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第三話

 レムエルはココロの町の冒険者ギルド、ギルドマスターゾディックから知らされた火急の要件を片手に握り締め、皺くちゃになった手紙を受け取ったソニヤはすぐにシュヘーゼンへ話を通しに向かった。


 既に起床し、そろそろレムエルを起こそうとしていた矢先だったためソニヤは身嗜みを整えていたが、レムエルは皺のある寝巻に寝癖だらけの頭髪、涎も少しだけ跡があり口元がうっすらと白い。

 レムエルはソニヤに注意され少し恥ずかしそうに身を小さくし、近くを通ったメイドにレムエルの身嗜みの手伝いをしてもらう。


 身嗜みを整えたレムエルは丁度部屋に入って来たバルサムに案内され、二人が待っている食卓の場へと向かった。

 その顔はどこか真剣でどうしたらいいのかという感情が読める。


「遅れてごめんね」

「いえ、今情報を集めているところです。もう暫くかかりますか先に食事を済ませましょう」

「わかった」


 レムエルはソニヤの傍であるいつもの席に座ると二人の顔を確認し、一斉に食べ始める。

 今日は昨夜以上に待機しているメイドが少なく、厨房からはいつものように召使達の食事を作る音が聞こえる。違うところは廊下や外から声が聞こえ、慌ただしくしている所だろう。


 レムエルもどこかそわそわしており、美味しい食事にいつも目と舌の意識を奪われているのに、今回は外や二人の顔を覗っている。

 あの手紙の内容がそうさせているのだろう。


「レムエル様、まだ大丈夫ですから、今は食事に専念してください」

「で、でも」

「でも、ではありません。情報を収集し終わるまでははっきりしたことは分かりません。一つの情報からではなく二つ、三つの情報を得て確認する物なのです。ですから、レムエル様がそわそわしても状況は変わりませんよ?」


 隣でそわそわしているレムエルに気付いていたソニヤが、少し窘める口調で注意をする。

 それでもレムエルはジッとしていられない。

 名も無き村ではこのような緊急事態ということが少なく、あっても強い魔物が森から出てくるときぐらいだった。村を出てから緊急事態になった時もあるにはあるが、それはレースやランドウォーム等突発的な緊急事態が多かった。

 今回の様なまだ不明確な情報を貰い真偽を確かめて慎重に動く、ということをほとんどしたことが無いのだ。


 こういうところを見てシュヘーゼンはまだ仕方がないと思う。


「殿下。きつい言葉を言いますが、あなたはこれから私達を導いていくお方となるのです。そんなお方が慌てていては下の者まで慌ててしまいます。上の者はどっしりと構え、下の者を引っ張り上げると共に安心させないといけないのです」


 これからは重要なことを口にする。


 レムエルは自分が皆を引っ張るところでも想像したのか若干顔色を蒼くするが、この三か月余りでほとんど覚悟は決まっていたため、これは最後の悪足掻きの様な物だ。

 気弱なレムエルは人の上に立って進む、というのはやはり精神的にきついところがあるのだろう。

 ただ、人の言うことを聞いてやる、と言う人ではなく、手を繋ぎ共に前へ進む、というのがレムエルの考えであり、豊かに出来る方法だと考えている。


 これも上に立つ者として正しい姿だろうが、貴族がいて王制であるのなら足並みを揃えていては平民が戸惑ってしまう。

 より正しい姿にするのなら、王は二歩先を進み、貴族は足並みを揃えつつ一歩先を進み、最後に平民が進めば丁度釣り合いが取れるだろう。

 ただ、それはかなり難しいことだと言える。


「ですから、今は目の前の用事を済ませましょう。レムエル様の仕事は食事をし、控えている者に次の仕事をさせることです。殿下が食べるのが遅くなれば情報が得られても話が出来ません。全てを効率よくとは言いませんが、落ち着いてことに挑んでください」

