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第二十一話

 話し合いを終えたレムエル達。

 戦闘の疲れも出て来たのか、一気に魔力を使ったことでレムエルが体調を崩してしまった。

 崩したと言っても疲れて来ただけのためそれほどのことではないが、熱さのせいもあり少しぐったりとしていた。


「そにやぁ~。飲み物ちょーだい」


 レムエルの疲れ切った声が、傍で甲斐甲斐しくお世話をしているソニヤの耳に届く。

 レムエルはどうやら風邪をひいたら甘えるタイプらしく、レムエル至上主義のソニヤはとても嬉しそうだ。

 こうやってお世話も日頃から出来るのだが、気弱なレムエルは頑固な面もあり、男としてのプライドもあるのかソニヤに甘えることがあまりない。

 だから、甘えられると甲斐甲斐しくしたくなるのだろう。


「はい、レム君」

「あ、うん」


 ソニヤは飲み易いようにレムエルの体を起こすと、態と自分を椅子のように見立て抱え、木製のストローの様な物を差しレムエルの口に近づける。

 流石にレムエルもこれはおかしいと気づくが、言うのも面倒なほど怠いためソニヤに任せる。


「じゃあ、汗を拭くか」

「いや、さっき拭いたからいい」


 三十分起きに汗を拭こうとするソニヤにはさすがに嫌気が差したのか、本気で断りを入れるレムエルは、ふと頭の中を横切った言葉を呟いた。


「こういう時は温泉に入ってゆっくりしたいなぁ~」


 耳元にいたソニヤはその単語を聞き留めた。


「レム君? その温泉というのは何なのだ? 入るというからには物なのか?」


 街に入る前にレムエルが言っていたのに対し、疑問顔をしていたのでそうではないかと思っていたが、ソニヤが知らないだけなのか、それともこの世界には温泉が存在しないのか分からない。

 だが、火山の多い高山都市であり、絶景の風景もあり、水も豊富にあるとくれば温泉に入りたくなるだろう。

 今のレムエルにとって五臓六腑に染み渡る温泉は健康にも良く、疲れを一気に吹き飛ばせる効果もあるはずだ。

 だが、どのようにして温泉を見つけるかが至難となる。


「温泉ないの? 温泉っていうのはお風呂? みたいなもので、こういった火山があるところの地面を掘ると温かい水が出るんだ。それを溜め池のようなところに入れて、入るところだよ」


 少し疲れた様子で温泉について語るレムエルに、各地を回ったことのあるソニヤはそういうものを聞いたことがあるのか考える。


「温泉……残念だが、私は聞いたことがない」

「そうなんだ……残念」


 レムエルは唇を尖らせつまらない、といった感情を前面に押し出し、入りたかったなぁと呟いた。

 ソニヤもレムエルたっての願いで叶えてやりたいが、流石によくわからない物を作るのは無理だ。


「話を聞かせてもらったぞ!」


 と、そこへランドウォームの解体作業を終了させたフレアムが現れた。

 首にはしっとりとした手拭いが掛けられ、いたる所によく分からない液体などが付いていることから、フレアムも解体を手伝っていたのだろう。

 魔物や肉や素材は鮮度が命となるため解体を不眠不休で行っていたのだろうが、フレアムに疲れた様子は見当たらず、逆にレムエル達の話に興味があるようだ。


「おお、起きなくていいぞ」


 寝かせた体を起こそうとしたレムエルにフレアムは手と言葉で制し、近くの兵士に水魔法を掛けてもらう。濡れた肌をタオルで拭き、ソニヤの隣に腰を下ろした。


「で、先ほどの話を偶々通りかかった時に聞かせてもらったのだが、殿下の言う通り偶に地面を掘ると温かい水が出る」


 フレアムが腕を組みながら頷いて言った。

 その話に目を輝かせるレムエルは、ソニヤの脚を叩き喜びを露わにする。

 その手をソニヤはそっと取りフレアムに訊ねる。


「それを溜められるのですか? いえ、それ以前にどのような感じなのでしょうか?」

「ふむ。一時期風呂みたいだと考え、実験的に入ってみたことがある。すると体調を悪化させる者や肌を赤くする者が出始め、臭いも相当なものでなぁ。水質に関しては大丈夫だったはずなんだが、何か原因があったのだろうか?」


