第二十五話
昨日は誤完結によりご迷惑をおかけしました。
ボタンを押した覚えがないので、恐らく何かの拍子に押してしまったのだと思います。
申し訳ありませんでした。
「これより、次期国王を、継承する者を告げる。皆、心して聞け」
しわがれ疲労感を感じるアブラムの声が、不思議と皆の背筋を伸ばさせ、見た目とは裏腹に威厳に満ちた重圧を玉座の間に満たす。
先ほどまで憤慨していたマーガレットやビュシュフスでさえきちんとただし、頭を下げる。
「ロガン」
まずは王位継承の事柄から話す。
「はっ。――ごほん。まず、皆に王位継承権のある者の確認から行わせていただく。チェルエム王国では建国時から男児のみが王位に就くと定められ、国王陛下がご存命ならその手で、無いのなら私か大貴族、崇める教会から王冠を被せるのが通例。
このように慌ただしく、貴族もほとんど揃っていない間に行うのは前代未聞のことだが、陛下のご容体が良く、全王子が集まる今日を選ばせていただいた。
王位継承権の所有を確認するのは、もしかするとこの場で放棄する者がいるかもしれないからだ」
ロガンはぬけぬけとそう言い、先ほどまでの行いも全て偶々やったものだと言い張る。
「それでは王位継承権を持っている王族を発表させていただく。
王位継承権を所有しているのは以下の六名である。
第一王子ビュシュフス殿下、第四王子オスカル殿下、第五王子ジャスティン王子、第六王子シュティー殿下、第七王子ショティー殿下、最後に第八王子レムエル殿下。この六名である。
何か異論はあるか?」
態々異論があるか等と聞くが、此処に異を唱えても意味がないのは分かるが、貴族達は少し騒めき、高位の貴族が手を上げ質問をする。
「第二王子アースワーズ殿下はどうされたのですかな?」
「殿下からは数か月前に放棄する旨を陛下共々お聞きしております。ですから、この場に居なくとも進めます。また、第三王子ジザンサロム殿下も同様に私が会議の場で放棄する旨を聞いております。一度放棄した継承権に異を唱えても戻ることはないことをご理解いただく」
「ぐ、分かりました」
まだアースワーズがどうのと言う事を諦めていなかったのだろう。
まあ、アーチ大平原の戦いに参加していなければ仕方のない事なのだろう。
レムエルとアースワーズの決闘は箝口令が敷かれ、漏れないようにしてあるのだから。
「異論はもうないようだな。
では、名前を呼ばれた六名は前へ出よ」
そういうロガンに待ったをかける声が響く。しかも二重に。
「「待って下さい!」」
「何ですかな? シュティー殿下、ショティー殿下」
「「えー、私達も王位を放棄します」」
少なくないざわめきが起きるが、貴族達は二人にさほど目を付けていなかったためそれほどではない。
逆にあちら側となる王族が減り喜ぶ者もいるだろう。
「理由としては私達より弟、レムエルの方が相応しいからです」
「私達はその姿・実力・思いを肌で感じ、レムエルなら国民を豊かに、国を繁栄させてくれるはずです」
「これはアースワーズ兄様も同様のことを申し、「私達はレムエルの下に就き従うことをここに宣言します!」」
これにはざわめきが起き、後ろ盾を持っていないと思われていたレムエルに、王族が付くという強力な後ろ盾が出来上がった。
元々そうなのだが、口で宣言されるとでは全く効果が違う。
「分かりました。では、御二方の継承権を破棄させていただきます。他の王子も何かありますかな?」
ロガンは頭を同時に下げる二人に頷いて承諾し、その隣でびくびくと震えている小太りの二人を見る。
アースワーズがいない為、レムエルから順々に横に大きくなっているのが分かる。王女の場合はメロディーネの美しさが際立つほどの差がある。
よく一緒に立っていられるものだ。どちらがとは言わないが。
「お、おれ、や、わた、私もほ、ほほ、放棄します!」
「俺、私もです! 務まるとは思えません!」
オスカルとジャスティンがどもりながらどうにか放棄する旨を宣言する。
これに貴族達は失笑する者がおり、王族として見下される。
それ程この二人が相応しくないと思われているのだろう。
まあ、娯楽しかしていないのだから仕方なく、付いていた貴族も何かあってついていたわけではないのだ。
「分かりました。ビュシュフス殿下とレムエル殿下の二人となりますが、王位継承の儀に臨むのであれば陛下の御前へ」
ビュシュフスはとんだ邪魔が入ったとレムエルの方を睨み付け、指に付けている指輪の感触に頬を緩ませる。
「……何が精霊だ。俺様の方が偉いに決まっておる。分からん者にはこの指輪で……」
レムエルは一度深呼吸を行い、ここからが正念場だと気も身も引き締める。
赤とも緋色とも取れそうな絨毯の上を歩き、貴族達が並ぶ前を通る。
『竜眼』は使わず胸を張り、敵意ばかりの中信じてくれる者達のために挑む。
前を向けば自分より遥かに大きなビュシュフスと視線が合い睨み付けられるが、バダック達と比べれば天と地ほどの差があり、敵意も殺気と比べればどうと言ったことなかった。
メロディーネとも目が合い、小さくではあるが勇気をもらう。
――ここで頑張らなくて何時頑張るんだ! 皆の思いを背負ってるんだ!
