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第六話

 次の日。


 レムエルは久しぶりにもう一人の義姉であるレッラと再会出来たことに喜び、夜が更け皆が寝始める頃まで興奮した状態が続き、ずっとこれまでの旅の話をしていた。

 レッラは走って来たということから、相当疲労が溜まっているだろうにレムエルの話を楽しそうに聞き、レムエルの機微に合わせて相槌を打っていた。

 話している内にレムエルはうとうとし始め、そこへソニヤが現れ二人で寝かしつけたのだ。


 そのためいつもより睡眠時間が短く、いつもなら既に身支度を自分で整え始めているのだが、今日はまだ眠っていた。


「……ん、んん……」


 朝の日差しが薄いカーテンの隙間から漏れ、丁度レムエルの幼い横顔を直撃する。

 レムエルは眩しさに顔を顰め、毛布をもぞもぞと下へ降りながら被り、柔らかく大きな枕に埋もれるように隠れた。出ているのはレムエルの白いメッシュが目立つ日差しが当たり輝く綺麗な金髪だけだ。


 今の気温は夏になり掛けということで、レムエルは厚めのタオルケットの様な布団を使っている。

 とはいえ、王国はそれほど気温の上下が激しいところではない為、今の季節だと少し肌寒いと感じる者もいるかもしれない。

 それに当てはまるのか、レムエルは被ったために出ることになった素足を擦り合わせ、絹のパジャマを器用に指で摘まみながら温かくしようと画策する。


 そこへ数度ドアをノックする音と声が掛けられた。


「レムエル様、起きておられるでしょうか?」


 この声はレッラのようだ。


 レムエルより疲れているはずにレッラが早いのはメイドだからだろうが、聞いた話ではいろいろなことをしていそうなため慣れもあるだろう。


 レッラは返って来るはずの声が返って来ないことに内心首を傾げ、音を立てずにドアを開け、中を覗きながら状況を確かめる。

 先にカーテンの閉まった窓や勉強用の机が視界に入るが、昨日レッラが片付けた位置と変わっておらず、着替えているのかと思ったが物音も気配もしない。

 まだ寝ているということに気付き珍しいと思うが、昨日のことを思い出せばそれも当たり前だと思わなくもなかった。


 レッラはレムエルが寝ているベッドまで歩み寄ると、もぞもぞと無意識に動いているレムエルにクスリと笑みが浮かぶ。

 動いたことで少し出た寝顔にまだ幼さを覚え、昨日感じた凛々しさが嘘のように思えた。

 だが、村にいた時よりは青年に近づいてきているのが分かり、気付けばレムエルの乱れている髪を掻き分け、優しい手付きで額から顎までのラインを撫でていた。


 すべすべの木目細かな柔らかい肌の弾力に指が少し埋まり、寝ていると女性にも見えると失礼ながら思ってしまう。


「ん……」


 少しくすぐったかったのか声が漏れ、女性のような桜色の唇がムニャムニャと動き、頬に当てられているレッラの手を握り締めた。


 レッラは驚きに声を漏らしそうになり、誤魔化すかのようにレムエルの肩をポンポンと叩きながら、微笑みを浮かべて声を掛けた。


「レムエル様、起床時間となりました。そろそろ起きないと会合に遅れます」


 ゾディックは既に数名の冒険者を連れて『ルゥクス』まで来ているという。

 到着したのは昨日と報告があり、シュヘーゼンは屋敷へ招待したのだが、『ルゥクス』の冒険者ギルドに用があるということで断られていた。

 現在は近くの宿屋でこちらに来る準備を整えているだろう。


 ゾディックが断ったのはそれだけでなく、冒険者という性分が堅苦しい雰囲気を嫌がり、ゾディックも調べ上げているので続々と集まっている者達のために遠慮したのだろう。

 その辺りの配慮が見た目のごつさと合っていないのだ。


「ん、んー……ん? ぁ、レラだぁ」


 起こされたレムエルは薄く目を開け、猫手で目を擦りながらレッラに抱き付いた。

 しかも握っていた手を身体を転がしながら引っ張り、レッラはレムエルに覆い被さるように倒れかけてしまう。ギリギリ手を付くことで保てたが、ベッドが思った以上に柔らかく、レムエルの力も想像より強くなっていたために身体が接触していた。


