第九話
レムエルの演説な筈が……シュヘーゼンが殆ど喋っています。
しかも一人でずっと喋ってます。
こういったやり取りは難しいですね。
口喧嘩とかしたことないですし、こういう時にこういったセリフ、とかっこよく言いたいものです。
ゾディックとの会談が済んだ後レムエルは一日休憩を挟み、その間に演説で話す言葉と準備を行っていた。
会談では言われなかったが、その後残っていたゾディックにレムエルの格好について尋ね、多少の見栄えの問題を片付けた。容姿と合って目立つとお墨付きも貰え、レムエルは不安が増えるがレッラに従い自信を持って挑むこととなった。
演説の場所は『ルゥクス』の子供達が遊ぶ芝生もある中央広場、名物の噴水前で行う。
現在そこではレムエルのことを一目見ようと領民が押し寄せ、他領から訪れる者もちらほらと存在し、冒険者は今回どうするか決める為に続々と集まっていた。
最近の噂はレムエルの噂ばかりで、この辺境の地からやや王都に近づいた辺りまで浸透している。
レムエルの容姿から始まり、王族としての生い立ちを吟遊詩人が歌い、レムエルが掲げる気持ちを代弁する。
だが、国に不満を抱く者や信頼を失った者が多く、それを鵜呑みにする者はまず少なかった。
中には噂を作り話だと否定し、他の王族同様国民を道具のように使うのだという者、余計なことをしないでくれと嘆く者もおり、誰もがレムエルに賛同してくれるわけではない。
それでも今の状況を少しでも良くしてくれるのなら従う、噂を信じより豊かにしてくれと涙する、レムエルのことを知り協力しようと発起する者もいる。
その傾向は辺境ほど強く、直にレムエルの行為を見てきた領地では正面から否定する者はまずいない。
無理だという者はいても、怒り嘆く者はいなかっただろう。
現在、レムエルは三人の女性に囲まれるように演説台の上に座っている。
ガチガチに緊張しているが、まだレムエルを見せるわけにはいかず、精霊の認識阻害とフードの様な帽子を深く被り注目の的になってはいたが、集まった者に強い印象を与える時までその状態でいる。
一人は騎士に似た漆黒のドレスアーマーに身を包んだ凛々しいソニヤだ。
この日を祝福してくれるかのような初夏の日差しが、腰に収めている綺麗に磨かれた剣に反射し、愛用の魔力と共に風を操れる魔剣だ。
彼女はレムエルの右隣で有事の際に控えている。
もう一人は背後でレムエルに従うように佇んでいるレッラだ。
彼女は誰もが知っているお馴染みのメイド服に身を包み、ブリムの端からぴょこっと黒い耳が見え、小さな赤いリボンがくくられている。黒く長い尻尾が腰の大きなリボンから隠れるように出ている。
戦闘出来なさそうだが服の下に様々な暗器を持ち、レムエルに危害を向けそうな者がいないか探っている。
元暗殺者だからこそできる芸当だ。
そして、最後の一人は艶やかな銀髪と赤い角が特徴で、鍛え上げられたすらっとした撓る肉体に白銀の鎧を身に付けた女性――イシスだ。
彼女はもう少し遅れると誰もが思っていたが、イシスを含めたソニヤ信奉者が強行突破し、昨日の夜中にシュヘーゼンの屋敷へ到着したのだ。新人の騎士はへとへとの状態で遅れてやってきた。
どうにか誰も欠けずに到着できたが、無理をしたことでソニヤに呆れと注意の小言を言われ、副団長としてやっていけていたのか不安がられ四つん這いになったという。
今朝レムエルと顔合わせが済み、レムエルがレッラにしているように角に触りたいと好奇心剥き出しで言ったため、想像よりも早くイシスがレムエルに慣れ、今ではソニヤ同様にレムエルに惹かれる者の一人となった。
レムエルもイシスに戸惑っていたが気さくで、ソニヤに似たような感じだとわかり、すぐに打ち解けることが出来た。