その思いの強さと今までの経験がレムエルの心を奮い立たせ、アブラムが座る玉座の目の前まで移動した。
慣れていないこの場でそのような態度を取られ、貴族達は見直すように感嘆の思いをする。
王位継承が二人となった今、どちらかにつくことになり、今この場で見定めるしかないのだ。
「チッ! 下賤な王子め。貴様がいなければ俺様が王となっていたのだ。おい、聞いているのか!」
「黙らんかッ!」
「何? 貴様誰に向かって――」
「ビュシュフス殿下は王位継承権がいらないと見える。場を弁えぬ者が王になれると思いですかな?」
そう言われてはさすがのビュシュフスも怒りを収めるしかない。
マーガレットは小さく咳払いをし、ビュシュフスにこのような所で変なことをするなと注意を促す。
さすがに拙いとわかっているのだろう。
「チッ! 申し訳ありません」
舌打ちを聞きロガンの眉がピクリと動くが、これ以上何かを言っても無駄だと進行を続ける。
「それでは、アブラム陛下より次期国王の名を告げて頂きます」
ロガンはそう口にし、その場から離れてアブラムに頭を下げる。
それに倣って全ての者がアブラムに頭を下げ、中央にいるビュシュフスとレムエルは片膝を突き、頭を下げる様に構えている。
闇の大精霊は今のところ姿を消している。
アブラムは補助の騎士に支えられながら立ち上がり、一歩ずつ前へ動き最上段の前で立ち止まった。
そして、両手を持ち上げ頭の上に乗せている王冠を取る。
これは戴冠式ではなく、あくまでも王位継承の儀である。
戴冠式は別の日に国民にも知らせて、貴族が集まったうえで行われるだろう。
「皆も、わかっているであろうが、次期国王は、此処にいるレムエルとする。レムエルよ、前に出よ」
分かり切っていた答えだが、ビュシュフスの顔にありありと驚愕の色が浮かぶ。
貴族もこうも簡単に告げられるとは思っていなかったのか鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔になる。
「レムエルは、解放軍の長。だが、それは国と、民を憂いてのこと。元を立たせば、我が元凶だ」
「へ、陛下! 言葉が過ぎます!」
「黙れ。……我が、レムエルを隠したのは、この日のため。民の心を掴み、貴族の過半数を従えた。力が不服か? 精霊を使い、アースワーズとの戦を切り抜け、我の目の前にいる。聞いた話では、南部は栄えている。それも、すべてレムエルがやったこと。お前達に、無傷で三倍以上の戦力を、切り抜けることが、出来るものがおるのか? いないであろう。知にも富んだ、レムエルだからこそ、我の出来なかったことも、やってくれると信じ、次期国王とす」
アブラムはそう言い終わると背後に控えていた騎士の方に身体を預け、呼吸を荒くしながら玉座に座り直す。
レムエルは少し困惑するが、ロガンにその場に待機と言われじっと待つ。
少し命の精霊に頼みアブラムの容体を回復させるが、アブラムはそれに勘付き微かに微笑む。
「この継承に異議のある者は、申し出よ!」
これは儀式的なものだが、この場で異議を唱えるという事は対立するという事だ。
「異議あり! 異議があるに決まっている!」
勿論異議を唱えたのはビュシュフス本人だ。
どよめきは起きるが、ここでどうにかしなければ身を亡ぼす為、第一王子派の貴族達は追随する。
「どうして俺様ではない!? 俺様の方が王に相応しい! 父上は騙されているのだ!」
「レムエル殿下は国内に争いを巻き起こした張本人! いくらそれが良い結果を生んだとしても罪は消えませぬ!」
「聞いた話では崇めるのは精霊教と聞きます! これは今まで王国を支えてくれた創神教に仇成すことになるのではないでしょうか! 陛下、どうか御一考のほどを!」
それに対する異議を国王派の者がレムエルを庇い、ビュシュフスを糾弾する声を上げる。
今までの恨みも込めて不正を行った貴族の名前が上がり、場は糾弾の場へと変貌していく。
そこにパァン、とけたたましい音が鳴り響き、音が聞こえた方へと注目が集まる。
音の原因は風魔法を応用した手拍子。
音を出したのはアブラム、ではなくレムエルだ。
静寂が支配する中、レムエルはアブラムに一言断りを入れ、貴族達の方へ身を翻す。
