第二十二話
時は少し遡り、アースワーズ達が軍を王都に向けて進軍させ始めた頃。
レムエル達はレジスタンスの幹部と話し合い、いよいよ城内へ侵入することとなっていた。
「レジスタンスの皆には残っている兵士に目を光らせてほしい」
「分かりました。国民は俺達の手で護ってみせます!」
「レムエル様、どうかよろしくお願いします!」
『お願いします!』
レジスタンスの皆には残った国民に被害が出ないよう護衛を頼む。
勿論へ武装した兵士に訓練もしていない者達が勝てるとは思っていない。
あくまでも家の中に隠れ、残っている元冒険者等の実力者達が騒ぎに駆けつけるといった組織と同じようなやり方だ。
まあ、残っている兵士等たかが知れているため構わないだろう。
レジスタンスと分かれたレムエル達は、城内へ侵入するルートを確認する。
城内へ侵入するには表の正門ルート、裏門のルート、隠し通路を通り離宮などから侵入するルートの三つがある。
今回は裏手は使えない為、正門か隠し通路となるが、正門は危ないということで隠し通路から行くことになっている。
だが、城まで続く王都の中央通りでことが起きた。
「ぐふっ、お前、だけでも、逃げろ!」
「ゴミのくせに黙れ! さあ、早くしろ!」
「あなた!」
「お前はこっちだ! 俺達が可愛がってやるからよ~、安心して送り出してやんな」
「キャアアアアアアァ!」
中央通りでは逃げ遅れた者達だけでなく、王国や教会の鎧や神官服を着た者達が家の扉を蹴破り中にいた者達を無理矢理引きずり出していた。
中には強盗や強姦等の犯罪をする者がおり、活気に包まれている中央通りはあ犯罪者が闊歩する地獄通りとなっていた。
「ぶひゃひゃひゃ! 神は我の下に居るぞよ! 我のすることは神のすることなり!」
「神の名の下に異端者に裁きを!」
「お、俺達が何をしたというんだ! お前達の方が犯罪者じゃないか!」
「そうだそうだ! 何が神だ! そんな差別する神がいるものか!」
「神を愚弄するつもりか! 貴様等は精霊等という下等生物の信者どもだな? 今こそ神の裁きを与える時間だ!」
「神の代行者たる聖騎士が悔い改めてくれようぞ!」
中には勇気を振り絞り戦う者もいるが、素手と武装した者では力の差が明らかで、ほとんどの者が倒れていく。
ここまで来ると最早正気を疑ってしまい、あれは人間なのかと首を傾げてしまう。
そして、そんな光景を目にしたレムエル達が我慢できるわけがなく、
「我慢ならない! ソニヤ! イシス!」
「「はっ!」」
「こんなことを許してはいけない! 敵の手から国民を守って!」
「「レムエル様の御心のままに!」」
レムエルの強い怒りの籠った声に応じた、二人の無慈悲に裁きの鎌を振り下ろす死神がその場に現れた。
一人は黒い鎧を身に纏い、煌く剣を舞うように動かす流麗な騎士。
もう一人は巨大な剣を振り回し、悪鬼の如く力の限り捻じ伏せる鬼神。
二人は目にも止まらぬ速さで中央通りを駆け抜け、罪を犯す者達に天罰を食らわせる。
「な、何者だッ!」
ツヤッと濡れているクリームが乗っかった様な髪の恰幅が良い蛙顔の男は、豪華な鎧を着こみ見た目から最高責任者と分かる。
「私はレムエル様に仕えし解放軍黒凛女騎士団団長ソニヤ・アラクセン! レムエル様の怒りを体現する者なり!」
「ぎゃあああああああ!」
ソニヤの背後から襲いかかろうとした神官騎士は、振り向くことなく一刀の下に切り伏せられ、死んではいないが真っ赤な血が流れだす。
「私は副団長イシス! 国民の皆よ、私達に後は任せ安全な場所へ避難せよ!」
ソニヤとイシスの名は効果覿面で、相手の戦意を低下させると共に国民に光りの糸を垂らした。
