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第十七話

 アースワーズの指示により、情報の操作を行われた貴族が、チェルエム王国王城に辿り着いた。

 城ではまだ戦いの結果を知らず、のうのうと過ごしている貴族と偽りの平和を享受する騎士達で溢れていた。


 凡そ一カ月と半年の間だが、主力の騎士が王都から離れた結果、警備が緩くなり犯罪の悪化に繋がり、周辺の魔物の討伐も追いつかなくなり、国民の不満も高まっていった。


 その結果、噂から一番離れている王都やその奥にある領地の者達も、解放軍の存在を認知し傾倒することとなった。


 特に商人達は内でも外でも治安が悪くなったことで行き来が難しくなり、輸送料や護衛費等は高く嵩張り、仕入れや販売も困難となった。そして、商人等の中でも裕福な者は創神教を信仰していたが、この状況で何もしない宗教より、解放軍と協力して国民のために動いている精霊教が良いと改宗してしまった。


 冒険者達は魔物が増えたことである程度は収入が増えるが、それでも需要が無いということは報酬は下がるわけで、命や経費と引き換えにして考えると受ける仕事は限られていた。


 解放軍に傾倒するのは単にそれだけでなく、現在王都よりも解放されていった南側の方が治安が良く、商売に関してもやり難いのは変わらないが賑わっていた。

 さらに、貴族達はアースワーズや騎士達が付いたことにより態度を急変させ、レムエルの御機嫌を取るために続々と解放軍へ付くこととなった。結果、その領地の税収――元々国が貴族から取る税が多く、貴族も同じように享受しようとしたため高かった――が下げられ、物価も元に戻りつつあったのだ。


 当然それに貴族達は気づくが、そういった対応に慣れていない――慣れる慣れないではなく、出来る出来ないだが――為後手に回り、治安維持や魔物討伐しようにも主力がいない為対処が出来ていなかった。


 中には今回連れて行かれなかった真面目な者もいたが、そういった者は平民であり、他者に指示を出せる様な者達ではなかった。

 それでも頑張ろうと国民による治安維持機構の様な物が発足し、国を見限り自分達で犯罪組織から身を守るために作られた。これはゾディック達ギルドマスターがリークし、解放軍の手伝いをするためにも作られた物だ。


 この状況に国が良い顔をするわけがないが、もし解体させればその矛先が自分達に向き、ならしっかりと警備しろ、と言われるのが分かっていた。

 そのため残った騎士や兵士達は文句を垂れながらも仕事を行うが、日頃真面目にしない者がきっちりできるわけがない。

 犯罪組織はその大きくなった死角から手を伸ばし、窃盗や強姦、誘拐や奴隷狩りが各地で起きる。汚物やごみがその場に捨てられ、病気に発展するケースも増えてきた。


 そこでギルドが冒険者に高額で治安維持の仕事を依頼し、どうにか治安を最悪まで行かせずにとどめることに成功する。だが、ギルドも一枚岩ではなく、悪い奴は悪い事を平気で行う。

 ゾディック達はそれを強く理解しているため辺境のギルドにいるのだが、現在は冒険者も南へ行こうとしているため、ギルドで私腹を肥やしていた者は焦って指示通りの治安維持機構と依頼を張りだしたのだ。


 それは冒険者ギルドにはとどまらず、どこのギルドでも同じだ。




「ビュシュフス殿下! 討伐隊の者が帰ってきました!」


 例の貴族――名をボドモンド・フェム子爵――が息を切らしながら帰ってきたことに兵士が気付き、至急上層部に知らせた。


 そして、結果を知らない貴族達はこれで安心だと、堪えきれない笑みを浮かべて玉座の間で待機していた。

 そこにボドモンド子爵が兵士につられてやってくる。

 疲労や恐怖が顔だけでなく、服や態度に出ているが、ここまで来たらやらなければならないと己に言い聞かせ、目の前の金の装飾と宝石が散りばめられた門が開くのを待つ。


「ボドモンド子爵をお連れしました!」


 傍で待機していた近衛騎士が扉を開けるスイッチを押しながら、中の人達に声を大きくして入場を伝える。


 ズズズゥー……と重く擦る音が鳴り響き、完全に開いたところでボドモンド子爵はなるべく落ち着きながら足を踏み出す。だが、緊張や報告の恐怖に足が縮こまり、上手く手と足が合わず過呼吸気味になる。