 首を捻りながら何か知らないか、と訊ねるフレアムに、レムエルは少し思案して何か内で相談するような顔してから話し始めた。

 別にレムエルの中に誰かがいるわけではなく、魂の集合体なわけで、自分の記憶に呼びかけるような感じだ。


「多分、その場所が何処か知らないけど火山の近くは有毒な気体が出るし、その時は水質も大丈夫だったのかもしれないけど同時にどこか傷つけて混ざったのかもしれない。確か周りに腐ったような臭いと、辺りに黄色っぽい色をしていたはず。それが身体に害を与える物体だったと思う」


 最後の方は記憶もあやふやになっているのだろうが、レムエルが言ったのは硫化水素といい火山などでよく噴出する物体だ。硫化水素は空気より重く、水に溶けやすい性質があり、粘膜を刺激する有毒な気体だ。可燃性のガスでもあるため火気厳禁だ。


「ふむ……。確かそのようなものがあったはずだ。あれが駄目だったのか……。少し悪いことをしたな」


 フレアムは反省反省と頷く。


「温泉を掘るのなら、まずその地形や場所とか確認して、どこに水が流れているのか調べる。そこは危ないかもしれないし、魔物も出るし、火口が近ければ作業もし難いしね。で、そこから離れた場所に移動した後地面に井戸を作るように穴を開ける。勿論温泉は熱があるから井戸よりも危険だよ。水質を確認して、浴槽を作ったりして、熱かったら真水を引いて丁度いい温度にする。だから、しっかりと場所を選ばないといけないし、温泉自体の水質も確認しないといけない」

「それだけ聞くと大掛かりな作業になりそうだ。だが、我達炎人族が住むところではそういった言い伝えの様なものがある。――遥か昔、一人の英雄が地に降り立ち、魔法を駆使して清い水の溜り場を作った……というような、な。飲み水や聖水の類の話かと思っていたが、今考えると温泉の話だったようだな」


 やはり過去、英雄システムによって呼ばれでもしたのか、その人物が故郷で何か知っていたのだろう。

 それをどうしても作りたく、火山や火に対して耐性や知識のある炎人族を頼ったというところだろう。

 だが、炎人族はそれを英雄の御業とでも勘違いしたのか、伝説やお伽噺などの類として残したと考えられる。


「多分そうだと思う。その場所はもうないの?」

「あったとしても我らの住む山は此処から遠い地だからな、どうせ無理な話だ。それよりもこの地に造った方が早く住むだろう」

「そうですね。聞いただけでも莫大な費用と人員、調査も必要です。しかも今はそんなことをしている暇はありません。まあ、疲労も取れるということなのであれば鋭気を養うのに丁度いいかもしれませんが……」


 どれほどの規模を作るかにもよるが、この世界には魔法という力がある。

 それに種族柄そういったことが得意な種族いる為、思っているよりも日数はかからないだろう。

 それを集めるだけでも相当な時間がかかるため今は無理だと思った方が良い。

 だが、作るとするとこの辺りはとても恵まれている。

 『ルゥクス』の木材資源と加工技術、『ロックス』の力作業と掘削や地魔法に関して、『アクアス』の水の知識と水路作り、『マグエスト』の土地勘や火山知識を合わせればすぐに最高の温泉施設が作り上げられるだろう。

 幸い彼らは知己であり、お互いに険悪もしていない為、スムーズに作業が行えるはずだ。


「ちぇっ。そんなもの精霊に頼めば一時間でしてくれるっていうのになぁ」


 と、レムエルはやはり疲労が溜まると子供に戻るようで、思ったことや感情が表に出てくるようだ。

 それを聞いた二人は精霊か……と固まり、その手があるのかと苦笑気味に顔を見合わせた。

 だが、今はレムエルが動けないためどうすることも出来ず、一時間という言葉にそんな時間で済むのか? と疑問を持たなくもなかったが、あれを見た後では納得するしかなかった。

 まあ、精霊もレムエルの具合が悪いのを心配しているのだろうから、自分達の力を全て使って作業を行うのだろう。


「入りたかったなぁ。気持ち良いんだろうなぁ。ここで鋭気を養えば……。そうだ! ここに小さくてもいいから温泉を掘って、その噂も流してしまおう」


 愚痴を零していたレムエルに二人はどうしようもない顔をしていたが、レムエルが何かを考え付いてしまい早く止めるべきだったと後悔する。

 言っている意味も分かるし、確かに温泉が出来上がればレムエルの良い宣伝となる。

 自分達の領地も潤い、経済効果も生まれ、この辺りが辺境と言われなくなり、人が多くなることで帝国から密偵が来るだろうが、先も言ったように山脈が防いでいる。そのため検査・審査をしっかりすれば安全だろう。


