第十五話
レムエルが強すぎるかもしれませんが、アースワーズは本気ではありません。
四天王最弱と言われるほどの強さでしょう。
ということは、サイ〇人やフリー〇のように変身ではありませんが実力を隠しているということですね。
陽が昇り、あと一時間も経てば昼に差し掛かろうとする頃、両軍のトップが動き出した。
アースワーズ軍はまだ一人も欠けていない主力の騎士の軍を除き、貴族軍両軍は壊滅状態にある。
まだ、死者無しという報告自体は受けていないが、多くの兵士が罠に嵌まり行動不能に、行方不明の貴族がいる中一番多いのが解放軍の手に捕まったというものだ。
それらが大きく騎士達に影響したかと言われると、それほど影響があったわけではない。無いと断言できないのは、騎士も人間だからだ。
だが、元々騎士達は彼らだけでいくはずで、上司である団長やアースワーズがあまり気にかけていないため、貴族軍の大敗は相手の手の内を見る一種の作戦だと考えた。
だからといって、城塞や精霊や罠に怯えないわけではない。
全ての騎士の胆力が高いわけでなく、中には有望な新人騎士や貴族騎士もいる。彼らは若く戦争になれていないというのもあり、訓練にはなるだろうが堪えられるかは別だ。
そして、実力のある騎士程一番堪えたのは、何よりも話し合いの場で目にした『竜眼』だろう。
解放まではしていなかったが、それだけでも相当目に焼き付き、正面切って戦うには苦痛を伴う可能性がある。それはアースワーズも然りで、レムエルにもう一度会うのを楽しみにしていた。
「ま、マジですか……」
「ゆ、夢でも見ているようです……」
シュティーとショティーが馬上で愕然とした声を出し、目の前から向かってきているレムエル達に目を丸くする。
「さすが精霊だ。いや、この場合こちらに有効な手を考え付くレムエルに、と言うべきか」
アースワーズはそれに顎を撫でながら、口元を吊り上げ感心したように言う。内心どう思っているのか解り難いが、その目は闘志が滾っている。
アースワーズ達はレムエル達よりも早めに戦場に姿を現した。一応動ける兵士達の確認や戦場の様子、全体の把握を行いたかったからだ。
だが、レムエル達はそれを逆手に取り、『竜眼』を眼に宿した状態でゆっくりと向かってきていた。
そして、先頭で馬を進めるレムエルの傍らには武装した精霊が浮かび、地の精霊が落とし穴を下から盛り上げ埋め立て、水の精霊が濡れた大地を乾かす。植物の精霊は荒れた大地を促進させ、新芽が生える豊かな大地に変えた。風が吹き、日差しの強い眩しい太陽を薄い雲が覆い隠す。
ここにきて力を見せつけるレムエルに騎士達の心は折れかけ、その弱った心にレムエルの優しい雰囲気と王者の風格が滑り込んでくる。
その思いが近づくにつれて大きくなり、誰もが喉を鳴らしグッと何かを我慢する。
恐怖は感じないが、逆らっていいのか、跪かなくていいのか等と考えてしまう。
「騎士達の動揺を抑えたいが……」
アースワーズは狼狽え始めた騎士達に舌打ちし、想像以上に手強いと改めてレムエルを見る。
傍らの二人はどこか放心状態となっているのが分かっている。
「遅れてごめんね。さすがに精霊でもパッと戻すことは出来ないからね」
「いや、遅れる等といったことはない。そもそも時間を決めていないからな」
社交辞令のようなことを口にし、レムエルは不安と恐怖を隠し相対した。
二人がここまで出てきたのはお互いにこれ以上消耗するわけにはいかないからだ。そして、帝国の目もある今、どちらかが大敗するようなことをしてはならなかった。
あくまで演習という名目なのだ。
まあ、少しきついところもあるが。
「まずは今までにない考えと策、こちらはいい刺激になったと礼をしよう」
