第二十三話
雨のように降り注ぐ矢や魔法は全て闇色の炎に包まれた兵士型ぬいぐるみが弾き飛ばし、レムエルを殺そうとした者に苛立った闇の大精霊はムカッと表情を変え、手に持っていた可愛らしい兎のぬいぐるみを上へ放り投げた。
ぬいぐるみは闇の大精霊の手から離れ城内の庭の上で止まると、その姿を変形させていき、大きさ十メートルほどの狂気を孕んだ恐ろしい兎のぬいぐるみと化す。闇色の炎を纏い、右目に兎の髑髏マークの入った眼帯、大きな黒いリボンを付けたゴシックドレス、両手にきらりと光る斧を持っている。
まさかの攻撃にレムエル達も目を瞬かせるが、闇の大精霊は少しテンションが上がったのか腕を横に振りその場にいる者達を蹂躙しろ、とでも命令を下す。
『…………ッ!』
「ひいいいぃぃぃぃやああああぁぁぁぁッ!」
兎は聞こえない恐怖を植え付ける雄叫びを上げ、闇色の炎がより一層燃え上がる。
両手に持っていた斧を指の無い手でぎゅっと握り締めると、刃の無い方を横に向け兵士達を横殴りにしていく。兵士達は混乱し、命令系統も碌にできていなかったようですぐに瓦解する。
ぬいぐるみは逃げる者や背中を見せた者から狙っているようで、姑息で悪辣な攻撃方法だが注意を惹きつけてもらいたいのだから有難いかもしれない。
だが、どう見ても悪役にしか見えず、せめて闇の炎は止めてほしいとレムエルは心の中で思っていた。でも、闇の大精霊は褒めてと分かり難い笑みを浮かべているため怒るに怒れない。
「蜘蛛の子を散らす、とはこのことだな。だが、あれはどうにかならないものだろうか」
幸い城は丘の上にあり、城壁で囲まれているため外にはぬいぐるみは見えていないだろう。
見えていてもぴょこぴょこと動く耳だけと思え、闇色の炎も耳までは覆っていなかった。
「もうすぐ着きますよ!」
ソニヤの声に全員が前方の目的地へと振り向く。
そこには土魔法を使ったと思える巨大な坂道が建造され、ボロボロだが城壁の上まで届き城内へ侵入できるようになっていた。
その傍には魔力を使い果たした魔法使い達が倒れ込んでいる。
彼らはこのために侵入していた工作員なのだろう。
少数精鋭でも土の無い場所に地魔法を使おうとすると、土に変換しないといけない為普段より多く魔力を使わなければならない。勿論地魔法で石を動かすこともできるが、硬いということはその分違った意味で魔力を多く使うことになる。
結局魔力を多く使うため疲労困憊となる。
「レ、レムエル、様、はぁ、こ、こちらを昇り下さい! はぁ、はぁ、上の敵には、お気を付けて」
こちらに気付いたリーダー役の魔法使いがよろよろと立ち上がり、息荒く完成させた坂道を披露する様に喜びの気持ちが声に現れていた。
「無理しないで。ありがたく使わせてもらうよ」
「いえ、いえ。レムエル、様、はぁ、国を、お願いします」
「うん、わかったよ。だから、もう無理しないで」
疲労が溜まると無理をするタイプなのか、無理して立っていようとする魔法使いを座らせ、レムエル達は苦笑を浮かべながら出来上がった坂道を駆けあがる。
急造のため足場が悪く、でこぼこした地面に足が取られ何度もこけそうになるが、どうにか落ちずに城壁の上まで辿り着く。
「レムエル様お下がりを! 『飛翔剣』! 『風瞬閃斬』!」
そこには弓や杖を構えた兵士達が待ち構えていたが、飛び出したソニヤの広範囲風斬り攻撃に兵士達は吹き飛ばされ、放たれた矢や魔法は霧散していく。
風を纏った剣を維持しながら、魔力を通して連続で切り付ける攻撃だ。
レムエルは魔法よりのため精霊に協力してもらわなければ使えないだろう。
「今の内です!」