中には遅いと泣き崩れる者もいるが、まだ生きている者達はすぐに回復させていく。
「あ、あああ、ああいつらも異端者ぞ! 早く殺せぇ! 殺せぇ!」
「ひ、ひぃぃぃ! こ、殺されるぅぅ!」
「き、聞いてねえぞ! どうしてこっちにこんな化け物がいるんだ!」
この場にいるのはどうやら虎の威を借りる狐のようで、火事場泥棒をする犯罪者のようだ。
そして、自分達が不利になれば蛇に睨まれた蛙となり、逃げ腰になる上っ面だけの小物だった。
「へッ! 本物がいるわけねえだろうが! 俺がアァァ! ガ、ガキィ!」
「私達もいるわ! 『風槍』!」
「ぐほッ! ぐぬぬぬぅ、効くか! 死ねええええ!」
「姫様! 『破砕水!』」
渦巻く風の槍が幾つも虚空から飛び出し、目の前にいた柄の悪い聖騎士にぶち当たる。だが、鎧の効果かダメージが少なく、口の端から血を垂らしながら押しかかってきたが、岩を砕く水の塊が無数にぶつかり鎧を変形させ吹き飛ばす。
「「僕達は魔法がそれほど得意じゃないけど! 妹と弟に負けるわけにはいかない! そして、アースワーズ兄様に褒めてもらうのは僕達だッ!」」
「な、なにを言っている! ぶっ殺してやる!」
「「僕達の融合魔法『火と風は混じり合い、お互いの助けとなる。燃え上がる炎の巨人は渦巻く嵐により炎帝と化す! 風天の紅焔』!」
兄シュティーの放った全てを引き込み吹き飛ばす大渦の風『颶風』が、弟ショティーの燃え上がる炎の身体を持つ灼熱の上半身男『烈火の炎霊』に飲み込まれるように溶け合い、単なる炎だった巨人が装飾やマントを羽織った炎の化身天帝の様な姿に変わり、御前から背を向けて逃げようとする不届き者に怒りの鉄槌を食らわせる。
融合魔法は合体魔法と違い、相性や息が合わなければ使えるものではない。
双子専用の魔法だが、時に双子でなくとも意思の疎通が出来る者は使える魔法だ。レムエルが面白半分で二人に教え、精霊に頼んでいた魔法だ。
レムエルが精霊と行う魔法があるのだが、それも融合魔法と呼べるだろう。
合体魔法は複数の魔法が引っ付き合い、息が合わなければ分離する。融合は見て分かるようにそのままだ。
フードを被っているメロディーネ達もレムエルの背後から魔法で援護をする。
「に、逃げるなぁぁぁ! わ、我はか、神の体現者なるぞ! き、貴様等なぞ、神の名の下に平伏すのだ! 皆の者そんな我を見殺しにするつもりか! 神罰が下るぞッ!」
「ほう。では、死神からの神罰を食らわせてやろう。歯を食い縛るが良いッ!」
「ぶひぃぃゃゃゃァァァぶげらッ! ブッ、ぶひっ」
喚く司令塔の下まで辿り着いたソニヤは、指をバキボキと鳴らしながら黒い死神の代行者の顔となり、魔力も帯びて強化した怒りの鉄拳を豚の頬にくらわした。
司令塔はゴムボールのように地面をバウンドし、もんどり打ってべちゃりと止まった。辺りに血がこびりついているが、誰もがスカッとする一撃だった。
「や、やったぞおおおお!」
「解放軍! 解放軍!」
「ソニヤ様~!」
背後で王族に護られているとは知らない国民達は、先ほどまで虐げていた者達が倒れていくのを歓声を上げてみていた。
中にはソニヤの信奉者となる者もいたが、ソニヤだから仕方ない。
「怪我をした人はこちらへ。すぐに回復するよ」
「あ、ありがてぇ」
「いえいえ、こちらこそ遅れてごめんね」
「いやいや、こうやって助けてくれたんだ。何も言うことはねえよ」
勇敢に立ち向かっていた男性の折れた腕に闇魔法の『麻痺』をかけ、痛覚を遮断すると骨を元に戻し、回復魔法『快癒』で治す。その後に麻痺を『状態回復』で治し、回復は即座に終了する。
このスピードで行えるのは精霊の力が混じるレムエルだからだ。
「次の――」
