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第八話

 つつがなくゾディックとの会合が終わりを迎え、今日の所はこれからの話を取り交わしただけの情報交換のみだった。本格的な会議は明日から、といったところだろう。


 話し合いの最中基本的にレムエルは黙って聞き、シュヘーゼンが集めた情報をゾディックと交し合っていた。

 現在流れている噂の詳細は、実際旅に出てその噂を作ったレムエルが話していた。時折りソニヤが捕捉を加えていたが、レムエルは誇張せずに謙遜する傾向が強いからだ。


 本格的に情報交換を行った結果、冒険者ギルド――冒険者内で囁かれている噂と冒険者がどう思っているか、という二つのことを知ることが出来、ゾディックは詳細を知ることで真偽を確かめることが出来ただろう。


 冒険者達は当初噂をそこまで信じていなかったが、実際に見に行くことでその真偽を確かめた者や現地から噂を広げようとする者が現れ、瞬く間にその噂が広がったという。


 商人が情報を大切にするように、冒険者も命を散らせない為に情報を大切にする。勿論財宝の隠し場所や素材の価格、魔物のデータ、武器の情報等様々な物を収集する。

 中には怪我等で引退した冒険者がそれまでに培った情報や人脈を使い、情報を売り買いする情報屋として活動することがある。


 情報屋はやりようによっては相手を破滅させ、自らもしがらみによって破滅する恐れがある危険な仕事だ。

 商人は商売の先取りをするために様々な噂や微細な変化まで求め、商売敵を出し抜こうと発起する。また、相手の思惑に乗らないような情報や逆に噂を流して相手に不安がらせたり、悪徳な商売をしている商会には周りの商会が一致団結し手を加えることもある。

 商売に関するのならこの辺が情報屋の仕事だろう。


 これが冒険者となるとまた変わり、『駆け抜ける閃光』のような強いパーティーには強敵が現れた時や滅多に見ない魔物のデータ、断り難い指名依頼の相手の情報等を入手したりする。


 新人を抜け出した半人前から一人前となった冒険者はそろそろソロで上を目指すのは危険となり、仲間を得ようと誘い始める。そこで情報屋は仲介屋の仕事も兼任する者がおり、相手の特徴や得意な事、どのようなパーティーにしたいか等を話し合い仲介する。その時に有望ならば人脈を作ることができるので格安で行い恩を売る。


 新人の冒険者は将来有望そうな者に声を掛け、面倒見がいい先輩冒険者に顔を繋ぎ、先輩冒険者は依頼料として欲している情報を得ることで新人冒険者の面倒を見る。先輩冒険者も紹介されるのは将来有望だと思われた者達なので、縁が繋げると断る者は少ない。


 この情報屋のおかげでレムエルの噂が瞬く間に広がったという。


 情報屋にも様々な者がおり、価値の高い物しか売らない者、情報が正確な物しか売らない者、相手を見てどこまで話すか決める者、逆に噂を交差させる悪辣な者まで様々だ。


 それに情報には食べ物と一緒で鮮度という価値が存在し、時間が経てば経つほどその価値は下がっていく。

 安い情報は誰でも買え、そこまで命がかかっていない情報と見られる傾向があるが、逆に言うと誰でも知っている可能性があり、どうでもいい情報に金を払う可能性があり嫌厭される傾向もある。


 だが、今回はどこの情報もその話をし、情報屋は出来る限りこの情報を売ろうと躍起になっているという。

 その理由としては冒険者や商人の活動が無くなったために、情報屋としての仕事が成り立たなくなっていたというのが挙げられ、少しでも改善できるような情報が出た場合出来る限り売りたいのだ。


 その結果思っていた以上のスピードでレムエルの噂は冒険者の間で広がっていき、広がった噂が飲み屋等で陽気になった冒険者が領民に伝え、領民は家族や友人にそのことを伝え、おばさん達は特にぺちゃくちゃと喋りまくり噂が誇張されて伝わる。