「それにこれは冒険者への報酬にもなるかもしれない。冒険者は身体が命だし、健康になれて体も綺麗に気持ちも良くなるのならいいと思う。まあ、実際に使ってみないと何とも言えないけどね」

「まあ、そうだろうな。だが、殿下の言う通り作れるのなら作っておいた方が良いかもしれん」

「フレアム様まで……」


 否定していたフレアムも賛同してしまい、ソニヤは苦い顔付きになる。

 だが、ソニヤ自身も温泉に興味があり、作っていた方が良いという理由もわかっていたので、正面から否定することは出来ず、何よりもレムエルの数少ない我儘なのだ。

 今までレムエルが頑なになることはあっても、自分に頼り我儘を言うことは幼い時を除けばほとんどない。

 だから、このほとんどデメリットの無い願いを叶えてやりたいのだ。


「ソニヤよ、よく考えてみよ。作戦の中には要の国民もいるのだぞ? そして、温泉は国民のためにある様なものだ。それを国民が理解し、温泉のことも理解し、仕上げに悪辣だが『これはレムエル殿下だから入れる。もし負けたら国が没収し、高額の料金を取られかねない』と流せば死にもの狂いとなる。美容にもいいのなら女性は確実だな。(ソニヤ、綺麗な方が殿下も喜ぶぞ)」

「そ、そうですね! で、ですが……」

「それに冒険者もな、殿下が言ったように多く訪れるだろう。その結果帝国への牽制ともなり、俺達辺境の領主は助かるわけだ。人が多くなることで魔物も活発化するかもしれんが、それこそ冒険者に依頼し、温泉無料券や施設料半額などの報酬も組み込めば言うことなし。騎士団も辺境に来にくいかもしれんが、温泉の疲労取りに来れるやもしれん。本音を言うと王族達も来てくれればかなり良い」


 フレアムはかなり先まで考えているようだ。

 一番の本音は帝国への牽制や冒険者や騎士団の来訪による防備に関してだろうが、箔が付けばかなりの国民が訪れると考えているのも確かだ。

 この地は高地というのも関係し、どこも魔物さえ近づかなければ絶景の風景と景色、風もいい匂いがし、場所によっては和む場所もあるといい条件が揃っている。

 こんな地に温泉を作らないのはおかしな話と思えてくるのは不思議だ。


 ソニヤはフレアムが乗り気なのなら仕方ないと考え、本音であるレムエルのために綺麗に、というのを鉄面皮の下に隠して言うが、フレアムにはお見通しだ。


「分かりました。今はまだレムエル様が動けないでしょうから、少し涼しくなる午後辺りから出ましょう。それと条件に合う場所が無ければ今回は諦めます」

「うん! それでもいいよ!」

「うむ。では我は兵士達の選別でも行っておくか」


 フレアムはそう言って立ち上がり、部屋の外で待機していた兵士にドレイク隊を集めるよう指示を飛ばし、自分は頬を緩ませながら地図を見に部屋へと戻った。

 レムエルはおもちゃを与えられたような年相応の姿となり、張り詰めていた気持ちが噴き出したこともあるのかソニヤに甘える。

 ソニヤからしても今回のことは失敗してもレムエルの羽根休めになったので、かなり安心していた。

 やはり気丈に振る舞っていても、まだ十二歳になったばかりの子供だ。

 この二か月で四つの領地に回り、様々なことをしてきたのは相当な負担となっていたはずなのだ。

 体調を崩したのがこの領地で良かったとも言えた。


「レム君? 今度からはしっかりと私や周りの者を頼るんだぞ?」

「うん! ソニヤに頼るよ~!」

「こ、こら!」


 お姉さん風を吹かせたソニヤは、レムエルの額に絞ったタオルを置いたのだが、寝惚け始めていたレムエルは覆い被さったソニヤの首を抱きしめた。ソニヤは逃れられるのにその心地よい余韻に浸り、レムエルが規則正しい寝息を立てる頃に解いた。

 その顔は真っ赤になっていたというが、幸い作業が増えたことで誰も部屋に訪れる者がおらず、冷静沈着貴公子のようなソニヤの皮が剥がれずに済んだようだ。




 午後となり、街が陰りはじめた頃。


 レムエルはどうにか身体を動かせるようになり、魔力も戻ってきたことでシルゥに負ぶさるように乗り、ソニヤとフレアム、護衛のドレイク隊数名と共に近くの山の中へと入った。

 この山にはまだ名前がないそうだが――山が多すぎて名前を付けるのが面倒だというのもある――この辺りでは一番景色や豊かさ等が良く、魔物も弱く攻撃性の無い者が出るらしい。


