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第十一話

 アーチ大平原、またの名を対帝国侵入防止戦場予定地といったところだろう。


 ここに砦が建てられなかったのは帝国側の道が山岳に囲まれた細い道で、帝国は砦を山岳に接するように作るだけなのに対し、王国はこの大平原があるために砦を幅広く作らなければならない。

 それをするには莫大な費用と戦闘の出来ない職人を掻き集めることになり、その隙に帝国から兵が攻めることになる。


 隣接するのも深く広い森で、山岳があるため侵入すればわかるが、少々高めの見張り台を建造し、その上で帝国を見張るようになっている。

 ただ、それでも過去何度か侵入されることがあり、現在は帝国と冷戦状態となっているためお互いに監視が甘くなっていた。それでも帝国は嘗めきっている。


 アースワーズ軍は目と鼻の先――アーチ大平原に抜ける為に幾つかある、主要領と街を補給のために通る軍用道を南下し、目視可能地点まで残り三日といったところまで攻めてきていた。


 アースワーズ軍はバグラムスト領を目指すたびに険悪な雰囲気が濃くなっていた。


 一万と言う数字を維持しながら鎧を身に纏い、一番遅い歩兵の脚に合わせて――一日の行軍スピードは二十五キロほど――二週間も掛けて南下することになる。

 そうなると途中の領地や街で食料や嗜好品等の物資の補給や、女性もいるが襲うわけにはいかないので色街へ出かけさせることにもなる。残り五日を切れば我慢させられるが、それまでは気持ちの維持やストレスを溜まらせるわけにもいかず、色街や性奴隷を使うのはよくあることだ。


 だが、バグラムスト領が近くなるほど支援が少なくなり、対価を要求する村や町まで出てくる始末。だが、それは正しいことで今回の遠征は名目が噂の真偽で、戦争をするわけではないのだから支援する義務はそこまで発生しない。

 また、近づくにつれてレムエルの噂も強くなり、演説の話も広がっているために険悪なムードが強くなる。


 その気持ちが分かっている二騎士団長の軍は道すがら取れた魔物の肉や素材で交渉し、人々も騎士団にはお世話になり、対価が貰えるのならと渋々交換する。

 だが、貴族軍はただ食っちゃ寝のような生活を続け、文句ばかり漏らし、しまいには兵士達に暴力を振るう。そこに人々が拒否を起こせば殺そうとする。騎士達はその阻止も行い、どうにか人々と貴族軍が関わらないように配慮もし、相当な負担となっていた。


