第十二話
天星暦899年3月。
村を出てから二か月の月日が経ち、レムエルはソニヤをお供にバグラムスト伯爵領の隣に位置するウィーンヒュル子爵領へと訪れていた。
山越えをしなければならない為馬車では時間がかかり、今回の旅もシルゥに跨り旅をしている。
バグラムスト伯爵領からウィーンヒュル子爵領までは凡そ五十キロほど。山があるためさらにかかるだろうが、五日もあれば辿り着くことが出来る距離だ。
ウィーンヒュル子爵の名は『オルカス・ウィーンヒュル』という。
彼もまた国王の飲み友達のような存在であり、子供の頃の国王に指南をしていた男だ。
種族は岩人族という岩のような肌と硬質化させることのできる能力を持つ、力と体力と防御力に秀でた種族だ。ただ、魔力をあまり持たない為魔法は使えず、仕えたとしても身体能力上昇系と土魔法くらいだ。
寿命は約五百年とかなり高く、まさに岩の様な種族だ。
そして現在、レムエル達はオルカスの屋敷がある鉱山都市『ロックス』へと来ていた。
鉱山都市は確かに鉱山が多く眠っているが、全て奴隷達を使って働かせているわけではない。
岩人族は山の知識が豊富であり、あらゆる種族の中で山に対しての耐性がとても高いのだ。そのため多少のガスでは死ぬことがなく、体調管理と時間制限を取決め交代制で排出を行っている。
ただ、岩人族は圧倒的に人数が少なく、王国全体でも千人もいないと言われている希少な種族の一つなのだ。
また、見た目と違いドワーフのように細工が得意だ。ただし、鉱石から作る物のみとなる。
「何か凄いところだね。街の中心に山があるよ」
「ええ、あの山の頂上にあるのがオルカス子爵の屋敷だ。あの山にもいろいろな鉱石が眠り、山の中には住宅があるそうだ」
『ロックス』は鉱山に囲まれた円形状の街だが、街の真ん中に鉱山を台形に斬り取った山が存在している。その山の頂上には岩を重ねて作ったような外見の原始的な屋敷がある。傍には客人が止まれるようにと普通の屋敷もあるが、オルカスの屋敷と比べるとこじんまりとし、石の屋敷と比べると迫力に欠ける。
その山の周りには数多くの民家が広がり、さらにその奥には山の外へと向かう道と鉱山の排出を行うトロッコレールが縦横無尽に敷かれていた。
バグラムスト伯爵領の自然街とは真逆の景色と言える。
「それではいくぞ、レム君」
「うん、楽しみだなぁ」
丘を下って行こうとするソニヤの背に付いてレムエルも下って行く。
街の中はやはりあまり活気が見られない。
ただ違うところは鉱山自体がこの街の収入源であり、他国への輸出やドワーフ族や岩人族による装飾品や道具作りも行われているため、人々は忙しそうに行き来している。
特に活気がないのは奥に見える住宅街であり、職人達の顔もやや暗く、ただ黙々とやるべき仕事をしているという感じだ。
「やっぱり活気がないね。仕事はあるみたいなのに何でだろう?」
「それは私もわからない。叔父上の領地は木材が主な収入源となるが、かなり買い叩かれるようだ。それに物価が上がり、人が買わなくなってきたと聞いた」
物価が上がり、人々の持つ財産も減り始め、お金は貴族達に集まり金が循環しなくなったのだ。
それが国民全体を苦労させる原因となっている。
人は多少上からの圧力が強くとも美味しい料理や賭け事、遊んだりすることで折れずに立ち向かえるのだ。だが、お金が手に入らなくなるということはそれらが出来なくなり、結果欲がなくなり生きるだけの人形のような存在となってしまったのだ。
「いろいろと難しいんだね。僕は国民の苦しみを解くことが出来るかな?」
レムエルは馬から降り、近くに転がっていた脆い乾燥した石を砕いてそう言った。
ソニヤも馬から降り、地面や近くの石を触り確かめる。
「レム君なら出来る。馬車での女の子の笑顔に『ココロの町』の商人の男の子の笑顔、『ルゥクス』の精霊教教会でピアノを弾いたときの領民の顔……。どれもレム君がしたことだ」
