第十七話
ハイドル伯爵領水上都市と有名な『アクアス』の中央にある鯨をモチーフにした領主館内。
レースもどきで捕まえた『蒼天大海蛇』二十一人は口に猿轡を手足を拘束された状態で、レムエル達の前に転がされていた。
三十分ほど前リーダーのカイシンが捕まり、住民は久々のレースと心から喜びの笑みを浮かべて観戦できていた。
活気がなくなりかけていた『アクアス』の住民はレースが終わり落胆していたが、やはり少々きつくてもレースは中断する物ではない、と暇を用いては話し合いと新作の船を造る相談事を始めていると聞く。
それだけレムエル達のレースが新鮮で住民の心を掴んだということになる。
「んーっ! んーっ!」
レムエル達の前には簀巻きにされた二十一人がいるが、ただカイシンのみが先ほどから抗議の声をウィンディアに向かってあげていた。
残りの二十人は観念したのか大人しくし、喋れず動けない為カイシンを止めようとせず、ただただ憐れむような、悔やむような目をカイシンに向けていた。
やはりウィンディアとただならぬ関係というところなのだろうか。
「ねえ、ウィンディア。この人とはどういう関係なの? 海人族と人魚族はやっぱり教えてもらったお伽噺の関係とか?」
「そう言えばそのようなことを言っていましたね。ウィンディア様、どうなのですか?」
レムエルとソニヤは彼らから目を離し、街案内時に聞いた人魚族の持つ法螺貝の悲恋話に関係しているのでは? とウィンディアをワクワクした表情で見る。
ウィンディアは小さく息を吐くと睨んでいるカイシンを無視して話す。
「ここまできては話すしかありませんね」
そういうと近くの戸棚から何やら一枚の画板を取り出し、レムエルとソニヤが見やすいようにテーブルの上に置く。
置かれた物を覗き込む二人が目にしたのは一枚の集合絵だった。
中央に若か……ウィンディアらしき女性がおり、その隣に体全体が均等に日焼けした浅黒い肌の男が数十人いた。肩を組んでいる者、しゃがんでいる者、恰好を決めている者等様々であり、ウィンディアの隣にはバンダナを目深に被った、少年の面影が残る青年が畏まるような格好で立っていた。
「わぁー、綺麗な絵だね。こっちにいるのはウィンディに似てるけど、髪が短いね。ウィンディアしかわからないけど、ここまでそっくりに描ける物なんだぁ。船もかっこいいね」
「その隣にいる男はどこかで見たような風貌ですが……違いますよね?」
レムエルは初めて見る絵画の綺麗さと正確さに純粋に喜びを表し、他の絵もないのかと今にも催促しそうだ。
ソニヤは少し真剣に眺め、顎に手を当てカイシンを見た後、ウィンディアに違うといってほしそうに訊ねた。
カイシンが何やら先ほどとは違い、何かを語るように自慢げな表情でもごもご言っているのに気付き、ソニヤは自分の考えが正しいのではないかと思うが、ウィンディアが即座に首を振って否定し安堵した。
「ええ、違います。私と彼がそのような関係になった覚えはありません」
「もんもーっ! うおっ! もめあもあむもーっ!」
「少し黙っていてください」
「もごっ!」
ウィンディアに否定されたことで何やらウソーッ! と目を剥くカイシンは、ウィンディアが持つ法螺貝の杖で頭を殴られ気絶した。
それに関してはレムエルとソニヤも少なからず煩いと思っていたため何も言わず、仲間が虫のように這って安否を確認する。
「では、どのような関係なのですか?」
「そうですね、私と彼はファンとレース参加者という間柄、というのが一番正しいでしょう」
ウィンディアは気絶しているカイシンを薄らと開いた目で蔑むように見ていった。
「えっ、ウィンディアはカイシンとかいう人のファンなの?」