「んー……わかったよ、今は食べる。料理長の新作もあるみたいだし」

「はい。こちらの野菜の包みもお食べ下さい」


 どうにか落ち着きを取り戻したレムエルに甲斐甲斐しくお世話をし出すソニヤに、シュヘーゼンは母親……いや、過保護な姉のようだとレムエルに失礼だが思ってしまい、自分も少し羨ましいと思ってしまう苦笑する。

 周りのメイドもどこか微笑ましい物を見る目に変わっており、落ち着きを取り戻した空間となった。


 やはりレムエルの雰囲気や空気、言動は周りに大きく関わり、影響を与えてしまうようだ。

 今までは良い方向へほとんどが動いていたが、今回のようにレムエルがそわそわしてしまうと周りにも大きく伝播してしまう。

 これは周りの精霊がレムエルの様子を敏感に感じ取ってしまい、それが空気に伝わり周りの者が肌で感じ取ってしまうのだろう。


 悪いことではないが、悪影響を与えてしまいそうな感情のコントロールは出来るようになっていたほうが、今後の士気や統治などに役立つと思える。




 朝食をお腹が膨れるまで食べたレムエルは、どうにかいつもと変わらない笑顔を浮かべる少年となった。

 朝食を食べ終え少し休憩を挟んだ頃、ゾディックからの手紙の真偽を確かめた諜報員が帰って来た。


 レムエル達は一応防音設備を施されている執務室へ向かい、そこへ王都から連絡を受けた諜報員も一緒に入り報告することになる。

 諜報員は暗部でもあるため全身黒づくめに近く、特殊な道具等を仕舞うポケットやベルトを着け、どちらかというと工作員やレンジャーという職業がしっくりくるだろう。

 実力は様々だが、目の前の諜報員は濃密な雰囲気を纏っているため手だれだろう。


 レムエルは少し怖いのかソニヤに引っ付きソファーに座っている。

 諜報員はそれに気づいているのか分からない目で報告を始めた。


「報告します。冒険者ギルドココロ支部ギルドマスターゾディック様からの手紙通り、王都では軍を動かす準備をしている模様です。理由としましては噂の真偽を確かめるということです」

「指揮官は国王陛下ではないな?」


 顎を乗せていた手を解き、シュヘーゼンが決めつけるように諜報員に聞く。


「はい。指揮官は第二王子殿下とのことです。また、指揮下には白薔薇を除く、二大騎士団の団長と両騎士団で千名は超える騎士が集まる模様。兵士を入れると三千を超える可能性があります。ですが、今の所、と注釈が入ります」


 三千と言う数字にレムエルはピンと来ないが、戦争を知っている二人は少し渋い顔になる。

 だが、真偽を確かめるだけのために三千人も動かすのはどうかしていると、いろいろなことを考えてしまう。


 戦争というのは規模にもよるが、国対国で行う場合数万規模というのが実情だ。

 それは騎士や兵士だけでなく、国民からの徴兵や有志を募り、冒険者も参加させるためここまで膨れ上がる。

 それに勝敗が国の行く末にも関わる一大イベントになるため、出来る限り国は人数を有利になるよう増やそうと考える。

 村では男手が減り食い扶持がなくなり、戦争の影響で村が焼かれたリ、恐怖が募り空気が悪くなったり、作物を安価で売らなければならなくなったり、と平民達からするといい迷惑だが、無視しても蹂躙され悪化を招くため戦うしかない。


 だが、これが貴族同士の小競り合いや国内での動きとなると変わってくる。

 貴族同士ならば参加貴族で私兵を投入するだろうが、国は建前上どちらにつくことも出来ない為第三者の観点から見ている。のちの勝敗の采配をするためだ。

 人数は少なくとも数百規模の小競り合いから、一万に手が届く辺りの多少影響が出るところだろう。


 それでも平民にはいい迷惑であり、武器商人や大手の商人ならばこれが利益になるためいいだろうが、その地域の行商人や特殊なことをする者達にとっては収入が減るいい迷惑となる。