精霊の認識阻害も除け、演説で驚かれるわけにはいかない為本当の姿をイシスに見せたが、やはりレムエルの姿は王族を見慣れた者ほど息を飲んでしまうらしい。
角は骨が変化したものだと言われており、触っても違和感を覚えるだけで感覚があるわけではない。
過去鬼人族の角はユニコーンのように何でも治癒できると言われたことがあり、鬼人族と戦争が起きたこともあるため、中には角を触らせるのが嫌いな者もいる。
イシスは兜を被るのに邪魔だと思っている方なので、レムエルに触られてもそうですか、で終わってしまう。
レムエルの感想は硬いと可愛いだった。
「ここまで来るのに殿下の噂をいろいろと聞きましたが、第八王子は亡くなったと聞いていたので怪しんでいました。ですが、実際目にしてみると王族だと確信出来、私の想像以上で疑念が吹っ飛びましたよ。殿下を見た後ではあの醜い者達が逆に王族なのか? と思うくらいです」
左隣でレムエルに苦笑しながらそういうイシスに、フードの下からレムエルが疑問顔で覗き見る。
レムエルはかなり容姿が良い者達に囲まれて生き、自分の容姿がかなり良い物だと周りから言われているが、おべっかだろうと思っている節がある。
少しいい程度だと思っている。
それに王族というと女性ならば誰もが惚れ、母親のように綺麗な女性ばかりで、男性は自分に似た容姿なのだろうと納得していたのだ。
太っているという王族もポチャッとしてるのだと理解していた。
「そんなに醜いの? 僕と比べてどんな感じ?」
レムエルの純粋な言葉にソニヤは現在を知らないためイシスを見るが、イシスはどう答えるべきなのか迷ってしまう。
それは王族に対して遠慮するとか、貴族に対しておべっかを言うとかではない。ただ、比べるのに困っているのだ。
「比べるのですか? えーまず、大きさが違います。身長とかではなく、身体の大きさ全てです。例えるなら殿下は崇められる精霊、あちらは見たまんま豚と蛙を合わせた感じです」
「うぇ? ……魔物みたいだね。孤独の森にプギーフロッガっていう魔物がいた気がする」
ストレートに想像した怪物を口にし、ソニヤ達は苦笑いを浮かべるが内心同意だ。
精霊達はレムエルを自分達と同じ存在だと言われ、不自然にレムエルの周りが動くほどご機嫌だ。
「あとは、性格も違いますし、雰囲気も違います。特に容姿は全く違います。多少の違いはあって当然ですが、もう比べるのもおかしなほどです。逆に似ているところを探す方が難しいですよ」
「そ、そんなに違うんだ……」
「まあ、殿下は数度見たことのあるシィールビィー様にそっくりですし、国王陛下にも似ておられる部分が見受けられます」
「そうなの? ありがとう」
母親とそっくりだと言われるのはあまりないため、レムエルはとても嬉しそうに笑う。
その笑みに母親の死を乗り越えたと気づいた二人は目尻が熱くなるのが分かり、自分がどれだけレムエルのことを思っていたのか再度思わされる。
「レムエル様。どうやら準備が整ったようです。進行の順番は覚えてらっしゃいますね?」
「うん。シュヘーゼンが盛り上げた後にゆったりと向かえばいいんだよね。その後シュヘーゼンが下がるから、僕は出来る限りいつも通りの姿で精霊の認識阻害を解いて、『竜眼』を使えばいいんでしょ?」
「はい。最初が肝心ですから、『竜眼』は最大限に引き出してください」
周りの喧騒と視線を見ないようにし、レムエルは不安と緊張で震えそうになる声を平常に装い、出来る限り不安を見せないようにレッラに答える。
ソニヤとイシスはその回答に頷き、顔を見合わせると集まった人々を見渡し何時でも対処できるように努める。
国の上層部にはまだレムエル自身の噂は広まっていないはずだ。
だが、王族達の派閥の甘い汁を吸おうとする考えなしの下っ端貴族がこのことを知らせたり、諜報員や暗殺者が混ざっていたり、王族に憎悪を抱く国民が通報するかもしれない。
