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第十九話

間が無いですが、王都に向かって進軍するだけなのでカットしました。

どこかの貴族の屋敷で襲われて懐柔する内容を入れようかと思ったのですが、話しが長くなり過ぎるのでやめたのです。

 あれから三か月という月日が経ち、レムエル達はついに王都周辺まで辿り着いていた。


 月はそろそろ寒くなる九月中旬。

 紅葉も始まり山の色もやや赤くなり、傍に生えている花々も枯れ落ち始める。

 秋と言うと豊作祭や誕生祭等が開かれるが、今年、いや、ここ数十年程は祭りに行っても楽しめるものではなかった。特にこの十数年は酷く、祭りを開くために税を搾り取るという愚行を犯していた。

 そんな状態で楽しめるわけがない。楽しむためのお金がないのでは意味がない。




 チェルエム王国の夏はそれほど暑くならないが、今年は類に見ないほどの熱気を放っていた。

 その熱気とは異常気象による夏の陽射し、とかではなく、解放軍が遂に国の中枢に矛を向け、その影響で国民全体が熱気を放っていたからだ。


 今までの苦しみから解放されるのはもうすぐだと。


 解放軍はその大勢力となった一部を分け、王都を取り囲むように布陣させている。


 布陣か所は全てで三つ。


 一つは解放軍が侵食を始めた反対側となる、王都の裏手だ。

 こちらはまだ影響下にない貴族等が多くおり、逃げられはしないだろうが、不意を突かれるのも避けるためにも、相手に精神的圧力をかける為に多めの戦力を割いた。

 指揮官はアースワーズによる騎士軍と味方となった全ての貴族軍、国民や冒険者等の有志で固められている。


 二つ目は平地が続く帝国方面だ。

 こちらは帝国へ逃げようとする密通者がいるだろうとのことで、そいつが逃げ出したのを食い止めると同時に捕え尋問する。

 指揮官は近衛騎士団団長ハーストと貴族の私兵達、加えてレッラ率いる独立奇襲部隊の半分だ。もう半分は城の調査に出ている。


 最後の三つめが少数精鋭で組まれた王都正面に潜伏しているレムエルの部隊だ。

 裏手にいるアースワーズが表だって動くことで国の注意を引き、レムエルがその隙に国内部に侵入する。混乱を起こさずに最小限で国の中枢へ行くためだ。

 そのために人数を絞り、精霊の力を常時発動させなければならない。

 姿が目立つというのはそれだけで悪い事もあるということだ。


 人数は全員で二十人弱。

 レムエルは当然のこと、その護衛騎士のソニヤとイシス、女騎士数名、レッラと隠密、最後にアースワーズに世紀の瞬間を眼に収めとけと言われたシュティーとショティーの二人だ。


 二人は当然反発したが、レムエルのことを心配している気持もあり、渋々といった感じでレムエル側に来ていた。

 レムエルと仲が悪いわけではなく、アースワーズを取られたと年柄もなく嫉妬しているだけだ。可愛い弟を嫌っているわけではない。

 本当は頭を撫でたり、会話をしたり、一緒に遊んだりしたかったのだ。だが、プライドがそれを許さず、噂や旅のことも食事中に話すレムエルの会話に聞き耳を立てる状態だった。