 勿論ばれたら危ないことは十分わかっているため、人々は小声で話すのが普通だ。


 ただ、王都に近づくほどそのスピードが衰え、冒険者ギルドも一枚岩ではないので国へ伝えようとする者がいた。

 そういった冒険者にも、そういった傾向のある者や国の息がかかった者がおり、国へ報告しようとする。

 だが、そこは王都に巣食うレジスタンスが全ての情報を掌握し、捻じ曲げると共にその者達の素性をすべてチェックし、ゾディックの下に匿名で届いていたという。勿論レッラの下にも届き、シュヘーゼンに伝わった。


 この判断はゾディックに任せることになり、今のところは脅威となり得ないだろうが今後の障害になると共に、国と独立した存在である冒険者ギルドが国と手を組んでいたこと――悪事のことで、ギルドと国が協力することは禁止されていない。そうしなければギルドの力を使って権力を行使しようとするからだ――を告発することとなった。

 ただ、今はその時期ではない為、もう少しレムエルが表だって動き始めてから動く時にするそうだ。

 この情報を使い見せしめとして冒険者ギルド内の風紀を正すことに使うつもりなのだろう。




「――こんな感じだな。この辺りの冒険者は誰でも知っていることだろう。殿下が近々演説をするという情報が広がっているが、信じているかは見て判断するという声が大きい」


 ゾディックはそう締め括った。

 それに一つ頷き、シュヘーゼンはゾディックに願うように訊ねる。


「そうか……。では、演説を踏まえた上でどのくらいの冒険者が参加してくれると思う? 勿論私達は強制するつもりは全くない。参加してほしいが、戦争を起こしたいわけではない。人数欲しさに言っているだけだぞ?」


 それにレムエルも頷いて同意し、レイゼン達はどういうことかと首を傾げる。

 どうやら彼らは戦力として冒険者が欲しいと思っているようで、その辺りの食い違いが出ているようだ。


 冒険者を雇うとすると戦力として考えることが殆どで、それが以外ではほとんど考えられない。

 だから、この話し合いは冒険者を国を変える為の戦力として、出来る限り参加させるためのものだと思っていたのだろう。

 だが、レムエル達は別に争い事を望んでいるわけではない。


 目標はあくまでもレムエルの名を国全土に知らしめ、国王から次代の王として継承することだ。


 名を知らしめるのはレムエルの方針である国民のための国造りをしやすくするため。別に広まっていないとしても今から国へ侵入し国王から王位を授かってもいいのだ。


 レイゼン達が見た瞬間に納得したようにレムエルの容姿は王族特有であり、瞳には上の七人の兄弟ですら持っていない『竜眼』がある。

 それを見せるだけで、中立の貴族がこぞってレムエルの下に付くことになるだろう。また『竜眼』はその秘密というか特性が分かっていない為、研究者や学者などもこぞって協力するだろう。

 さらに武力面で考えても精霊の力を最大限に引き出せるレムエルに勝てる者はほとんどおらず、正面からいっても上級の精霊を呼び出すだけで国王の下へ行けるだろう。


 結果協力してくれる貴族と共に城内へ入り込み、少数精鋭でレムエルの邪魔をしないように取り囲むだけで王になることは可能だ。

 ビュシュフスが何を喚こうが、取り巻き貴族がレムエルは王族でないと言おうが、その姿が何よりも証明し、国王自らが認めてしまえば何も言えない。


 それを今しないのは、今後の統治と先進的なレムエルの考えをやりやすくするためで、様々な機関と手を組み協力して乗り越えようとしているのだ。

 後で協力をしても良いが、そうすると周りの反応が争い事が解消したから手を組んだ、荒事に手を染めない卑怯者、お零れだけを貰おうとするなどと噂が流れ、結局協力の関係に亀裂が入りかねない。

 それを阻止するために今のうちに信頼関係を作り、国民を守るために一緒に立ち、困難を乗り越えることで障害を少なくするのだ。


 だから、冒険者が戦力としてほしいわけではなく、今後の統治や協力してくれたという証拠、当初からレムエルが言っていたように人数が多い方が反抗できる貴族も極端に減り、貴族の私兵にもとある噂を流すつもりでいる。

