になる時もあるとか。

 中には人気の無い専攻もあるが、それでも全く生徒が入らないと言う事はない。

 それも学科研究自体の教授である『クレマン・ル・シュワルツ』教授がこの国において天才と称されているからに他ならない。


 クレマン教授は妖精族と魔人族――他世界から来る魔族とは別。魔力・魔法の人と書いて魔人だ――のハーフで、妖精族にありがちな小柄な体格ではなく、魔人族特有の妖艶さと膨大な魔力によって宝石のように輝く蒼い瞳、薄めの小麦色の肌が特徴で、エルフと同じように耳が長く耳輪がギザギザとしている。


 また、彼女は両者の特徴を濃く受け継ぎ、妖精族の精霊には劣るが自然との調和能力や不老に近い成長、魔人族の膨大な魔力と魔法能力に特化している。

 ハーフはどっちかの親の種族に似ることが多いのだが、稀にクレマン教授の様な両者の特徴を受け継ぐ場合がある。


 後クレマン教授はろしゅ……白衣を着ているがその下は過激な服を好み、紫色の髪を編み込み大きなとんがり帽子を被っている。

 目には小さなチェーン片眼鏡を付け、様々な薬品や魔道具を身に付けている。

 年齢に関しては永遠の二十歳辺りで、数百年間マギノス魔法大学で弁を振っているという。


 因みにカロンの師匠でもある。



「クレマン教授。またそのような格好で授業を行ったので?」

「そうだとも。いいだろう? この私の髪より華やかな色のストールは」


 小人と言える一メートルほどの身長の透明な羽根を生やした男性が、くびれを強調するような過激な服を着た女性に顔を歪め苦言を強いる。

 女性はそれを称賛しているように取り、首にかけている鮮やかな紫色の布を手に取り笑みを浮かべる。

 その笑みもどこか誘っているように見える。


「それにこのストールは魔法の増幅と障壁も張ってくれる優れものだ。まあ、似合わなければ効果は半減するがな」

「何ですかその効果は? そのような物を作る時間があるのなら仕事をしてください。俺のやっているのはクレマン教授の仕事なんですよ」

「まあまあ、落ち着きたまえ。それよりも、前と同じように師匠と呼んではくれないのかい? 私の後ろをついて来ていたカロンはどこへ行ったのやら」


 どうやら妖精族の男性はカロンのようで、顔を赤くして憤る。

 からかわれているのは分かっているが、どうもクレマン教授には頭が上がらず、その容姿も相まって言い返せないのだ。


「いつのことを言っている! それは百年以上前ではないか! 妻の前でいらんことを言うな、クレマン!」


 カロンは研究者(生徒)達と魔法談義をしている妻のレーラ・メフィスエフィスへチラリと視線を送り、聞かれていなかったか怒りを露わにする。

 まあ、これだけ叫べば聞こえていない方がおかしく、元々の経緯は既に聞いているため特にこれといった感情は湧かないのだろう。


 レーラもカロンと同じ妖精族で、現在は妖精族の秘術である人化によって人間サイズになっている。

 クレマン教授とは真逆で、女性らしい体型だが慎ましく、貴族の女性のように優雅に紅茶を飲んでいる。

 研究者達はクレマン教授とは違うレーラに鼻の下を伸ばしてはカロンにしばかれている。


 やはりマギノア魔法大国も男尊女卑の傾向があり、クレマン教授程の実力持ちでも女だからと言われることが多々ある。

 まあ、クレマン教授は挑戦的な性格でもある為、売られた喧嘩は正面から相手の得意なことで自尊心ごと叩き潰し、王族からの覚えも良い存在だ。


 特にこの国の女性からは絶大な人気を誇り、首にかけているストールも女性のために作り上げた物だ。

 一応王族に献上する予定なのだ。


「そうカリカリするな。それこそ妻に対してどうかと思うぞ? 怒鳴り散らす夫は最低だと聞く」

「ぐっ……だ、誰のせいで怒っていると」

「大体私が何を着て授業をしようがどうでもいいだろう? まさかとは思うが、お前は私が素肌を曝すのが駄目だという気か? んー?」


 これだから、とカロンは拳を握りしめ肩を震わせる。


 そして、何かを吹っ切るように顔を上げると共に、懐から一枚の手紙を取り出しクレマン教授の顔に向かって投げつける。


「っと、危ない。キスしたらどうしてくれる。私はまだ純潔なんだぞ」


 恥じることなくいうためギャップが物凄いが、少し頬が赤くなっている。

 見た目と違って初心なのがまるわかりだ。


「そんなこと知るかッ! その手紙は俺の弟子からの物だ。研究していた集団魔法と合体魔法、双子による融合魔法等の結果が書かれている。クレマン教授も読んでおくといい。殿下……いや、陛下の発想はどれも面白いからな。良い刺激となるはずだ」