 騎士軍はアースワーズの言うことを聞き、団長達に忠誠を誓う者が多いので、一部の者が騒いでも周りが険悪となり阻止し続けた。副団長の思い通りにはさせないということだ。

 王都の騎士団は今頃副団長の手が入っていると思うと、団長達が頭を痛くするのは仕方がなかった。


 対して第二王子派の貴族軍は渋々といったところだがアースワーズの言うことだと従うが、ほとんどの指揮官が当主ではない為、第一王子派の貴族に流れることとなった。

 それでも勢力が傾くことはなく、第二王子派が武闘派の貴族が多く強い者に従う傾向が強いのが関係しているだろう。


 このように大柄な第一貴族軍、それに反発する第二貴族軍、両者がくだらない事をしないように配慮し続ける騎士軍の間の亀裂が広がる。


 さらに貴族軍には第八王子という王族を語る不届き者がいるという噂が強くなり、相当な険悪ムードが流れている。

 騎士軍はアースワーズや団長がその件には一切触れない為、疑問に思っていても上が黙っているのならと口を塞いでいる。


「兄様……」

「ん? どうしたシュティー。弟のショティーはまだへばってないぞ」


 第六王子シュティーは馬車の中でぐったりとしていた。

 隣では外を眺めているショティーがいるが大人しい物だ。


 二人は最初の頃外に出れると大はしゃぎだったが、次第に周りの空気や長旅に疲れ始め、馬からも降りて馬車の中で過ごしている。

 周りの騎士は仕方がないという目をしており、初めての遠征で文句を言わないのは大したものだと、新人騎士でもいきなり二週間の遠征は無理だと見直す者もいる。


 アースワーズにくっ付いている二人に騎士達は悪い感情をそこまで持っているわけではない。

 しっかり統治できないことに憤り等を感じてはいるが、それはアースワーズ達のせいではなくビュシュフス達が悪いのだと知っているからだ。

 だが、国民にはそんなことは関係ないので、真偽が不確かなレムエルを除けば、王族は自分達を苦しめた全ての元凶だ。怒りを向けられない方がおかしいのだ。


「そうじゃないけど……いや、そうだけど」

「どっちなんだ。何かあるのか? 初めての遠征は病気に罹りやすいし、怪我もしやすい。二人は初めてなのだから何か不調があればすぐに言え」


 アースワーズにはメイドは付いておらず、従者がある程度してくれるが、二人には戦闘メイドが付き従いお世話をする。


「後少しなんですよね?」

「ああ、あと一日も掛からんだろうが、その前に夜が来るだろうから休憩を挟む。その後すぐにアーチ大平原に着くことになるだろう」

「ずっと疑問だったのですが、どうしてこんなに大所帯なんですか? その辺り僕達は聞いてないんですけど……」

「そう言えば……。空気は悪いし、ガラも悪いし、不敬不敬っていうけど、僕達の騒音にもなってるから不敬なんだけど……」


 声を合わせる気力もないのだろう、ごろんと不貞寝をして二人は馬車の後ろで馬に跨っているアースワーズに訊ねる。


「言ってなかったか?」

「「言ってないですよぉー」」

「おお、そうだったか、すまん。薄々分かっているだろうが、一番柄が悪いのは兄の派閥が捻じ込んできたからだ」


 団長は前後に分かれているためいないが、アースワーズ付きの騎士達も含めて苦虫を噛み潰した顔になる。


「それは知ってますけど……ここまで多いなんて聞いてないです」

「そうだなぁ。現在王国は様々な派閥があるのは知っているだろう? その派閥は誰かを王にしようと画策している」

「ビュシュフスと兄様ですよね」


 ショティーが身体を起こして言うと、アースワーズは深く頷いた。


「お前達にも一応あるが、勢力で言うと俺と兄の二つが大きい。今回の遠征は俺が父から指揮官委任状を受け取ったために、その派閥の勢力が崩れることになる。今まで父が用事がある時以外誰にも軍の指揮を委任したことが無かった」

「どうしてですか? そんなことをしたから面倒なことになってるのではないでしょうか?」

「そうは言うが、もし王族全員に軍を動かす権利があったら、今頃兄は国を蹂躙していただろう。いや、それだけでなく兵を酷使し帝国にも攻めていたかもしれん。あいつも兵法や戦術を学んだはずなのだが、負け戦と分かっていても金や権力欲しさに戦争をしていただろう。そう考えると父はこうなると昔から分かっていたのだろう」


 その件については王の認可なしには変えることが出来ず、貴族の力だけでは騎士団に関することも変えられない。

 貴族が腐っても国を防衛する軍だけは腐らないように国王は努めてもいた、ということだ。


「へぇー、父様もいろいろと考えていたのですね」

「そうだな。お前達は父とそれ程会ったことが無いだろうが、俺が幼かった頃は一緒に遊んだこともある。とても優しく王と呼べる人だ。――で、だが、その委任状を俺が貰ったために、王族の中で頭一つ分跳び出したことになる。それに手柄まで取ってしまうと抑えが効かなくなる。それを阻止し、手柄は自分達にもあると主張するための貴族軍だ」

「難しいですけど、そのために経済関係の大臣が忙しそうにしてたんですね。僕も手伝ったのですが、貴族からの文句文ばかりでした」

「僕は物資のお手伝いしましたけど、貴族がちょろまかそうと何回も訪れましたよ」

「「まあ、王族の権力を使って追い払いましたけど」」


 二人は寝転がった状態で胸を反らし、どこか満足げだ。

 二人はともに文官タイプで、シュティーは計算や金管理等が得意で、ショティーは周りの物資等の計算が得意だ。

 二人の仕事はその方面の手伝いと、第二王子派に近い二人の権力を使って金回りを阻止することで、自分の力ではどうしようもないことを阻止しようと宰相ロガンが画策したのだ。

 勿論アースワーズはすぐに気付き二人の権力が通じやすいように口添えし、自分もちょくちょく顔を出していたりする弟思いな兄だ。


「まあ、そういうことで貴族軍がいるんだ。拒否すると反乱の意志あり、俺が王になるとか思われてな、今回の相手で手を焼いているだろうに、自分達も争うと付け込まれてしまうだろ?」

