第二十一話
街の中を駆け回る神官戦士――白と金の混色の豪華な鎧に十字の絵が描かれた盾――や修道士達――白と黒の十字のローブ姿の坊主――が増え、王都で何かが起きたのだと国民の誰もが感じ取った。
同時に貴族からの強制徴兵が行われ始め、中には国民が捕まえられ危害まで加えられる。その悲鳴や泣き叫ぶ声、歓喜や優越感に浸る声が響き渡っていた。
「くっ、下種共め……」
「ソニヤ様、今は抑えてください」
「分かっている。分かっているが……くそ!」
裾が長く深めのフードを被った二人が、狭く薄暗い路地で片方が憤りもう片方が宥めるということをしている。
壁に拳を付き裾が上がった隙間から見える剣からソニヤだと断定できる。
もう片方の人物は誰かよくわからないが、下に着ているのはメイド服の様な物のようだ。
そして、再び二人の目の前で争い事が起きた。
「お願いだ! お願いだから連れて行くなら俺だけにしてくれ!」
「何だ? その態度は!」
太った意味でガタイの良い禿たおっさんが、子供を庇った父親を蹴り飛ばす。
「お、お父さん!」
「ダメよ!」
「ぐふっ! ぁ、ぅう、お、お願い、します。お願いします、からどうか」
「そこまで頼まれちゃあ、仕方ないかぁ」
娘さんだろう子供が血を流す父に泣き叫ぶが、母親の手によって庇われる。父親はそちらを向かずに地べたに土下座をし、目の前のおっさんに許しを請う。
「で、では……」
「だが、この創神教で司祭の地位に付きながら聖戦士である私にあのような態度を取ったごみを許すわけにはいかぬ」
光明が得たような顔をした父親だが、谷の底まで叩き落され、母親と娘ともども他の神官騎士達の手によってひっ捕らえられた。
「我慢してください。それよりも探さなければ」
「ぐくぅ……そうだな。このような状態なら尚更見つけ出さなければ」
『一体どこに行ってしまわれたのだ、レムエル様は! (メロディーネ様!)』
最後に息も合わせて自由人な主に愚痴を零す二人。
どうやらもう片方の女性はメロディーネの専属メイドアンネのようだ。
恐らく、迷子になった後探し回るより、目的地に向かうだろうと考え、そこでソニヤと会ったのだろう。そして、ソニヤは一旦宿屋へ帰ったが、そこでレムエルも消えていることが発覚し、二人は顔色を真っ青にして街中を探し回っているのだ。
今は消えたレムエルとメロディーネを心配するが、護衛事消えているためソニヤは憤りも感じ始めていた。
ソニヤは鋭い眼光でその現場を止められないことを悔やみ、その場から立ち去っていく。
絶対に救ってみせる、と拳を握りしめて。
一方、創神教の教会から姿を消した状態でおさらばしたレムエル達は、現在宿屋へ向かって帰っていた。
メロディの友人を探すのも大事だが、このような状態になっては動き難くなり、ソニヤと合流することにした。
この状況は少なからずレムエルに原因があるだろうが、あれが無くとも数時間後にはこのような状況になっていただろう。強制徴兵に限って言えば、レムエルの行動とは全く関係が無い国の判断だ。
「やっと着いた。この辺りは端だからあまり人はいないね」
宿屋があるのは大通りから外れた静かな場所だ。今は騒がしい声が響き渡っているが、まだ開始したばかりでそれほどではない。
「レム、君。中入って休む。メロディ、私、友人探してくる」
レムエルの背中を押すコトネは、これ以上騒ぎを起こし眼を付けられては元も子もないと、強制的に休ませようとする。騎士もそれには同意のようで頷きながら辺りの様子を覗う。
「コトネだけに探させに行くわけには」
「いや、一人の方が動き易い。また誘拐されたら、今度は助けられない、かもしれない」
「そ、それは……そうですね。レムと大人しくしてます」
コトネの方が少し年上なので、お姉さんの様にメロディを窘め、下がった頭をフード越しに撫でる。
メロディが第四王女だと知ったらどのような反応をするのか楽しみだ。