 その噂は今後に影響する可能性があるため危険性があるが、それをしなければ各地で死者が増える為仕方がないとも言える。

 全ての者が貴族のお零れを貰えるわけではないというのがヒントだろう。


「だからといって冒険者を戦力と考えていないわけではない。お前達も知っていると思うが、近々こちらに噂の真偽を確かめるということで第二王子アースワーズ殿下が軍を率いてくる。どのくらいの規模になるか分からないが、思っている以上に多くなるだろう」

「それに参加してほしい、ということでしょうか?」


 レイゼンが冒険者としての顔付きとなりシュヘーゼンに訊ね、仲間の冒険者も真剣さが見える。

 レムエルは変わった雰囲気に目を少し白黒させる。


「まあそうなるが、今のところ表立って戦争を起こす気はない」


 シュヘーゼンは目の前に置かれた飲み物を口に含み、喉を潤してからレイゼンを見やり続ける。


「お前達でもわかるだろうが、今戦争という大きなことを国内で起こせば帝国が黙っていないだろう。これ見よがしに攻めて来るはずだ。今来ないのは帝国が他の国に目を向けていることと、王国がもう少し腐るのを待っているからだろう」


 中に帝国へ情報を流している者がいるだろうが、それでも攻めてこないのは時期を見ていると思っていい。もしかすると手が入っているのかもしれないが、さほど問題になるようなことは掴めていない。

 帝国暗躍すれば必ずわかるはずだからだ。


 最近は警備が厳しくなったため、帝国への情報渡しが難しくなっていると考えてもいいかもしれないが、帝国とほぼ同等の国力を持つ王国、そして王国には豊かな土地が多くありそれを戦争で破壊するわけにはいかない。

 それを回避するために国を帝国の色に染め、内部から干渉しつつ王族を傀儡とし、出来る限り無傷で手に入れようと考えている節もあるとシュヘーゼンは考えている。

 そうでなければ冷戦状態が数十年以上続くとは思えないからだ。

 あれほど過去攻め続けていた帝国がいきなり他の国に目を移し、王国へ小競り合い一つしないというのはおかしな話だ。


「だからお前達には戦争には数合わせとしていてもらいたい。死ぬまで戦えとは言わないから、引き際を考えて戦ってほしい。そのために強さよりも数がどうしても必要になる。戦争を完全に回避できるかは別だが、こちらにも作戦がある。その作戦によって相手の戦意を崩す計画となっている」


