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閑話 創神教

気付けばクリスマスが終わり、2015年を残すは今日を入れて5日です。

ですが、私はいつもと変わらない日々を過ごします。

変わるのは天候と寒さぐらいですね。

 ここは神の膝元に一番近いと言われる創神教の総本山『ソルレクディヤー』。


 一年三百六十五日一度たりとも曇ることのない不思議な山。

 魔力に似た彼らが法力と呼ぶ奇跡を起こす聖なる力が流れる場所でもある。


 法力はその周辺でしか使えず、創神教の連中はその力を神の力と考え、他の者とは違うのだと教典にも記されているほどだ。

 表向き教養的で、全てを守り、天地生命を創造するかのようなことが書かれているが、深く考えると我らこそが神の使徒であり、人族こそが神が作った真なる人間、神は人族の守護神である。

 そう書かれている。


 創神教の宗教というのは洗脳に近い所もあり、毎日教典を読ませ、人族がいかに凄いのか、魔の力である『魔力』と神の力である『法力』のどちらが強いのか、虐げる快楽や山から見下ろすことで自分達が世界を統べているのだと錯覚させる。

 金もそのために掻き集め、邪な考えをする者が多く、こちらも腐敗が進んでいると言えよう。


 勿論表向き誰でもという宗旨であるため、種族・身分関係なく受け入れるが、実態は虐げる対象や憂さ晴らしの相手等であり、エルフやドワーフ、獣人族等の女性は捌け口の対象となる。

 するなとは言えないが、やり方が卑劣なのだ。




「――アヴィス猊下、我慢なりません! 上位者たる我らを蔑ろにした罪は重いのです!」

「聖戦を開くべきかと。あの国は腐り、人族以外の劣等種を保護する異端者なのですぞ!」

「加え、王国は精霊等という馬鹿げた物を信じるとは!」

「コヴィアノフもいらんことをしおって! もう少し考えて動くことは出来なかったのか!」

「おかげで異端国に上から見られたんだぞ! こんなことがあってはならん!」


 一人だけ豪華な法衣と白い帽子を被り、その他の者も見るからに金を掛けている包囲や装飾を身に着け円卓に座っている。

 そこでは帝国同様に激しい議論……いや、紛糾と取れる怒鳴り合いが起こっていた。


 彼らは創神教の大幹部枢機卿と纏める教皇だ。

 皆一様に太っていたり、欲に塗れたような臭いがする。


 教皇はまだ幼さが残っている小柄で中世的な女性だろう。

 この地にある法力が何かしらの作用をしていると思える。

 銀に近い白髪を短く切り揃え、無表情のようで儚く、自分の意志という物があまり感じられない様子だ。


 そして、その中に蒼い顔をした枢機卿の姿があり、彼は自らの失態に縮こまっているようにも見える。


「フォーエン枢機卿も手酷くやられましたな」


 その人物はフォーエンというらしく、ビクリと身体が揺れ、震える手を温めるように包み口を開いた。


「あ、貴方方はあれを見ていないからそんなことを言える。お、おう、王国の王を怒らせてはならない。怒らせたが最後……」

「何が言いたい?」


 全身が震え始めたフォーエン枢機卿に訝しい目を向ける面々。

 フォーエン枢機卿は気がふれたかのようにカッと目を見開き、突然怒鳴り始める。


「お前達も私も破滅だ! 私達は怒らせてはならない、触れてはならない、関わってはならない化物と敵対してしまったのだ! 次に何かして見ろ! 創神教は終わる! 神に誓ってやってもいい!」

「言葉が過ぎるぞ、フォーエン枢機卿ッ!」


 私利私欲に塗れていてもそこは神を信じる信徒。

 自信が信じるものを侮辱するかのような言い方に怒りが湧く。

 だが、フォーエン枢機卿は止めることなく続ける。


「ならば貴方が交渉に行きなさいッ! 私はあのような恐ろしい目に遭うのは勘弁だ! 貴方方はその目で精霊を見ていないから言える! あの王は――化物は創神教にとって天敵と成り得る! 選択を間違えたが最後……衰退では済まされないであろう!」

