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第十三話

すみません。

忘れてました。

 天星暦899年5月。


 春の風から夏の風に変わり始め、日差しの濃さも増し、寒さに凍死する者が減る時期。

 戦争に季節等存在しないが、チェルエム王国では千年の長い歴史に初めて載る内乱が記されることになる。






 レムエルとアースワーズとの間で行われた話し合いは微妙な決裂に終わり、太陽が真上に昇った正午丁度に戦争が開戦する。

 それまでに両軍は準備を整え、作戦内容の最終チェックや士気を向上させるなどを行う。


 この世界の戦争はいくつか種類があり、戦争の宣言とその了承を経て行われるのが一般的だ。


 片方がなぜ戦争を起こすのか高らかに謳い、相手側は連合を組むなり準備を行い立ち向かう。ただ、戦争は回避できるものではない為、回避できるのなら始めから戦争等という最終手段を取っていない。回避したいのなら戦争宣言をされる前にしなければならない。

 同盟国からの友軍や友好国の援助等で主要国が争い、一定の期日間戦争を繰り返し決着が付くまで終わらないのが一般的な戦争だ。


 ただ、戦争にルールはあってないようなもののため、取り交わした内容を逆手に取る等、戦争が始まる前の情報戦という見えない戦争も繰り広げられる。


 世界の覇を唱える帝国は戦争準備をし、問答無用で戦争を吹っかける非道な国。

 創神教は戦争を吹っかけることはないが、陰で操り暗躍することがしばしば。

 小国同士の争いも頻繁に起き、そういった時は戦争宣言も出来ない為、一年のいつに戦うと古くから決まり、その時期に戦争を起こす仕来りだったりする。武力を誇示する死者のでないように気を付けた、一種の祭りになっているところもあるという。


 このように戦争は様々あり、今回行われるのは話し合いが先にあったため、時間を指定した激突となる。

 これがどのような戦争になるかは成り行きで決まるため、レムエルがいくら人死にを出したくないと願っても、全知全能の神でなければ無理な話だ。

 そもそも全知全能ならばこのような争いにすらなっていないだろう。




 開戦まで残り二時間――アースワーズ軍主要作戦会議テント。


「――このままでは破滅してしまうぞ」


 誰かが震える声でそういった。


「もう後には引けぬ。ここは全勢力を持って、あの忌まわしき解放軍を打ちのめすのだ」

「だが、失敗したら我らは殺されてしまう」

「そ、そのために何としてでも殲滅するしかないのだ!」

「だが、一体どうやって? あの城塞を一夜にして築く力をもってすれば、我々など虫けらのように殺せるのではないか?」


 彼らにとって負けとは戦争で破滅を迎える以上に、今までの悪事が露見し、死ぬより惨めなことが身に起こるのではないかと、想像できない恐怖に震えていた。

 特に腐敗させた元凶である第一王子派の多くが蒼い顔をし、露見したらこうなるとわかっていながら今気付いたかのように振る舞う。


「な、なぜ私が……このようなことに」

「私は悪くない、私は何もやっていない……! 全て……全て、真面目に働かない雑草が悪いのだ」

「何を弱気な。所詮はこけおどし。勝てばよいのだ」

「そうである。レムエルとかいう王族が本物かまだ分かっていないのである。それまでは殿下の言葉があろうと、国に仇成す反逆者にすぎんのである」


 中には今の状況を理解しているのか怪しい貴族もおり、勝てばいいと楽観視している。

 人は過ぎたる力に怯える傾向があるが、攻撃ではない過ぎたる力には怯えることが殆どないと言える。そのため、一夜にして城塞が作られたという事象に驚きはしろ、身に何も降懸っていない為判断を鈍らせる。


