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閑話 各王族2

 レムエルが名も無き村から自分に課せられた責務を果たし、国と国民を救うために立ち上がって三か月ほどが経った。時で言うと、レムエルが丁度『マグエスト』を初めての父親の言葉と共に出立し、『ルゥクス』へとあと少しで帰還するという頃となる。


 チェルエム王国では国民の間に流れ始めた情報――バグラムスト伯爵領を入れた四つの領地から、国中枢へと波紋のように広がった噂のこと――が二か月かけてやっと首都『シュフェス』へと届いた。

 二かカ月も時間がかかったのはいくつかの理由がある。


 一つがシュへーゼンによる暗部の暗躍による情報操作と、ゾディックが冒険者に依頼し各街の冒険者に噂を流した。だが、国にばれては元も子もないため、時が来るまで情報が伝わるような動きがあった時潰していたのだ。


 もう一つが情報の多さだった。まず『ルゥクス』でのレムエルの動きと精霊教教会での賛美歌が流れ、その噂が第一の波紋として広がった。だが、これはまだ誰も誰がしたとわかっていない本当に噂程度だった。

 次に『ロックス』でのレムエル印の銀糸グローブ等が爆発的に広がった。この時点でシュへーゼンとゾディックは知らずの内に連携を取り始め、冒険者の間に様々な噂が流れ始めた。それは第一の波紋よりも凄まじい勢いだった。

 編み込まれた竜と精霊の紋章にも噂が付き、単に国の象徴を模した、精霊もあるから誰かを例えている、製作者の意向、何でも発案者は美麗なお方らしい等々だ。

 また、鉱山の死亡率が飛躍的に低下したことにより、産出量が上がり、費用も抑えられ、冒険者も安全に依頼を受け手伝うことが出来るようになったのもいい噂となっていた。


 その波紋は第一の波紋を一瞬にして上書きし、国の半分を塗り替えた。

 そこへ第三の波紋が広がり始める。


 今度の勢いは国民の手によって広がり、それは『アクアス』では伝説となったレース『精霊に祝福されし船と暴れる船』のことだ。また、ここからレムエルの特徴が出始め、第一、第二の噂を良く知っている者は勘付き始める程度だろう。


 その波紋は国内にいるレース好きの者達に一瞬で伝わり、活気を完全に取り戻した『アクアス』では造船競争が激しくなり、レースも有志が集まって開かれる祭りが行われるようになり、その結果少しだけ客が来るようになった。

 そして、『精霊魔導船』を模した模型が造られ、『アクアス』ではそれを見たいがために訪れる者も出て来たという。


 最後に止めの一撃が第四の波紋として放たれ、それは波紋とは呼べない津波のような大きさだった。

 『マグエスト』から齎された噂は軍隊規模で倒すランドウォームの討伐から始まり、その時に貢献した神々しく光る少年と精霊達の乱舞、それは吟遊詩人達が各地で歌い、中にはシュへーゼンが編集した四つの領地の噂が一つに纏められたものもある。


 さらに国民でも入ることのできる天然の風呂――温泉の建造が始まっているという。国民はそれがどんなものか分からないが、実際に入った感覚から健康や疲労、美容など様々な効果があり、仕事終わりにさっぱりするのに丁度いいと噂が流れ、現在あるのは誰も入ることが出来ない外観だけの観光になっている。

 また、『マグエスト』というと辺境というイメージが高いが、レムエルが喜んでいたように風景や景色は類に見ない美しさを誇っている。そのため一度は行ってみたい観桜スポットでもあった。


 最後に国が腐ったために諜報員や暗部も腐り、情報収集などかしっかりと行われなかったというのは自業自得だ。


 この津波は瞬く間の内に国中枢まで飲み込み、緊急貴族会議が開かれることになった。




 チェルエム王国王城会議室。


 室内は齎された様々な噂により苛立った連中と、緊張と予感を表に出さないよう目を閉じ寡黙を貫いている者達に分かれていた。


 苛立っている連中は第一王子ビュシュフスを筆頭にした、第三王子ジザンサロムとその取り巻き貴族達だ。

 彼らは国民に噂が流れてから知らされたという暗部の役立たずさに怒り、自分達が蔑ろにされていると感じ怒り、一気に広がり王族以上に人気を誇っている噂の人物に対し怒り、反逆とも取れる国民の動きに大激怒していた。

