第十三話
「――わかった。殿下の言う通り、試験を行った後実験も行い、それで結果が良ければ全面的にこの場にある鉱山全体での検討を考えよう」
オルカスは書き留めた書類を石製の冷たいテーブルの上で整えるとすっと立ち上がり、全体に意見はないかと見渡す。
「それが本当なら今の発掘量が数倍に跳ね上がるが……そう上手くいくか?」
オルカスよりやや小ぶりの岩人族の現場責任者が眉を分かり難いが細め口にする。
「いやいや、この方法は失敗してもそれほど損失はないだろう。失敗しても誰かが死ぬわけではないのだからすぐに実行するべきだ」
「そうだなぁ。オラもこれに賛成だぁ。発掘量だけじゃなくぅ、作業効率が削れぇ、人件費が落せぇ、時間も短縮できるはずだぁ」
「もっと上手く行えばもっと抑えられる。そうだなぁ……魔法だけだと効率が悪いだろうから全てを魔法にせず、途中から人の手にした方が良いだろう」
「そうだな。土を崩すのは魔法が良いかもしれんが、運ぶのまで魔法でやると確かに効率が悪い。魔力は有限ではないのだから出来る奴を人の手でやるべきだ」
先ほどの岩人族以外は概ね賛成のようでまだ改善の余地はあるようだが、きちんとした専門家の話し合いがあれば事故を起こすことなく作業が出来るだろう。
彼らが決めているのは以前レムエルが語った鉱山作業の効率化問題である。
レムエル自身はたとえ罪人でも死んで欲しくないと思ったから思い浮かんだことを言ったまでなのだが、ソニヤや一緒にいたゾディックはそうでもない。
青天の霹靂を超えた考えもしなかったレベルの案だったりする。
実際にその案をソニヤに促されつつレムエルは説明すると、まず領民全ての命を背負っているオルカスが目の色を変え、次に現場責任者が目の色を変えていった。
警備の者も最初は分からなかったようだが、魔法で行うことと仲間が警備に行って死ぬ理由に心当たりがあり、それを知らないであろうレムエルの口から該当するガスについて出て来たので信用するになった。
即座にそれは検討されることとなり、王族であるレムエルが来るということで空元気のようにしていた者達が、今は活発に意見を言い合い画期的なアイデアを取り入れようとしている。
ここでもまたレムエルは、今度は大勢から感謝されることをしたのだった。
「っと、放置してて済まなかった。少し忙しくなりそうで、俺もちょっと離れられそうにない。だから、当初の予定通り殿下とソニヤは街を見てきてくれ。勿論何かあっては困るから警備の者を数人付けよう」
まあ、元々忙しくなくともレムエルにオルカスが付いていくのは目立つため無理な話だったのだ。
結局警備の者が数人付き、街についていろいろと説明することになっていただろう。
「気にしないでいいよ。オルカスは国民が死なないように出来るだけいいものにしてよ。できればもっと分かりやすく伝えられたらよかったんだけどね」
「いやいや、殿下は気にしなくていい。死亡する原因と事故の原因が分かっただけでも相当な収穫だ。気を付けるだけでも十分価値が出る」
「そうなの? 僕にはよくわからないから頑張ってね」
「ああ、こういうことは専門家に任せるもんだ。殿下の仕事は国民を守ることだ。そこを間違っちゃあいけねえ」
レムエルはごつごつとしたオルカスの手を握り、ウィーンヒュル子爵の岩の屋敷から外に出て街の様子を見に行くこととなった。
エレベーターを退屈しながら二十分かけて降りたレムエル達は、まずメイン通りであるドーナツ状の街の中央を一周することにした。
「ここで取れた鉱石は外国にも輸出してるんだよね?」
レムエルの素朴な疑問に護衛の警備兵が答える。
「はい。主に隣国にある小国が主ですね。一時は帝国にも輸出していたそうですが小競り合いが起き始め現在は禁止しているようです」
王国の国土が広いことは説明したと思うが、国土が多いということはその分他国と接する面が多くなり、より多くの国と渡り合うこととなる。
渡り合うのが帝国のように争いであれば、いろんな小国のように有効に手を結んでいるところもある。
だが、現在いろいろと立ち止っている王国はいろいろな国から足元を見られがちだ。
第一王子は他国への進出や自分の権力と金を増やすことに執着し、道端の障害に気付かない策略や政略を視野に入れているようだが、軍を動かす権限を持っていない為現在は内政に口出しをするだけにとどまっている。