ソニヤは立ち上がり、レムエルの肩に手を置き優し気に微笑む。
「レム君はこのまま変わらずにしたいことをすればいい。母君との約束だろう? 人々を助けると」
「うん、母上と約束したよ」
「私達にも自分がしたいようにして国民を救うと約束してしたな。ネシアから辛いことを言われ考え直したのかもしれないが、その後に言ったようにそうならないように努めればいい。レム君がしたいようにな」
優しくソニヤに抱かれ、柔らかな胸からは心臓の鼓動がレムエルの耳へと流れ、母親に包まれたかのように安心して目を閉じた。
周りにいた職人は気付き、姉弟が抱き着き何やら微笑ましい光景に見え、荒んだ心を少しだけ軽くした。
こうやって知らず知らずのうちにレムエルは人々の心を動かし、少しずつやる気を出させていた。
レムエルは再び馬に乗り、屋敷がある山の麓までやって来た。
「ここからどうやって上がるの?」
レムエルが言ったように山はかなりの角度があり、整備されているようだがさすがに馬では上がれない。
ソニヤはフフッと意味深しげに笑い、レムエルの身体を右側へ移動させた。
「あちらに見える入口に入れば分かる。きっとレム君は驚くぞ」
と、何やら楽しそうに悪戯が成功すると確信した笑みで告げた。
「おおお! ソニヤの言う通り驚いたよ! これ、どうやって動いてるの?」
「フフフ、驚いたようだな。私も一度しか来たことがないから詳しくは分からないが、魔力で動いてるのは確かだ。詳しいことについてはオルカス子爵に聞こう」
レムエルが何に驚いているかというと地面が上へと動いているからだ。
右側には山の中へと入る入口があり、その先にはドーナツ状に斬り抜いた職人たちの街があり、その中央には特殊な魔道具が設置されていた。
その魔道具の名は『魔導昇降機』といい、分かりやすく言えばエレベーターだ。
素材がほぼすべて金属だというのがレムエルの驚きに拍車をかけ、珍しい物が好きなレムエルはソニヤが少し心配するほど喜んでいた。
二十分ほどすると標高七百メートルの山の頂上へ昇り着き、カシュッという音とともに何重にも閉じられていた扉が開いた。
安全のためとはいえ外が見えないほど頑丈に作られていたエレベーターの中では、レムエルの好奇心を二十分間も保たせることは出来ず、十分ほどで飽きてしまっていた。
結構広かったためシルゥも一緒にいるのだが、途中からはシルゥや精霊を具現化させて遊んでいたようだ。
ソニヤも退屈だったようで丁度いい退屈しのぎになっただろう。
レムエルは頂上に付くと同時に外へ飛び出し、目の前でレムエルの到着を待っていた大柄な男性へと激突した。
「いたっ!」
「危ない!」
「……っと、とと、ごめんなさい」
ぶつかり後ろにこけそうになったところ男性に抱き止められ、そのまま持ち上げられ地面へと立たせてもらった。
レムエルはすぐに頭を下げて謝り、ソニヤに軽く怒られる。
「レム君はもう少し大人しくなれ。退屈だったのは分かるが、もし目の前が崖だったらどうする気だったのだ」
「そ、そうだね。ソニヤ、ごめんなさい」
「分かってくれればいい。次からは私より先に動かないように」
ソニヤは護衛も兼ねているわけで、護衛される者が護衛する者より先に動かれては苦労するのだ。
レムエルがまだ護衛されることになれていないというのもあるが、これからはしっかりするだろう。
「がははは、よく来たな。自己紹介はあとだ。まずは屋敷へと行こう」
大笑いを上げた大柄な男性はそう言い残し、呆気に取られたレムエルに背を向けて岩の屋敷の方へと向かって行った。
「レム君。あの方がウィーンヒュル子爵領を治めるオルカス子爵だ」
「へぇー、バダックより大きい人だね。強そうで、シュへーゼンとは違った雰囲気を感じるよ。岩人族だっけ?」
岩の様な身体を持つオルカスの背中を見て、驚きの感想を言うレムエルにソニヤは頷いて答える。