 勿論レムエルはそれを知っているから多少煩くとも、精霊に二人の下に声を届けさせていた。


 何とも兄思いな弟だろうか。


 レムエルは人使いが上手いと言うべきか、二人と喧嘩をすることなく仕事を振り割っていた。

 まあ、レムエルの考えが新鮮なため、二人とも楽しそうだとやる気を出していたというのが一番の理由かもしれないが。


 一番狙われやすい国民は組織と冒険者の力で護られ、解放軍側の貴族が敵対する貴族を牽制し、危害が向かわないように努めている。

 ここで国民が人質に取られては本末転倒だからだ。


 こういった争いでは、相手の弱みをどれだけ知り、相手の裏を掻く嫌な行動をするかにかかっている。

 そのためにレムエル達は噂の工作や情報操作等を行い、相手の戦力を崩すために引き込み、腐っている領地も当主不在を利用し、現在も逃げる場所が無いように包囲している。


 普通はここまでうまく事が運ぶことはないのだが、それだけ相手はその地位に胡坐を掻き続けていた、ということなのだろう。

 まあ、知らないところで抵抗があったとしても、レムエルが決めていた国民を味方に付けることで、それらを未然に防ぐことが出来ていた。国民を侮っていた貴族達は冷や水を食らい、恨みや怒りを全体から向けられ震えあがったのだ。






 現在レムエル達一行は、変装をした上で精霊の認識阻害を施し、レジスタンスであった常闇餓狼が使っていた侵入口から王都内へ侵入していた。


「……この先、出口。調査する、それまで待つ」


 薄暗い通路の中を移動し、その先を先導する忍び姿――こちらの世界では暗い青の布地の着物の様な姿だが、今は旅人の服を着ている――の女の子が片言ながら先を示す。


 彼女の名前はコトネ・アスピナ。

 歳はレムエルより二歳上の十四ほどだが、見た目はレムエルより幼い感じだ。レムエルも年のわりには小さい方だが、それよりも小さいとなると年頃の女の子としても低い方だ。いつも覆面をしているため解り難いが、レムエルはソニヤ達と違い可愛い容姿をしていると思っており、歳の近い女の子ということで気後れしていたが、三か月の旅でかなり仲良くなっていた。ただ、表情が動かないことに不満を感じている。


 彼女の得意な事は暗部に関してで、影を移動することを得意とする。魔法もそれに酷似した特殊な魔法を使い、チェルエム王国では隠密と呼ばれるが、発祥は東方の国『上帝之国』と言われている。

 上帝之国というと、レムエルがシュヘーゼン宅で初めて食べた料理の出どころの国だ。


「ありがと。頼んだよ」


 自分の目を見てそう気遣うコトネに、レムエルは心の底から浮かべた笑顔と共に感謝の言葉を返す。


「~っ!? ま、待つ!」


 その笑顔にやられたコトネだが表情は変わらず羞恥し、動揺を隠しきれずに慌てて通路の先に音も立てずに逃げて行った。

 その後姿にレムエルは眉を顰め、自分がまた何かしたのかと不安になってしまう。


「ソニヤ。僕、何かしたのかな?」


 仲良くしたいんだけど、という言葉にソニヤは複雑な思いを抱くが、主の言葉に嘘をつくわけにはいかない。


「何も悪くありません。レムエル様は今のままでおられればいいのです。コトネはまだ慣れていないのでしょう」


 だが、乙女心が敵となり得そうな相手の手助けをするのを拒んでしまう。


 年頃のレムエルは女の子と話すことに不安を感じながらも話したいと感じ、一生懸命一緒にいようと動いている。ただ、その気持ちに気付くことはなく、何か心が躍るからそう動いているに過ぎない段階だ。

 対してコトネも嫌がっているわけでなく、今まで会ってきた誰よりも上位に君臨するレムエルにどう接していいのか分からず、自分もレムエルと同じような思いを感じているが、レムエルの笑顔に羞恥心が煽られて逃げてしまうのだ。


 そんな二人をレッラ達は初々しい気持ちで見守っているのだが、ソニヤからすると嫉妬の炎が込み上げてくるようなものだった。だが、レムエルの邪魔をすることは出来ず、血涙を飲んで我慢する道を選んだ。






