第十八話
冒険者ギルドや商業ギルド等のギルドが出資し、国が保有する警備軍のような組織、国民が国民のために取り締まる治安維持機構が正式に発足して一週間が経った。
治安維持機構と言っているが、正しくはレジスタンスに準ずる、自警団の様な物だ。
その陰には解放軍が大きく関わっている。
分かっていると思うが、王制であるこの国で、それに真正面から対抗し批判するような、警備軍が役に立たないと行動で示す組織を考え、思いつき行動に移すわけがなかった。
そう、この背後には解放軍の長レムエルがいた。
レムエル曰く、
「自警団――国の警備や治安機構が機能していないと起きるレジスタンスみたいなものに近いね。違うとしたら、司法――国の法律や裁判関係だね。が、うまく機能していないから、自分達で身を守る為に組織されるんだ」
と、分かり易く説明していた。
「ただし、やり過ぎることが度々あるからね。戦争に発展する行為、国や世界の在り方を覆す行為、逆に相手の神経を逆撫でる行為はしてはいけない。あくまでも、自分の身は自分達で護って、風紀の取り締まりを自分達でするって感じだね」
その組織にいるから権力があるとは思ってはいけない、とあくまでも自衛のためだけの組織と釘を刺す。
恐らくこの組織が上手くいくと、中には権力に溺れ貴族に逆らったり、平民を虐げたり、自警団が暴力団に変わり、国から規制と解体が促されることになる。最悪、国が実力行使で黙らせることにもなると、レムエルは言っていた。
よって、ギルドが後押しをする形で組織され、資金源は国民が買った商品の税金――似たようなものが既にあるが、後に税率が一律の消費税扱いとなる税金制度の発足――や、依頼の報酬から引かれる税から賄われることになった。
そのため、自警団が危険だとギルドが判断した場合、資金や物資の出資を停止し、動けないようにした。
また、ギルドはレムエルの手が入っていることを理解しているため、国民には重要機密事項となるが、実際の自警団はレムエルの指示がギルド経由で渡り、方針が決まることになる。
有体に言うと自警団はバイトから専務辺りまでの社員で、それを纏めるギルドが社長や会長辺り、そして実権を握るレムエルが株主という所だろう。
ギルドが出資しているため株主の様な物だが、発足はあくまでもギルドで、その組織という会社に国民という社員がいる感じだ。
相手の本拠地である王都ではギルドとレムエルの意見が一致し、治安維持機構の設立が見送られることとなった。
第一に作られるのは第一王子派の腐敗した貴族の領地で、爵位も低い治安維持機構を作りやすい場所だ。
第二に作られても動き自体はギルドが支配しており、国民主導で動くことはない。
手始めに設立された場所は、争いで捕虜となり、未だに喚いている貴族の領地からだ。その中でも解放軍側に近い、南方の領地だ。
最初に作られたのは一週間ほど前。先の争いの結果、中立の貴族がこぞって解放軍側に組みし、解放軍は捕虜の扱いや取り調べでてんやわんやしていた頃となる。
その領地の名をフォッヘン男爵領と言うが……覚えなくてもいいだろう。
まずは、その領地で様子見を兼ねた実験的な組織が作られることとなった。
内容はそれほどかっちりとしたものではなく、今までの平行線の様な物で、まず国民ではなく引退した冒険者や商人達に声を掛け、ギルドの意志が通達しやすい人材を選んだ。
そして、街の中をギルドが決めたルートに従って巡回していく。
そこでの基準は法に触れる犯罪行為の阻止、挨拶や国民の困り事の解決を中心に行う。
勿論武力行使は緊急時を除き許可していないが、威圧のために滞納を許可され、相手が武器を使用すれば抜剣を許され、鎮圧に努めることになる。
ただし、不正や陥れ等が発覚した場合、組織の脱退と奴隷落ちとなるようだ。
他にもこまごまとした規則があるが、普通に対応していれば気にするようなものはないと言える。
商人の参加を募ったのは、この組織が街での影響に関わってくるからだ。
諸刃の剣ともなるが、もし商人が雇った人間が功を立てれば、雇い主である商人の影響力も高くなる。基本はギルドの威光や国に対立しないようにしなければならないが、現状の治安を守るには自分達でどうにかするしかない。
領主の兵や警備兵と対立もするだろうが、犯罪が横行する中作られた組織と対立をするということは、余計な確執を生むこととなる。