 怒りは収まっているようだが、もう敬語を使わない。

 クレマン教授は少し眉を動かし、封の切られた封筒から手紙を取り出す。

 手紙には綺麗な字が綴られ、少し話が脱線したりしているが嬉しい気持ちが覗える手紙だった。


 レムエルについてはカロンから聞いただけなのでよくわかっていないが、手紙を見る限り慕われているのが分かり、とても純粋で優しい子なのだろうと頷いた。

 ぜひとも一度お会いしたい、それがクレマン教授の思いだ。


「……集団魔法は誰かが引っ張り上げ纏めることが大事、合体魔法も同じだが威力が根本的に違うのか。恐らく、集団魔法は周りの者と共鳴し、魔法その物が強化される。合体魔法はそもそも違う属性、且つ同じ魔法を合わせる魔法だ。威力が違って当たり前だな」

「融合魔法は双子の絶対数が少ないためわからなかったが、第六、七王子のおかげで実戦出来たそうだ。何でも息が合えばその分威力が増し、既存しない魔法を独自に作り出せるらしい。ただ、それに沿った詠唱は必ず必要だということだ」

「ふむ……融合魔法は合体魔法と違い混ざり合う魔法なのだろう。火と風魔法を使ったようだが、確実に混ざり合い分離できないように感じる。魔法を分離するというのはおかしいが、火を風が煽り強くなった、といったところだろう」


 次々に魔法結果の推測が導き出され、今まさに新たな魔法の存在が確認されようとしている。


「それと、王国に魔法研究所を立ち上げたそうだ」

「ほう……して、どのような研究所だ?」


 魔法の研究所と聞き、クレマン教授は目をキランと光らせた。

 カロンはこういう所は変わってない、と小さく溜め息をつく。


「魔法ギルドと国が手を取り合い、新魔法に対しての研究を主に行うようだ。先の三つの魔法は既に実践し、今は応用した調和魔法(ユニゾン)共鳴魔法(レゾナンス)の開発を行っているそうだぞ」

「調和魔法と共鳴魔法? むむぅ~、それは三つと何か違うのか?」


 綺麗な顔に皺を寄せたクレマン教授。

 カロンはこんな姿を見るのは珍しいと驚きながら笑みを浮かべ、レムエルならクレマン教授と話が合うのではないかと思った。


「調和魔法は主に歌声、歌を聞いた者に効果を及ぼす大規模集団魔法のことを主に言うらしい」

「歌!? 歌を魔法にするというのか!?」


 それは思いつかなかったと、やられた~と顔に手を当て唸る。

 新魔法の先駆者であるクレマン教授の声に研究者達がこちらを向き驚愕し、レーラ共々こちらに近づいてくる。

 クレマン教授程の物が驚愕する情報に興味が出たのだろう。


「これには属性魔法以上に得手不得手が出るが、声に思いや喜びの感情を魔力として乗せ、決まった文句の歌を歌うことで効果を発揮させる、と書いてある。使いどころは戦争や魔物掃討等の規模のある集団作戦や戦闘時。歌声による士気向上と回復・能力上昇系魔法と同じ効果、衣装を着て踊りもすればさらに士気が高まる」

「なんだッ、その面白そうな研究はっ! なぜ私は思いつかなかったんだっ!」


 今にもクソッ、といって女性にあるまじき醜態を見せそうだが、聞いた研究者達も面白そうなことを考えるものだとクレマン教授と同じ気持ちだ。


「今はまだその効果の一律化、合った効果を出す歌詞と曲、敵味方を区別する方法、他にも集団魔法の効果もあり複数人で歌うことを『ユニット』と呼び、歌にもう一つの音を組み合わせれば合体魔法と同じ効果になる」

