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第二十話

 レムエルの風格とソニヤの今尚噂される肩書の下、士気が高まった兵士達の尽力のおかげで、虫に息だったランドウォームは放っておけば街に被害を出すことなく地面へ叩き付けられ、その衝撃でぽっくり逝く予定だった。

 恐らく、避難した街の住民もそれを固唾を飲み見守っていたことだろう。

 あれだけ街の入り口付近でドンパチしていたのだ。おまけに最後の四方属性攻撃は街から見えていたことだろう。


「ガハハハ、すまんすまん」


 それなのに、この褐色の肌と燃え上がる炎のような髪の男は……レムエルが精霊に頼まなければ街が崩壊していた所だ。


「お久しぶりです、フレアム様」

「うむ。久しいな、ソニヤよ」


 ソニヤは下馬すると敬礼をしてから話しかけた。

 どうやらこの男が高山都市『マグエスト』の領主フレアム・アッテムハ男爵のようだ。

 確かに聞いていた通り陽気な男だ。


 危うく街を崩壊させようとした犯人とは思えない天晴とした態度に、レムエルは呆気に取られながらソニヤの横顔を見る。

 奥では安堵の気持ちと少し呆れ顔をした兵士達が続々集まり跪き始めた。


「フレアム様、旅の方二人の尽力により、どうにかランドウォームを倒すことが出来ました。また、私の一存でこちらの女性ソニヤ様と名乗る方の指揮下に一時的に入りました。それと街の被害については分かりませんが、我々は負傷三十五、うち二十七は軽傷、八は回復中の重傷、死者ゼロです」


 ドレイクはソニヤとフレアムの会話から本人であることは推測できたが、それでも確証がない時に指揮下に入ったのだから責任があると処置を仰ぐ。

 だが、フレアムは手を叩き制すると、頬を掻きながら逆に謝った。


「いや、お前に責任はない。元々街にいなかった俺にも責任があるからな。――ソニヤ、今回は偶然だが助かった。お前達がこのタイミングで我の下を訪れなかったら街は壊滅していたかもしれん」

「倒せてよかった……」


 フレアムの言葉にホッと息を吐くレムエル。

 その言葉を聞き留めるとフレアムは佇まいを直し、跪きながら馬上にいるレムエルに声をかける。


「挨拶が遅れ申し訳ありません。私がここ高山都市『マグエスト』を収める領主フレアム・アッテムハです。私の不在がこのようなことになるとは思ってもおりませんでしたが、レムエル様のお力により人的被害を出すことなく防衛できたこと、心より感謝します」

「え? あ、うん、被害が無くてよかったよ。今は早く街の人を安心させないとね」


 兵士が困惑するのは勿論のこと、打って変わったような態度にレムエルも困惑する。

 すぐに馬から降りるとソニヤの傍に立ち、少し服を持ちながら顔を見上げる。

 ソニヤは苦笑しながら立ち上がったフレアムを見る。


「フ、フレアム様? 不躾な質問ですが、この旅人御二方とお知り合いなのですか? 女性が元黒凛女騎士団副団長のソニヤ・アラクセン様だというのは分かるのですが……」


 ドレイクの言葉は兵士の心情を代弁しており、あの神々しい姿をしていた王者の様な彼は誰なのか。

 そして、今はまったく覇気の感じない、年相応の子供に困惑の表情を向けていた。

 フレアムはそれに一度だけ鼻息を出し、レムエル様に手を出しながら紹介する。


「うむ、お前達には伝えておくか。ただ、現在箝口令が敷かれているから口外はするなよ? ――この方はチェルエム王国第八王子レムエル殿下であられる。現在、国の腐敗を正すために各地の領地を回り、顔合わせを行われている最中だ」

「だ、第八王子、ですか? 私は聞いたことがないのですが……」

「そうだろうな。まあ、身元は我が保証する。我も少し見たが、殿下の王族特有の容姿と初代国王陛下と同じ『竜眼』を見たであろう? それに殿下が操っておられたのは精霊だ」