「ええ、彼は今年で二百歳を超えるが、岩人族の中でも特に体が大きく、力も強い明るい人だ。あの人がいるからこの街は今を保てていると言っても過言ではない」
「そうなんだぁ……。父上の飲み友達はいろんな人がいるんだね」
「レム君もいずれ多くの種族と友達になれる。既に巨人族、精霊族、獣人族、人族、森林族、岩人族と会っているからな」
この世界にはまだ知られていない少数部族が多くいる。
その中には知らずの内に進化を辿り新たな種族が出来ていると言いわれている。
そのいい例がエルフ族と森林族だったりするわけだ。
レムエルとソニヤは馬に跨り、既に小さくなっているオルカスへと急いで向かう。
道中、屋敷の使用人がレムエルに気付き、軽く頭を下げてくるためある程度の事情は説明してあるようだった。
屋敷の中は外見と違いしっかりと作られていた。
だが、岩を重ねてくっ付け、それをくり抜き加工したような作りのため、何処か無骨な感じがする。
床は大理石が敷かれ綺麗に磨かれている。その上に岩人族が作っただろう模様が所狭しと描かれ、見る者を魅了させる価値の高そうな物へとなっている。
奥へ進んでいくと岩人族の特性なのか石製の椅子とテーブルが現れ、その上に湯気が立ち昇る料理が置かれていた。
「さあ、まずは歓迎会を始めよう。敬語は苦手でな、公の場ではしっかりするから勘弁してくれ」
レムエルが部屋の中へ入ると同時に、数人の岩人族を代表してオルカスがそう言った。
部屋の中には重役を任されているであろう者達が勢揃いし、レムエルの歓迎を心待ちにしていたようだ。
岩人族の街という側面が強いため重役には岩人族が多いが、中にはドワーフ族、人族、獣人族がいる。
他にも種族は入るだろうが、この辺りで生きていくとなると限られてくるだろう。
「ソニヤ、早く座ろう。折角の料理が冷めちゃう」
「はいはい。レム君は落ち着きなさい」
レムエルとソニヤが席に付いたということで各自も席に着き、乾杯の音頭がオルカスの声により始まった。
「それでは食べながら紹介をしていこう。俺の名は知っての通り『オルカス・ウィーンヒュル』だ。百年前だから、三世代前の国王よりこの地の領主を務めさせてもらっている」
「百年前から!?」
レムエルは岩のような形の肉団子を箸で突っつき、意外に中が柔らかかったことに感心しながら、オルカスが百年間もこの地の領主をしていることに驚愕した。
さすがにソニヤも知らなかったようで眼を開いて驚いていた。
この辺りが人族とは違う長寿の種族の領主というものだろう。
まだ二百だというため後二百年は何事もなければ領主をしているかもしれない。
「ああ、そうだ。俺は王国に岩人族を種族として認めさせるために立ち上がったリーダーだったのだ。そして、百十年前の戦争で敵を打ち払った功績で岩人族を認めさせ、百年前に国王から岩人族の保護と鉱山の管理をするためにこの地を任されているのだ」
何ともスケールの大きなことを言っているが、彼もまたレムエルと同じく苦しんでいる同胞を解放するために立ち上がった英雄のような存在なのだ。
元々岩人族はその姿から魔物として恐れられていたが、二百年ほど前から考え方が変わり新たな種族として認知されてきた。当時の国王が現在の国王のような考えを持っていたかは別だが、その判断が今を作っていると言える。
岩人族が居なければこの地は不毛の大地と化し、多くの奴隷が死ぬ鉱山都市となっていただろう。
「良い人だね。僕も頑張らなくちゃ」
レムエルは肉団子を口に入れ、そう小さく呟いた。
「この場にいる岩人族は皆鉱山の責任者だな。現在活動中の鉱山は四つあり、鉄、銅、銀、金を主に排出し、中には魔力溜り等から魔物が出てくることもあるが、各種類の魔鉱石やミスリルなど魔力伝導率の高い希少な金属も出ることがある。だが、そういうところは魔物も強く、死者数も多くなるため現在は禁止中だな」
「宝石とかもあるの?」