「キャアアアアアアアア!」
幸い死ぬまでには至らなかったことに皆が安堵し、戦闘が終わるまで回復を行おうとしたレムエルの背後から悲鳴が轟く。
「動くなァァッ! うう、動けばこいつを、こ、こいつを殺すゥゥ!」
「た、助け……!」
「喋るんじゃねぇぇ!」
「キャアァァ!」
吹き飛ばされ顔面を殴打し血塗れの聖騎士がワンピース姿の女性を人質に取り、錯乱しているのか剣を振り回しこちらに向かって来る。
「そ、そそそうだぁぁ。そのまま動くんじゃねえぞぉぉ? こ、この女を殺すからなぁぁ!」
「う、ひっく」
女性の顔を剣の腹で叩き、肩口から顔を出し舐めるような真似をする。
「ぐっ、卑怯な」
「聖騎士にあるまじき行為!」
ソニヤとイシスは戦闘を中断し、聖騎士が女性を殺さないように慎重になる。
メロディーネ達も魔法を消し、苦く怒りの籠った顔で聖騎士を見る。
そして、聖騎士が懐から取り出した小さな笛を吹き、暫くすると何十人と言う規模の足音が聞こえ始めた。
「あ、ははははは! こ、ここ、これでお前らは終わりだぁ!」
今度は狂ったように笑いだした聖騎士に、捕まっている女性は恐怖で我慢していた涙が決壊する。
「ああん? お、おおおい、き、貴様も魔法を止めて、こ、こっちを向けぇぇ!」
レムエルは背後の様子に気付いていないかのように腹を切られた女性の回復を行い、聖騎士に背後を向け話など聞いていない。
国民は困惑するが、女性を放っておけば死ぬことが分かるため反応に困った。
「レムエル様」
「大丈夫、コトネ」
治療中のレムエルを護衛していたコトネが、あの時同様に影から倒すかと心配の声を掛けるが、それを手で制しゆっくりと立ち上がる。
「お、おお俺の言うこと聞けねえのかァァァッ!」
「『煩い』少し『黙ってて』」
「あむぐっ、んー、んんー!」
レムエルが何をしたのかソニヤですら理解が及ばず、一瞬魔法かと思ったが精霊にこのような力を使わせていた時があったことを思い出す。
原理は分からないが、強制的に言葉に力を持たせて従わせる言霊なのだろう。
「レムエル様?」
聖騎士と向かい合うように立ったレムエルの背にソニヤが声を掛ける。
その瞬間二つの出来事が同時に起きる。
「ここか! 加勢に来たぞ!」
「異端者は排除すべし。全ては神の御心のままに」
一つは増援が到着したこと。
「ぐわっ! な、何だ!? 一体何が起きた!?」
「こ、この光は……神よ」
もう一つはレムエルが最大の力を込めた『竜眼』を瞳に宿し、激しい魔力の渦が被っていたフードを外し神々しい光が天にも届く勢いでその場に満ちたことだ。
聖騎士には良いタイミングで援軍が来たが、レムエルからしても良いタイミングで威圧できる者達が来た。
狙ったわけではないだろうが、この姿になる時はなる瞬間を視界に収めてくれた方が効果的だからだ。
「僕の名前はレムエル。解放軍の長にしてチェルエム王国第八王子レムエル・クィエル・チェルエム。これ以上罪を重ねたくなければすぐに女性を解放して」
レムエルはそう言うと共にローブを脱ぎさり、演説会の時に着ていた機能重視の白銀の鎧だ。この鎧はあの争いの時も来ていたがより磨き抜かれ、今の姿のレムエルにマッチした神々しい姿となっている。
この場にいる全ての者が息を飲み、レムエルの姿を瞬き一つせずに見る。
聖騎士もポカーンと口を開け、捕まっている女性も涙を止めてレムエルを凝視している。
「イシスッ!」
「は、はい!」
耐性が一番ついているソニヤがすぐに体を動かし、隣にいたイシスの名を呼び強制的に硬直を解く。そのまま前方へ風魔法を使って駆け抜けると、呆然としている聖騎士の剣を根元から叩き折り歪んだ顔を殴ってぶっ飛ばし、後から来たイシスが放り出された女性を抱きとめて地面に激突するのを防ぐ。