 完全な逆切れだが、腐っているのだから仕方ないだろう。

 活気を取り戻しつつあり、それを腐った連中が見ると『ならばしっかりと税金を払え!』と思うのだ。

 だが、それは普通に考えれば無理な話だ。


 逆に感情を表に出さない者達はと言うと、まず宰相や軍部の団長達。彼ら個人や団として所持している人材を使い情報を集めていた。それは昔からの伝統でもあったためだがそれが功を奏し、反対派貴族の所から噂が流れ、密偵によると事実であることを掴んでいた。

 同時に情報が貴族や中枢へ回らないように細工もされていることに気が付き、これは何かあると早々に気がついいたため手助けをすることにしたのだ。そのため苛立った者達に伝わるのが更に遅れた。


 そして、何かがあるのだろうと思っていた矢先に噂の出どころであるシュへーゼンが現れ、国王との面会を行ったために何かが起きようとしていることに確信を得た。その後宰相が国王の下に呼ばれ、シュへーゼンからレムエルのことを伝えられた。

 困惑と驚愕と歓喜に複雑な表情をし、涙したという宰相はいつもの姿で団長達と密かに話し合い、国外部はこれから激動が起きることが知らされた。自分達は内部をどうにかしていくことになったのだ。

 そのため現在国王派――真の派閥はレムエル派だが、流石にそれを言うわけにはいかなかった。それに次期国王になるのなら構わないだろう、とでも言うべきか、国王派の結成を裏で行い、内部の情報をシュへーゼンへ横流しにし、元々筒抜けだったのがさらに筒抜けとなった。

 最後にありえないと思うが、レムエルが危惧している帝国への情報漏洩や他国の侵略を視野に入れ、宰相の発案により国境付近の警備強化を気づかれない程度に行っていた。


 こうしてレムエルは知らず内に仲間を手に入れ、彼らはレムエルのことを知らないがシュへーゼンからの印象を聞き、噂が本当ならどの王族よりも付けるに値すると判断したのだ。

