第二話
高山都市『マグエスト』で心の休息も終えたレムエルは朗報の緊急報告を受け、最後に初めて父親から勇気の出る言葉を貰った。
期待されていると強く感じ、改めて気持ちを入れ替えるレムエルはソニヤと共に一週間弱の道のりを人助けをしながら、シュヘーゼンの領地森林都市『ルゥクス』へと帰還していた。
既に作戦を決行してから二か月が経っており、レムエル達がシュヘーゼンの下に帰る頃には精霊教教会の布教活動が始まっているはずだ。
「そう言えば、これが終わったら精霊教と教皇にお礼をしないといけないね。手伝ってもらったんだからした方が良いよね?」
バグラムスト伯爵領に入り、ほっと息を付いたことで少し落ち着きを取り戻したレムエルが、ふと思い出したかのようにソニヤに訊ねた。
ソニヤもそれまで頭が回っていなかったのか、少し考える仕草をした後数度頷いた。
「そうだな。これだけの大規模な活動には労力だけでなく、相当なお金も使っているだろう。今なら会いに行っても問題はないが、国王となると相手を呼ばないといけなくなるはずだ」
「そうなの? 僕は別にかまわないんだけど……」
流石に国王が不在にするのは拙いというのはレムエルでもわかっている。
だが、レムエルは傍で王というものを見て育ったわけではない為、どこまでの範囲で動いて良いのかよくわかっていないのだ。
王子という範囲でも今はかなりずれた王子であり、性格から優しいのはいいが国民と距離が近いと言える。
近いのは別にかまわないが、国民からすると今はまだわかっていないためいいだろうが、国王が気さくに話しかけて今までのように返すのはさすがに無理だ。
別に悪いというわけではないが、家臣からすると危なっかしく、何が起きるか分からずひやひやとし、他国からは嘗められるだろう。
その教育はソニヤ達がしなければならないが、今この自由に出来る時間を大切にしてやりたいと願ったのもバダックやソニヤ達だ。
「まあ、それに関しては今のことを全て終わらせてから考えよう。まず、目の前の難関を越えなければ全てが水の泡となってしまう」
ソニヤは優しく微笑み、レムエルの髪を優しく撫で、前方に見えてきた『ルゥクス』に視線を戻した。
レムエルもしっかりと目を閉じた後、笑みを浮かべてもう一度引締め前方を同じように見る。
出発した時よりもやや活気が戻りつつある景色にレムエルは自然と笑みが浮かび上がり、何処かしこから自分の噂が聞こえ少しむず痒く思いながら頬をポリポリと掻く。
馬の手綱を持ち露天で買い物をするついでに世間話をする。
「このご時勢で繁盛しているようだな」
ソニヤは近場で一番繁盛していそうな露天に顔を出し、値札を確認した後袋からお金をぴったり出しながらそう訊ねた。
店主のおじさんはチラッとソニヤを見た後にかっこよく鼻で笑い、汗だくの顔を首にかけている薄汚れたタオルで拭き取った。
下処理と味付けを行った魔物の肉を何重にも重ね、それを火の出る魔道具で焼きながら削ぎ落とし、大きめな物を即座に選び鉄板で焼いている野菜をパンに挟み、ケチャップやソースをお好みでかけるケバブに似た料理を売る露店だ。
レムエルも一応男なのでこういった肉屋こってりとしたものが好みだ。
それに目の前でパフォーマンスの様に職人技をされると誰でも食欲を刺激され、野菜の焦げる香ばしい匂いと肉の焼ける匂いが合わさり、近づくとソースの濃厚な甘酸っぱい匂いでさらにそそられる。
「そうだな。まだ元の状態とは言えねえが、ほぼ戻ったかもしれねえな。これもこの辺りで噂になっている御仁のおかげだな!」
「噂か……」
「何だ? 嬢ちゃん、噂知らねえのか?」