「……はっ! な、なにをしとるか! 早くあの王子の名を語る不届き者を捕縛せよ!」
「聖騎士に手を上げし邪神の遣いを撲滅せしめよ! 神の名の下に天罰を!」
その光景に意識を取り戻した増援が命令を下し、圧倒的な存在感を放つレムエルを倒そうと武器を掲げて殺到する。
だが、レムエルの中心から吹き荒れた魔力の渦によって足止めされ、目を庇っていた腕を退けて驚愕の表情となる。
「大精霊よ、僕達を護り、全ての敵を排除して」
レムエルの周りから虹色の光が立ち昇り、天へ掲げた右手を命令を下すかのように振り下ろすと、魔力の嵐が解き放たれ、虹色の光が収束し始めた。
赤は爆炎と共に燃える火の粉を撒き散らし、褐色の肌に赤い刺青をした火の大精霊が現れる。
長い一枚の布に様々な意匠と装飾を施し、頭に角を隠す布を巻いた優美な美しさを持つサリーを着ている(サリーとはインドの伝統衣装)。獲物は炎を纏った剣ジャマダハルや真っ赤な弓ガーンデーヴァ等の武器を携える。
青は水飛沫と共に雨を降らせ、薄青い肌に羽衣を着た水の大精霊が現れる。
青い髪に水の羽根が生え、水の羽衣が特徴出来な優雅な女性の精霊。槍とも杖とも使える槍杖を両手に持つ。
緑は突風と共に現れた、鳥のような獣人に近いエルフも交じった風の大精霊。
狩人のような格好に羽根が幾つも生えた露出の高い衣装を着ている。やはり持っているのは弓だ。
黄は地面の岩が隆起し、そこから近代化が進んだ地の大精霊が姿を現す。
機械のように感情を読めない小柄な少女だが、巨大なハンマーを片手に持ち、手足には身体を支える巨大な古代機械の様な物を纏っている。
白はレムエルと同様の輝きを放ち、眩い光と共に太陽の如き光の大精霊が姿を現す。
純白の翼に天使のような羽衣を身に纏い、花がモチーフのティアラも被っている。手にはバイオリンの様な物があり、音楽を奏でるのだろう。
黒紫は輝きの無い渦を作り、見た者を魅了するゴスロリ姿の少女が姿を現す。
地の大精霊と違うのは一部が強調されていることで、紫色に輝く光の蝙蝠や紫炎が燃え上がり、ウサギやクマ等のぬいぐるみが浮かんでいる。
皆女性型なのはレムエルが男だからとして、どれも普通の人の姿を保っているが、一般人でも感じる畏怖と神々しさは正しく精霊の上に立つ大精霊と気付かされる。
だからこそこの場にいる者達は誰も動けない。
『……!』
大精霊になったからといって喋れるわけではないが、口が開き一斉に武器を構えた所を見るとやる気のようだ。
それにレムエルが怒っているからだろうか、大精霊達も怒りの形相を威圧を持って敵対し、歯の音が合わず体も震え鎧がガチャガチャ鳴り響く。許しを請おうにも金縛りにあったかのように身体が動かず、本能的に気絶することも出来ない。
「大精霊、襲って来る者に鉄槌を。僕が愛する者に癒しを。全ては僕と精霊の我儘のために」
『……!』
「頼むよ、僕の友達大精霊!」
闇の大精霊残し、五人の大精霊は上空へ飛び上がり、更に光の大精霊を残して四方に散る。
散った大精霊は各地を回りながらレムエルの願いを聞き入れ、被害に遭う国民全てに手を差し伸べる。闇の大精霊はぬいぐるみを指揮し、レムエルに被害が加わらないように守護をする。光の大精霊は音楽を奏で、小振りな口からレムエルだけに聞こえる癒しの歌声が鳴り響き、魔力の波となり全ての人に癒しを与える。
辺りから戸惑いの声や歓声等が聞こえ、裏手からはぶつかり合ったのか怒声が耳に届く。
ソニヤとイシスとコトネ、兄姉も横に並び立ちレムエルはゆっくりと一歩ずつ前へ進み出る。