「確かに僕はこの身を、手を罪で汚したのだろう。でも、それはそうしなければならなかったからだよ。この場にいる人で、僕に言える人はいるの? 自分が何もしていないと言えるのかな?」
レムエルは全員を見渡し、微かに微笑む。
「言えないよね。だって、僕が犯した罪は君達の尻拭いなんだから」
貴族達は目を見開いて絶句する。
「意味が分からないかな? 僕は君達が国を腐らせたがために、立ち上がることになった。勿論あらゆる教育を施され、僕は早々平民ではないことを理解したけど。それを君達は下賤な王子だと、偽物の王子だという」
「そ、その様な――」
「いや、言わなくても思っていることは分かるよ。君達は僕と精霊を甘く見過ぎだよ。精霊は自然と万物に宿り、今もこの場に数多くの精霊がいる。君達には見えていないかもしれないけど、精霊はこの国を見捨てようと僕に言っている。精霊に見捨てられたらどうなるかな?」
「で、出鱈目を言うな!」
「そう思うのなら好きにすればいい。でも、僕は国民と国を守る義務がある。精霊に見放された土地は確実に滅ぶ。それは肝に銘じておいた方が良いよ。
精霊のことはさておき、僕のことを下賤だと言うと、それは自分達が国を腐らせた原因だということだよ? 腐っていると思ったから僕達がいる、ってなるからね。理解しているのかな?」
レムエルは一歩踏み出し、貴族達を圧倒的な存在感で攻め立てる。
否定したいが、それを否定すれば、解放軍と国民は何故立ち上がったのか、と返され言葉に詰まる。
しかもこの場は公式の場。話す言葉は全て端の方に控える書記係によって書き残され、屁理屈を今考え口にした場合、底の見えない泥沼にはまってしまうと恐れを抱く。
「貴様何を言っている! 貴様が下賤なのは変わらん!」
ビュシュフスは喚くが、レムエルや貴族は一向に見向きもしない。
『竜眼』を使っていないにもかかわらず、ここまで他者を圧倒する王者の風格に貴族はレムエルから目を離せない。取って食われるとは思っていないが、絶対者を前にし目を反らしてはいけないという思考が働く。
実際に元凶である彼らと会い、この場に緊張と不安を持っていたレムエルだが、どこまでも救いがないのだと気づき、最初に会った貴族がシュヘーゼンで良かったと思う。彼らに最初に会っていれば、貴族全員がこのような最低な輩だと誤認していたと。
バダック達も貴族なのだが成り上がりに近く、十数年もあの様な場所にいる時点で普通の貴族の思考を持ち合わせていないだろう。
半分憤りを感じているレムエルは下賤だという言葉に眉を動かし、笑みを深くした状態でビュシュフスの方を向く。
その笑みは作り上げている物で、舐められないように、いつでも微笑みなさいというレッラのことを忠実に守っていることで、内心へにゃっとさせたい。
「下賤、下賤……どうして僕は下賤なの? 聞いた話では父上も兄上達も貴族の皆も認めた。中にはあなたと一緒で認めない人、いや認めたくない人がいるだろうけど、いくら否定しても変わらない不変はあるんだ」
レムエルはソニヤ達から教えてもらった王族の特徴をそのままに語る。
金糸の様な滑らかな金色の髪。その中に一筋の白いメッシュが入る。
瞳は鮮やかな緑色で、宝石よりも宝石らしい。
肌はほとんど手入れしていないにもかかわらず木目細かく、決して平民では有り得ない容姿だ。
「ふ、ふん! そんなもの魔法や変装でどうにでもなる! 皆を騙せてもこの俺様は騙せないぞ! 今ここで貴様の化けの皮を剥がしてやる!」
「ビュシュフスの言う通り! 早くそこの狼藉者を捕まえなさい! 王族を偽る不届き者です!」
ビュシュフスに続いてマーガレット王妃まで金切り声で叫び非難する。
貴族達もここぞとばかりに捻じ曲げようと紛糾し始め、レムエルを直に見て決めた貴族も加わり、完全に勢力は二分した状態となる。
「静まりなさい!」
そこに凛としたレムエルとは違った上に立つ者の声が響き、それほど大きくなかったにもかかわらず、場の争いを鎮めた。
「あ、あなた何を……」
声の主はマーガレットの隣に座る、大人しい装飾に身を包んだ第二王妃ジュリアだった。