アースワーズはそう言って目礼し、騎士達に動揺が広がらないように、あくまでも刺激になっただけで全く堪えてないと態度でも示す。
「今までにない戦い方は否定的に取られるだろう。だが、俺は仲間を護り、国を護り、誰も死なないのなら良い事だと思う。さすがに大虐殺や裏切り等の策ならば眉を顰めるだろうがな」
「さすがにそんなことはしないよ。怖いからね」
レムエルは少し心外だと顔を顰めた。
「それを聞いて安心した。俺は先も言ったようにお前を見に来ただけだ。そして、自分の考えが正しいのか確信を得に来た」
アースワーズは噛み締める様に口にし、この場にいる者に言い聞かせる。
場の流れはレムエルにあるが、この会話はアースワーズにあるようだ。
「俺は常日頃から王にはならないと口にしてきた。だが、それを信じない者が大勢いる。その者達がこの場にいる半数はいることだろう」
残った貴族の数人がやっとアースワーズが王位に興味が無いことを悟る。
こうまで公の場で口にされれば納得するというものなのだろう。
「俺の地位が第二だというのがいけないのだろうが、俺の場合易々とその地位を降りるわけにはいかなかった。俺が降りた場合、確実にビュシュフスが王になると思ったからだ」
第一王子派の貴族が何か言いたそうになるが、負けた今何も言えない。それにこの場で口を挿む資格がないと告げられたばかりだ。
「そうなった場合は少しでも考えればわかるだろう? 確実に国が荒れる。そして、今も見ているであろう帝国が攻めて来るだろう。それを阻止するために俺は地位を降りることが出来なかった。だから、俺は逆にその地位と派閥を使い、ビュシュフス達が調子付かないように牽制した。だが、それでは何時か終わりを迎えるのが分かるだろう? 体調を崩している父がいつ無くなられてもおかしくないこの状況で、次期国王(王太子)が決まっていないというのは国の存亡がかかった危機だ」
そこで兵士達はハッとなる。
チェルエム王国でも王位は現国王から指名されてなるものだ。
指名されなかった場合、第一の王族が就くと思えるだろうが、実際は貴族達が王へと押し上げる形となる。そうでなければ派閥や王子の順番を決める意味がない。
貴族達にどのような思惑があっても、ビュシュフスの様な愚か者を就かせないようにするためのものだ。だが、貴族が腐った今、それが上手く機能せず、指名されなかった場合国を分断する争いが起こってもおかしくない。
まさにその危機が今のチェルエム王国で起きている。
「本当なら今すぐに父の下に向かい、次期国王を決めさせるべきなのだがそれを誰もしない。順当に行けばビュシュフスが王に就くのが決定しているようなものだからだ」
アースワーズが失敗したのは、王にならないと公言してしまったことだ。
それによって地位は降りていなくとも、国王が死んでしまった場合それを出され、自分の言葉に責任を持てない者がどうのと言われる。
せめて黙秘に近い状態を貫いていればよかったのだが、彼の出来る出来ないを決める性格が招いた結果だ。
「だが、そこに現れたのが――」
「僕、だね」
レムエルの短い即答に、アースワーズは深く頷いて肯定する。
「最初は分からなかった。逆にさらに場を混乱させる邪魔者だとも思っていたほどだ。だが、次第にお前が精霊を使い、王族である噂が流れ始めた」
噂のことを口にし、レムエルをじっと見つめる。
優しく温かな風が吹き、誰もがアースワーズの向上に耳を傾けていた。
「そこで俺は死んだと言われた第八王子のことを思い出した。今から十二年ほど前、レムエルが生まれた頃王宮は荒れていた。帝国との戦争や次期王についての権力争いが激化していたのだ。そして、お前はその争いに巻き込まれ、母親シィールビィー王妃と共に息を引き取ったことになっている」