「……精霊よ、その姿を僕の前に現し、見る者を魅了して」


 いつもの文句を言うと下級の精霊が四人現れ、レムエルの肩に乗っかった。


「ほう、間近で見るのは初めてだが、意外に可愛いな。マスコットとして売れるやもしれん。こういうのは発売した者勝ちだな」

「確かに精霊は可愛いから売れるかも。精霊も売ってほしいみたいだから、また今度訪れた時に作ってよ。でも、精霊教にある精霊の姿と違うからちょっと教皇と話さないといけないね」

「そう言えばそうでしたね。今回の件が終わった後に一度お会いして話をしておきましょう」


 ソニヤは頭の中にメモをし、帰ったら叔父シュへーゼンに帰る手紙に今回のことも含めて教えておくつもりだ。


「じゃあ、精霊。この辺りで条件に合う健康に良い温泉が出る場所を教えてくれる?」


 レムエルは肩に乗っている精霊にお願いする。

 精霊は頷き合い、ドンと胸を張って任せろと言うと、辺りの木々や土の上におり、語り掛けるようにして調べていく。

 この辺りにはないようで少し奥の方へ行くことになり、移動した先には街の全貌とまではいかないが、少しこの辺りを綺麗にすれば街を見下ろすことのできる綺麗な景色の場所に出た。

 そして、この場所で四人の精霊が固まり、何やら話し込んでいるため何か見つけたのだろうと推測できる。


「何か見つけたんだね?」


 精霊はレムエルの言葉に笑みを浮かべてコクリと頷き、四人が四人とも少し奥へ移動して地面を指さした。

 恐らくそこを掘ればいいということだろう。


「フレアム、この辺りは大丈夫かな?」

「もちろん大丈夫だ。この辺りは子供も遊びに来るところで、大人も山菜取りによく来るところだ。人通りも多いから魔物の出現も少ないだろう。しかもこの場所はかなりいい景色が眺める。夜に酌をしながら浸かるのも乙だな」

「そうですな。兵士達もこの辺りにできれば喜ぶでしょう。警備の方も楽で助かります」


 フレアムの言葉にドレイクがほっとしたように言った。

 良い街だけど犯罪がないわけではない。

 温泉等と言うものが出来上がれば、当然犯罪をしようと思い付く者が出てくるわけだ。

 それを防ぐために住民が一人ひとり気をつけるのが大事なのだが、やはり冒険者が訪れるようになると兵士の役目となるのだ。

 まあ、王族が作ったとわかれば、いくら粗暴な冒険者でも最低限の礼儀を弁えるだろう。

 そのために始めの規則を徹底しなければならず、最低でも平民用、貴族用、王族用の三つはいるようになり、男女種族で分けないといけない時もあるだろう。


「じゃあ、早速掘ろうかな。……力ある精霊よ、その姿を現し、僕の願いを叶えておくれ」


 レムエルの言葉に今度は四人の上級精霊達が現れ、早速レムエル分を吸収するために抱き付く。


「「「「おおおおー!」」」」

「レ、レムエル様!?」

「ほほう、モテモテだな」


 兵士達は自分達を救ってくれた女神の様な姿に拝み興奮し、ソニヤは羨ましい思いを抑えてレムエルの心配をし、フレアムは純粋に女性にモテていると言い、三者三様な反応をする面々。


「ちょっと、後でいつでもしてあげるから、今はお願いを聞いてくれる?」


 こくこくと笑みを浮かべて頷く精霊達は多分だが、レムエルの体調が良くなったことに喜んでいるのもあったのだろう。

 すぐに四人は移動し、下級精霊に細かい作業を頼みながら、まず地の精霊が地面を掘り上げていく、同時に土も固めていき目の前に十人が入れそうな風呂場とシンプルなドラゴンと精霊を模した装飾付きの柱と床を作る。

