第二十四話
円形階段を駆け上がり大広前に躍り出たところで、怪物が出現したことをアースワーズ達に施した精霊の加護から感じ取ったレムエル。
「隙あり!」
「レムエル! 『渦水の弾丸』!」
「ぐはっ!」
ピクリと止まった瞬間を狙いすまし真上から飛び降りてきた刺客は、背後から高速回転する水の球によって撃退される。
「何急に止まっているの! もう少しで死んじゃうところだったでしょ!」
どうやら魔法を放ったのはメロディーネのようで、大粒の汗が額に浮かんでいるが多少魔力が回復したようだ。
「姉上、ごめんなさい。でも、アース兄上の方で何か起きたみたいなんだ」
レムエルはシュンと謝るがすぐに顔を上げて理由を話し、アースワーズ達が戦っている大司教コヴィアノフだった生物との戦闘を精霊からの又聞きで説明する。
「教会がそんなものを……?」
「メロディーネ様、お気を付けください」
「創神教め……! 何を考えているんだ!」
「「アースワーズ兄様は大丈夫なのか!?」」
三者三様の言葉を呟き、レムエルは肩を掴んでくる兄二人を落ち着かせて、精霊に状況を確認してもらう。
あちらはまだ戦闘が始まっていない様で、大司教コヴィアノフが宝珠の力を解放した瞬間のようだ。ただ、その力は強大で、精霊ですら緊張が生まれているのが分かる。
「まだ大丈夫みたい」
「「まだってどういうこと!? もう、僕達行く!」」
「お待ちください! 今から外に行って死にたいのですか? 殿下を信じるのも弟の務め。勝手な行動は慎んでください」
「「うっ、ご、ごめんなさい」」
謝る姿がレムエルとそっくりな所を見ると、やはり血の繋がった兄弟なのだとわかる。
レムエルもソニヤの説教には逆らえない何かを感じ、兄二人も同じ気持ちなのかと少し頬が緩む。
「レムエル! ……先に進みながら話して」
「あ、うん」
それを見咎めたメロディーネは、一人だけ除け者にされた疎外感を覚え、レムエルの名を強く呼ぶが思わずといったところで誤魔化しながら先へ行こうと促す。
レムエルはメロディーネの言う通りだと内心思うが、アンネにはメロディーネの気持ちを理解でき、クスクスと背後で笑みを浮かべている。
四階に上がり大広間へ出たレムエル達は、辺りを警戒しながら玉座の間まで一直線の幅広い通路を駆け抜けていく。
装飾過多の柱や目がちかちかとする煌びやかな通路、所々の壁に石像や絵画が飾られている。掃除は隅々まで行き渡っているようだが、どこか変な気配と臭いが漂っている。
気配はこの奥にいる者達と情報にある得体のしれない帝国からの指輪からだろう。
ソニヤ達はまだ気づかないかもしれないが、精霊という意志ある強大な個体と友好を交すレムエルは感受性や不自然な力に敏感となり、人一倍周りの空気を感知してしまう。
それにすでにその指輪が危険だと傍にいる闇の大精霊から聞かされていた。
「皆、どうやらあの指輪は精霊に近い力があるみたい」
「精霊に近いですか? それは強力な魔法ではなく」
緊張を孕んだレムエルの忠告にソニヤが隣まで走り、眉を顰めながら詳しい情報を得ようとする。
もしもの時は自分の身を挺してでも守ろうと考える。
「魔法とも精霊とも違う、どこか禍々しい物みたいだよ。僕も肌で感じ取っている。意志も感じるから精霊に近いと思うんだ」
吐き気を催すのか不快感を顔に出し、ソニヤと闇の大精霊に心配される。
背後でメロディーネ達が不安そうにするが、アンネがどうにか元気づけていた。
「それは精霊が閉じ込められている、という線もありますか?」
直感で一番あり得そうな想像を口にした。
帝国のことを良く知っているソニヤからすると、得体のしれない指輪に変な物を閉じ込めていても不思議ではなく、何らかの方法で精霊を隷属し封印なりしたのではないかと考えている。
だが、レムエルと闇の大精霊は揃って横に首を振った。
「それをしたら周りの精霊が僕に必ず伝えに来る。お互いに助け合うというのをずっとしてきたことだからね。精霊教の教皇にも何らかの異変を知らせようとするはずだよ」
「それは、そうですね」