 戦意を低下させる作戦とはレムエルに任せた力の誇示のことだ。

 まだ案が固まってはいないだろうが、この日のためにレムエルは精霊と話し合い、相手に攻撃することなく恐れられない威嚇攻撃をする内容を決めていた。

 難しいことだろうが、突飛なことが大好きなレムエルならば何かをやってくれると期待が出来る。


「戦意を崩す計画ですか? ……それは、私達が聞いてもよろしいでしょうか?」


 レイゼンは計画の要をランクの高いだけの自分が聞いてもいいのか戸惑い、仲間に目を向けながらゾディックを見やり、ゾディックがシュヘーゼンへ目を移してから訊ねた。

 レムエルからまだ聞いていない為シュヘーゼンはどう答えたものか悩んだが、ここはレムエルのことも同時に分かってもらおうと任せることにした。


「殿下、よろしくお願いします」

「うぇ!? ま、まだ決まってないよ?」

「分かっております。ある程度は決まっておられるのでしょう? そこまでをお話しください」


 レムエルは唇を突き出しながら「でもなー……」と言い渋るが、皆が自分を見ていることに気が付き、目をオロオロと彷徨わせ小さく息を吐き覚悟を決めた。


「わかったよぅ。――えっとね、一応今後も使える物を作ろうと考えてるよ」

「今後も使える物ですか? 攻撃する道具、というわけではないですよね」


 隣で一番理解しているソニヤがそういった類の道具ではないと決めつける。

 周りの者は一瞬そう考えたが、ソニヤに言われてそれもそうかと納得し、レムエルを見て続きを待つ。


「うん、攻撃する道具じゃないね。どっちかというと護る道具? かな?」


 小首を傾げながら疑問符を付けて言うレムエルに皆苦笑してしまい、レイゼン達はそう言われてどんなものなのかと推測する。


「護る道具……。鎧とか盾とかかな?」

「いや、そんなのじゃ戦意は落とせんだろう。噂のこともあるから精霊じゃないのか?」

「私もそう思うわ。でも、それだけで戦意が落ちるかしら? だってそれが嘘だと言ってしまえばそれまでだし、使える物を作るのでしょう?」

「あー、そっか。じゃあ、壁とか?」

「そうですね。それこそ噂では災害級のタイラントウォームを倒したとか。そのぐらいの戦力があれば聳え立つような王都の壁を作れるのではないでしょうか?」

「ああ、それなら今後も使える……のか?」


 冒険者がこういった戦争前の作戦や強さを誇示する話に興味が強いのは当たり前で、彼らは高ランクパーティのため大型の魔物を数十人のレイドで倒すときにリーダーを務めたりする。

 その際にこういった話し合いをするため、今もその時の要領で会話をしてしまったのだ。


 普通なら貴族を前にしてそのようなことをしないだろうが、気さくな自分達に近いレムエルを見て妙な落ち着きを取り戻し、シュヘーゼンも貴族らしくない為にこういった行為をしてしまったのだ。


 ゾディックは頭に手をやりやっちまったと仰ぐが、レムエルは全く気にしておらず、その話を聞いて逆にどのようなものなら驚かれるのか反応が分かったと喜んでいた。

 ソニヤとレッラはレムエルの笑顔を見て何を考えているのか機微に察知し、やり過ぎないように抑えるべきか悩んでしまう。

 だが、今回は突飛な方がいいため任せた方がいいと思うのも確かだろう。


「もういいかな? そろそろ続きを話したいんだけど」


 レムエルがそう嬉しそうに声を掛けるとレイゼン達はハッと気づき、ヘコヘコと頭を下げながらレムエルに謝り、ゾディックに頭を叩かれる。


「す、すみません!」

「いや、気にしてないからいいよ。僕一人で考えるより皆の意見も大事だからね。どんどん意見を言ってほしいよ」


 まあ、王族に意見を申し出るのは少々どころではなく困難だろうが、レムエルは本心でそうしてほしいと願っているためにどうするべきかレイゼンは悩んでしまう。


「まあ、とりあえず今思ってるのは地形も利用しようと思う、ってことかな」


 レムエルはレッラから王国の地図と駒を取ってもらい、皆が注目する中指を差しながら説明していく。


 地図はこの世界ではまだ紙ですら高価な物のため、軍事機密に近い扱い方となる。

 地図にも等級が存在し、誰でも手に入れられる周辺の観光地図の様な距離も何もかもが曖昧な、どこに何があるというのが分かる地図があるが、それでも銀貨数十枚必要だろう。普通は人に聞き案内を頼んだりするからだ。

 その上には正確な街等の地図、国の地図、正確な距離等細々としたことが書かれた軍事用の地図がある。他にも貿易用、行路用、戦争用、地形用等様々な地図があるが大きく分けるとこんな感じだ。