「王国はこれから生まれ変わる。自分のしたことが正しいのか、これから何をしたらいいのか、自分の胸に手を当てて考えて。敵対するのなら、その勇気に免じて僕が相手になる。でも、容赦はしない」
目の前で国民が傷つけられたことで怒り心頭となり、腰の剣を抜きながら人質を取っていた聖騎士に振り下ろす。
「ひぅ……!」
聖騎士は恐怖に耐えられず身体が痙攣し始めるが、気を失う度に意識が回復し夢を見ているのか頭が真っ白になっていく。変な汗も掻き始め、この聖騎士は生きていても廃人となっているだろう。
国民はレムエル達に護られる形で温かい力に包まれ、困惑しながらも満たされていく気持ちに跪いていた。(国民の跪き方は土下座に近い)
「僕は国民を守り愛する王となる。国を豊かに繁栄させる導き手となる。仲間と手を取り合い腐敗した国を正すために来た国民の怒りの代行者。僕は優しいかもしれないけど、僕は愛する者達を傷つけた者を許すほど慈悲深くはない。殺しはしないから安心するといい」
レムエルはそこで聖騎士から剣を退け、踵を返して国民の方へ向く。
国民の身体がビクリと震えるが、レムエルは片膝を付いて優しく声を掛けた。
「遅くなってごめん。でも、もう安心して、これからは苦しまないように尽くすから。明日からは笑い合える日が訪れるよ。だから、今は安全な場所に避難しておいて」
近くにいたレムエルの半分も生きていない年端の女の子が恐る恐る顔を上げ、
「王子さま……? もう、いたくない?」
「うん、もう痛くならないし、苦しまないでいいよ。すぐには無理だけど、これからはいっぱい遊んで、いっぱい食べて、いっぱい笑えるよ。そのために僕は生まれて、この日のために頑張って、君の目の前にいるんだからね」
しっかり食べていないのか痩せた女の子の頭を優しく撫で、ポケットに忍び込ませていた砂糖菓子、小さな飴を女の子の口の中に入れた。
女の子は驚いたが、口の中一杯に広がる甘味と果物の酸味に頬が綻び、頭を優しく撫でられていることもあり満面の笑みとなった。
隣にいた女の子の両親は女の子の笑みを久し振りに見たのか、嗚咽を漏らしながら涙し感謝の念を漏らす。
「王子さま、ありがとう」
「どういたしまして。さ、危なくないところで隠れてて。これから何が起きるか分からないからね。お父さんとお母さんの言うことを聞くんだよ?」
「うん! 王子さまの言うとーりにする! だから、国を救うえいゆうになってください! えいゆうは私達を救ってくれるんでしょ?」
両親がぎょっとして女の子を抑えようとするが、レムエルはそれを片手で制し苦笑を浮かべて小さく頷いた。
「いいよ、君の願いを聞き入れようかな。でも、英雄はね、なるものじゃないんだ。皆が認めて、護れて始めて英雄になるんだ。だから、君は僕に護られてくれるかな?」
「うん!」
「じゃあ、行ってらっしゃい。君の思いが僕の力になるからね」
国民達はレムエルに頭を下げた後まだ動けない者を支え、近くの家に分かれて入って行く。
「あれこそが救世主様じゃ。今まで生きていてよかったものじゃ」
「すでに明るい未来が見える。ありがたや~」
「俺も英雄になりたい! 絶対兄ちゃんみたいな英雄になる!」
「こら! あの方は王子様なのよ! それにお前が英雄になれるのなら皆英雄になれるわ!」
「ふふふ、私は近くで見れただけでも幸せ。あんな王子様と結婚したいなぁ」
「おませさんね。でも、若いうちは夢見てもいいかもしれない。これからはきっと豊かになるからね」
「よし! 俺達は俺達の出来ることをしよう!」
去り際の会話がなぜかレムエルの耳に届き、闇の大精霊の方を向くと何故か親指を立てられていた。根暗に見えるが意外に乗りの良い闇の大精霊にレムエルは少し肩を落とし、隣にいたソニヤに情けない顔を見せる。