「それに精霊は自然の力だよ。だから、少しでもそこにいるはずの精霊が減ったら世界のバランスが崩れ、異変を知った精霊はその場から逃げていくと思う。そうなるとそこの実りが減り、天変地異や自然災害が起きて、創神教風に言うと神から見放された大地、というようになる。下級精霊も意志がしっかりとあるからね」
精霊がいるからこそ不毛な大地でも木々が生え、終わりを迎えない。
ただ精霊はどこにでもいるものではなく、その場が好きで漂っている。
性格や雰囲気も大切だがレムエルのような優しく清らかな存在には必ず惹かれ、その地は必ず繁栄を迎える。
逆にその地が不毛、若しくは腐っていたりした場合精霊の数が減り続け、次第に衰退していく。
これが今まで国が滅亡したり、災害が起きたりする原因だ。
精霊が自然災害を起こしているのではなく、人間が自然の意志である精霊に見限られる行為をするから自然災害が起きるのだ。
ここまで腐って尚滅びなかったチェルエム王国は、ここ十数年はレムエルという存在がいたからで、それより前は帝国との戦争で活気があり、広大な大地が支えていたのだ。
基本帝国側は砂漠化が進み、争いが絶えず空気が悪い為精霊の数が少ない地域だ。
だが、それを教える義理はレムエルにはなく、見過ごすという気持ちはないが、このような物を使って入り込もうとしている帝国を調べてからだと考える。
「それにあれは意思というより命令されたことを忠実に行う奴隷や機械が正しいかもしれない」
「機械って水車とか、大きな魔道具みたいな?」
そう言われてレムエルは少し言葉に惑ってしまう。
この世界の技術水準は中世ヨーロッパ程度。そして、チェルエム王国は豊かな為、それほど機械文明は進んでいない。
まあ、それは他の国でも言えることで、魔法がある時点で火を着けるのは薪に火魔法やコンロの様な魔道具、水は井戸や水魔法、木を切るのも風魔法やのこぎり、家を建てるのも地魔法等で出来る。
魔法によって科学が発達しないと言うが、どちらかというと機械が発達しないから科学も発達しないと言える。
生活を便利に、より簡単するために機械を作り上げる思考を持たず、魔力を上げ魔法を発達させようと努力をする。
「う~ん、分かり易いのは時計とか、機織り機とかかな。しかも魔法に頼らず、というのが近いけど、魔法機械、魔導機械、とかでも機械だろうね」
「へぇ~、他の兄弟とは違いレムエルは賢いのね。その話ゆっくりできるようになったら教えてくれるかしら」
「ん? 別にかまわないよ。僕はいずれそういった物も作っていこうと思ってるからね」
メロディーネは上手くいったと見えない方の手でガッツポーズをし、隣でアンネが困ったような溜め息を吐いたのに気付いていない。
「それでその指輪をどうされるつもりで?」
ソニヤは玉座の間が近づいてきた為、どうするかだけ聞く。
その後の対応はもう慣れたためどうにでも息を合わせられるだろう。
そうでなければあの中央通りでレムエルが力を行使した時に素早く動けなかっただろう。
慣れというのは本当に怖い物だ。
だが、その慣れが今回ずっと役立っている。
「大概ああいうのって使ったら最後、壊れて証拠隠滅されたり、相手の人格を乗っ取ったり、死ぬまで破壊を続けるとかだよね?」
「まあ、過去そのような魔道具があったり、どこかの遺跡から見つかった呪いの道具は装備者の意思を、というのが良くあります。近いので言うと奴隷の首輪、魔物を隷属させる紋章、古くからある契約でしょうか」
この世界に迷宮やダンジョンというのは存在しないが、それに近い遺跡が幾つも存在している。
どう違うのかというと、迷宮は突如世界に現れ、何階層とある中に財宝等が眠っているところだ。対して遺跡というのは過去に存在していた古い建築物のことで、そこに魔力の素である魔素が溜まり、強力な魔物や道具に魔素が入り込み魔剣等になる場所だ。
迷宮の魔物は地上に出て来れないらしいが、遺跡は単に魔素が溜まり、魔物の家や住処となる場所なだけで普通に出て来る。
このように遺跡の方が少し危険な場所で、魔素は早々溜める物ではないが、一年に一回は調査していないと大変なことになる。
それで過去国や街が幾つも滅んだ歴史を持っているほどだ。