「どういうことだ? 歌は歌、だろう? 楽器を使うということか?」


 この場にいるのは魔法の研究者であって、音楽の研究者ではない。

 酒場等で吟遊詩人が歌う事件や噂を歌にしたものしか聴かないのだ。



 因みに、レムエルのことはマギノア魔法大国でも吟遊詩人が歌い、かなりの速度でレムエルの偉業とでも言うのか、存在が歌われている。



 それにカロンは首を振って違うと示した。


「もう一つ音を組み合わせるのは楽器でも言いそうだが、主に歌――この場合歌詞のメロディである旋律(主旋律)を引き立てる音、副旋律のことを言うらしい。まあ、まだ歌も決まっていないようだから先の話だろう」

「くぅ~っ! 私も研究に混ざりたいものだ」


 子供のように暴れるクレマン教授を尻目に、カロンは引き続き進める。


「そして、共鳴魔法も歌に関するが、主に魔力の波や波長を同期(シンクロ)させることで威力等を増幅させる魔法のようだ。分かり易く言うと音や波の動きが合うと、その音や波は大きくなる。地震で建物が崩壊するのも、楽器の音が大きくなるのも、この共鳴という現象のようだ」


 専門外の知識ということで、クレマン教授は頭を抱えだす。


 この共鳴の分野というのは科学となる。

 魔法の技術が進んでいても、火や風の詳細、分子や原子の存在、栄養や細胞等といった専門知識は発達していない為、音が空気を伝わり、波と波が合わさることで大きくなることを知らない。

 だから、歌を魔法にすることすら思いつかず、思い付いてもここまで発展させるのに数百年と掛かっただろう。


「一体どこからそのような知識、いや、想像もか……が出てくるのだ? 思いついたでは済まされないだろ」


 レムエル自身が英雄として生まれたことを知らないがために困惑する。

 カロンは肩を竦め、悪い事ではないのだからいいのではないかと考える。


「出所が何処だったとしても、俺の知っている陛下であることに変わりない。それを悪用するのであれば大問題だが、今回の様に助けたりするために報告や研究をする。俺達や周りの者がしっかりと管理すれば問題ないことだ」

「だが、先を行きすぎる考えというのは批判されやすいぞ。頑固爺・婆共は頑として認めんだろう。それに魔法ギルドが何を言って来るやら」


 魔法ギルドの総本部はやはりマギノア魔法大国にある。

 最先端の魔法や技術を輩出し続ける自負を数百年持ち続けているために貴族と同じくプライドが高い。そのため、他の国から新たな、しかも効果が絶大な魔法が出た場合どうにかしようと考えるだろう。

 自分達が作った、使える魔法ではない、異端的な魔法だ、魔法とは遊びではない、歴史を壊す破壊者だ、魔法ギルドを乗っ取る気だ等と言い出すのは目に見えている。


「そのために魔法ギルドと共に研究所を立ち上げたのだろう。まだよくわからないが、頭の柔らかい魔法ギルドの職員を雇い入れ、やる気のある者――こちらで言う専門の研究者を作ったのだろう。なら、魔法ギルドから批判されても、自分を批判することになる」

「切り捨ててもレムエル殿下はほとんど痛くなく、魔法ギルドは新魔法と優秀な研究者を追い出す痛手を食らう」

「魔法ギルドが何を言おうが魔法は宗教ではない。仮に禁術や邪法だと言ったとして、説明に困る。それらの定義すらあやふやだと言うに……。魔法は魔法であり、魔力を使って起こす現象を言う。歌を魔法にしようが、魔法は魔法だ。視野が狭いからそうなる」


 哲学染みているが、この場にいるのは生粋の新魔法開発研究者達だ。

 このように心躍る魔法の研究が批判されても研究を続け、それを考えだした者を支援し続けるだろう。

 この魔法には更なる発展が待ち構えていると頭の中で囁かれている錯覚を覚えていた。


「そのためにお前に手紙を出したのだろう。お前の権力もここでは相当高いからな。それに私という存在もいる」

「いや、陛下はそこまで考えてないと思うが……」


 カロンの考えが正しい。

 レムエルはきっとソニヤやレッラに報告を義務付けられ、近況報告と一緒に添えたのだと思える。

 そういったところは冴えているので、気付いている可能性もある。


「まあ、どうにせよこの案件は今の問題に使える」


 クレマン教授は悪戯を企むような子供の笑みを浮かべるのだが、容姿や仕草等が妖艶さと黒さを滲みだす。


「見てろ、老害共。お前達が思うほど私は優しくも慈悲深くもない」


 カロンも含めて研究者全員がごくりと喉を鳴らし、フフフ……薄ら笑いを浮かべるクレマン教授から距離を取った。


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