絵画の方に興味が出ていたレムエルは信じられないといった顔でウィンディアを見る。
「いえ、違います。私はレース参加者やレースそのもののファンなのです。決して、そこに倒れている暴れん坊のファンではありません。純粋にレースとそのレースで輝く者達が好きなだけです」
「う、うん、わかった」
何やら迫力を感じる笑みに椅子の上から落ちそうになり、レムエルはソニヤの服を掴んで何度も頷いた。
ウィンディアはよろしいと笑みを深め、カイシンの頭をもう一度叩き起こすと、兵士に指示を出し猿轡を外させる。
「っつうぅー! おい、ウィンディア! 一体俺に対して何しやがんだ! 俺が何をしたというんだ!」
起きると同時に今にも噛みつきそうなほど暴れ出すカイシン。
レムエルはそれが怖くなりソニヤにくっ付き、ソニヤは庇うように一歩前に出て、内心喜びに振るえた。
喚くカイシンに近づくウィンディアは杖を顔の側面に振り下ろし、無言の圧力を加え言外に喋るなという雰囲気を醸し出す。カイシン以外の仲間は震え上がり背後の壁に固まった。
「あなたが私にしてきたことを覚えていないのですか? 私はあなたのおかげで大変な迷惑と不名誉を得ましたが?」
「お、俺が何したっていうんだ」
ウィンディアは雰囲気に飲まれ大人しくなったカイシンから杖を上げ、レムエルの傍に戻り続ける。
「ソニヤ、レムエル様よく聞いておいてください。男というのはちょっとしたことでも勘違いしてしまう生き物なのです。例えば、この絵画のおかげで私は大変不名誉な噂が流れてしまいました」
絵画を指さしながら言うウィンディアに、純粋に綺麗だと思っていたレムエルが首を傾げる。
自分も男だというレムエルはちょっとしたことで勘違いするというところに、少しだけ思い当たることがあるかもと思わなくもない。
「この男はこの絵画のどこを勘違いしたのか、私とのお見合い写真だと思っているのです」
「お、お見合い!? お見合いって結婚する写真のことだよね? こんなのだったの?」
知識として教えてもらったレムエルだが、村には高価な写真(絵)や出生すら隠してあるレムエルに、王族とはいえお見合い写真が来ることはなく、どういった物なのか知らないのだ。
そのためこれがお見合い写真なのかと驚きに聞き返すが、ソニヤに即座に否定された。
「違います。お見合い写真は相手のことを事前に知るためのものですから、このように本人と相手が一緒に載るのはあり得ません。しかも集合絵という時点でさらにおかしいです」
「あ、そうだよね。ソニヤの言うとおりだよ」
そこで思い出したレムエルは少し恥ずかしそうにウィンディアを見る。
ウィンディアは少しクスリと笑った。
「この絵はお見合い写真ではなく、レースで優勝した者達との記念品です。トロフィーや文章として残りますが、やはりその時の姿も残したいと思ってしまうのでこのように毎回絵を描いてもらっていたのです。私の自己満足の様な物となりますが、十年前の物を見るとやはり残していてよかったと思います。時折り、絵を飾り領民でも見れるよう解放することもあります」
他にもいろいろな絵があるとウィンディアは同じように棚から数枚の絵を持ち出す。
その絵にはウィンディアが中央に描かれ、その時の優勝者が隣にいるのだろう。周りの者達は二位以下の者達や参加者だと思われる。
「ば、馬鹿なッ……!? お見合い写真じゃないだとぅ……! いや、それよりも俺とウィンディアは――」
「赤の他人です」
と、どうやったらそこまで勘違いできるのか分からないカイシンの言葉を、最後まで言わせないと一刀両断で斬り伏せたウィンディア。
レムエルも先が分かり始め、カイシンに憐れむような目を向けていた。
「ガ、ガキィ! お、俺にそんな目を向けんじゃねえ! ぶっ殺すぞ!」