体勢を整える前にレムエル達は城壁の上へ到達し、闇の大精霊とレムエルは背中合わせに右腕を振り抜き、立ち上がって攻撃を加えようとする兵士達のみ動きを封じる。
レムエルは光魔法の集団拘束・妨害魔法『光環の束縛』を使い、兵士達の周りを光のリングで覆い潰れない程度に閉じ込める魔法だ。触ると痺れる効果もあるため、魔法が消えるまで外に出ることは出来ない。
闇の大精霊は当然闇魔法で、こちらは幻影を見せてその場に力なく崩れ落す。どうやら使った魔法は『心地良き悪夢』で、魔法を食らった者は今までに感じたことのない夢を見ることになるが、同時に精神と精力を蝕まれ廃人に近くなる。勿論手加減すれば普通に快感だけを得られる魔法だ。
「こちらへ! このまま玉座の間へと向かいます!」
玉座の間は二階の中央階段を上がり、三階にあるホールを抜け巨大半円形階段を昇っていくと大広間に出る。その大広間を真っ直ぐ進むと玉座の間のある扉が見える。
「この先へは行かさん! ここで打ち取ってくれる!」
「挟み撃ちにしろ! C、E班は背後から回れ!」
「魔法・弓隊は打ち続けろ!」
「な、中に侵入されました!」
「クソッ! お前達は先回りしろ! 俺達の隊はこのまま追い掛けるぞ! それと奥の手を使え!」
「あ、あれは――」
「いいから早くしろ!」
城内へ侵入したレムエル達は目の前からやって来る兵士達を威力を抑えた魔法と剣で相対し、入手した情報とメロディーネの情報を照らし合わせ、相手の裏を掻きながら玉座の間を目指す。
少し遠回りしながら裏道を使い、待ち構えているであろう場所を避け、なるべく遭遇戦を行わないように進む。
先ほどの通路はあくまでも最短距離を進むためで、裏を掻いていたとしても必ずそこには敵が待ち構えている。態々分かっている場所を行かずともいいだろうと考えたまでだ。
三階のホールから階段を上がらなければ玉座の間のある四階へ上がれない。
他の道は入り組み迷路のようになっていると言っても過言ではない。これも外部の侵入者を迷わせる罠の一つで、更に遠隔操作できる妨害用の罠もある為人はいないかもしれないがかなり危ないのだ。
「やってきたぞ! 総員構えろ!」
「相手は少数だ! 持ち堪えていれば必ず切れる!」
「放てぇッ!」
『『火球』』
三階ホールに続く中央通路に躍り出ると、待ち構えていた王国兵が一斉攻撃を始める。
どうやら敵にもまともな司令官がいるようだ。
「私の後ろへ! 『飛翔剣』! 『切り裂き貫く牙』!」
「『水流壁』!」
「『光護壁』!」
手首の切り返しで放たれる二本の風の牙が魔法を切り裂き、襲い掛かる熱風と衝撃をアンネとレムエルの魔法が防ぎきる。
衝撃が左右に流れパラパラと砂埃が落ちる。
『……(『立ちはだかる人形兵!』)』
煙が晴れる前に再び魔法が飛び、巨大化した人形兵が何処から取り出したのか巨大な盾を構え、闇の大精霊の特殊魔法が防ぐ。
すり抜けてくる魔法や矢をレムエルの光の結界が防ぐが、至る所から攻撃の雨が降注ぎ身動きが取れなくなる。
「このままじゃ奥に行けないよ! それに何でこんなの兵がいるの!?」
結界を張り続けるレムエルの言う通り、城に常駐している兵の数が多く、攻撃の練度も一般兵を上回る物だ。
「こうなれば私が突貫するしか……」
「私もお供しましょう」
「私も行く」
ソニヤが残り少ない魔力を多めに剣に注ぎ、イシス達も剣に力を込めたその時、
「我々が足止めします! その隙に先へ!」
「お前達! 殿下達をお守りしろ! 今までの苦渋を解放する時だッ! 総員、突撃ぃぃッ!」
『オオオオオオオオオオオオオオ!』