 無事王都内へ侵入したレムエル達は、レムエルと護衛のソニヤとコトネの三人に別れ、顔ばれしているイシス達はフードを被った状態で前後を護衛するように移動している。

 イシス達護衛役には精霊の加護を授けられ、ソニヤ達ほど良いものではないが、数時間ほど声を届かせることが出来る。


「わぁ~、王都ってこんな感じなんだ。もっと金ぴかなのかと思ってた」


 見栄を張る様なイメージが強かったのだろう、レムエルは思っていたよりも様式美のある街並みについ笑顔が零れる。


 遠くから城壁に囲まれた城の上部は見えていたが、下までは見えていなかった。

 そのためのこの驚きようで、国民の顔に笑顔が無いことに気付き、その驚きの笑顔が真面目な物へと変わる。


「これが今の王都です。人々はやる気を失くし、無気力に座り込み、でも働かなければ生きて行けない。ですが、得た金のほとんどが国に搾り取られます。その金が国のために使われるのならまだ本望でしょうが、使われる用途は貴族の娯楽や食べきれもしない無駄な料理や財宝に宝石……奴隷もあるでしょう」

「国民のお金、全く違う。少し、皆のこと考える」


 イシスは悔しい思いに声が荒げるが、コトネのセリフで落ち着きを取り戻す。


「そうだね、今の状態は見てられない。――どうして気付かないのかな? ううん、見ようとしないんだね」


 視界に入っていないから人が棒きれに見え、好き勝手に出来ると言い直すレムエル。

 ソニヤはその発言に納得するが、苦笑いを浮かべるしかなかった。コトネも同様に思っているが、うんうんと腕を組んで頷き、それだけレムエルと同じ気持ちを抱いているのだろう。


「まずは動きを見る為に宿へ向かいましょう。そこで予定の確認をします」

「私は見張る。暗殺、安心する」

「二人とも頼りにしてるよ」


 頼もしい二人に笑顔を振りまくレムエルだが、当の二人は心の中でデレッとしていた。コトネは少し違うが、悶えているのは変わらない。


 宿屋は王都の中心から少し外れた、冒険者ギルド直営の宿だ。普通の宿ではどうなるか分からない為、ゾディック達が秘密裏に用意した信用できる宿だ。


 どうしてゾディック達が用意したかと言うと、治安維持機構の組織を王都に構えるにはギルドの手伝いが不可欠だ。だが、王都のギルドは見た目では解らないが不正が横行し(ゾディック達の様な有能なギルドマスターが辺境の地に飛ばされていた理由となるが)、この話を漏らすと確実に国へ情報が行き邪魔をすると考えた。

 そこで、冒険者時代からの知り合いの宿屋に渡りを付け、数日間匿うことになった。


 場所は冒険者の多い通りのはずだが、やはりここでも冒険者の数は少ない。

 国のお膝元という先の理由に加え、組織も作られていない。そのため国民の状況は最悪と言っても過言ではなかった。


 仕事をしたくても仕事が無く、仕事をしてもお金が入らず、お金が入っても国に絞り取られ、地位ある者はその金を横領し私腹を肥やし、無い者は犯罪に手を染め、犯罪者の激増に国は見向きもせずに国民は怯えるばかり。


 だが、現在はその勢いも止まりを見せ、噂を聞き付けた者達が一か所に固まっているという。

 いわば本物のレジスタンス、と言ったところだろう。


 ただ、背後がいない為、ほとんど機能していないと言っても過言ではなかった。

 今回はその者達と話しに来たのもあるが、一番はこの数日で国崩しを行うための準備をすることだ。

 主力がいない為、それほど警戒することはないだろうが、窮鼠猫を噛むという言葉の様に何をするか分からない。まあ、ネズミではなく肥え太った豚や欲に塗れた骨だから無理かもしれないが。