噂の効果が思っていたよりも影響力が高いことに逆に不安に思ったソニヤを、おじさんは手を止めることなく噂を知らないのだと勘違いする。
レムエルは目の前で良い匂いをシルゥと共に嗅ぎ、精霊も欲しいと言っているのか良い笑顔で返答に微かに口が動いているのが分かる。
「いや、噂については知っているが、ここまで凄いとは思わなかったのでな」
この影響力は別に不安になるようなことはないだろうとソニヤは素直に感心したと言い、おじさんは自慢するかのように噂をかいつまんで話し始めた。
「この街でも二か月ほど前に不思議な音楽が流れてなぁ。最近は昼時にその音楽が精霊教教会から聞こえてくるんだよ。まあ、流石にここまでは聞こえねえが、教会にしては珍しくドアや窓を解放して音が聞こえやすいようにしてる」
それをレムエルは気恥ずかしく少しもじもじするが、おじさんは目を閉じているため気が付かない。
「賛美歌っつったかな? あれを聞くと気持ちが落ち着くんだわ。暗くなってた気分もリフレッシュされてな、明日もがんばろうって気持ちになるわけだ」
「それがこの繁盛の秘密なのか。久しぶりにこの街に戻ってきたのだが前と違っていて驚いたよ」
「そうだったのか。だが、一つ間違えている。繁盛の秘密は俺の料理が上手いからでもある!」
おじさんはそうニカッと笑い両手に挟んで完成させた料理を差し出し、ソニヤとレムエルはソースを好みに任せて掛け、一口真偽を確かめるために齧り付く。
おじさんが腕を組みどうだ? というように二人に無言の笑みで問いかけ、ソニヤは軽く眉を上げて素直に美味しいと口にし、レムエルはパァーッと花が咲くかのように笑みを作り、少し千切ってシルゥの口へ放り込んだ。
シルゥも人間と同じものを食し味覚も同じなのか、少し声を上げてお礼を言うかのように首を上下させた。
「そうだろう? 肉は少しきついが『フォレストボア』という猪だし、この野菜は俺の嫁さんの家が作ってる。このソースだって製法は言えねえが自家製なんだぜ?」
「確かにこの旨さなら繁盛するはずだ。豪語するだけはある」
「このソースが一番おいしい! また、今度買いに来たいくら位だよ」
そういうレムエルにおじさんは気を良くし、もう少し世間話をした後にその場を辞し、シュヘーゼンの屋敷へと向かった。
レムエルがばれないのか疑問になるだろうが、今はまだ精霊の力で認識が阻害されているため、恐らく不思議に思っても無視するだろう。
それもあと数か月もすれば変わるだろうが……。
シュヘーゼンの屋敷前まで行くと連絡でも受けていたのか門兵のアレックスがすぐに門を開け、無事に帰ってきたことを心の底から喜んでいるかのような笑みを浮かべて、レムエルとソニヤに頭を下げ挨拶を口にする。
門が開いた方を見るといつの間にか執事長のバルサムが微笑を浮かべており、二人と目が合うと恭しく紳士だとわかる礼をしてきた。
ぴしっとした背筋と緩やか且つきちっとした雰囲気が歳のわりには若く見せ、自然と相手にも同じように背筋を伸ばさせる。
その背後では付き従っているメイドと執事が数人いた。
「お帰りなさいませ。レムエル様、ソニヤお嬢様」
「いろいろとあったが、どうにか無事帰ることが出来ました。すぐに叔父上の所へ行くから、馬と荷物は任せます」
「かしこまりました。アレックス、馬を厩舎へ連れて行きなさい」
「はっ」
バルサムの言葉に小さく答えたアレックスは後輩の門兵に槍と門番を任せ、シルゥとソニヤの馬の手綱を持ち、シュヘーゼンの騎馬が管理・世話されている厩舎の方へと向かった。
それを眺めていたレムエルはシルゥから降ろした荷物をメイド達に任せ、バルサムを先頭にソニヤと共に屋敷の中へと入って行く。