 ときには平民もその影響を受けることがある。


 こういう争いは基本的に飢饉が起きた等でどうしようもなくなった貴族や、あくどい方法で金を集める平民の敵である貴族が起こすことが多く、国の承認なしで行った場合逆族として処刑されるだろう。

 そこは国対国で行う戦争でも同じで、宣戦布告をしなければ勝利しても周りの国から冷たい目で見られることだろう。


 では、今回の国対反乱軍の場合はどうなるのか。

 今回の場合国が悪いと取られる場合が多く、宣戦布告等しなくても時機を見て戦争を起こしてもいいだろう。

 平民には影響が多大にあるだろうが、レムエル達は国民に強要するつもりはほとんどないため、出来る限り自分達から参加してほしいと考えている。

 ただ、今の現状を満足していない者や苦しんでいる者達は確実に参加するだろうと言える。それでも今を受け入れているとすると、諦め動かない可能性がかなり強い。


 レムエルが旅の最中に見た感じだと大丈夫だろうとは思える。


 そして、噂の真偽を確かめるだけに三千と言う人数はかなり多く、指揮官が第二王子というのも少し引っかかるところでもあった。


「となると、第二王子――アースワーズ殿下は陛下から委任状を受け取った、ということになるが……」

「騎士団は一応秩序を乱さないために、軍部トップである国王陛下以外動かせないようになっています。委任状を受けたということはいくつか方法が考えられますが……団長はバダックの愛弟子ハーストとマイレスでしょうか?」


 ソニヤは言葉を続けるが、二つの騎士団の団長が記憶の中の人物と同じなのか訊ねる。

 二人はソニヤと知己なため、二人がもし団長として率いるのなら委任状ごときで従うとは思えなかった。

 正しくは委任状があれば従うだろうが、その委任状が偽物だったり、無理やり奪った物だとしたら従わないと考えられた。


 だが、それは性格まで知っている二人だったら、というのが頭に付き、もし自分と同じく貴族の圧力がかかり、副団長に降格させられていたらどうしようもない。

 二人は戦争や魔物掃討の武功により伯爵程度の地位を受けていた。

 元も貴族の子供ということで騎士では上位に位置し、ハーストに至ってはその才能とバダック自ら指導をしていた人物だ。性格もバダック寄りで正義感が強い


「団長が指揮をするというのならその二人だろう。ただし。副団長はあちら側だと思うが、団長が出るということは副団長はお留守番の場合がある」


 お留守番と皮肉を言ったのは、副団長が他の王子などの息がかかった役立たずだからだ。

 低ランク魔物の討伐などの役には立つだろうが根が貴族思考なため、今回の件の手助けをしてくれるとは思えず、腐った果実だと言える。


 国に対してよく知っているシュヘーゼンが言うのだからそうなのだろう。


「そこまでは掴めませんでしたが、どうやらあちらにも思惑があるようです。まだ、イシス様との接触報告、レジスタンスとの繋ぎもほとんど出来ていません。もう数日すればしっかりとしたことが分かると思われます」


