始まりまでもうすぐ
神と髪、自信と自身の誤変換が偶に起きます。
気付いた際はお知らせください。
天星暦887年2月。
英雄システムの最後の起動により、記憶の無いナイーブな英雄の魂が腐りきった国の王子の血筋として生まれた。
その国をチェルエム王国と呼び、一千年も続く歴史を持つ大陸でも古い国だ。
そして、王子は捨てられた……。
王子の境遇は少なくとも悪いだろう。
捨てられたからではなく、生まれた時代が、生まれた国が、生まれた身分が、生まれた時が、生まれた場所が、周りが……。
乱世の時代であり、不正が横行する国であり、王子という身分でありながら庶子、ぎりぎり剥奪されない継承権を持つ王族であり、王位継承問題を抱え、邪魔だと思う者達で溢れ返っていた。
だから、王子は捨てられた……。
勿論生みの親である母親と国王である父親は守ろうとした。
だが、母親は慣れない貴族達の視線と空気にやられ体調を崩し、父親は周りを抑える力を持てずに歯を食い縛った。
どうやら二人とも王子のことを疎んでおらず、心の底から可愛い我が子を守り抜こうとしていたようだ。
その他の兄弟は幼い頃から欲に狂った貴族達に当てられた者ばかり。
王位を譲れば国が終わると危惧した国王は最後の望みとした。
だが、王子は捨てられた……。
天星暦887年3月。
生後ひと月にも満たない王子は父親である国王が信頼できる者を頼り、母親と一緒に辺境の地へと送った。
表向きは慣れない王宮での暮らしに体調を崩し息絶えた母親と、その傍で呼応するかのよう息を引き取った王子となっている。捨てられた、では暗殺者を差し向ける者がいるかもしれないからだ。
それが王子が捨てられた真相だ。
場所は隣国ジツァード帝国と孤独の森との境にあるチェルエム王国南西部の名も無き村。
そこは荒くれ者である屈強な帝国兵士の住む砦と、凶悪な魔物が住む森に囲まれた場所だ。
村に名が無いのは全てを隠し通す為と、眠りに就いたはずの世界がそうさせているのか既に英雄への道の一つ国の未来を背負い、父親の希望を叶えるために育てる隠れ里だからだ。
そこへ住む者は若干十余名と少なく、元王国近衛兵騎士団団長夫妻、元黒凛女騎士団副団長、元王国魔法師団副団長夫妻、元王宮お抱え特級治療師、元王宮専属文官長、元暗殺部隊総隊長兼作戦参謀兼戦闘メイド、数人の騎士と召使と母親と王子だ。
皆、次代の者へとその地位を譲り、立つ鳥跡を濁さず、追手も来ないように拡散し、生涯の国王命となる命令を完遂させるために命全てを王子と国の未来のために捧げた者達だ。
元々歳のせいもあり、近いうちに地位を去ると言われていた者達。
だが、有望な者達の中にはまだ十代の者もおり、その未来ある若者の将来を閉ざしてもいいのかと悩んだ国王だが、「国のためならこの命、喜んで捧げます」と言われ、国王は苦渋の決断をして送った。
その王子の名は『レムエル』。身分を隠しているためただのレムエルだ。
数年の時が経ち、レムエルは心寂しくも温かい村人から多くのことを教わりながらすくすくと育っていた。
育っていくうちに王族の持つ容姿に近づき、白いメッシュの入った金髪に木目細かな白い肌、華奢ながらも強い肉体と膨大な魔力を宿し、森に住む警戒心の強い動物や精霊から好かれている。後半は英雄としての能力も合わさっているだろう。
だが、育つにつれ王族の証である白いメッシュは目立つようになり、何よりも瞳に浮かぶ初代国王の証『竜眼』が現れてきてはどうしようもなくなってきた。
とりあえず、髪に関しては帽子を被るか母親譲りの種族特性が起因しどうにかなるだろうが、瞳に関しては目線を合わせないようにするしか方法がない。