「や、やはりそうでしたか!」


 ドレイク達は戦闘風景を思い出す。


 自分達を護り、ランドウォームにダメージを与え、止めを刺した四人の女性。それを従えているように見えた少年は突如光を纏い、ランドウォームに手傷を与えた。

 それに加え、上司であるフレアムが迷いなく跪き、ソニヤだと断定した女性が背後に付き従っている。

 また容姿も聞く王族特有のものだと最後に視界に収め、改めて息を飲み整列して頭を垂れた。


 やはりこういった態度に慣れていない為レムエルは困惑し、いつものようにソニヤに覗う。


「今は非公式だ。そこまで畏まる必要はない、とレムエル様は仰せだ。それとレムエル様は大変気弱――優しいお方であられるためかしこまれるより、普通に接してもらった方が喜ばれるだろう」

「ちょっとひどいよね……。まあ、合ってるから何も言わないけどさ。あの目がないとあそこまで勇気でないし……」


 レムエルは隣で拗ねた子供の様に足元の石を蹴り、少し唇を尖らせ精霊に慰められる。

 今回は精霊も少し疲れているようで、甘える様に体にくっ付いていた。

 周りには見られていないが、現在レムエルは四人の女性に抱き付かれ、様々な動物や小人の姿をした精霊がまとわりついていた。


「時間は有限だ。今日よりレムエル様が滞在される間、ドレイク隊をレムエル様の警備に当てる。細かいことは街に帰り、全てを終わらせた後決めるからそのつもりでいるように」

「はっ、ドレイク隊、了解しました」

「うむ。では、街に帰り凱旋と行こう」


 フレアムはそう言うとレムエルを抱えて馬上に乗せ、シルゥの手綱を引き街へと繰り出していった。

 慌てるレムエルだが隣に呆れ顔のソニヤが駆けつけどうにか安心し、遠くからも見える住民達の顔を見て、自分が救ったのだという気持ちが実感できていた。

 その後ろを兵士達が列を作り足並みを揃えて付いてくるが、その後ろでは重傷者の回復を務めている者達がいた。


 因みにランドウォームは高級な食材でもあり、物理・魔法ともに優れた皮は防具にも使用され、口周りの牙は武器等にもなり、腹の中の胃酸は強力な素材となる。

 ランドウォームを引き抜いてみると体長百五十メートル、幅二十メートルの超大型級の魔物で、これ一体で街を一瞬で墜とし、国ともやり合えるクラスだったという。

 探知能力に長けた種族がいたため感知自体は出来ていたが、気づくのが遅すぎたことと巨体ゆえに動きと範囲が広すぎたのだ。

 元々街を狙っていたが、近くにレムエルやソニヤの様に魔力を多く持っている者が感知でき、そちらのほうがおいしそうとでも考え、少し出現場所が狂ったのは運が良かっただろう。




 街から避難した者達が街へと帰る中、レムエルを前面に、背後にソニヤとフレアムが付き従うように歩いていた。

 それを見た住民は遠目からでは戦いが分からなかっただろうが、あの神々しい光を放ち戦った人物だろうと見当をつけ讃える。

 まだ一度も凱旋や感謝されることを経験していないレムエルは、オロオロとするのを我慢するがガチガチに緊張し、視界に住民が入らないよう真っ直ぐ目の前を見ていた。だが、それが逆に本来気弱なレムエルを住民は凛々しい姿だと良い方向へ勘違いする。


 続々と避難していた者達が街へと戻り、レムエル達が領主館へ入るまで住民のゲートは続くこととなり、最後まで緊張しっぱなしだと、長年連れ立っている教育係でもあったソニヤにはまる分かりだった。


「レム君。これ以上のことが待っているから慣れるように。軽く笑顔で手を振れるようになるのが望ましい」

「ええ!? む、無理無理! 僕にはそんなの無理だよぅ」

「いやいや、上に立つと決めたのだからそれぐらいはしないとな。下の者まで嘗められて見える。強いて言うと国を嘗められる」

「うううぅー! わ、わかったよぅ。とりあえず頑張ってみるよ……」


 という姿が領主館に入る前に行われていた。

 それを聞く兵士達は、先ほどの王者と同じ人物なのかと目を瞬かせたという。




 領主館はいたって普通の屋敷だが、土地柄からか住民の家も含めて土を使った物が多く、固定に木を使っている。

 熱気も籠るということで『魔導冷風門』からの風でしっかりと循環させられるよう、民家は隙間が多く建てられ、窓やドアはあるがすだれや竹の十字の様な物になっている。

 それでも防犯用の対策は練られ、内側から小さな隙間が幾つも開いた格子を下げられるようになっているので安全だ。


 領主館も同じような作りで、和風を感じる落ち着きと風情を感じる建物だ。

 瓦屋根とはいかないが熱気が籠るということは雨も十分降るようで斜めの屋根となり、その雨が街の中に溜まらないように遊ぶ水路とは別の水路が外に造られ、その水が万遍なく畑に注がれるような斬新な仕組みが考えられていた。