 諜報員は淡々と少し申し訳なさそうに答える。

 レムエルはどうやってそれを知っているのか気になったが、伝書鳩でも使っているのだろうと結論を立てた。

 自分でも精霊にお願いすれば声を届けるくらいは出来る為、それほど悩むようなことではなかった。


 実際は数十キロほどの範囲しかないが、魔力を介して通信できる魔道具がある。それを数点の諜報員に任せ連絡を伝聞させているのだ。

 このやり方は途中で捻じれることもあるため、緊急時の伝聞のみ行われ、その後は伝書鳩等で詳しいことを伝えることになっている。


「ならば、委任状を受け取ったというのは本当でしょう」


 ソニヤは間違いないと頷きながら三人に言う。

 シュヘーゼンもそこのところは疑っていなかったが、同じ騎士団員であったソニヤが言うのなら確信を持つことにした。


 だが、謎であるのは国王がどうしてアースワーズに委任状を渡したのか、ということだ。

 いくつかシュヘーゼンの中では理由を考えられたが、容易に言って良いものではないだろうと考え黙ることにした。

 それにこちらに向かって来るということは何かしらの接触が起こるはずだ。

 その時に真偽を確かめればいいと考えていた。


「委任状って言うのは目的があって騎士団を動かせるものだよね? 目的は噂を調べることだと思うけど、父上……は僕のことを知っているのに軍を動かす許可を容易に出すかな? 何か知ってると思うんだけど」


 まだ会ったことのない国王を父と呼ぶのがむず痒いレムエルは首を捻りながら質問するが、シュヘーゼンはそれに気づいていた。

 だが、シュヘーゼンは噂の出どころなため国へ行けば捕まること必須であり、諜報員を送り出し訊ねてもいいが国王の部屋は厳重に管理されており、凄腕とまでは言わなくともそれなりに有能な人物を送り出さなければならない。


 それに連絡が来る頃には軍が動き出しているだろう。

 それでは遅いのだ。

 もし間違えていた場合、その軍に対抗できる戦力を揃えておかなければならない。

 その準備にも時間を割かなければならない。


「……私が最後に陛下にお会いしたのは凡そひと月前。仮にその段階でアースワーズ殿下が陛下の委任状を受けていたとすると、私に知らせがあっても良いものです。ですが、陛下がお忘れというのは考えられない為、その後に何かが起きたのでしょう。二人が従っているということは、陛下はご生存だと思われます」


 その言葉に少し心配していたレムエルはホッと息を吐く。

 父親に一目でいいから会いたいと思い、母親のことも教えたかったのだ。


「やっぱり、途中で接触して話を聞くのがいいのかな?」

「そうですね。アースワーズ殿下が出発し、進路が確定次第送るのが良いでしょう。今の段階では気取られる可能性がありますから」


 シュヘーゼンはレムエルの提案に頷き、諜報員に行動の監視を逐一報告するように指示を出す。また、団員の人数や戦力、勢力等様々な情報を掴む様にも指示を出す。

 諜報員は一つ頷き、胸元にあるバッジの様な物を口元に当てシュヘーゼンからの指示を伝えた。


 国に対して諜報を行うのは普通なら難しいだろうが、今は腐っているため諜報に関してもうまく機能していなかった。

 勿論シュヘーゼンが持っている諜報員は国王の下にいた者達でもあり、レジスタンスにいた者もいた。

 このように国の諜報員もこちら側についている者が多数いるのだ。

 ただ、その情報はシュヘーゼンとは言え、国の陰の要となる暗部のため、レジスタンスについては創立者の国王と宰相以外口止めされていた。


「では、次にこちらの戦力ですね。現在戦力は私と叔父上、ウィーンヒュル子爵、ハイドル伯爵、アッテムハ男爵、ゾディックが加わってくれるでしょう。また、ランドウォームがありますから多くはないでしょうが冒険者も加わってくれるはずです」


 軍部についてはソニヤが一番詳しいので整理して答えた。

 シュヘーゼンも頷き、レムエルは少し眉を下げて困った顔になる。


「えっと、僕は入ってないの?」

「え? ええ、レムエル様は旗頭ですから入っています。ですが、戦う戦力と考えると、レムエル様はほぼ戦わないとお考えください。総司令官というのはどっしりと構えていなければなりません。勿論ここぞ、というときに戦う最高の武力でもありますが、レムエル様の場合後方で精霊と『竜眼』を発動させておられた方が、全体の士気が高められると思います」