 軍事機密となり得る地図は国が厳重に管理し、重役や王族でも選ばれた指揮官しか見ることが出来ない。

 敵国に漏れて奇襲されたりでもされたら困るからだ。


「まず、ここは帝国から少しだけ離れてる。でも、そこまで離れてるわけじゃないよね。だから、戦場も選ばないと帝国に気付かれちゃうんだ」


 レムエルの言葉に全員が頷き、レイゼン達はなるほどと呟く。

 冒険者が戦争で作戦を考えることは稀なため、その辺りまでは考えが行かないのだ。


 レムエルのシュヘーゼンの領地を差す指は領地から出て、隣の三十年ほど前の戦争で武功を立てた騎士爵の小さな領地で止まった。

 彼の領地は騎士爵にしては大きな領地の代わりに平民からの成り上がりのため、他貴族から爪弾きにされたところだ。

 こういったことはよくあることで本人はどのように思っているか千差万別だが、このように帝国との国境と接するところに追いやられて思うところが無いわけがない。


 そして、その領地の中でも帝国との戦争を考えて二百年前に開墾された土地で指が止まる。


「僕にはこの土地がどういったところか分からないけど、精霊が言うにはかなり広いみたいだね。――シュヘーゼン、この土地は使っても大丈夫かな?」


 シュヘーゼンは近くの領地だったために以前確かめたことがあり、今回は軍で訪れるということで、周りで良い地形が無いか確認もしていたのですぐに思い出す。


「はい、その土地はかなり広大な土地です。帝国が攻めてきた時に対抗するために作られた平原地帯となっています。あれから二百年は経っていますから、もしかすると障害になるような生物や植物がいないとも限りません。ただ、二百年で木々が生い茂ることはありませんので、見晴しはいいかと思います」

「じゃあ、この土地が良いね。近くに村とかある? あと、領主に許可を得ることは出来るかな?」

「村は聞いてみなければわかりません。帝国との国境も近いためないとは思います。領主も温厚で領民思いな方だったはずですから、訊ねる時に聞いてみましょう」


 領主の名はレギン・アーチストといい、明るく気さくな人物だ。


 元々平民の成り上がり貴族にありがちな領民思いな性格で、出来る限りこの不況でもよくしようと頑張っている。

 だが、彼は元平民で貴族のような知識を持ち合わせていない為、中央から派遣された文官達が不正を行いながら領地の代行を行っている状況だ。

 それに気づいているが彼が口を出してもよくわからない為に何も言えず、口を出して中央から怒られるのは困るのだ。

 そのため彼は出来る限り自分で領地を豊かにしようと魔物の討伐による肉の提供や、開墾も同時に行い自分達の手で出来る限り住みやすくしようとしている。

 そのことでも小言を言われるが、武人の殺気が籠った睨みと領主であることを使いどうにか対抗している。


 派閥としては中立派で、彼自身がまだはっきりと決められないため、どっちつかずの立場にいる。


「お願いするね。軍が攻めてくるルートを考えると、そこを通過するだろうから嫌とは言えないだろうしね」


 レムエルの言葉に皆少し頬が引き攣るが、王都からのルートを考えるとその可能性が一番高く、噂の真偽を確かめるのならレムエルがいるところに来なくては意味がない。

 それが嘘だとして、シュヘーゼンの領地を蹂躙すると反感が大きくなってしまうのでそれはあり得ない。


「では、帝国に気付かれるのではないですか? あちらには少し遠いですが千人収容できる砦もあります。遠くを見るための道具もありますから、長々と言い争っていては攻められる恐れがあります」

「シュヘーゼンの言う通りです。軍が動きますからもしかすると帝国の見張りが勘違いし、王国が攻めてきたと思うかもしれません。そうなるような行為を慎むべきだと思いますが」


 二人がレムエルに進言するが、レムエルは首を横に振って駒を配置する。


 駒は帝国に背を向けるようの軍の駒を王都側から進められ、もう一つはシュヘーゼンの領地からレギンの領地へ入り対面するように置かれる。地図の外に帝国の砦の駒を置き、距離が合っているか訊ね少し修正を入れてもらう。


「このように配置する。少し軍の方が向きを変えることになるけど、誘導する様に方向転換させようと思う。まだそこは考えてないからまた今度ね。で、こうやって対面すると帝国は軍が動いても攻めてきているようには見えないよね。多分通る道もこの森林に囲まれた道を通ってくると思うし」

「確かにそれなら帝国には攻めてくるようには見えないでしょう。怪しまれるかもしれませんが、まず疑問を覚えるだけに留まるでしょう」

「では、態々軍に方向転換させる理由は何ですか?」


 軍事行動ということでソニヤが口を開き、レムエルに訊ねる。


「う~ん、そこはまだ本格的な部分が決まってないから何とも言えないけど、軍に威嚇攻撃をするのならついでに帝国にも威嚇攻撃をしようと思うんだ。まあ、護る物だから威嚇攻撃にはならないけどね」