「改めて、レムエル殿下ようこそおいでくださいました。私が『マグエスト』の領主フレアムと申します。殿下にお会いできる日を心待ちにしておりました」

「うん、待たせてごめんね。でも、これからは力を合わせて国と国民を豊かにしよう」

「はい。では、こちらにおかけください」


 兵士達も口止めをさせられたうえで特別手当と休憩を言い渡され、この場にはドレイクと副隊長がフレアムの横に立ち、フレアムの目の前にレムエルとソニヤが座る。


「あ、この椅子水が入ってる? ぷよぷよしてて気持ちいいね」

「ええ、これはいいですね。身体の熱気を取ってくれます」


 椅子はこの辺りで取れる大型の魚類の魔物の皮を内側に防水に使い、表面には山の魔物の毛皮を使い肌触りの良さと頑丈にしてある。

 この辺りの魔物は熱でばてないように熱を外へ出す特殊な魔物であり、毛皮も中の水が温まった熱を外へと排出する。その能力でかなりの高級品となるが、この辺りでは兵士が訓練を称して狩りに出かけるため格安で手に入れることが出来るのだ。

 他にも寝苦しい夏もありベッド、枕、子供の遊び道具等もあるそうだ。


「それは数年前に開発したものだ。我は種族柄元々体温が高いからな、耐性も十分にあるが熱がよく溜まる。それを発散させるのに重宝している」

「フレアム様、口調が戻っています」

「む? 堅苦しいのは嫌いなのだ。まあ、レムエル殿下が駄目だというのならそうするが……」

「僕は構わないよ。かしこまれるのに慣れていないから。それに僕はまだ王族と認知されていないからね。国民と何も変わらないよ」


 無理のある話なのだが、レムエルの気持ちを尊重するということでフレアムはこの口調で通すことにした。


「フレアム様はどこに行かれていたのですか? あなた様がおられればランドウォームの侵入を許していたと思えないのですが……」


 危うくレムエルが死んでしまうところだったと、ソニヤが少し非難ぎみの言葉で問いかける。

 フレアムは少し申し訳ない顔をした後、引き締めて答える。


「近くに違う魔物も出ていてな、そちらの対処に行っていたのだ。殿下が通る予定の山だったから早く対処しなければならなかった。あの道は幅が広いが大型級との戦闘には向かないからな」

「そうでしたか。ありがとうございます」

「助かったよ」

「いや、こちらこそ危うく街を崩壊させてしまうところだったからな、いろんな意味で」

「ええ、フレアム様が余計なことをしなければあれで綺麗に終わっていたというのに……」

「なに!? お前、いつもいつも助けている我にそんなことを言うのか!」

「ええ、言わせていただきます。フレアム様はこれで何度目ですか? つい先日も魔物を吹き飛ばし、あと数メートル分力が強ければ『魔導冷風門』が壊れていました。あれが壊れたら住民が倒れますよ?」

「い、いや、あれは咄嗟だったから……。当たっていないのだからノーカンだ!」

「いえ、住民から苦情が来たこともあります」


 ドレイクはフレアムを抑えられる一人なのかもしれない。

 だが、御せるとは違い、説教が出来る人のようだがフレアムのいい加減さはなかなか治らないようだ。


「はぁ、仕方ない。次から気を付ける」

「仕方なくありません。態々本気の一撃で止めを刺さなければいいのです」

「ああ、分かった! わかったから話の続きをさせろ」


 ドレイクの言葉を手で遮ると駄々をこねるように話しを切り上げさせる。

 それを見たレムエルはクスリと笑い、すぐに顔を引き締めた。


「殿下の事情は概ね聞いている。協力もしよう」

「助かるよ。フレアムは強いみたいだし、心強いね」

「炎人族はあれぐらいできなければ生きていけぬ土地に生まれるからな。必然的に強くなるのだ。――それで、これからの予定を聞いてもいいだろうか? それ次第でこちらも準備をせねばならん。今なら丁度住民も殿下のことを意識しているからな。我の様に遠目から精霊を見た者いるであろう」