「そ、そうなんだ。でも、皆が死ぬかもしれないのに自分だけ安全なところにいるのはちょっと……」


 少し俯きどうしようもないことだとわかっていても辛くなる。


 自分が怪我をしたり死んでしまっては、士気が下がりこの争いの意味がなくなってしまう。そして、勝利しても国王となる者が存在しなくなる。

 自分が国王として統治できるかは置いておき、その存在になりえる自分が最後まで死ぬわけにはいかず、そのために手足となるソニヤやシュヘーゼン、兵士や騎士、国民の力が必要だ。


 だが、レムエルは『アクアス』でのレースにしろ、『マグエスト』のランドウォーム討伐にしろ、自分で前に立ち導いてきた。

 それが危ないことだと理解できていても、心の中では前で傷付く者と一緒にいたいと思っているのだ。

 それが危なく周りの者に迷惑だとわかっていても、レムエルはどうしても止められない。


 それを分かっているソニヤは渋い顔になるが、心を鬼にして発言を撤回することはない。

 シュヘーゼンもその辺りはソニヤが言うことが正しいため、レムエルの味方にはなれなかった。


「まあ、殿下のお気持ちもわかります。私も戦争では仲間を率いて前線を掛けていましたからね。ソニヤも騎士団では前線へ出張っていたはずです。副団長とは言え、そうそう前へ出ることはあまりありません」


 結果、シュヘーゼンは助言を与える中立の立場へとなった。

 流石にソニヤも自分のことを棚上げしていたことに気付いたが、レムエルと当時のソニヤでは立場が違った。

 ソニヤの替えは難しいだろうが、イシスがいるためどうにかなっていただろう。だが、レムエルの変わりは存在しないと言っても良い。

 そのため慎重に動かなければならないのだ。


「今はまだどのようになるか分かりませんから確定することは申し上げられません。ですが、状況によっては最初の一発ぐらいは士気を上げるために、どでかいのを当ててもいいのではないかと考えます」

「お、叔父上!?」

「ソニヤ、レムエル殿下は精霊を行使できるのだ。それでランドウォームに止めを刺したのだろう? ならば、その力を使えばいい。まあ、私は精霊と話せないから詳しいことは殿下任せになってしまうが、こちらの武力を示すにも丁度良いやもしれん」

「で、ですが……!」


 シュヘーゼンの言葉にソニヤは狼狽える。

 恐らく、あの時の威力などを眼のあたりにし、肌で感じ取っているからだろう。


 確かにあの力を使えば一気に戦力を削ぎ落とすことが出来る。

 だが、自分達の目標はあくまでも国を解放することであり、言い方は悪くなるが大量虐殺のようなことをするのではない。

 そんなことをしてしまえば、レムエルに虐殺王等と言う不名誉な二つ名が付いたり、精霊に対する恐怖や国民を豊かにしたいというレムエルと国民との間に亀裂が入る可能性がある。

 その可能性を出来る限り排除したいのだ。


 これはソニヤだけの思いではなく、レムエルの力や精霊について知っているバダック達の総意でもあった。

 それに、強面ではない容姿端麗な可愛い方のレムエルにそんな二つ名は似合わず、恐らくレムエルもその名が付くと傷付くだろうと容易に想像できた。

 レムエルに似合う二つ名と言うと精霊の友や優しい王族、国民王等だろう。他にも初代と同じ『竜眼』からも二つ名が付けられるだろう。


 当の本人であるレムエルは少し考えてシュヘーゼンに賛同した。


「僕もシュヘーゼンの案に賛成するよ」

「レ、レムエル様!」

「ソニヤ落ち着いて。僕は別に人を殺したりしないよ。それは僕が絶対にしたくないことだもん。兵士は平民である国民が多いだろうし、国や貴族が言うから従う人も結構いると思う。そんな人を殺したりできないよ。精霊だって無慈悲な存在じゃないからね」