 今回は地の精霊が一番仕事と量が多く張り切っていた。


 その間に火の精霊は土を乾燥し滑らかな質感にしていく。

 水の精霊は地下の温泉の温度を確認した後に近場の水源を探し、その水を引く水路を作りながら風呂場に流し込む。

 風の精霊はフレアムの指示の下木材を切り、脱衣所や屋根等小屋となる部分を作り上げていく。

 レムエルは各自に指示を出し、ソニヤは危険がないように傍に控え、時折りレムエルが見たことのない王城の浴槽の風景を教える。


「温泉が湧いたって。少し熱いみたいで、周りの気温も考えて少し温いくらいにするって」

「それでいいでしょう」


 ソニヤの許可が出たことでいよいよ浴槽に温泉の水路を作り入れていく。

 湯気が立ち昇り、硫黄の微かな臭いが鼻に付くがそれは別に臭くはない。

 最後に地形を良くし、精霊は気を利かせて街からの階段も作り上げる。

 その光景に兵士達は感嘆の声を上げ、ソニヤとフレアムはやりすぎだと頭を駆ける羽目になるが、レムエルは精霊達を褒めて最後に今日だけの精霊外灯を取り付ける。




 先ほどまで『マグエスト』名物『魔導冷風門』を一望し、特殊な作りの街を眺めることのできる絶景の風景だった場所は大自然に囲まれており、此処に到着するにも数十分の時間がかかっていた。子供達が遊び、大人が山菜取りに来ると言っても絶対に魔物は現れないとは限らず。兵士達の尽力のおかげで護られていた場所だ。


 そして、現在。


 夕暮れとなり始め、街を山々の影が多い光の魔道具が付き始めた頃、その区画だけは煌々と精霊の輝きが灯り、それを見上げるレムエル達がいた。

 周りに影響がないように兵士達が調査し、精霊が自然へ働き呼びかける。

 生い茂る木々の枝や葉等が腐り、腐葉土となった柔らかい地面は地の精霊が馴らし固め、火の精霊が特殊な加工を用いて固めていく。水の精霊は水路を引っ張り脇で始めた温泉に組み合わせ、風の精霊は小屋を作り上げた。


 外見は和風の白塗りの壁に木製の柱、フレアムの屋敷のようななだらかな屋根を特徴とした建物だ。

 四隅に精霊の光があるが、それ以降は光の魔道具を設置できるように加工され、何よりも目立つのが一番精巧に作られた正面の装飾だ。

 レムエルの象徴である竜の絵柄が雄大にこちらに構え、その周りに各精霊達が活き活きとした表情と動きで彫られていた。

 


『……』

「うわぁー! これは目立つね。これだけでも名物になりそうだよ。精霊、ありがとうね」


 誰もこのような者を想像しておらず、新たに出来た温泉施設の前でレムエル以外の者達は口を半開きにして絶句していた。

 どうやらソニヤが目を離した隙に精霊と共に作り上げていたそうだ。

 作り上げたのなら仕方なく飾ってみたのはいいが、最早庶民が来れるようなものではなくなっていた。

 国の象徴が彫られている時点で恐れ多いのだが、ここまで来るともう近寄り難いだろう。

 幸いこの温泉は凡そ十人ほどしか入れず、大衆向けではないのが良かった。

 あまり費用の掛かっていない製作作業だったが、これほどの物を造り誰も近づかないでは採算が合わないのだ。


 レムエルはただ精霊に願いを叶えてもらったことで素直に喜び、今は消えて見えないがきっとレムエルの傍で胸を張っていることだろう。


「よし! さ、皆中に入ろ? 中もいろいろな工夫がされてるんだって」


 精霊に自慢されて好奇心が出て来たのか、放心状態のソニヤの手を取り意気揚々と中へと入って行く。


「……はっ! レ、レムエル様、お待ちください!」


 ソニヤは寸前で気が付き、危険はないと思っているが一人だけ先行するのはやめてほしかった。

 その後をいろいろな気持ちでフレアムとドレイク達が続き、ドレイク達は少しばかり外で待っておきたいと思いつつも、中に入れるのは最後かもしれないと考え好奇心に負けて付いてきた。


「おおー! これなら完璧だね。疲れていた心身共に洗い流されるんじゃない?」


 レムエルは率直な感想を口にし、精霊に導かれているのかいろいろな場所を見て回る。


「……ここまでとは、な。誰がこのようなものを想像できようか……」

「私も賛成しましたが、私はお止めた方が良いと言ったのです。各領地でレムエル様がしてきたことを手紙で知っていたのではないですか?」


 愕然と目を開き言葉を搾り出すフレアムに、ソニヤは頭を悩ませながらこうなるのでは? と少なからず思っていたようだ。


「だ、だがなぁ、流石にこれほどとは思わないだろう? 誇張されているとは思わなかったが、主観的なものが入っているとばかり……」

「それを誇張というのですが、恐らく手紙に書かれていた物の方が劣っていると思います」

「だろうな。これを見たらわかるが、言葉にしようという方が難しい。あ奴等も苦労したのだなぁ……」


 フレアムはしみじみと言った。


 内装は茶色かったはずの地面は石畳の様な風情のある滑らかなものへと変えられ、頑丈な浴槽は手前に二段ほど段差があり、そこを囲むようにつるっとした怪我をしないように加工された岩が置かれていた。中からは湯気が立ち上るやや白みを帯びる湯が、竜の顔を模した石からブレスを吐く様にとぽとぽと流れ出ているのも素晴らしい。