屋敷の中は外とは違い色々と騒がしく、メイドは食事の準備や今後必要となる物品の整理、執事は書類や入ってきた情報を纏め上げ報告、騎士や兵士は訓練をする者もいれば書類の手伝いをする者もいる。
この二か月の処理がこれほどまでにさせているのだろう。
レムエルはそれを見て少し申し訳なくなるが、それは彼らの忙しくも二か月前とは違いやりがいのある表情を見て改め、表情も引き締めて一つ頷くと共に絶対に成功させると拳を握りしめた。
「旦那様。レムエル様、ソニヤお嬢様をお連れしました」
「すぐ入れ」
シュヘーゼンの執務室へ着くとノックをしたバルサムが中にいるシュヘーゼンへ声をかけ、少し慌ただしく疲れた声だったが重みのある渋い声が帰って来た。
レムエルはバルサムの開ける扉から軽く頭を下げて入り、丁度書き終えペンを置き立ち上がろうとしたシュヘーゼンに目を向けた。
ソニヤも一言断りを口にしてから入室し、バルサムはドアを閉めてから自らの仕事へと戻った。
「レムエル殿下、よく無事に帰ってこられました。ソニヤから連絡を受けていましたがひやひやしましたよ? これからは……今まで以上にその御身は大切なものとなります。くれぐれも先走らないようお願いします」
シュヘーゼンは笑顔を浮かべているが、どことなく守ってほしいと威圧され、レムエルは少し怖いと思いながらしっかりと頷き、心の中でちょっと無理かもと思っていたのは口にしなかった。
それを知ってか知らずか背後から小さな溜め息が聞こえ、シュヘーゼンは結果を知ってはいるが二人から旅の結果と詳細を聞くためにソファーへと誘い、同時に入室してきたメイドが湯気立つ紅茶とマフィンのようなお菓子を三人分置いた。
シュヘーゼンの様子からどうやらこのマフィンは新作らしく、ほんのりと甘い匂いが鼻に付き、黄色い半透明な果物のような欠片が中央に埋もれている。この匂いはリンゴ特有の甘酸っぱい匂いで、リンゴマフィンだとわかる。
レムエルはソニヤが食べたのを確認してから自分も手を付け、まず半分に割ってみることにした。
まだ焼き立てなのか熱さが手に伝わり、中から先ほどよりも濃厚で甘い匂いが湯気と共に顔に噴き出し、ついうっとりするように目を閉じてその匂いを嗅いでしまった。目を開け中を見ると何やら柔らかいクリームのような生地が入っており、それを舌先で舐め取ってみると、甘いリンゴの味とカスタードクリームのような濃厚な柔らかい舌触りを感じ取れ、眼を見開くと同時に頬が緩みぺろりと半分を食べ終えた。
それを微笑ましく見ていたソニヤとシュヘーゼンも新作のお菓子に舌鼓を打ち、傍に控えていたメイドに立ち去ると同時に料理長へ伝言を頼んだ。
その後紅茶を飲み落ち着いたところで目的へと移る。
「もう一度言わせていただきます。無事の帰還と目的の達成お疲れ様でした」
シュヘーゼンは軽くレムエルに頭を下げ、レースやランドウォーム等の危機で怪我をすることが無かったこと、想定以上の結果が出ていることに改めてレムエルが人から好かれ、運命によって国王になるべき人だと感じ取る。
見た感じは失礼だが気弱で、王族特有の容姿でなければ美しく可愛い程度の少年だが、その身に宿す能力と運命に導かれるようにして進む現状を見ると、どうしてもレムエルがそうだとしか思えないのだ。
それを伝えることはしないが、近しい者ほどそのことを敏感に感じ取るだろう。
「うん。ちょっと大変で体調を崩しちゃったけど、『マグエスト』でしっかり骨まで休めたからもう大丈夫かな」
「温泉、でしたか? この辺りでも掘れればいいのですが、生憎山はありますが、火山ではありません。暖かい水が出たという情報も聞いたことがありませんから、この辺りでは無理でしょう」