自分達が不甲斐ないと言われているようなものだが、犯罪が横行するのでは仕方がない軋轢と言える。まじめに仕事をしている領地では組織されることが無いのだから。
そして、一週間経った今、その領地の状況を見てみると、
「あ! この前のおじさんだ! あの時はありがとー!」
「お、おじさんって……俺はまだ二十代だぞ。それよりも、こんにちは」
「こんにちはー!」
一見厳つく悪人に見える男性に、遠くから発見した幼い女の子が駆け寄り、何やら礼をしていた。
恐らく男性は組織の人間で、以前巡回中に女の子を助けたのだろう。
「こら! 急にいなくなったらまた誘拐されたのかと思っちゃうでしょ! 先日ぶりですね、バンさん。その節はありがとうございました」
人垣の中から出てきたのは、買い物袋を持った女性だった。
どうやら女の子は誘拐されそうになっていた所を助けられたらしい。
「いや、偶々目に入っただけだからな。一応路地にいる子供には全員声を掛けることになってんだ。特に薄暗いところで大人と会話している子供とはな」
犯罪が暗く人がいないところで行われるのはどこでも一緒だ。
言葉巧みに路地の方へと連れ去り、そこで誘拐し金にするのだ。
「いえいえ、それで助かっている子がたくさんいますからね。一週間前と比べたら安心して子供と出掛けられます」
「ま、まあ、街に活気も戻って来たし、犯罪が減ったのは良い事だ」
「おじさん照れてるー!」
「何を!?」
「きゃー、おじさんに襲われるー!」
女の子は男性から笑いながら声を揚げて逃げると、母親の背後に抱き付いて逃げる。そして、顔だけ出して睨んでいる男性を見てべーッと舌を出した。
周りではそれを微笑ましく見ており、この男性や組織が受け入れられているのがよくわかる。
「ったく……嬢ちゃんも知らない人に二度と付いて行くんじゃねえぞ? 次は本当に攫われちまうかもしれねえからな」
「うん! もうお母さんから離れなーい! えへへ~」
「本当に分かっているのかしら」
女性は困ったように笑ってから女の子の頭を撫でる。
「最初はどんなことになるかと思いましたが、今や頼れる人たちの集まりですね」
「ああ、俺達もギルドが言うから行っているが、ここまで影響が出るとは思わなかった。何より、治安が自分の手で良くなるのは良い物だ」
「それにあの紙の影響もあると思います」
女性が指差したのは民家の壁に張られた一枚の紙だった。
その紙には組織のことや気を付けることが書かれ、文字の読めない人にも分かり易いように絵が付けられている。
それに巡回の人はレムエルの紋章が付いた赤い腕章を付け、一目で巡回の人だとわかるようになっている。
ただ、それだけだとすぐに真似をした犯罪が増えるということで、国民に注意を促している。
一応組織でも組織独自の技術を使った身分証を発行し、話すときにその身分証を提示することになっている。もし提示が無ければ国民には逃げるよう言っているのだ。
同時にレムエル達解放軍は領地に集会場のような建物を作り、そこで組織の話し合いや国民への講義を行う予定となる計画を立てている。
そこは子供相手に逃げ方のコツや簡単な護身術等を教える学校のようなところとなり、大人には子供の手を握っておくことやいなくなった場合すぐに通報するように促すよう教える予定だ。
ここまで発展したのは、この領地での評価がかなり高いからだ。
仮にレムエルが王となり国がしっかりと運営されるようになれば、この組織も不必要となってくる。無くなりはしないだろうが、巡回等は徐々になくなり、先に言った講義が中心に行われる、非営利組織に変わるだろう。
まあ、その辺りは随分と先になる為、今は自分達の手である程度はどうにかできると思わせることが大切だ。
治安維持機構の発足はレムエルや貴族にとって、それ相応の危険を伴うものでもある。
分かるだろうが、国民が自分達で出来るのだから貴族なんていらない、と反旗を翻すかもしれない、ということだ。
そこまで行くには先導する者が必要で、レムエルの人気を覆すような失態等が起きなければあり得ない。それをしないで自由を謳えば、国民から総スカンを受けるのは目に見えている。まあ、それを分からない馬鹿(王に打って変ろうとする者)と言うのはどこにでもいるが。
国民達はいきなり作られた治安維持機構のことを、薄々解放軍が作ったのではないかと感付いている。腕章にレムエルの紋章を付けているのだから当然だ。
「クソッ! 雑草の分際が付け上がりやがって!」
対して貴族は、その指揮に対してかなり鬱憤を溜めている。