 中にいた者は報告に来たのがボドモンド子爵一人だということにざわめき始め、玉座の間が騒がしくなる。

 奥でふんぞり返っているビュシュフスは怪訝な顔で食事をし、ジザンサロムは目を細めて最悪のケースを考える。それでも負けたとは考えられず、負傷したのだろうと推測する。

 宰相ロガンはアースワーズや国王から報告を受けていたため、結果がどうなったのかある程度は理解しているがおくびにも出さない。


 惨敗した等と誰が信じられるだろうか。


「ボドモンド様、一度落ち着かれ下さい」


 目の前にある階段を見つめ、足を上げては下すを繰り返しているボドモンド子爵に、見ていられなかった兵士が声を掛けた。


「あ、ああ、すまない」

「い、いえ! 差し出口を!」


 兵士はまさか謝られるとは思わず、何か起きるのではないかとその場からすぐに下がった。

 その態度にボドモンドは落ち着きを取り戻し、蒼白な顔は変わらないが、ごくりと喉を鳴らして頷くと、意を決して玉座の間に足を踏み込ませた。

 柔らかい赤い絨毯が足裏から伝わり、日頃なら快感に変わるのだろうが、今はまるで拒否されているかのように不快感しか覚えなかった。

 ダラダラと冷たい汗が額や背中から流れ、一応着替えたはいいがすでにびっしょりだ。


 どうにかビュシュフスの目の前まで辿り着き、黄色い金糸の線が施された子爵以下が傅く場で片膝をつき頭を垂れた。

 チェルエム王国では平民等、子爵以下、侯爵以下、公爵や王族の四つに分けられる。

 跪き方は右膝を突き、右拳を地面に付ける。左手は胸元に置き、頭は前を見ないように地面を見ておく。左利きも一応右利きと同じようにし、揃えるように代々言われ続けている。


 流石に業突く張りの貴族達でもこういった慣習を変えることは出来ず、それにこういった伝統を重んじるため変えようと思わない。


「面を上げよ」


 隣に控えている精巧な鎧を身に纏った、近衛騎士団副団長が告げる。

 通常は宰相等が口にするのだが、ロガンは平民なため出席するのも煙たがれ、口を一切噤んでいる。

 普通騎士もそれをしておかなければならないのだが、今は腐っているため仕方がない。副団長はそれなりの地位の高い貴族なのだ。


「ボドモンド子爵だったな。早く報告しろ。俺様は忙しいんだ」


 くちゃくちゃと肉を食べる音を響かせ、ビュシュフスは新たな肉を鷲掴みにして、ボドモンドにその肉を突き付けた。

 肉の破片や油が散り、それに眉を顰める者がいるが、いつものことなのだろう。


「ほ、報告させていただきます!」


 ボドモンド子爵は蓋がされたような喉から震える声を絞り出し、もう何が何なのか訳の分からないままに自分の知っていることを口にした。

 恐怖が限界を超え、それでも報告しなければという気持ちだけで堪えていた。


 滝のような汗が流れ落ち、カクカクと小刻みに身体が揺れ動き、目の焦点はもはやどこを見ているのか分からない状態だ。

 ただならぬボドモンドの様子にも驚くが、齎される報告に驚愕を通り過ぎ恐慌状態に陥り始める。


 ビュシュフスは目を開き、ぽとりと食べていた肉を手から離す。肉は転がり落ち、赤い絨毯の上を冒険するが誰も目に留めない。

 ジザンサロム達はどうしたらいいのかひっきりなしにオロオロとし、ロガンだけが目を細めて顎を擦っていた。

 ただ、報告が全ての真実ではないと早々に見抜き、真実がどのような物なのか思案している感じのロガンだ。


「――で、ですから、結果は皆捕虜となりまして、城塞に閉じ込められているかと。解放軍の長はレムエルと言うらしく、遺憾ながら第八王子と名乗っています。アースワーズ殿下の様子もおかしく――」


「――我々は戦いました。相手は卑劣にも、あの野蛮な冒険者と同じ落とし穴等の罠を神聖な戦争に用いました。そんな者が国の王に就いたらどうなるかお分かりでしょう!? そこで私達は解放軍と話し合いに来ただけという殿下と対立しました! 死を覚悟しましたが、どうにか国の威光と存在を知らしめるにはあそこで戦うしかないからです。……ですが、卑劣にも相手はよくわからない力も使い――」


「――私がここまで帰って来れたのは、ここで終わるわけにはいかないと考えられた殿下達のおかげです! 私の様な者にこのような大役を与えて下さったのは、きっと私の言葉が届いていたからでしょう! どうやら捕虜となったのは内部の探りを入れ、時期を見て内部分裂を起こすつもりではないかと思われます。今こそ皆で立ちあ――」