ソニヤから想像できないような連絡を受けたシュヘーゼンも一度でいいから入ってみたい、と滲み出るような言葉を使った。
それにレムエルは少し残念そうにし、ソニヤは苦笑いを浮かべるしかなかった。
『ルゥクス』から『マグエスト』までは馬車で一週間ほどだ。
平民や貴族子弟、王族ならばまだいいだろうが、貴族当主となると一週間もかけて温泉へと向かうのはスケジュールから見て無理であり、知己である領地だとしても貴族が他領へと行くときは連絡が必要だろう。
そうしなければ王族ならお忍び程度で良いだろうが、何か企んでいると取られてもおかしくないのだ。
「なら、森林浴かなぁ……」
またしてもレムエルは不思議な言葉を呟き、ソニヤはまたかという呆れとそれでもどんなことなのか興味があるという顔をし、シュヘーゼンは流れと言葉からしてこの辺り特有でできることなのだろうと考える。
名前からして森林と付くのだからそれに関わる様な物で、流れから考えるに落ち着ける物なのだろうと推測でき、森林といえば森林族である二人にとって身近な物だが、そんな言葉を聞いたことが無かった。
それが余計に興味を引き出してしまい、さらに三つの領地では特色を生かしてもらったため自分の領地でも、と思わなくもないシュヘーゼンだった。
「して、森林浴とはどのようなものなのですか?」
シュヘーゼンは年甲斐もなくうずうずと身を乗り出し、ソニヤも腿の上で組んでいる指を忙しなく動かしている。
当のレムエルは一瞬何の話か分からなかったが、すぐに理解すると巨体に迫られ恐怖し、上体を引きながら答えた。
「森林浴っていうのは樹木に接して精神的に癒されること、かな?」
自分も曖昧などこで知ったか不思議に思える記憶なため、自信を持って断言することが出来ない。
勿論周りの人間はそれがおかしくしっかりと聞き出したいと思うが、藪を突いて蛇が出るよりはましだと考え、そもそも別に害はないため自分達に恩恵を授けてくれるのなら別にかまわないと考えた。
レムエルの人柄が良いということもあるが、レムエルが平民ではなく力や権力のある王族であることも関係していた。王族が言うことは絶対ではないが聞き入れる価値がある・聞かなければならないことが多く、たかがそれだけの理由で暗殺するという者がいないとは言えないが、確実にレムエルに味方する者は防ぎに回るだろう。
まあ、そうしようとする者が極少数だとも言えるだろう。
「樹木に接する? それは具体的にどのようなことですか? 密着するという意味ではありませんよね?」
「さすがにそれはないよ。……そうだねぇ、例えば見たことないけど芝生や切り揃えた草原の広場とそれを囲む森の自然公園だったり、山に道を作って散歩が出来るようにしたりだね。公園にはキャンプが出来たり、休む施設があったり、子供が遊ぶ遊具があったり、所謂団欒の場所かな」
レムエルが言ったことは容易に想像がつくが、二人にはそれがどのように良いことなのかあまり見当が付かなかった。
ソニヤはどうしても騎士としての目線となり、魔物の存在や訓練が出来るのかとちょっとずれている発想になり、自然公園や団欒の場所と言われても今までそういった場所がなかったために首を傾げてしまう。
一方シュヘーゼンはレムエルに近いことを想像し、確かにそれならいろいろと便利だとは思えたが、一体どのような効果があり、精神的に癒されるのかが分からなかった。
確かに遊ぶところや落ち着いて団欒できる場所があれば皆喜ぶだろう。
だが、それだけでは莫大な費用をかけて森を切り開いたりと開発は出来ない。しっかりとした目的と効果が必要なのだ。
「どのような効果があり、どのような目的なのですか? それとキャンプというのは?」