 溢れ出たお湯は汚れもあるということで、斜めに作られた床二カ所に溜まるようになり、そこにある筒を通り大地へと循環されるようになっている。

 日頃使わない日はお湯が止められるように弁付きという技術付きだ。

 また、背後となる山の方は魔物の侵入にも耐えられるよう壁を厚くし、代わりに奥行きを感じる自然と山の絵が描かれている。

 逆側は一望できるように木製の柵と岩の手摺があり、そこから温泉に浸かりながら外の風景を眺めることが出来る。今は目の前を沈んでいく夕陽を見れ、山の陰に降りていくのは絶景だ。


 いきなり風呂場へ来たが、その手前にはすりガラス製のドアで阻まれる脱衣所があり、十五人ほどの衣類を置けるように籠と棚が設置され、暗くてはいけないと精霊の明かりが幾つも置かれていた。

 更に壁で入口と隔てられ、少し曲がることで玄関のようなところへ辿り着く。靴を脱ぐのは脱衣所を汚さないようにするためだ。


 だが、脱衣所と風呂場はそれだけでなく、いたる所に竜や精霊の絵が彫られているが誇張するものではなく、シンプルで見る者を頷かせる仕様となっている。

 最早これは王族か大貴族しか入らないだろうが、王族が入れば貴族は遠慮するだろう。

 流石に時間もなかったために風呂場はこれ一つしかなく、男女別ではないのだ。

 村で育ったためか少しだけずれの様なものがあるレムエルは恐らく、王族ということもあり身体を拭いたりするのにお世話をされていたはずだ。

 そのため風呂に入るのにもしかすると男女で分けるというのが分かっていなかったかもしれない。

 それでも羞恥心はあるだろう。

 多分だが、レムエルも他の者達もそこまで考えが回っておらず、精霊に貞操概念を教える方が困難だろう。


「時間も丁度いいみたいだね。水質は精霊のお墨付きだし、とても気持ちよさそうだからさっそく入ろう。早くしないと日が暮れちゃう」


 レムエルはそう言って脱衣所の方へ向かおうとするが、目の前を通過した瞬間にソニヤに手を取られ、真剣な表情で言われる。


「この際です、入るのは構いません。ですが、このような造りで国民が入れると思いですか? いえ、入る入らないは別としても恐れ多くて近づけませんよ?」

「うえ!? ど、どうして? どう見ても凄いじゃない。どこか不満だった?」

「いえ、恐れ多いのです。私達が注意しなかったのがいけないのかもしれませんが、まず入り口の装飾で庶民はたじろぎます。拝む勢いになるでしょう」


 レムエルはまさかと思うが、目の目で真剣に言うソニヤが嘘を付いているとは思えなかったので、少し不安になりながら頷く。


「次に脱衣所はまだいいでしょうが、見えそうで見えない、眼に止まりそうで眼に止まらない、気づく者は気付くというあの作りは貴族向けとなります」

「うむ。庶民だったらシンプルで良かっただろうな」

「最後に風呂場となるこの場所もいいでしょうし、作りや竜の顔を模した注ぎ口もいいでしょう」

「だよね! 精霊達も自慢の出来だって!」

「ですが、ここでも同じような工夫がされていますし、作りに関しても斬新であり、最新の技術の様な物が使われています。もうこれは庶民には使えません」

「そ、そんなぁ……」


 上げて落したソニヤの目の前でレムエルは愕然とする。

 隣では精霊も愕然とし、いくら精霊とは言えこれを直すのは不可能だ。


「だがまあ、出来は素晴らしいものだ。庶民向けには無理だろうが、貴族・王族向け、だとしたら合格ラインを超えている。それにここは噂を流し協力を得やすいようにするものだ。勿論それが国民に知れ渡った方が良いだろうが、それは今じゃない方が良いとも思える」

「どうして? 今の方が温泉の良いところを広めやすいよ?」


 レムエルの援護をするフレアムだが、レムエルは欲意味が分からなかった。


「そうだなぁ、もし今の時点でいろいろなことをしてしまえば、逆に国の中枢に知られることになってしまう。そうなればこちらが準備をしている間に防備を固められてしまう。突破できるとはいえ少々面倒だろ」