 支離滅裂ながらも報告をしていたボドモンド子爵は、ある程度報告しきった所で糸が切れるようにその場に倒れ、全てから解き放たれるように穴という穴から液体を垂れ流す。

 その姿はまるで敗戦の将を意味しているようで、解放軍がこのようになりたくなかったら降伏しろと告げているように見えた。


 こうまでなるのは恐怖もあるだろうが、アースワーズに告げられた帰っても生きることは出来ない、という言葉が身に染みたからだ。


 すぐに様子を見に兵士達が動き、息の確認や持ち上げても大丈夫か等確認した後、ボドモンド子爵を数人で持ち上げ、礼をした後退室していった。


 残された貴族はどうしたらいいのかた騒めきながらビュシュフスに仰ぐ。

 だが、ビュシュフスが何か言えるとは思っていない。

 こういう時だからこそ上に判断を仰ぎ、自分達は何もしていない、言われたからやったと責任転嫁を行うのだ。


 普通なら上の者が責任を取る、これでいいのだろうが、流石に全てを上の者の責任にすることは出来ない。

 こういった謁見でも一字一句間違えることなく議事録が取られているのだから。


 この後貴族達は騒然とした状態で保身に走ることになり、想像以上に役に立たなかった。だが、アースワーズが予想していた通り、自分達の都合が良い方へ頭を回転させ、


 『アースワーズ殿下は態と戦争で負け、そこで捕虜として過ごすことで信頼を得る。そして、我々に内部の情報を漏らし、王都に兵士達を潜伏させ時期を見て外と内から攻撃する。そのために捕虜となられたのだ』


 このように考えさせる。


 皆が皆このように考えるわけではないが、考えなしの馬鹿ならばこの話に乗っかり王都に兵士を掻き集める。少し頭が回れば、何か裏があるのではないかと考え、兵士をつれながらも領地の監視も続ける。頭が回る馬鹿ならば、そもそもこのようなことをしないだろうが、恐らく中立の立場にはいるだろう。

 そして、本当に頭が回るのなら解放軍と合流するだろう。


 国民から兵を募ろうにも言うことを聞くわけが無く、余計な反発が生まれるだけだろう。

 だが、それでも彼らは少しでも戦力を得ようと動き、法による強制という名の支配で言うことを聞かせるだろう。

 それが無用な確執を生むとわかっていない。






 第四王子オスカルと第五王子ジャスティンは齎された報告を露知らず、ボードゲームや談議を行っていた。


 解放軍の動きや内乱等が起こった今まで、この二人は特にこれと言って何もしていない。

 王族としては生温い環境で育ち、女王族と同じように優雅に過ごしていた。

 王女達と一緒に過ごすことはなかったが、欲望のままに女を抱くこともあれば、貴族を招いてお茶会やパーティーを開くこともある。


 このまま過ごしていてくれれば特に邪魔とはならず、処罰無しにはならないが、知らなかったという理由で軽くすることは可能だろう。

 だが、男の王族としてその責任から逃れたのは何よりもの烙印となり、名誉ある死罪を言い渡されてもおかしくないことだ。

 レムエルならそういったことはさせないだろうと考え、いったまでのこと。


 まだ名前が挙がっていない王妃についてだが、王妃は全員でシィールビィーも含めて五人いる。

 今は亡きレムエルの母親シィールビィー、

 第一王子ビュシュフスと第六王子シュティーと第一王女クリスティーヌの母親マーガレット、

 第二王子アースワーズと第五王子ジャスティンの母親クラリス、

 第三王子ジザンサロムと第二王女ベロンナと第三王女コスティーナの母親ガネット、

 第四王子オスカルと第七王子ショティーと第四王女メロディーネの母親ジュリアだ。


 基本的に王妃は他国の王族か公爵、又は国で有名な者が値する。例えば聖女と呼ばれる者や姫騎士などだろう。

 シィールビィーの様な出自も不明確な女性が王族と結婚するには、貴族の反発を抑え、他の王妃を説得し、生まれる確執なども対処しなければならない。何よりもその女性が絶世の美女、特殊な能力持ち、国民の絶対の支持を得ている等が必要だ。

 ただ、シィールビィーについてはほとんどの者が分かっていなかった。


 マーガレットは帝国の公爵令嬢で、ポチャッとしてはいるが太っているとは言えないだろう。王国に嫁いで体型が丸くなったが、パーティー等でドレスを着る為、恥ずかしくないように気を付けてはいる。