それを未然に防ぐために目を光らせ、危害を加えようとする者が出た場合、レムエルを守る為に傍にいる。
レッラはその道に通じている最高責任者の立場も務め、シュヘーゼンの諜報部隊とは別にレムエル専属護衛の暗殺部隊となっている。今回は蛇の道は蛇ということから諜報員を炙り出すには同族の諜報員達を使う、ということだ。
人々は演説台の上にいる三人の綺麗な女性に視線を向け、その三人に護られるように座っているレムエルに様々な憶測を向ける。
一応彼らは今回の演説の目的を知らされているが、詳しいところまでは分かっていない。
ただ、近々こちらに国の騎士達が大勢来るということは誰もが知っていた。
そのためにこの演説がレムエルにとっても、彼らにとっても未来がどうなるか決まる重要な物と分かっている。
だからこそ、シュヘーゼン達はレムエルの姿を彼らに出来る限り焼き付けさせ、自然の流れで参加してくれるようにするつもりだ。
シュヘーゼンが演説台に上がり、拡声の魔法が込められたトランシーバーのような形のマイクを胸元に付け、集まった領民を見渡す。
同時に煩くがやがやと騒いでいた領民は静まり、疲れを見せずにこやかに笑っているシュヘーゼンに視線を向けた。
その視線を受けたシュヘーゼンは何度か満足そうに頷き、口を開く。
「あー、あー……。ゴホン! 今日は集まってくれて感謝する」
シュヘーゼンは貴族らしく悠然とした態度で、まずは集まった領民の気を引き、後をやりやすいようにする。
シュヘーゼンにも思惑はあるだろうが、ここまで王族に尽くしてくれるのは友の国王の頼みと姪のソニヤが信頼しているからだ。
これを完全に乗り切り、王として戴冠後満足いく統治が出来て初めてしっかりとした信頼が生まれるだろう。
今は義理とは言わないが、通常の家臣と王族というのが近いだろう。
「この演説を知らせたのが凡そ一週間前。その短い期間でこの中央広場を埋め尽くすほどの人が集まった。この演説に期待してくれているのだと思っている。豊かな未来を描きたい者、噂を見に来た者、中には現在の国に憎悪を抱き、私の様な貴族達を恨んでいる者もいるだろう。そして、近々国が派遣するという騎士達に恐怖や不安や憤りを感じ、それを作った私達を憎む者やそれに参加せん、と手助けしてくれる者もいるだろう」
そこで一度区切り、始めの挨拶を整えた。
少し騒めくが、国民の意識を掴んだだろう。
「今回集まってもらったのはほかでもない、腐敗した国を正すためだ。
現在腐敗した国を正すために立ち上がられた出生を隠された王子、第八王子レムエル・クィエル・チェルエム殿下の噂を耳にしていると思う。
殿下がお生まれになった凡そ十二年前、国の行く末を憂いこのままでは取り返しがつかないほど腐敗すると睨んだ国王陛下が、信頼できる部下達にまだ生まれたばかりのレムエル殿下と母君シィールビィー王妃殿下を、時が来るまで匿う様に指示を出した。
国王陛下は近い未来このように国が腐敗し、国民全員が苦しみの渦に苛まれることに気付いておられたのだ。
レムエル殿下は生まれる前からその過酷な運命を決められ、最近まで教育を受けながらも辺境の地で幸せな生活をされていた。それに怒りを覚える者がいるだろう、俺達はこんなに苦しんでるのに自分だけぬくぬくと育ちやがって! と。
だが、殿下は全て捨て去り、自ら過酷な運命と向き合い、全員を苦しみから解き放とうと立ち上がられた! 皆も知っていよう! この辺境の地にて飛び交う様々な噂を! 『ルゥクス』では癒しの曲と精霊教の協力、『ロックス』では銀糸と鉱山事故の改善、『アクアス』ではレースと造船技術の発展、『マグエスト』では災害級の魔物の討伐と公共施設!