ジュリアは目を白黒させて驚くマーガレットを一瞥もせずに一歩前へ踏み出し、周囲を一度眺めた後レムエルに視線を合わせ微笑む。
「あなた方は今が何の場か分かっておられるのですか?」
レムエルはその微笑みにおずおずと頭を下げ、先ほどとは違った様子にジュリアはアブラムに似ていると感じ取った。
「この場は継承の場。国王陛下が次代の国王を決める場です。私達はそれを見届けるためにこの場にいるのです。それに不服を唱えるということは反逆すると言う事」
「ですが、私共に何の相談もなく、しかもいきなり現れたこの者になど……」
「確かにあなた方の言う懸念も尤も。ですが、レムエルは皆が認めている王族。しかも国の長である国王陛下までもが認めた存在。出生も聞かされ、実際に王宮内で生まれたことは皆も知っています」
「それでも死んでいると記されているのですよ?」
「その話を何度蒸し返すのですか? 誰か死んだところを見たと? 貴族なら出生を隠して隠遁させるのは当たり前でしょう。現に私の友人第五王妃シィールビィーは命を狙われたこともあります。その息子なら疎まれても当然。――そうでしょう? マーガレット様」
私は全て知っているのですよ、と嫌味を含んだ笑みを浮かべる。
マーガレットは素知らぬ顔で言い逃れようとする。
「何のことでしょうか? そのようなことをこの場で仰って、あなたの立場も悪くなりますよ?」
「ええ、構いません。私の立場もあなたの立場も理解しているつもりです。――私は悔やんでも悔やんでも悔やみきれない心境なのです。ですから私は決めました」
そこでもう一度レムエルを見る。
「私もレムエルを次期王と認めます。ショティーとメロディーネが推すのなら信用に値し、レムエルはどこからどう見てもあの方の息子。陛下にもそっくりです。――オスカル、あなたもそう思いますね?」
「うぇ? あ、ぅ、あ、はぃ」
「よろしい」
有無を言わさないジュリアに、ジュリアのことを知っている者達は皆絶句する。
「さて、あなた方はまだ何か言うことがありますか? それとも、まだ茶番を続け己の罪を増やしますか?」
今度はジュリアがこの場を支配し、やはり王族なのだと理解してしまう。
この辺りが生まれながら貴族と王族の差だ。
マーガレットでもここまでの物は持っていない。
「第二王妃の分際で何を言っているの! 普通に考えたら第一王子であるビュシュフスが次期王になるに決まってるじゃない! それをあの女の息子ですって? 姿形がいくら似ていようが、それを証明することが出来なければ無駄よ!」
帝国とも繋がりを持っている発言をしたマーガレットは、どうしてもビュシュフスを王に推す。
既に勝敗は最初から決まっているにもかかわらず足掻き、裏にある計画とでも呼ぶべきもののために行動する。
この場にいる全員が気付いている、下手をすればこの国は帝国に飲み込まれると。
ジュリアはレムエルのためにも、国のためにも一歩も引かない。
本当ならアブラムが止めるのだろうが、横目で見ればもう立ち上がる体力も残っていない。
何かの力が働いているのは分かるが、流石に何かはわからないのだ。
ただ、レムエルのおかげだと理解している。
なら、自分はそのレムエルを最大限守る。
今は亡きシィールビィーのためにも。
「なら、ビュシュフス殿下が王族だという証明をしてください。もしかすると、気付いていない間にすり替えているのかもしれません」
「なっ!? あ、ああ、あなた何を言っているの!?」
「だって、どう見ても国王陛下にもマーガレット様にも似ていないではないですか。王族特有の容姿も持っていないようで、どうなのですか?」
まさかの発言にロガン達でさえ目を瞬かせて二人を見てしまい、この場で平然としているのはレムエル位の物だろう。
理由はレムエル自身ビュシュフスを見て誰だ、というのが最初に頭に浮かび、兄弟ではないのではないかと言われて納得してしまったからだ。
というよりシュティー達もそれで納得しそうだった。いや、笑いを堪えて肩が震えている。
「……(パクパク) あ、ああああ」
「まあ、どちらでも構いません。あなた方がレムエルのことを王族ではない、証拠を見せろ、というのはこれと同じこと。片方は王宮にずっと住んでいますが容姿は似ておらず、もう片方は容姿はそっくりで秘密裏に育てられた」
