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旅の始まり

 無理やり開拓し名も無き村を作った際に出来た道を通るレムエルとソニヤ。

 気を抜けば凍え死に、空からは深々と雪が降る冬真っ盛りということもあり、草木にはふわふわな雪の綿が乗り、地面は少し凍っている。

 レムエルの乗っているシルゥが歩く度にパリパリと音が鳴り、おどろおどろしい森の中に軽快なリズムを奏でていた。


 あまり深い森ではないが、孤独の森からは凶悪な魔物がいつ出てきてもおかしくなく、二人の実力なら大丈夫だろうが気を付けながらココロの町へ向かっている。


「殿下、これからの予定をもう一度確認させていただきます」


 レムエルの隣に移動してから話しかけて来た。


 レムエルはバダック達が十五歳の誕生日に貰った白い鎧と、その上に目立たないようコートを着ている。この鎧は元々王国の宝物庫に合った物のようで、装備者の体格に合うように大きさが変わるようだ。

 ソニヤは十数年前まで使っていた黒凛女騎士団副団長の鎧を改造して着ている。以前までは名前通り黒を基調とされていたが、今は漆黒と言っていいものに変わり、形もばれないようレムエルが考えたバトルドレス風になっていた。

 ソニヤのお気に入りの鎧で、自身が仕える主自ら考え作られた物のため、毎日手入れを欠かさないという。

 どうやらソニヤはレムエルに主従関係以上の思いがあるようだ。


「私と殿下の関係は姉弟です。私の髪色は黄緑色ですし、歳もそれほど離れていません。顔立ちは……殿下の方が上ですが、姉弟ではないとは言われないでしょう。失礼ですが、二人っきりの時以外はソニヤお姉ちゃんかお姉さんと呼んでいただきます」


 眼を逸らしたソニヤは顔を赤くし、目を閉じて指を立てる。

 それを見たレムエルは普通の王族ではないので普通に頷き、元々ソニヤと歳が近いというのもあり仲が良かったため、姉と呼ぶのに抵抗はない。逆に家族が出来たみたいでシィールビィーを失った喪失感を紛らわせる結果になった。


「ソニヤ姉さんも可愛いと思うよ。いや、綺麗かな? かっこいいかも……。う~ん……」


 女の子との接点、人間交友の少なさからか、こういう時にはズバッというレムエルの返答に小さくガッツポーズをする。

 レムエル自身にばれていないのが救いだろう。


「ゴ、ゴホン! えー、まず、ココロの町での予定を話しますね。その前にココロの街について知っていることはありますか?」

「姉さん、その言葉遣いもどうにかした方が良いと思うよ。王族とは言っても八番目だしさ。僕のこともレムエルって呼べばいいよ。ちょっと前まではそう呼んでたんだから」


 そういうがソニヤは狼狽える。


「そ、そうはいきません! で、ですが、よく考えれば仕方ないことですね。では、レム君と呼ばせてもらいます。――レム君、答えて」


 元冒険者だということもあり、適応が早いのがソニヤのいいところだ。


「えっと、ココロの町はたくさんの人が住んでるんだよね。大体三千人ぐらい住んでるって聞いたことがある。治めている人はコロベール? という人だったはず。町には村にないいろいろな物があって、食べ物屋さんとか、宿屋とか、ギルドとか、服屋、教会、広場……たくさんあるんだよね」


 思い浮かぶままに言っていくレムエルの回答に満足そうに頷くソニヤ。


 町はその治める領主又は代官によって主旨が異なり、商業や産出が多いところは生産や商売の町となり、魔物の出没や国境等の最前線は冒険者や武力の町、王都近辺や安全なところは均等だったり、逆に王都に沿った町となる。

 それを加味してココロの町を考えると孤独の森と帝国が近いことが挙げられ、武力の町になるだろう。だが、裏を返せば孤独の森はレムエル達が生きていけるほどの食料や素材があり、帝国にとっても辺境のため生産系でもある。


「ええ、その通り。基本的に村、町、街、都というように人数と規模が多くなり、その集合体が国と呼ばれる。ココロの町は普通の町でしょう。特にこれといった物はないが、コロベール……代官と呼ばれるが、その上司に当たるこの辺りを収める領主は私の伯父になる」