 その言葉にレムエルは計画までの日数を数え、残り一週間ほどしかないことを理解し、精霊教の教皇から許可が出たのを思い出し作戦を考える。

 『ルゥクス』と『ロックス』はまだレムエルのことを覚えている住民がいるだろうが、それほど広まってはいないだろう。だが、『アクアス』は既にウィンディアが広め始めている頃だ。

 それを踏まえてどのタイミングで広めた方が良いのか、ここ『マグエスト』の地理も頭の中に描く。


「……『マグエスト』は王国の西方に位置していたよね? この険しい山が帝国の侵入を防いでいるはず」


 レムエルは少し考えながらフレアムに地形について確認を取る。

 すぐに地図をドレイクが準備し、フレアムが指と置物を使い説明する。


「この街が我達のいる街だ。背後には村が点々とあるが、その後ろにある大きな山脈が帝国との国境となり、Bランクを超える魔物達がうようよといる険しい山となる。そのおかげでお互いに侵入できないのだ」


 山に沿うように起き物を置き、点々とあるという村の場所にも違う小さな置物を置く。

 どうやら軍儀の駒の様なもののようだ。


「なら、帝国にはバダック達が行っているはずだから地形も含めて大丈夫だと思うけど、帝国に情報が漏れないようにしないといけない。精霊教ももうすぐ布教という名目で僕の噂を流し始めるはずだから、それよりも前に噂を流した方が良いと思う」

「と、いうことは、殿下は今すぐに噂を流した方が良いと言うのだな?」

「うん。さっきのランドウォームとの戦いを吟遊詩人だっけ? その人がするような本人の特徴を隠して噂を流すのが良いと思う」

「うむ。噂についてはこちらでしよう。帝国も大丈夫だとは思うが、情報が回らないように気を付けなければならないな」

「今帝国に気付かれた場合、襲われる可能性が高いからですね? 内乱が終わるまで気付かれるわけにはいかないということですか……」


 ソニヤの言う通り帝国は不穏な雰囲気のある国だ。

 そのため隣国のチェルエム王国を虎視眈々と狙っている。

 国土が大きく豊かな土地というのがどうしても欲しくなるのだ。

 気付かれた場合バダックがどうにかしてくれるだろうが、軍が動き出すとなると現在戦力が激減している王国では太刀打ちできないだろう。

 帝国にはソニヤ並の人物はいるだろうし、バダックとやり合える武人も存在しているはずだ。

 それを避けるために帝国が気付くのはレムエルが国王の座に着いた瞬間が望ましい。

 内乱を行った王国に攻めようとしてもレムエルの噂が広がり、精霊を操るということと『竜眼』を宿すとなると相手は躊躇してしまう筈だ。

 そして、騎士団も動かせるようになるだろう。

 そうなれば帝国も手を引っ込めなければならなくなる。


「精霊教も動き出すか……。精霊教は布教が名目となるのなら、それほど速くは移動しないだろう」

「多分ね。だから、大体一年……あと十か月もないくらいで王国の中枢部に攻め入るんだ。前にも言ったんだけど、仲間にするのは貴族じゃなくて、国民なんだ。この作戦の要は勿論情報のタイミングだけど、真の要となるのは国民の数だと思ってる」


 レムエルの言葉にドレイク達も反応する。

 それもそうだろう、自分達は兵士とは言え平民である。

 貴族も国民だが、レムエルが言ったのは平民達のことで、権力も力もあまり持っていない平民の数が本当の要だというのだから少し驚いてもおかしくない。


「国民……平民達の数か?」

「レムエル様が以前仰った国民による意志の下の反乱のことですね?」


 その言葉を聞いたフレアムは眉を顰める。

 フレアムはこう見えても一貴族だ。

 だから、自分の領民が一斉発起した場合抑えられるかと考え、数秒経たないうちに無理だと判断した。

 これがバカな貴族なら抑え付ければいい、殺せば良い等と笑いながら考えるのだろうが、頭が回り、国民の補充が出来ない人だと分かっていれば傷つけることが出来ないとわかるのだ。