敵の側面となる方から怒声のような声が轟き、自分達で行ったのかレムエルの紋章である竜と精霊の紋章を胸に付け、剣を翳し雄叫びを上げながら突っ込んできた。
何が起きたのか爆炎で見えないレムエル達は、爆撃が止み悲鳴や怒号が飛び交い、硬い金属音が鳴り響いているのに気付く。すぐさまレムエルは風魔法を使って爆炎を振り払い、目の前で起きている状況を確かめる。
「お、お前達は……」
「どりゃあー! 私達は団長より命令された居残り組です! 内部から切り崩すように頼まれたのです! はりゃあー!」
「ここは大丈夫ですから、フンッ! 先へ行ってください! 国のために先へ!」
そこでは二百人ほどの兵士達が入り混じり、乱戦を行っていた。
だが、百五十に対して五十と三倍以上の差があり、数人の魔法使いは奇襲攻撃で倒せたようだが、それでも十数人以上の魔法使いが残っていた。
このままではすぐに劣勢となってしまうだろう。
「で、でも、一緒に倒した方が……」
「レムエル様、ここは彼らの言う通りに」
胸に付ける紋章が眼に入り、すぐに助けようと魔法を放とうとするが、ソニヤに先へ急ごうと手を取られる。
それでもなお見捨てることが出来ないレムエルの肩にイシスが手を置き微笑みかける。
「では、ここは私が応戦しましょう。殿下達は先へ! 『力こそ我が手に! 鬼人化』! 私に……続けぇぇ!」
『はい!』
レムエルの返事を待たずに筋肉を隆起させ、憤怒の様な赤いオーラを身に纏ったイシスが威圧を含んだ号令と共に飛び出していった。
それに応じてついてきた数人の騎士が追い掛け、力で倒すイシスの背後を守るように布陣する。
コトネは上体を低くして走り出すと、目にも留まらぬ速さで人の隙間を縫うように動き、黒い人影が走り抜けると同時に敵の至る所から血が噴き出す。
イシスの見た目は角も伸び眼が光っているため鬼そのものだが、どうやら理性はしっかりしているようで敵兵だけを打倒していく。
更に魔法の耐性も上がっているようで、震えながらも魔法を放ってくる魔法使いの魔法を腕の振りの風圧だけで吹き飛ばしている。
「さ、レムエル様」
「あ、うん、イシスはここまで強かったんだね」
「ええ、イシスは私の片腕ですから。純粋な力ではイシスが一番でしょう」
イシスが弱いとは思っていなかったが、一人で劣勢を覆せるとは思っていなかった。
いや、負けるとは思っていなかったが、百人以上を数分で倒しそうな力があるとは思わなかっただけだ。
「ぐ、誰かこいつらを止めろ! これでは計画が……!」
「む、無理です! ひぃぃいああぐばふッ!」
「くそ! このままでは我々のせいで……死んでも殺せ!」
駆け抜ける最中にこのような会話が聞こえ、ソニヤは王国兵にしては死に対しての恐怖が低いと感じ取る。
まるで戦い勝つことこそが使命であり、死ぬことはその礎となると考えているようだ。はっきりというと死を恐れないように洗脳されているかのようだ。
「ここまで人望があるのか?」
忠誠を誓う高さも薄っぺらい物ではなく、何か絶対な者に支配されているような感覚を覚えてしまう。
先ほども言ったが死を恐れない、死ぬ定めとなった捨て兵である死兵だったとしても、彼らはその先にある何かのために突貫してきそうだ。
背後を一瞥してみれば能力が数倍に跳ね上がったイシスの一撃で昏倒されても、まるで効いていないかのようにふらふらと立ち上がり立ち向かう。
鎧は凹み、口の端から吐血し、骨折して変な方向に折れ曲がる。効いていないとは言わないが、この兵は軟弱となった王国の兵とは違うようだ。
もしかすると……、とソニヤの脳裏に思い当たる節があるにはあるが、今は調べようがないと首を振って先を急ぐ。