 半ば自棄になり悲鳴染みた声に、魔法に通じている貴族が開き直ったような顔で言う。


「だ、だからこそここは一致団結してっ――」

「そもそもの原因はどこにあるのだろうか? 我々貴族か? 解放軍か? それとも……」


 そう区切った貴族の言葉に一斉に自棄になっていた貴族に目が向けられ、騒然となっていた場に静寂を訪れる。

 ひそひそと今後のことを話していた者達ばかりで、護衛に残っている騎士も世話役のメイドも一様に顔色が悪く、元凶が誰なのかという話に食いついてしまった。


 自棄になっていた貴族は怒鳴り散らすかと思えば、自分がしてきた悪事のあることからないことまで思い出し、目の焦点が合わなくなりその場に倒れてしまった。

 まるでそれは自分が元凶だと言っているようなもので、一斉に彼がどの派閥に所属していたのか思い出す。


「――やはり、第一王子ですかねぇ」


 誰かがそう呟いた。


「なっ、何を言うかっ! ビュシュフス殿下がおられたから陛下がお倒れになられても、今まで帝国が攻めてきていないのだ!」


 両拳を台に叩きつけ、唾を飛ばしながら呟いた貴族に第一王子派の貴族が吠える。

 ここまで来て庇うのはもう後がないと理解しているからか、城に帰ればデカい顔は出来ないと高を括っているのか。

 だが、彼らはこれに勝たなければどちらも意味がないことを理解していない。


「その殿下が今の元凶であろう。レムエル殿下が仰られた通り、我らにも非があるだろうが、我らに命令を下したのビュシュフス殿下だ」

「き、貴様ッ……! 殿下に責任を押し付けるつもりかッ! 貴様も私腹を肥やした悪党だろうがッ! 私は知っているのだぞッ!」

「はて? 貴公はレムエル様を偽物だと罵っていたと記憶しているが……この場に来て掌替えしかね?」

「なっ!? そ、そういう貴様こそ!」


 責任転嫁から知らない振り、段々と話し合いは戦争からずれ始め、元凶が誰なのかという罵り合いとなる。

 挙句には、


「そもそも陛下がしっかりとされておられれば、このようなことにならなかったのではないか?」


 と、自分達が体調を崩させたことを棚に上げ、このような状況にならないように尽力した国王に責任を転嫁する。


 言い過ぎだと思えるが、今この状況ではそんな言葉も止まるところを知らずエスカレートする。

 国王に忠誠を誓う騎士達は驚愕に彩られ、今にも切り殺さんと武器に手を掛けている。


 レムエルを眼にした騎士達は既に腐った貴族より、国を豊かにしてくれそうなレムエルに気持ちが大分傾いていた。それにはアースワーズが認めたということも拍車をかけ、貴族の首を差し出せば自分達は助かるのではないかと考える。

 貴族が連れてきた軟弱な騎士を除いた騎士団の屈強な騎士もまた、いや、屈強且つ激しい戦争を経験しているからこそ、一夜にして城塞を作り上げた実力がどれほどか分かっている。


 貴族達は考え方が軟弱で、あれは攻撃に使えない等と、風の精霊の怒気等の悪い事をすっぽり忘れている。

 だが、最前線の戦争を経験している騎士達はそういったことに人一倍敏感で、城塞の強固さを見抜く眼力やレムエルと精霊の力、あれが攻撃できないとは考えられない。

 確実に戦えば一矢報いることなく殺されると分かっていた。


 話はヒートアップし、誰もが本性を剥き出しに責任の擦り付けと、おかれた身の現状に現実逃避を行い目を逸らす。

 騎士やメイドは冷めきった目で見つめ、ここに来て尚自分の身の安全しか考えない無能な貴族を見限っている。


「ここはあちらと――」


 誰かが不穏な言葉を口にしようとした瞬間、ミシリと机に罅が入る音が鳴り響き、燃え上がっていた炎が鎮火し一斉に音がした方を向く。


 そこでは我慢の限界でも来た、腕を組み黙していたアースワーズが両腕を机の置き、指の力だけで机の表面を破壊していた。


「――今回の失態は全て貴様等のせいだ。お前達は俺の言うことを全く聞かず、この遠征の最中ずっと文句ばかり言ってきたな? 近くで補給した村や街でも横柄に動き、相手がなぜそのような態度を取っているのかも考えず行動した。今回の遠征は俺が指揮官のはずなのに、お前達は今回の目的すら聞かない。挙句に相手の策に嵌まり責任の擦り付け……」