 まあ、それでも見せしめで士気は下がることはあるだろう。


「うん。でも、あれからよく考えてそれだけだと足らないことが分かったんだ。うーん、足りないというより考えが浅かった、かな?」

「考えが浅いのですか? それでも十分だと思いますが……」


 ソニヤは領主ではなく騎士であるため、国民が発起した場合に止められる・殺せるかを考える。

 だが、フレアムの場合貴族という考えが先に来るため、どうしたら抑えられるかを考えるようになる。


「いや、殿下の言うとおりだ。ソニヤよ、国民や領民が発起すれば治める者としてそれ以上怖いものはないだろう。多く殺せば税は集められなくなり、逆に殺さなければ自分が危ない。税を増やそうとすると人が死ぬか、再び発起される。そういうのは禁止も出来るが、禁止してどう防ぐ? という話になる」

「はい。私も何度か経験があります。内容は少し違いますが難民の受け入れなどもそれに近いです」

「そうだな。だが、いくら志を高く持とうとも恐怖と言うのは指揮を大きく低下させ、その凄まじい勢いで迫る炎でさえ止めてしまうのだ」


 これが考えの違いだ。

 騎士は上からの命令がない限り国民を守り、国を維持し続ける存在だ。

 だが、貴族は国民を守る者ではなく、土地を守る者であり、治める者のため根本的に違うのだ。


「士気を下げれば国民は従う。方法は見せしめ、女子供の虐殺、援軍、人質、圧倒的な力でねじ伏せる……様々な方法がある。逆に国民の願いを叶えてやり、数年経ち元に戻す、というのもあり得る」

「そんな方法が……。それが本当に用いられると?」

「ああ、国民による意思の下、だったらな。だが、殿下は何かに気付かれたようだ。まずはそれを聞いてみてからにしよう」


 フレアムは意外に頭もキレるようだ。

 今はしっかりとした領主や貴族としての目をしており、生半可な案ではすぐに指摘されてしまうだろう。

 失敗は自分の死ではなく、国民の死なのだから。


「多分それは一領主が治めるときだった場合に限られるんだと思う。無責任な言い方をするとその領地が機能しなくなっても国は揺るがないだろうし、貴族はどこからでも領民を確保できるからね」

「確かにそうだな。俺だったら早めに気付きその根を狩るか、気づかなければ見せしめは行わないだろうがそれなりの対処と話し合いになるだろう。そもそも暴動や反乱が起こる時点で、その土地はほとんど腐っていると言ってもいい。だから、領民が勝ったとしても殿下の言う通り国はそれほどダメージはないだろう。まあ、その時次第で援軍を出す可能性もないこともないがな」


 フレアムの言葉を付けたすと援軍を送る場合はその土地に旨味があり、それなりの力を持った貴族だったらとなるだろう。

 だが、その貴族の爵位が低く、辺境等の旨味の無いところだった場合、援軍を送るにも金が莫大に掛かるため、それに国も腐敗している貴族は確かめているはずなので逆に影から領民を支持し、成功後国の息がかかった貴族が送られるようになるだろう。


「うん、僕もそう思ったんだ。だけど、それはあくまでも貴族が相手、という場合なんだよ」

「ふむ。殿下は貴族と国は違うというのか?」


 フレアムは問うように訊ねた。


「表面だけを見れば貴族を大きくしたものが国になる。だけど、国と貴族は根本的なところが違うんだ。貴族はさっきも言ったけどいなくなってもいいし、領民は確保できる。でも、国だとそうはいかない」

「む? 国は袋であり、貴族はその中の果実、国民は果肉といったところか……。中の果実が腐れば周りも腐り始めるが、積み替えることが出来る。だが、袋はそうはいかない。一度果実をすべて取り除くということは、空っぽにするということだからな」

「うーん、そんな感じかな。国相手でも立ち上がった国民が少なければ騎士団に鎮圧されると思う。だけど、その数が多かったら? しかもそれは果実を腐らせるんじゃなくて、熟させるんだったらどうする?」


 腐るではなく、良い方と捉えられる熟すと言ったレムエルに、フレアム達は聞き留めた。


「熟れるとかだとわかり難いだろうけど国が相手の場合、国民全体が立ち上がったらその対処が出来ないんだ。国が見せしめ? そんなことをしたら国が終わるね。じゃあ、願いを叶える? それをしたら国民の勝利だよね。というより、国はその方法を取れないよね。しかも国に対して国民全体が立ち上がった場合、皆殺しには出来ない。そんなことをしたら国が立ち行かなくなるんだから」