残りはホール階段を駆け上がり、大広間にある正面通路を通るだけだ。
一方、その頃のアースワーズ達はというと、半分瓦解したような王国側の兵士とぶつかり合っていた。
まず向かってきたのは恐怖で支配された国民の兵だった。
少しでも時間を稼ぎ、解放軍側の弱点である国民を使ったのだろうが、背後で起きた光景で国民達は言うことを聞かなくなっており、争うまでもなく鎮圧された。
そして、中央を突破したアースワーズ達は情報を得た通り気を付けながら三方向に分かれた。
アースワーズは中央の開いた場所を国民を避けながら進み、団長二人は王国兵と神官兵の側面から攻め、その背後にいる司令官の下へ向かう。
その隊を動かすための司令官を倒すのは当たり前だが、あくまでも三人の狙いは創神教のトップ大司教コヴィアノフ、部下である副団長二人だ。その三人は恐らく作戦を決めるために中央付近にいるはずで、アースワーズ達は王国の裏門を目指して進んでいる。
「第二陣突破されました! このままではあと数分でここまで来ます!」
「大司教様! こちらはもう持ちません! 神の御加護を!」
両者の伝令兵が蒼い顔で駆け寄り、荒い息で立ったまま報告をするが、背後からも追い立てられている今気にしていられなかった。
「役立たず共が! こちらは三倍の戦力がいるんだぞ! あいつらは何時寝返るのだ! 俺の団長計画が台無しだ!」
「チッ! では、アースワーズ殿下は元々裏切っていたということか! クソが! 王国を支えてきた我らを蔑ろにし、下賤なゴミ共を守るだと? 偽善ぶるのもいい加減にしろッ!」
今までアースワーズが寝返るのだと思っていた二人。
自分で調べて状況を理解することに欠け、一つの情報が正しいと、別の角度からの情報を得ないからこういったことになる。いや、腐り切って自分の思い通りになると思っている腐った性根にもある。
これは長年そうであった思い込みもあり、幼少の頃から貴族と平民は隔絶した差があり、ちやほやとお前は特別だと言われ育ってきた弊害なのだろう。
意味は違った刷り込み、または洗脳状態といっても過言ではない。
人間追い込まれた時は本性が出ると言うが、いつもと変わらない薄っぺらい人間性で、自分の罪に気付かない為周りの者から心が離れていく。
こちらにも連れていかれなかったが、団長達に忠誠を誓う騎士や兵士達が多くいる。
それに加え騎士や兵士のほとんどは平民だ。
いくら貴族が騎士になると言っても、貴族と平民の数は数十倍の開きがある。当然平民が騎士になり難くとも、魔法が使える才能がある強い平民はゴロゴロといる為多くの者が平民だ。
「安心されよ。私にはこの【聖天の宝珠】がある。中央から与えられた神の息吹を与えられる特別な信徒のみに与えられる神具の一つだ」
白い卵に装飾が付いたようなロッド型の宝珠だ。
見た目は綺麗で神秘的な力を感じる、大司教コヴィアノフの言う通り神の力を得られると実感できる。
「結局のところ負けるのは弱いからではない。神に対する信仰が足りぬから負けるのだ。神は心から信じる者に力を与え、そうでない者には裁きを与える。特に異端者には神罰を与える」
「その役目を大司教様が担うと」
「そうだ。私がお前達の尻拭いをするのは嫌だが、今は神の威光を知らしめる絶好の機会。この機を逃しては神の機嫌を損なわしてしまう」
絶対の力があると信じ、神と言うより教会の力に溺れている大司教コヴィアノフは、宝珠に力を籠めながらこちらに向かって来る紅蓮の鎧に身を包んだアースワーズに黒い笑み浮かべた。