まあ、今は王者の風格を現した時のみ現れる証のため、大丈夫だろうというのが皆の考えだ。
あと、レムエルが優しく、気性も穏やかで、気弱なため発動するときが殆どないだろうとも思っている。
「レムエルー! レムエルー! どこにいるんだー! 早く出てこないと……」
脅すような野太い声が孤独の森の浅い草原に木霊する。
凶暴な魔物が住むといわれる孤独の森の入り口とは思えない静けさと穏やかさを持つ草原だ。
「ん?」
声に反応したのか近くの茂みががさりと音を立てて揺れた。
風は吹いているが音が鳴るほどではない。
野太い声の男は口元を凶悪なほど吊り上げ、音を立てずにその場へ向かった。
そして、背後と思える方へ移動すると自身も草原の中へ隠れた。
「…………バダック? バダックー。……うーん、もう行ったのかな?」
そう言いながら腰を上げた所へ、
「ほら、捕まえた!」
「うわっ! バ、バダック!」
背後から急に空高く持ち上げられ、驚きに暴れながらバダックと呼ばれた六十代と思える男性を見る十代になったばかりという年頃の少年。
本名をバダック・ゴーエンという。
バダックは元王国近衛騎士団団長であり、この少年がレムエルだ。
バダックは騎士団長らしい肉体と簡易の皮の鎧を身に付けながらも腰には曇り一つない剣を下げている。
レムエルは噂通り綺麗な顔立ちをし、瞳には力強さが見えるが気弱そうな垂れた眉と表情が台無しにしている。
だが、気弱な美少年+王子という組み合わせは女性にとって最高かもしれない。
「レムエル、稽古の時間だぞ」
「い、いいよ、僕は……」
「そんなわけあるか。お前はいずれ最強の剣士となるのだ。儂の持つ剣技を叩き込んでやるのだから感謝こそすれ、嫌がることはないだろう?」
バダックはレムエルを降ろしながら、簡素な装飾が施された剣を手渡した。
渋々受け取るレムエルは顔を顰めながら反論する。
「嫌だよぉ、僕は静かに暮らしたいんだ。動物と仲良くして、精霊と遊んで、皆仲良く平和に暮らしたいのにぃ……」
気弱なくせに変なところで頑固なようだ。
それに帝国と魔物で板挟みな危険な場所で平和に暮らすというのはほぼ不可能な気がする。
「はぁ~。それは無理だと言っておるだろうが。儂達はあと数十年もすれば死んでしまう。お前と歳が一番近い者でも十歳も年が離れておるのだぞ? 何か起きない限りはお前が一人になってしまうではないか。そんな悲しいことをせんでくれ」
バダックは国の未来もかかっていると心の中で言い、レムエルに少しだけ不安があるが王に就けばその能力を十分に発揮してくれると思っている。
それはここに入るレムエル以外の者全員だ。
レムエルは何度も言われていることに少しだけ反抗の目を向けるが、優しいため嫌だとは言えずしゅんとなる。
「……分かってるけど、痛いのも、苦しいのも、悲しいのも嫌なんだ。でも、バダックが心配する気持ちも分かる。外に出たら僕は平和に暮らせないんでしょ?」
この質問も何度も繰り返されている。
恐らくレムエルの容姿に気付く者もいれば、時代の流れがレムエルを王位へとのし上げようとするだろう。世界もそれを無意識の間に望み、レムエルに試練を与えるだろう。
「確かにお前が外に出ればここよりも危険な目に遭うだろう。悲しいこともたくさんある。それ以上に苦しいこともある。じゃがな、お前にはやってもらわなくてはならないことがあるのだ」
バダックは強い視線で突き刺すようにレムエルを見る。
「お前は外で苦しんでいる民を見過ごせるか? 蔑まれている者達を無視できるか? 悪意ある目を向ける者を許せるか? 自分だけが幸せで心が痛くならないか?」