 幽鬼のようにゆらっと立ち上がり、自分達を見つめる冷たい怒りの籠った視線にビクリと体を震わせ、眼を彷徨わせる。


「そ、それは殿下が――」

「俺の責任にするなッ! 交渉を決裂させたのは貴様等だろうがッ! 目的は噂の真偽だと言ったはずだ! 誰が戦争をしに来ると言ったッ!」

「で、ではなぜ騎士を――」

「お前達に言う必要があるのか?」


 アースワーズはお前達には関係が無いと睨み付ける。

 そして、立ち上がると共に第一王子派貴族軍を指さし命令する。


「――相手の戦力は凡そ四千。その中でも戦えるのは三千にも満たないだろう。まずお前達が兵を出し、解放軍に目にものを見せてやれ!」

「で、ですが、こちらは一万と三倍以上の差があります! ここは全員で――」

「無理だ。俺は言ったはずだ。和解できないと……」


 アースワーズは歩きながら顔を上げ続ける。


 誰もがアースワーズの一挙動に注目し、理解できない言葉を否定できない。


「それとも、お前達は俺達の力を借りなければ解放軍に勝てないというのか? 四千人という人数を持って尚勝てないと抜かすのか?」

「そ、それは――」

「そうだよな。お前達は自分達で出来ると豪語していたのだからな。俺の耳が悪くなければそう言っていたはずだ。――解放軍が生まれたのは何故だ? レムエルを偽王子と呼んだのは誰だ? 国民が反旗を翻したのは何故だ? 苦しみが分からず私腹を肥やしているのは誰だ? 相手を挑発して今を作ったのは誰だ?」


 貴族達は今にも失神しそうなほど竦み上がる。

 アースワーズは机に両手を置き貴族達を睨み付け、


「全部、お前達だ。それが違うというのなら証明してみせろッ! 自分達が正しいのだと証明しろッ! ここまで来て怖気づく者が国に帰れると思うなよ? 全ての失態を帳消しにしたいのなら、己の力で証明してみせろッ!」


 話しながら振り上げた両腕を、机が壊れるほど強く叩きつけた。


「開戦まで残り一時間を切った! お前達はすぐに戦争の準備をしろ! お前等――第二王子派貴族――は失敗した時の支援だ!」

『は、はい!』

「こちらは人数で勝っている! 焦らず、物量と持久戦でいけば必ず勝てる! 勝って俺の目の前にレムエルを連れ出して見せろ! ただし、この場所は帝国の砦の目の前。監視の目があることを忘れるな。絶対に相手を殺さず、戦闘不能にするだけにしろ。――指揮官はフォーデット侯爵、お前に任せる。難しいだろうが、貴族達を纏め上げ一時間後に攻め入れ」

「りょ、了解しました!」


 アースワーズは言い終わると再び椅子に座り直し、貴族達に話すことはないと無言の威圧で追い出した。


「殿下、代わりの机です。――上手くいくと良いですね」

「すまない。紅茶を熱めで頼む。――必ずうまくいくさ。必ず、な」




 一方、交渉が決裂して戻った解放軍側では……。


「念のため、参加しない住民達は近くの精霊教教会に匿ってもらっています。創神教ほどではありませんが、精霊教に手出しをすれば他国の教会までもがこちらに完全につくでしょう」

「うむ。勢力の大きい創神教とはいえ、純粋な力関係では拮抗している精霊教とは事を構えたくないだろう。必ず、手を出すのを禁止しているはず」

「だが、相手があれほどバカだったとは思わんかった。あれでは意味がなかったかもしれん。アースワーズ殿下は噂よりもしっかりとされた先の見える方のようだ。それが分かったのがいい収穫だったであろう」


 非戦闘員である住民の避難が完了したという報告にレムエルは安堵の気持ちを持つ。


「兎に角、相手がどうであっても僕達がこれに勝てばいい。住民達は僕達が護るべき存在なんだ。それが護れなくなったとき、それは僕達の敗北でもある」


 決意を固めた真剣な表情で、相手の軍勢を間近にし不安がっている者達に勇気を分け与える。


「相手がどれだけ多くても、今回は普通の戦争をするわけじゃない。相手もここで人死にの争いを起こしたらどうなるか分かってるはず。それにこっちはいろいろなアドバンテージがあるんだからね」

「はい。今回は時間もありましたから、住民の力も借りレムエル様が発案された罠を戦場にし掛けました。住民は訝しんでいましたが、内容を聞き納得したのか戦闘に参加しない分喜んで手伝ってくれました。恐らく、どんな形であれ一矢報いたかったのでしょう」