「効果は精神的な癒しだけど、森っていうのは自然の良い匂いがするよね? その匂いは人間の気持ちや心をリラックス、落ち着かせる効果があるんだ。葉が風で擦れる音も静かなところで聞けば同じような効果があるし、空気も澄んでるし、日常と景色も変われば雑念というか悩みの様な物も吹っ切れるかもしれない。だから、目的も効果と一緒かな?」
それを聞き元々森の中で住んでいたシュヘーゼンはその時のことを思い出す。
戦争で武功を立て貴族となり、この森林都市を開発したシュヘーゼンだが、森の中にいた時は自然と一体化し、いつも長閑な気分でいたと気づく。ここ七十年程はほとんど森の中で過ごすことが無く、同じ森林族が住む森へ滞在することがあっても長くいることはなかった。
両方から考えると今はいろいろな疲れが日々溜まりなかなか抜けないことがあるが、それは歳のせいだと思っていた節がある。だが、森の中へ帰っていた時はかなり疲れが取れ、帰る時には元気で心が安らいでいたことを思い出した。
もしそれがレムエルの言う通りならば試してみる価値はあり、もし失敗しても兵士達を鍛える訓練場にすればいいと、少し難しいが失敗しても使える道があるのなら構わないだろうとシュヘーゼンは考えた。
ソニヤは森林族だがそれほど森の中にいたわけでなく、森の中へ行く時は武装した状態で魔物を倒しに行く時だけだった。
そのためか今一その効果というのが分からず首を捻り、ただ森林族だからか森の中が一番落ち着くとは思っている。
「キャンプっていうのは冒険者とか旅人が夜中に外で食べるよね? それに近い物で川で魚を捕ってそれを焼いて食べたり、鉄板に肉や野菜を刺した料理を焼いたり、騒いで遊んだり、自分達でテントも張って夜空を自然の中で安らぎながら見上げたりすることかな?」
「どこか違うのでしょうか? そういうのは危ないと思いますよ?」
「だから公園でするんだよ。それに冒険者達と違って目的は寛いだり、家族の団欒だったり、遊ぶ場だったりするんだ。勿論ルールもきちんと必要だし、準備の道具にお金も掛かったりするし、後片付けまで自分達がしなきゃいけない。でも、そういうのは結構楽しい物だと思うよ? 僕も今回の旅で野宿とかしたけど、結構楽しかったもん。ただ、魔物が出るかもって思うと休めないけど、整備された公園なら皆安心だね」
確かに騎士の遠征で出かけた時の夜はかなり楽しい物だとソニヤは気付き、入団仕立ての頃皆でふざけながら料理した時もあり、忘れかけていたがかなり楽しかったと思い出し、口元が少しだけ上がる。
しかも名も無き村で暮らしていた時は毎日がキャンプのような感じだったのでは? と思うが、村とはちょっと違うかと考えた。
シュヘーゼンは冒険者のように旅をしたこともあまりないためソニヤのように思うことはないが、一度でいいから冒険者の真似事や前の様に夜空を見ながら眠ってみたいものだと感じた。
「温泉でも浸かるだけが目的じゃなくて、その雰囲気や会話、見える風景や景色、聞こえる水の音や風の音とかも関係しているんだ。街でもゆっくりできそうだけど、いくら治安が良くても料理の臭いや建物の臭い、生活臭とかで中々休まらない。でも、自然というのはその匂いや雰囲気だけで休めるし、開けた場所っていうのが解放感も合ってリラックスできるんだ。そのために公園があると思うんだ。ただ、公園は自然の中ほどリラックス出来ないと思う」
レムエルはこれ以上は自分にはよくわからないと締め括った。
シュヘーゼンは難しい顔で悩み、ソニヤは騎士の観点からどうするのか悩む。
「魔物は定期的に討伐すれば問題ないでしょう。それに街から離れたところに造るわけにもいきませんから、それほど強い魔物が出るところに造らなければいいのです。管理に関しても管理所の様な詰め所を近くに作り、定期的に交代制で気休めも兼て見回らせればいいでしょう」