 精霊もきっとそばで頷いているのだろう。


 世界が生まれた時から存在している精霊は、多くの歴史を記憶し、人の生活や戦争等様々なことを見て生きてきた。それはこれからも同じだろう。

 精霊と人間がいくら別の存在とは言え、精霊は人が死のうがどうでもいいとは思っていない。

 もしそうならレムエルと仲良くしたり、遊んで楽しんだり、人間に力を貸すなどしないだろう。

 やはりレムエルの影響があるのだろうが、それなら尚更人を殺したくないはずだ。


「では、どのようになさるつもりですか? 武力を示すのならそれなりのものでなくてはいけません」


 ソニヤも威嚇射撃というものを知っているため、レムエルが精霊に頼み上空へあの技を放てばいいのでは? と思いついてはいる。

 だが、それでも恐怖を与えてしまうことになりかねない。

 結局レムエルを恐れられるのではないかと危惧しているのだ。


「う~ん……まだ思いつきはしてないけど、精霊は別に攻撃魔法を使うだけが力じゃないよ? 例えばレースの時のように造形も出来るし、固定も出来る。地形操作はお風呂作りで行ったし、加護を与えることも守ることもできるんだ。アースワーズ……兄上はいきなり攻めてくることはないよね?」


 いきなりの話題転換のような質問に、ソニヤは慌てることなくシュヘーゼンを見る。

 シュヘーゼンは少し目を瞑り上を向くと、レムエルを見てその通りだと頷いた。


「なら、一日にして何かを造ったり、地形を操作したり、その場にいる精霊を目の前で呼びつけてもいいと思うよ。この争いの目標は回避すること。だから、武力じゃなくても僕という存在を相手に伝え、僕という存在が背後にいることで士気が高まればいいんだ」


 いつの間にか戦うことが前提になっていた会話に、レムエルの言葉を聞いてハッとなる二人。

 レムエルも自分も戦うことを前提にしてたけど、と苦笑しながら頬を掻き続ける。


「さっき僕だけ安全な場所でって言ったけど、僕が最前線に出たいっていうわけじゃないんだ。僕の能力からすると、背後の見晴らしが良い場所で見守っていたほうが、士気が高まることもね。相手はそれを見て二の足を踏むかもしれないし」

「確かにそうですが……。では、殿下は背後で見守っていると?」

「う~ん……。さすがにそれはまだわからないよ。でも、こちらが劣勢にならない限り僕が最前線に出ることはないし、それこそ魔法や精霊の力を使えば後方から支援も出来るよ。精霊の眼は僕の眼でもあるしね」


 まだ一カ月近くあるのだから今は置いておくとレムエルは締め括った。


 恐らくこれから精霊達と話し合い、また奇想天外なことをやらかすのだろう。

 先ほど言った一日で作る何かを作るのは一夜城に近い物といえる。

 やり方は頭脳ではなく、真っ向から喧嘩を打っているような力任せだが、その武力を有しているのなら使うしかないだろう。


 一夜城はあくまでも力任せが出来ず、魔法も存在しない世界での話だから頭脳となった。だが、この世界ならば魔法ですぐに作れ、精霊の力となればほぼ無尽蔵で使える為、城などデザインをレムエルがするだけの簡単な作業だろう。

 細部までは一日で出来ないだろうが、城等に見せるのなら簡単に造れるはずだ。

 まあ、実際そんなことをするかはレムエルにもわからないことだろうが。


「では、何をするかは必ず私かソニヤにお伝えください。それにより作戦を練り直さなければならないかもしれませんので。相手の到着はまだわかりませんが、およそ一か月の猶予はあるとお考えください」

「わかった。出来るだけ早く決めておくよ。――次は、こちらの戦力をもっと増やすことだね」

「はい。まず、国民から有志を募るつもりです。そのために殿下には皆の前にその姿を現してほしいと思います」


 レムエルはそう言われて自分が国民の前で喋っている所でも想像でもしたのか、少し恥ずかしそうな、しっかりできるか自分を信じてくれるかと不安に、ころころと表情を変えて最後には少し落ち込んだ。