レムエルは聞いていた話だと頷き、場にいる知らない者は全員驚いた顔でレムエルを見た。
そこでレムエルが本物なのかどうか疑問を覚えると同時に、アースワーズのそう決められたような発言に気付く。
「そうだ。レムエルはどうやらこの日のために匿われた王子らしい。そして、俺はそれを利用することにした」
もうこの場にいるほとんどの者がアースワーズの考えが分かっただろう。
アースワーズは大きく息を吸い込み、この場の者に宣言するように言い放つ。
「俺がここに来た本当の理由は、解放軍が長レムエルが本当の王族か確認し、次期国王に相応しい人物か見極めるためだ! お前達は既に気付いているはず! レムエルこそがどの王族よりも王らしいと、自分達の上に立つに相応しいと、国を背負って立ってくれると!」
どこまでもアースワーズの大きな声が響く。
全員の視線を受けたレムエルは、緊張に喉が急激に乾きカラカラとなる。だが、それでも悟られまいと気丈に振る舞い、次の展開にアースワーズをじっと見る。
「だが、それでも納得できない者がいるだろう。特に俺の強さを求めてきた者達だ」
騎士の中にも当然だという顔をしている者が少なからずいるようだ。
レムエルが王に相応しいと感じても、今必要な物が他者を圧倒させる力だと思っているのだろう。
レムエルは何やら展開がおかしくなってきたことに冷汗が流れ始め、傍にいる精霊がチラチラと目を向けている。幸いアースワーズに注意が行っているため、気付かれていない。
「そこで、俺は解放軍のトップであるレムエルに一騎打ちを望む」
「――っ!?」
漏れそうになる様々な感情をどうにか飲み込む。
シュヘーゼンが言うようにその可能性はあったのだが、レムエルはさすがに一騎打ちはないと思っていた。ここまで来ると後のことを考え、多少の小競り合いで決まるとそう考えていたのだ。
まさか、生粋の武人であるアースワーズと自分が戦うとは考えもしなかった。いや、考えてはいたが、考えることを放棄していた。
「場を考えれば俺が降伏しなければならない場面。直に俺が指示を出していないとはいえ、倍の戦力があったにもかかわらず呆気なく二度も大敗した。しかも相手に殆ど手傷を負わせることなく」
傍に控える騎士や二人は違うと言いたげだが、今は口を開く場面ではないと口がパクパクと開閉する。
「だが、それでもあの負け方では納得しない者がいるはずだ。ならば、お前達が認めている俺に勝つ、或いはお前達が認められるのなら、俺よりもすでに相応しいレムエルが王になるべきだと思わないか? 力が必要かもしれない。だが、その力が策の前に敗れた今、力だけが全てではないとわかったはずだ。それを踏まえた上で、俺はレムエルと一騎打ちをしたい」
静かで熱い闘志の滾った目がレムエルを射抜く。
レムエルはその目を逸らしそうになるが、アースワーズの考えを理解し、この先の不協和音や軋轢を無くすために逃げるべきではない、と奮い立つ。
レムエルの目の光が強くなり、微かに全体を黄金色のオーラが立ち昇り始める。シルゥの腹を少し蹴り一歩前へ前進させ、
「その一騎打ち、受けたいと思う」
短く答える。
レムエルの覚悟に気付いたソニヤとレッラは、止めたい感情を応援する気持ちに変え、今までの成果が十分に発揮できれば今のアースワーズと互角には戦えると考えた。
実力を試すといっているのだからアースワーズも本気で来ることはないと思っているからだ。
精霊の力を使えば簡単に勝てるだろう。だが、それでは周りが納得しない。最低でも何合か打ち合うことが出来なければならない。