レムエルには何としても国王が死ぬまでに王になってほしいものだ。
「ふ~ん、じゃあ、ここではどのように使われるの? 武器とか防具になるのは知ってるけど、何か珍しい物になったりしない?」
レムエルの無茶ぶりに見える質問にソニヤは苦笑するが、答えは簡潔に直ぐ返って来た。
「有名どこでいいますと服とか、本や装飾ですかね」
「本と装飾はなんとなくわかるけど、服も金属なの? 冷たいじゃん」
そう自分の服を摘まみ、下に来ている鎧を触ってそういった。
ソニヤはなんとなくどんなものか理解し、納得したという顔で頷いた。
「ソニヤ様は気付かれたようですね」
「ええ、服と言われると今一ピンとこないが、冒険者をしていた身から言うと鎖帷子がそれに該当するだろう」
レムエルは鎖帷子がどのようなものか知らず首を傾げている。
「鎖帷子というのは細長い棒状の金属を隙間なく棒に巻き、ばねの様になった金属を一周した所で切っていくと輪っかが出来上がる。その輪っかを組み立てていき、最後に隙間を蝋で固めた後にやすりで磨くと出来上がる鎧の一種だ」
「へぇ~、なんだか重そうだね」
「ええ、重すぎるぞ。レム君はあまり筋肉がないから使わない方が良いな。それに今の鎧の方が防御力が高く軽い素材で出来ている」
初めて知ったことにペタペタと自分の鎧に触って確かめるレムエル。
それを微笑ましく眺めながら補足説明をする。
「確かに鎖帷子も金属服の一種でしょう。ですが、私が言うのはもっと服らしい金属服です」
そこで一つ区切り、丁度通り縋ったようで店の中へと入っていく。
「この服が金属でできた服となります」
そう言われた服を手に取り感触を確かめるレムエルだが、服の感触はほとんど布と変わらず、確かに金属のような手触りと普通の服にしては重く感じるが、見た目はどこからどう見ても普通の服だ。
普通の服というのは麻と呼ばれる植物の繊維から作られることが多く、次いで羊等の毛から作られるが麻に比べて匂いが強く加工に手間がかかり高価となる。
貴族となると高級な糸を使って職人の手によって作られる。
「……なんだか普通だね。本当に金属なの?」
「全てを金属で作っているわけではありません。模様が付いている所は金糸や銀糸と呼ばれる金属の糸を使い縫っていくのです。貴族の模様等は金属の糸が使われることがあります」
警備の人から説明をしてもらうレムエルだが、何か納得いかない様で首を捻っている。
すると、表の騒ぎに気付いたこの店の店主だろうか、一人のドワーフが髭を触りながら出て来た。
「坊主の思っている通り、その服は金属の糸のみで作ってある。……正しくは襟元や袖口とかは危ないから普通の布だが」
「誰?」
ソニヤに庇われるが、服を元の位置に置きレムエルが代表して訊ねる。
ドワーフは少し目を細めレムエルを見るが、気にした様子もなく続ける。
「俺の名は『ゼノ』、ただのゼノだ。そういうお前は誰だ? 大事に守られているようだが貴族か?」
少し威圧するように鋭い目を向けて言うゼノに気圧されながら、頷いていいのか否定していいのか曖昧な返事をする。
確かに王族は貴族ではないだろう。
分類されているのだからそうであり、王族だからといって爵位を持っているわけではない。
この国では成人して初めて王族は伯爵より上の爵位とどこかの役職を貰う。仕事を貰うということだ。
王族というだけでその地位は確定しているということになる。
結局レムエルは首を左右に振って否定した。
「僕は貴族じゃないよ」
「んじゃあ、警備兵がいるのは?」
「それはね、道案内してくれているからだよ」
「ガハハ、確かにお前は道案内されていたな。ちょっとばかし寄り道しているみてえだが」
ゼノは嘘だとわかったが本人がそう言っているので乗ることにし、豪快に笑って先ほどの説明を続けた。
「警備の兄ちゃんが言うとおりだが、この服は魔法銀糸と呼ばれる特殊な金属糸を使っている」
金属糸というのはそのまんまの意味だが、魔法銀糸、魔法金糸等と魔法という単語が頭に付く金属糸は特別な物となる。
例えば、手触りが通常の布よりも極上の物となり、金属とは違い滑らかで柔らかく、とても軽い出来となるのだ。
勿論魔法という名が付いていたとしても金属なのは変わらない為、それなりの強度を持つ。