まあ、気持ちよさそうにしているため、どうも思っていないレムエルよりの人間なのだろう。
警戒しながら宿屋付近の通りまで戻り、やっと気が抜けると安堵した所に、目の前からローブ姿の二人がやって来た。
「あのローブは……」
レムエルは先頭にいる鋭い雰囲気の黒いローブ姿の人物に視線を合わせ、どこかで見たことがあると疑問を口にする前に、隣から何かが駆け抜けていった。
「あれはアンネね! アンネーっ、ずっと探してたのよ!」
駆け抜けていった人物は反動でフードがずれ落ち、赤金髪の髪が露出し素顔が見えるようになったメロディだった。
咄嗟のことにコトネも止めることが出来ず、もし誘拐犯だったらと動こうとするが、
「いや、大丈夫だよ」
と、レムエルに手と声で止められ、
「どうして? レム、君の知り合い?」
見捨てるつもりなのかと焦った声を出す。
だが、改めて向かったメロディを見ると、背後にいた茶色いローブを着た人と再会の抱擁をしており、レムエルの言う通り知り合いなのだと気づいた。
そして、こちらに近づいてくる、異様に威圧感と怒気を感じる人物が視界に入る。
「危ない、下がって」
そうレムエルの前に一歩踏み出し守ろうとするが、当のレムエルは引き攣った笑みを浮かべてコトネの肩に手を置き、形容できない複雑な表情を浮かべて首を横に振った。
なお止めようとするコトネだが、もう一度近付いてくるローブの人物を見て、何か引っかかりを覚えた。
「や、やあ、お帰りなさい。いなくて寂しかったよ、ソニヤ」
片手を上げながらそういったレムエルにコトネはなるほど……、と頷き見破ったレムエルに感心したが、ぎょっとした目をレムエルとローブに向けて驚きを露わにする。
「レムエル様も出掛けられていたようで、ご無事に会えて何よりです」
ソニヤはフードを外しにこやかな笑みを浮かべて再会を喜ぶが、その笑みは妙に冷たく威圧感を覚え、広げられた両手は死神が黄泉へと誘っているようだった。
レムエルは我慢が出来なくなりダラダラと汗を掻き始め、くしゃっと表情を変えるとコトネの背後に隠れてしまった。
「こら! 逃げるんじゃない!」
「や、やだ! 絶対怒られるもん!」
レムエルはコトネの後ろで抗議の声を揚げるがどこかか細く、自分がどれだけ心配させ不安にさせたのか罪の重さを理解しているからだ。
「当たり前だろ! レジスタンスの場所から帰ってみればレムエル様の姿はなく。探し回ってみれば、国や教会の者が動き回りそれどころではなくなり始めた! それに誘拐犯がどうのという噂も耳にしたんだぞ!」
心配したと大きな声で叱りつけるソニヤは、敬語から姉としての地になっていく。
レムエルにはその方が効果てきめんで、コトネの後ろからとぼとぼと姿を表し、怒り狂い心配するソニヤの前で小動物のようにしゅんとなる。コトネはその姿に声を掛けそうになるが、自分が止めなければならなかったのだと心を少し傷める。
「レム君はもう少し大人しくしろと言っているでしょ! いつもいつも周りの者に迷惑と心配をかけて……! 村にいた頃の優しく儚いレム君はどこに行ったんだろうか」
もう言いたい放題言うソニヤだが、レムエルは自分が悪いのだとじっと堪える。
心は強くなったため涙は出ないが、姉に怒られるという状況に変わりつつあるため、段々と悲しくなってきていた。
「国や教会に捕まったらどうするつもりだったんだ? いきなり殺されていてもおかしくないのだぞ! もう少し自分のみがどれだけ大切なのか理解しなさい! 今はレッラもイシスもいない。精霊も万能ではないのだから気を付けなさい!」
「も、もうごめんよ。しない、しないから許して」
レムエルは半泣き状態に移行し、ソニヤの身体に抱き付いてごめんと謝り続ける。
見えていないがレムエルの周りでは精霊達も委縮し、一緒に半泣きになりながらレムエルの身体に抱き付いている。精霊も一緒にいるレムエルに影響され始めているのかもしれない。