「なんか照れくさいね。あの子と約束したけど、僕が英雄だなんて。ねえ」
「いえいえ、レムエル様は既に英雄ですよ。救われた人は全員英雄だと思っていることでしょう。胸を張って最後の仕事に行きましょう。早くしないと逃げられてしまいます」
「あ、うん、そうだね。父上も待っているし、早く行こう」
「城へはこの道を真っ直ぐよ。レムエルはそのまままっすぐ行きなさい。背後は私達が護って上げるわ」
隣にひょっこり顔を出して来たメロディーネにレムエルは笑みを浮かべて頷く。
「僕達も手を貸してやる」
「お前はビュシュフスが王になる前に父様の下に行くんだ」
二人の兄からもぶすっとしながら支援の言葉を聞き、レムエルははにかむように照れた笑みを浮かべる。
「皆、ありがとう。――よし、城へ向かうよ!」
気合の入った言葉に皆が頷き、レジスタンスの者に街中で交戦している者達の捕縛をしてもらう。
闇の大精霊の開けた道を走り抜け、笛の音が鳴る度に王国兵と神官戦士達が現れ、行く手を阻もうと襲い掛かって来る。
何度と遭遇戦を繰り返し、レムエルも下級精霊の力を借りながら魔法を連射し、相手の指揮官を倒す。ソニヤと闇の大精霊は側面から現れる時を倒し、メロディーネ達は追い掛けて来る者達を打倒す。
忠告したにもかかわらず追い掛けてくる者達に容赦せず、殺しはしないが行動を不能にしていく。
「あそこが入り口よ!」
メロディーネが目敏く前方に見えた聳えるほどの高さの城壁と格子の柵。水の流れ幅広い侵入防止用水路が見え、城の中に最低限いたであろう兵士達が集結している。
「まだあんなに残ってたの!?」
「もう魔力が心もとないぞ! 俺達はレムエル程魔力はないんだ!」
二人の顔には疲労が見え始め、息が荒くなっている。
隣にいるメロディーネはアンネに支えられ、走っているだけで限界が近づいているようだ。恐らく、王女のため訓練を碌に受けられていなかったのだろう。それでも魔法が使えるだけましだ。
「門が閉まる! 破壊するわけにはいかないけどどうする?」
確認した後前を向くとガリガリと音を立てながら閉まっていく城門が見え、レムエルは焦ったように破壊していいのなら壊す、と右腕を狙いすまして口にする。
「いえ、そろそろ援軍が……と、あそこです! あそこに向かって走ってください」
だが、ソニヤによって止められ、探すように辺りをキョロキョロし始めると何かを発見したようで、城門から右へ百メートルほどずれた所を指さした。
「あ、あれ! あれを昇るの!?」
「大丈夫です。壊れはしないはずですから」
「「はずって何!? はずって!」」
「兄様方、少し黙りなさい。はぁ、はぁ、いやならここで待っていなさい」
「「んぐっぁ! わ、わかったよぅ。僕達も昇る!」」
「そ、それでいいのです」
やはりこういった場面で度胸と肝が据わっているのは女性達のようで、レムエル達も腹を括って右の通路へ入っていく。
「ま、曲がったぞ!」
「お、おお、恐れをなして逃げたか?」
「い、いや待て! あれを見ろ!」
「な、何だあれ……。と、兎に角門を開けて俺達も向かうぞ!」
「一度閉まるまで開けられません!」
「ええぇいっ! 場内に進入させるなという命令だ! 魔法でも弓でも良い、撃ち殺せ! 俺の昇格がかかってるんだ!」
城内の庭にいた兵士達の司令官が私欲に塗れた発言をするが、命も掛かっているのか誰も咎めることはなく、死に物狂いでレムエル達を殺そうと飛び道具を用いる。
『……(『闇の波動』!)』
その攻撃を全て闇の大精霊が放つ半透明の衝撃が吹き飛ばし、レムエル達は城内へ足を進めた。