「レ、レムエル様!? し、しっかりしてください!?」

「んふふふ……。レラは柔らかいねぇ。それに……良い匂いがするぅ」


 当然レッラは冷静さを珍しく欠いてしまい、狼狽えながらレムエルから離れようとするが、レムエルは逃がさないとばかりに腰に手を回し抱き着く。

 変な笑い声を上げるレムエルだがその目はトロンとしており、半分以上瞼が閉じていることから寝惚けていることがまるわかりだった。


 レッラの背中を肩甲骨から反っている背筋を通り、しなやかな獣人の筋肉をもう片方の手で揉みながら、反対の手は背筋から尾骨の上にある黒く白い斑点のある尻尾まで到達する。もう少しでお尻に到達しセクハラ――今でも十分セクハラだ――になりそうだが、レムエルは慣れた手付きで尻尾を掴み擦る。


 レッラの尻尾は物心つく前のレムエルからのお気に入りということもあり、本人も好きで耳を含めて丁寧に手入れをしている。

 現在、その尻尾はレムエルに抱き付かれたことで驚きに毛が膨張しているが、嬉しさにピンと立ち喜んでいるのがまるわかりでもあった。

 更にいつもより強気に出ているレムエルに戸惑い、ギャップ萌えの影響も合わさって、レッラは無理やり放れられるにもかかわらずされるがままになっていた。


「ぁ、ん……んぁ、あん……」

「んふふ……気持ち良いぃ」


 無駄に間延びした声がレッラの耳元で掛けられ、レムエルは頭を擦りながら鼻の穴を少し広げて匂いを嗅ぐ。


 恐らく、女性特有の甘い匂いと手入れするときに何か使っているのか、その匂いが鼻に付いたのだろうが、もう完全にセクハラである。

 発言も柔らかいとか、良い匂いがするとかで、手付きも優しく思いやりがありつつも、慣れた際どい手付きからより強く感じる。


 レッラは艶やかな声を漏らし、身悶えながら息がかかる度にビクリと体を震わせ、レッラ自身もレムエルの爽やかな甘い匂いに頬を赤らめる。


 聞くだけだと親父臭いレムエルだが、実際に見てみるとそんなもの欠片も感じず、中性的な顔立ちの美少年と猫耳尻尾のメイドが戯れているようにしか見えない。

 それに主と従者、ご主人様とメイド、青年になり掛けの年端もいかない少年と二次元にのみ許される猫耳美人メイドとのやり取りだ。

 羨ましがることはあっても、否定されることはまずないだろう。


 本当に嬉しそうに笑っているレムエルは単に目を開ければ目の前にレッラがおり、久しぶりに会うということから拍車が無くなり、逆に潤滑油でも掛けられたかのように滑らかに進んでいる。

 いたって本人にやましい気持ち等一切なく、純粋に接しているつもりだが、寝ぼけている効果がかなり高い。


 対してレッラは歓喜と羞恥に顔を赤らめ、手を解こうとするがどこか力が弱く、レッラ自身も受け入れていた。

 メイドとしてはあり得ないだろうが、レッラも久しぶりに会えたということで、義姉としての気持ちが強く出てしまっていた。

 内心混乱しながらもこのひと時を喜び、貴重な強気レムエルのされるがままになっていた。


 ソニヤなら鼻血を出し自分もレムエルに抱き付くだろうが、すぐにレムエルは目を覚まし、このひと時は終わってしまうだろう。

 だが、レッラはされるがままで、優しい義姉として春の到来を伝える風のように母性で包み込み、レムエルの寝惚け時間を大幅に増加させていた。

 そこをソニヤが見つければ怒り心頭でレッラを引き剥がすのだろうが、あいにくソニヤは朝稽古に宿舎の方へ行っており、更にドアも閉められているため声が漏れることもなかった。


「んー……レラぁ……。ん? レラぁ?」


 五分ほどレムエルの好きになっていると次第に覚醒し始め、声はまだ間延びしているが手の動きが止まる。

 その隙にレッラはレムエルの手を尻尾と身体から外し、何事もなかったかのように着崩れている身嗜みを整え、一瞬で気持ちを抑え込みレムエルを今度は揺すって起こす。


「レムエル様、そろそろ朝食の時間です。遅れてしまいますよ?」


 少し声が上ずってしまうのは仕方がないが、レッラほどのメイドだからこの程度で済んでいるのだろう。

 並のメイドでは敬愛し、姉弟の様な関係の御主人にあのようなことをされれば声を上げてしまい、身悶えて気絶する可能性が高い。しかもレムエルの容姿はピカ一で、敏感な場所を知っているかのように動くのだから手に負えない。