「だね。どんな人でも自分を苦しめた人に仕返しをしたいって思う筈だもん。まあ、復讐とかはダメだけど、このくらいなら因果応報だね」


 レムエルの笑みと作戦内容に不安が霧散していく。

 ただ、その作戦は争い事で使うのは前代未聞で、成功するかどうか議論が行われていた。

 それは今までの戦争を侮辱するようなものに近く、間接的な作戦だからだ。

 それでも結局許可されたのは、身内の争いであることと、住民の士気を上げるために勝つことが大切だからだ。

 負けられない戦いで手段を選んでいられないということだ。


「その他の準備を滞りなく進んでおります。私の部隊で奇襲及び監視をしています。情報が集まり次第随時報告します」

「うん、レラよろしくね。――それで、相手はまずどう出てくると思う? 様子からして全軍が攻めてくることはないよね?」


 簡易地図の上に広げられた駒を見ながらレムエルは言う。

 残り一時間強の間に相手の動きを読み、立ち向かわなければならない。

 罠だけで相手を倒せるとは思っていない。


「恐らく、一万全員が攻めてくることはありません。見た様子情報通り三つの勢力があるようです。ただ、アースワーズ殿下が率いていると思われる騎士団の勢力はこの争いに消極的です」

「うん、やり取りでなんとなくわかってたよ。あっちも僕を見に来ただけだったみたいだしね」


 レムエルも初めて兄弟を見れて思うところがあったが、今は隅に置く。


「少なくとも攻めてくるのは五千程度。ただ、派閥の違う貴族が手を取り合うとは思えません。いくらアースワーズ殿下の命令とはいえ、どちらが上に立っても険悪になること間違いなしです」

「ということは……相手は大体二千五百から三千五百規模ってことか」

「そのくらいならどうにか相手できそうだな。次はどう戦うか、だな」


 ゾディックの言葉に難しい顔になる。

 こちらもこちらで帝国にばれないよう演習の一環だと思わせ、相手を殺さないように戦わなければならない。そのために相手を飲み込むような作戦を事項しなくてはならない。


「戦闘は全部で三回。初戦、二回戦はまだいいだろうが、最後に来ると思われる騎士の勢力は手こずるだろう。なにせ、現役で戦っている者達三千人だからな」

「そうだなぁ。だが、今は初戦を切り抜けることを考えろ」

「そんなの簡単だ! 貴族達の兵はへなちょこだからな、指揮官をぶっ倒せば万事終了だ!」


 弱気のような発言をレギンが豪快に笑いながら吹き飛ばし、最後に自分も貴族だがな、と口にする。

 その意見に同様な気質を持つ『竜殺し』ガスタムが賛同し、誰もが頭を抱えて大きく溜め息を吐く。レムエルですら苦笑いを浮かべている。


「初戦はどちらの勢力が来るか分かりませんが、やることはほとんど変わりません。レムエル様がお考えになられた罠による作戦を実行します。というよりそうなります」

「そうだな。罠は設置しちまえば移動できねえし。それにしてもよく思いついたもんだ。冒険者なら身近だが、それでも戦争に応用しようとは思わねえよ」


 ガスタムがそういうと、『駆け抜ける閃光』達も同意と頷く。

 レムエルは誰でも思いつくと思いながら、気恥ずかしそうに頬を掻く。


「たとえ騎士が攻めてきても嵌まれば混乱必須です。その間に行動を不能にしようと考えています」

「じゃあ、そっちは任せるね。次はそれが終わった後の兵の配置だね」

「そっちは俺達冒険者が相手をしてやろう。最初の作戦が嵌れば相手は二の足を踏むはずだ。その隙に俺達が倒してやる。勿論援護はしてくれよ?」


 レムエルの言葉にガスタム達冒険者が鎧をガン、と叩き任せろと胸を張る。

 その自信に満ちた表情と態度にレムエルは安心して頷き、誰も死なないでほしいと願う。


「最後の騎士は殿下にお願いします。報告通りならば、それで決着が付くでしょう」


 シュヘーゼンにレムエルは不安を抱きながら強く頷き、傍に控えているソニヤとレッラに頼りにしていると目を向けた。

 そして、最後にレムエルから今回の最大の命令が飛ぶ。


「最後に、誰も死んではならない。そして、相手を誰も殺してはならない。それは今後に影響するだけじゃない。相手の騎士や兵士は上が言うから殺されないように従う、罪のない国民が多くいる。僕はそんな国民を腐敗した貴族から解放するために立ち上がったんだ。だから、絶対に誰も殺さずに勝利を納めて!」