否定したいが、一度納得してしまうとどうしようもない。
ビュシュフスはわなわなと身体を震わせながらマーガレットを見やり、そうだといってほしいと目で訴える。
マーガレットも自分で産み抱いたのだと理解しているが、今のビュシュフスの身体の醜さを視界に収め、美を求める女だからこそ認めたくなくなる。
ジュリアの目がメロディーネに向き、その隣へと移動していく。
一番端に移動したとき、豚がドレスを着た巨体が揺れ動き、ふら付いてその場に倒れてしまった。
背後にいた貴族はぎりぎり避けたが、冷や汗の様な油――油の様な冷や汗ではない――飛び散り、失神しそうになる。
真ん中の巨体は震えるも母親と同じ体系なのでどうにか持ち堪える。
だが、つい目の端にいる麗しいメロディーネに目が移り、始めて女としての絶望というものを知る。
どうやらマーガレット達は怒らせてはならない女性を怒らせてしまったようだ。いや、覚悟を決め立ち上がらせてしまったのだろう。
と、そこに再びドアが開く音が聞こえ、息絶え絶えにしながら入って来る者達がいた。
身体には血が付着し令嬢達が悲鳴を上げ、騎士達が武器を持ち近付いて行くが、先頭にいた人物を見て敬礼をする。
遅れて入って来た青い姿の美女が法螺貝のような杖を振ることで血や汚れが消え去り、中央をまっすぐ歩いてくる人物が誰なのか皆やっと理解した。
「何やら面白いことになっているようだな」
「不謹慎です」
追随する騎士――団長位を示す銀色の鳳が描かれたマントを羽織ったマイレスに注意され、アースワーズは気まずそうな顔になる。
「「兄様!?」」
シュティーとショティーがその声に反応し、無事だったことに歓喜の声を叫ぶ。
レムエルも安堵したように胸を撫で下ろし、ここに来たということは精霊が伝えてきた化け物を倒したのだと悟る。
ただ、相当疲労が見え、いたる所に傷を付けている。鎧も凹み、馴染みの顔の貴族達も肩を貸し合っている。
激戦だったのが覗えるというものだ。
「陛下。アースワーズ、ただいま帰還いたしました。遅れてしまったのは申し訳ありませんが、約束通りレムエルを守り見極めてきました」
アースワーズは玉座の最下段の前で跪き、アースワーズとアブラムとの間に合った約束を報告する。
「よく、帰還した。この場にいる、という事は、そうである、そう思っていいのだな?」
「はい。既にシュティー達から耳に入っているかと存じますが、私はレムエルこそが王に相応しく思います。
本気の武装ではなかったとはいえ私を一騎打ちで打ち負かす武力、
三倍の戦力差があるにもかかわらず、奇策を用いて覆し死者を出さずに勝利を収める知力、
他者を従え、仲間に引き込み、国民だけでなく貴族の心も掴み、精霊教の教皇と渡りを持つ手腕と魅力、
士気や統率力もあり、奇抜な発想をしますが、どの発想も国の不利益になることはないでしょう。必ずやレムエルは国を豊かにするはずです」
ここにきてアースワーズが一騎打ちで負けるという爆弾が投下される。
この日のために誤情報を与え、箝口令を敷いたのだ。
ただ、本気で戦えば精霊を使えるレムエルが勝つだろうが、純粋な武力と考えるとアースワーズに軍配が上がる。
「また、この場にいる者は眉唾物だと思っているようですが、レムエルが王族であると証明する方法があります」
「あれ、のことか」
すぐに皆の頭の中に先ほどの光景と噂が思い描かれる。
「陛下が考えられている通り、レムエルはその瞳に我が国の伝説である『竜眼』を秘めております。それが何よりもの証拠となるでしょう」
アースワーズはこちらを向いているレムエルに視線を合わせ、その時だと強く頷く。
その後ろを向けばシュヘーゼン達が跪き、続々と貴族達が集まり出した。その中にはイシス達の姿もあり、コトネも暗部の者達と隅の方で固まっている。
これで形勢逆転というべきか、元々勝敗は決まっていたのだから勝負が付いたというべきか、兎に角レムエルは強く頷き、アブラムの方を向く。
「レムエル、お前は、本当にあれを、秘めているのか? もし、そうであるなら、この場で、見せてくれ」
レムエルはコクリと頷き、目を閉じて精神を集中する。