中には見た者もいよう! どれもレムエル殿下自らが前に立ち、国民のためにと行われたことばかりだ!」
シュヘーゼンはそこでもう一度区切り、周りの者と話し合い始めた国民が静かになるまで待つ。
レムエルはそこまで自分は思っていたかと自問するが、ここは思うべきだと己に言い聞かせ、自分の思いが弱い等と思ってはいけないと考えた。
「――そして、その時とは現在!
この四カ月余りで国の情勢はがらりと変わった。現在、国は大きく分けて二つに分類される。
一つは皆もわかる通り腐敗した国の派閥、第一王子ビュシュフス・オクルル・チェルエムの派閥だ。彼の派閥は国王陛下がご健在、お倒れになる前から国に蜘蛛の巣を張り巡らせ、国王陛下が戴冠した頃には身動きが取れないほど腐敗させていた。
最近になって苦しい思いが強くなったのは国王陛下のせいではない! 現在国王陛下は喋ることもままならないほど体調を崩され、医者の付ききりとなっている! だからというわけではないが、王族全員が悪い者ではないことを知ってほしい。一人一人考え方や思いが違うように、統治する人間にも様々な者達がいることを……。レムエル殿下がいかにお前達のことを見ているかを……。
恨むのならこの状況を作った元凶を恨むべきだ。
見て見ぬ振りをした者を恨むべきだ。
そして、その苦しみから逃れようとしなかった己自信を悔やむべきだ」
最後のセリフに再び場が騒然となるが、シュヘーゼンは今度は止めずに声を荒げて続ける。
「レムエル殿下はこう仰った! 嫌なら抗えと! 周りと一致団結し、貴族が嫌がる行為をしろと! 領民は領地を統治するうえで必要な者達だ! 決してどこにでも生える草木ではないと! 国民は雑草ではなく、国を豊かにし、発展させていくための無くてはならない、夜空に輝く無限の星々と一緒だと……!」
一旦そこで区切ろうとするとヤジが飛ぶ。
「いい加減にしろ! 結局俺達を前に出し、捨て石にするっていう意味じゃないか! それのどこが希望の星と一緒なんだ!」
それに同意するかのように怒りの声が広がっていく。
そのヤジを飛ばした者は予め準備したサクラで、現に言葉巧みに無限の星という単語に自分達こそが希望だという言葉に置き換えている。
言葉にするだけではレムエル達に参加しようとしないだろう。
だが、自分達こそが国を豊かにするための希望の星、希望の塊だと思えば、それだけで多くの者が発起しレムエルのために参加するだろう。
反面今後の統治でも同じようなことが起きかねないので、この後に釘を刺しておかなければならない。
「そうではないッ! 領民とは、国民とは、人とは……そういったものではないッ! 自らを捨て石だと思うことをまず止めよッ! 私がいつそんなことを言ったッ! お前達は一人一人が国を豊かにするための希望の塊であり、国を支える石垣の一つなのだッ! だから、自らを陥れるような声や考えを捨て、前を向き尽力するのだッ! お前達は誰一人不要な者はおらず、一人一人が国を豊かにするうえで大切な者達ばかりなのだッ!」
「だ、だが、さっき貴族に逆らえと言ったではないか! それはつまり殺されに行けと言ってるようなものじゃないか!」
「違うと言っている! ――皆の者良く聞け! 貴族というのは国王陛下から与えられて初めてその領地を受け持つことになる。商売等をしていなければ、納められた税により暮らす。国民は貴族の考え方に左右されることはあるだろうが、貴族が統治せずともその日を生きていくことができるのだ。
だが、それをしないのは貴族が統治することで侵入する不届き者がおらず、罪を犯せば罰せられ、税を納めるから魔物の駆除や領地が発展する。貴族がいなければそれらが出来ないとは言わないが、上に立つ者がいるからこそ下の者は安心し、魔物や不届き者に怯えず、悪いことをすれば罰せられるから秩序が保たれる。