「相手は手強いみたいですし、噂を聞く限り英雄みたいじゃないですか」

「そうですよー! 僕も精霊みたいですし、使ってみたい! それに『竜眼』があるとか本当なのですか?」


 欲しい物を欲しいという所は甘やかされて育った子供の典型だ。

 アースワーズは一瞬困った顔をするが、すぐにいつもの厳つい真面目な顔に戻す。


 レムエルのあれは欲しいと言って授かれるものではない。

 生まれ持った能力の様な物で、修行で使えるようになったという噂を聞かないところを見ると、先天的でなくてはならないのだろう。


「そういう無理なことを言うな。過ぎたる力は己をも傷つけ、慢心と過信の気持ちを持たす。学力にしろ、武力にしろ力というのは身の上に合ったものでなくては亡ぼす。いくら精霊の力が凄くとも行使する者が傲慢では手が付けられない。『竜眼』も兄の様な屑ならば立が悪いということだ」

「じゃ、じゃあ、相手は悪者なんですか? 早くしないと王国が……!」

「ばっかだなぁ! 今から会う奴がそんなことをするわけないじゃないか! 国のために立ってくれたんだろ?」

「ショティー、そう言うが嘘だったらどうするんだ? もしかしたら柄の悪い奴で、自分こそがふさわしいと思って画策している奴かもしれないじゃないか!」

「はぁ? そんなわけないね。もしかしたら弟かもしれないんだぞ? 見て判断しないといけないだろ。シュティーはいつも悪い方に考えすぎなんだよ」

「そういうショティーはもう少し深く考えた方が良い。こういう時だからこそ最悪の事態を考えておかないと」

「「何をぉ!?」」


 寝転がったまま身体を横に向け、お互いに指を差しながら言う二人に自然と笑みが零れる。

 アースワーズは頭を振りながら溜め息を吐き、二人が言った言葉をかみしめるように考える。


 自分は今から相手する者にどのような感情と、弟かもしれないという情報にどんな思いを持っているかを。

 噂が本当だとしたらアースワーズは考えなくもなかったが、実際は見なければ何も判断できない。

 シュティーが言うように噂を全て信じることは出来ず、かといって全てを否定し最悪に備えてばかりでは先に進めない。ショティーの信じすぎることも然り。


 アースワーズは目を閉じまず相対した時に何をするべきなのかを考える。


「「兄様! 僕の方が正しいですよね!」」


 バッと仰向けになり、逆さまの状態で訪ねて来る二人を見やり、手綱を握る指で腿を数度叩き答えた。


「確かに、二人が言うことは尤もだ。常に最悪の状況を想定していれば何が起きても動けるだろう」

「ほら見ろ!」

「だが、これも同じで、疑心暗鬼になり過ぎては逃げ腰、弱腰になり成功するものも成功しないだろう」

「ふふん!」


 お互い自慢するかのように胸を反らし合い、カッとお互いの胸を掴みじゃれ合い始める。

 メイド達は諌めようとするが、いつものことなのかどこかルーズだ。


「まあ、落ち着け。俺は一応信じてはいる。密偵を悉く排除されたから信じ切ることは出来んが、国民があそこまで協力的・賛成的となると噂の真偽は本当なのだろう。ただ、大概こういうものは誇張されていたり、他の者の手柄も加えている時がある」

「「せっこぉい! それなら僕達にだってできますよ!」」

「だがな、その真偽が分からん。もしかすると噂は本当かもしれない。だからこそ、この目で見極めるために出てきた。今誰かを派遣し真偽を確かめようとしても、俺の意思を取り間違えて争う可能性が高い。自分の方が上だと、噂は偽りだと断ずるだろう。あいつ等は全く人の話を聞こうとしない者達が多いからな」


 アースワーズは白い綿雲が浮かんでいる空を眺め、ここまで来るのはいろんな意味で長かったと目を細める。

 二人はまだ納得していないようだが、渋々敬愛する兄がそう言うのならと引き下がる。


「兄様が王になってもいいと思うんだけどなぁ」

「そうだよなぁ。僕達は喜んで補佐するのに」


 二人の愚痴を目敏く聞いたアースワーズはふっと笑い、首を横に振りながら何度目かの説明をする。


「何度も言うが俺には無理だ。王としてできてもその職務を全うできるとは思えない。王にはなれるかもしれないが、国と国民を背負い、豊かさと繁栄を齎す王になれるとは思えない。今必要なのは武力ではなく、俺達王族が苦しめた国民の思いを汲み、それを解き放つ王でなくてはならない」