心の奥底に意識を向け、あの時のように光を立ち昇らせるのではなく、己の中に秘めながらも最大限の力を発揮させる。
喚いていた貴族達もレムエルの雰囲気が変わり始めているのに気付き、辺りが静寂を支配する。
そして、レムエルの身体から黄金色の神々しい光が漏れ始め、薄らと目を開けていくにつれて色濃く、力強い、他者を跪ける王者の風格が迸る。
「お、おおおぉ! その瞳は、まさしく、聞き及ぶ、『竜眼』に、間違いない!」
隣で息を飲むのが分かる騎士に支えられ、アブラムは感動に声を震わせながら両手をレムエルへと伸ばす。
レムエルは前へ歩き、アブラムの前で片膝を突き跪く。
頬に両手が添えられ、間近で見られることに気恥ずかしさが出てくるが、レムエルはジッと真っ直ぐアブラムを見る。
アブラムの目から感動か、歓喜か、それとも魂の震えか、目から大粒の雫を零し、その頭の上に無言で王冠を被せた。
それに文句の声を上げる者はおらず、マーガレットが何か言おうと口を開くが声が出ず、周りの者同様にじっとしてしまう。反対していた貴族達も心が折れ、自分達は本当に敵に回してはならない人物と対立してしまったのだ、始めから勝ち目はなかったのだと思い知らされた。
ビュシュフスは未だに放心した状態でそれを眺め、それほどジュリアの放った言葉が響いたのだろう。
「レムエル。皆に、示すのだ」
「分かりました」
レムエルは静かに呟くと共に頷き、『竜眼』を解放した状態で身を翻す。
最上段の端まで移動し、ゆっくりと全体を見渡す。
この日を待ち望んでいたシュヘーゼン達は歓喜の色が浮かび、涙を我慢しているウィンディアの姿もあった。
ソニヤはイシス達と合流し、臣下の礼を取りながら満たされた顔で、視線が合うと力強く頷かれる。
隅の方にいるコトネに視線を向けて微かに微笑み、最後に兄弟の姿を見てから口を開く。
「これで僕が王族だと証明できたはずだ。これで尚、異議のある者は申し出て」
言葉遣いが子供らしいが、そんなものは些細なことだ。
戴冠と言葉が逆だが、それこそ今のレムエルを前にしてみれば些細な事だった。
それでレムエルの格が下がることはなく、凛とした佇まいが忠誠と臣下の礼を取らせる。
「う、嘘よ! お前の様な下賤で卑劣なあの女の息子が――」
「母上を侮辱するな! お前こそ他者をゴミの様に扱う愚物だ! これからは好き放題させるつもりはない! 他の者も心得ておけ!」
『は、ははぁ!』
最後の最後にレムエルの逆鱗に触れてしまい、今まで見たこともないほど激昂したレムエルが怒気を迸らせる。
その怒りは言葉と荒れ狂う魔力だけに収まらず、片腕を振ると同時に大精霊達が憤怒の形相で現れ、マーガレットに武器を突き付けた。
レムエルが成人していないからまだチャンスはあると足掻こうとした馬鹿で哀れな貴族は恐怖を覚える。
日頃のレムエルを知らないからこそ、この力を使い恐怖で縛るのではないかと憶測し、抗う事の出来ない楔を打ち込まれる。
「う、ぁう、あ、かっは……。ヒュー、ヒュー、あ、ああぁあぁぁ」
マーガレットは狂ったように恐怖の声を上げ、助けを求めようと声を出すが喉が引き攣り上手くいかない。
レムエルは大精霊達の肩に手を置き、怒りの矛を降ろすように首を横に振る。
大精霊達は今回ばかりはと抵抗するが、レムエルと一つ約束することでどうにか矛を収めさせた。
向けられていた力が無くなったことで全身の力が抜け、その場に異臭を放ちながら崩れ落ち、まだプライドまでは砕けなかったようでぐちゃぐちゃの顔で睨みつけた。
「ビュ、ビュシュフス! あ、あれを使い、なさい! あなたが王にかふっ……」
最後まで言い終わる前に闇の大精霊が意識を飛ばし、マーガレットはブクブクと泡を吹きながらその場に倒れた。
レムエルは悲しい眼でその姿を収め、ぶつぶつと狂乱したように呟き始めたビュシュフスに鋭い視線を向ける。
「お、俺様が、王……王は、俺様なんだ。王は俺様、俺様が王になるんだ。王になる存在。邪魔をする者には死を。あんな偽者より俺様の方が、俺様の方が……」
「その傍から離れて! 今すぐ!」
「死にたくなくば動けッ!」
『は、はい!』
レムエルの声で戻ったアースワーズは声を大にし、ビュシュフスの周りにいる兄弟達に退避の命令を飛ばす。