 実際に見てからになるだろうと考えているのは、流石にシュへーゼンもまだ噂になっていない『竜眼』の存在と精霊使いであることを教えていない。

 国王も一応教えられているがどの程度かわからず、噂も姿が微妙に違い、精霊使いは別にいるのでは? とも思っている。

 さらに希少すぎる精霊使いが出れば確実に噂が立つので、精霊に一番関わり合いのある精霊教が行動を起こさないのに疑問だった。


 こうして二つの派閥が出来上がったが、いや、中立も入れれば三つだが、未だに第一王子派は現状をしっかりと理解できていなかった。


「おい! これはどういうことだ! 俺達王族が蔑ろにされているのではないのか!」


 ビュシュフスは肉片を噴き出しながら、醜い顔を真っ赤に染めている。

 時折大袈裟に呼吸を入れていることから、頭に血が溜まり、身体に力が入ることで呼吸が出来なくなっているのだろう。

 大変醜い。


「そうです! 雑草の分際で王族に情報を渡さないとは何たることか! 反逆罪でひっ捕らえてしまえ!」

「何だこの噂は!? まるで国民の中に立った英雄みたいではないか! これでは我々尊き者が悪と言っているようだ!」

「ビュシュフス殿下! すぐにこの噂が嘘であると言い、自分こそが国を統べる者だと認知させるべきです!」

「それだけではダメだ! この噂の出どころが何処か分からんのが悔やまれるが、見せしめに雑草を殺すべきだろう!」


 言いたい放題言う貴族達に第一王子は食事をしながら頷く。


「そうだな。次期国王である俺に楯突く者には見せしめが大事だ」

「まあまあ、そう焦らずとも大丈夫ですよ。王子、今ことを大きくしてしまうと国民が反乱を起こしてしまいかねません」


 そこへ手を擦りながら顔を出したのがジザンサロムだ。

 ビュシュフスは膨れた瞼を上げ睨み付けるが、ジザンサロムはどこ吹く風だ。


「だが、俺の言うことに従わない雑草は死んで当然だ。反乱など起こさないぐらい殺せばいいだろうが」

「そんなことをしてしまえば帝国から攻められます。それにこの噂を早急に消さなければ反乱は確実に起きるでしょう」


 意外に頭が回るジザンサロムだが、そのまま行けばレムエル達の思惑通りとなる。

 逆にビュシュフスが言うとおり行うと確実に反乱の火種は大きくなり、レムエルが表に顔を出した時の勢力が大きくなるだろう。

 どちらにしろこれを鎮静化させるには今までのような統治ではなく、税金を軽くするなどしなければならないのだ。

 はっきり言うと国民は上に困っているが、チェルエム王国は豊かな土地なためあまり輸入をしていないのだ。そのため国に金が集まり経済が破たんしかけているということだ。

 だから、税金を上げる意味が全くないと言えるのだ。

 下げれば噂は消えないだろうが、噂を塗り替えることになるかもしれない。

 だが、それを考えないのが腐った貴族達であり、自分の権益と肥えることしか興味がないため無理だろう。


「大体反乱が起きたらそこの団長達に鎮圧させればいいだろうが」


 国の内部のことを知らないのかこのビュシュフスは、国王にしか命令の出来ない騎士団に鎮圧させろという。

 それに団長達は眉を上げるが、特例事項があるにはあるが言う必要はないと無視する。

 特例事項として、国王不在や病気・意識不明等で指揮を取れないときに委任するのだ。他にも国王が認めれば指揮を取ることができるが、現在は誰にも指揮を任せていない。

 一応各団長達に委任させるという言葉を言ってあるが、この先どうなるか分からない。


「王子、騎士団を動かせるのは国王だけです」

「なに? 次期国王の俺が動かしても文句はないだろ? 国王の次に偉い、いや、もうすでに国王より俺の方が偉いな! これだけ金を集めたんだ、国民もさぞ喜んでいることだろう!」


 ビュシュフスは何を考えて……考えていないからこうなったのだろうが、また馬鹿なことを言い、周りの貴族までも呆れた顔をしたが、すぐに笑顔に戻す。


「そうですそうです。現在国王陛下はお倒れになっておられます。それなら代わりに殿下が指揮を取っても構わないでしょう」

「そうですな。殿下が騎士団の指揮を取る雄姿が見れるかもしれませんな」

「それなら国民から特注のお披露目鎧を作る税を集めましょう」

「いい考えだな。そのためには国民の反乱が……」


 宰相や団長達、中立・国王派の貴族達は絶句し、自分が聞いた言葉を理解できなかった。

 目を見開き何言っているのだ、こいつらは? と首を傾げる。

 次第に理解し始め眉を顰めることになり、感情のままに殴り飛ばしたい衝動に駆られるが、今はまだその時ではない。


「チッ! こいつらは馬鹿なのか! 俺達騎士がお前の勝手で動くものか! それに反乱を起こさせるだと? この怒りをぶつけてやりたい!」

「それは俺も同じだ。まあ、そんなことしようとした瞬間に俺は騎士団を抜けさせてもらうがな。逆にそのままあちらの勢力に付き、反乱軍として戦うのもいいかもしれん」

「そう言えばレジスタンスも動き出したみたいだな。まあ、数が少なかったからどうこうというわけではないが、俺達が持っていない情報もあちらに流れているか……」

「宰相よ、どうなのだ?」


 背後で関わらないようにしていた宰相に近衛騎士団団長ハースト・フォン・ランゲールが訪ねる。

 もう一人の団長は黒凛と並び立つ銀凰騎士団団長マイレス・フォン・アクリフィアといい、宰相はロガンという。


「……私はレジスタンスにも情報を流していた」

「そうなのか!? 一体いつから……」


 ロガンは目を薄らと開け、まだ国民に反乱を、という話をしているビュシュフスたちを睨み、マイレスに答える。


「レジスタンスは国王陛下が御作りになった組織だ。表向きはレジスタンスだが、実際の名は闇に潜み寝首を掻く狼『宵闇餓狼衆』といい、細工・操作・諜報・暗殺様々なことをする暗部の集団だ。だから、私が宰相になった時から密かに支援を続けている。最近は首都からほとんど出ているだろう」


 流石にそれにはハーストも驚き、思わずロガンの方を向きかける。


 国王が戦場を駆けていた時に作った組織だ。

 組織の中にいる者達は全て国王が見つけ出した者か、奴隷となった者を使っている。

 日頃は普通の生活をしているが、いたる所に散っている仲間から情報を集め、国王の耳となり教えていた。だが、最近は指示が飛ばなくなり、レムエルのことが国王の耳に伝わり指示が出たのだろう。

 恐らく国民のフリをしながら集まるはずだ。


「彼らは実に優秀だ。だが、圧倒的に人数が少なく、レジスタンスとしては活動できていなかったのが今までの現状だった。出来ていたのはせいぜい情報操作や細工ぐらいだっただろう」