「伯父ということは父上の兄上になるの?」

「ええ。まず伯父に会うために移動し、協力を得る。伯父は今まで私達に協力してくれた数少ない味方だからな。伯父に会い、本格的に動き始めようと考えている。そのためにも伯父のいる『ルゥクス』の街までばれないように情報収集をしながら行かなければならない」


 口調が変わったことで凛々しく見えるソニヤに内心驚き、頼もしいと感じる男の子のレムエル。


「どうして、情報収集するの? レラがしてくれるんでしょ?」

「レム君は私と違って聞いた話でしか情報を知らない。皆にも言われたと思うが、レム君には自分の目で見て判断してもらいたい。それには情報収集もしなければそれが正しいのか、間違っているのか、人によっても見方が変わる。レム君には王になった際に出来ない人々との触れ合いを同時に学んでもらう」


 レムエルはソニヤがいろいろと考えていることに感嘆の声を漏らす。


「へぇ~、いろいろと考えてるんだね。姉さんは不器用だから、見なおしたよ」

「そうか? うん、姉さんに任せなさい」


 レムエルの貶しているような言葉に嬉しがるソニヤだが、二人とも気付いていないのだからそっとしておくのがいいだろう。


「で、ココロの町では主に国の現状と人々の暮らし等を学んでもらう予定だ。驚く物がたくさんあるだろうが、あまりキョロキョロしないでほしい。最近は治安も悪くなり、レム君が誘拐されたり、怪我を負いかねないからだ」

「わかった。出来るだけ姉さんと一緒にいる。ちょっと怖いしね」

「そうだな。うん、これが良いだろう。町に着いたら私と手を繋ぎなさい。きょ、姉弟なのだかおかしくない」


 恥ずかしさを誤魔化し、少し頬を染めてレムエルに言うソニヤ。


「あと、レム君にこのカードを渡しておく」


 ソニヤは懐から茶色い光沢のある一枚のカードを取りだした。

 レムエルは落とさないように受け取り、空に翳しじっくりと観察する。


「これ、何なの?」

「それが身分証だ。村ならまだいいが、町以上の規模となると検問と呼ばれる入る時に検査がある。危ない物を所持していないか、密輸していないか、身元がしっかりしているか等を調べる。その時に身分証があれば軽い検査だけで済めせることが出来る」

「身分証が無かったらどうするの? もしかして、入れないとか?」

「いや、無くとも銀貨一枚払えば入ることができる。無くした場合、金貨一枚かかるからレム君も私と同じように首にかけておきなさい」

「うん、そうしとく」


 カードの端から垂れている紐を持ち首に掛けた。

 邪魔にならないように懐へ入れたところで話の続きに戻す。


「お金は知っているか?」

「うん。十ヘッセ一銅貨、十銅貨で大銅貨、十大銅貨で銀貨、百銀貨で金貨、十金貨で大金貨、十金貨で王金貨、十王金貨で黒朱金貨だったはず。銅貨五枚あればパンが一つ買えるんだよね」

「ええ。最近は物価も高騰しているはずだから、大銅貨二、三枚するかもしれない」

「え!? 五倍もするの!? パン一つが五倍っていうことは食費も五倍っていうことだよね? 想像以上にもしかしてやばいの?」


 レムエルは簡単な比較対象が生まれ初めて国の実情を知ることになった。


「いえ、まだ私が言ったことが正しいかはわからない。少なくとも三倍にはなっているはずだ。国民も毎日節制し、苦労しながら生きる。それでも生きられないのが今の現状であり、それでも尚搾り取ろうとするのが国や貴族だ。中には自身の領民のために動く領主もいるが、力が弱かったり、個人の力では出来ることが限られる。伯父も苦労していると聞く」

「……僕は幸せだったんだ。実際はもっと苦しいよね。食べたいのに食べられない、痛いのに我慢する、苦しいのにしないと生きられない。どうしてこんなふうになったのかな?」


 レムエルは独り言を言うように呟いた。

 それを聞き留めたソニヤは眉を少し顰め、ソニヤも呟くように言った。


「……私が生まれた時から民の暮らしはきついものだった。今よりはまだ穏やかで、争いが少なく、苦しいかもしれなかったが暮らしてはいけた。だが、私が冒険者となる頃には既に民は暮らしていくのがきつい状態に変わっていた」