レムエルは背後に目をやり、ソニヤ達に場を広く取ってほしい旨を伝え、心配する精霊達に小さく頷いて笑みを作る。精霊達は手助けをしたいと困惑するが、レムエルの覚悟を魔力から感じ取り、危険な状態になるまで手を出さないことを約束する。
それは見ている者達にも伝わり、アースワーズも背後の騎士達を全員下がらせた。
そして、お互いに手綱を強く握り、腰に帯びている剣を抜き放つ。
アースワーズは金色の鍔に能力を増幅させる魔石が填められた、幅の太い大きめの剣。全身から日々の鍛錬と同じように魔力を循環させ、銀色の光を放つ刀身に白銀のオーラを立ち昇らせる。
「殿下……」
誰かがそう呟き、アースワーズの本気さとやはりという思いを抱くが、それは目の前で光り輝くレムエルの姿を視界に収め、打ち砕かれてしまう。
「こ、これは……」
「レムエル様……」
前者は『竜眼』の解放により絶句する騎士達、後者はソニヤ達の祈る呟きだ。
「それが本当の力か。……面白い。初代国王と同じ目を宿した者。その目は王者の風格を纏い、他者を圧倒し、全てを見通すという。どうやら力も増しているようだ。――相手にとって不足無し!」
アースワーズは目の前で『竜眼』を覚醒させたレムエルに不敵な笑みを作る。
神々しいほどの黄金色の光を放ち、見る者を圧倒させる雰囲気を放つレムエル。愛用の白銀の剣も合わさり金色の光を纏う。更に魔力も迸り、シルゥもその影響か鋭い目つきでアースワーズの馬を睨み付け、片足で何度も地面を引っ掻く。
「僕は絶対にアースに勝つ。そして、国民をこの苦しみの連鎖から解放してみせる!」
レムエルはさらに光を増大させ、右手の剣を地面へ薙ぎ払う。
微かに風が起き、絨毯の毛の様に草が横出しになった。
「その意気や良し! 俺を倒して全てを認めさせてみせろ、レムエル!」
アースワーズも剣を構え、最大まで魔力を高める。
辺りに静寂が訪れ、誰もが始まるのを見逃さないように瞬きさえも我慢する。
優しい風が二人の中央を駆け抜け、雲に隠れた太陽が顔を出したその時、白色の光と金色の光がぶつかり合い、史上稀に見る一騎打ちの幕が開かれた!
ズバンッ、と一合目の打ち合いが行われ、黄金色の光と白い闘志が混じり合い、剣の鍔迫り合いによって小さな嵐のような奔流となる。
金属が擦れる音に交じって火花が飛び散り、周囲の者に強烈な風と威圧が飛ぶ。
「ブルルヒーン!」
「フっ、ブルスァアア!」
騎馬も鼻の穴を広げ荒い息でお互いに睨みあう。
騎馬は上に乗る者の手助けをするが、逆に上に乗る者の状態によって行動や覇気が変わる。
アースワーズの騎馬は見るからに闘志を剥き出しにした荒々しく意志の強さを感じる。眼光も鋭く、負けるつもりはないと蹴る付ける地面が抉れていた。
シルゥはレムエルに感化され闘志を剥き出しにしているかと思えば、その闘志を内に秘めレムエルに裏から加勢する様に立ち回る。冷静に状況を見極めるようだ。
「お、おおぉ……」
「で、殿下……」
まだ一度目の斬り合いが行われているにもかかわらず、全ての者はこの一騎打ちに目を奪われた。金と白の競演に両軍の兵士がざわめき始めるが、幹部であるソニヤ達は冷静に状況を見極めていた。
――レムエル様の方が押し負ける。
誰かがそう思った瞬間、
「オオオオオオオオオオオォァアアアア!」
アースワーズの空気を震わせる咆哮が響き、騎馬の踏ん張りと共に剣が横薙ぎに振り払われる。レムエルは仰け反る身体を持ち堪えさせ、シルゥも足をダンスするかのように動かし勢いを止めにかかる。
再び五メートルほど離れ、お互いに剣を構えて打ち合いを始める。
「正面から来ただけでは倒せんぞ!」
「んッァ! そんなことわかってる!」
二合、三合と打ち合いが行われ、その度に金属と火花が散り、金と白の奔流が生まれる。