貴族達は悲鳴を上げて後退り、メロディーネ達は隅に居たはずのコトネ達に離れた位置へ運ばれる。
それと変わる様に大精霊達がビュシュフスを取り囲み、填めている指輪に向かって武器を構えた。
指輪は力が増幅されているのかビュシュフスの魔力を吸収しながら力と禍々しさを増し、ビュシュフスの精神を蝕んでいく。
「フヒャ、ブヒャヒャ、ブヒャヒャヒャヒャ! 俺様が王だ! 俺様に逆らう奴は皆死んでしまえ! ブヒャヒャヒャヒャヒャ! 帝国から齎された聖なる指輪よ! 俺様に逆らう奴を殺せ!」
壊れた機械の様に虚ろな目で叫び、不気味な光を放つ指輪を発動しようと掲げた瞬間、ポトリと地面に何かが落ちる音がした。
「精霊よ! 封印術の準備!」
『……!』
同時に腕を上へ振り抜いた姿のレムエルの声が響き、大精霊達は頷くことも省略し落ちた物体へ最大出力の精霊の力を籠める。
落ちている物体は太く短い肉の塊、ではなくビュシュフスの指。
その指は変色が始まり、黒緑色の気持ちの悪い色へと変わり、血は絨毯を溶かし緑色の煙を放つ。
付けられている指輪から同じ色の炎が噴き上がりその場を染め上げていく。
本当ならビュシュフスごと飲み込み、ビュシュフスを変貌、若しくは糧に何かを産み出す道具だったのだとわかる。
だが、予め備えていたレムエルは入った時から指輪に注意を向けており、その指輪が完全に発動する前に切り落とし、大精霊達に即座に指示を飛ばした。
どうにか大精霊の力で抑え込んでいるが、早く封印しなければ何か大変なことが起きるだろう。
そう、誰もが頭の中に過らせる。
「ビュシュフスとマーガレット王妃を危険物所有及び情報漏洩罪で捕まえろ! 特に帝国との関係性を洗い浚い吐かせろ!」
悲鳴が上がる前にアースワーズが周りの騎士に命令を飛ばし、アブラムや王妃達を護るように騎士達が気絶しているマーガレットを捕まえ、ビュシュフスを大精霊が昏倒させる。昏倒したビュシュフスも同様に騎士達に手渡され、大精霊はレムエルの指揮の下封印術を施しにかかる。
「準備は良い?」
『……!』
「万物の精霊よ、僕と共に全てを封じる力を解き放て。
我、レムエルの名に於いて行使するは、世界の理を崩す忌まわしき邪の封印。
汝より溢れ出す魔力を封じ、永遠の眠りに誘わん」
レムエルが自分なりの特殊封印魔法の詠唱を始め、精霊達は不気味な炎で侵食しようとする指輪に両手を向け、光り輝く結界で覆う。
精霊達が指輪に近づくにつれてその結界の大きさが狭まり、結界に触れた不気味な炎は悲鳴に似た声を上げながら、逃げるように白い煙を出して結界内で暴れ回る。
「ひいいぃぃ!」
それを傍で見ていた貴族達が悲鳴を上げ後退る。
まるで生き物のようで、炎の暗い部分と明るい部分が形取り叫ぶ顔のように見えるのだ。
ビュシュフスは騎士に押さえ付けられた状態で涎を垂らしながら何か言っているようだが、指から斬り飛ばしたおかげ豹変の兆候は見られない。
コトネ達暗部の者は今逃げようとする者達を捕え、この場から一切の者を出さないように努める。
帝国と通じているのが二人とは到底思えず、元々暗部――常闇餓狼はこういった仕事を専門に行っていたためすぐに捕まえる。レムエルの行動とアースワーズの言葉を聞くまでもなく行動に移す。
「そのまま一気に行くよ!」
『……!』
「僕と精霊の合わせ技、精霊式封印魔法『六芒一点式・聖浄封印』!」
壇上にいたレムエルの輝きが一層増し、精霊は指輪に叩き込むように力を解き放ち、レムエルは発動した魔法で六大精霊の力を指輪に向けて絞り込む。
結界が指輪を覆い炎を封じ込めると同時に魔法が固定し、侵食し汚染された空間を浄化する光を放った。
指輪はその場にゆっくりと淡い光に覆われながら落ちる。
「……ふぅ~、これで良し」
『……ワアアアアア!』
レムエルが気を抜いて汗を拭くと爆発的な歓声が上がり、先ほどまでいがみ合っていた者達の心が一つとなる。
ビュシュフスは大変なことをしでかしたが、それは未然に防ぐことが出来、しかも結果レムエルと精霊の力を皆の目に焼き付けることが出来た。
これでレムエルに対する反発が少なくなるだろう。