バダック達はこうやってレムエルに王子としての心構えと国王になった時に大丈夫なようにしている。
でも、いくらこの人のいない村で育ったとしても、王国が誇る最高最強最大の英才教育を受けるレムエルが、自分だけが苦しむ人を救うことに疑問を持たないわけがない。
「だけど、どうして僕なの? 僕はそんなことできないよ。そういうのは王様とかがするんでしょ?」
「いや、お前なら出来る。……そうしないといけない運命を背負っているのだ」
と、最後に小さく悔しそうに言った。
出来るなら大人である自分が変わってやってやりたい、こんな年端もいかないレムエルに頼みたくない、年老いた身体が憎らしく、もう少し若ければ傍で支えてやりたいという感情を押し殺す。
一応この村ではバダックが最年長となる。
その他の者も相当高い分類に入るのでレムエルの傍にずっといられないだろう。
もちろん母親も、だ。
体調を崩しているのだから尚更だが、恐らくレムエルがこの村を去る前に亡くなってしまうだろう。
それまでにバダック達はレムエルに覚悟を自ら決めてほしいのだ。
「外にはな、まだ見ぬ未知の冒険が待っている。確かに辛く苦しいかもしれない。だが、それ以上に楽しいこと、嬉しいこと、別れもあれば出会いもある。……儂達はな、お前にこんな寂しいところで終わってほしくないのだ」
バダックは悲しい顔でレムエルに伝える。
「……」
「レムエル、分かってくれ。外に出て何をしろとは言わない。ただ、お前にはそれをやらなければならない義務があるのだ」
「……どうして?」
「……それはまだ言えない」
レムエルは背中に手を組み、草を蹴りながら詰まらなさそうに言う。
「ちぇっ……。バダック達は僕に何か隠してるよね? 勉強を教えてくれるのはいいけど、物を知る度に疑問が増えるんだもん。村に名前がないのはいいけどどうして人が少ないの? 村って一番小さい集まりなのに皆強いし、それなのに態々危ないところで暮らすし、村人にしては物知りだよね? 村人の僕にここまで勉強させる? おかしいよね。まあ、教えてくれるから頑張るけどさ。何もないところなのに礼儀が必要とか、貴族のマナーとかいらないよね? ……挙げたら切りがないよ。僕が何も気が付いてないと思ってた? そんなことないよね。皆僕が薄々何かに気が付いてるって思ってるはずだよ。バダック達に言ってなかったけど、僕は精霊と話せるんだよ?」
バダックの顔が少しだけ強張る。
それを確認してレムエルは苦笑し、バダックの大きな体に抱き付きながら続きを話す。
「でも、バダック達が話してくれるまで僕は何も聞かない。僕に何を期待しているとか、皆の正体とか、ここが何処なのかとか、今も言った義務とか、僕の正体もね。どう考えても僕は普通じゃないよ」
バダックは硬い表情でレムエルを見ている。
「……知りたいけどバダック達を困らせるつもりはないよ。でも、不安なんだ。僕だけ除け者みたいでさ。教えてくれたから頑張るとは言えない。でも、正面から否定するつもりはないよ。バダック達は嘘は付かないもんね」
そう言ってレムエルは目の端に大粒の涙を浮かべてバダックを見上げる。
その儚い笑みに心を痛めたバダックは沈痛そうにレムエルを抱きしめ、バダックもまた大粒の涙を零す。
――なんて残酷なんだ……。
――なぜ、こんなに心優しい子が国の命運を背負わなければならないんだ……。
――レムエルなら立派な統治者になれる。だが、どうしてこの時代なんだ……。
――もっと良い時代に生まれてきてほしかった……。
――力になってやれない自分が悔しい……!