「いいか! 国民は絶対に傷つけるな! お前達も死にたくなければ武器を捨てて投降しろ! 俺達はお前達を解放するためにいる! 武器を持っていない者を狙うことはないことを第二王子である俺が誓う!」
紅をモチーフにした力を感じる鎧を着たアースワーズは、震えながら武器を構える国民の兵に投降の声をかけ、恐慌状態となり立ち向かって来る者の武器を弾きながら先へ進む。
馬に乗っているため気を付けなければ国民を飛ばしかねないが、投降する者は道を開ける様に脇へ避け、その開いた道をアースワーズを先頭に騎馬隊に続き歩兵と冒険者達が進んでいく。
冒険者達は国民から武器を取り上げたり、怪我をした者の治療や幼い子供達の保護、立ち向かって来る騎士隊にお灸を据える。
貴族の騎士は言うことを聞かない国民を腹いせに殺そうとするのだ。
両端でも同じようにハーマンとマイレスが突き進み、中央に向かって前進している。
力任せにハルバートを振り翳し、柄と穂先で武器を弾き鎧を押し込み、極めてダメージの低いところを攻撃し戦闘不能にする、魂の鼓動を吠えるハーマン。
レイピアのように細く少し長めの直剣を使い、武器を絡め取るようにいなし弾く、ソニヤとはまた違った水の流れのような動きのマイレス。
性格も違った二人だからこそ長い付き合いで、団長という地位に居ながらお互いに助け合うことが出来る間柄だ。
アースワーズを補佐し、レムエルが統治する新たな国と軍にいてはならない人材だと言える。
「後少しだ! このまま中央を抜ける!」
『お任せください!』
最後までついてきた貴族や兵士達は王国兵を取り囲み、次々に捕縛していく。
今までは司令官が命令を下し、下っ端の兵は班や隊を組んで上司の命令通りに任務や行動を遂行する。
だが、今回はその班を五人組、又は六人に決め、お互いにフォローさせながら戦う方針を取っている。
勝ちに拘り勝つことこそが国を守ることになると思われていた。それは今でも変わらず、勝てば官軍という言葉通りで、戦争で負ければ終わりを迎えるのは変わらない。
だが、レムエルのように間接な罠や戦術を組み立ててきた場合、兵力の温存と情報戦が要となり始める。
そのために無駄に兵を死なせるわけにはいかなくなり、工作員のように育てなければならない人材の育成も行い、兵自体に価値が出てくる時代が到来する。
今回も数で勝り、そのまま行けば押し潰せると驕った王国側は、王国の包囲、裏を掻き、本命である部隊の潜入、情報収集、吸盤の矢や合体魔法等様々な作戦と戦術が行われている。
言ってしまえば簡単なことだが、それを始めに思い付き行動するのは至難だ。
流石に大虐殺になれば忌避されるが、落とし穴への水責め、死なない矢の攻撃などは推奨されるべきだ。
そして、数分後さばききれなかった兵を切り倒し剣や鎧を赤くしたアースワーズが中央を抜け、五百人ほどで護り固めている本陣の前まで躍り出た。
その背後には十人ほどの鎧を着こんだ貴族がおり、中にはシュヘーゼン達もいる。後続には兵士達も見える。
このまま駆け抜けレムエルが王位に就くための手助けをするためだ。
「殿下! ご無事でしたか!」
「ああ、あれぐらいでは怪我もせん。お前達も無事なようだな」
「ええ、予め伝えていた通り顔見知りの騎士は内部にいるのでしょう。レムエル殿下達と合流出来ていればいいですが」
「それは今考えても仕方がない。光は消えてしまったが、精霊はまだ見える。レムエルも無事だということだろう」
少し馬上で息を整えていたアースワーズの下に、両脇から突き抜けてきたハーストとマイレスが現れた。
二人とも武器や鎧に血が付着しているところを見ると、捌き切れず少しだけ手を加えてしまったのだろう。