「本当にもうしませんか? 次同じようなことがあればこのようなことではすみませんよ?」
「もうしない……多分」
「はい?」
「いや、今度は誰かに言って出かける。うん、安全対策した上で出かける」
はっきりと止めると断言してくれないレムエルに、ため息交じりの息を吐く。
言っても仕方がないと思い半分、素直で口にしたことは絶対に守る為安堵感半分だった。出来れば自分が一緒に居られれば安心だが、それでも危険な事だけはしないでほしい。
「メロディーネ様! あなたもあなたです! 珍しいのは分かりますがホイホイ動かないで下さいとあれだけ忠告したではないですか! あなたの顔の横についているものは飾りですか?」
「い、いえ」
「そうでしょうそうでしょう。では、どうして突然姿を消したりしたのですか? 確かに手を繋いでいなかった私にも落ち度があります。これでは従者失格です」
「そ、そこまで……」
「まさか誘拐されていそうになっていたとは……。もし連れ去られていたらどうなっていたでしょうね。きっとどこかに売られ、誰とも知らない人に買われ、慰められものにされていた可能性があります。そのことが国にばれたら戦争ものですよ?」
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! もう気を付けます!」
背後から聞こえてきた同じような二人の会話に、
「レムエル様?」
「うん、本当にごめんよぅ。人が怒られているところを見ると、どれだけ悪いことをしたのかよくわかる」
「それはようございました。次からは私に絶対告げてください。そして、大丈夫なのか判断します」
「うん、それでいいよ……」
レムエルは何とも言えない気持ちで怒られているメロディを見つめ、他人が怒られているところを見るとどれだけのことをしたのか理解できる、とレムエルは人の振り見て我が振り直そうと深く思った。
「それで、レムエル様はどこに行かれていたのですか?」
まだ言い足りないのだろうアンネとメロディを連れて一旦宿屋へ戻り、情報が集まるまで休憩に入ることとなった。
「えっとー、ちょっと手紙を私に創神教の所に……」
「そのような所に行かれていたのですか!?」
レムエルは気まずい思いになり、コトネと視線が合うがプイッとそっぽを向かれ、少しショックを感じながら頬を掻いて爆弾を投下した。
当然そのような危ない敵地へ行っているとは思わず、ソニヤは驚きで倒れそうになる。
「レ、レムエル様、なぜそのような所へ……」
ソニヤは震える声で、何かあってからでは遅いのだとレムエルの身体をペタペタと触りまくる。
こうなったソニヤを止めることは出来ないと知っているレムエルは、ソニヤの動きに合わせて手を上げたりする。
「いや、ね、釘でも打っておこうかと思って」
「釘?」
「今後創神教は敵となるだろうね。だから、今後邪魔されない為に釘を打とうかなぁって」
レムエルは少し口元を押さえ、何か企むように笑った。
「どのような釘を打たれたのですか?」
「私も聞きたい」
コトネも手紙の内容までは知らない為、ソニヤと一緒になって訊ねる。
計画に差支えが出たら大変だからだ。
「釘と言っても大したもんじゃないよ。ただ、協力できないかなっていう言葉だけ。でも、どうせ拒否されるのは分かってるからさ、ならそれを友好的に使わせてもらおうかなってね」
クルッと体を回転させ、レムエルは話を打ち切った。
情報集めをしているイシス達や諜報員が帰って来るまで、お互いの状況について話し合うことになる。
「まあ、僕達が出てなかったら姉上は攫われてたわけだし、結果オーライだよね」
「そうよね。でも、あなたが弟だとは思わなかったわ。……想像の斜め上だわ」
「ん?」
レムエルには声でも届けてしまう精霊がいるため最後の一言も聞こえているが、その内容に理解が出来ず首を少し傾げる。