だが、その度にレムエルが力で押し負け、シルゥは負けじと大地を踏みしめて態勢を整える。そして、レムエルの意思を感じ取り徐々に勢いを増す。
魔力が多く、『竜眼』の解放による補助と身体強化系の魔法を施しても、華奢な身体では偉丈夫なアースワーズに打ち勝つことは出来ない。アースワーズも身体強化を最大に発揮させ、剣も全身の力が乗りレムエルを吹き飛ばそうとする。
レムエルは筋肉が少ないため、アースワーズやバダックの様な剛剣を使うことは出来ない。そのため、村で真剣に教わったのがソニヤの流麗で舞うような剣筋で、バダックからは力で押してくる相手の対処法を学んでいた。
十合目を数える頃、
「ぬ? 動きが変わって来たか」
「スー……フッァ! バダックからいろいろと教わったからね。僕自身が弱いとは一言も言ってないよ!」
レムエルの剣筋がアースワーズの剣を受け流すようなものへと変わり、シルゥもレムエルの動きを先読みし上体を動かしながら手助けに入っている。
アースワーズは剣が受け流されることで体勢を崩し始め、その隙を突かれ死角や動作が終わった所に剣が飛んでくる。騎馬も憤怒に染まった鳴き声を上げ、ひらりと躱すシルゥを追いかけるように移動する。
横薙ぎは上へ力を逃がし、上段はシルゥの動きに合わせ横へ、連続斬の軌道を変えることで阻止する。
力押しの剣筋を部分的に発揮する身体強化によって一瞬膠着させ、その一瞬の間に力を逃がすように剣を動かす。そうすることでアースワーズの剣を正面から受けることなく躱し、同時に懐へ侵入して切りつける。
「ここまでやるとは!」
「僕は負けるわけにはいかない! ここで負けたら僕を信じてくれた人を裏切ってしまう! 僕は、僕はそれだけは絶対にしたくないッ!」
「ぐおッ!」
十数合目に突入し、お互いに疲労が溜まり始めた頃、レムエルの剣が再び変わる。今度は剛柔を両立させた瞬間的な剛剣のようだ。
アースワーズが振り下ろした剣が真横に弾かれるように動き、上体が先ほど以上に隙だらけになり、脇腹目掛けてレムエルの剣が飛んでくる。その剣を上体を捩ることで避けるが、鎧の上に当たり金属をズバッと切り伏せられ、一本の筋が出来上がる。
今度はアースワーズは数メートル吹き飛ばされ、最初の打ち合いとは真逆、いや、鎧の上とは言え手傷を負わされた分レムエルに軍配が上がった。
周りの者は言葉を無くし、口を半開きにした状態で先を見守っていた。
ソニヤ達も同じで、不安な気持ちよりもレムエルの成長を眼にし、心がどうにかなってしまいそうだった。
バダックが見ていても関心と驚嘆を露わにしていただろう。
ソニヤの流麗な剣で相手の体勢を崩し、その体勢から放たれた力任せの一撃を剛剣で力の弱い方へ更に押し込む。
先ほどのアースワーズは腕と手首の力で振り下ろしたため、そこまで力が載っていなかった。疲労も溜まっていたのもあり、弱まった剣筋を捉えられレムエルが瞬間的に発揮した剛剣を剣の腹に受け、下へと体勢を崩してしまったのだ。
アースワーズは鎧の状態と鈍く痛む脇腹をちらりと一瞥し、剣を再度構えたレムエルと相対する。
「レムエル、お前なら国を豊かに出来るというのか?」
レムエルは突然の問いに毒気が抜かれそうになるが、気持ちを留めたまま答える。
「僕が出来るかはわからないよ。僕は全知全能の神じゃないんだから。でも、僕は僕を信じてくれる人のために頑張る。今苦しんでいる人の理由を取り除きたい。そう思って今ここにいるんだ」
「出来なかったらどうするつもりだ。勉強や喧嘩と違い王の判断は絶対だ。取り返しがつかないこともあるだろう。権力に溺れることもあるだろう。今より悪化させてしまうかもしれないぞ」