 とりあえず、城の調査結果が出るまでどのように動くか待ち、裏手に陣を敷いたアースワーズ達のこともあるため結局は待ちだ。




「調査終るまで、一日かかる。レムエル様、夜まで自由」


 宿屋に無事到着し一息ついているレムエルに、今は休息するべきですと、コトネは進言する。


「自由にしていいの? なら、少し行っておきたいところがあるんだけど……いいかな?」


 窓の外を行く下を向いた国民達を眺め、顔を憂うように顰めていたレムエルは振り返りながら言うが、荷物を降ろして軽見になったコトネは疲れたから休むべきだと言ったのだ。

 無表情だが手を伸ばそうとしたところを見ると、レムエルのことを休ませようとしたのが分かる。


「今行かないとダメ?」

「うーん、僕としては今日中に片付けたいと思う。今回はほとんど関係ないけど、後々響きそうだからね。挨拶でもどうかなーって」


 レムエルはニコニコと笑顔を浮かべるが、コトネはどこか企んでいるような子供のような笑みだったと頬が引き攣りそうになった。

 年相応の笑みなのだが、今までの信用は高いが突拍子もないことをする、というのが見解なため、どうしてもその笑みを向けられるとドキリ、と違う意味で心臓が跳ねる。


「でも、今私しかいない。護衛、待つべき」


 レムエルを心配するようにそう言うコトネ。


 ソニヤはレジスタンスの下へ話し合いに向かい、イシスは数人を引き連れて内部調査へ向かった。残っている騎士は一人で、今は守り切れるか怪しい二人という小人数しかいなかった。王子二人も宿屋にいるが、疲れが溜まっていたのかすぐに眠ってしまった。

 そのためコトネは今動かないといけないのかと訊ね、出来れば休息をしてほしかった。


「んー、今行った方がいいと思うんだよね。ま、騎士も連れて行けば問題ないし、手紙を渡すだけだからさ。兄上二人は顔ばれしてるし置いて行こう」


 胸元から出した茶色い便箋に目を向け、コトネは何の手紙なのかという目を向けた。差出人も掛かれておらず、王都に知り合いがいないレムエルが手紙を出す、という意味が良く掴めなかった。

 だが、王子二人を置いて行くというのは賛成で、護衛役より人数が増えるのは問題を越えている。


「手紙、私が出す。レムエル様、ここで待つのが良い」


 その方が確実だとコトネは頷きながら言うが、レムエルはその手紙を懐に戻し、苦笑のような笑みを浮かべて首を横に振る。


 それもそうだろう。

 何といってもこの手紙の差出人は――


「この手紙は敵対する創神教へ、なんだからね」


 僕が直接渡すから効果があるんだよ、とコトネの動揺する心を知ってか知らずか、再び笑みを浮かべてコトネの手を握り締めお願いする。


「~っ!?」


 隙を突かれたコトネは初めて頬を染め上げ、その場にしゃがみ込んでしまった。

 当然レムエルは突然の行動にオロオロし、気遣って余計にペタペタと触る為悪循環が続くのだった。

 騒ぎに気付いた騎士が隣の部屋から訪れるまで続いたという。






 チェルエム王国の中央に位置する城では、現在慌ただしく動いていた。


「早くしろッ! このノロマがッ!」


 騎士の宿舎方面では、アースワーズの軍に対応するために忙しなく動き、新人兵士までもが駆り出されようとしていた。

 だが、この非常時に慣れていない者達ばかりで、上がしっかり出来ていない為下へいくら動けといっても命令統率が出来ない。

 残っている副団長は威張り散らして騎士団の中に派閥を作るだけで、統率を行っていた団長がいなくなったことに苛立っていた。しかも負けて捕虜になったという話を聞き、次期団長は自分達で、その下の者はお零れが貰えると頬をにやけさせていた。

 だが、実際はアースワーズと一緒に解放軍に寝返ったかのようにこちらに構え、伝達の遅れもあったために対応が遅れてしまっていた。


「クソッ! 平民に頭を下げる似非貴族がッ! とっととくたばっていればいい者を!」

「落ち着いてください、次期団長殿。あれは油断させる罠かもしれません。敵を欺くには、まず味方からと言います」

「あん? ……そ、それもそうか。そうだよな! 俺はまだ終わらん! いや、この戦いで態と殺し、確実に団長となる道を確保するのも良いやもしれん!」

「おおおお! 流石は次期団長殿! 言い訳なぞいくらでもできます! ここは団長となる前に、どちらが団長に相応しかったのか任命した陛下の目を覚まさせてやりましょう!」