 レムエルはそういって自分達側の駒の後ろに威嚇攻撃用の駒を配置し、帝国の砦に対面するように配置する。

 これで何をするのか大体理解できるが、レムエルが黙秘をしているため誰も口には出さない。


「これが攻撃だったら帝国を挑発してしまうから無理だけど、攻撃じゃなくて何か驚く様な物だったら攻めてこないと思う。それにこの戦争の終わり方も考えれば軍事演習だっけ? あと、帝国に見せつける為の演習だとも取られるんじゃないかな?」


 レムエルの言葉に皆が驚きを隠せず、シュヘーゼンは顎髭を触りながら口元をにやけさせる。


「まあ、他にも声とか、戦い方とか、時間帯とかその辺りを考えないと演習には見えないね。その辺りはシュヘーゼンに任せたいと思うんだけど……いいかな?」


 レムエルは最後にそう付け足し、頬を掻きながら鋭い目つきで計算をしているシュヘーゼンに問いかける。


「……分かりました。残り三週間で出来る限り準備をしてみましょう。殿下には驚かされました。何を作るのかは早めにお知らせください」

「うん、わかった」


 その後ゾディック達冒険者ギルドからの話が始まり、レムエル側と今のところ参加意思のある冒険者の戦力の照らし合わせが行われた。


 レムエル側の戦力は総大将レムエルとソニヤ、レッラとそれに付いてきた常闇餓狼百、こちらへ向かってきているイシス達五十、レムエルが回った領地三領主の合計私兵五百、シュヘーゼンの全私兵三百、諜報員たちも加えると千名弱となる。

 冒険者側はまだレムエルの演説をしてから決めるという声が多く、王族であるレムエルの噂が流れ始め、今の段階で参加意思のある者はレイゼン達を筆頭にこの辺りを掻き集めて百。

 この数字が大きいのか分からないが、ココロの町の冒険者全員で百にも満たないところを考えると、かなり多い方だと考えられる。

 そして、まだ依頼として出ていない為参加するか迷っている者もおり、数倍にその人数が増えると考えられる。


 合わせると千を越えた辺りが今の人数となる。

 それに領民の人数が加わるだろうが、相手が軍で動くということから人数による戦力は負けていると思われる。

 実際にもう少し先で判明するが、今のところアースワーズ側は一万規模近いという数だ。


「冒険者に参加させたいのなら、どういう理由にしろ依頼という形をとるのが一番だ。そうでなければ冒険者は動くことを良しとしない者が大勢いるからな。だが、この百人は依頼という形が無くとも今回のために集まってくれた者達だ」


 ゾディックは禿た頭を撫でながら、レムエルを見据えて言った。

 その目を正面から受け止めるレムエルだが、身体を課題のことだとびくりと震わせ、しどろもどろになりながら訪ねる。


「それでも無報酬というわけにはいかないよね? 依頼で他の冒険者を雇うのにその人達は報酬が無いって可哀想だもん」


 レムエルはそういうが、通常冒険者はギルドで依頼を受けなければどんなに動いても報酬をもらうことはない。

 それがルールというわけではないが、冒険者という職業は依頼を熟すから等価として報酬をもらう、というものだ。そのため依頼を受けていない仕事は報酬をもらうことが無い。

 それは仕事が終わった後に報酬をごねたり、依頼を受けていないということは仕事をしていないという感覚になる。

 他にも暗黙のルールに近い物が多々あるが、大概報酬の話は仕事の先に決め、無理そうなら依頼を受けない感じだ。


 今回のように依頼を受けた冒険者とそうでない冒険者に差が出るが、それは彼らが決めたことなので仕方ない面もある。

 そもそも依頼を出すのが分かっているのに、それより前に参加すると決めた方が悪いという考えだ。


「だから、今持ってるランドウォームの肉を上げるよ。兵士はシュヘーゼンが食料とかの準備をするけど、冒険者は自分でするんでしょ?」


 レムエルの報酬の話に困惑しているレイゼン達――ランクが高く古参になるほど保守的になるため、レイゼン達は報酬をもらうのか悩むのだ――はゾディックを背後から見つめる。