「ん、んー……あ、レラ、おはよう」

「はい、おはようございます。レムエル様」


 声のトーンも元に戻り、寝惚けていたために何も覚えていないのか、それとも夢だと割り切ったのか普通に挨拶を返す。

 少し恥ずかしそうなのは起こされたことに対してだろう。そうでなければ気弱で初心なレムエルのことだから、恥ずかしさに顔と白い肌を真っ赤にするはずだ。


「……ん? レラ、顔赤いけど風邪でもひいたの?」


 少し前屈みになり手に持つ櫛で、上体を起こしたレムエルの正面から抱くように髪を解くレッラに、レムエルは心配そうに尋ねる。

 どうやら顔の上気まではすぐに治せなかったようだ。


 一瞬体をビクリと動かし狼狽えてしまうレッラだが、レムエルは寒くて震えたのだと勘違いし余計に心配そうな顔で覗きにかかる。

 だが、レッラにはレムエルの髪を解くという使命があり、いたって普通に無難な答えを返すしかなかった。


「い、いえ、大丈夫です。少し疲れているのでしょうか」

「そっか、無理しないでね」

「はい。レムエル様の寝顔が久しぶりに見られましたから、疲れも吹っ飛びますよ」

「うぇ!? にゃ、何を言ってるの!? 僕の寝顔? そんなので癒されるわけないじゃん! 可愛い女の子じゃないんだよ?」


 ウフフと笑い、レッラは先ほどの醜態の意趣返しを口にし、レムエルは見るからに顔を真っ赤にして狼狽えはじめる。


 レッラはその反応を見て昔のことを思い出してしまう。

 名も無き村ではレムエルの世話を皆で行うことがあり、母親は介護なしでは体を起こせても歩くことが出来なかった。だから、レムエルが基本手伝っていたが、トイレや着替え等は召使やレッラを中心に手伝っていた。

 そのためレムエルの寝顔を更けてから見ることもあり、風呂はなかったが身体を拭いて綺麗にすることはあった。

 その度に恥ずかしそうにし、初心なのが見て取れていた。


 それが今も変わらずにいるのがレッラにとっては安心でき、凛々しく変わるのは勿論嬉しいが、過去のレムエルと変わってしまうのはやはり不安なのだ。

 レムエルにはずっと誰にも優しく、護りたくなる気弱なままでいてほしいと村の連中は思っているだろう。






 身支度を整えたレムエルはレッラを従えて朝食を食べに食堂へ向かう。

 すでにソニヤが朝稽古から戻り、いつもの席に座っていた。

 髪がしっとりとしていることから風呂にでも入ったのか、いつも邪魔にならないように括っている髪を垂らしている。


「遅れてごめんね。さ、食べよう」


 レムエルは既にシュヘーゼンも座って待っていたことに一言謝り、焦らずに席へ着く。


「寝坊ですか? レムエル様にしては珍しいですね。やはり、昨日遅くまで起きていたのが原因ですよ」

「え、あ、うん! これからは気を付けるよ」

「ん? まあ、分かって頂ければいいですが、別に寝坊してもこの時間帯ですから緊急時以外は大丈夫ですよ」

「え、うん。それよりも早く食べよ? お腹空いてるんだよね」


 いつもより遅かったレムエルに顔を寄せて的確な指摘をしたソニヤに、レムエルは何故か慌てながら顔を赤くする。

 その変化に首を傾げるソニヤだが、レムエルが何か誤魔化していると気づきながらも、レッラが微笑んでいるので大丈夫だろうと判断した。


 どうやらお風呂に入った時に頭を洗いその匂いが鼻に付いたことと、先ほどのレッラと同じく顔を近づけてきたのでやり取りを思い出してしまったのだろう。

 レッラはそれに気づき、愛しい弟を見る様な微笑ましい笑みを浮かべていたのだ。


 すぐに朝食が運ばれ、レムエルは真っ先に食べ始める。

 レッラは毒見をするべきか迷ったが、村でのことをすぐ思い出し大丈夫だろうと判断した。


 信用できるところでもそろそろ毒見役が必要となるのだが、レムエルの場合それがほぼ必要ない。

 それもレムエルの周りにいる精霊――特に木の精霊と風の精霊を主体に毒の精霊等――が力を合わせ、仮に毒を入れられていても瞬時に判断し教えると共に、レムエルが服毒してしまった場合解毒の魔法を行使するようになっている。