「帝国のすることですから、他国の王族とはいえ簡単に捨て駒にするでしょう。このまま操り人形となれば我が国を支配下に置けますが、そうでなければ試作品の実験だと容易に想像できます」
「本当ならここで兄の心配をしなければならないのでしょうけど、そんな気持ち全く抱かないわ。帝国に腹が立つくらいで、報いって感じね」
辛辣な言葉を吐くが、同意とばかりに兄二人も頷く。
レムエルはまだ直に見ていないため何とも言えない。
「なら、使われる前に奪うべきだね。あれが量産されるとなると危険だ。調べるとともに対抗策を考える為に何としてでもあれを奪う」
少し前までのレムエルなら迷いに迷ってソニヤに泣きついていただろうが、この場は国の命運がかかっているため取捨選択をはっきりさせないといけない。
未知数な指輪の効果を発揮させるか、兄を切り捨てて指輪だけでも奪うか。
この場において誰もが指輪を選ぶだろう。
それが例え何を代償にしたとしても、だ。
このまま玉座の間まで入ることさえできれば確実にレムエルが王位に就くだろう。
例え残っている貴族が何と言おうとそれだけは変わることの無いことで、この元凶を作った者達のことを聞くわけがない。それにあちらにはロガン達国王派の者が付いており、そちらはそっくりレムエル側に付く。
問題はその後となる。
そして、いよいよ玉座の間へと辿り着き、三人の王族が扉を開け、ソニヤと闇の大精霊を従えたレムエルが登場した。
少し時間を巻き戻し、王城内に残っている者全てに玉座の間へ来るよう通達があった。
時間で言うとレムエル達が城内へ侵入しようと城壁に乗り移る前辺りだ。外では精霊が飛び交っている時間だと思ってくれればいい。
呼び出されたのは王族と残っている貴族、王直属の騎士達。
その他の召使いや非戦闘員達は皆安全な場所へ移され、高位の地位を持つ文官達がいるのみ。
貴族達の顔は一様に沈み、針の筵と言うわけではないが、この世の終わりと遭遇しているようだ。
ビュシュフス達王族は急遽集められたことに憤っているようだが、第三王子ジザンサロムはどうにか出来ないかと貴族達とこそこそと話し合い、第四王子オスカルと第五王子ジャスティンは今にも失神しそうだ。
それに対して第一王女クリスティーヌ達がそれほど怯えていないのは、今の状況が自分の身にどのように降懸っているのか分からないからだ。
彼女達は勉強も碌にせず、王族と言うだけで思いのまま、何か起きても王女だから関係ないと思っている。
シィールビィーを除いた王妃四人もこの場に姿を現し、ビュシュフスの親マーガレットは子は親に似ると言いうようにその親も苛立ち、扇をパタパタとさせている。
帝国と渡りがあるのはマーガレットが帝国の公爵令嬢だからだろう。
それに今回は次期王を決定すると言う事で、ビュシュフスが王になると疑っていない彼女は、そんな目出度い日にこのような無粋な襲撃があり思ってもいた。
また、憎きシィールビィーの息子が生きていることを知り、今までにないほど怒っていた。
クラリスとガネットは太めの身体を動かし、自分の息子が王位に就くとは思っていないため我関せずでいる。
普通はこの後どうなるのかと怯え不安を感じるのだろうが、チェルエム王国は男が働き護り、女はか弱く優雅に過ごす、というスタンスのため、実際に自分の身に危険が降懸らなければ関係ないと思っている女性が多くいる。
特に地位が高くなるほどその傾向が強く、チェルエム王国の生まれの二人は尚更だった。
そして、シィールビィーと仲が良かったジュリアは早く忘れ形見であるレムエルと会いたく、今までのことを謝りたいと悔やんでいた。
知らなかったとはいえ、それは無責任で横暴なことだとわかっていても、許してくれなくていいから素直に謝りたいと思っている。
それにオスカルを除けば、息子と娘の二人があちら側についている。
決心するのは遅いが、闘う場は此処だと信じ、レムエルが現れれば支持する腹を括っていた。
王妃でもそれなりの発言権があり、その一言は無視出来るものではないのだ。
「父はまだ現れないのか! とっととくたばって俺の王位を譲れば良い物を!」
ビュシュフスは一人で喚くが、貴族は顔を上げることも出来ずに震えていた。
怒り故ではなく、恐怖故にだ。