 ただ、帝国の気質なのか勝ち気で、他者を罵る典型的な肉食の女王族だ。

 ビュシュフスが王になると確信――なったと思っている節もある――し、その後押しも行っている第一王子派の要のような人物だ。

 それは白薔薇女騎士団の団長クリスティーヌにも言えることで、彼女の後押しがあったからこそ団長という職に就け、何をしても許せる。

 シュティーに関しては自分で育てずに乳母に任せたため、二人の様に権力にしがみつくような性格にはならず、普通の王族として過ごしていた。


 帝国からの政略結婚だったため、国王との間に愛等という不確かなものはなく、マーガレットは権力と国王の母親という地位を得ようとしている。


 シィールビィーのことを嫌う女性でもあり、度々嫌がらせを行っていた犯人だ。


 それに対してジュリアは友好国の王族で、優しい人物だ。頭もキレ、容姿端麗なため、女性からの人気がかなり高い。シィールビィーとも仲が良く、共にお茶会などをしていた人物だ。

 ただ、マーガレットとは相性が悪く、普通王族と公爵では嫁いでも格差が存在するが、マーガレットはお構いなしに見下し、第一王妃だということで下と見ている。

 ジュリアは争うことをしない為、上手く受け流し関わらないようにしていた。


 クラリスとガネットはチェルエム王国の貴族で、二人とは関わらないように優雅に過ごしていた。

 ただ、産んだ子から分かるようにかなり太っている。


 王妃についての障害もレムエル達解放軍にはあるだろうが、上手く行えばどこの介入もなしに出来るだろう。

 一番の問題は帝国についてだが、今の所例の城砦の件でてんやわんやとなり、他の砦や関所でも厳重な調査と審査が行われているはずだ。

 そのためマーガレットがいくら情報を流そうとしても、途中で見抜かれ阻止されるだろう。


 ただ、これだけ暴れて一つも漏れていないというとは考えられない為、噂が独り歩きした誇張したものが届いていることだろう。

 それが吉と出るか、邪と出るか……。それは精霊にもわからないことだ。


 分かっているのはレムエルの行く末は未だ真っ暗で、仲間の助けを借り自分の足で歩み、民と国を豊かにしなければならない。それだけだ。






 場所は移り、第四王女メロディーネの自室。

 メロディーネはこの三週間ほど体調不良を理由に姉二人のお茶会をなるべく休み、とある作戦についてメイドのアンネと思案していた。


「――拙いわね」


 メロディーネは幼さの残る綺麗な顔を歪め、淑女にあるまじき舌打ちをする。

 通常ならアンネは窘めるのだが、今回に関しては同感以上に思うところがあるため仕方がない。


「とりあえずわかったのは、特注の魔道具が二つとも壊れたことね」


 魔道具――恐らく、出発前にシュティーとショティーに仕掛けた盗聴器のことだろう。普通の盗聴器――通信機のことだが――は中継を置かなければ王都とやり取りできないのだが、特注と言うだけあって音声にムラやラグがあったが上手く聞き取れたようだ。

 そして、音声と魔力反応が切れたことから壊れた、若しくは壊されたのどちらかだと考えられる。


「前者ならいいけど、後者だった場合……」


 不安が込み上げ下唇を噛み、ドレスの裾を握り締め、ばれたらどうなるかしら、とアンネに訊ねる。


「大丈夫でしょう。メロディーネ様が入れたとは思われないでしょうし、ばれても王都と繋がっているということしかわかりません。それほど悪い方へは行かないかと」


 その不安は杞憂です、と言うようにアンネは告げ、その時はその時ですと眼鏡をクイッと上げて安心させる。

 その自信こそがメロディーネの心に温かさを齎す。


「なら、魔道具については忘れましょう。――それで内容についてだけど、これは良い事なのかしら?」


 桜色のプリッとした唇に人差し指を当て、小首を傾げるという、この世の男という男を魅了する小悪魔の様な仕草だ。

 この仕草をするときは相手の意見が欲しい時。自分ではどうするか意見は出ているのだ。


「メロディーネ様にとっては良い事でしょう。ただ、どのように動くかによって異なってきます。計画通りに動かれるのであれば、その後の身の振り方も考えるべきでしょう」


 それに対して、表情一つ変えずに答えるアンネは、多少のことでは動じないのだろう。

 慣れているとも考えられるが。


「そう、ね。やっぱりこのまま作戦通り行きましょう。――でも、まさか、私に弟がいただなんて。あの二人が嫉妬するほどの弟と言うのはどんな子かしら」

「では、そのように。――一時期そのような話があったかと思います。ですが、既に死んだものとされていました」


 末っ子かと思えば弟がいたという事実に、可愛い弟だったらいいなぁ、と年頃の女の子が思う理想の弟を口にする。それに忘れてましたが、と付けたかのようにアンネが理由を話す。