 レムエルが言うことは分かるがかなり難しいことだろう。

 だが、その考えが正しいことは分かる。

 元々それに近いことをやろうとしていたのだ。

 だが、そうとなるとそれまでの要は情報の伝達にあると考えられる。

 その伝達が広まり立ち上がれるかどうかという問題があるが、それは伝達がくまなく回った時のみだ。

 どの考えも情報が要となり、時間もかけられないとかなり厳しい状況となる。


「だから、国民の数が真の要となるのか……。どのようにして伝達をして、どのように数を集めるのだ? 我らのように貴族が仲間についていれば問題はないかもしれないが、中立はまあ大丈夫だろう。では、反対貴族は?」


 フレアムがレムエルにその先の考えもあるのか訊ねて来た。

 ドレイク達も自分達のことなので真剣に聞こうとしている。


「そうだねぇ、僕は中立の貴族がどちらにも付かないのは国の現状を理解しているけど、敵わない、仲間が足りない、方法がない、伝達が出来ないとかの理由があるからなんだと思う。だから、秘密裏に中立貴族にこちらの情報を聞かせて、自分で動くように仕向ければいい。多分、反対勢力が現れた時にその情報を掻き集めようとするだろうからね」

「その情報を掻き集めようとしている者に態と情報を流すと?」

「うん。でも、その貴族が必ずこちらに付くとは限らない。だから、その時期を見極めて、後貴族の性格とかも含めて情報を流せばいい。もっと言うと拠点にしているこの辺りの貴族に中立の貴族がいれば国民から塗り替えて、最後に貴族を塗り替える。情報を思いっきり流すんだ」


 レムエルは地図上の駒を使い、どこが中立か分からないものの駒を国の中枢へと前進させる。

 フレアムはそれが難しいことを分かっているが、レムエルが自信満々に言うことで成功しそうだと感じ、先ほどの姿が目に入れば中立の貴族は必ず味方に付くと頭に過ってしまう。

 だが、要が情報の伝達と時期にあるのは変わらない。


「少々難しいが、難しいだけで時期と人を間違わなければどうにでもなりそうだ。貴族の伝達は我々がした方が良いだろうが、国民にはどのようにして伝えるんだ? 村々まで行うつもりだろう?」


 フレアムは作戦に乗る気のようだが、情報を伝える方法が無ければ無理だと思っていた。

 レムエルは少し考える仕草をした後に、とある人物のことを思い出した。


「うん、それが良いかも……。冒険者に頼もう。彼等なら村まで行ってもおかしくないし、精霊教の布教が出来ない危険なところにも行ける。首都に入って情報を密かに流すこともできる。仲間にすればこれ以上ない物になっていくね」


 レムエルは名案だと言うが、内心ゾディックに言われた王になるための必須条件というのが今一分かっていないのだ。

 王と言っていたがソニヤが副団長の時、ゾディックが一冒険者でなくギルドマスターになってから必要になった、ということを考えれば大体わかってくるだろう。

 それでもそれがレムエルにできるかどうかは分からないのだ。

 一応ゾディックが今も協力してくれていることだろう。


「冒険者は利が無ければ動かない。国を良くして見せます、では絶対に動かないと思うぞ」


 フレアムもそこには気づいているようだ。

 元々冒険者だった可能性も高い。


「そこは一度ゾディックと話し合ってみる。もしダメなら一応払える報酬はあるんだ。いや、出来たが正しいかな?」


 レムエルが頬を掻きながら苦笑いを浮かべているのに全員が訝しんだが、冒険者の報酬が先ほどで来たという言葉に一つだけ思い当たる物があった。


「「「「あー、あれかー……」」」」

「あれなら数百人と言わず数千人分の報酬になると思うんだ。全部を下さいっていうわけじゃないから、三分の二ぐらいくれないかな? ランドウォームの素材だけど」


 レムエルは冒険者や騎士団などが討伐した魔物の分配法が分からないため、自分が討伐したのだがこの辺りで出現し、フレアムが止めを刺したためフレアムや『マグエスト』のものだと思っている。