「言われなくてもわかってるよ。不安や恐怖を感じるし、王になるだなんていまだに怖い。できれば他の人になってもらいたい。――でも、僕は責任から逃れることも、自分が決めたことを放棄することもしたくない。耳を傾け最善を選ぶし、今を知っているから権力には溺れない。悪化させるだなんてあり得ない。そうなる前に対処するべきだ」
レムエルは今の状況が王族がしっかりしなかったからだとは思っていない。勿論貴族が腐っているからだけでもない。
お互いに私腹を肥やすことしか興味が無く、国民の怖さを知らないからこうなっていると考えている。そして、国民も貴族は自分とは違う天上の人だと思い、どんな理不尽でも受け入れることが当たり前だとした。
レムエルはその考えこそが今の王国の危機を作ったのだと始めから考えていた。
だからこそ、バダック達から教わり、王族だと知ってからは自分の職務や責任から逃げない為に努力し続けた。
レムエルの行動はレムエルの意志や思いからきているだろうが、国民が人形や雑草ではないと考え直すこと、そして貴族が国民を怒らせたらどうなるか思い知らせようと行動していた。
それをしっかりと見定めていたのかは別として、足りないものだと判断していたのは確かだ。
同時に自分の存在がいるからだと見せつけているのも、今後の影響に関わる為だ。
「――そうか。ならば、次が最後だ! お前の意志を、思いを、力を俺に示せ! そして、今この場に入る者全てを従えろ!」
アースワーズの全身から魔力と闘志が噴き出し、全身全霊の一撃を繰り出そうと力を籠める。騎馬も四肢を踏ん張り、最後の突進に全霊をかけるつもりだ。
レムエルはその思いにすぐさま応え、両足でキュッとシルゥの身体を落ちないよう挟み込み、左手の手綱をガッチリと巻き付ける。そして、右手の剣に最大の魔力と『竜眼』の力をさらに引き上げ、白銀の刀身が黄金色の光を発する。
シルゥも黄金色の光を身に纏い、レムエルの容姿も優れお伽噺や神話の中から飛び出してきた英雄のようだ。
――英雄……。
誰もがその単語を頭の中を過らせ、同時にこの方ならと、身体を前のめりに近づけさせる。
落とし穴から出されてへたり込んでいた兵士も囲むように移動し、誰もがこの最後の打ち合いを逃すまいとする。
お互いに無言のまま騎馬を移動させ、少しずつ射程圏内に近づける。
再び太陽を薄い雲が隠し、辺りに数秒間の暗がりが訪れる。
そして、雲が通り過ぎ、辺りに強烈な昼の光が差し込む。
皆の眼を眩ませるが誰一人その目を閉じることなく、既に動き出し重なる騎影を眼に収めた。
キンッ、と甲高い金属音が鳴り響き、交差した騎馬がお尻を向け合った状態で数歩前へ進んでいく。その中央に空高く飛んで行った音の原因がドスッと地面へ突き刺さり、光を反射させて今度は全ての者の眼を眩ませた。
レムエルは剣を斜め上から降り抜いた状態で、アースワーズの剣を半ばから破壊していた。
対してアースワーズは折れた剣を同様に構えているが、その視線の先は折れた剣へと注がれていた。そして、微かに笑みが象られた。
雲が再び太陽を隠すことで剣の輝きが消え、観衆は両者の一騎打ちの決着がついたことを悟り、皆言葉を無くす。そして、レムエルが剣を鞘に戻すと共に『竜眼』も戻し、シルゥを翻して観衆をぐるりと見渡した。
最後に目に涙を浮かべていそうなソニヤ達の方へ顔を向け、緊張や不安から解放された笑みを作りゆっくりと向かっていく。
手綱を持つ手は汗ばみ、心臓は破裂するほど高鳴り、シルゥに密着する足は寒くもないのに震えていた。背筋も伸び、動きもカクカクとしている。
笑みを作っているレムエルだが、その笑みはぎこちない。安堵した気持ちは伝わるが、同時に違った意味で緊張しているのが分かる。