まあ、先陣を切って万に近い人数を突破したと考えると尋常ではない。
「さて、ここからが本番だ。お前達は地位を取って変わろうとする副団長を相手しろ。俺は真ん中にいるあの豚の相手をする」
馬を正面に向け、血の付いた剣を再度構える。
「殿下、相手は未知の道具を持っています。小さくてよくわかりませんがあの光っている物でしょう。ここからでも強い力を感じます。お気を付けください」
「出来ればここから破壊したいのですが、無理でしょうな。ご武運を祈ります。片付けばすぐに向かいますので、ご注意下され」
二人もアースワーズの騎馬に並べるように立ち、武器を構えて突撃の準備に入る。背後の貴族や騎士達も同様だ。
「このまま中央を抜け王城へ突入する! 誰一人欠けることなく中央を駆け抜けろ! 目指すはレムエルの下のみ! 行くぞ!」
『オオオオッ!』
目の前から突っ込んでくるアースワーズ達の気迫に、千人の騎士と神官戦士は一瞬怯んでしまう。
この場にいる半分以上が実戦でほとんど戦った事の無い者達ばかりで、親からここなら安全で功を得られると言われたぼんくらな者達だ。
本人達も安全地帯で、これだけの人数がいれば勝てるとでも思っていたのか楽観視していたのだが、実際はぶつかって十分も経たないうちにこちらは瓦解し、本陣まで突破されてしまった。
彼らには戦う能力が無く、突っ込んでくる猛者を目の前にしてしまったら固まって動けないだろう。
戦場を駆けたことがある者ばかりが目の前に存在し、殺気を放ってくるのだ。まともに動けなくて当然と言え、甘やかされて育ったのだから糞尿を垂らしても誰も蔑まない。
戦場ではよくあることだからだ。
「殺されたくなければ道を開けろォ! 覚悟がある者だけがかかって来い!」
「た、助け、助けてぇ……!」
「邪魔だ、退けッ!」
目の前にいた騎士は恐怖で震えその場に立ち尽すが、アースワーズの怒気によってへたり込み、頭を抱えてがたがたと震え始めた。アースワーズはその騎士に魔力の威圧も含んだ殺気を当て、無理矢理目の前から退ける。
傍らではハーストとマイレスも同様に殺気を纏い、騎士達の意識を刈り取らないように道を開けさせる。
「な、何をしている!? 道を開けずに戦え! それでも、お、王国の騎士か!」
「俺達を護れ! 俺を護った者は次期副団長だぞ!」
副団長達は後退る目の前の騎士の背中を蹴りつけ、自分達はその場から逃げようとする。
どこからともなくアースワーズ達に魔法が放たれるが、レムエル達の離れ業にして見れば腕の一振りで掻き消せるような弱々しい魔法だ。アースワーズは剣で魔法を切り裂き、ハーストはそのまま魔力で体を覆い突っ張し、マイレスは魔法を放ち掻き消す。
シュヘーゼン達も同様に背中を護り突き進む。
「握りが甘いッ! 出直して来いッ! 『森の息吹よ、生命活性』!」
「久々の戦場だ! 『岩よ集まり我が力となれ! 岩巨人の腕』!」
「うふふ、レムエル様待っていてください。『激情の水よ、狂乱蓮の雨』!」
「ガハハハ、皆やりおる! 俺も負けんぞ! 『紅蓮火塵砲』!」
少々やり過ぎな気もしなくもないが、彼らなりに貴族や今までの国の在り方に鬱憤が溜まっていたのだろう。
シュヘーゼンは大地から力を吸収し、自然のエネルギーを溜めこんで力を上昇させる。
オルカスは大地の岩を腕にくっ付け、地面を殴りつけて転倒させる。
ウィンディアはレムエルに久々に会えると喜び、蓮の形をした小さな雨を降らせ、当たった者の鎧を溶かす。人体に影響はないよう調整されている。