そして、その領地を持つ貴族同士が争わないようにするために、国という大きな領地を治める王族が存在するのだ。貴族も争わずに治めることが出来、いがみ合った場合は上に立つ王族が仲裁する。
だからこそ、王族は決して今のように傍若無人に横行跋扈してはならないのだ……。
王族も人間だ。善し悪しがあり、身内同士だというのに争う。それはお前達でも同じだろう? 兄弟は食べ物の多さで争い、友達とはどちらが強いかで喧嘩し、両親は夫婦喧嘩し、ご近所はやり方の違いで言い合い、村や町ではどちらが豊かか競い、国は他国に攻め込まれないように戦争する。
だが、その度に上に立つ者が仲裁し、時に叱り、仲良くなるだろう。
それが王族になると少し話が変わってしまう。王族より上に立つ者がいないのだ。上に立つ者がいないから傍若無人に振る舞う第一王子達が誕生した。
では、どのようにして王族を正すのかというと、それが家臣達だ。
私達のような貴族が側近として付き従い、王族が進む道を間違えれば進言や諌言という形で諌めることになる。そうすることで国が腐るようなことを未然に防ぐのだ」
場は静かになるが、これは答えになっていないとサクラからヤジが飛ぶ。
因みにこのサクラは冒険者達に頼んでいる。
知らない者が言うより、いろいろな所へ旅をしている冒険者が言った方が効果的だからだ。
「では、なぜ国は腐った!? 貴族がしっかりしていればよかったんじゃないか!」
「それも尤もだ。その言葉が何よりも辛い……。
だが、私は先ほど言っただろう? 派閥が存在していると。もう一つの派閥とは現在はレムエル殿下が率いる解放軍だ。だが、それより前となると国王陛下の派閥となる。
国王陛下の派閥は先も言ったように蜘蛛の巣を張り巡らした、腐った貴族と敵対する小さな派閥だった。それでも国王陛下は出来る限り国民や国を豊かにしようと、その腐った貴族を相手に獅子奮迅された。だが、敵の強さは日に日に増し、国王陛下は御身体を酷使し過ぎて体調を崩し始め、止めに自らの息子達にその腐った貴族の息がかかり反旗を翻すような状態となったのだ。
腐った理由は私達に責任がある。だからこそ力を貸してほしいのだ」
シュヘーゼンはそこで軽く黙礼し、願うように間を開けた。
レムエルは次第に緊張と不安が募っていく。
ここまで悪意を向けられたことが無いから戸惑ってしまうのだ。
「先ほどの答えとなるが、お前達が確かに十人や百人では領地を治める貴族は皆殺しにするだろう。だが、それが一つの街、領民全体ともなれば話は変わる。貴族は領民がいて初めて統治することが出来、自分を肥えさせることができる。
だが、もし領民全員が反旗を翻した場合、それを皆殺しにすることは出来ず、中には強行する者もいるだろうが、そんなことをするよりも領民と話し合い、妥協点を探した方が穏便に済ませられる。
レムエル殿下はお前達にこう言いたいのだ。
貴族から言われたからいつまでも従うのではなく、おかしいことはおかしいと気づき、自らの意思をしっかり持って前へ進め、と。そして、現状を憂うのなら、数人や数十人で発起せず、時間を掛けてもいいから仲間を作り全員で直談判しろ、と……。
お前達は雑草でも、人形でも、石や草でもなく、生きた一人の人間なのだからしっかりとした意思を持て、とな」
シュヘーゼンはトーンを落としてレムエルの考えを伝え終わる。
だが、この先を国民が知っておかなければ意味が無く、無駄に命を散らせるだろう。
シュヘーゼンの諭すような言葉が領民の心の中に入り、税金を産み出す機械のようになっていたと凍った心を溶かし、生きた人間として正しい心を持ち始める。