 これはレムエルがまだ幼い、部別の判断が付かなかった頃、草木の足元においしそうな苺に似た果物を食べてしまった時があった。

 その苺はポイズンベリーと呼ばれ、毒自体は腹痛や頭痛とそこまで酷い物ではないが食中毒に似た症状が出ると有名だ。暖かい気候と植物が育つ条件が揃っていればどこにでも生え、毒は中にある柔らかい種にあるのでそれを除ければ普通に食せる果物でもある。

 だが、レムエルはそんなこと知らずに食べてしまったので、その場から動けなくなってしまった。

 初めて覚える痛みに泣き出してしまい、その時はすぐに精霊が気付き解毒したので問題はなかったが、その影響で精霊はレムエルの周りの毒に敏感となっている。


 そこまでしてくれるのはレムエルだからであり、友達だからだ。

 それに最近は毒を探すのも宝探しのようで面白いそうだ。

 精霊が毒探しをしてくれているため、普通の人間が毒見をして調べるよりも精度が高まり、嘘をつかない精霊がレムエルを害することはないと思えるので安心して任せられるということだ。


「今日の新作はクロワッサンと呼ばれるパンとなります。何でも過去呼ばれた英雄が残した物のようで、私の知人が作り方のレシピを教えてくれたのです。本日はそれに私なりの工夫を加え、真ん中に甘味を抑えた生クリームと表面に粉にした砂糖を振ってみました」


 料理長が今日も力作です、とばかりに興奮した様子で説明する。

 これは毎回行われていることで、レムエルが喜んでくれるのが料理人として何よりも嬉しく、レムエルが王族だからではなく、料理人にとって美味しく食べ嬉しい一言を言ってくれるからだ。


 クロワッサンは三カ月型ではなく台形型をしており、その中央に切れ目が入ったホイップクロワッサンのようだ。

 生クリームもやや黄色味が差していることからカスタードでも入れているのだろう。

 表面はカリカリになり、その上に雪のような粉がまぶしてあるのがとても綺麗で美味しく見える。匂いも極上で、食後のデザートとして合うだろう。


 レムエルはその初めて見る形のパンに目を輝かせ、食の終わりに甘い物が食べられると喜び笑みを料理長へ送る。


「……うん! 今日も美味しいよ! くどい甘さが残らないからすぐに食べられちゃうね。いつもありがとう。でも、これって結構手間じゃないの?」

「いえいえ、レムエル様が喜ばれるのなら少しの苦労等あってないようなものです。それに私の仕事は美味しい料理を作ることです。料理とは手間暇を掛けて美味しい物を作ることにあると思うのです。勿論、誰でも作れる簡単な料理も美味しく出来れば苦労をしません。美味しさの秘訣はたくさんありますから」

「そうだね。愛情は最高の調味料っていうし、相手への思いやりとか入ってれば美味しくなるもんね」


 また問題発言をするレムエルだが、料理長にとっては料理の真理に辿り着いたような錯覚を覚え、全身に電気が走り背後に稲妻のエフェクトが起きる。

 今回のレムエルの発言は料理長以外にはなるほどと納得され、誰もこの場にいる者は結婚していない為よくわからなかったが、シュヘーゼンやバルサムは軍役時に女性からの夕食を食べて心が踊った覚えがあり、ソニヤやレッラは村での出来事を思い出す。


 レムエルが料理を作ることはまずさせなかったが、どうやら料理人の魂が入っているようで、母親の誕生日に料理の手伝いをしたいと言った時に発覚した。


 剣捌きもかなりのものだが、包丁捌きはその上を行くという。

 レムエルの性格から動物や人を相手にする剣捌きは歯止めがかかり、食材を相手にする包丁捌きは嬉々としてできるのだろう。

 召使達が絶賛し興奮したほどだ。

 勿論料理の味も確かで、性格から何か混ぜそうになると思えるが基本に忠実で、味見をしっかりとした方がいいと教えられたために失敗することも少ない。

 母親の体調が良い時は一緒に料理を作ったりしたほどだ。




 朝食を食べ終わると時計の針が九時を指していることに気付き、食休みをした後すぐに会合の準備に入ることになった。


 レムエルはレッラにもう一度身嗜みを整えられ、最後にこの日のために作った装備を身に纏ってもらうことになる。


 これはそろそろお披露目もするため一緒にいることになるゾディック達に感想を聞き、冒険者にとってどのように見えるか聞くためだ。

 国民には派手であれば――派手すぎると王族だから金をかけてると思われるため、機能重視となっている――目に留まるからいいが、冒険者の場合国民と装備を見る目が変わるため感想を聞きたいのだ。