いろいろな思いがバダックの中に渦巻き、嗚咽が漏れそうになるのを必死に堪え、これから待ち受けているレムエルの運命に何か出来ないかとあまり良くない頭を使って考える。
レムエルが死なない為の修業が遅れながらも始まり、元王国近衛兵騎士団団長バダックが認める剣捌きにまだ足りないと叱咤した日の夜。
バダックはレムエルが疲れ果ててぐっすり眠ったのを確認すると村にいる全員を呼びつけ、築十年程でボロボロとなった雨が凌げるだけのやや大きい小屋の中、天井から吊るされたカンテラのような証明道具に照らされ、十人ほどが円卓を囲んでいた。
この円卓は元王国魔法師団副団長のカロン・メフィスエフィスが空間に収納し持ってきたものだ。
いらないだろうと思うだろうが、この村には一国を落とせるだけの勢力がいる。普通のテーブルでは格好がつかないだろうというのが理由だ。
「……皆に集まってもらったのはほかでもないレムエル殿下のついてだ」
重い空気を一番醸し出しているバダックが、下を向いて閉じていた目を開きながら抑揚のない声で言った。
「皆も気付いていただろうがレムエル殿下はどうやら気付かれているようだ」
「まあ、既に十年が経ったのですから仕方ないですね」
と、元黒凛女騎士団副団長のソニヤ・アラクセンが言った。
彼女が若干十七歳にして女性のみで構成された騎士団の副団長だ。
当時(今もだが……)女性の地位が低い中、現国王が国を少しでも良い方へ傾けようと女性の地位向上と保護のために作ったのが黒凛女騎士団であり、異例の若さで並み居る敵を倒し副団長の座に就いたのだ。
元々Aランクの冒険者らしく、スカウトされて入ったそうだ。
そこからは頭角を現し団長の座に就けると噂されていたのだが、貴族達の策略により団長を第一王女――当時十三歳――に取られてしまったのだ。
勿論武器に触ったこともないソニヤから見ると赤子当然だが上の命令には逆らえず、お飾りの騎士団を私物化する第一王女を受け入れた。
それが嫌だ、騎士になったことで自分の主君は自分で決めるという考えが付きレムエルに付いたのだ。
彼女はレムエルにバダックが教えられない冒険者に関することと水のように流麗で、時に稲妻のように早く、蝶の羽のように舞う女性の様な武器の扱いを教えている。
カロンは肩書きから分かるように魔法を教えているが精霊に関してはよくわからない為、『歩く図書館』『本の虫』と揶揄される元王宮専属文官長クォフォード・ワードナーとの連携技でレムエルと会話しながら断片を拾い教えている。
魔法と精霊についてはまた話そう。
「どこまで気付いておられるのですか?」
クォフォードが眼鏡をクイッと上げながら訪ねた。
「自身が王族だということは分かっておられないようだが、村人ではないことには気が付いておられる。貴族ぐらいには思っておられるだろう」
「ああ、教える量が多すぎたんだな。さすがに帝王学を教えればいかにおかしいかが理解できるはずだ」
少し口が悪いのが以外にも元王宮お抱え特級治療師リウユファウスだ。言い難いため皆からはファウスと呼ばれている。
口は悪く煙草を良く吸うが、その煙草は燃やすとミントの様な爽快感のある人畜無害の物だ。どちらかというと鎮静作用があるため体にいい。
また、見た目も悪いがとても子供好きで、なんだかんだでレムエルのことを一番心配している。
現在三十九歳だ。
「ですが、教えなければ王位に就いてからが大変ではないでしょうか」
「んなこたぁ分かってる。どうしようもないってこともな……」
彼女は元暗殺部隊総隊長兼作戦参謀兼戦闘メイドのレッラだ。
レムエルは呼びにくいからと、レラと呼ぶ。
長い肩書きだが実際にその任に就いていた女性で、彼女は黒豹の獣人族で暗い場所での行動が得意だ。どこかの部隊の作戦参謀である。
白い斑点模様のある猫のような耳と尻尾はレムエルのお気に入りだ。
レムエルには態と教えていないのだが、獣人族の耳を触れるのは恋人か血縁者のみであり、尻尾に至っては伴侶のみにしか触らせない。
それを触っているということはどうなるのか楽しみだ。
因みに性感帯とは言わないが、敏感なところであることには変わらない。
未だに若々しい肉体を保っているが現在三ピー歳だ。
だが、獣人族は基本的に寿命が少しばかり高く、人間に換算すると二十代前半、寿命は百五十ほどだ。
バダックは巨人族と人族のハーフで平均寿命は二百五十、カロンは妖精族であるため寿命は四百、ソニヤは森林族であるため三百、クォフォードは人族で七十、ファウスも同様だ。