 どうやら無理そうだと結論が出たようだ。


「レムエル様なら大丈夫ですよ。産まれた時から傍にいる私が付いていますし、バダック達の教えもあります。確かにレムエル様が話したり、前に立たなければなりません。ですが、後ろや隣には私や叔父上が支え、国民が見ていることをお考えください」

「ソニヤ……」


 ソニヤは優しく本物の姉の様に慈しみのある笑みを浮かべ、母性溢れる雰囲気で優しく頭を撫でた。

 それを目の前で見ているシュヘーゼンと諜報員は頬が緩むのが分かり、一つ咳をすると身を引き締める。


「ゴホン、ソニヤの言う通り殿下一人で戦うわけではありません。月並みな言葉ですが、苦難というのは仲間で分かち合う物なのです」

「シュヘーゼン……」

「レムエル様なら出来ます。どの領地でもしっかりと出来たではありませんか。人前に立つのはレムエル様は苦手かもしれませんが、いつものようにレムエル様は自分がなさりたいように行動し、今持っている心を大事にしてください」


 二人にそう言われたレムエルは少し目を潤ませ、首を振るようにしてから不安そうなのが分かるが笑みを向けた。


「わかった。不安とか、弱音とか、我儘を言うかもしれないけど、僕は僕がやりたいように頑張ってみる。失敗してもそれが僕なんだよね。でも、今回だけは何でも成功させる」

「はい、それでこそレムエル様です。それと、何か行動するときは私達にお伝えください」

「え、あ、うん。分かってるよ」


 レムエルにしてはかっこよく締め括ったが、ソニヤに落とされてしまい執務室に笑い声が響き渡る。

 こういったところがレムエルが周りの人に好かれる要因だろう。

 中には例外もいたが、大概レムエルは相手に好かれるように動いていた。

 レムエルが結果を分かってしているわけではないのは分かるが、無意識に出来る方が難しく、心の底から一緒にいたいと思うだろう。



「それで聞き込んだ結果、国民の間――特に噂の出所である私の領地や殿下が回られた領地ではかなり広がっている模様です。また、精霊教の布教のおかげで他の領地まで広まりつつあるようです。その結果がどのようになるか分かりませんが、恐らく大義名分を掲げ、殿下の力をその目に焼き付ければ自然と力を貸してくれるでしょう」

「そうなるといいね。一人でも多く力を貸してくれるように頑張るよ。百人くらい集まればいいかな?」


 レムエルは手を開きながら皮算用するが、この場にいる全員がレムエルに真剣な顔を向け即座に否定した。


「そんなものではないと思われます。四つの領地で女子供を入れて十万人近くいます。冒険者を除く戦える者達は凡そ二割の二万人程度でしょう。中には兵士達もいますが、少なくとも一万人は集まると思います」

「い、一万!? そ、そんなに集まってくれるの!? シュヘーゼン盛ってないよね?」


 自分が言った数百倍になったために胡散臭く感じたレムエルは、驚愕からすぐに立ち直りシュヘーゼンにジト目を向ける。

 最初に言った言葉は本心であり、レムエルは自分に自信がそこまでないため嘘にしか思えない。そして、自分がしてきた所業が普通で当たり前だと思っている節があるため、偉業に近いことをやったと思っていないのだ。

 これもまた達人達に育てられた弊害なのだろう。


「私もそのぐらい集まると思っております。ただ、ひと月という期間でどのくらい集まるかは未知数なところがありますが、最終的には数万では効かない規模になっているでしょう」

「ソ、ソニヤまで……。ぼ、僕に何の期待をしてるの? 逆に不安と恐怖しか感じないよ……」

「……やはり、もう少し自信を持てるようにしなければなりませんね」


 ソニヤの呟きに同感だとシュヘーゼンは強く頷く。

 そこだけがレムエルの今のところの欠点だろう。

 反して動きが派手というのもあるが、そこは良い方向へ進んでいるためどうと言ったこともないだろう。


「では、準備に関してはこちらで行います。今回間に合うのは私の領地だけでしょうが、次からは噂を表立って流すつもりですから続々と増えるでしょう」


 シュヘーゼンはそう締め括る。

 次に何かを思い出したかのようにソニヤが口を開いた。


「そう言えば、イシスのことはどうなった? 接触は出来そうか?」

「いえ、まだ報告を受けていません。まだ、王都に近い寒村にいる模様で、その足取りを掴みながら移動中ですからもう暫くかかるはずです。長くて三日と言ったところでしょう」