解放軍傘下に入っている貴族には、この組織がどうなるのか知っているためそれほど反対はなく、レムエルに利便性について教えられ、それ以外不利になる面はギルドが押し留めることが出来るため、彼らは多少不満に思いながらも成り行きを見ることに決めた。
その結果は上々で、この後計画通りに進めることでどうにかできるだろう、というのが解放軍の見解だ。
それらを知らない貴族は、この組織が自分達に変わって領地を治める組織だと勘違いすることになる。
これは国とギルドが対等な立場にあって、不干渉のような状態にあるから成り立つ。
各ギルドは世界的に勢力を広げているため、どこかが国と手を組んでしまうとすぐに崩壊し、世界に混乱が生まれるだろう。
それを防ぐためにギルドは国と対等な存在であり、表向きギルドを国においてもらうため国の方針に従うが、命令や取り込み、無報酬の依頼など出来ないようになっている。
それをした瞬間に冒険者ギルドは警告も無しに、その国から全て撤収すると思われる。
過去、ギルドが初めて作られた時に起きた事件として、公式記録に残っている。
その国は直後に魔物の侵攻で滅び、それ以降冒険者ギルドだけでなく、商業ギルドも魔法ギルドにも逆らうことはなくなった。
支配しなくても十分に恩恵が得られるからだ。
現在の貴族はレムエルのように伝手を持っていても侮蔑や嫌悪感も同時に持っており、威圧的な態度で野蛮人だと罵る。
貴族至上主義が行き過ぎると起きるのだろうが、その結果ギルドの手が入った組織は目に見える形で広がり、貴族達に恐怖を植え付ける。実際、貴族に不甲斐ないと言っているのだが、あくまでも組織は警備をすることが目的だ。
国民も自分達に圧政を敷いている貴族と、援助をし力を与えてくれるギルドの作った組織ならどちらを取るか明白で、少し怖さはあるだろうが、ほぼ無償でいろいろと教えてくれるのなら喜んで受け入れるだろう。
「どうしてだッ! どうしてこういう時に父がいない!」
「坊ちゃま落ち着いてください」
特に現在は当主である貴族は捕虜となり、領地の運営に罅が入っていた。いや、元々脆いガラスの様な物で地盤を敷いていたのだから、少しの衝撃で壊れて当然だ。
「煩いッ、黙れッ! 雑草の分際で俺に触るなッ!」
「キャッ」
「おっと、大丈夫かい?」
「え、あ、すみませんでしたッ!」
機能していない貴族の家には早急に解放軍から連絡が入り、こちらの息がかかりそうな貴族の子供や、庶子を探し出し当主に成り代わらせる計画に入っていた。
少しでも失敗すると国の滅亡に繋がる危険な行為だ。
しかし、今は国民を守る為に少しでも解放軍の息のかかった者に統治してほしかった。
「兄さん、今日限りで僕が当主となる。兄さんにはこの家から即刻出て行ってもらおうか」
「は? お前何言ってんだ? 下賤な血の子の癖に俺に命令してんじゃねえ!」
「は? ……く、くくくっ!」
「な、なにがおかしい! 俺が当主になってお前がこの家、いや、領地から出ていくんだよ! それとも家畜に……って、笑ってんじゃねえッ!」
「く、くはははは! これが笑わずに入れるわけないでしょう? 下賤って、それは父にも言ってるのかい? 僕は半分平民の母の血が流れている。でも、もう半分は父の血だ。君と同じね」
「~ッ!?」
「それに、僕からすると豚二匹から生まれた子豚の方が下賤だと思うけど」
その行為はレムエルだけでは出来なかっただろうが、世間から王族だと言われている、武力面で有名なアースワーズが加わったことによりスムーズに行うことが出来た。
黄色い部屋までの貴族達は味方に付き、有名どこの貴族にはそのまま当主を続けてもらう予定だが、それ以外の貴族には家督を譲る手紙を書いてもらっていた。
譲る相手が複数いる場合、こちらの思惑にあった者を選び、いなかった場合は庶子の確認を行い、いない場合は親類から選び、それでも無理だった場合は一時的な命令書を書いてもらい、息のかかった代理当主を置くことにした。
横暴にして暴挙だが、そうしなければ領地が大変になることは分かっており、貴族も反省し味方に付いたため、これで多少の罪が消せるのなら喜んで指名した。
そもそもこうなったのは身から出た錆なため、自分に似た息子を選んでまた何かされるより、庶子でもいいからしっかり治め、これ以上の罪を被りたくないと思うのは他人として当たり前だろう。
それにレムエルを見ていると庶子がどうとか、国民がどうとか、どうでもよくなっていく。