 聞いたからといって変えることは難しいだろうが、多少の工夫を施すことは出来るかもしれない。


「うわぁー……派手だね……。これを僕が着るの? 今着てるのじゃダメ?」


 目の前にある白銀の輝きを放つ軽鎧を見て絶句する。

 その肩には鎧に付属された留金を首元で留められたマントが羽織られ、マントは表に銀糸と金糸で鮮やかなレムエルの紋章が縫われ、黄から橙へと変わるグラデーションで細かい模様に染められている。裏地は深い青色だ。


 その下に軽鎧を身に付けるのだが、その軽鎧はマントと同じ色合いのコートと一体化しており、金色の縁が良く栄えている作りだ。腰にはこれまたシンプルだが美しい作りのベルトが二本あり、一本は太めで胴を護る防具を留め、もう一本は剣の鞘やコートが邪魔にならないように留めるものだ。

 コートはドレスのようにも見え、歩きやすいようにスリットが入り前掛けのようだ。


 さらにその下はどこにでもある黒い生地のインナーと変わり映えしない。

 やや金色の光る素材で作られた甲に紋章が彫られた小手や、使うかどうかわからないが馬に乗るのなら盾を用い、少し長くなった髪を留める為のクラウンもある。


 どこにも宝石が使われていないのは機能重視であり、宝石に見えるのは実は魔宝石だ。

 魔宝石とは魔力を帯びた宝石のことで、種類によって効果が違うが魔力を使い、その装備品に能力を付けることができる。

 首元の大きめの青緑色に輝くブローチがある。

 胸元に入れることも、マントの留金に留め固定することもできる。

 効果は守護や癒しをしてくれる支援効果だ。

 下位の魔法を防ぐこともでき、これ一つで少し豪華な家を買うことが出来るだろう。


「ダメです。はっきり言いますが、あれでは目立ちません」

「目立つ? 嫌なんだけど……」


 露骨に嫌そうにするが、押しにも弱いため言いきられれば観念するだろう。


 前の白い鎧も国の宝庫にあった物で、装備者に合わせて大きさを変える稀有な効果があった。他にも物理耐性と魔法耐性が少しあり、多少の攻撃ではビクともしないほどだ。

 だが、作りがシンプルで、白い鎧は白銀ではなく本当に真っ白で、陽が当たれば光るだろうが輝きが全く違う。

 普通に装備しているのならいいだろうが、これから目立ち総大将として立つのなら用意された鎧が良いだろう。


「気持ちは痛いほどわかります。ですが、レムエル様を国民に知らしめなければなりません。その時に目立たない格好だと誰が旗頭なのか分かってもらえないです。それにレムエル様は素材が良いですから、普通の装備品では装備品の方が劣ってしまいます」

「そ、素材? 僕は普通だと思うけど……」

「いえ、あり得ません。ソニヤから聞きましたが、『竜眼』が一段階上へ上がったそうですね。その時黄金色の神々しいオーラを纏っていたとか」


 レッラに身支度の準備をされながら言われ、あの時の感覚を思い出し頬を掻く。


「あの時は一心不乱だったからね。誰も死なせたくなかったし、僕がしないとだめだって思ってもん。まあ、今思えば危ないことをしたと反省してるよ。あの時の奴がもう一度出せるか分からないけど、確かに派手に輝いてた」


 かなり恥ずかしいと思うレムエルだが、『竜眼』を使っている時は気持ちも高揚しどうも思わなくなるようだ。

 後になって恥ずかしく思うのはかなり精神的に来るだろう。


「私も見たかったですから、よろしくお願いしますね。――それで、そのオーラが出た時にしっかりとした装備でなくては見栄えが良くありません。それにこれからは王族として進むことになります。その時に見栄えが悪いと今後に影響しかねません」