「わかった。――レムエル様、イシス――私が黒凛の副団長だった頃の優秀な部下が加われば百人力となるでしょう。私の名を出せば断ることはないと思いますが、こちらへ到着した時挨拶を願います」


 諜報員からまだわからないと言われたが、ソニヤはイシスが断るとは思っていなかった。

 副団長の任を譲った時もごねにごねたのがイシスであり、共に付いて行くとまで言い取り押さえた騎士数人を跳ね飛ばした人物だったりする。

 そんな人物がソニヤが生きている事実と待っていることに協力しないわけがなかった。

 そもそも今のやり方が気に食わず離反したのだから、その反対勢力に加担する可能性が高いはずだ。

 それも考えてソニヤはレムエルにイシス達に挨拶をしてほしいと言ったのだ。


「それぐらいならいいよ。ソニヤの部下イシスだっけ? 一度でいいからあってみたかったんだ。昔のソニヤの話も聞けるね」

「そ、それはちょっと……。若かりし頃の歴史が……」


 ソニヤが焦るがこういう時のレムエルは止められず、イシスの性格から無理だろうとも感じ取った。

 そして、どこにいるか分からないイシスは、なぜか喜びに胸を高鳴らせたという。


「最後に冒険者ですが、これは殿下にお会いしていただくほかありません。私では報酬も払いきれませんから、力及ばずすみません」


 頭を下げようとするシュヘーゼンにレムエルは少し慌てて止め、空間に収納していたランドウォームの素材を少しだけ取りだした。

 まだ、シュヘーゼンに詳しいことを伝えておらず、どれくらいの量があるなど言っていなかったのだ。

 当然シュヘーゼンは驚きに目を見張ることになる。


「素材があると言われましたが、一体どのくらい……?」

「それは僕にはよくわからないけど、フレアムが言うにはCランク冒険者数千人分の報酬にはなるみたいだよ。その辺りはゾディックと相談するつもり」

「そ、それほどの量が……。殿下は運がいいでは済まされませんね。何かの星の下にお生まれになったのやもしれません。――それでは、近いうちにゾディックとお話し下さい。無理そうなら仕方ありませんが、有志を募るようにするしかないでしょう」


 レムエルが無理やり言うことを利かせるつもりはないため、国民には有志を募ることになり、冒険者も報酬が無ければ有志を募るつもりなのだ。

 元々冒険者は自由が売りなため、無理やり言うことを利かせることは出来ないのだ。

 そんなことをすれば後々に影響が出てしまうだろう。


「――殿下、どうかされましたか?」


 これで話が終わりな筈なのだが、レムエルの表情に陰りを覚えたシュヘーゼンが問いかけた。


「う、うん? いやね、ゾディックに言われたことを思い出してたんだ」

「ゾディックに言われたことですか? それは何でしょう?」


 力になろうとシュヘーゼンは問いかけたが、レムエルは横に首を振りそれを遠慮した。

 ソニヤは止めるべきか迷ったが、レムエルが即座に断ったため安堵半分不安半分となる。


「いや、これは僕が自分で答えを見つけないといけないらしいんだ。だから、本当にわからなかった時に教えてもらうつもり。まだ時間はあるから考えてみるよ」

「そうですか……。分かりました。私から無理に聞くことは止めましょう。殿下なら自身で気付けると思っています」

「うん。今はゆっくりできるから考えてみるよ」


 これで一応ゾディックから齎された緊急会議は終了し、これからが本当の正念場となる。


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