「それが今は大きな勢力に合わさろうとしている、ということか……」

「そういうことだ。だから、レジスタンスについては問題ない。問題はあいつらの発言だ」


 平民からの成り上がりであるロガンからすると、お披露目が目的で態と国民に反乱を起こさせるというのは看過できなかった。

 もしそのようなことが起きた場合、ハーストとマイレスに止めてもらうほかない。

 だが、ビュシュフスが騎士団に命令が出来なくなったことを知ったことで、一つ懸念が生まれてしまった。


「どうしても、俺は騎士団に命令できないのか?」

「はい、国王陛下がおられる限り無理でしょう。まあ、委任状を貰えればいいかもしれませんが、現在床に臥せているようですし無理でないですか?」

「ふん、ならば俺が国王になればいいだけだ。父には引退してもらおう」

『はっ?』

「なんだ? 不服なのか? 俺が国王になったらお前達を取り立ててやるぞ? もっといろいろなことが出来る」


 これが懸念だ。

 やはり悪知恵だけは回るようで、実の父を殺し自分が強制的に国王へなろうと言っているのだ。

 だが、それを反対勢力がいる子の場で発言したことにより、不穏な空気が流れる。結果、国王の警備を固めることになる。


「本当に馬鹿だな。何で俺はこんな奴らの下に就いているのだろうか」

「そうだな。それも忌々しい名だが、白薔薇のイシスのように仲間を引き連れて逃げるか?」

「いい考えだが、俺達には俺達のやるべきことがある。さすがにそれを放り投げてあちらに行くことは出来まい。何かあちらに行く用でも出来れば別かもしれないが」

「そうだな。態と降伏して傘下に入ればいいしなぁ。そうそう都合よくそんなことが――」


 ハーストがそう言い天井を見つめたると同時に、会議室の扉が蹴破られ不愉快な貴族を吹き飛ばした。この場に出席していないとおかしかった人物が、会議室に漂う食べ物の臭いに眉を顰め、誰かを探し出すように辺りを見渡す。


「な、何事――」

「第二王子アースワーズ・オムレル・チェルエムだ。会議中かもしれんが緊急時により失礼する」


 驚きで椅子から転げ落ちそうになるビュシュフスの言葉を遮り、第二王子アースワーズは見向きもせずに背中に左手を軍隊式に構え、右手に持っている一枚の紙をある方向に突き出し命令を下した。


「これより離反のあった白薔薇を除き、全ての騎士団は俺の指揮下に入り、南西に位置するシュへーゼン・バグラムスト伯爵領へ噂の真偽を確かめに行くこととなった。これは国王陛下からの正式な指揮官委任状である。各騎士団長は連れて行きたい者を選別せよ」


 その方向とは無関心を装い相談をしていたハースト達だった。

 彼らはアースワーズの登場と意味不明な命令に一瞬呆気に取られるが、すぐに頭を切り替え、立ち上がると共に質疑を行う。


「出発日時と人数はいかがですか?」

「ふむ。出発は準備が出来次第だ。なるべく早く頼む。準備も含めてそちらに任せるが、連れて行きたい者だけにしろ。有体に言えば役立たずは置いて行け。かなりの速度で向かいたいと思うからそのつもりでいろ」

「お、おい! 貴様何様――」

「それで国の方は守れるのですか?」

「大丈夫だろう。それとも、お前達はそれほど連れて行きたい者がいるのか?」

「い、いえ、大丈夫です」

「俺様を無視――」

「ルートは最短距離を進むつもりだが、一緒に第六王子と第七王子のシュティー、ショティーも連れて行く。想像よりは休憩が多くなるだろうから、重いだろうが出来るだけ準備をしっかりしろ。場合によっては暫く帰ってこれんかもしれん」

「「分かりました! 選別を行いすぐに準備を行います!」」


 呆気に取られたままの貴族達は固まり、ビュシュフスが喚くがそれを無視して団長達は会話を続ける。

 近くの貴族が正式な文章であることを確かめた後、団長達は宰相に頭を下げ、アースワーズに敬礼をすると会議室から出て行った。

 残った貴族達は何が起きているのか瞬時に理解はするものの、今まで何も行動を起こさなかったアースワーズが何を考えているのか理解できなかった。

 彼らの頭の中にはアースワーズがどうして指揮官委任状を持っているのか、進軍をするのか、本当に噂を確かめるだけか、ここに来て王になる気かなどなど様々なことを考えていた。