「他にも魔法耐性が高く、魔力効率もいい。武器としては使用できねえが、服に魔法を掛けると効果が上がるだろうよ。兎に角、魔法に対して特化した服だ」
ゼノは作るのにも苦労したと見えない汗を拭きながらニカッと笑ってそういった。
銀糸を使う服――ゼノの店は防具屋だが――は基本的にベースとなる鎧や服等があり、そのベースに沿って銀糸を付けたり縫ったりするわけだ。
魔法銀はその特性から少々特注の機織り機を使用し、ほとんどベースがない状態から服を作ることが可能だ。だが、その柔らかさから硬くすることは出来ない為鎧に合わせるにはベースが必要となる。
見た目も良く、性能も抜群のため王族の装備は大概この魔法銀糸が使われていることが多い。
「これで武器とかは作れないの? 魔法に特化してるんだよね?」
「ん? そりゃあ出来ねえよ。ただでさえ普通の糸より柔らけぇんだからよ。武器に使ったとしても武器自体がそれなりの魔力伝導率を持っているんだぜ?」
剣ならばそうでもないが、剣を使う者は魔法をあまり使わず、使ったとしても補助として使う場合が多く、そこまで効果を求めていない。それに剣に銀糸を使用するとしても柄にしか使用できず、金属である刀身にどうやって組み込めばいいのか、という話になる。
それは槍や斧、槌などでも同じだ。
では、魔法使いが使う杖や魔法書ならどうなのか。
この場合ゼノが言うように、それ自体が魔力に対して特化しているため、銀糸を組み込んでも大した効果を得られないだろう。
杖も特殊な木を除けばほとんどが金属の方が魔力伝導率や効率が良いため、結局剣等と同じ理由で銀糸を使用できない。
「そうなんだ。売れるの? 今じゃなくても魔法銀糸って高そうだよね。それが服になってさ。しかもほとんど魔法銀糸で作られてるんだもん。相当高いはずだよ」
「コホン、レム君」
誰もが思っただろうがレムエルの当然の疑問を口にし、ソニヤに咳払いされながら注意された。
だが、ゼノは苦笑した後に肩を落とし、「そうなんだよなぁ……」と呟いた。
「ゼノの腕は『ロックス』でも有名なほどです。ですが、技量に見合った物を作るとどうしても高価な物やコストを抑えても手が出せる物ではないのです」
警備兵がゼノの知り合いのようで軽く説明する。
それを聞いたゼノはムッとしたが本当のことなので悪態突くだけで留まる。
「お前言うなぁ。……ったく、こいつの言う通りだ。まあ、手を抜けばいいんだろうが、俺はドワーフだからよ。なんていうか、作品の冒涜になるようなことはしたくねえんだ。それに手を抜くっていうのは客に対して失礼だろう?」
共感できるだろう? と組んでいた両手を開いて聞いてきた。
レムエルはよくわかっていないが、武器や防具の大切さを知っているソニヤと警備兵は神妙に頷く。
「確かに身を護る物を買って、それが手抜きされてたら気分は良くないよな」
「そうですね。いくら自分が職人の技量に及ばない実力だったとしても、それで死にでもしたらお門違いかもしれませんが恨むかもしれません」
「俺達から見ればそうかもしれませんが、住民から見るとどうなのでしょうか。手抜きされても高いでしょうね」
ゼノもそうだとばかりに頷き、レムエルは首を傾げて一つ提案する。
「じゃあ、手袋とかでもいいんじゃない? 手抜きとかないよね。手袋なら剣士でも魔法使いでも使えるし、指先から魔法を放つ人なら重宝すると思う。コストも抑えたいんなら指先だけとかなら初心者にも買えるんじゃない?」
魔法銀糸で作られた豪華なローブや銀糸と金糸が編み込まれた革鎧を触りながら、又しても確信を付く様な提案にその場にいる者全員がレムエルを見る。
確かにそれなら誰でも使える、コストを抑える、手抜きできない、効果もそのままを全てクリアしている。
ただ、それが上手くいくかは職人と使い手の技量に寄るので仕方のないことだが、職人のゼノは虚空を見上げながらぶつぶつと喋り、ソニヤはさすがレムエルだと満足そうに頷いている。警備兵は使えそうだと話し合っていた。
ソニヤは既にレムエルの突飛なことに慣れたのだろう。
一番突飛だったのは精霊教教会でのピアノ弾きだったはずだ。あとは、シュへーゼンとの話し合いもだな。
「……ふむ。坊主、名前は何という?」
目をぎろりと移動させ、レムエルを睨んで捉えるように見る。
レムエルはドワーフの体格も合わさったその目の威圧感にやられ、おろおろしながらソニヤへ抱き着いた。