ただ、緊張から回復して腰が抜けたりしなかったのは行幸だ。
「レムエル様、見事です。よくあそこまで……師匠として嬉しく思います」
「怪我はしていませんね。とても心配しましたが、成長が見れてとても嬉しく思います。お疲れ様でした」
ソニヤとレッラの称賛を貰ったレムエルはやっと息を付け、心から安堵して二人に本当の笑みを向けた。
精霊がすでに身体に纏わり付いているが、顔だけは見えているのに見えている者達は苦笑する。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
そして、名勝負の終了に歓声が轟き、本来ならあり得ないが負けたアースワーズ軍からも祝福の拍手が奏でられている。
それ程彼らの心を打った勝負で、身内同士の戦いのため両者から声が上がるのだ。そして、国民達は腐敗した貴族達が罰せられ、苦しまない日常が訪れればどちらが勝っても良かった。
勝者が逆でもレムエルのことを認めるかどうかがこの勝負の主旨だったため、結局のところ打ち合えた時点で勝敗は決まっていたと言ってもよい。
それに実際の一騎打ちだった場合、剣が破壊されたぐらいでは一騎打ちは終了せず、相手が戦闘不能になるまで続けられる。
戦争では一騎打ちをする者は地位が高く、何かの功を持っている場合が多い。その者を一騎打ちで打ち破り、首を持ち帰ることで名が馳せ、相手にダメージを与えられる。
今回はレムエルがずっと主役だったため、レムエルが皆から認められればそれでよかったとも言える。
周りの者から祝福されるレムエルは、背後から近づいてくる馬の足音に気付き、シルゥを翻らせ相対する。
「レムエルの思い、しかと伝わった。周りの者も理解したからお前のことを祝福している」
「アース……」
レムエルはアースワーズの名を小さく呟く。
アースワーズは馬を移動させレムエルの横に付けると、騎士達と向かい合う。
「お前達、これでレムエルのことを認めるな? お互いが全力を出したかは別として、レムエルはお前達に実力を示した! 不服がある者は前に出よ! まだお前達はレムエルが王に相応しくないというか!」
アースワーズの声に皆一斉に静まり、騎士や兵士は全員頭を垂れて跪いた。
慌てて跪くのは貴族達だろうが、目の前で見せられた激闘に最早刃向う勇気はなく、心身共に打ち砕かれたのだ。
それに満足したアースワーズは此処に宣言する。
「これより俺の軍は解放軍と協力体制に入る! お前達の上司は俺のままだが、トップは解放軍の長レムエルだ! これからは国を正すために、騎士として、国民として、一人の人間として行動せよ! 不服がある者はこの場から立ち去れ! 無い者はレムエルに絶対の忠誠を誓え!」
『レムエル様に絶対の忠誠を誓います!』
全員が言ったかどうかは分からないが、逃げる者は一人もいない。
いや、正しくはこの場で逃げる勇気がない。あれば早々に逃げているだろう。そして、レッラの独立奇襲部隊に捕まっているはずだ。
「あとのことは追っ手沙汰を出す! 今は疲れを癒し、明日からの激戦に備えよ!」
『はっ!』
アースワーズはそう締め括り、最後にレムエルの背中を叩く。
これではアースワーズが纏めているようだからだろう。
レムエルはそれに気づき、再び緊張しながらも精霊を傍らに呼び戻す。
「僕は君達を無下にすることはない。苦しい思いも、無駄死にもさせない。だから、僕のことを信じ、共に国と国民のために手を取ってほしい。僕が挫けそうだったら声を掛けてほしい。人は一人では生きられないからね。だから、一緒に国を正すために歩もう!」
『レムエル様の御心のままに!』
「ちょっと照れるね……」