 同様のことが銀鳳騎士団の宿舎方面でも行われ、穴だらけの作戦を決行させる。

 子飼いの者達は副団長が死なれるのは多少困るが、その分ポストが一つ空く為、どっちにしろほくそ笑む結果となる。

 責任についても自分達は何も言っておらず、その証拠も不十分なためどうしようもない。


 しかし、それは第三者が聞いていなかった場合に限り、自分達も生き残らなければならないという絶対条件がある。


 天井裏、と言うより土で出来ているため壁裏という表現が正しいかもしれないが、そこでは数人の人影があった。


「……馬鹿な奴等だな」

「馬鹿だからこうなったんですよ」

「話してないで次行くよ。時間はもうないんだからね」


 彼らこそが放たれた独立奇襲部隊の隠密の者で、コトネと同じ部隊の常闇餓狼の者達だ。

 現在のコトネは一時離脱したような状態で、レッラからレムエル付きの専属隠密護衛となっている。精霊がいるから大丈夫だとレムエルは言ったが、周りを安心させるために仕方がないとすぐに割り切った。

 その辺りの物わかりの良さはレムエルの良いところだろう。


「一応アースワーズ殿下に連絡を入れよう。負けはしないだろうが、何が起きるか分からんものだからな」

「そうですね。スピードのある僕が連絡に行きましょう」

「あんたはただ面倒なだけでしょ? ったくもう、すぐに帰って来なさいよ。次は城内に入ってるからね」

「はいはい。じゃ、行ってきます」






 また、アースワーズの件で慌てているのは騎士だけでなく、包囲され残った貴族達にも言えた。


「逃げ出したフォルムンド伯爵も捕まったそうです!」

「なにっ!? またも捕まったのかッ!」

「クソッ! どうしてこうも見つかってしまう! このままでは破滅だッ!」

「動きはどうだ! アースワーズ殿下の動きはどうなっている!」

「現在調査中ですが、動きはありません! こちらの動きを待っているかのようです!」

「役立たずめッ! 騎士はどうしたッ!」

「ひぃ! き、騎士団はじゅ、準備中であります! だ、団長が不在となり、主力もいなくなったため機能していない――」

「どういうことだぁぁ! どいつもこいつも……! 貴様、早くしろと行ってこい!」

「は、はいぃぃぃぃ!」


 会議室では貴族が集まりこの状況を打開しようと動いていた。

 だが、どの作戦を使おうにも悉く潰され、脱出口を使おうにもすでに封鎖又は包囲され、背後から襲おうと渡りを付けようにもすぐに捕まり、騎士を急がせているが全くいうことを聞かない。

 貴族達もこういった争いに十数年以上触れていないため動きが鈍くなっている。中には新興貴族や代替わりの貴族もおり、王都が包囲されたという状況に恐慌状態に陥っていた。


 こうなる前に逃げればよかったのだが、ロガン達国王派の者が強気に出て会議を開き、貴族達を王都から離れないように仕向けた。

 結果、逃げられたのは会議に出られない下位貴族達だが、彼らは領地に帰ってもすでに居場所がないほど様変わりしている。飛んで火にいる夏の虫だろう。

 大物貴族が何人か逃げたようだが、逃げたとしても今度は孤立することになり、助かるには解放軍が負けるしかない。だが、解放軍を負かすには精霊を倒す以上の力が必要で、既に王都に侵入したレムエルに気付いていない時点で、喉元に剣を突き付けられているのだ。