「フォ、フォーエン枢機卿!?」


 何かに取り付かれたかのように手を広げ言い放つ。

 傍の枢機卿が変貌ぶりに驚きの声を上げるが、フォーエン枢機卿は止まらない。


「私は気など触れていない! 私は正常だ! あのような物を見た後で信じられるわけがない!」

「誰か! 誰かいないか!」

「再度忠告する! 貴方方も私のように恐怖したくなければ王国に手を出さないことだ! 条件を飲まなければ破滅する! 私は神に誓うぞッ!」


 そこでフォーエン枢機卿は中へ入ってきた神官戦士達に取り押さえられ、昏倒させられると丁重に運ばれていった。


 まるで何かに取り付かれたかのようなフォーエン枢機卿の変わりよう。

 それが何よりも恐怖を駆り立て、同時に王国に対して邪法を使ったのではないかという馬鹿げた考えが浮かび上がる。


 だが、実際に報告に上がって来る神だの精霊だのという噂。

 その噂は対立する精霊教の勢いを増させ、創神教離れが多発していた。

 よって、こちらもどうするべきなのか二の足を踏んでいた。


 ただ、こちらは帝国と異なり、神に盲信する者達の巣窟であることを忘れてはならない。


「な、なんだというのだ」


 誰かが変貌ぶりに気圧されながら口にした。

 その言葉は誰もの気持ちを代弁していた。


「やはり精霊は実在するというのか……」

「噂が噂だものね」

「それに比べて我らの神は姿を……」


 その言葉に何人かが頷くが、


「何を馬鹿なことを!」

「どう見ても何かに取り付かれておる! あちらは異端者なるぞ!」

「神を愚弄するとは何事か! 即刻枢機卿の地位から降りろ!」


 その意見に噛みつく者達もいる。


 どうやらここでも派閥が出来上がっているようだ。


「神を愚弄する? いつそのようなことを?」

「その口で言ったではないか!」

「はて? 私は神の姿を見れないと言ったに過ぎない。失言だったかもしれないが、私は精霊が実在し姿を現したのなら神も姿を現してほしいと言ったに過ぎんのだよ」


 それこそ思い浮かぶ貴方の方が愚弄しているのでは、と目だけで伝え、枢機卿同士の間に火花が散る。


「大体なぜあのような者を大司教にしたのですかな? あれは確かそちらが推薦した人物。それが無ければ今も上手く行っていたのではないだろうか?」

「貴様等も賛成したではないか!」

「それはそうだろう。だが、私達はそのような報告を受けていない。面接はしていなかったのかね?」

「そのような人物と分かっていれば大司教などの据えん! あ奴も王国の悪に取り付かれていたのであろう」

「全てを悪といえば収まるというものではないわ。コヴィアノフという者はそちらの領分。その者が犯した罪は重いと知りなさい」


 一人だけの女性枢機卿が指差し冷酷な瞳で貫く。


「女の分際で偉そうに……」

「あら? その女に良いように言われる貴方は何かしら? 股の間にある物を切ってしまったらいいのでは?」

「貴様ッ!」

「静まりなさい。今は身内で争っている場合ではないでしょう。貴方も今のセリフはどうかと思いますよ」


 それなりに古参の枢機卿が両者を窘める。

 彼は穏やかそうだが腹の中に何か持っていそうだ。

 ただ、教皇と同じく一言もしゃべっていないところを見ると中立の立場にでもいるのかもしれない。


「そもそもあの宝珠とは何で出来ている? あれでは我らが魔物か何かを作り出しているようではないか」


 眉を顰め誰かがそういう。