「貴様ァッ!」
「ちょまぐはっ!」
レムエルのこととなると自制の気かないソニヤの前でガキ呼ばわりし、殺すという単語が出た瞬間に優しい表情が鬼のように変わり、カイシンを片手で持ち上げ床に叩きつけた。
それに戦慄する仲間二十人は更に縮こまり、レムエルはやりすぎだと顔を蒼くしながらソニヤを後ろへ引っ張る。
「あらあら、ソニヤよくやってくれたわ」
「ええっ!?」
「レムエル様を侮辱する者を生かすことは出来ません。まだ、公になっていないので殺しはしませんが、気を付けなさい。レムエル様は優しいのは分かりますが、示しがつかなくなるので慣れてください」
ソニヤは至極当然といった表情で言うためそうなのかと信じそうになり、やっぱり違うよねとウィンディアに聞こうとすると同じような顔で頷いていたので絶句することになった。
だが、これはやりすぎなのでは? と思わなくもないレムエルは、出来るだけ侮辱されないようになろうと誓ったという。
「そ、そのガ、子供は誰なんだ! 俺のウィンディアといちゃつきがふっ!」
「違うといっているでしょう! いい加減私の言うことを聞きなさい!」
「ちょま、うぃんぐふっ!」
今までにないレースと出来事に興奮と箍が外れているウィンディアは、いつもより過激な行動に走っていた。
カイシンは態々当たるだけで痛みを感じる法螺貝の方で殴られ、庇おうにも手足は拘束されているので身構えることなく殴られる。
最早背後の仲間達は戦慄を超え、ウィンディアを怒らせてはならないと崇拝しかけている。
「じゃ、じゃばあ、おべとおばえば、どんばかんげいばんば! (俺とお前の関係は何だ?)」
顔が歪み、上手く口が開けなくなったカイシンに周りの人はドン引きするが、ウィンディアは杖に付いた血を布で拭き取りながら言う。
「あなたとの関係は赤の他人だと言っているでしょう? 私はあなたが流した変な噂を消すのに走り、知り合いからどういうことだと聞かれ事情説明するのに疲れ、レース関係者と記念品を書いてもらうことも簡単に出来なくなりました。まあ、最近はレースも減ってしまったので仕方ありませんが」
少し残念そうな顔をするウィンディアは、疲れた表情も同時にしていることから、このカイシンという男に相当やられてしまったのだろう。
だが、それでも納得しない勘違い男はウィンディアに「嘘、だろ? 嘘と言ってくれ!」と涙しながら懇願する。
どうやったらそこまで行けるのか信じられないが、思い込みが激しいのなら仕方ないだろう。
そこへ、レムエルが少しずつ近づき、困惑する表情を浮かべながら諭すように現実を突き付ける。
「えっと、カイシンでいいの?」
「ああ? 何だァてぐはっ!」
「レムエル様、お下がりください」
汚い言葉を吐く前にソニヤに潰されるカイシン。
それに引きながらもレムエルはソニヤの後ろに隠れながら言う。
「まず、貴族と平民は結婚できないよ? 出来ないとは言わないけど、親は許可しないといけないし、周りのしがらみもあるし、何より国というか、ウィンディアは武功を立てて貴族になったから、それを取り立てた人の許可がいると思う。結婚するのに釣り合う結納品もいるし……。それに釣り合うための武功とか功績が必要になると思うんだけど……」
最後の方は自分は貴族ではないと思っていたため記憶が定かではなく、しどろもどろになりながらソニヤの方を向き確認を取る。
ソニヤはよく覚えていたと優しい笑みを浮かべ補足説明をする。
「結婚できないわけではありませんが、レムエル様が言う通り武功か功績が必要となり、かなり難しいでしょう。この御時勢ですから無理だとは言いませんが、私から見てあなたは戦争等で武功を立てられるとは思えません。駆け落ちという案もありますが、ウィンディア様はしないでしょう」