特に帝国と繋がっていた者達がこれを知っていたとは思えず、大きな顔を出来なくするカードとなる。
まあ、そもそもこれが終われば調査が入り破滅だろうが。
「レムエル、よく、ここまで育った。私の我儘で、今まで苦労かけ、たのに、これからも、一層苦労を掛ける」
安堵し眼下で忙しなく動く騎士や貴族を見守るレムエルに、アブラムは申し訳ない気持ちを吐露した。
王としては最善の手を打ったのだろうが。父親として最低な行為だったと思っているのだろう。
そんなアブラムの気持ちを読み取り、身体を反転させ首を横に振る。
「ううん、僕は大丈夫だよ。確かに生まれてずっと心細かったし、訳も分からないまま過ごして、いきなり王になれって言われるし、母上は死んで嫌になったこともある。外に出てみれば嫌なことはたくさんあるし、国民と触れ合う度に僕で良いのかって不安とか覚えるんだ」
「レムエル……」
王だからこそその気持ち、重圧がよくわかる。
だが、レムエルがこれから背負うもの、既に背負っているものを考えれば別の物だとも思える。
「でも、触れ合って、その心に触れて、僕はいろいろと学んだし、仲間も出来た。ソニヤとレラには今でも迷惑かけてるけど、ずっと一緒にいてくれるからここまで来れたんだ。だから、これからもきっと大丈夫だと思う。弱音を吐いても二人が慰めてくれるし、道をそれても正してくれる、背中を押してくれる人もいる」
アブラムは自然と涙が流れ、自分には出来た息子だと思った。
レムエルを直に見ることで安心し、国を正し豊かにしてくれると安堵し、身体の力が抜けていくのが分かった。
だが、ここで死ぬわけにはいかないという気迫だけで保ち、せめてレムエルが成人するまでは持ち堪えると新たな目標を誓う。
「今まで、本当に、すまなかった。シィーには本当に、すまないことをした。お前にも、辛い思いをさせた」
「気にしないで、父上。母上も僕も父上を恨んでないよ。母上はどこまでも父上のことを愛してたし、僕も父上に会えるのをずっと待ってたんだ。倒れてるって聞いて母上と一緒に死ぬんじゃないかって不安だった。でも、これからは一緒に居られるし、母上のこともたくさん話して、こっちに連れてきたい」
勿論だ、とアブラムは頷き、悲しそうに嬉しそうに複雑に笑うレムエルを抱きしめ、これからは触れ合うことの出来なかった十数年間分の思いを取り返そうと頷く。
シィールビィーには本当に申し訳ないという気持ちが籠り、これほどまで優しく強く育ててくれたことに最大の敬意と感謝と謝罪を天に送る。
これからは自分が生きられる限り見守ると約束した。
その姿を駆け付けたソニヤ達が遠巻きに見守り、今の時間を持ってチェルエム王国は誤った方向から正しい方へと指針を変えることとなった。
だが、新たな問題がいろいろと浮上し、帝国への牽制は既に行われ、より一層帝国側への警備が厳重と化した。
すぐにチェルエム王国は体制が変わり、元々そのために動いていた結果迅速に新体制が樹立されることとなる。国民もレムエルの存在を認知しており、既に幸せの歓迎ムードでお祭り騒ぎとなっていた。
ただ、この件は周辺国へ瞬く間に知られ、反乱軍の情報は得ていただろうが、これほど早い物だとは思わなかっただろう。
時間にして凡そ八カ月弱。一年もかからずにここまでやってのけたのだ。
この後の対応によってチェルエム王国との関係性が決まるが、果たしてどのようになるものだろうか。
そして、更に数日後。
国内の騒ぎが落ち着きを取り戻したところに、戴冠の儀が正式に執り行われ、貴族と国民が見守る中、新国王が誕生した。
その名もレムエル・クィエル・チェルエム。
国民王、英雄、竜と精霊の輝き、初代の生まれ変わり……等々レムエルを象徴する二つ名が広がった。
一応これで第一章の最後となります。
二週間後ぐらいにバダック達の話を挟み、また時間を置いて第二章である発展編を始めようと思います。
腐敗させようと思っていたのですが、少しやり過ぎた気がします。
やり過ぎたというより貴族にしては馬鹿過ぎるというか、分からなさすぎるというか、状況が読めなさすぎる気がします。
もっとうまく書ければよかったのですが、思った通りに進めるというのも難しい物です。