「落ち着け。今回集めたのは計画を前倒しにして、それに合った修業を付けてやろうと思ったからだ」
バダックの言葉にこの場にいる全員が驚愕した。
この場にはレムエルと母親以外は皆おり、レムエルには少しずつ教えていくつもりだったのだ。
性格からして拒否することはないと思うが、変に考え込んだり、心に重くのしかかるだろうと考えたからだ。
レムエルの替えが効くのならいいがそうはいかず、しかも失敗したらやり直せず、その失敗が国を揺るがすだけに収まらず崩壊させるかもしれないとなると、いくら国を落とせる豪胆な者達でも萎縮してしまうだろう。
それをバダックは前倒しし、しかも全て打ち明けると言っているのだ。
驚かない方がどうかしている。
「な、何を言っているバダック! 前まではお前は反対していたではないか! 一体何があったというんだ!」
「カロン。殿下が起きてしまうわ。バダックさんに何かが起きたのよ」
カロンの妻が優しく嗜めた。
バダックも目でそうだと頷き理由を話す。
「今日、王族の身に伝わる王宮剣術を教えようと草原まで行けば、いつものようにレムエル殿下は御隠れになられていた」
あれはいつもの風景だったようだ。
「そして儂はいつものように捕まえて軽い説教をしてから始めようとした」
「そこで何かがあったんだな? それが気付いている話か?」
「そうでもあるが、つい感情が高まってしまってレムエル殿下に民を救ってほしいと頼んでしまった」
バダックの言葉に飽きれる皆だが、チェルエム王国を離れて十年余り経ち、彼らは外界の情報をひと月に一度探りに行く程度しかしていない。
もう心配になって仕方がないだろう。
近隣しか調べられなかったが数多くの村がなくなり、町が村へと変わり、領主や貴族は欲に塗れ民が苦しみ、そんな思いを理解し、歯を食い縛り血の滲むまで拳を握った。
王国首都の内容も手に入ることもあったが、既に一年ほど前から国王の権力は完全になくなり始め、現在は存命らしいこと以外はどうなっているのか分かっていない。
その気持ちを理解できるため何も言えない。
「そしたらな、レムエル殿下は初めはいつものように拒否された。いや、出たくないとは言われなかったが、ここで平和に暮らしたいとは言われた」
「私達だって殿下にここで幸せに暮らしてほしい。ここでなくとも態々困難な道に好き好んで行ってほしいとは思っていない」
「ですが、王族として、民のため、国のためだと考えるとレムエル殿下にしてもらうしかありません。私共にはその力(権力)がありませんから」
高い地位に就いてはいるが王族ではない為貴族を打ち払っても意味がなく、国王が敵ではない為王を挿げ替えるという選択が取れず、子供達はレムエルを除き希望が持てず、よく似塗れていない貴族は極少数で力をそこまで持っていなかった。
「その後レムエル殿下は言われた。儂達が何か隠している。それを知ってる。でも、自分は聞かない。期待も、正体も、何処かも、自分のことも、話してくれるまで聞かない。でも……不安だと、言われた。儂達を困らせるつもりはないが、不安だと! 自分だけが除け者みたいだと! それはそれはとても悲しそうな顔で言われた! 儂は……儂は……儂はどうして気付いてやれなかったのだ!」
「おい、バダック。声を落とせ」
抑えていた感情が爆発し、円卓を力任せに何度も叩くバダックの腕をカロンと妻が抑える。
「……すまない。儂達は間違っていたのだ」
「間違っていた、ですか?」
「ああ、そうだ。確かにレムエル殿下は儂達の理想……いや、理想以上のお方だ。レムエル殿下が王位に就けば確実に国が良くなると確信している。王族に相応しい容姿、儂ですら本気を出しかける身体能力、他者を圧倒する膨大な魔力と行使する能力、動物に好かれ精霊とも話す。しかもここ数百年程現れなかった初代国王が持つ王族の証『竜眼』まで持たれている。まるで世界が産み落とすと呼ばれる英雄のようだ」
大人しくなったバダックはドカリと椅子に座ると淡々とレムエルを褒めちぎった。
皆も改めて言われると物凄い人物に聞こえ期待できると、誇らしいような気持ちになるが、目の前のバダックを見るとどうも喜んではいけない気になった。
「ど、どうしたのですか?」
焦ったようにソニヤが代表して訊ねた。
バダックの妻とカロンの妻は夫が何を言いたいのかが分かり、目を伏せた。