「だが、これだけは覚えておいてほしい。貴族というのは、はっきり言うがお前達より頭が良い。だから、お前達が仲間を集める前に察知し、鎮圧しようと首謀者を見せしめに殺すだろう。
そして、不満を覚えたからと言って全ての者が不満を覚えるわけではない。
自分が不満だから周りも不満だろう、豊かになったのだからもっと豊かにしよう、一回成功したから次も成功する等と考え、欲張る者が出て来るはずだ。それらに不満を覚える者は、折角豊かになったのにどうして壊すようなことをするのかと考え、それを豊かにしてくれた領主へ報告するだろう。
そのどちらが悪いと言わないが、世の中には身の程を知れ、二兎を追う者は一兎をも得ず、という言葉がある。
その豊かさに慣れ、苦しみを忘れた者にありがちだが、欲張ると痛い目に遭う。そして、誰かが成功させたのだから自分達でもできると容易に考え、しっかりと自分達を見て納めている領主に反旗を翻すことになり、結果周りの者にも迷惑をかけ恨まれることになる。
嫌な思いをさせたかもしれないが、これは今自分達を苦しめている第一王子と何ら変わらないことだ。覚えておかなければ自分の身を滅ぼし、豊かな生活も捨てる羽目になる。
言いたいのは豊かになっても飲み込まれるな、ということであり、豊かにするのは領主の仕事だが、自分達のことを豊かにするのは自分達の力でするしかない。方法を違えてはならん。
いくら領主でも実りを多くする、税を無くす、子供を増やす、人を死なないようにする、全ての者に仕事を与える等といったことは出来ない。自分に不可能なことは貴族にも不可能なことが多い。それらを覚えておいてくれ」
燃え上がった領民の炎は綺麗に鎮火され、同時に釘も打たれたのでよほどの馬鹿でない限り、レムエルが無事王位につけてから反旗を翻す者はいないだろう。
まあ、レムエルがしっかりと治めなければならないが、レムエルを見ていれば暴君になることはないとわかる。
「長くなったが最後にこういったことは上に立つ者が必要だ。今回で言うと正当な王族であるレムエル殿下だ。殿下無くして王族を断罪することも、国を解放した後の統治も、国を豊かにすることも出来ない。それは私達貴族がいてもダメなことだ。王になるには初代国王の血筋でなければならないのだ。それはお前達でも分かるだろう?
だが、そのレムエル殿下が本当の王族なのか疑問を覚える者が殆どだろう。殿下の噂だけでその姿を見た者がほとんどおらず、噂では王族特有の金糸のような髪に白い一筋の髪が生え、その姿は全ての者を振り向かせるほど麗しい。精霊の力も自在に操り、その瞳には初代国王も持っていたという『竜眼』を宿す、と。
だが、その姿を誰一人見たことが無いと思うだろう。レムエル殿下が本当に王族なのか教えろと思うのは当たり前だ。
だから今回の演説が行われることになったのだ」
シュヘーゼンはレムエルが座る方へ身体ごと向け、それに釣られて領民の視線もレムエルへ向く。
レムエルはレッラの指導通りにゆったりと立ち上がり、顎を引いて胸を張り、他者を圧倒させる雰囲気を醸し出しながらシュヘーゼンの隣まで歩く。
シュヘーゼンはレムエルを紹介するために手を広げる。
「お前達も気にしていたように、この方こそがお前達のために立ち上がってくださったレムエル殿下で在られる」
レムエルはシュヘーゼンの張り上げられた声に応えるように隣へ立ち、ソニヤとイシスは少し離れた位置で守護するように構える。
領民もレムエルに目を奪われ、まだ姿を現していないにもかかわらず、息を飲み騒いでいた声が一斉に静まった。
久しぶりに鳥や猫等様々な動物も姿を現す。
「私達の希望、王国を豊かさと繁栄を齎し、お前達の苦しみを解き放ち、先に見える光を手にしてくださるお方……チェルエム王国国王アブラム・クォルラ・チェルエム陛下が実子、第八王子レムエル・クィエル・チェルエム殿下である!」