ソニヤは一瞬デレッとしながらもキリリと表情を変え、レムエルの背中を押して自分の前へと移動させる。
レムエルは力で負けながらも嫌々と首を振るが、どうしようもないのかと観念して恐怖に彩られた顔で小さく頭を下げた。
「ぼ、僕はレムエル……」
何か拙いことでも言ったのかと、今すぐ逃げたい気持ちを抑えて目をギュッと閉じて待つが想像したのとは違い、急に手を握られぶんぶんと上下に振られて呆気に取られた。
「レムエルか! いい名前だな! ガハハ!」
「え? え? え?」
「どうした?」
涙を浮かべた状態で何が起きたのか理解できないレムエルに警護兵が笑いを我慢できずに吹き出し、ソニヤがキッと睨みながらレムエルに説明する。
「レム君は何も悪いことをしていない。ただ、ゼノからすると画期的な提案を受けたんだ。少し怖かったかもしれないが、ドワーフというのは大概こんな感じだぞ?」
レムエルにそっと笑いかけて目尻に溜まった雫を頬に手を当て親指で拭い去る。
レムエルもやっと理解し、ぎこちない笑みを浮かべゼノに気まずい顔を向けた。
「おいおい、なんだ? その言い草は」
「いやいや、あんな顔をされたらちびっちまいますよ」
「そうだそうだ。ゼノはもう少し子供に優しくなるべきだ」
「そして、俺達にもう少し良心価格で売るべきだ」
うんうん、と揃って頷く警備兵に、今度は火山が噴火したかのように烈火の如く怒り、近くにあったハンマーを振り回す。
「何をっ!? テメエら言い度胸じゃねえか! 確かに子供に厳つい顔を見せたのは悪かった。だが、お前達は大人だから構わねえよな? なあ?」
「い、いやだなぁ。ほ、本の冗談じゃないですか。は、はは」
「そうっすよぉ。ちょ、ちょっとしたジョークっす」
「これからも贔屓にさせてもらいます」
「だあらっしゃい! お前達には今後びた一文負けてやらん! ……あと、新作の魔法銀糸グローブが出来てもこいつらにはいらんかもしれん」
ぼそりと最後に聞こえるように呟いたゼノの一言に、大慌てして縋り寄る警備兵達を見てレムエルはいつもの笑顔を取り戻す。
ソニヤはホッと息を吐き、「ゼノの言うとおりだ」と一言添えて警備兵に悪い笑みを浮かべる。
折角魔物が出た時等に対処するときの効率が良くなるかと思えば、飛んだ罠に自ら嵌り泣きながら懇願するに至った。
「ったく仕方ねえな。じゃあ、お前達にもくれてやるから使い心地を聞かせてくれや」
「「「は、はい! 人体実験に付き合わせてもらいます!」」」
「やっぱやめるか?」
「「「す、すみませ~ん!」」」
「あはははは」
「ふふふふ」
レムエルとソニヤは活気を取り戻したゼノの防具屋の中で外まで響き渡る笑い声を上げる。
それにつられて気分を落としていた人々が何事かと集まり、ゼノの店に人だかりが出来始める。
「っと、レムエル。お前が出した案だが、俺が使ってもいいか?」
ゼノは状況を飲み込むと、レムエルが出したものだが使ってもいいかと訊ねる。
特権や著作権はないだろうが、職人として他人が考えた案を黙って使うのは気が引けたのだろう。
普通は自分で手法や製法を黙って富を得ることが多く、ゼノの様に態々聞き返すというのは作品に情熱と裏切らない心を持つドワーフだからだろう。
だが、そんなことを知らないレムエルはいつもの調子で答える。
「うん、使いなよ。僕としてはグローブもいいけど、装飾品にも付けたり、小さい人形にしたりするのも面白いかもね」
「そりゃいいな! よし、出来上がったら見せてやる! だから、いつかまた来てくれ!」
そう言って職人の手を差し出すゼノに、レムエルは喜んで手を握る。
「うん! 用事が終わったらすぐに来るよ! ソニヤ、いいよね?」
一応王になるかもしれない為ソニヤに確認を取る。
ソニヤは少し考えた後、まあいいでしょうと答えた。
その答えに満足したレムエルは満面の笑みを浮かべてゼノに約束を取り付け、人だかりから逃げるように街の探索に戻るのだった。
人だかりが出来たゼノの店では、堪忍袋の緒が切れたゼノが叱り飛ばし、逃げ去る住民の背中に新たな商品を宣伝する声が何処までも届いていたという。
これはレムエルが精霊教教会で弾いたピアノと同じ現象で、精霊が遊び半分でレムエルの手伝いをしていたのだ。
どこまでもレムエルが好きな精霊はレムエルの状況を理解し、少しでも手伝おうとその音を風に乗せていたという話だ。