「兄様ならやれると思いますけど……」

「いや、俺は意外に単純だからな。好き嫌いがはっきりしているように、出来る出来ないも決める傾向が強い。王に一度でもなれないと思ったらもう無理だろうな」

「な、なら、噂の弟が王族だとして、王になれると思ってるのですか?」

「ふはは、それを確かめに行くのだろう? お前達は事の成り行きがどうなるかその目に焼き付けておけ。結果次第で王国の存亡がかかる可能性もあるのだからな」


 アースワーズは最後に脅すような口調で告げ、眼を閉じて口を(つぐ)んだ。

 二人は納得がいかないもののアースワーズが言うことも尤もだと考え、メイドにお世話をされながら体調を整える。




 残り五十キロを切った地点で夜も更け始め、アースワーズ軍は休憩に入ることとなった。

 アースワーズ達高官を除き、騎士兵士達は各自のテントを張り、給仕班がせっせと数千人分の料理を作り出す。照明の魔道具や焚火を焚き、魔物が近づきやすくなるが見張りが対処する。

 ここまで来るのに数百キロを歩き、もう彼らは疲労困憊だった。

 この先どうなるのか分からないが、様々な噂が飛び交う夜となるのは毎度のことだ。


 噂の真偽について、アースワーズの考えること、いがみ合いや騙し合い、威張り散らし怒鳴り散らし、風呂に入りたいと喚き、解放軍に対しての罵倒や想像、なぜ自分達だけが、という様々な会話だ。

 半分は貴族軍が漏らすものだが、騎士達も思うところはあるのか最初の頃のように目を向けることはない。


 運ばれた夕食を食べながら、明日の行軍や予定、貴族達が漏らす不満を睨み付けて黙らせる会議を行う。


「不満を漏らすのなら帰るんだな。お前達がいようとやることは変わらん」


 グチグチと不満を漏らし、自分こそが王だというような態度を取る貴族に冷たい目を向け、団長や話しを聞き案を出す協力的な貴族と会議を行う。

 ここまで来ると不敬罪とかではなく、単純にそこまで理解できない馬鹿なのだと理解できる。


 そして、そう言うと親の権力を笠に着て、相手の身分などを考えずに不満を漏らす。


「王子であろうと言っていいことと悪いことがありますぞ! 私達がいなければ王国は成り立たないのです!」

「王族と言うのは一人では何もできないのだ! 貴族が各地を治めているから暴動が起きないのだよ!」

「ここまで腐敗させたのはどこの誰やら……」


 言いたい放題だが、アースワーズも人の子だ。

 我慢できるものにも限界があり、行軍の疲労も溜まっており鬱憤を爆発させそうになる。

 だが、一番腹を立てているのがアースワーズを敬愛し従っている者達だ。


「なっ!? き、きさ――」


 アースワーズはその者達が何か喋る前に手で制し、テントの中で文句を垂れる貴族の子弟達を鋭く怒気を孕んだ目で見降ろす。

 彼らは少し体をびくつかせるが、傲慢で何も考えない権力や金に目が眩んだ親を見て育ったため、彼らもまた王族を見下し、貴族こそが治めているのだと、王族は傀儡にして操るのだと考える。

 それが諸刃の剣で、それが出来ない王族が現れた時、どうなるか分かったものではないことを知らないから王族に刃向えるのだ。


「では、現在解放軍が国民の支持を受け転覆を図っているのは貴様等のせい、ということでいいのだな?」

「な、なにを言うかっ!」

「それこそ何を言っている? 貴族が治めているから暴動が起きないのだろが。なら今回の件は全て貴様らが悪いことになるな。うむ、今のうちに殺すか」


 アースワーズはそう言って腰に収めた剣を抜き放ち、刀身を埃を取るように指で撫でた。

 貴族達は目を彷徨わせ逃げようとするが、アースワーズはそれを許さず剣先を突き付ける。


「ここにいたくないのなら帰ってもらってかまわん! 何度も言うがお前達弱者がいようといまいと何ら変わらん! 不満があるのなら帰って兄に尻尾を振るのだな! 俺はあいつではない! 気に入らない者は殺すぞ!」

「ひぃぃぃ! ひ、人殺し! 俺を殺していいと思っているのか! お、おお、俺の父は……」

「貴様等こそ俺に刃向かっていいと思っているのか? 王族は誰でもお前達を挿げ替えることができる。役職によっては無理だろうが、貴様等の様な役職を持っていない者を潰すことなど容易。この場で不慮の事故として片付けてもいいのだぞ?」