子供を育てたことのある女性だからわかるという物だろう。
「お前達は気が付かなかったのか?」
「何をだ?」
「レムエル殿下を不安にさせていたことを、だ。いや、それだけじゃない。儂達は何でもかんでも秘密にし、除け者にしてきた。レムエル殿下がそうとっても仕方がない行為をしてきたのだ、儂達はな。そして、儂達はレムエル殿下のためにと思って行動してきたが、レムエル殿下に言われて初めて気が付いた。儂達はレムエル殿下に押し付けていたのだ。思いを、民を、国を、何もかも全部な……」
息を飲み、レムエル殿下に申し訳なくなる面々。
バダックは全員を見渡し続ける。
「教育は間違っていない。接し方も、育て方もな。だが、儂達はレムエル殿下との距離を間違えたのだ。もう少し早くレムエル殿下に本当のことを伝え、共に頑張るべきだった」
確かに民と国を護るためにレムエルが大切なのはわかる。
だが、レムエル自身を蔑ろにしてはいけなかったのだ。
レムエル自身が我儘を言う人物ではなかったため今まで気が付かなかったが、これが何も教えられていない通常の人ならば耐え切れなかっただろう。
言っては何だが、奴隷……自由はあるから人形といった方が正しいだろう。
生まれてきたのはいいが、数か月で己の歩むべき道が決まり、その道を途切れさせない為だけに教育され、それそうになっても正され、躓くことも、心から信頼できる仲間もいない。
それが今のレムエルだ。
「儂達はな……間違えたのだ……」
皆バダックの言葉に目を伏せる。
今まで気が付かなかったのは焦っていたこともあるが、子供がレムエル一人しかいなかったというのもあるだろう。
しかも普通の子供ならいいが、レムエルは彼らからすると自分達よりも尊い存在だ。
普通に接しはするもののどこか一歩引いていた。
「だが、今からでも遅くはない。レムエル殿下に真実とやってもらいたいことを話し、ご自分で決断してもらおう。そして、レムエル殿下のために知からになろう」
バダックの言葉に妻が立ち上がり手を添え賛成する。
「ですが、全てを話すおつもりですか?」
クォフォードが危ないのではないかと言うが、
「いや、全て打ち明けるべきだ。レムエル殿下は拒否はなされない」
「拒否されたらどうするおつもりですか?」
「その時はその時だ。儂達が国を変える」
「なっ!?」
「いや、そのくらいの粋は必要だ。もしもの時は民に噂を流し、直接国を落としにかかればいい。儂達には権力がなくとも力はあるのだからな」
「国王陛下もご無事な今ならそれも可能なはずです。陛下は我々の味方なのですから頭となってもらい、手を出す者全員倒せばいいのです」
レッラが苛烈なことを言うがバダックやカロンは大きく頷き賛成する。
「国を破壊するわけにはいかないから城を壊すくらいはいいだろう。そのくらいしたら貴族も黙るだろうな」
「あと、軍も力技で黙らせればいい。中には俺達の帰りを待っている奴がいるだろうからな。騎士はどうせ貴族のボンボンや腐れ王族だろ? 騎士団の団長は俺達の息がかかっているはずだ」
「言うなぁ、バダック!」
「お前もな、カロン!」
「いえ、陛下を除く王族は毒殺し、貴族は暗殺、反乱分子には地方へ飛ぶか教育すればいいのですよ。レムエル殿下が耐えられるのですから、その配下となる兵士が耐えられないわけがないですよ」
「「おお~、その案気に入った!」」
馬鹿笑いを始める二人とクスクスと笑いながら何とも恐ろしいことを言うレッラ。
不敬罪や反逆罪で捕まりそうな内容だが、ここは辺境も辺境の誰も近づかない秘境だ。
聞かれていたとしても態々捕まえに来る者はいないだろう。
いつ出て来るかとハラハラしながら待ち構えるか、彼らの戦力に惑わされて喜ぶか、知っている者は顔色を真っ青にして逃げて行くだろう。
「では、明日レムエル殿下の朝稽古が終了した後、朝食を食べながら真実を全て話すことにする。――異論はないな?」
『ありません(ない)』
「では、解散とする」
円卓から立ち上がり、各家に分かれていく。
最後に明りを消したバダックは妻と寄り添いながらレムエルが母親と眠る家を覗き、気持ちよさそうに眠っている様子を見て心に一つ決めた。
政治が苦手と言いながら政治に近い小説を書く私はなんなのでしょう……。
い、いや、内容を頑張れば政治のシーンを作らなくていいのでは……?
あと、矛盾が出た場合やえ? と思うときは教えてください。