「ええ、しませんよ。カイシンよりレムエル様の方が何百倍、いえ、比べるに値しません」
「うぇ!? ぼ、僕!?」
隣に立ったウィンディアにくっ付かれ頬を恥ずかしさに染めながら狼狽える。
レムエルもこんな綺麗な人に言われ嫌ではないだろうが、自分に自信がないために僕でいいのか等と思ってしまい、カイシンの方がかっこいいなどとも思う。
だが、贔屓目に見てもカイシンはワイルドで男らしいの範疇なのだが、レムエルはどこからどう見ても美少年であり、武力もあり、王族というものを差し引いても精霊を操れるという力がある。
まさに比べるまでもない。
「お、お前等、俺とウィンディアを結婚させまいと画策してるんじゃ……」
「そんなことないよ! 僕は今日初めて会ったし、ウィンディアが決めた結婚なら僕がとやかく言うことじゃないもん。ウィンディアが嫌がってるから止めてるんだし、カイシンも現実を見なきゃ」
「う、嘘だあああ! お前らは俺に嘘を付いている! なら、どうしてあったばかりのお前がウィンディアと仲がいい! 俺は十年も一緒なんだぞ! おかしいだろうが!」
唾を撒き散らし、眼を充血させて言うカイシンにレムエルは怖くて一歩後退る。
だが、ここで引くわけにはいかないと二人の身体に情けないながらも隠れ、どうしたらいいのかとソニヤの服をギュッと握り、負けじとカイシンの目を見続ける。
ソニヤは猪突猛進や考えなしというわけではないが、考えるよりまず行動するタイプであり、レムエルが好きなのもあり至上主義である。そのためこのような主を嘗められているような状況は憤慨ものなのだ。
だが、現在レムエルはまだ身分を広めるわけにもいかず、あと二週間は持たせなければならなかった。そもそも元騎士であるソニヤは自分が怒りに任せて動いたのを多少負い目に感じており、再びレムエルに怒られないとしても意に沿わないことをするわけにはいかないと考え、青筋を浮かべながら我慢していた。
そんなソニヤとばらしたら一気に楽になるけど、この人達を信用できるのかと考えているレムエルがはっきりと分かるウィンディアは、小さく息を吐くと二人に向かって一つ提案する。
「二人とも少しいいでしょうか? 彼らを信用するのは難しいかもしれませんが、それを逆に利用してしまいましょう」
「利用?」
レムエルがカイシンから目を離して訊ね、カイシンもまた何の話かとウィンディアを見た。
「ええ、そうです。どこまで話すかはレムエル様次第となりますが、後二週間もすれば公になるのです。それに彼らも事の重大性を知れば、自分の行動如何でどうなるかもどんな馬鹿でも理解できるでしょう」
「ウィ、ウィンディア? ば、馬鹿って、お、俺のこと……?」
ウィンディアは相当怒っているようで無視して続ける。
「あなた様が世間に知られていないからといっても、言って良いことと悪いことがあります。それに私が謙っている時点で気付いて当たり前なのですよ? 兵士にしてもあなた様には一歩引いていたはずですし、住民も私と一緒というのもありましたがどこか上の者を見る目だったはずです」
そう言われれば……とレムエルは思い返しながら考えた。
まず先ほども言ったがレムエルの容姿は確実に平民の物ではない。
現在精霊の力で認識を阻害し、変装の魔道具で髪色を変えている。それでも顔立ちや振る舞い、漂う雰囲気等生まれ持ったものは隠せず、気付く者は気付いてしまうだろう。
カイシンのように全く気付かない者もいるが、レムエルレベルとなると気づく方が当たり前だと思う。
「わかった。僕から話しても信じないだろうからソニヤに任せる」