どうやら隠していたためそこまでではないが、メロディーネはレムエルにときめいているようだ。そこまで酷い物ではないから大丈夫だろうが、二人がいくら絵になろうが結婚は出来ない。
いくら一夫多妻制のこの国でも、親近結婚は出来ない。
過去には王家の血筋を外に出さない為にそういったことをしていたらしいが、早死にするようになり世界的に廃止されたという歴史がある。
「こほん。じゃあ、レムは解放軍の長でいいのね?」
何かを取り繕うように改めて訊ねる。
レムエルはそれに気づきながらもスルーし、笑みを浮かべてそうだよ、と短く答えた。
「なら、内部の情報を上げるから、私も仲間に入れてほしいの。もう、あんな人達と一緒に居たくないのよ」
お姉ちゃんの頼みを聞いて、と可愛らしく片目を瞑って拝むメロディーネ。大概これで相手を落とせるのだが、多少免疫が着きつつあるレムエルにはあまり聞かない。
それ以前にそういったあざといものはソニヤが阻止してしまう。
「口を挿ませていただきますが、メロディーネ様はどうしてこちらに? 一緒に居たくないだけでは納得できません」
「そ、それは、そのー……」
少し威圧感のあるソニヤに目の前に立たれ、メロディーネは少しだけ委縮してしまう。レムエルはその姿を見てソニヤにやり過ぎだと肩を叩くが、守る為だと言われれば渋々でも納得するしかない。
先の件もありソニヤには強く出れないのだ。
「それは私から説明させていただきましょう」
代わりに出てきたのは青髪のエルフの女性アンネだ。
「私から説明したようにメロディーネ様は身の危険を感じ城の外に出られました。その理由としましては、解放軍の登場による現体制の崩壊の手助けとなります。メロディーネ様は元々内部で処断されそうな者を囲み救ってこられました。まあ、証拠と言われても難しいですが、私もその一人です」
その言葉にレムエルがソニヤの肩を叩いて間違っていないと告げる。
嘘を付けば精霊が分かるのだ。
「ですが、それにも限界があり、メロディーネ様の力では王位に就くことも、それに準ずる地位に就くことも出来ません。ですから、その時を待ち、内部で掻き集めた情報などを見返りに仲間に加えてもらえないか、と言ったところです」
「勿論レムエルが弟だからっていうのもあるし、アースワーズお兄様が味方になったのもそう。もう二人は、まあ、そうだけど」
メロディーネの正直な言葉にレムエルは苦笑を我慢できず、以外にコントロールしやすい兄二人を思い出す。
「ソニヤ、別に良いと思うよ? 言い方は悪いけど二人でどうにかできるとは思えないし、もう一人助けてくれた人がいるようだけど、今はいないんでしょ?」
気付いてるよ、とでもいうようにメロディーネに微笑み掛けた。メロディーネとアンネは目を瞬かせてしまうが、レムエルの持ち上げた手に風が渦巻いているのが分かり、精霊に対して畏怖と興味を持つ。
「それにさ、王族は味方でいた方が楽だよ。王族の処断は王族にしかできないし、王族がいればそれだけ力が増す」
「では、不満を持つ国民はどうされるのですか? レムエル様やアースワーズ殿下は受け入れていただけましたが、メロディーネ様は」
少し言い難そうにソニヤは言うが、メロディーネはそのことを強く理解している。
だからこそ内部の情報を極秘な物まで掻き集めて渡そうとしたのだ。
「大丈夫でしょ。王女が口出せないのは国民も知ってるし、第一王女に不満を持つ人はいるかもしれないけど、残り三人の噂はほとんど聞かないからね。処罰無しっていうわけにはいかないだろうけど、僕の傍で解放に協力したとなればその意識も大分下がるはずだよ」
ソニヤの顔がムッとなるが、今のレムエルにはあまり言っても無駄だろう。
経験からソニヤはそう考えるが、それが今回も上手くいくか未知な部分が多くあった。容易に受け入れ罠はないにしろ、足手纏いになって危険が生まれては対処が出来ない。