「理由は聞いていた通りですが、一種の賭けですね。しかも壮大且つ危険な。一つでも歯車が狂えば国が崩壊していても不思議ではありませんでした」

「はふぅ~……。そうね、あの醜い豚の様な醜悪な姿と、濁りまくった愚鈍な思考の持ち主に似なくてよかったわ。シィールビィー王妃はどのような方だったの?」


 本当に弟が欲しかったのか、思いを馳せる様な深い溜め息を吐き、メロディーネは傍に控えるアンネに首を傾げる。


「そのような言い方は豚に失礼かと。豚は私達の食用となりますが、あちらの〇の役にも立たない醜い豚は逆に腐敗させます。――それとまだレムエル殿下、でしたね。が、噂通りの人か分かっていません。会うにしろ、加わるにしろ、援助をするにしろ、何をするにも一度見極めるのが必要でしょう」

「言葉遣いが……」


 そこで一度アンネは区切り、一呼吸置いた後に当時のことを思い出すように話す。


「シィールビィー王妃様は謎多き女性、というのが印象でした。出自、陛下との出会い、素養など不思議なことが多かったのを思い出します。平民だという声が多いですが、それだと離宮内で過ごせるわけがありませんし、食事からダンスの作法やマナーまでそつなくこなされました。誰かが教えた、というのも捨てられませんが」

「それは、また、完璧な女性はこの世にいるのね」


 レムエルのことが解放軍の長という情報もあり、腹違いの兄弟な為結婚は出来ないが、腐敗した醜豚が横行跋扈する城で不自由に暮らす自分(捕らわれの姫)を、白馬に乗った王子様が国ごと助けてくれる(レムエル)、と夢を見ているようだ。

 まあ、女の子なら人生で一度は思い描くことだろう。


「そんな方から生まれたのなら、まず普通の人であるのは確かね。教育をしっかりするはずだもの」

「そのために当時何人かメイドが引き抜かれてますね。各騎士団の幹部クラスから団長まで抜けています。恐らく、素養と教養を付けさせるためだったのでしょう」


 当時騒がれていたことでも、十年以上経てば沈静化するというもの。

 だが、再び話が上がればより深く探りと調べが入れられ、当時分からなかった理由も真実と確信に近づくこととなる。


「どうしてそんな人達が抜けたのに疑問に思わなかったのかしら?」


 不思議なこともあるのね、とぷにっと頬を指で陥没させて小首を傾げ、当然の疑問をメロディーネは思い浮かべる。

 あざといのだろうが、そのあざとさがとてもあっている。


「まあ、この状態ですから、地位ある席が空いた、と貴族達は考えたでしょう」

「はぁ、本当に権力って面倒臭いわね。第四王女ってだけでも肩が凝るっていうのに……」


 でも、優雅に暮らせるのは王女だからよね、といいところもあるとベッドに転がるメロディーネ。

 アンネはそれに眉を細め、はしたない行為を窘めるようにドレスが着崩れないよう直す。


「それよりも忙しく、多忙な日々を過ごすことになる弟君の姉君として、相応しい対応が出来るように努力してくださいませ。今のままでは呆れられるかもしれません」


 素養はあるが怠け癖が多少あるメロディーネに、これを上手く使えないかと思って口にしたアンネだが、思った以上に効果があったことに内心ほくそ笑む。


「そ、そうね! なら、お姉ちゃんとしてそれ相応のことをしてあげましょう。まず、作戦を練り直すわ! それと諜報の人員を増やして解放軍の様子の報告、それと変な動きが無いか内部の調査もお願いするわ! その方が会った時に『お姉ちゃん凄い!』ってなるはずよ!」


 グフフ、とは笑わないが、その笑い方があっているような笑みを浮かべて、メロディーネは早くもレムエルの仲間として行動を開始する。

 アンネは頭の痛くなる主にそれでは本末転倒だと思うが、そのことをおくびにも出さず、


「お姉ちゃんとは呼んでもらえないでしょう。良くて姉様や姉上、悪くてメロディーネ様の様な他人行儀ですね」


 今のメロディーネにグサッと刺さる一言を放つ。


 その後メロディーネがどうしたらお姉ちゃんと呼んでもらえるか画策するが、その答えをアンネは持ち合わせていなかった。


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