フレアムも多少手加減しているが、どう考えても恐怖を煽る炎の間欠泉を放出し、高笑いしながら地面を殴っては騎士達を火の海に包む。
ただ、彼らもしっかりと手加減している。
証拠に気絶はしているが誰も死んでおらず、火の温度さえ変えることが出来るのが魔法の凄いところだ。
ついにアースワーズ達は本陣を突破し、逃げようとしている者達に剣を振り翳す。
「逃げるなッ! それでも王国を護る騎士かッ!」
「ひいぃぅっ、ぐく、くぅ~……この! お前さえいなければ、お前さえいなければ俺が騎士団長だったんだ!」
ハーストの振り下ろすハルバートの一撃を、近衛騎士団副団長は体勢を崩すもどうにかやり過ごし、足を暴れるように動かし速度を落とす騎馬を突進させ剣を振う。
最後のプライドで立ち向かうが逃げ腰で顔もやや蒼く、威風堂々と構え格上の存在だと気づかせるハーストとは真逆だ。
「あなた達の狙いは私達の首と地位でしょう? さあ、欲しければ上げますから存分に掛かって来なさい。ですが、命を狙うというのならそれ相応の対応をさせていただきますがね!」
「ぐあッ! ぐ、はあ! 貴様がなぜ団長なんだ! 俺の方がふさわしい!」
対して全ての剣戟をいなし近づけさせないマイレスは、激昂する銀鳳副団長の隙を突き次々に傷跡を付けていく。
「お前達が団長に選ばれなかったのはその性根にあるのに気付け! ここまで来て逃げる等騎士を纏め、率いて国を守る者に相応しいと思うか!」
「ぐあああっ!」
ハルバートの柄が副団長の首と肩の付け根に当たり、下にいる騎馬も衝撃を殺しきれず膝を折る。
「それに騎士は守る者。決して弱者を虐げる先人であってはならないのです。私達も人のことは言えませんが、少なくともここまで悪化させた報いを受けるべきでしょう。あなた達はどのようにして報いを受けるつもりですか?」
「ぎゃあああ!」
同時にマイレスも高速の剣捌きで副団長を吹き飛ばし、剣先を喉元に突き付けた。
「「さあ、まだ戦争は終わっていないぞ(いませんよ)、小僧(坊や)」」
「「ひいいいいいぃぃぃぃ! た、たしゅ、け……ぇ」」
隔絶した格の差を突き付けられた副団長二人は、落馬した状態で後退り余りの恐怖に精神が耐え切れず失神してしまった。
辺りに異臭が放たれるが戦場ではよくあることで、無い方が珍しいほどだ。
「さて、殿下はいかがか」
「あの方なら大丈夫だろうよ。こいつらとは違うんだからよ」
「それもそうですね」
二人の戦いを盗み見ながら、放たれる魔法の雨を剣風だけで吹き飛ばし、宝珠を使おうとする隙に近づき阻止を続ける。
「チッ、硬いな」
振り下ろされるアースワーズの剛剣を宝珠で防ぎきる大司教コヴィアノフに素直に褒め、魔法の威力もそれなりにあると見かけによらないと見直す。
「ぐふふふ、私を舐めるな。私は神に選ばれし天上の者。たかが落魄れた王国王子に負けるはずがないわ! 片腹痛いとはこのことだ!」
そして図に乗りふんぞり返る。
「だが、体捌き、魔法、寵愛、どれを取ってもレムエル以下。お前が神に選ばれるというのなら、国民全員が選ばれる」
その態度を鼻で笑って吹き飛ばし、アースワーズは姿を消した精霊達がいた王都の上空を見る。
その余裕綽々な態度が癪に触り、大司教コヴィアノフは宝珠を天に突き付け吠える。
「ほざけッ! あのような下賤な輩が私より上だ、と? 私をこけにするということは神を愚弄するということ! 更にはその威光を持つ創神教を敵に回すということを理解しているのかッ!」
唾を撒き散らし、宝珠にありったけの魔力を加えていく。