「俺も準備をするので、会議中失礼した」


 アースワーズは軽く黙礼すると身を翻して出て行こうとするが、その背中に無視され怒り心頭のビュシュフスが怒鳴り声をかける。


「おい! 貴様何様のつもりだ! 次期国王の俺を無視し、言葉を遮るのは不敬罪だぞ! 皆の者そこの犯罪者をひっ捕らえろ!」


 そうむくんだ指を伸ばし言うが、アースワーズから立ち昇る憤怒の赤いオーラと、振り向く横顔の形相に貴族達は竦み上がる。

 元々取り押さえるべき団長達がいなくなり、白薔薇の代理はどこぞの貴族女騎士だ。その気に当てられ気を失いそうになるほどだった。副団長達も同様に時に当てられ尻すぼむ。

 勇気を振り絞る貴族もいるが、アースワーズの本気の覇気に立ち向かい組み伏せられる者は存在しない。


 そのままアースワーズは自分の身の回りで喚いていた貴族が眼に入り、何やら気色ばんだ顔をしているが、アースワーズの考えが一致しているとは限らない。


「な、何をしている!? この犯罪者をひっ捕らえろ! 同じ空気を吸いとうない!」

「黙れ……」

「な、何……くかっ!」


 周りで尻餅を付き脂汗を掻いている貴族に精一杯首を回し命令するが、誰もその言葉が耳に入っていないかのように声すら出さない。

 ジザンサロムも同様であり、どうにか気丈に振る舞っているが恐怖で口がきけない。

 振り向きアースワーズを眼にしたビュシュフスは、首を絞めつけられたかのように呼吸が出来なくなり、周りの貴族もアースワーズの少ないながらも濃密な魔力と覇気に当てられ動けないのだ。


「俺が犯罪者なら貴様も犯罪者だな。命令の最中に口を挿むのは妨害罪だ。次期国王とは言え、貴様はまだ何の力もない一王族。父上――国王より正式に次期国王だと言われたわけではない」

「お、俺様が犯罪者だ、と……!? 次期国王も俺じゃない? う、ううう、嘘も大概にしろ! ハッ! わ、分かったぞ! 貴様が国王になる気だな!」


 震える指先で悪鬼の様なアースワーズを差す。

 だが、その自信満々な顔を馬鹿じゃないのか? とでも言うように鼻で笑い切って捨てる。


「何を世迷言を……」

「き、貴様ァ~……!」

「ま、まあまあ、二人とも落ち着いて。今は兄弟で争って――」


 今度は視界からがずれたジザンサロムが大量の汗を掻きながら、剣呑になる空気を変えようと間に入るが、アースワーズの標的が変わることになった。


「それと、どうして貴様が会議に参加している?」

「え? そ、それは私が第一王子の味方ですから」


 理由を言うジザンサロムだがそんなもの理由にはならず、今までスルーされていたのは王族であることと周りの貴族が腐っていたからだ。

 それに第一王子に第三王子が付けば有利になるという思惑もあった。


「そんなもん理由にならん。貴様は会議に出席する資格はない。とっととこの場から去れ」

「そ、そんなことが……」

「それとも何か? 貴様は王位継承権を捨て、一貴族としてこいつの下に就くというのか?」


 蔑み睨むようにビュシュフスを見るアースワーズに、訓練など一切受けていない弱いジザンサロムもさらに飲み込まれていく。


「き、貴様も出席する――」

「残念だが俺には出席する権利がある。それと、貴様は何時までそこの席に腰を下ろしているつもりだ? 国王がいない会議だからといって、この会議は国の行く末を決める大事なもの。代理を任されたでもない貴様が国王の席に座るな!」

「ぶ、ぶひゅっ!」

「貴様も早く答えろ。王族が王族の下に就くのは構わんが、それならば王位継承権を放棄しろ」


 今度はジザンサロムを見下ろす。

 筋肉がガッチリとしているアースワーズから見下ろされると、小柄なジザンサロムは委縮し更に小さくなってしまう。


「答えろ! 俺はすぐに準備をしないといけないんだ!」

「は、はい! ほ、放棄させていただきます!」

「わかった。国王にそう伝えよう」


 そう言い残したアースワーズはまだ何か言おうとする者達を完全に無視し、会議室を出て行こうとするがふと立ち止まり、肩口で後ろを見ながら付け足す。


「言い忘れていたが、これからこの国は大きく動き出す。今のうちに身の振り方を考えておくんだな。今のままでは破滅する者が多くいるぞ。俺の忠告を聞く聞かないは好きにしろ。英断を期待する」


 そう言い残し去っていくアースワーズの背を皆が見送り、今回の会議は騒々しく終わった。


 因みに王族は継承権を放棄した時点でただの王族となる。

 そして、王族は何もしていないかもしれないが伯爵位を持っている。






 既にアースワーズから出かけることを知らされたシュティーとショティーは自らの部屋に入り、着替えや小道具を纏め、連れて行くつもりのメイドにその他の必要な準備をさせ、側近騎士に旅の支度と武具の手配をする。