兵士達の休息も出来るのではないかとソニヤは提案し、『マグエスト』の兵士達のように討伐すればいい。討伐した魔物の素材等を維持費に回し、魔石をキャンプに必要な道具に使えばいいのではないか、まで考えた。
それに対してシュヘーゼンは難しそうに頷き、脱線していた話を元に戻す。
「その開発をするにも今を乗り越えなければなりません。そこでですが、御二人から詳しい話を聞かせてもらえますか?」
レムエルはもう片方のマフィンを食べ終え、旅の様子を口にし始める。
初めての旅はどんな感じだったか、三つの領地でどんなことがあったか、どんな出会いがあってどんなことをしたのか……。
事細かく楽しそうに話すレムエルに、シュヘーゼンはいい経験になったのだろうと感じ取る。
ソニヤも途中口を挿み、レムエルが起こした行動の処理や気苦労を少し愚痴ったり、レムエルに今後のために釘を刺すなど行い、それについてはシュヘーゼンも同意し苦笑するしかなく、レムエルは目を彷徨わせながら弱々しく謝っていた。
全てを話し終えたレムエルは一息付き、少し首の凝りを解した。
「――わかりました。殿下のおかげで事は一気に進んだと思えます。今日の所は旅の疲れを癒す為にお休みください。明日改めて今後について話し合いたいと思います。夕食は料理長の新作があるようですよ?」
「それは楽しみだね! 言葉に甘えて今日は休むけど、シュヘーゼン達も無理しないでね。早く救いたいのは分かるけど、今シュヘーゼン達に倒られたら大問題だもん」
レムエルはシュヘーゼン達が疲れていることを一目で見抜き、心配する声音を含んだ言葉を投げかけた。
シュヘーゼンはそう言われるとわかっていたのか少し微笑み、大丈夫だとレムエルに軽く頷く。
「これくらいでは倒れることはありません。戦争の時は人が多く減り、これ以上の激務の時もありましたからね。それにその時とは違い気持ちは良い方へ高まっています。バルサムにも見張られていますから休む時は休んでいますよ」
「そうなの? じゃあ、バルサムはもっと倒れられないね。でも、全く疲れたように見えなかったけどなぁ」
「バルサムはそういうのを表に出さないので、流石に気付くのは難しいでしょう。数十年一緒にいる私ですら気づけない時が多いですから」
そこで会話を打ち切り、シュヘーゼンは仕事に戻るということでソニヤとともにレムエルは執務室を後にする。
部屋を出た後は外で待機をしていたメイドに案内され、二人の荷物が置かれている部屋へと移動した。
流石にソニヤと一緒の部屋にはならないが、いつでも反応できるように向かいの部屋となっている。
太陽の位置を確認すると凡そ午後三時手前と分かり、レムエルは身に付けていた物を全て外し、ラフな服の身を着た状態になる。
「やっぱり、気が引けるけど……」
と、部屋の窓側に置かれた天蓋付きのベッドに手を付き、少し慣れないことに気が引けてしまう。
レムエルは今まで平民の中でも少し裕福なベッドで寝ていた。
それでも貴族のような柔らかい布団に真っ白なシーツ、装飾過多の羽毛入りの毛布など使ったことが無い。二か月前にここで初めて使った時は気が引けすぎて端の方にちょこんと倒れるように眠っていた。
落ちなかったのはレムエルの寝相が良いからだろう。
だが、レムエルはまだ知らないだろうが、このベッドは貴族では普通であり、王族のベッドとなると天蓋!? と言えるような物が付き、装飾も比にならず、特に大きさは何人で寝る気? とレムエルなら絶対に思うほどだ。