「何がそうさせたの? 父上は頑張ってるんだよね?」

「ええ、国王様は数少ない側近と信頼できる者を頼りに、貴族達の行いを阻止し続けておられた。だが、一国の王だとしても、相手が複数、しかもご自身の子供までもが敵に回れば後手に回り続けることになる。私がレム君を連れて移動する任務を与えられた時は最悪と言ってもよかったはずだ」

「父上は今も頑張ってるの? その悪い貴族や僕の兄弟と」

「そのはずだ。だが、最近は国王様の噂を聞かない。多分、身を護るだけで精一杯なのだろう」


 レムエルは未だ見ぬ父親にどういった感情を向ければいいのか分からないなりに、シィールビィーのように死なないでほしいと強く願った。

 精霊に願うには顔を知り、近くにいなければならない。

 精霊は魔法の規模を大きくしたようなものなのだ。


「まだ生きてるよね? 母上のように死なないよね?」

「ええ、そのためにも早くこの国を救う。それこそが何よりも父君を救うことになる。レム君はそのためにも民の心を掴まなければならない」

「……わかった。僕は頑張る。母上にも誓ったからね。この国を救うよ」

「はい。レムエル殿下がなさりたいようになさってください。我ら家臣は殿下のためにどこまでも付いていきますから」


 ソニヤは遂に決心を決めたレムエルに再度誓った。

 これからの苦難と王国の未来のためにどこまでもレムエルに付いて行くと。


「僕の兄弟は少なくとも七人いるんだよね? 七人とも悪い人なの?」

「少なくとも味方ではない。第一、三、四、五王子は敵だという情報がある。第二、六、七王子は中立の立場となる。特に第二王子は武力派で、変わり者と有名だった。だが、力で支配しようと考えるお方ではなく、自分が出来ることと出来ないことを決めて行動される方だ。よく分かっていないが、私が知っている限りでは王位に興味はないようだ。だからといって味方になってくれるかは未知数だから気を付けるように」

「そうなんだ。僕の兄上がどんな人か知らないけど味方になってくれたら心強いね。その辺りも調べた方が良いっていうことだね」

「ええ、その通り」


 ソニヤは正解した子供を褒めるように優しい笑みを浮かべる。


「ソニヤ姉さん、姉上はいないの?」

「確か、四人いたはずだ。レム君が隠れてからはよくわからないが、四人はいると考えなさい。元々王女は王位継承権を持っていないので無視してもいいが、第一王女は黒凛の団長のはず。どのようになるか分からないが気を付けておいて損はないだろう。残りの三人は基本的に王妃様と同じく優雅に暮らしているはずだな」

「ふ~ん。よく分からないけど、敵になる確率は少ないっていうことだね。第一王女は強いの?」

「いえ、強くありません。レム君の魔法一発で倒せるはず。ファウスやクォフォードでも倒そうと思えば倒せるほどだな。二人はえげつない魔法を持っているからなぁ」


 人の身体を熟知している天才と名高いファウスの魔法は人体を逆に壊す魔法を使い、クォフォードはあらゆる情報と叡智の宝庫と呼ばれるほどの頭脳からはあり得ない作戦が出てくるといわれる。勿論魔法もカロンほどではないが使うことが出来る。


「へぇー、二人とも結構強かったんだ。知らなかった」

「知らなくとも不思議ではないだろう。レム君は二人の迷惑になるようなことはしなかったからな。怒らせると相当怖いので怒らせないように」

「う、うん、わかった」


 レムエルはソニヤの剣幕に気圧され、ソニヤは怒らせたことがあるのかと納得するのだった。


「あ、レム君、見えて来たぞ。あの森の先にあるのがココロの町だ。あと三時間ほどで着くだろうからもう少しの辛抱だな」

「初めて出るのは不安と恐怖でいっぱいだったけど、意外とワクワクするね」

「ピピ、ピピピピ」


 深い森から出て来たからかレムエルの肩に数羽の小鳥が飛来し、歌を奏でるようにレムエルの出発を歓迎する。

 森を抜けると丘の浅い森があり、超えた所にココロの町が広がっている。

 いよいよレムエルの旅と世界に産み落とされた最後の希望の運命の歯車が回り始めた。


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