「ああ、勿論だ。ルビーやエメラルド、アクアマリン、ダイヤモンド、いろいろとある。極偶にだが魔力が固まった魔宝石と呼ばれる物が出ることがある」
魔宝石とは魔力が物質化した特殊な宝石のことを言い、宝石に等級があるように魔宝石にも存在するが、どれも希少価値が高く最低でも拳大の大きさはあると言われている。
ただ、数十年に一度出てくればいいというもので、一生のうちに一度でも御目にかかれればいい方だという。
魔宝石は魔道具として使われることがあるが、それ単体でも魔力の塊のため国が買い取り、国全体を護る結界の維持道具として使用されることが多い。王国にも一応存在するが、なくなっては困るため非常時以外発動しないようにしている。
他の使い道を言うと逆に国の行く末を決める国防級魔法に使ったり、加工して大型の宝石として使う、個人が見つければ一国の王になることも可能だ。
見つけるには大概魔宝石が生んだ魔物が守護しているため入手困難であり、運良く倒せたとしてもそれ一体とは限らず、魔力に当てられ多くの魔物が近づくと言われている。
中には普通の宝石と変わらない魔法石もあり、権力者が護身用に身に付けている場合もある。
「奥深いね」
「ああ、鉱山は何が起きるか分からない。事故という意味でもあるが、何が出るかワクワクする発掘する喜びもあれば、お目当てが出て来た時の喜び、冒険者が冒険してお宝を手に入れるのと同じ感覚だ。偶に冒険者も『お宝発掘』とかいう依頼を受けてくるときがある。最近は滅多に来なくなったがな」
苦笑してそう告げるオルカスだが、冒険者の依頼こそがこの街での収入源になっていたりする。
岩人族は魔力が無いため魔力を帯びた金属や宝石を探すのに一苦労なのだ。
ドワーフもいるにはいるが数が少なく、岩人族とは違い鉱山の中に長時間いられない為、魔力が溜まりやすく、多くの希少金属が眠っている奥の方へ行けないのだ。
冒険者はそれらの苦難もお宝の前には負けず、中には魔法を使い早く移動する者もいる。風魔法や水魔法でガスの侵入を防ぐのだ。
ただ、火魔法を使うのは全面的に禁止されている。
原因はレムエルが言っていたガスなのだが、今は超常現象の様な呪い等と言われている。
「隣の人族が管理・経理担当、獣人族は取締り・警備担当、ドワーフ族は細工や装飾、街全体のあらゆる物を作ってもらっている」
『レムエル様、よろしくお願いします』
そう各人が頭を下げて友好的にしようとしている。
レムエルもそれに対して嬉しそうに挨拶し、ソニヤが紹介する。
「こちらに居られるお方がチェルエム王国第八王子レムエル殿下です。事情はシュへーゼンより聞いているでしょうから省かせていただきますが、殿下より挨拶をしてもらいます」
ソニヤはそう言い、口いっぱいに物を詰め込んでいるレムエルに何か一言お願いする。
レムエルはそんなこと聞いていないとばかりに目を剥いて驚くが、周りを見て納得し、水で流し込むと軽く佇まいを直す。
「僕は最近王族と知ったレムエルです。不安なことや怖いことが嫌なんだ。でも、苦しんでいる国民を見たらどうにかしてあげたいと思う。だから、僕に協力してほしい。戦ってほしいとは言わないけど、未来のために僕と手を取って国民が笑える豊かな国にしたい。だから、これからよろしく」
レムエルはそう笑顔で締めくくり、軽く頭を下げる。
「分かりました。我がウィーンヒュル子爵領は全面的に殿下を支持し、最後まで支えると誓いましょう。殿下の出生は父君であられる国王陛下より聞き及んでおります。シュへーゼンからも殿下のことを聞きました。まだ甘いところがあるということですが、その辺りは我々が補助しますので、殿下は前を見て国民と国の力となってください」
そうオルカスがレムエルの言葉を綺麗に拾った。
その後いろいろな旅の話等をし、食後に詳しい話し合いと共に街の探索に出ることとなった。
領主がレムエルを信用し過ぎだと思うかもしれませんが、元々レムエル派の者なので顔合わせの様な物だと思ってください。