質素な王族がいないとは言わないが、流石にレムエルは庶民に近すぎ、もう少し裕福な暮らしをさせておくべきだっただろうが、無理なものは仕方がなかった。
軽く寝た後メイドに起こされ、寝癖等の身なりを整え準備された服を着ると夕食を食べに向かう。
窓から差し込む光はオレンジ色となっており、もう少しで夜の帳がこの辺りを支配しそうだ。
新作の料理を口にし、満足したレムエルは安心したこともあり急に眠気が襲い始め、早めに切り上げ身体を風呂に入って休め、少し恥ずかしそうだったが監視していないとそのまま溺死してしまいそうなため、ベテランのメイドが監視をしていた。
ソニヤが羨ましそうにしていたのは内緒だ。
風呂から上がるとすぐに服を着て部屋に戻り、もぞもぞとベッドの端から中央へ移動し、背後にいたメイドに子供を見るような微笑みを向けられ毛布を掛けられた。
朝日が窓から差し込み、年相応にぐっすりと眠っているレムエルの顔を照らし始めた頃、外からは忙しそうに訓練をしている兵士達の声や、メイドや執事がそれぞれの仕事をしている音、厨房からは軽快な音が響きいい匂いが朝から屋敷の中を漂っていた。
その匂いが届いたわけではないが、レムエルは鼻をひくつかせて薄らと目を開け、朝日に顔を庇いながら体を起こす。
「……ん、んー……まぶしぃ……」
まだ寝惚けているのか綺麗な禁止のような髪をぼさぼさにしながら手櫛で掻き、今にも閉じそうなとろんとした目を開け閉じしている。
メイドが起こしに来ないということはもう少し寝ていてもいいのだが、レムエルの中に二度寝という習慣はあまりなく、外が暗くなければ一度起きたらベッドから出る、と言われてきたのだ。
少しボーっとしていると部屋の中に何かを打つ様な音が聞こえてきた。
その音が耳に届いたレムエルは完全に綴じていた眼をパチリと開け、声を出して入室許可を与えようとしたが、もう一度聞こえてきた音によって与えることはなかった。
「ぁ、んー……あれ? 反対側から聞こえる」
音はドアのある方向からではなく、自分の耳元である窓側の方から聞こえて来ていた。
レムエルはベッドから抜け出ると何度も聞こえる窓ガラス――透明なガラスは高級品なためクリスタルや水晶の物もある――の方へと移動し、窓の端で器用に立っている一羽の鳥が眼に入った。
その鳥はレムエルが両手で抱えるほどの大きさがあり、魔物特有の動物にはあり得ない赤い目をしており、一瞬魔物かと思ったがよく見ると冒険者ギルドで一度だけ見た紋章と鞄を首から下げていた。
「そう言えばゾディックが何か言ってたな……」
そう言いながら窓を開け、鳥を中へ入れると頭を部屋の中に入れ、レムエルに鞄を差し出すようにする。
レムエルは不安に思いながら鞄を受け取り、中に入っている物を確認する。
鳥は鞄を返してもらえるようにじっと待ち、中に入っている物を全て抜き取る――手紙が数枚しかないが――と鞄を再び鳥の首へかけた。
「クルゥッホー」
すると鳥は用事は済ませたとばかりにひと鳴きし、あばよっと片方の羽根を持ち上げ朝日が差し込む涼しい青い空へと飛び立ってしまった。
その綺麗な姿を見ていたレムエルだが、精霊に何か言われたのかハッと我に返り、謝るように小さく頷いて手紙の確認をした。
読み進んでいく内に顔色が少しずつ変わっていく。
「た、大変だー! ソ、ソニヤー!」
そして、深刻そうな表情となり、手紙をくしゃくしゃに握りしめ、今までにないほど慌てて身だしなみを整えることもせずに部屋を飛び出していった。
最後のやり取りというのですか?
もう少し緊張感が持てるように書きたいものです。
最近、文字もいらないことを書いているような気がしますし。
そのせいで今回長くなったと思うんですよ。