あくまでもソニヤはレムエルが護るべき仕えるべき存在だ。同じ王族でもメロディーネとは差があるのだ。
「私からもお願いします。邪魔はしないと誓いますから」
「メロディーネ様……。ソニヤ様、メロディーネ様のことは私が護ります。ですから、どうかお願いします」
二人はここぞとばかりに頭を下げて頼み込み、ソニヤは王族に頭を下げたということで目に見えて狼狽える。
「い、いや、私もそこまで拒否はしていない。絶対に危害が無いとは言えませんよ? それでもこの解放に参加すると言うのですね?」
「はい、もう後ろで眺めているのは終わり! 私も姉として頑張るわ!」
ここで化けの皮が剥がれたというわけではないが、弟見たさにここに訪れたという理由が何となく理解できたと言う。
少し残念な姉だが、とても頼もしい人だ、とレムエルは心強く思うのだった。
それから二時間後イシスや暗部の者達が戻り、最終打ち合わせを行う。
想定していた通り、場内は混沌と化しているようで、兵士も末端まで全軍を裏手のアースワーズ方面へと陣を敷き、城内は手薄になっているとのこと。
いくつかの大物貴族達は身を顰める為に城内でくすぶっているようで、その中にビュシュフスもいるようだ。実際は最高指揮者として行かねばならないのだろうが、身体が重すぎて城から出られなかった。そのため貴族も多くが助かろうと近くにいる絶好のチャンスと言える。
軍を動かすことに疑問を覚えるだろうが、王都を囲まれても王の許可がいるとは言えず、そういった緊急時は他の王族でも軍を動かせる。
「アースワーズ殿下には既に国民の兵がいることを伝えてあります。恐らくうまく対処をしてくれるかと」
「まあ、アース兄上なら大丈夫だろうね」
一番心配な国民ついてだが、今回はしっかりと争うことになる為、ぶつかり合う前にレムエル達は国の内部に入り、アースワーズ達が抑えている間にアブラム国王から王位を授かる計画だ。
だからこそ今日の内にどうにかしたい、時間の問題なのだ。
「貴族ですが、国王派に所属する者達は宰相のロガン様を中心にレムエル様の到着を待ち、国王様の護衛を務めています。これも騒ぎに乗じて謁見の間へやってくるかと」
「そっか……まだ父上は生きてたんだね。これで母上のことを話せる」
ジーンと心に来るものがあり、レムエルの目から小さな雫が垂れる。
事情を知るソニヤはその思いを強く理解し、絶対に国王の下へ辿り着かせてみせると闘志を高めた。それはイシスやコトネも同じで、レムエルのために動こうとする。
「また、第一王子ビュシュフスでありんすが、何か得体の知りんせん指輪を持っていんす」
「え、得体のしれない指輪?」
男だよね、と思いながら引き気味に訊ねるレムエル。
「見た目は綺麗なんでありんすが、禍々しい身の毛のよだつ気配を感じんす。どうやら帝国からの献上品のようでありんすね。お気を付けておくんなんし」
「帝国……。ビュシュフスが持っている指輪だね」
注意を促すと同時に何か裏があるのだろうと、精霊にも下調べを頼んでおく。
意志の疎通がしっかり出来始めれば、精霊は盗み聞きなどに有効だ。
使い方は顔を渋ってしまうかもしれないが、プライバシーは守るつもりだ。
「目的地は謁見の間でいいんだね? 場所は変わってないよね」
「はい、ですからソニヤ様方がご存知です」
顔を向けるレムエルに皆が頷く。
「最後に教会ですが、あれはもうだめですね。話になりません」
日頃感情を抑えている暗部の者が、このように呆れてものをいうことにコトネは驚く。コトネは感情を抑えるように言われて育てられた生粋の暗部の者なのだ。
「レムエル様の手紙を逆手に取り、捕まえて私腹を肥やすことしか頭にないようです。ですから、表向きの最前線に出ているのではないかと」
表向きの最前線。
最前線と言うのは戦場で敵に一番近いところを言う。