レムエルは一つ頷いた後、鬱憤が溜まっていると感じたソニヤに丸投げした。
それで収まればいいと思っただけだ。
「良いのですね? 分かりました。コホン……よく聞け、そこの犯罪者共。お前達を完膚なきまでに負かし、住民の笑い者とさせ、ぞんざいな扱いをし、嘗めて掛かっているお方をどなただと心得る」
「そ、その言い方はないよぉ……」
ちょっと悲しい声を出すレムエルだが、やったことは本当のことなので否定しきれないウィンディア。彼女もまた、少しレムエルに自重してほしいと思っていた。
住民は喜んでいたが精霊の船と上空の水の道はやりすぎであり、最後の精霊のフィナーレは問題だった。
どれも魔法では再現しきれないのだ。
「た、ただのガキだろうが。何を偉そうに言ってやがる、鬼女!」
『ア、アニキ?』
「私のことはいいが、レムエル様を侮辱するのは許さん!」
ウィンディアが自分より上の存在だと言い、仲間は気付き瞠目しているのにもかかわらず、カイシンだけは何を言っているのか分からないと噛み付こうとする。
ソニヤは少し馬鹿すぎると呆れながら剣を抜き放って首に添え、肝を震え上がらせる冷たい目を向けながらカイシンに告げる。
「ひっ! な、何しやがんだ! こ、こんな物騒なもんのけやがれ!」
「黙れ下郎が! 頭が高いぞ! レムエル様はお前が口を聞けるお方ではない! 即刻跪き、その汚い息を吐く口を閉じろ!」
『ひぃぃぃぃ!』
濃密な殺気がレムエル達を除き皆に襲い掛かり、芋虫状態だった彼らは一斉にカイシンの背後で土下座の様な態勢を取った。
それでも気付かないカイシンはよほどの大物なのだろう。
「て、テメエら?」
「アニキ……そりゃないッス。ここまで馬鹿だったなんて……」
「そもそも、この人どっかで見たことがあるっス」
「ウィンディアさんも言っていたっスけど、どう見てもこの人は俺達と同類じゃあないっスよ?」
「それにあの船や道とか見た後じゃ、逆らう気も起きやせんです」
「俺っちは大分前から気づいてたんスけど、姐さん……いや、ウィンディア様を呼び捨てにするのは、ちょっと……」
彼らは土下座したまま命乞いをするかのようにカイシンを差し出す。
仲間に現実を突き付けられたカイシンはやっと状況を飲み込み始め、少し顔を青褪めさて首をギギギィ……と動かし、見下しているソニヤと背後でウィンディアに慰められているレムエルを見た。
ウィンディアに優しくされたことのないカイシンはレムエルに嫉妬の気持ちをぶつけそうになるが、気づいたソニヤがそんなことを考えていいのか? とでも言うように頭を踏み付け剣の腹を顔に当てた。
レムエルは彼らが言った言葉に頷き、ウィンディアに支えられながらカイシンにおずおずとさらに現実を突き付ける。
「えっとね、結婚の話をしたと思うけど、平民の人が貴族と結婚してもその言葉遣いだと殺されても文句を言えないと思うよ? その前に婚約すらしていない勘違いだったんだけどね。それと仲間の人が言っているように君を踏んでいる女性は元黒凛女騎士団副団長のソニヤだよ?」
最後に「優しいかと思ってたけど、怖いところもあるんだね……」と付けたし、その言葉に彼らは顔を白くし始める。
ソニヤにどんな噂があるのか知らないが、黒凛というのは世間ではそれなりの集団だと言われていた。現在は腐敗した騎士団だが、それまでは男の騎士団に負けないほどの実績を積み重ねている集団だったのだ。
男顔負けの剣技と魔物を駆逐する姿は踊っているようだと言われていた。
そんな騎士団の副団長は容姿に関しても良かったためファン等が多くいた。だが、ソニヤはレムエルのために姿を消した。
そんな女性が目の前に現れ、本物かどうかは容姿と今着ている黒凛の黒い鎧を少し改造した物を着ている姿を見れば一目瞭然であり、この殺気が何よりも本能的にそうだと言っていた。