「ひぃぃぃぃぃ! わ、私達は王国の未来に――」

「一切必要ない。お前達のような腐った奴がいるから国が駄目になる。人が駄目になる。お前達がしっかりしいればこのようなことにならなかったのだ。今苦しい思いをしているのは身から出た錆だと思え! 今後俺の邪魔をして見ろ。あることないこと全て報告させてもらう。会議を邪魔しているのは反逆罪だと取られてもおかしくないのだからな。それが分かったらこの場から去れッ!」

「はひぃぃぃぃぃぃぃっ!」


 刺し殺せそうな視線と怒気を受けた貴族達は震えあがり、一番手前にいた貴族の鼻先に剣を振り下ろした。手前にいた貴族の鼻が切れ、ぷっくりと赤い血が生まれると共に体の糸も切れ、貴族達は目に涙を浮かべて脱兎の如く逃げ出した。

 その貴族を忘れずに引き摺って行くところは、変な仲間意識でもあるのだろうかと思える。


「フン! 役立たず共が……。――会議中済まなかったな」


 アースワーズは剣先の血を指先で拭き取り、後で整備しようと壁に立てかけた。


「いえいえ、我々もスカッとしました。久しぶりに殿下の怒りを見ましたよ?」

「ええ、やはり殿下が次期王に相応しいのではないか?」

「ああ、そうだな。今の王国には、あの第一王子の派閥を睨みで言うことを利かせられる殿下しかおられん。殿下こそが王に相応しい」

「だが、今から相手する者も王子なのであろう? 見極めも肝心なのではないか?」

「何を言うか! そんな眉唾物の噂等捨て置け! どうせ似ておるとか、変装とかだろうよ。バグラムスト伯の所にはあのバルサムもおる。あり得そうな話だ」

「そうだのぅ。じゃが、第八王子は確かにおる。いや、おったが正しいのぅ」

「そうなのか? まあ、我々が知らない時点でどうでもいいことだ。それに今までどこにいたというのだ? 王の教育を受けていない者に勤まるわけがない」

「王が務まっても我々は言うことを聞きたくないな。どこの馬の骨とも知れぬ王子だぞ? そもそも庶子かもしれないじゃないか」


 中には中立派の貴族も交じっているようで、次第に論争を始める貴族にアースワーズは頭を抱えてしまう。


 確かに今の所レムエルが庶子だと言うのは正しいが、本当のところ庶子かどうか怪しい部分もある。

 シィールビィーはいつの間にか国王アブラムと婚約しており、王宮に匿わられていた王妃だ。そのためシィールビィーのことを知っているのはアブラムしかいないと言える。

 貴族達も話では聞いたことがあるもののその辺りは伏せられ、当時はビュシュフスの婚約適齢期であったため、女性の王宮入りや離宮入りが毎日のように行わられていた。


 シィールビィーの容姿は王族に相応しく、仕草も上流貴族並に使え、大人しい性格だったがある程度の身の守りも出来ていた。

 だから、レムエルが庶子なのか怪しい部分がある。


「ハースト、マイレス。終わった頃に呼んでくれ。少し夜風に当たってくる」

「分かりました。一応護衛の者をお連れ下さい。あなた様に何かあれば――」

「いや、それほど遠くへ行くのではないからいらん。このテントの裏辺りに行くだけだ」

「分かりました。お気を付けください」


 アースワーズはまだ紛糾している貴族達を一瞥し、団長二人に手を上げてテントを辞した。




 空にはアースワーズ軍の遠征を憂うように雲が広がり、所々ある隙間に星が見える状態だ。

 現時刻は既に十時を回り、シュティーとショティーは離れたテントで寝ているはずだ。近くではメイドも休憩に入り、護衛の兵士が見回りをしている。


「はぁ。どうしてこうも……はぁ」


 アースワーズは頭を振りながら足をゆっくり進め、何度目かの溜め息を吐く。


「今回は見極めだったのだがなぁ……。やはり会議に乗り込むのは失敗だったか」


 テント裏にある木に背中を預け、腕を組み微かに見える星々を眺めて言う。

 憂いているように見えるが、どこか自信があるようにも見える。


 春の夜にしては冷たい風が肌を撫で、目を瞑り着かれている身体を癒そうとしたその時、


「――誰だッ!」


 背後から忍び寄る気配を感じ取り、アースワーズは咄嗟に剣を取ろうとするが、テントの中に忘れてきたことを思い出す。背後に飛び下がり不慣れながら拳を構えるが、暗がりから出てきた人物を見て気を緩める。