捕まり冷たい地下に閉じ込められはしたが、恐怖で殺されるのではないかと思っていた所に精霊教から微笑み付きで手を差し伸べられ、生活環境も不自由だが拘束されているわけではない。精霊の力とは気付いていないが、青と黄の部屋は換気も定期的に行われ、外で運動や和むことも可能だった。
そうなればその命令を下しているレムエルに感謝、若しくは考えを認め、その周りで笑顔を浮かべている国民や兵士、それに接していろいろと取り組んでいるレムエル達の姿を見れば……言わなくてもわかるだろう。
最後に止めとして寝返った貴族から勧誘や誘いがあれば、もう拒否するということは無くなっていた。
「き、貴様――」
「これが父から齎された報告と、正式な命令書だ」
「な、何……ま、まさか……そ、そんなわけあるか! こ、これは偽物だぁッ!」
「何をする! これを破ったら兄さんは反逆罪で処刑だ」
「そ、そんなことが――」
「あるんだよ。兄さんはメイドが貴族の物を破ったとかで解雇し、身一つで追い出したよね? なら、兄さんより上の父かが書いた物を破ったら処刑されてもおかしくない」
「そ、そんな暴論が通るものか!」
「通るんだよ。何もかも全部兄さんがしてきたことだ。僕はね、最後の家族愛として、兄さんにこの家から出ていってほしいと願っているんだ。勿論、お金も物も準備させる」
「な、なにを言っている……?」
「もし、僕がこのまま無視をしたとしよう。僕も多少の罪があるけど、兄さんには新王となるレムエル様から処罰が言い渡されるだろうね。優しい方みたいだけど、その方法がかなり変わっているらしい」
「お、俺とお前は兄弟だ。な? だから、俺のことを庇ってくれるよな?」
「まだその方法が取られていないみたいだけど、処刑は否定的らしい」
「ど、どういうことだ?」
「でも、魔力を枯渇寸前まで魔法を国と国民の繁栄のために使い、魔法が使えないものは魔力を吸魔の魔道具で吸い取って使い、それでもダメなら国に尽くしてもらうつもりらしい。甘い方だけど、やり方は斬新で人の心を分かってらっしゃる」
「お、お前、まさか……! い、いやだぁぁッ!」
「ひっ捕らえろッ! ――僕は思うよ。今までいろいろと虐げられて、侮られて、蔑まれてさ。そんな国民や僕が罪人を殺すから許して、で素直に許せると思う?」
「ひ、ひぃぃぃぃぃ!」
「許せるわけない。ま、普通に奴隷とかにされるだけだと許せないけど。目に見えて酷使されるのなら多少留飲も下がるというものだ。だから、それが嫌ならこの家から出ていけッ!」
こういった報告が返って来るのだが、やはりレムエルはこういった結末になるとは思っておらず、自分の考えが間違っているのかと不安に駆られているという。
レッラやソニヤ、二人だけでなくイシス等の他の女性まで加わり、現在夜の休憩時間になるといろいろと話しているらしい。決して疚しい事だけはしていない。
まあ、レムエルはあの容姿で雰囲気を持つため、女性からちやほやされるのは仕方がない。本人はいたって男らしくしているつもりで、他の者もあの戦いを見ているため勇ましく頼りがいがあるとわかっている。だが、日頃がなよっと気弱なため、そのギャップが女性の母性をくすぐってしまう。
何という女たらしだろうか。
赤の部屋の貴族はあの脅しからまだ一日も経っていないため何とも言えないが、恐らく半分ほどが寝返る結果に繋がるだろう。
そして、部屋から出ていく貴族を部屋の隙間から覗き、偶にどのくらい環境が変わったか聞こえるようにして言わせれば、更に味方の貴族が増えていくという寸法だ。
何とも悪辣な方法だが、現状人手も金もない為、食費や維持費以外ただで寝返らせ、本心の情報を吐き出させ、効果的に事を進めさせるいい方法とも言えた。
一種の拷問だが、身には何も残らず、苦しいのなら早急に寝返ればいいだけなため、結局苦しいのは考えを改めない自分が悪い。
こうレムエルに言われ、悪辣だと言っていた貴族達は納得してしまったという。
まあ、その結果レムエルに畏れも抱き、味方にしておけば多大な恩恵を得られ大丈夫だが、敵にすると先の争いや処罰の様に地獄を見ると、所彼処で囁かれているという。
勿論ソニヤやレッラがレムエルの耳に入らないよう情報を規制しているのは当然だ。
このようにあの争いが終結した瞬間に、チェルエム王国の勢力図は一気に塗り替えられ、現在レムエル率いる解放軍は中央付近まで攻めつつあった。