 ゾディックは腕を組んで悩み、ランドウォームと聞き噂と出没したという連絡が以前あり、マグエストでは緊急避難が行われていたそうだがすぐに倒されたという話だ。

 勿論ゾディックは冒険者ギルドで共有した話からレムエルだろうと見当を付けていた。他の噂についても各街の冒険者ギルドから話を聞き、詳細を噂以外からも入手していた。


「戦争中の冒険者は基本傭兵に近い扱いとなり、戦争の規模や状態、雇う者の位等で扱いがさらに変わります。冒険者は依頼を受けるか自分で決めますが、依頼主によっては知っての通り低報酬で緊急時の捨て駒とする者もいます。実力がある故と言えばそれまでですが、冒険者をする者はそれでなければ生きれない者が殆どです。そのため貴族から見ると捨て駒という意識が高いのが現状です」

「え?」

「殿下は優しいお方なので憤りを感じるかもしれません。ですが、それは何百年と前から続いていることです。変えたいと願うのなら、殿下自らその過ちと思えることを正していくしかありません。我々冒険者が意見を言うと打ち首になりかねませんから」


 ゾディックの言葉にレムエルは冒険者の真実を少しずつ知っていく。

 ただ、いきなり捨て駒だと言われ何と言って良いのか頭が真っ白になる。


「まあ、それは今は置いておくとして、冒険者はこういった場合自分達で食料や消耗品、装備品などの準備を行います。ただ、テントや治療具、簡易備品、想定よりも日数が多くなった場合は手当が出ます。そうでなければ冒険者が依頼を放棄し帰る可能性があるからです」


 冒険者は依頼を受ければそれを完遂するものではなく、依頼の内容と報酬を見て受けるか決める。戦争の場合住むところが攻められるから否応なく、低報酬でも加わることになる。

 だが、その依頼の内容に過ちがあった場合――相手の魔物が単体ではなく番いだった場合、上位種までいた場合――依頼主と冒険者ギルドに報告し、依頼内容に不備があったということで依頼を無条件で放棄することができる。

 依頼を受けるのはそのランクに見合ったものが設定されるため、そのランク以上の危険度だった場合命を落とすからだ。いくら冒険者とは言え命を無駄に散らせるわけにはいかないための処置だ。


 レムエルは頭の中で知っている冒険者と少し相違があることにぐるぐると苛まれるが、今はそんなことを考えている場合ではないと頭を振って隅に追いやる。

 いつもならそれに食いついてしまうレムエルだが、この四カ月で優先するべきことを学んだのだろう。


「じゃ、じゃあ、どうしたらいいの? その人達にも依頼を受けてもらったらいい?」

「そうですね。私は殿下の好きにすればいいと思いますが、どうしても報酬を与えたいのなら待遇を良くするのが良いでしょう」

「待遇? それでも差が出るよ?」

「勿論、依頼内容に食事つき、素材も提供とでも記入すれば、ランドウォームですからBランクまではそれが報酬になるでしょう。それほどランドウォームの素材は高級ですからね。Aランクとなると――」

「私達は別にそれでもかまいませんよ。まあ、一言いうと金銭を貰えなければこの戦争が終わるまで苦労します、ということですが、ランドウォームの素材の代わりに金銭を貰うことも出来ますよね?」


 唯一のAランクパーティーであるレイゼンがゾディックの言葉を引き継ぎ、レムエルに高ランク冒険者の待遇を意見する。

 確かにいくら強くとも暮らしていくのにはお金が必要であり、食事等を与えると言っても戦争が永遠に続くわけではなく、何か動くときにその際の報酬として必要だ。

 そのためレムエルが王になるために何回冒険者を雇うことになるか分からないが、その回数分報酬を払うことになる。


「まあ、高ランク冒険者はそれほどいないだろうから、素材の代わりに金で報酬をもらうのは構わない。その素材も後に使えるからな。金についても殿下のおかげで少し余裕が出ている。ただ、現在の相場で払うことになるだろうから、いくらランドウォームの素材と言ってもそこまで高くないだろう」