「確かにそうだけど……」

「あと、今考えれば作戦とは言え精霊が造った、王族が造った、建物が凄いの三つが揃っているだけでも庶民は入らないだろうが、レムエル殿下が入れば王族が入ったという箔が付くことになる。それが国民の名物になればいいがそうはならん。普通は恐れ多いとか以前に王族が使った物を庶民が使うことはない」

「そこを見落としてましたか。レムエル様は王族に見えませんから、つい忘れてしまいます」


 ソニヤは褒め言葉だが、レムエルでなければ侮辱罪となっていただろう。


「だったらどうしたらいいの? 今後は王族御用達か王族専用にするとして、今は名物とかにしておくとか? でも、この辺りに山菜を採る人とか子供達は困るんじゃない?」


 復活したレムエルはやはり国民を第一に考える。

 そこがレムエルの良いところだ。


「それが良いやもしれんな。領民に関しては心配しなくていい。山菜や遊ぶところは多くあるからな。別にこの山だけが安全なのではないし、この山はかなり広いから反対方向で遊んだりすればいい」

「そっか。じゃあ、情報に関してはフレアムに一任するよ。この温泉とランドウォームの話を上手く使ってみて」

「うむ。任せろ」


 いつものレムエルにしてはさっぱりしているところを見ると早く温泉に入りたいのだろう。

 かなり精力的に動いていたのを見ればわかり、レムエル発案で作るようになったのだから入らないという選択肢はないだろう。

 それに王族が先に入っていたほうが何かと良いかもしれない。


 詳細は省くが、フレアムとドレイク達は一応確認のために入ることになったがそれは後日ということになり、先に温泉の厳しめの規約を作り、数名の兵士を置いて帰って行った。

 残されたレムエルはそこでソニヤの存在に気付き、未知の恐怖に眼を泳がしオロオロとし始めたのだが、ソニヤは先に気が付いていたようでレムエルのお世話をするために脱いでいた。

 多少耐性のあるレムエルは鼻血で倒れるということはなかったが、終始ソニヤから目を離し、ニヤニヤと興奮しているソニヤが印象的だったと話しておこう。




 翌日、温泉施設の管理の仕方も相談し、疲労もしっかりとれ、身体に何も起きていないことを確認した後『ルゥクス』へと帰ることになった。

 精霊教にももちろん寄ったのだが、詳しい事情は伝わっていないらしく現在布教準備に入っているそうだ。


「フレアム、ドレイク、お世話になったよ。これから成功できるようお互いに頑張ろうね」

「うむ。殿下もお体にはお気を付けください。それと自重を」

「え? あ、うん。多分、ソニヤが見ていてくれたら」

「ソニヤ、頼むぞ」

「はい。命に代えてもお傍を離れません。片時も目を離さないようにしておきます」


 ドレイクは内心苦笑するが、レムエルのことをいろんな意味で王族だと感じていた。

 庶民が考える王族というのは別人や次元が違うものだというのが正しく、レムエルが精霊を使えるのも、あの戦闘も、温泉に関しても納得がいくのだ。

 逆に王族を知っているソニヤやフレアムより、王族だから、で納得するのだ。


 ソニヤが不敬だがレムエルの肩に手を置き抱きしめるようにするが、レムエルが怒ることはなく、昨夜のこともあり肌に触れて少しだけ頬が熱くなる。

 やはりレムエルも男の子だということだろう。


「では、ここで失礼させていただきます」

「次に会うときは決行日だな」

「うん。絶対に成功させようね」


 ソニヤとレムエルがそう挨拶をし、フレアムに背中を向けて屋敷から去ろうとしたところへ、一羽の伝書鳩が飛来してくるのをフレアムは捉えた。

 この時期と時間で伝書鳩を、しかも最速の伝書鳩となると火急の用としか思えない。

 フレアムは二人の背中に声をかけ一時止め、すぐに流し読みで必要なところだけを読み流す。


「フレアム様? 何か緊急事態でも?」


 ソニヤがレムエルにいつでも動けるように頼み、フレアムに近づいて訊ねる。

 が、フレアムは安堵の息とともに首を横に振った。


「いや、それほど急ぐようなことではない。シュへーゼンからだが、殿下たちがいれば伝えてほしいと一筆添えられていた」

「して、何と書かれてあるのですか?」


 レムエルも少し気になり馬をフレアムの方へと向けた。

 それを確認した後万が一に備え手紙を火魔法で焼き、証拠を隠滅した後に小声で話し出した。


「一つは王城内で離反があったそうだ。その騎士団は白薔薇女騎士団の副団長以下五十名ほどの女騎士らしい。その結果、計画されていた周辺の魔物討伐が遅延されると思われるそうだ。副団長は知り合いか?」