『竜と精霊とレムエル様に誓い、誰一人死なず殺さず帰還し、レムエル様に勝利を!』

「うん、無茶だけはしないでね。じゃあ、行くよ!」

『はっ!』


 レムエルは仰々しいなと思いながら苦笑し、いつそんな言葉を考えたのだろうかと疑問に思う。

 ただ、それが今一番心に安心と勇気を貰え、心強い仲間に恵まれたと実感できた。


 こうして両軍に格差がありながらも着々と準備を進め、新王国樹立の幕開けとなる戦いが開戦した。






「うわああああー!」

「く、来るなー! 止まれ、止まれ、止まれー! 止まらんか!」

「い、いでえ……!」

「お、落ちるぅぅぅッ! お、押すなああああぁぁぁぁ……」


 開戦から十分ほど経った今、戦場は阿鼻叫喚となっていた。


 解放軍が思った通りアースワーズ軍は第一王子派の貴族を第一波として送り出した。それを解放軍は読み通りと思いながら、疲弊させる作戦に出たのだろうと考える。


 人数差が大きくかけ離れた戦いの場合、大きく分けて二つの戦い方を考える。

 一つは全ての戦力をぶつけ、物量で押し込む方法。数で押す作戦ということだ。

 もう一つは今回の様に人数が多い方が部隊を分け、相手と拮抗するような戦力で相手を疲弊させる方法。ただし、それはお互いの力が同等である、という最低限の条件が揃って戦えるだろう。


 ただし、こういった作戦は相手の兵の質や能力、作戦等で大きく変わり、例え物量で押しても一点突破で押し切られれば負ける可能性がある。

 そういった作戦を破るのが情報戦であり、何が起きるか蓋を開けてみなければ分からないのが戦いというものだ。


 それが現在阿鼻叫喚としている貴族軍側での騒動だったりする。


「フォ、フォーデット様! すぐに兵を引かせるべきです!」

「何を言う! ここで引かせてしまったら敗軍のようではないか! ビュシュフス殿下の顔に泥を塗る気か!」

「そんなことを今考える出ないわッ! 今私達は首に縄を付けられた状態と言ってもよいのだぞ? これをどのような手でも切り抜けなければ首が本当に飛んでしまう!」

「そうですな。今は己の保身よりも目先の戦いをどうにかするべきだ。殿下が言ったように私達が逃げかえればそれこそ首が飛ぶ。ならば、縄を千切り私達が正しいのだと証明するのだ!」

「だが、兵を多く死なせてはそれこそ私達の首が……」


 こちら側では解放軍が敷いていた罠に見事と嵌まり、作戦本部となっている仮テントでは違った様子の阿鼻叫喚となっている。

 今回の戦いの指揮を任命されたフォーデット侯爵はどうしてこうなったのかと頭を抱え、過去の過ちばかりが脳裏を駆け巡っていた。


「だが相手も卑劣な。神聖なる戦争に予め罠を敷くとは。これだから成り上がりの貴族は」

「しかも下賤な冒険者達が使うような原始的な落とし穴ですぞ? それを見抜けぬ兵達も所詮は平民ということか」

「それを許したレムエルとかいう王子も所詮は下賤な者か。どうせ、陛下がどこかで抱いた平民の子だろ? そんな者が国の上に立ってみろ、良い笑い者だ」

「雑草の血が混じった者に命令されるなど私は嫌だぞ。国王はやはり正当な王族が就くべきだ」


 ここまで来て尚貴族達は現実を見ない。

 いや、見ているのだろうが、彼らとレムエル達が見ている景色が違うのだろう。

 そして、彼らは何でも自分達の思い通りになると、幼い頃から親や周りを見て育っているため、自分達こそが頂点に君臨していると勘違いしているのだ。


 それを見てなお覚悟を決めないフォーデット侯爵は、頭を掻きむしり今にも髪が抜け落ち白髪になりそうだ。


 彼はそこまで腐敗した貴族ではないが、押しが強いわけではない性格なため、中立派にとどまることが出来なかった貴族だ。そして、現状が悪いとわかっていながら目を逸らし、自分の保身と領地を守る為に一番勢力を誇る第一王子派に着いたのだ。

 彼は今悔やんでも悔やみきれない、自分の意気地の無さに涙が止まらなかった。あそこで決断していれば、あそこで寝返っていれば、そもそも中立の立場にいれば、という現実逃避に似た考えが何度も過る。