「だろうな。Aランクパーティーの報酬よりも少し低くなるだろう。まあ、戦争の報酬から言えば妥当な所だろう。あとは別で話し合った方がいいだろう」


 ゾディックがそう締め括り報酬の話は一旦終わりとする。

 そして、再び戦力の話に戻った。


「冒険者は今回だけで五百人は集まると考えている。このままこれを乗り切り、希望となれればさらに増えるだろう。これも殿下のおかげですよ」


 ゾディックはそういって出来る限り優しく微笑み殿下によくできたと褒める。


「ぼ、僕? 僕何かした? いろんなことをしたけど、冒険者が喜んで参加してくれるようなことはしてないと思うけど……。それにゾディックに言われた王に必要なこともよくわからないし」


 レムエルは考えないようにしていた課題に段々と俯き始め、レッラとソニヤが心配する。

 だが、ゾディックは呆気に取られた顔をしており、すぐに大きく笑ってしまいソニヤ達が睨み付けるが、ゾディックは気にした様子もなくレムエルに謝る。


「いや、笑ってすみませんでした」

「気にしてないからいいけど、何か面白かったの?」

「いえいえ、殿下は既に私が出した課題を達成しておられるのに気付いていないからですよ。いえ、達成は元々していましたが、それに磨きがかかったというべきでしょう。本当なら気付いてほしかったのですが、今の殿下でも十分だと思います。それが百人という冒険者の数に現れています。――殿下はどこまで分かりましたか?」


 ゾディックは眉を顰めて首を傾げているレムエルにどこまで分かったのか訊ねる。


「とりあえず、王になるというより上に立つのなら頼られることが大事だと思ったよ。頼られると言っても何でも任されるんじゃなくて心の拠り所みたいな感じかな? この人がいれば大丈夫とかね。で、王になるんだったら皆を纏めることも大事だと思うけど、それよりも誰が困ってるのか知って対処することだと思う」

「どうしてそう思われるのですか?」

「だって、今国を動かしてる第一王子は皆のことを考えてないから僕達のように反乱が起きるし、国民は苦しいのに希望が無いから下を向いて生きてる。なら、僕はそうならないように国民一人一人は無理でも。苦しい人が一人でもいなくなるように努めるしかないと思ったんだ。対処出来ないこともあると思うけど、出来る限り国と国民を豊かにしたいって思うよ。旅をしていてやっぱり笑顔を見れると嬉しいもの」


 レムエルは胸の前で祈るように手を組み、眼を閉じて各地を回った時に見た皆の笑顔を思い浮かばせる。

 それを見た面々がレムエルの雰囲気に飲まれ惹きつけられるが、開けた目と合うことで現実に引き戻される。


 これがレムエルだけのカリスマ性だ。


「――分かりました。ですが、殿下はそれでも足りないと考えているのですか? 私は十分に達成していると思いますが」


 そうゾディックに言われてレムエルは驚きに目を瞬かせる。

 ソニヤ達は気付いていたが苦笑するしかなく、この辺りもレムエルが好かれるところだろう。


「え? そうだったの? 僕はてっきり王になる心構えとか、貴族を全員従えるとか、国民一人一人を豊かにするとか、冒険者にも好かれて参加してもらうとかだと思ったんだけど……違った?」

「違いませんが、私は殿下にカリスマ性――この人に付いて行きたいという心を抱かせることだったのです。殿下も仰った心の拠り所、というのが的を得ている気がします」

「じゃ、じゃあ、僕は無駄に難しく考えてたってこと?」

「いえ、無駄ではありません。王になっても勉強し続けることは大切ですし、私もギルドマスターになって十年以上が経ちますが、いつも勉強することで一杯です。殿下にはその考える力と今の状態を変えずにしてもらいたいです」


 ゾディックの言葉にレムエル以外全員が頷き、レイゼン達は完全にレムエルの心に触れ、出来る限り力になろうと決めるのだった。

 このように冒険者自ら参加意思を持たせれば志願兵や義勇兵として参加してもらえ、食料等の提供をするだけで良くなるだろう。


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