「副団長が私の記憶のままであるのなら、鬼人族のイシスでしょう。私の腹心でしたからなんとなく理由もわかります。現在の団長は言ってはいけませんが無能ですから」

「ふむ……。では、その結果魔物の討伐をしながらソニヤの居場所探しをしていると言うが、諜報員に接触させて知らせてもいいな? 勿論追手が無いよう情報攪乱も込みだが」


 王族を無能扱いしたソニヤだが、フレアムも同感なので否定しない。

 レムエルは教えられてはいるものの、自分のことを棚上げし王族が今一上の存在に思え、腹違いの実の姉なのだが無能なのかとしか思わなかった。

 一度も会ったことがなく、レムエルが一番大切にする国民を虐げる者は敵に分類されていた。


「構わないでしょう。彼女は少々妄信的ですが、仲間となるのなら心強いですから」

「では、シュへーゼンにそう返そう。次に第二王子はイシスがいなくなったことにより、その穴を塞ぐために動いたそうだ。貴族のぐうたら騎士も使い、近隣の魔物掃討を始めたようだな。まあ、これでどうにかなりそうだが、第二王子は独自に動かれるからなぁ」

「第二王子って二番目の兄上のことだよね? どんな人なの?」


 第一王子については聞かなくとも耳に入るため圧政に私物化と酷い人間だとわかったが、第二王子は動きがなかったために余り知らないのだ。


「そうだなぁ、武人というのがしっくり来る方だ。ただ、政治に関しては口を挿むことがなく、軍部に関してのみ偶に発言するといった感じだ。多分だが、自分のできることを見極めておられるのだろう」

「ええ、私が騎士団にいた頃からそのような考えの方だったと記憶しています。達者というわけではありませんが、速いうちに勉強は出来ないと考え、稽古と訓練を行っていたのが印象的です。その腕や戦略はそれなりにできる方なので決して頭が悪い方ではありません」

「へぇー。じゃあ、第一王子よりはマシってことだね。何もしないのはあまりいただけないと思うけど」


 レムエルが辛辣な評価を下すが、内心仲間にできる可能性があると考えた。


「軍に呼びかけた、という情報もあるほどだ。もしかすると越権行為となるが噂が流れた時に騎士団を率いて見に来るかもしれん。その時は情報を集めどうにかするんだ。最後に殿下のことを国王陛下にお伝えしたそうだ」

「父上に僕のことを? あまり心配してなかったけど、病気なんだよね? 僕が会いに行けるまで元気かな?」


 レムエルはシィールビィーを失った悲しみを思い出し、母親だけでなく父親も死ぬかもしれないのが怖いのだ。

 本当に父親か知らないが、せめて生きているうちに会いに行きたいと思っている。


「急いでいたようでばれても困るのでな、細かいことまでは書かれていないが、恐らくまだ大丈夫だろう。病気と言っても心労から来るものだという。それでも辛いものだが、医師は息がかかっていない庶民出の高名な者に頼っている。貴族で出は信用ならないからな」


 それ程国の内部は腐っているということだろう。

 あの時の果物の話ではないが、果物が一つでも腐ればそれは周りの新鮮な果物にも伝染してしまう。

 今はまだフレアム達が新鮮な状態でいるため保てているだろうが、それは国王という防波堤や腐らないよう栄養を送ってくれる幹がいるからだ。

 国王が亡くなってしまうと完璧に腐っている第一王子がトップに立つことになり、一気に腐敗が進むだろう。


「わかった。それで、僕のことも伝えたんだよね? なんて言っていたか書かれてる?」


 少し期待した眼差しで見る。


「ああ、短いが一言だけ書かれている。『辛い人生を歩ませてしまったが、儂はお前なら出来ると、やってくれはずだと直感で感じ取った。だから、お前が早く来るのを準備を整えて待っている。レムエルの父アブラムより』……だそうだ」

「うん……うん、うん! 出来るだけ早く行く。準備が何か分からないけど、待ってくれてるのなら父上の元へ駆けつけるよ」


 レムエルはどこからか安心した気持ちになり、今まで溜まっていたいろいろな感情が吹き出し、それが滝のような涙に変わって流れ出す。

 精霊がその滝のような涙を掬い取り、一カ所に集めると共に上空へ持ち上げ、これからの苦難を乗り越えられるように祝福する光り輝く光となって降り注いだ。


次に各王族の話があり、第一部前半――出立と勢力拡大編を終了します。

第一部後半――新たな王国樹立編は、まだ書いている最中です。

話は長くなりますが、動きを良くしたいと思っています。

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