「どうしたらいいのだ……」

「我々は此処で終わる……。どうしてこうなった……」

「私は当主になったばかりだぞ。一体何をしたというんだ」


 それが分からなければ同情は出来ない。

 この場に良い事も悪い事も何もしていない貴族もいるだろうが、やはりそれは罪となる為、貴族でなくなることはないだろうが苦労するだろう。


「くそが。相手はたかが一万。物量でいけば確実に勝てる」

「しかし、あちらにはアースワーズ殿下と団長二人もおりますゆえ、真正面から行っても負けるでしょうな」

「このまま時間を経たせればこちらが兵糧攻めで負ける。結局打って出るしかない」

「いかに強いとはいえ、相手の頭レムエルと言う者を潰せばよい。知らしめに国民の目の前で処刑をすればいい」

「あちらは国民を使う。ならばこちらも国民を使えば……」

「おおお! 今募った国民を急がせて配置につかせよう。いや、強制徴兵を行うべきだ」


 ここまで来て大物ぶった会話をする、勝てると思えるその神経は称賛に値する。

 戦場では何が起こるか分からないと言うが、戦場の場所を間違えて勝てると思っているのだろうか。


「チッ……虫唾が走る。この場で殺してやりたい」

「大人しくしんなまし。ここで事を起こせばレムエル様の名に傷が付きんす」

「わあってるよ。この情報も持ち帰るか」


 ここでも常闇餓狼の者が潜伏し、情報の漏洩を行っていた。


「ちょっと待ちなんし!」


 外へ向かおうとしたガタイの良い隠密の者を引き留め、男だが女のような体付きの隠密の者が、怪訝な顔をしている大柄の男に指と視線で示した。


「……ほう、やっとお出ましか」

「ほんと豚なんでありんすね。気持ち悪くて嫌でありんす」

「(おめえもな)」

「何か言いんした?」


 大柄な男は目を瞑って肩を竦め、鋭く威圧のある笑みを受け流し、目の先の入って来た豚を見た。

 そう、豚。大豚なのだ。


「いつまで話し合っている! とっとと目障りなゴミ共を打ち倒して見せろ! 俺の手で打ち首にしてくれる!」


 もうわかるだろうが、この国で大豚と言うとビュシュフスしかいない。

 ビュシュフスと比べれば他の太った者なぞ子豚に見えるだろう。小太りは痩せて見えるはずだ。


 貴族達はバッと頭を垂れるが、内心それが出来たら苦労しないと、目の前の愚物に嫌な視線を向ける。

 自分こそが絶対者だと勘違いしているビュシュフスは、いつものように肉を齧りながら自分の席へ座り、くちゃくちゃと咀嚼の音が怒りを表していた。


「何をしている! とっとと目障りな愚民どもを皆殺しにしろ!」


 先ほどは自分の手で打ち首にすると言っておきながら、皆殺しにしろと言う矛盾に内心罵倒を禁じ得ない貴族達。


「で、ですが、いかようにして……」

「知らん! それを考えるのが貴様等だろうが! いつもの様に暗殺でも毒殺でもすればよかかろう! それが出来ねば、兵士達で殺してしまえ!」


 前に出た貴族の頬に振り回された肉の脂が飛び散り、貴族の眉がピクリと跳ね上がる。


「それが出来ればこのように苦労していません!」

「何? 貴様誰にそのような口を聞いておる! 俺様は国王ビュシュフスだぞ!」


 堂々と宣言するその姿にこの場にいる貴族でさえも絶句し、数人の貴族が嘲笑を隠し切れなかった。だが、ビュシュフスはその笑みを喜んでくれているのだと勘違いし、鷹揚に頷き満足そうな顔になる。


「で、ですが、敵は屈強な騎士達を中心に解放軍が抱き込んだ貴族軍一万以上います! それに加え冒険者や国民の有志まで! 対してこちらは満足に動けない兵士ばかり! このまま時間をかけてもこちらが負けるのは目に見えています!」