確かに戦場と言うと争う場であり、アースワーズが軍を置いている場所がそうだろう。だが、レムエル達が行くところも戦場であり、レムエル側からするとこちらが最前線だ。
「また、創神教中央からこちらも何か貰っているようで、こちらは大丈夫かと思いますが、お気を付けください」
「アース兄上にもよろしく頼むよ」
「それと教会も一枚岩ではないようです。これはまだ情報を集めきっていない為、後日詳しい情報をお伝えします」
「わかった」
レムエルは短く返事を返し、暗部達に引き続き情報収集と、今度は最終決戦に入る為護衛に加わってもらう。
「アース兄上達は大丈夫かな? あ、そう言えば兄上二人を起こさないと」
「それはお待ちください」
今思い出したかのように手を打って隣の部屋へ向かうレムエルをソニヤは止め、騎士の一人に起こしに行ってもらうよう頼む。
「宿の中とはいえ勝手に動かないでください。どこに刺客が潜んでいるか分かりませんので」
「あ、兄上達は大丈夫なの!?」
「もしも、の話ですから落ち着いてください」
狼狽え始めるレムエルをソニヤは宥め、その後すぐに寝惚けた二人が部屋へ入って来た。
「「ふぁ~、もう行くのか? まだ眠い~」」
「あら? 兄様お二人は良い御身分ですね。可愛い妹と弟が国のために奔走していたというのに……惰眠を貪っていたのですか」
そんな二人に扇で口元をわざとらしく隠し、身体を引く様に毒を吐いたメロディーネ。どこか見下ろすような目をしており、小柄にもかかわらず大きく見える。
「「げっ! な、なぜここにメロディーネが!?」」
「ゲッとは何ですか! ゲッとは!」
「「や、やめて~!」」
「その見下げ果てた根性を叩き直してあげます!」
「「ギャアアアァ~!」」
三人がじゃれ始めた光景をレムエル達は呆気に取られてみていたが、いつもの光景のようだと気づき微かに笑い声が漏れ始めた。
この光景だけを見ていれば女だからという言葉はなく、王族もどこにでもいる子供や人間と同じだと気づかされる。とても微笑ましく、兄弟の温かさまだわかっていないレムエルの心をくすぐってしまう。
「ふぅ~。兄なのだからしっかりしなさい。情けない……、レムエルは私を誘拐犯から救ってくれましたよ?」
「「何っ!? お前攫われそうになったのか!?」」
「ええ、でも助かりました。ですから、心配ご無用ですわ」
二人はあれほどいびられたのにもかかわらず、ボロボロだった身体をひょいっと起こしてメロディーネの心配をする。目はどことなくメロディーネが向けている視線の先、救った本人であるレムエルを見ているが、これまた何か睨んでいるようだ。
恐らく、シスコンなのだろう。ブラコンでもあるのに……王族は変わり者が多いためそのような物なのだろう。
「お疲れ様です。ですが、レムエル殿下にそのようなお姿をお見せになっては」
「はっ! おほほほォー、お姉ちゃんは優しいのよ? だから、嫌いにならないでね」
瞬間移動でもしたのではないかと思える速度でレムエルの傍に移動したメロディーネは、わざとらしい笑い声を上げて偽りの姉像を作ろうと頑張る。
それが更に笑いを誘い、レムエルも苦笑してしまうのだった。
王都裏手に陣を敷くアースワーズ達。
レムエル達が話し合いを終え、そろそろ最終段階へ移行しようかと考え始めた頃、アースワーズ達は軍を率いて侵攻を始めた。
目の前には防具もほとんど付けていないくたびれた服の兵士――怯えている国民の兵がおり、皆一様に苦味と怒りの籠った表情をする。
その奥に鎧や馬に跨った騎士や兵士がおり、貴族の兵や王国軍だとわかる。
そして、目が痛いほど煌びやかな鎧に身を包んだ神官戦士や修道士達。実力があるかは置いておいて、教会も力を貸したと見える。
そこへ暗部の者が到着し、内部の様子とレムエル側の情報を報告する。
「――わかった」