「ま、まだ、チャンスはある。ビュシュフス様が王位に就かれれば……」
「だが、我々は既に何もできないぞ。既に城内に侵入されたとか」
「どうしてこうなったのだ! 私達は何も悪い事をしていないのに!」
「全て言う事を聞かない雑草が悪い! 雑草は雑草らしくしていればいい物を」
まだ諦めていない貴族も存在し、直に破滅を見ていないからこそ未だ足掻けると思い込む。
彼らの中にはアースワーズ達の計画が順調に進み、後は彼らの署名をするだけで当主を挿げ替えるだけの準備がされていたりする。
「皆の者、静粛に! 陛下がお見えになる」
ロガンの一言で緊張の針が張り詰め、一斉に背筋を正し玉座が設置された方を向く。
そして、誰かに支えられているのかゆっくりと足音が重なって聞こえ始め、宰相のロガンが国王の登場の言葉を述べる。
「チェルエム王国第六十三代国王アブラム・クォルラ・チェルエム陛下の御成り! 皆の者、頭を垂れよ」
一部の者を除き、全ての者が左手を胸元に当て、右膝と右拳はすぐに動けるよう床に付け、目線は前の者のお尻が見えないように下を向き、頭を垂れる状態へ移行する。
例え太っていても一斉にこれをやるとかなりの一体感を覚えてしまう。
そして、騎士に支えられた国王が登場し、玉座の間に腰を下ろす音が響く。
少し前までは逞しく若々しい肉体だったのだろうが、今は一人で歩くことも出来ないほど衰え、五十近くだろうが見た目は七十に近いように見える。
王冠の乗っている頭は剥げていないものの真っ白で、目は光が見えるがどこか虚ろだ。今は気力だけでこの場におり、自分の最後の役目を果たす、それだけで永らえているようにも見える。
「……表を、上げよ」
「面を上げることを許す。皆の者顔を上げよ」
アブラムは傍らに控えるロガンに片手を上げて示し、擦れた声でどうにか搾り出した。
「集まって、貰ったのは他、でもない、我が後継者を、決める為だ」
後ろの方まで聞こえるようにロガンが言い直す。
国王自らが次期王を決めるという言葉を発すると、電流が走ったかのように彼らの身体を揺らす。
最早決まった様な物だが、言葉にしなければわからない者もいる為仕方のないことだ。
だからこそこのように全員を集めた。
「その前に、皆に言っておく、ことがある」
アブラムは少し体に力を入れ、背凭れに身体を預けてから貴族達を睨むように口を開く。
「もう知っていようが、我には八番目の息子がおる。名をレムエル・クィエル・チェルエム。第五王妃、シィールビィーとの間に、出来た子供だ」
「お、お言葉ですが、それは本当のことでしょうか? わ、私共は死んだ――」
「発言を許してはおらん! 無礼であるぞ! 控えぬか!」
ロガンが怒気を孕んだ声で発言をした貴族を叱りつけ、傍にいた騎士が金属音を鳴らす。勿論ロガンに対してではなく、貴族をいつでも捕えられるようにだ。
貴族は強気に出ているロガンを睨み付けるが、周りの状況も判断し渋々謝りその場に控える。
「ロガン、良い」
「分かりました。では、皆の者が聞きたいことは私が代わりにお答えする。発言は一人ずつ頼む。――陛下、構いませんか?」
ロガンにアブラムは片手を上げて許可をする。
これは打ち合わせによるもので、体力をここで消耗させるわけにもいかないからだ。
「まずレムエルの殿下の出生は皆の知っている通り、陛下も仰られたことが真実だ。そして、死んだと記されたのは今この状況のためにある」
「こ、この状況と言うのは解放軍が攻めて来る、と言う事なのか?」
爵位順に並んでおり、発言が許されていても発言出来るのは伯爵位以上の者だ。
「正しくは――国を正す為。不正が横行し、他国の手が入り、千年と言う長い歴史を持つチェルエム王国が近いうちに滅亡を迎えないようにするためだ」
半数以上が苦い顔になり、自分達がしてきたことがばれていないとでも思っていたのだろうか。
「宰相殿は我々がそのようなことをしている、そう申されるのか?」
「この期に及んでまだ言い逃れようとするつもりかッ! 私だけでなく陛下も全てご存知であられるッ! 貴族としての誇りがあるのなら自分の身から出た錆は自分で綺麗にせいッ!」