 コヴィアノフの末路は既に報告されているのだろう。

 どう考えても神を崇める宗教の者達が用いる道具ではない。

 せめて純白の羽根や光の攻撃だろう。

 怪物になってしまうというのはどうなのだろうか。


「あれは試作段階だと言ったはず。それをどこの誰かが持ち出して手渡したのであろう」

「出来れば他にも持ち出した物を返してくれると有難いがね」

「何を言うか! お前達こそ良い出来栄えと言っていたはずだ!」

「盗んだとでも言うつもりか!」

「そもそもあのような物を作り出しておいて何を言う! 技術を得たから放置しておったが、あのような物を作り出して出た損失はどうするつもりだ!」


 再び火が燃え上がる円卓。


 どうやら派閥は創神教を纏める運営派と、技術を作り上げている研究派と、第三者観点の中立派のようだ。

 まあ、様子から察するに教皇は中立派に近い存在なのかもしれない。


「金の亡者共が! 誰がその資金を得ていると思っている!」

「それは有難く思うわ。でも、そのやり方のせいで創神教は苦労しているのよ?」

「もう少し穏便な方法で資金集めは出来ないのかね?」

「人の苦労を知らんから言えるのだ! 帝国と繋がっていると言われたのだぞ!」


 帝国を悪く言うつもりはないだろう。

 流石の創神教も帝国と事を構えたいとは思っていない。

 戦うなら王国だと意見は一致するだろう。


 だが、先の件でそれもどうするべきか二の足を踏む。


「それで、その宝珠は自壊したのでしょう?」

「ええ、一度発動すれば力が注がれなくなる時点で壊れるようになっていわ」

「なら、この問題は置いておいてもいいでしょう」


 研究派に問いかけた筆頭枢機卿とでも言うべきか、中立派の枢機卿に女性枢機卿は自信を持って頷く。

 それに運営派は御咎めなしというセリフは聞き捨てならないと怒りだす。


「ですが、あの宝珠のせいで神の力が悪だと広まったら!」

「そう言いますが、使った方も悪いでしょう? 彼女達は押し付けたのではなく、誰かが盗ったというのですから。試作段階だったとも聞きます」


 それともあなた方が盗んだのか、と訊ねられ口ごもる。

 その反応以前に会話から分かっていることだ。


「まあ、どうであれ、あの内乱で創神教が現国王レムエル、でしたか? その王の協力を蹴ったのは馬鹿だと思いますね。その時は既に王都は囲まれていたとか。状況も判断できないのはやはり人選ミスでしかありません」

「で、ですが、あれはどう考えても罠です!」

「罠であろうとそれを見抜けない阿呆はいらん。宝珠の性能が分かっただけでもいいのではないか?」


 流石は研究者達というべきか、多少の被害や風評は気にしない。

 そもそも帝国の指輪の件は王国でもトップシークレットであり、宝珠の件しか伝わっていない。

 自我がある時点で帝国の指輪と段違いだと言えるだろう。


「どちらにせよ、チェルエム王国に手出しをするのはやめておいた方が良いでしょう」

「ですが! それでは威信が!」

「それを落としたのが貴方方なのでしょう? ある程度は許容していましたが、今度からは考えて動きなさい」


 筆頭枢機卿は冷たい笑顔でそう締め括り、子飼いの一人なのか報告書を持つ枢機卿へ目を向けた。


「王国からは謝罪と損害の賠償、宝珠と介入のあった帝国との件、報告なしの徴収・勧誘の禁止、オーヴィス副大司教を大司教へ繰り上げしそのまま着任、種族差別、王国の法律、他宗教特に精霊教への国内異端発言撤廃及び禁止」