「それと、王国騎士と教会の連中にはお気を付けください。騎士は団長方を、教会の連中は殿下を狙われているはずです。特に大司教コヴィアノフは得体のしれない宝珠を持っています」
「ああ、心得ておこう。しかし、レムエルは創神教に何をしに行ったんだ?」
計画通りに進むこの状況の報告に一つ頷くが、レムエルの計画にない行動にひやりとしながら疑問を口にした。
「どうやら協力を申し出たようですが、断られることは分かっていたようです。まあ、それ自体が目的だったようで、とても楽しそうな顔をされておられました」
「そうか。……まあ、教会の者が全てこちらに集まったのは良い事なのだろう」
「そうですな。私達の首を取るのは万単位の月日が必要だと教えなければならん」
「いや、あの体たらくでは百万年経ったとしても実力は伸びませんよ。私達の方が強くなっています」
「それもそうか! あっはははは!」
人数差はアースワーズの方が負けているが、この三人の後姿と話し声に士気が高まり、レムエルとの戦いもある為人数で負けるとは思っていない。
今回は頭脳戦のようなことはほとんど考えていないが、それでもレムエルと冒険者達が一緒に考えた姑息な手段がいくつかある。冒険者達はそれを使えるか楽しみにしてもいたのだ。
罠と言うのは一見動物や魔物には有効に見えるが、その二つは野生の勘で察知し避けることがある。
対して人間は頭が良いから見抜けると思えるが、ここぞという時に罠をしかけられるとまんまと嵌ってしまう生き物なのだ。
そして、両者が対面し、王国側が何やら口上を述べようとしたその時、
『……ォォォォオオオオオオオオオーッ!』
王都の方から騒がしい声が響き始め、レムエル達が行動に移したのだと理解できた。
「な、なにが起きた!? すぐに確認しろ!?」
王国側は突然背後が騒がしくなったことで混乱が生まれ、敵は目の前に迫っているにもかかわらず背中を見せる者達がいる。
これがしっかりとした戦争ならその無防備な背を射られていてもおかしくない。距離は一キロ近く離れているが、エルフ族等は弓の適性が高く、視力強化や風魔法を使えば一キロの距離はあってないようなものとなる。
だが、今回は争うことが目的ではないため威嚇の矢を放つだけに留める。放たないわけにはいかないのだ。
「せ、背中を見せるな! 殺されるぞ!」
「早く報告しろ!」
「お、恐らく、解放軍側の別動隊が表から侵入したのではないかと」
「なんだとっ!? 警備はどうなっている!」
「王都の兵を皆こちらへ掻き集めたためほとんどいません!」
「ぐくぅ、クソ! とっとと排除に迎え! 今城に入られては――」
前側で喚いていた恰幅が良いだけの貴族の鎧に特殊加工をした矢――矢じりに吸盤の様な物をくっ付けた殺傷性皆無の矢――を放ち、その場にいる者達を黙らせる。
いつでも殺せるぞ、という警告だ。
アースワーズ達の目的は相手の軍を引きずり出すだけでなく、王都の中へ戻らないように足止めすることだ。
「フォペペン侯爵様!?」
「…………」
「し、死んだのか?」
「……い、いや、なんだこれは? ……吸盤の矢?」
どうやら射られた貴族は衝撃とショックのあまり気絶してしまったようだ。
いくら体型や見栄が良くとも肝っ玉は小さかったようだ。
周りの兵士や国民はどうしたらいいのか混乱が生まれると同時に、おもちゃのような矢をどのようにしたらいいのかと困惑する。
だが、これなら当たっても痛くないという意識が浸透し、死ぬことへの恐怖が薄れる。
それは偽りの感情なのだが、今の状況では誰もが良い方へと考えるだろう。
矢は通常の物もあるはずにもかかわらず。
「上手くいくものだな」
「ええ、子供の遊び道具に作られたようですが、こういった戦場ではかなり有効です。それに矢の再利用が出来ますから、演習で矢を使うことが出来ます。当たり所が悪くない限り死にませんし」
「流石に思いっ切り生身に当たれば痛いが、鎧越しならばそうでもありません。さすがに顔は危ないですがな」