この場にいる貴族のほとんどが第一王子派に所属する者達。ついで国王派が多く、第二王子派とあり、その他に城内で仕事などをするために集まっていた貴族がいる。
皆が皆罪を犯しているわけではない。
あくまでもこの場は次国王を選定する場なのだ。
ロガンは釣り上げた目尻をアブラムに詫びた後戻し、冷ややかな目で貴族達を壇上から見下ろす。
「レムエル殿下の出生が隠された理由がお前達にはわからぬのか? 分かるであろう。現在国は誰のせいとは言わんが、内部分裂だけでなく、活気が無く、民は疲弊し、国は大きく傾いている。ここで全て上の者が、という言い訳をする者は今すぐ貴族を止めよ。そんなものが陛下に変わって土地と人を豊かにさせる代行者になれるわけがない」
反論する貴族の口を全て封じる。
「た、確かに我々は私欲に走ったことを認めます。で、ですが、それと今回の解放軍のやり方が合っているとは思えません! あちらは貴族を蔑ろにし、民等に気を掛けて」
「だからお前達は解放軍に負けるのだ。貴族を蔑ろにすると言うが、あちらにはお前達が疎み辺境に飛ばした者達がこぞって協力しているぞ? 今や貴族の半数を超える者達があちらについておる。それが答えではないのか?」
「ですが、他にも方法があったのではありませんか? それでは十年以上前から我々を騙していたことになります!」
「確かにそれは謝る。だが、それはお前達にも言えよう? 不正のことは置いておき、お前達は陛下のことを蔑ろにしていないと? 次期国王をまだ決めていないにもかかわらず持て囃していないと? 諌めていないと? 私の記憶にはそこにいるビュシュフス殿下のことを国王だという発言も聞いた。さて、この発言は現国王であるアブラム陛下に仇成しておらぬかな?」
「ぐ、くッ」
今までは貴族の力と平民だとそれだけで丸め込んでいたが、この場において宰相の地位は国王に次いで高くなり、今の貴族達に権力と言う力はほとんど残っていない。
「それは聞き捨てなりません。宰相殿」
そこにまだ若々しく、妖艶さを感じる女性の声が響いた。
その声はどこか怒気が孕み上位の存在だとわかる、第一王妃マーガレットだ。
この場では誰でも発言を許されているため王妃でも発言できる。
「何ですかな? マーガレット王妃殿下」
「あなたの仰りようはまるで私の息子ビュシュフスが次期国王ではない、そう聞こえます。この場は次期国王を決める場なのでしょう? ならば、そのような発言は如何なものでしょうか?」
この発言には貴族でさえも呆気に取られ、ポカーンと口を開けてしまう。
やはり教育をしっかりされず、力や権力が全てだと思っていると目の前しか見えなくなるのだろう。
「如何、と仰られても私は真実しかお話しておりません。先も言ったように私の言葉はアブラム陛下のお言葉だと。よって、アブラム陛下がまだビュシュフス殿下を次期国王だと定めていない、と言う事になります」
ロガンにマーガレットの怒気がぶつかるが、柳に風の様に軽やかに避ける。
「ビュシュフスは第一王子。必然的に次期国王となるでしょう。国庫を潤し、帝国からも信頼の贈り物をもらったとか。――そうでしょう? ビュシュフス」
「はい、母上。解放軍等と言う国を荒らし内部分裂させるだけの輩と、民から多くの税を集め国庫を潤し、帝国から認められこの指輪を貰った私とでは天と地ほどの差があるでしょう」
「流石は私の息子です」
このやり取りに貴族達は何も言えない。
ここまで馬鹿だったのか、と。
そして、その馬鹿を身近で見てきたはずの自分にも跳ね返り、国王派に鞍替えした者達を睨むように見る。
逆恨みなのだが、そうでもしないとやっていられないのだろう。
「そうでしたか。ですが、だからと言って次期国王がビュシュフス殿下になると決まったわけではありません。逆に帝国とどのようにして繋がりを?」
「それは私が間に立ちました。これでも帝国の公爵の娘です。数十年前まではいがみ合っていたかもしれませんが、今代の皇帝陛下はそれほど好戦的な方ではありません。隣り合う王国と良好関係を築く第一歩としてこれを渡されたのです」
ビュシュフスはこれ見よがしに皆に見えるよう、肉に埋まるようにつけられた指輪を掲げる。
一体どうやって指に差したのだろうか。