 挙げられていくチェルエム王国からの命令と取れる要求。


 内容に怒り心頭となる者が多く、要求も多くこれだから異端者だと煮立つお湯のように怒る。


「大司教を決めるなど内部干渉ではないか! そんなもの突っぱねてしまえ!」

「それはまだ良いわ! 許せんのは神の使徒たる我らに王国の犬――首輪を付けると言っていることだ!」

「今の王国等取るに足らん! 今こそ創神教の力を見せる時! アヴィス猊下、世界を混沌へと導くであろう王国へ神の裁きを」

「今こそ悪しき王国へ滅びを告げ、聖戦を起こすべきです!」


 運営派だけでなく、研究派も宝珠の結果や金が無くなること等から顔を顰め、精霊を生け捕りに出来ないだろうか等と思案し始める。


 だが、その考えこそが自らを破滅へと持っていく愚かなことだ。

 精霊はどこにでも存在し、その土地への強い影響力を持っている。

 法力と呼ばれる未知の力があろうと、世界の一部である精霊に見放されれば衰退の道しかないのである。


『アヴィス猊下、ご決断を!』


 紛糾する枢機卿達は祈るように手を組み、終始無言で虚空を見つめているアヴィス教皇に願う。

 だが、アヴィス教皇は微動だにせず、何かと交信でもするかのように微かに唇が上下した。


「……全ての要求を呑みなさい」


 そして鈴の音のような声で紡がれた、祈る者達の考えとは真逆の答え。


「猊下!?」

「そ、それは本気ですか!?」

「アヴィス猊下の正気を疑うとは何事か!」

「貴様等は状況を読めんのか?」

「読めぬからコヴィアノフの様なものが出る始末となったのだ」


 中立派と思ったが、どうやら教皇をトップに据える教皇派のようだ。

 ただ、様子から教皇が実際にトップにいるのかは怪しい所がある。


 彼らの皮肉に運営派の枢機卿は顔を真っ赤にさせて怒鳴り散らす。

 そこを研究派に横っ腹を突っつかれ血管が切れそうだ。


「静まりなさい」


 責任の擦り合いをする三つ巴に近い言い合いに、冷たく鋭く強制力を持った筆頭枢機卿の一言が降注いだ。

 再びシーンとした静寂が訪れ、誰もが筆頭枢機卿へと目を向け伏せる。

 教皇派は射抜かれ煽った自分を恥じるように奥歯を噛んだ。


「貴方方はアヴィス猊下の決定に異を唱えると? それだから王国に言い負かされるのです」

「ですが、要求を全て呑むと運営に差し障りが」

「それこそ自分を着飾るのを止めればよろしい。私達は王侯貴族ではありません。勢いの増した精霊教と違い贅沢が過ぎるのではないでしょうか?」


 皮肉たっぷりの辛辣な言葉。

 下手したら精霊教に組みしたと思われるが、批判されている内容と金が無いのなら節制しろというのは当たり前の考えで、自分を見つめろという言葉は何よりもだった。


「要求を全て呑むというのは教義に反するところがあるのでは?」

「どこがですか? 教義にも教典にも種族差別、人族至上発言、ましてやその国に置いてもらう立場であるにもかかわらず法律を守らないというのはどうなのでしょうか? 内部干渉といいましたが、内乱に加担するのも内部干渉では?」


 ニコニコと放たれる鋭い矢。

 運営派に多く突き刺さるが、我関さずでいる研究派にも大きく関わっている。


「ですが、先に協力を申し出てきたのはあちらです」

「それを蹴ったのが貴方方でしょうに。部下の責任は上司が取る。素晴らしい言葉ではないでしょうかね。しかもあくまでも協力だったのでしょう? それとこれは違うでしょう。それに加担して勝てばいいですが、負けるというのは……。それも宝珠を使ったにもかかわらず成果を出せずに」


 余裕でいる研究派に矛が向けられた。


「それは宝珠を盗みだした者に言ってくれ」

「ははは、何を言っておられるのですか? 盗み出されたのなら報告しなさい。調べなさい。盗まれないように保管しなさい。どうせその結果を見ようと考えたのでしょう?」

「はて? 何を言っておられるのやら」

「それで構いませんよ。ですが、今後宝珠の研究を止めてもらいましょう」


 流石にその言葉は無視できないのか敵意が剥き出しとなる。

 だが、筆頭枢機卿はひょうひょうと受け流す。


「当たり前でしょう。盗み使った人がどうであれ、その結果が創神教離れと不信、帝国との繋がりを考えさせたのでしょう? 部下の責任が上司なら、作り上げた道具の責任は開発者でしょうに」


 それでも知らないという彼らに、成果を上げられない研究をするほどの余裕はないと告げ、筆頭枢機卿は無言でアヴィス教皇を見つめた。

 その目は恍惚とでも言うのか、まるで神を崇めているかのようだ。


「……変える気はありません。そうしなければ破滅へと繋がるでしょう」


 そう締め括られ、アヴィス教皇は糸が切れたかのようにぐったりと背凭れへ倒れた。

 その様子に皆慌てることなく少し心配する面持ちで見つめ、唯一の女性枢機卿が身体を触り確認する。


 安否が確認出来次第会議はお開きとなり、運営派は返答使者の派遣、研究派は玩具を取り上げられた子供の様にイラつきながら退場した。

 教皇派も一礼をした後その場から辞し、筆頭枢機卿を含めた三人が残される。


「よくもまあ、口が回りますわね。豚の前で神を愚弄してひやひやしっぱなしでしたわ」


 女性枢機卿は先ほどとは違った口調、仕草、雰囲気で筆頭枢機卿に眼鏡を外しながら言う。

 丁寧でありながら馴れ馴れしくも友人と話しているようだ。


「ははは、大丈夫だったからいいじゃないか」


 こちらも先ほどまでの冷たさがなりを潜め、爽やかな青年といったふうになる。


「この後はどうするつもりです? 私の方は目を光らせますが、豚は何をするやら」


 美貌もあり、一人だけの女性枢機卿ということでいろんな意味で言い寄って来る者が多い、とうんざりしたように手を振りながら言う。


「今後は静かに待ち、かな? 今変に動いたら帝国と王国から攻められる。私達の念願が叶うまで慎重でなければならない」

「まだ諦めていなかったのですわね。まあ、私も乗っかったのですから言うことはありませんけど、猊下の様子からもう時間はありませんわよ?」


 アヴィス教皇の顔色は白。

 ぐったりしている様子は本当に糸が切れたかのようだ。


「分かっているさ。だからこそ今回の件はチャンスだった。これで創神教の影響力は下がり、私達の願いを叶えられる」


 筆頭枢機卿は愛おしそうにアヴィス教皇の頭を撫で、



 ――創神教の破滅……



 そう黒く染まった笑みを浮かべて言うのだった。


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