「貴様等こそ千年という長い歴史を持つ我が国を土足で踏み荒らし、剰え貴族を甘い汁で誑かし、膿を生んだ原因の一つが片腹痛いとはこちらのセリフだ! 弱者を虐げる教会がいつまでもその威光を掲げていられると思うなよ?」
「どこまでも強情な。これだから異端者は困るのだ。弱者を虐げる? その弱者とはウジ虫の如く生き、精霊等という生物を崇めるゴミ共のことだろう? そのような異端者、いや、神に仇成す不浄の存在を何故助けねばならない」
「言う事欠いて不浄だと? それは自分に言っている言葉ではないのか? 神は貴様や兄の様な豚が好きと見える。そのような信徒が多くいる神とやらはさぞ醜い姿であられるのだろうな。見た目も心も不浄で邪な考えしか持たない貴様等が人を助ける等失笑ものだ」
アースワーズは馬上で嘲笑うかのように口元に手を当て、挑発を繰り返す。
あまりこういうことを得意ではないアースワーズだが、いろいろなことを学んでいるため相手の姿などと組み合わせて言うくらいなら出来る。
ただ、それは直球ど真ん中に肉を抉り取る様な物になり、整った厳つい顔で嘲笑うととてもじゃないが怖すぎる。
「~ッ!? まあ、良い。貴様は此処で死に、チェルエム王国等という無駄に長いだけの国に終止符が打たれる。安心するが良い。その後の統治は私が引き継ぎ、竜や精霊等という生物ではなく神の国として生まれ変わらせてやる」
「豚の住む国か……。養豚場の間違いではないか? それなら森を切り開いてやるからそこにでも作ってもらおう。ま、性欲旺盛なオークと同じかもしれんが、食べられるかどうかで決定的な差がある。食事を与えない方が人間になり、悟りを開けるかもしれんぞ?」
両者は口汚く言葉を交わし、どちらも一歩も引かずに睨み付け力を溜める。
「「ここで貴様を打つ(異端者に裁きの時間を)!」」
圧倒的な魔力の渦が二つ出来上がり、アースワーズは騎馬の腹を蹴りつけ一陣の風となって走り出す。
「【聖天の宝珠】よ、私に力を与え給え!」
だが、大司教コヴィアノフが放出していた魔力が吸収されるかのように掲げた宝珠に飲み込まれ、他者を近づけさせない圧倒的な力が騎馬の動きを封じる。
「お、おおお、おおおおおおおお! これこそが神の力! この力があれば私はこの世界の覇者となれようぞ! フハハハハハ!」
今度は光り輝くレムエルとは違った神秘的な光を放ち、大司教コヴィアノフの身体がみるみる肥大化していく。
ゆたりのある包囲が膨らみ、裾が持ち上がり醜く太った脚が覗く。
次に白い肌が浅黒くなり、くすんだ金髪は真っ白い色が抜け落ち、声もこの世のものとは思えないほど低く威圧的な物へと変わる。
『フハハ、ブハ、ブババババババ! こ、これはいいぞ! 力が、神の力がこの身に溢れて来るゥワァァァ!』
最後に包囲が破れ、醜く太っていた身体が引き締まり鋼鉄の肌を持つ怪物へと変貌してしまった。
髪の長さも顔の形も身長も全てが変わり、唯一原形を留めているのはその性格位なものだ。
「チッ、やはりこのような道具だったか」
アースワーズは一旦その場から下がり、舌打ちを打ちながら合流した団長二人に想像通りだと口にする。
「これで創神教は黒ですね。最早この国で創神教が栄えることはないでしょう。一体何を考えているのやら」
「どうせその後ものうのうと顔を出してくるだろうよ。教会の連中は切り捨てるのも上手いからな」
「どちらにせよ、あいつを片付けなければならん。悪いがお前達にも協力してもらうぞ」
「我々も助太刀しましょう」
そこへ騎士達を全て打ち倒したシュヘーゼン達が合流し、思い思いの武器を構え戦う意思を見せる。
「よし、あいつを倒しレムエルの下へ向かうぞ! 全員、俺に続けぇ!」