「ま、見極めて致命傷を避ける特訓にはなるな。それに子供でも安心して持たせられる」
アースワーズは面白い物を考えるものだ、と口元を上げ、レムエルの奇天烈な発想に面白く思う。
「さて、俺達はこのまま足止めを続けるぞ!」
気が付けば王都から黄金色の光が立ち昇っているのが見え、同時に先ほどまでの騒ぎの声が止まっていた。
レムエルが完全に覚醒したのだと解放軍側は悟る。
それを知らない王国軍側は、突然背後から小金の色の光が立ち昇り口を開けて絶句してしまう。
「あ、あの光は……」
「まるで神が降りてきたかのようだ」
「馬鹿を言うな! 私を差し置いて誰に会いに来たという! この大司教コヴィアノフをな!」
「で、ですが、あれはどう見ても――」
「黙らんか! お前は私が神に見放されたと申すか!」
「け、決してそのようなことは!」
その光は王国側よりも教会側にダメージを与え、自分で手柄を上げようとしたコヴィアノフはレムエルが思った通り策に嵌る。
教会側も一枚岩でない為、この光の下へ行き一目見たいと思う真っ当な信徒がいる。そういった者達は役職は高くないが、戦闘力では秀でているためコヴィアノフ大司教の力ではどうも出来ない。
彼らはあくまでも神のための信徒であり、確かに金が欲しいのかもしれないがコヴィアノフ大司教に忠誠があるわけではない。
そして、次にいくつもの精霊が姿を現し始め、今度は解放軍側が違った意味で騒ぎ始める。
特に精霊教の者達は祈り始め、貴族達も馬上で神々しい光を囲むように舞う精霊に目が奪われる。国民は驚愕に固まっていた。
「あれは精霊です! 王都に精霊が降臨してくださったのです!」
『おおおおおお!』
少し偽りがあるにはあるが、レムエルしか姿を具現化出来ないと考えれば降臨と考えても間違っていないだろう。
その言葉は王国側の国民にまで浸透し、精霊が出てくるということは噂の王子がいるということになり、神は王子に会いに来たのではないか、と勝手に広がる。
教会側はその話が広がるのを阻止しようと動くが、一度でも疑念が昇ると瞬く間に広がり、焦って怒鳴り付ければ真実を隠しているようにしか見えず、余計にその噂の真実味を増させてしまう。墓穴を掘るのだ。
更に相手が国民から恨まれていれば尚更で、悪い噂があればやっぱりとなる。
「これは、また……グッドタイミングだ」
一度見たことのあるアースワーズはあの時よりも強い光に身が震えるのを覚え、込み上げる歓喜と勇気の力に手綱を握り締める。
同時に光りが強く精霊をあれほど呼び出しているということは何かが起きたのだと気づき、こちらの勢力を行かせてはならないと気を引き締めさせる。
「すぅー……俺達には竜と精霊の加護がある! 腐り切った王国兵に負けるわけがない! 目の前の光を信じ俺達は俺達の仕事を全うせよ!」
アースワーズの威厳のある声がこの場全体に響き渡る。
王国側の騒ぎも静まりを見せ、誰もがこちらを向く。
「敵は立ち向かう者だけだ! 刃向う者だけを捕縛せよ! 国の血である国民を悪魔の手から解放せよ! 俺達にはレムエルが付いている!」
『オオオオオオオオオオオオオオオ!』
大地を揺るがさんとする雄叫びが轟き、こちらもぶつかり合いが始まった。
これが新王国樹立の歴史に初めて記される戦争で、『チェルエム王国の岐路』と呼ばれるようになる。
「ぐ、くくくぅ~! 貴様等言うことを聞けッ! 神は私と共にあるのだッ! 中央から派遣されたこの私大司教コヴィアノフにな! ああああー糞がッ! こうなればこの宝珠で――」
恐怖で支配し突然のことに混乱する王国側と、それを利用し士気を高めた統制のとれた解放軍側。
数が優ろうがどちらが勝つかは明白で、がら空きの城内に少数精鋭の部隊が侵入した今チェックをかけた手詰まり状態だ。
新王国樹立まで何事も起きなければ一時間もかからないと見える。