「左様で。と、そうこう話している内に到着されたようですな。皆の者、殿下の御来場である! 起立し、臣下の礼を取られよ!」
同時に外から聞こえていた足音が止み、装飾が施された重厚な扉が音を立てて外へと開いて行く。
このことを知らされていた国王派の者や騎士達が一斉に臣下の礼を取り、他の者達も遅れながら手を胸に当て失礼のないよう頭を下げる。
そして、傍らに漆黒の鎧を身に纏ったソニヤと、一目で人外だと思える空に浮いた闇の大精霊を従えた、金の髪を靡かせ白銀の鎧を身に纏った誰もが息を飲む存在感を放つレムエルが現れた。
カツカツと靴の音を鳴らし、緊張と不安を押し込め、レムエルは中央に見える王冠を被った男性をじっと見つめまっすぐ歩いて行く。
不敬だが、今この場でそれを咎める者は誰一人おらず、固唾を飲んでレムエルを見つめていた。
「このような格好で失礼します。僕が解放軍の長にして、出生を隠されて育てられた第八王子レムエル・クィエル・チェルエムと申します」
アブラムが今にも倒れそうなほど疲弊していることに驚きと悲しみを抱きながら、レムエルはこの日のために頑張った礼を取り口上を述べる。
ソニヤは跪いて下を向き、闇の大精霊は辺りを見渡しレムエルにぴったりと張り付く。
誰かの眉がピクリと動くが、醸し出される雰囲気が口を噤ませてしまう。
「陛下、遅れて申し訳ありません。第四王女メロディーネ、ただいま弟レムエルと共に参上いたしました」
「第六王子シュティー」
「第七王子ショティー」
「「私達も同様に参上いたしました」」
自分達はレムエル側についていることを示唆し、レムエルと違って一歩引いた場で跪く。
これで周りの貴族もメロディーネ達がレムエルの下に着くと勘付いただろう。
マーガレットやビュシュフスはレムエルの姿を見て驚愕に目を開き、歯軋りをしながら睨み付ける。
レムエルの容姿はシィールビィーに近いため、マーガレットは十数年ぶりにシィールビィーの面影を持つレムエルにふつふつと込み上げる怒りを覚える。
それが自分より勝っている者への嫉妬と気付かずに。
ジュリアはシィールビィーの面影を持つレムエルに目を潤ませ、悔やんでも悔やみきれない思いが込み上げ、手にしたハンカチで優しく目元を押さえる。
「面を上げよ。其方の顔を、我に良く見せてくれ」
「はい」
レムエルはアブラムの許しが出た所で顔を上げ、微笑みながら父親との邂逅に喜ぶ。
ただ、内心不安で、始めて父親と会ってどうしたらいいのか分からずに微笑んだというのもある。
「お、ぉ。其方は、確実に我の息子だ。我が愛した、シィールビィーの面影が、ある」
アブラムはその気持ちを知ってか知らずか、微かに笑みを浮かべて手を伸ばそうとする。
「して、シィールビィーは……」
「母上は、二年ほど前に亡くなりました。最後は安心しきった笑顔で、僕のことを見守ってくれているようでした」
「そう、か。……私に、何か言って、いなかったか?」
一瞬悲しそうな顔になり、アブラムは一人の父親としてそう訊ねる。
「母上は最後に僕の雄姿と父上より早く死んでしまうことを心残りだといっていました。ですが、父上は、母上に取って、とても掛け替えのない人だと。きっと今も天国で見守ってくれていると思います」
レムエルはそこで目を伏せてしまい、ぽたりと涙が零れ落ちる。
それを手で拭い去り、アブラムをしっかりと見つめる。
アブラムも目を閉じて涙を流し、喪失感を覚えると共にレムエルに対する思いが膨れる。
「今まで、お前には苦労掛けた。これからは、穴が埋められるよう、親子として、やっていきたい。こんな父親だが、レムエルは、受け入れてくれるか?」
シィールビィーが言っていたようにアブラムもレムエル同様に気弱な所があり、拒絶されるという不安を感じているのだろう。
だが、レムエルの思いはずっと前から決まっており、アブラムの提案を断る理由はなかった。
「はい! こちらこそよろしくお願いします、父上!」
一時場を整理してから、レムエル達も王族が連ねる場所へ移動し、今回の目的である王位継承の儀を執り行う。
「よくぞ、ここまで来た。これより、次期国王を、継承する者を告げる。皆、心して聞け」