「俺様の兵が負けると申すか! この者を殺せ!」

「殺してくださって結構! それで殿下は勝てるのでしょうね! 相手には騎士団長二人にアースワーズ殿下もおられるのですよ!」


 半ば自暴自棄となった貴族の言葉にほとんどの者が同意の頷きを返すが、数人の馬鹿な貴族が理解できないのか鋭い目つきになる。ビュシュフスもその一人だ。


「何を弱気になっておるかッ! 自分を信じられない者がこの場にいるとは嘆かわしい!」

「軍門に下ったのは内部崩壊する為だっただろう! 貴様等に忘れたとは言わせんぞ!」

「そもそも解放軍に一万もの兵を連れて行き負けるのだ。強い強いと思っていたアースワーズ殿下も弱く、騎士達も見た目だけの張りぼてだった、ということだ!」

「……待て」


 今度は頭を抱えたくなる貴族達の言葉に、こんな奴等がと自分達の馬鹿さ加減に嫌気が差していた。もっと早く気付き解放軍側に付くのだったと国王派の者達を尻目に、目の前がフェードアウトしていくのが分かっていた。

 そんなところに低く地味にドスのある、威厳の欠片もない薄っぺらい声が響き一斉に静まる。


「アースワーズ殿下、だと……? あんな腰抜け王族ではないわ! 俺様を侮辱したあの態度と台詞は今でも思い出す! あれだけ見栄を張っておきながらなにも出来んとは……! やはり俺様が王になるべきなんだ!」


 長机がドンと叩かれ、風圧で数枚の紙が舞い落ちるが、誰もビュシュフスから目を離さない。

 この見かけだけの風袋(ふうたい)と性格でも王族の血が流れるということなのだろう。


「そんな奴に貴様等は勝てないというのか! 噂のレムエルとかいう偽王子は何者だ! 王族を勝手に名乗り、剰え俺を差し置いて次期国王になるだと? 俺達がいらないと言っているようなものではないか!」

「お言葉ながら、レムエル殿下は国王アブラム陛下と第五王妃シィールビィー様との実子、ビュシュフス殿下の弟君であられます」


 偽王子と呼んだ瞬間に事実を既に知らされている国王派の貴族達が怒りに形相を変え、ロガンが代表して今までの鬱憤もあったのか、冷ややかな視線を向けて事実を述べる。


 この場にいる貴族は皆太るか痩せるかしており、どう見ても戦える容姿ではない。

 対してロガンは文官でありながら平民出ということもあり、ある程度力仕事も出来なければこの世界でやってこれなかった。戦えばどちらが勝つかわかるというものだ。

 それにロガン達国王派は既にレムエルと同じ精霊教を崇めるようにしており、人族以外の種族も多く、戦闘では負けることはほぼあり得ない。人族以外の他種族に対して排他的な創神教に入るわけが無かった。


「ふざけるな! あんな奴が王子なわけないだろうが! どうせ庶民風に雑草の様な姿をしているに決まっている!」


 今の雰囲気に気付けないビュシュフスは火に油ならぬ、こちら風で魔法に魔力を注ぎ、国王派の怒りを上げていく。見たこともないくせにお前のような豚が何を言う、そうロガン達は怒りを留めようと拳を握りしめる。

 彼らは既にレムエルの容姿をシュヘーゼン達からある程度聞かされていた。ボドモンド子爵が帰還した数日後に隠密の者から聞かされたのだ。

 そうしなければ最後の肝心な行事を速やかに行えないからだ。


 見切りを付けた貴族達は良くその姿で言える、と心の中で罵倒し、自分の判断力の無さに嘆いていた。取り返しのつかないところまできてやっと現実と向き合えても、全て後の祭りだ。