 だが、現実はそれを許さないスピードで生き物のように、おや、それよりも早い風の動きの如く変わる。


「報告します! 兵の半数が解放軍の罠に嵌まりました!」

「す、すぐに兵を引かせろ! これ以上兵を無駄にするわけにはいかん!」


 フォーデット侯爵は袖が濡れるのもお構いなしに拭い、赤い目と蒼い顔という矛盾した恐怖に彩られた表情で声を張り命令する。


「フォーデット侯爵! それをしたら――」

「そうです! 今すぐに援軍を――」

「それをしたら、我らが負けを――」

「黙っていろッ! 全ての責任は私が取るッ! この場の指揮官は私だッ! お前達は兵士の、国民の、人の命を何だと思っているッ! 保身に走るなッ! 今はどうやってこの戦いを切り抜けるかだけを考えろッ!」


 フォーデット侯爵のことを知っている貴族達は呆気に取られる。

 そして、無能扱いされたことに憤りを感じるが、相手の地位と責任を取るという言葉にほくそ笑み、喜びを隠しながら指示に従う。

 ここまで来て相手を嵌めて蹴落とそうとする根性には賞賛を贈れる。


「ほ、報告します! 解放軍に動き在り! 解放軍に動き在り!」

「報告します! 突破した兵士は悉く倒されています! すぐに指示を頂きたいとのこと!」

「すぐに兵を一時撤退させろッ! お前は援軍を頼みに行け! それまでは相手の動きを見つつ防戦だ! 同時に斥候を放ち罠の無い場所を確認させろッ!」

「はっ!」


 フォーデット侯爵は覚悟を決めた顔になり、ここからは周りの意見を聞かずに自分の意思を貫くと決めたようだ。




 場所は変わり解放軍側では作戦が上手くいったことに皆安堵の息を吐いていた。


 作戦、それは予め戦場の決まった位置に落とし穴を作るというもので、深さ二メートル幅四メートルの穴を国民の力を合わせて掘り進めた。場所は大体話し合いが行われた中央を除き放射状に掘られ、奥に行くほど落とし穴が多くなっている。

 だが、これだけの量を掘るわけにはいかない為、半分以上を五日ほどかけて地魔法で掘り進めたものだ。勿論それに精霊の力を使っては精霊の力があったから、という意識が働き、自分達の力で相手を退けた、という自信が付かなくなってしまう。

 それを取り除くために精霊には砦――実際は城塞となってしまったが――を築く際に力いっぱいしてもらうことになったのだ。


「見事嵌りましたね。念には念を入れてカモフラージュしたのが功を期した、と考えても良いのでしょう」

「うん、話し合いをした場所は落とし穴が隣にあったからね、いつばれるんじゃないかってひやひやしたよ」

「そこはレムエル様の演技が光ってましたから大丈夫ですよ。皆レムエル様の方を見てましたからね」

「もうあんなことはしたくないよぉ。思い出しただけでも心臓がバクバクするし、虚勢を張るのは得意じゃないから足が震えそうだったもん。それにあんなに怒られたこともなかったし」


 レムエルは戦場の全体が見える位置に座り、傍に控えているレッラと話していた。

 どうやらあのレムエルらしくない話し合いは全て演技で、罠をばれないようにするための虚勢だったようだ。貴族達の怒りと現実を向けさせるという意味もあり、自分の存在と国民の怒りを代弁したようでもあった。


「報告します! 中央突破しそうな人数は凡そ二百! 兵士二百人程度です!」


 レムエルが久々に弱音を吐いていると、伝令係の兵士が現在の状況を報告してきた。

 一応視界に収め、精霊からの報告もあるが、現場でしかわからないこともあるため三カ所から情報を得ていた。

 そして、レッラの部隊は戦場の情報と相手の出方を探ると共に、奇襲が無いか森の中に陣を敷いていた。


 報告を受けた後質疑応答を行い、伝令係の兵士に命令を下す。


「突破する勢力の全体は?」

「相手は騎馬が十数騎、残りはほぼ歩兵です。中には弓兵や魔法使いがいますが、合わせて十人にも満たないとのこと」

「抜けてきた者達には精神的打撃を与える為にイシスの騎馬部隊を当てる。でも、引き際を考えること。できれば怪我もしないでほしいけど、無理は言わないから誰も死なせないように努めてほしい。無理そうなら森に伏せさせているソニヤの部隊を側面から当てる」