「よく分からないけど、兄様が言うのなら付いて行った方が良いよね」

「そうだろうね。付いて行った方が楽しそう」

「「噂にもちょっと興味があったもんね」」


 会話で分かるように二人は一緒の部屋で過ごしている。

 幼い時ならいいだろうが、十代後半になってもこんな生活をしている者は少ない。

 別にあっちの毛があるわけではないが、一緒にいる方が安心できるらしい。

 まあ、王族言うのは変わった趣味を持つことが多いため、周りの者を一部を除きそんなものだと思っている。


「聞いただけでもお伽噺みたいだよねー」

「何だっけ? 皆を癒したり、発案したり、レースしたり、謎の力で大きな魔物を倒したんだよね」

「そうそう。あと、この銀糸のグローブもだったはず」

「冒険者に依頼して買ってもらったんだよね。ちょっと高くなったけど、この編まれた紋章がかっこいい」

「僕も同感だ。これを発案したのもその人らしいね」


 彼らの手にはレムエル発案の銀糸のグローブとマフラーなどいろいろとあった。

 情報は彼らに使える者やアースワーズから齎され、王族でもよく見に纏う衣類に使う銀糸を使われた新商品が出たということで、彼らはすぐに購入することにしたのだ。

 しかも彼らは……


「「まるで英雄だよねー。その人がいる方へ行くって言っていたけど、会えるのかな?」」


 末の弟であるレムエルに心酔していた。

 メイド達もそれを微笑ましく思い、他の兄弟と違い無理なお願いはほとんど言わない為、手のかかる子供のような感覚でいるのだ。


「準備をしているか? 途中で休憩を行うからいいが、お前達は外に出るのも初めてだろう? 金も要るからお前達は持たずに誰かに預けろ」


 そこへ会議室から退室したアースワーズが訪れ、先ほどの覇気が嘘のように収まり優しい声で二人に注意を促す。






 第四王女のメロディーネ以外の三人の王女はいつものように過ごし、第一王女クリスティーヌはイシスが抜けたことにより有力な騎士が全て引き抜かれ、白薔薇女騎士団の存続が危うくなり始めていたことに焦りもしない。

 彼女は単に周りからの賛美と他者を従えるという優越感に浸れればよく、残った騎士は皆どこぞの令嬢で、戦ったことも剣を持ったこともないコスプレイヤーなのだ。

 中にはイシスに憧れていたり、ソニヤに会えるかもと儚い思いを抱いた令嬢騎士もいたが、その令嬢貴族は憧れていたため訓練を一応受けていた。

 親の思惑とは違うだろうが、もうどうすることも出来ないだろう。


 そして、第二王女ベロンナと第三王女コスティーナは毎日食べていた『グリアの果実』が二日に一回になったため大層ご立腹だったが、彼女達は無駄な労働を嫌うため愚痴を言うだけで行動を移さない。

 周りのメイド達にとっては別にかまわないことだったが、とばっちりで数人のメイドや執事が罰を受け、メロディーネがどうにか見つからないように救い出していた。

 だが、それにも限界がき始め、第四王女ということで使える権力と金もなく、せめて自分が男だったらなどと思うのだろうが、言っても仕方のないことであり、男だったらこのようなことすらできていない。


「アンネ」

「はい、メロディーネ様」


 アンネと呼ばれたメイド――艶やかな青髪に切れ長な瞳、エルフ族の女性だ――は、いつものように背後に控え返事をする。


「アースワーズお兄様が動き出したみたいね。どこに行くのか分かる?」


 メロディーネも自らの手足となる者達を使い情報を集めているのだ。

 勿論噂のことも耳にしており、シュティーとショティーが心酔しているように、彼女は少しだけ憧れていた。

 まるで白馬の王子が自分を――国を正してくれると……。

 まあ、実際は強大なため自分というのは無理な話なのだが。


「はい。どうやら噂の真偽を確かめに行くようです」

「え? 本当?」

「はい。会議中に陛下からの委任状を持ち、騎士団長二人に命令を下したそうです。会話から何やら裏がありそうですが、アースワーズ殿下は謎が多いですから思惑でもあるのでしょう。あと、シュティー殿下とショティー殿下もお供するようです」

「そう……。ちょっと羨ましいですね。私も城の外へ行ってみたい」

「姫様の言う通りにさせたいですが、それは無理な話です。ですが、これから何か起きるかもしれませんから、その時に応じて抜け出さなければならない場合があるかもしれません」