「ふざけるのも大概にしろ、この豚王子が!」

「ぶ、豚? き、貴様……平民のくせに――」

「家畜の豚の分際で何を言う! いや、家畜の豚は食料となり役立つが、貴様は食べることも出来ん屑豚だったな!」


 ロガンがレムエルを侮辱されたことで完全にキレ、辺りに入る者達の制止を振り切りビュシュフスに言葉の限り罵倒する。


 彼がここまでキレたのは罵倒だが、ここまで来て分からないグズに我慢の限界が来たのだ。箍が外れる、そう言うが、ロガンの場合は日頃の鬱憤や形勢が逆転したことによる感情の爆発だ。


「殺したければ殺すが良い! お前は既に破滅決定なのだからな! それとも私が道連れにしてやろうか!」

「ぶ、ぶばふぅ、はぁ、ふぅ」

「ふん! 貴様ら貴族も同罪だ! 雑草と侮っていた平民の怒りを受けてどう思う! どう考えている!」


 ロガンは次の標的を傍で困惑している貴族に移す。

 貴族達は平民のロガンに言われ怒りが込み上げるが、鬼のような剣幕に口が動かない。


「何か言えッ! 大体貴様等は貴族だからなんだという! 一貴族が宰相である私に逆らっていいのか? どうなんだッ! 尊い血筋でも爵位がものをいうのだろうが! 宰相はどの貴族よりも下か!」


 既に何を言っているのかロガンは分かっていない。

 それでも言い続けるのは我慢ならないからだ。脳が言えとサイレンを鳴らしている。


「私達は一切手を貸さん! こうなった責任はお前達にある! 助けてほしければ、お前達の信じる創神教に助けてもらうが良い! さぞ金を与えれば喜んで協力してくれるだろうな!」


 ロガンはそういうと会議室の扉を開け出て行ってしまった。

 その後ろに続いて国王派の貴族がこぞって退室し、ロガンの言葉で気持ちは晴れたが厳しい目を最後に置いて行く。


「ぐぬぬぅ~!」

「殿下、どうされるのですか! このままでは次期国王は――」

「黙らんか! ふん! お前達、これを見よ」


 出て行ったロガン達の後姿を睨み付けたビュシュフスは、この場で蒼い顔をしている貴族全員に自分のぶよぶよの指に付けられた一つの宝石を見せた。

 綺麗な女性が祈る姿をした緑色の宝石の指輪だが、どこか禍々しいオーラを放つ慄きそうな指輪でもあった。


「そ、その指輪はいかされたので……?」

「これは帝国から次期国王となる俺様への献上品だ。何でもこれには俺様の言うことを聞く下僕が入っているそうだ。もしもの時は――」

『そ、それなら――』






 チェルエム王国王城の少し離れた王女達が住む離宮。

 その裏手にある下町への避難口。


「アンネ。準備はいいわね?」


 いつものような清楚で華やかなドレスではなく、動き易い下級貴族が着るようなスリットがいくつか入った簡易ドレスを着たメロディーネ。

 背中には背負ったのが初めてなのか違和感をとても覚える小さな鞄を背負い、目の前にいるアンネに小さく身を顰めて訊ねる。


「はい。何時でも構いません。場所も突き止めています」


 アンネは淡々と答えるが、主であるメロディーネよりも気配を消し、気配察知のようなことをしながら答えた。

 一体彼女は何者なのだろうか。エルフにしては活動的だ。


「では、行きましょう。先導は任せます」

「畏まりました」


 他に黒尽くめの女性(通常のコトネのような格好ではなく、暗部のような黒尽くめ)がおり、二人の荷物などを持ち待機している。


 薄々勘付いているだろうが、この三人はこのままいればあらぬ誤解や被害を受けると考え、以前から計画していた通り解放軍と合流しようとしている。

 ただで合流すると腐敗の原因である王族ということで危険な為、内部の掻き集めた情報を教えるつもりだ。そのためにメロディーネは今まで気付かれないように暗躍していた。


 ただ、合流して上手くいくかはわからず、どちらがマシか考えた上での行動となる。


「それじゃあ、弟の下に出発よ!」


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