 その考えは正しいのだが、あれを見てはソニヤでさえレムエルが倒し、レムエルが持っていってもおかしくないと言える。

 それをさも当然に譲ってほしそうにいうものだから、ドレイク達もどこか面白そうに笑いそうになる。

 だが、そこがレムエルの良いところなので、その性格や雰囲気だけでなく、こういった会話もレムエルが仲間を作っていける秘訣なのだ。


「やっぱりダメかな? あの芋虫はSランクを超えてるんだよね? なら、報酬はあの素材でも十分いいと思うんだけど……。ダメなら、同じ奴を精霊に捜して倒すしかないかな?」


 傍で精霊が自分達が助けると過保護気味に話していたのか、今度は物騒なことを言い始めたためフレアム達は慌てて相談し決めた。


「いや、あれは殿下に譲る。まあ、全てというのは無理だろうが、こちらでは全てを元々処理しきれないからな。貰ってくれるというのなら有難い」

「そうなの? なら、貰うね」

「ああ。だが、どうやって腐らせずに保たせるのだ? 皮等はいいだろうが、肉となるとすぐに腐るぞ? この辺りには氷もないから冷凍することも出来ない」

「うん? あれは空間に入れておくんだよ。カロンから教わって、空間は時間が殆ど経たないみたいだから、一年なんて経っていないのも同じだと思う」


 レムエルはあれぐらい入るだろうと考えて言い放つが、いくら空間に穴を開け収納できると言っても限度がある。

 それを知っている面々は先ほどの戦闘のこともあり、驚愕が過ぎて呆れ、ソニヤは狂人たちに囲まれて育った弊害か、と頭が痛くなるのだった。


 まあ、実際はレムエル個人ではそれを行うのは無理だ。

 そこで数は少ないがどこにでもいる空間の精霊に手伝ってもらうのだ。

 それが出来るのはレムエルだけだろうが、どんな大きさでもレムエルの魔力が続く限り詰め込むことが出来る。

 まあ、レムエル個人でも相当な技量のためだが、王族としての血筋に加え、英雄システムの最後の希望というのがあり、魂に空間魔法の使い手が入っているのだろう。

 そう考えられなければあの巨体を精霊の力を借りても収納できるとは思えないからだ。

 つくづくレムエルはいろいろな者に愛されている気がする。


「かぁー、殿下は結構滅茶苦茶なお方だな」


 吐き出すように溜め息と共に言われた言葉にレムエルは「フレアムも酷い……」と落ち込み、ソニヤ達は苦笑する。


「まあ、出来るというのなら持っていくがいい。冒険者もそれなら満足して協力してくれるはずだ。後のことは我々が話し合い決めよう」

「うん、ありがとう。フレアム。ドレイク達もよろしくね」

「あ、はい! レムエル様にはぜひ国王になって頂きたいですので、我々も協力させていただきます」


 こうしてレムエルはシュへーゼンに言われた三つの土地を回り、その貴族達を仲間に付けることに成功し、シュへーゼンの目論見かどうか分からないが、国民もレムエルに心を打たれ既に噂が流れ始めていた。


 『ロックス』ではレムエル考案の銀糸網のグローブなどが爆発的に冒険者に売れ始め、その紋章である『竜眼』と精霊の組み合わせも住民に人気を誇っていた。

 『アクアス』ではあのレースが伝説を扱いとなり、レムエルの姿を完全に見た者はいないが、不思議な人物が自分達の魂に火を付けてくれたと噂が出来始めている。そして、行商から銀糸のグローブなどが売れ始め、これがレムエルの物だとすぐに気付いたウィンディアが噂を流し始める。

 『マグエスト』ではまだ噂を広まっていないが、街を見ると何処かしこでもあの時の話をし、姿もばっちりと見られているためフレアムの命により吟遊詩人が各地に放たれたという。

 『ルゥクス』でも噂が広がり、まだレムエルの姿を見た者はいないが、噂をいくつも聞く様になり、あの不思議とどこまでも聞こえたピアノの演奏が、その人物ではなかったのかと流れ始めた。


 シュへーゼンは各地にいろいろと情報を操作していたが、三方から届いた手紙により更に並走することになったと言うが、その顔は疲れを知らない笑顔が浮かんでいたという。


冒険者も戦闘に加えようと思ったのですが、長くなりそうだったのでいないことにしました。

存在していないのではなく、お零れに与ろうと近づいた魔物の討伐や避難などを行っていると考えてください。

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