「それとね、カイシンはウィンディアに対して侮辱罪、信用・名誉毀損罪、強要罪とか挙げられるし、貴族としてだったら不敬罪とか、気分を害したから殺されても文句は言えないよ。住民には騒音罪や迷惑罪、営業妨害罪とか挙げられるんだよ? 殺されても文句を言えないほどの罪を犯しているの知ってる?」
レムエルは思い浮かんだ罪状をつらつらと述べ、仲間は気絶する者まで出た挙句、カイシンはまだレムエルに噛み付こうとする。
「ガ、ガキが知った口を……!」
「まだわからんのか、この馬鹿者が! お前の罪状はもっと酷いものがある! 王族侮辱罪、王族不敬罪、王族暴言罪等、知らぬとは言え問われてもおかしくない!」
ソニヤは決定的な単語を口に出し、仲間は次々に顔を土色にしてその場で気絶する。
カイシンは馬鹿だから信じず、思い込みが激しいとこうなるのかと考えさせられてしまった。
「このお方はチェルエム王国第八王子レムエル様であられる。諸事情により身を御隠しになられていたが、現在国を変えるために立たれた正当な王族であられる」
「お、王族だ、と……。いや、証拠、証拠はねえじゃねえか! 大体、お前がソニヤ様だというのも信じられん! 仲間は信じたかもしれんが俺は騙されんぞ! 証拠を出せ!」
「き、貴様……!」
「待って、ソニヤ」
今にも殺しそうなほど激怒するソニヤに近づいたレムエルはそっとその手を押さえ、目を閉じると共に言葉を紡ぎ精霊の力を使い『竜眼』を解放する。
友達であるレムエルやレムエルが信用するソニヤが侮辱されたことにより精霊達は憤り、レムエルの傍らにその姿を現す。
荒れ狂う風が室内に吹き荒れ緑色の長い髪が揺れ動き、黄緑色のコートと大自然が思い浮かぶ簡素なバトルドレスを身に付けた、羽根つきの剛弓を持つ化身が右傍らに降り立つ。
半太の左傍らには水飛沫が何処からともなく上がると渦巻きながら形を成し、水は細部まで細かに造型され、天女の様な水の羽衣と和服の様な薄い極上の布を纏った、足袋を履いた深海の杖を構える化身が降り立つ。
完全武装状態の上級精霊二人が姿を現し、その姿に圧倒される室内の者達。
精霊はそれに見向きもせずレムエルの傍らに並び立ち、風の化身は手に持つ弓を引き絞り風の矢を番え、水の化身は深海の杖に水を纏い三又の槍と化しカイシンに向けて構えた。
「…………! (ガチガチガチガチ)」
恐怖に歯の根が合わずガチガチを震える音が響き、精霊の力に圧倒される皆の前でレムエル一人が一歩前へ歩み寄り、二人の肩に手を置くと共に今までにないほどの王者の風格に満ちた雰囲気を放つ。
カイシンはレムエルの雰囲気に気付き、ゆっくりと下に向けていた視線を上げ、眼を薄らと開け始めたレムエルの瞳に浮かんでいた物を目する。
その瞬間その目に飲まれ、心臓の音が止まるかと、室内に荒れ狂う音が聞こえなくなる錯覚に陥った。
「僕の瞳にしっかり浮かんでいるかな? その反応を見る限りだと大丈夫みたいだから続けるね。この国、ううん、この国以外にもこの国の王族に竜の証が現れることは有名だね。それはこの国に住む国民なら幼い子供でも知っているほどに有名なはず。チェルエム王国の建国者にして初代国王が所持し、今まで数人しか確認されていないという『竜眼』のことだよ?」
レムエルはにっこりと笑い、今はその笑みがいつもと同じ優しい物には見えなかった。
「君が仲間と同じように信じてくれたらここまでする必要はなかったんだよ。でも、君はウィンディアが否定しても、ソニヤが正しても、仲間が言ってもそれを信じなかった……。だから、僕はまだその時期じゃないのに身分をばらすことになったんだ。さすがにこの瞳を見れば信じるよね? 認識の阻害もなくなっているから王族特有の容姿というのもしっかり見えているはずだし」