 アンネは実に有能なメイドであり、メロディーネが助け出した者達を有効に使い、どこから手に入れたのか暗部の諜報員や戦闘員なども持っていた。

 そのため、城内のありとあらゆるとまでは無理だが、会議室で行われている話等は筒抜けとなっている。

 そこからの会話からこの先の展開次第では仕えるべきメロディーネを全力で逃がすつもりだ。


 流石にシュへーゼンたちの話は周りに警護する者が潜んでおり、他者の諜報員や盗聴を妨害するため聞かれておらず、レムエルの存在を掴めていなかった。

 ただ、その厳しい警護から何かがあるとは感じ取っていた。

 それに加え、今回の噂だけに二つの騎士団を率いて出るという話が、余計にメロディーネを外に逃がした方が良いと思わせていた。


「そうなったら良くはないけど、アンネに全て任せます」

「かしこまりました」

「あと、全員にも通達して下さい。私が逃げるようなことになれば、自分達も巻き込まれないように城から出るように、と」

「かしこまりました。付いて行かせる警護の者も選別していきます。それと、騎士団の中に密偵を放っておきましょう。もしかすると何か分かるやもしれません」

「そうですね。では、騎士は……無理なら、影を使いなさい。それでも無理ならシュティー兄様かショティー兄様の荷物に盗聴器でも入れておけばいいでしょう。あの二人はお喋りですから」

「仰せのままに」






 場所は変わり、ひと月と半月前十数年前のソニヤの退団と騎士団長クリスティーヌの私物化に耐え兼ね、白薔薇女騎士団の在り方に不服を持った副団長――現在は元が付くが――イシスは五十名の団員をつれ、いるかもわからないソニヤの元へと参ろうと近隣の村々を回っていた。

 彼女達はソニヤがいた時代からの団員達であり、中には違う者もいるがイシスやソニヤに心酔や憧れている女性騎士達だ。


 近隣の村を訪れるのは追っ手を撒くことと、今まで出来なかった遠方の村の魔物の脅威を取り除くことだった。

 騎士団を離団したとはいえ心は騎士なため、訓練もしなければ体が鈍るということもあり、馬の休憩も兼て村に泊めてもらう代わりに魔物を退治するのだ。

 また、ソニヤの名は少し消えかけているが、白薔薇女騎士団が腐敗したとはいえイシスの名は今も轟いているところがある。それがいま役に立っていると言える。


「よし、これでこの辺りは大丈夫だろう」


 イシスは下顎から生える二本の長い牙と豚のような鼻、身体を覆うように薄らと毛が生え、人間のように衣類や武具を着て戦う二足歩行の豚『オーク』を、手に持つ直剣を純粋な筋肉の力膂力のみで振り切り、オークの太く逞しい骨太の首を跳ねた。


 彼女は鬼人族。

 鬼人族は成人するころに額に男は一本、女は二本の角が生える特殊な種族だ。

 種族柄魔力を属性魔法として変換することは出来ないが、身体能力が攻守ともに高く、魔力を使った肉体上昇系の攻撃を得意とする。


「皆集合し、村へ報告しに帰るぞ」

『了解!』


 イシスの指示にまだ戦っていた者はすぐに仕留め、上官の指示に従いながら新人騎士は実力を付けて行き、その他の者はオークの解体をした後他の魔物が近づかないように事後処理をする。

 魔物は人間の臭いや血の臭いを嗅ぎつけやってくる。

 魔力に反応し、夜間が主な活発時となるのも特徴だ。


 てきぱきとオークの死体を解体していく女性騎士達。

 オークは見た目が醜く、ゴブリン同様に繁殖能力に秀で、知能もそれなりに高いが魔物の範疇にとどまる。また、繁殖するのに他種族のメス、特に人間を攫い種付けすることが多く、ゴブリン同様に女性の敵だと認知されているが、強さはゴブリンの数倍有り、冒険者で言うとCランクがソロ討伐、Dランクパーティーが推奨とされている。

 また、肉は見た目と違い美味で、強さと旨さと数を視野に入れると安い位で食べることができ、このような村では祭り騒ぎとなる。


 そして、現在彼女達は黒凛の名を名乗っている。

 もしかすると名が轟きソニヤが気付くかもしれないと思ったからだ。

 どこまでもイシスはソニヤを慕っているようだ。


 イシスも今倒したオーク――その中でもリーダー格だったハイオークの着ている鎧を剣で繋ぎ部分を切り、露わになった全身を軽く大きめのブロックに切り分ける。

 これが出来るのは相当な筋力を誇る者だけだ。


 オークはイシスからすると柔らかい肉と変わらないが、人族からすると相当硬い分類となる。イシスが強いというのもあるが、男でもそれなりの実力者でないと無理だろう。

 オークは稀にメスが生まれる以外全て男のため、さらに今回はイシス達女性ばかりと大きく反ったあそこも露わになり、所彼処で悲鳴が上がるがイシスは慣れもありすぐに関心を無くす。