シュヘーゼンがそう言うと共にその場を辞し、レムエルは宣言と同時にフードを脱ぎ去り、伸び切った金糸の髪が精霊の力によって靡く。
領民はレムエルの容姿だけでなくその雰囲気に飲まれ、誰もが喉を鳴らす。
『……わ、わあああああああああ!』
そして、レムエルの目に竜の顔が浮き上がり、あの時よりも力強く神々しい光を発する王者の風格を纏った噂通りのレムエルが、領民の目の前に姿を現した。
領民はその姿を目にすると歓声が轟くように上がり、レムエルは更に右手を上げ上級の精霊を具現化させ、左手でも同様にする。
「あ、あれが精霊かーッ!」
「精霊ってあんな姿だったか?」
「馬鹿言うな! 精霊には姿が決まってないっていうだろ? それに美人なら文句言うことねえだろうが!」
「おおおおおお! 男の俺でも惚れちまいそうだ!」
「ま、負けた……! さ、流石王族だ……」
「きゃああああ! レムエル様ーッ! こっち向いてー!」
「あれが噂の『竜眼』かのぅ。なんとも美しいんじゃ……。ありがたや、ありがたや」
「ピカピカ光ってるー!」
どうやら作戦通りレムエルの登場に領民の意識を飲み込ませることが出来たようだ。
次はレムエルの弁舌にかかっている。
「――きょ、今日は僕のために集まってくれてありがとう」
どもったことに苦笑を禁じ得ないが、その辺りはレムエルらしさということであまり指導はしなかった。
それがマイナスに向かうのならいけないだろうが、今の段階では領民が身近に感じてくれるだろう。
「皆が僕に対して何を思ってくれているのかはわからない。でも、僕は心の底から国民の苦しみを取り除きたいって思ってるよ。四か月前までは村で暮らしてたから良く分からなかったけど、いろんなところを回って多くの人が苦しんでいるのが分かった。今見たら皆の顔に歓喜や興奮、涙とかいろいろな表情が浮かんでるのが分かるよ。それは珍しい精霊や『竜眼』を見れたからかもしれないけどね」
レムエルはそう言って一番近くにいた女性に微笑んだ。
レムエルは本心で可愛い精霊達が見れて嬉しいと思っているが、実際はレムエルの容姿を身近で見れて喜んでいるのだ。
レムエルの微笑みを向けられた女性は、身体ふらっと揺らしたがどうにか踏み止まる。
「シュヘーゼンが僕が言いたいことを全部言ってくれたから、あまり言うことはないね。言いたいとしたら僕に協力してほしい、の一言だと思う」
領民は思う。レムエルが自分達が知っている王族らしい王族だが、同時に王族らしくない王族でもあると。
頭は下げなかったが、本心から自分達に願っているのだと理解した。
「別に無理に参加してほしいとは言わないし、参加したからと言って絶対に勝てるわけでもない。やるからには勝つけどね。それと誰も死なないとも言えない。出来る限り死なせないように頑張るつもりだよ。でもね、相手はそこまで馬鹿じゃないんだ。絶対に今を捨てたくないって死に物狂いで抗って来るはずだ。
だから皆が死なないって確約できないんだ。
でも、僕は絶対に勝利を掴み取って、君達国民全員に幸せを取り戻して見せる。それだけは確約したいと思う」
レムエルはそう言って領民を見渡し、胸の前で祈るように手を組んだ。
「それでも僕に力を貸してほしい。シュヘーゼンも言ったように皆を捨て石にはしない。一人一人を大切にするってここに誓う。
幸い、僕には王族としての容姿があるみたいだし、精霊の力が使えるからそんじゃそこらの魔法使いには負けないと思う。それに『竜眼』があるから相手は王族じゃないって言えない。まあ、偽物だって言われたらそれまでなんだけどね」
レムエルは苦笑しながら言うが、誰も偽物だとは思わない。
魔法で再現できそうだが、誰もが感じている傅きたい、従いたいっていう思いは嘘ではないからだ。