「よろしいのですか? ソニヤは次のために取っておくのでは?」

「いや、そう言った方がイシス達のやる気が出ると思うからね。それと魔法使い部隊に次の作戦に移行する笛の音を」

「なるほど……。殿下の仰るとおりに行いましょう。――次いで、相手の動き次第で冒険者の部隊と援軍組の部隊を動かせる準備態勢に入らせろ」

「はっ!」


 伝令係はレムエルとシュヘーゼンからの命令を各地に伝え、次の作戦へと移行した。






 解放軍側戦場前。


 罠は中央から解放軍側に向かって三分の一程まで作られている。残りの三分の二の内半分が解放軍側の布陣となる。


「イシス様、どこが突破してくる部隊とぶつかることになると思いますか?」

「それは私達だろう。話では冒険者は次の貴族兵と戦うらしい。ソニヤ様はそのための奇襲部隊だから今回はないだろう。まして国民の素人部隊を当てることなどあり得ん」


 部下の不安そうな言葉に、イシスは闘志をむき出しにした笑みを作る。だが、頭は冷静に状況を判断している。


「わ、私達ですか? う、上手く出来るでしょうか?」

「上手くいくいかないではない。私達の手で必ず勝利を届けるのだ。相手が私達の何倍であろうと、所詮雑兵の集まり。日々厳しい訓練と連携を詰んだ私の騎馬隊が負けるわけがない」

「そ、そうですよね! わ、私達も負けられません! レムエル様のためにも!」

「うむ。そして、見て下さっているソニヤ様に情けない姿をお見せするわけにはいかない。この十数年の成果を見せる時だ!」

『はい!』


 一致団結したイシスの騎馬隊に周りの者の士気も高まり、女だからといって侮っている者は解放軍にはいなかった。


 そこへ命令を受けた伝令兵が息を切らしながらやって来た。


「伝令! 突破してきた兵はイシス様の騎馬隊が応戦せよ、とのこと! ただし、引き際を考え、誰も死なすなというのが命令です!」

「わかった。――お前達! 命令された通りだ! 誰も死なず、勝利を掴め!」

『はい! 竜と精霊とレムエル様の命のままに!』

「突撃ィィッ!」

『オオオオオオオオオオオオオオ!』


 五十名の女騎士達が馬を戦場へ翻らせ、イシスが掲げた槍の様なハルバードを振り下ろすと共に、一本の矢と化し突っ込んでいった。




 イシス達は三週間の長期遠征と、無駄に巧妙に隠され、いつ落ちるかわからないという精神的に来る落とし穴に、心身共に疲労が溜まった兵達に突っ込んで行く。

 貴族兵達は何とか切り抜け、後は目の前にある解放軍に辿り着くと思ったその時、イシスの騎馬隊が風を切るようなスピードで突っ込んでくるのを眼にし、再び混乱が戦場を支配することになる。


「く、来るなあああぁぁぁーッ」

「誰も殺すな! 皆追いやり落とし穴に落としてしまえ!」

「死ねええええ! ぐほっ!」


 イシスは混戦状態となる場で逃げ腰な兵士の鎧に穂先を当て、押し込むように背後の落とし穴に落としていく。

 斬り付けて来ようとする気概のある兵士には剣を弾き飛ばし、骨折くらいでは死なないとばかりに槍の横振りで吹き飛ばす。


「くっ! 女のくせにぐぬぬぅ!」

「女だから何っていうのよ! 今はもう女だからって引っ込んでる時代じゃないのよ! くらええええぇ!」

「ちょ、まッ! おち……ったあぁぁッ!」

「ふん! 女だからって舐めてるからよ」

「よそ見してんじゃねえぞおぉ! クソ女があああぐっほあ!」

「あなたも、ね!」

「ごめーん! ハアアッ!」

「余所見は大概にね。今度はあっちに行くよ!」


 彼女達の言う通りレムエルが王についた場合必ず女性の地位が向上することだろう。そして、この戦いを見た者達は必ず女性でも戦えるのだと意識を変えることになる。

 戦争でいくら女性が活躍しても、それを市民が見ることが無いため意識の向上に役立たないが、今回のように国民が多く参加した状態で、しかも良い状況で一人も欠けずに倒しきれば噂となり何処までも広がっていくことだろう。


 これはレムエルが考えていたことなのか分からないが、レムエルのことだからなんとなく思っていたのだろう。

 そして、相手には下だと侮っている女性に次々に負けて精神的にさらに追いやられる。悔やむ者がいても落とし穴から出るのは容易なことではなく、着ている数十キロにも及ぶ鎧を持ち上げなければならない。