 レッラの苦言にレムエルは首を傾げて質問を返した。


「えっとー、貴族は見栄を大事にするから、みすぼらしい姿だと侮られるとか?」

「はい、その通りです。王族ではないと今の貴族は言いかねませんし、見た目で判断し敵に回る貴族もいます。統治できてもみすぼらしいのが印象では嘗められてしまいます。そうなると大変ですよ? 見せつける為の服装というのもあるのです」


 レッラは有無を言わさずにレムエルの服を脱がせていく。

 レムエルは自分でやると言ったがこの鎧は作りが違うから着れないと言いきられ、少し恥ずかしそうにしている。

 だが、脱がされているのは自分で出来るのではないかと思う。


「わかった。仕方ないからこれを着るよ」


 レムエルは観念したように、この四か月間で多少の諦めも大事だと学んだのかもしれない。

 それにこういった場面では何も知らない自分より、国や貴族等いろいろと知っている者に任せた方があっているのだろうと考えた。

 ただ、本当に嫌だと思うと否定はするだろう。今回は似合いそうになかったり、目立つから嫌だと言っただけなのだ。


「ありがとうございます。さ、御着替えしましょう」

「で、でも、あの白い鎧は取っといてよ? あれ皆からの贈り物だし、結構気に入ってるんだもん」


 レムエルは少し唇を尖らせてせっせと鎧の留金を外していくレッラに言う。


「分かっていますよ。少しガタが来ていたので修理に出しています。今回のことが終わる頃には返って来ると思いますよ」

「そうなの? まあ、新しくなって返って来るのなら別に文句はないよ」


 レムエルはそういうと腕を横にあげてレッラが着させやすいようにし、指示に従いながら次々に着替えていく。




 それから二十分ほどかけて全て着こみ、この鎧には装備者の体格に合わせて形を変える魔法を掛けられていないので違和感を覚えるだろうが、レムエルの体格に合わせて作り上げてあるのですぐになくなるだろう。

 本当なら職人が傍で見ながら着こむのが一番良いのだが、完成したのが昨日と、お披露目が終わった後でも調整は出来るということで、後回しになった。


 レムエルは大きめの縦に長い鏡の前で本当に似合っているのか疑問を覚えながら、手を上げたり、足を曲げたり、身体を捻ったり、剣を携えたり様々な行動をする。

 端の方でレッラが微笑ましい笑みを浮かべて見守っている。


「本当に似合ってる? 不相応じゃないかな?」


 剣を抜き放ちながら訊ねるレムエルにレッラはとんでもないとばかりに褒め称え始める。


「とんでもないですよ。レムエル様の容姿に合いとてもお似合いです。レムエル様は見栄を張るためのキラキラとした鎧よりも、このように機能を重視したシンプルな作りの方が似合います。良い物と良い物を掛け合わせて必ず良い物が出来るとは思えません。レムエル様は優しく誰からも愛される雰囲気をお持ちの方ですから、鎧に目が行くものではなく、着た者を惹き立てる脇役の様な鎧がいいのです」

「そ、そうかな?」

「ええ、間違いありません。素材やマントはロックスのゼノ様の製作、胸元の魔宝石はアクアスの産出、鎧の加工はマグエストの職人がしてくれたそうです。ルゥクスからはコート等の服を専門に作っているそうです」


 レムエルはレッラにそう告げられ感謝の気持ちで一杯になり、旅の間で仲良くなれた四人の領主の顔を思い描く。その傍にはいろいろなことがあったが関わった国民や重鎮の姿があり、笑顔でレムエルに何かを語り掛ける。

 今度お礼に行くと決めるが、彼らからすると鉱山の件やレースの復活などの感謝の品だったりする。

 これでお礼を返すとまたお礼を贈る、の循環が出来るだろう。


「それと領主様方は来れませんが、兵を出してくれるようです。一週間後に着くと思われます」

「わかった。着いたら挨拶に行った方がいいのかな?」

「いえ、あちらから来させないといけません。態々会いに行くのは相手を驚かせますから。他にも様々な人が来ると思うので、レムエル様はどっしりと構えていてくださればいいです」


 庶民的な思考のレムエルは自分から行った方がいいと思うが、昔からレッラには叶わないので言い切られれば仕方ないと潔く下がる。


 全て着こみレッラでもできる確認をした後、精霊からもお墨付きをもらったレムエルはゾディックが兵士に連れられ向かってきている報告を受け、シュヘーゼンの執務室ではなく、この日のために準備した会議室の様な場所に移動した。


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