ソニヤは歓喜に震えながら傍らで跪いている。
ウィンディアはあの時以上の伝承と同じ水の精霊を目にし、それを従える王者の風格を持つレムエルに頭を垂れていた。兵士もまた同様に水の精霊が杖を三叉戟に変えたことで喜びに震え傅く。
身動きが取れるようになったカイシンにまた一歩近づき、ビクリと震えるカイシンに告げる。
「威圧はしてないんだけどなぁ。君は僕が言うことを信じるの? それともまだ信じられない? そうだとしたらちょっと困るんだけど……」
想像以上に怯えるカイシンを見て威圧をしていないと頬を掻き、精霊二人に待機の指示を出す。
「……し、しんじ、る。信じる! 信じるからもうやめてくれぇ!」
恐怖を通りこし、息も止まりそうなほど汗をダラダラと流すカイシン。
だが、レムエルは『竜眼』を解く前に一つだけ制約をカイシンに施した。
「僕は出来ればしたくない。でも、ソニヤは安心しないだろうし、精霊の言うことを無下にはできない。どちらかというと精霊の怒りが君に向かわないようにするだけだけど」
精霊は少しムッとしてレムエルに君のためだと音無き声を届ける。
レムエルは少し背後を見た後苦笑し、言葉を紡ぎ制約という枷を付けた。
「精霊よ、彼の監視し、もし破れば罪を与えて……」
罪と言っても殺すようなものではなく、声が届かなくなる、意識が落ちる等と言ったことで、流石にレムエルが嫌うようなことは精霊も嫌うのだ。
そして、常にカイシンの周りには精霊が待機しているため、それはいつでも発動されるだろう。
「カイシン、君はこれから一定期間の間ウィンディアの許可なきことを口にすることは出来ない。僕達の情報を口にすることは絶対にできないよ。君が始めから信じていればこんなことをせずに済んだんだ。もう少し、君は周りのことに目を向けた方が良いと思う」
レムエルはそう言うと目を閉じ『竜眼』を消し、精霊もレムエルに挨拶をしてからその姿を掻き消した。
それから二日後。
レムエルとソニヤは『アクアス』を出発する時となった。
背後にはウィンディアを先頭に兵士数名が手を振り、その横には二日間で知り合った住民が出迎えに来ていた。
そして、湖では船に乗った元『蒼天大海蛇』達が忙しく動き回っていた。
彼らはあの後、考えさせられ住民に謝り更生するとウィンディアの兵となった。ただの兵ではなく、追いかけっこから分かるように彼らは『アクアス』の街並みを深く知っている。それを利用した細部までの警備と掃除などを行っているのだ。
仲間は気絶していたこともあり、これまでの罪を償おうとウィンディアに忠誠を誓い――カイシンを少し見放したのかもしれない――カイシンは未だにあの時の自分と光景が忘れられず、レムエルとソニヤに対して絶対の忠誠を誓うと共に、ウィンディアにはあまり近づかないようにしている。
それは罪等からではなく、心を入れ替えたのだろう。
最後に見た表情は晴れ晴れとしており、バンダナもしっかりと結び現在は明るい好青年という印象を受ける。
「レムエル様、少々寂しくなりますがご武運をお祈りします」
ウィンディアの言葉に兵士達が軽く頭を下げる。
住民達はレムエルのことを知らないがそれなりの人物なのだと納得し、笑顔で手を振っていた。
「うん、ウィンディア達も元気でね」
「ウィンディア様、よろしくお願いします」
レムエルとソニヤはそう言い残し、馬を翻らせると『アクアス』に背を向けて次の目的地へと足を動かした。
背後ではいつまでも声が響き渡り、この街へ来た時とは別のようだった。
スカッとさせたかったのですが、無理でした。