「お前は……その家紋はバグラムスト伯の」

「はい。私はバグラムスト伯爵の諜報員をしている者です」


 現れたのは闇に紛れる黒い忍び装束と、短刀や短剣等様々な暗器を身に付けている男性だった。

 胸元にはわかりやすいシュヘーゼンの家紋が付けられた布を所持し、アースワーズが見破ったと同時に魔力を流し消し去る。

 身分を確かめるためだけのものだったのだろう。


「何用だ? と、言わずとも分かるか。返事を貰えたのだな?」


 アースワーズは構えを解くが、いつでも動けるように身構えている。


「はい。返事は可能とのこと。ですが、場所の指定と作戦が条件となります。こちらが詳細の手紙となります」

「うむ、目的はそれだから良いだろう。他に何か言っていたか?」


 アースワーズは手紙の封を切り、中を読みながら訊ねる。

 諜報員は表情を変えずに答える。


「本当なら伝書鷹に括り付けてお返ししたいところだったのですが、レムエル殿下はそのことを知らないもので魔力を渡し返したそうです。その事情により返事が遅れ申し訳ない、とのことです」

「ああ、そういうことだったのか。まあ、驚いたが事情があったのなら仕方ない。弟の名前はレムエルと言うのか。噂については本当か?」

「はい。私もそれほど詳しいわけではありませんが、噂の方が少し劣っているとのことです。言葉では表せないらしく」

「ほう、それほどなのか。では、了承と見極める旨を伝えておいてくれ。あと、合見(あいまみ)えることになることになるのを楽しみにしている、ともな」

「分かりました。では、御前失礼します」


 そう言い諜報員は闇に紛れるように音もなく消え去った。

 アースワーズはその練度に溜め息と笑みを作り、敵に回す者を間違えているとつくづく思い知らされる。


「さて、明日からの予定の見直しだ。どうにかでっち上げ方向を修正せねば」


 アースワーズは笑みをキュッと隠し、未だに紛糾させていると思えるテントの中に戻っていった。




 どうにか少し時間がかかったが方向を修正させることに納得させたアースワーズは、少し疲れを見せる態度で馬に跨っていた。

 シュティーとショティーは馬車の中で眠っており、アースワーズの疲労に気付いていない。


「まさか、あの脅しがあそこまで効いていたとはな。だが、言うことを利かせやすくなったのは助かったか……」


 グッと上半身を起こし、目の前で眠っている二人を見て目を細める。


 あのアースワーズの怒りを受けた第一王子派の貴族達は、アースワーズ恐怖症にでも陥ったかのように怯え、アースワーズを視界に入れるだけで失神しそうになる状態だ。そのため言うことを利かせやすくなり、後は自分の言うことを聞くようで聞かない自分の派閥をどうにかするだけだった。


 進む道を態々帝国の国境付近となる西方へ変えるということに反対意見は強かったが、強力な魔物が出るということをでっちあげ、近隣の街に放っていた密偵から解放軍がアーチ大平原に集まっていると報告を得たと誤魔化した。


 今の状態で強力な魔物と戦えば争う前に疲弊することになり、彼らの目的はあくまでも解放軍を殲滅し功を得る為で、態々迂回してまでバグラムスト伯領まで行くことはなかった。

 近づいてくれるのなら多少の危険も致し方なく、最近の帝国は攻めてこないということで危機意識が薄くなっていたのも、アーチ大平原に一万もの兵を平気で集める結果となった。


「だが、ここからが正念場だ」


 疲れが溜まりつつある身体に鞭打ち、アースワーズは目の前に広がる平原を目指す。




 そして、アーチ大平原に辿り着き、既に拠点を設置している解放軍を誰もが眼にする。

 兵士達は疲労困憊ながらも敵を眼にし安堵や勇気を奮い立たせ、貴族は功を目の前に笑みを作り、アースワーズ達は静かに相手を見ていた。

 落ち着いている者や怯えている者もいるが、誰もがストレスが溜まり欲求不満で、今にも暴れてフラストレーションを解放しようとしていた。




 その日の夜は拠点作りと休憩となり、誰もが寝静まり辺り暗闇が支配した頃、解放軍側ではとある作戦が開始した。

 満開の星々が光り輝く夜空に太陽の光を反射する月が照らし出すが、アースワーズ軍から解放軍の様子を覗うことは何故かできず、翌日誰もがド肝を抜かれるほど驚くこととなる。

 そして、その驚きを恐怖と怒りに変えた貴族達がアースワーズの策略にも嵌まり、戦争とは思えない戦争が開幕する。


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