それにレムエルの人柄が何となくわかり始める。
「僕は不安なことや怖いこと、痛いことも苦しいことも嫌い。できれば今すぐ投げ出して村に帰りたいって思う」
ソニヤが慌ててレムエルを見るが、レムエルは苦笑したまま続ける。
「でもね、逃げたらダメなんだ。それは王族だからじゃないよ? それは僕が僕であり続けるために必要なことで、僕自身がずっと前に決めたことなんだ。亡くなった母上も僕がしたいように生きなさいって言ってくれた。だから、僕は自分がしたいように、皆から苦しみを取り除きたいって思う」
皆レムエルの言葉に惹かれ、固唾を飲んで見守る。
「僕だけだと不安だと思う。だから僕の傍にはシュヘーゼン達がいる。皆知ってるか分からないけど、右にいるのは元黒凛女騎士団副団長のソニヤ・アラクセンで、左にいるのは白薔薇女騎士団副団長イシスだよ。二人がいれば心強いでしょ? それと、ここにはいないけど、十二年前に消えた大物がたくさんいる。皆未来を見据えてこの場にはいないんだ。決して見捨てたんじゃなくて、僕が絶対に王になって豊かにしてくれるって信じてくれたんだ」
レムエルは少し下を向いて笑みを作り、キュッと引き締めて顔を上げた。
「だから僕に協力してほしい! 僕に付いて来てほしい! 僕は未来のことは分からない。だけど、絶対に勝利の二文字を皆に見せると誓う! だから、僕を信じて立ち上がってほしい……!」
レムエルの心の声が街全体に響き渡る。
それに合わせて精霊がレムエルに傅き、レムエルは驚きながらも精霊一人一人頭を撫で、これからもよろしくという言葉を無言で投げかけた。
それを見た領民も同じ気持ちが宿り、レムエルの合唱と拍手の嵐が起き、冒険者達は拳を突き上げ吠える。
「残り三週間もないが、私達に協力してくれる者は通達があるまで鋭気を養ってくれ! ある程度の準備はこちらで行い、お前達はやる気と絶対に負けないという意志を強く折れない強固な一本の槍として持っていてくれ!」
「冒険者には済まないが、報酬は微々たるものだろう! だが、レムエル殿下が討伐した災害級の魔物の素材を提供することになっている! 金は払えないが、その素材を受け取り金と交換するもよし! 素材を加工するもよし! できれば自ら参加してほしいと思う!」
そこで冒険者達から様々な声が上がるが、怒っている者はほとんどいない。
恐らくゾディックが事前に話しているのだろう。
「作成内容については後日話す! 恐らく激しい戦闘になることはないだろう! お前達は安心してレムエル殿下に従えばいい! 確実に勝利を導いてくださるのだからな! さあ! 我こそはと思う者は、現王国に対する苦しみを怒りに変え、苦しんでいる様を見て喜んでいる腐った貴族達に一矢報いてやろうではないかッ!」
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
ソニヤの力強い言葉に感化され領民は女子供も全員が鬨の声を揚げ、レムエルは一段落ついたと安心して膝が震えそうになる。
精霊達が気付き背中を気づかれないように支えるが、ソニヤやレッラは気付いており、温かいよくできました、と笑みを向けていた。
「レムエル様、もう少し頑張ってください」
「うん、帰るまでが僕の役目」
レッラの傍まで戻ったレムエルはフードを手渡すと同時に労いを貰い、それを糧にどっと押し寄せる安堵感を抑え込み、演説台を降りていく。
その後ろをソニヤとイシスが付き従い、シュヘーゼンの屋敷がある通りをレムエルはいい笑顔を浮かべて領民に手を振って歩く。
冒険者の雄叫びや金属を打ち鳴らす音や人々の雄叫びの声に包まれ、演説は大成功に終わったと思える。
そして、いよいよ軍と相対し、初めての戦争となる。