流石に最後の言葉は精霊も届けることはなかったが、隣にいたアースワーズにはきっちり届いており、兄が弟にするように頭をガシガシと撫でられる。
「それでは解散とする! 翌日ここアーチ大平原の片づけをする! それまでは疲れを癒し激戦に備えよ!」
『はっ!』
解散宣言に騎士達は素早く移動を始め、レムエル達の前からいなくなる。
解放軍側はシュヘーゼン達が国民から誘導していき、今回の労いに解放軍側の陣地で宴会が始まる。冒険者には報酬も与えられ、皆疲労の残った満足な顔でこの日を過ごし解散することになる。
残ったレムエル達の下にシュティーとショティーの王子二人と、ハーマンとマイレスが数人の部下を連れて近づいてきた。
レムエルは戸惑いオロオロとしてしまい、傍らにいたソニヤが苦笑しながら並び立つ。
「お久しぶりですね。お二人は私のことを覚えておいででしょうか?」
綺麗な女性に話しかけられ二人は挙動不審になる。
微かに頬が赤くなっているのをレムエルは見逃さず、なぜかムッとした気持ちで目を細めた。だが、すぐにソニヤの横顔を見て自然な笑みを作る。
まだ、十二歳だと考えると嫉妬の気持ちに気付けなくとも仕方ないだろう。
そして、なぜか二人はキッとレムエルを睨み捨て台詞を吐く。
「良い気にならないでよ! 僕達はまだお前を弟だとは認めない! アースワーズ兄様の一番は僕達だ! ……僕達でもアース、兄様と呼べないのに」
「そうだぞ! 精霊が使えるからっていい気になるなよな! 後で触らせてほしい。兄様に勝てたからって図に乗るな! まだ僕達がいるし、兄様はまだ本気を出していない! でもあの光は綺麗だった。『竜眼』って本当に竜が浮かぶの? ま、魔法なら絶対にお前に勝ってる!」
ビシッと指を差して言い放つ二人に、レムエルだけでなくソニヤ達も固まり、アースワーズだけが教育を間違えたのかと頭を抱えた。
そして、二人は従者を連れてその場を離れ、チラチラと背後を気にしていたのはレムエルが気になるからだろう。
謝っていた従者に苦労するね、とレムエルは密かに思っていたのは内緒だ。レムエルは気付いているのか知らないが、レムエルも大概だと思う。
「レムエル、二人が済まなかったな」
「ううん、驚いただけだからいいよ。嫌われてるみたいじゃないし」
「そうだな。悪い奴じゃないから仲良くしてやってくれ」
レムエルはそれに快く頷いて了承する。
兄弟と言うことでどう接すればいいのか戸惑うが、いろいろなことを聞きたいと思っていた。
「そちらは元黒凛のソニヤ、だったな。レムエルの剣筋はお前のものか」
「そうですね。あとはバダックが教えています。魔法はカロンとリウユファウスが、知識はクォフォード、礼儀や勉強はレッラを中心に行いました」
「そうか。彼らは余所にいるのだったな。これまでよく頑張ってくれた」
「いえ、この時期に前線を外れ申し訳ありません」
王国最強と名高かったバダック達の名前がソニヤの口から出た瞬間、ハーマンとマイレスは驚きに目を剥く。
ソニヤがいることで薄々は気付いていたが、言葉にされると驚きが出るのだろう。
「今はこの辺りにしておこう。そちらも場を収めなければならないだろうからな」
確かに解放軍側では勝った余韻があるため騒動は起きないが、それが覚めた時どうなるか分からない。
国民は騎士達にも良い感情を抱いていないからだ。
その感情をどうにかし、誘導するのが第一の仕事となる。
アースワーズもそれを騎士達に言い含め、言葉ではなく態度で示すようにさせなければならない。
その後は貴族達の処遇と今回の後始末をしていかなければならないだろう。
一時争いは無くなるが、大きくなったことで亀裂が入らないようにしなくてはならない。
その辺りはレムエル達の手腕にかかっていると言える。