 そして、突破してきた二百人のほとんどを落としたところに笛の音が鳴り響いた。


「イシス様! 次の作戦の笛が鳴りました!」

「わかった! 指定の位置まで撤退せよ! 総員撤退!」


 笛の音が五度に渡って鳴り響き、五回目が鳴り終わった頃にはイシス達は戦場から全員撤退していた。

 その代わりに危険地帯ギリギリまで杖や魔石等魔法の補助道具を持った、ローブやコートを纏った魔法使い達が姿を現していた。


「つ、次は何をする気だ……!」

「と、兎に角やばそうだから逃げろ!」

「お、おい! に、逃げるなぁぁ! わ、私を守れ! 私を誰だと思っている! ホッペン子爵家の長男だぞ! わ、私を、私を……わああぁぁ死にたくないぃぃぃ!」

「そ、総員退避ぃぃ!」


 魔法使い達の魔力が噴き上がり、一陣の風となって彼らに襲い掛かり、落とし穴から這い出てきた兵達は突然のことに再び落ちてしまう者が続出する。

 兵達を纏めていた豪華な鎧を身に纏った貴族の子弟の周りでは保身に走った兵士が逃げ惑い、周りからほとんどいなくなったことで貴族の子弟は泣きながら退避していく。

 結果戦場は指揮官が不在となり、副官だった兵士が全体に退避の声を独断で飛ばす。


 だが、その判断は遅すぎた。

 丁度解放軍の魔法が発動してしまったのだ。


「いいか! 俺達は更なる叡智を手に入れた! 水を産み出すのではなく、空気中に散らばった水分を掻き集めるのだ!」

『おおおおおおおおおおおッ! 叡智をこの手に! レムエル様万歳!』

「死なない程度に枯渇しても構わん! 全ての魔力を搾り出し、私達に課せられ作戦を遂行するぞ! 準備はいいな!」

『おおおおおおおおおう!』

「では……魔法発動! 『合体魔法(ユニゾンマジック)! グラン・タイデル・ウォータル・スウォ・ウィンディ!』」


 魔力の嵐が急速に集まり、空気中の水分を掻き集め大きな水の波と化す。

 その波は這い出て逃げようとする兵達の悲鳴ごと飲み込み、アースワーズ軍が布陣している手前まで押し寄せた。

 落とし穴には当然水が溜まり、溺れ死ぬという思考が脳裏を駆け巡り戦場は混乱から恐慌状態へと移行する。


 自分が助かろうと這い出ようとする者の腰を掴み捕まれを繰り返し、第一王子派貴族軍は同士討ちを始めてしまう始末に陥った。

 フォーデット侯爵の命令を受け逃げていた兵達もいたが、そのほとんどが逃げ遅れ飲み込まれていた。

 そして、水はフォーデット侯爵達も飲み込み、第一回戦の戦いは解放軍の勝利となった。


 レムエル達の様に結束力があるのならいいが、今の貴族軍には結束力という言葉が頭になく、欲に塗れているため自分だけがという思いと考えが強くなっている。

 この作戦はそこを突いたもので、まずは相手に精神的なダメージを与え、次に出てくる兵に恐怖と正常な判断を下せないようにさせたのだ。

 これがしっかりとした上司が就いているのならよかっただろうが、貴族達はしっかりとした判断が下せないほど腐敗し、フォーデット侯爵は意志を貫く覚悟を決めたのが遅すぎた。


 そして、第二王子派貴族軍は援軍にやってきたのはいいが、水の勢いに負けて落馬する者やこけて背後の者と縺れる者等被害が出ていた。

 そこに新たに命令を受けた冒険者と他領の混成兵士軍が落とし穴を避けながら、怯んでいる第二王子派貴族軍に雄叫びを上げ武器を掲げ突っ込む。

 ついでとばかりにソニヤが率いるシュヘーゼンの私兵部隊も森の中から顔を出し、無防備な貴族軍の側面に大打撃を与えていく。


 まだ闘志の消えていない落とし穴から這い出ようとしている者達は、低ランク冒険者や国民の義勇兵が出張り、剣や槍の届かない長い得物を使って這い出られないようにしていた。


 こうして、一回戦目の貴族軍との戦いに勝利し、二階戦目の貴族軍との戦いの幕が開いた。


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