 これが魔物でなければ反応するのだろうが、流石に……。


「気持ち悪いだろうがすぐに解体してしまえ。騎士団にいたとしてもそれは変わらんぞ。そんなに嫌だったら切り刻んでしまえ」


 そうは言うが、自分の剣で切り刻むのも悍ましくて体が震えてしまい、魔物の生殖機器のため人間とは形が違うのだが変な趣味に目覚めそうだ。


 まあ、その話を置いておき、細かい作業をしているイシスの元へシュヘーゼンが放った暗部が近づいてきた。

 イシスは気付いたようだが、周りの騎士は誰も気づかないところを見るとかなりの実力者だと感じ、すぐに剣を構えようとしたが掲げられた短剣の紋章に見覚えがあり手を止めた。


「その紋章は……バグラムスト伯の……」

「はい。私はバグラムスト様にお仕えする暗部の者です。閣下より言付けを承っております。少々お時間を頂いても?」

「わかった」


 イシスは安全だと思いながら剣に手を置き、残って解体している騎士達から離れ、眼の届き難い木の影へと入った。

 暗部の者は懐から手紙を取り出しイシスに手渡すと、シュヘーゼンからの言付けを言う。


「では、言付けを。『現在国を正すべく立ち上がった第八王子レムエル殿下の下、私達は力を合わせ打倒することとなった。そのため、離反したと聞き助力を願いたい。了承を願えるなら、そのまま近隣の村を回りながら我が領地まで来れたし』……以上となります。詳細はその手紙に書かれてあると思います」

「……第八王子? そういえば、十数年前にそう言った話があったな……。――一応了承した」

「私達が情報の攪乱を行いますから、イシス様方は黒凛の名にこの紋章を付けて名を広めてほしいとのことです」


 手渡された紙には精霊と竜の『ロックス』で生み出された紋章が描かれていた。

 これも近隣の村にこの紋章を知らせ、黒凛の名と共に勢力の拡大を図るのだろう。


「これはなんだ?」


 情報を集める斥候もいないイシス達には噂が伝わっていなかった。

 そのため最近人気を誇る噂の紋章も知らないのだ。


「それはレムエル殿下の紋章となります。この辺りでは無理でしょうが、恐らく国民の半数は知っているでしょう。閣下の領地に近づくほど殿下の噂を耳にすると思います」

「よく分からないが、とりあえずバグラムスト伯の下へ参じよう」

「助力ありがとうございます。それと元黒凛の副団長ソニヤ様からも言付けがあります」

「なに!? そ、それを早く言わないか! そ、ソニヤ様は生きておられたのだな! ああ、私は信じておりました。すぐにあなた様の下へ駆けつけます」


 いきなり甘美に震える声を出しながら、頬を染めウルッとした瞳で天を仰ぐイシスに目を瞬かせる暗部だが、さすがプロなのか、それとも聞いていたのかすぐに言付けを伝える。


「ソニヤ様は一言『私の主の下、再び共に戦えるのを楽しみに待っている』とのことです」

「ああ、ソニヤ様は私のことを覚えていてくださったのですね……。――四肢がもがれようと必ず行くと伝えてください」

「分かりました。では、イシス様方はこのままバグラムスト伯爵領へ向かってください。追手と情報攪乱は私共が行います」


 暗部はそう言い残しその場から消え失せ、残ったイシスは手紙を懐へ入れ喜びを噛み締めながら、緩んだ頬を叩き木の陰から出て全体へ決まった進路へと指示を飛ばす。




 こうして噂が広がったことで国内に歪みが生じ始め、思惑を考えていた者達は実行を始めた。

 噂を鎮圧しようとする国上層部はすぐに動き出したが、腐っていたために動きは遅れに遅れ、レムエル達が考えていたよりも噂が残ってしまった。

 だが、レムエル達にとってデメリットはほとんどなく、精霊教の布教も想像以上のスピードで広まり、冒険者もその噂を流していた。

 そして、レムエルの下に最速のピジョンが、緊急事態を知らせるゾディックの手紙を持ち飛来した。


これで第一部前半を終了とします。

後半は少なくともひと月近く離れると思ってください。

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