第十一話
「では、お話を聞きましょうか」
ネシアは三人分の紅茶を台の上に置き、レムエルの前にお菓子を置くとそう切り出した。
まずはソニヤが事情説明をするとして、レムエルは目の前のお菓子を食べることに専念する。
「まず、こちらの居られるお方はチェルエム王国国王『アガレスト』陛下が実子第八王子レムエル様であられます」
「第八王子……。それは本当なのですか?」
「ええ、私は国王陛下よりレムエル殿下がお生まれになられた時から護衛に付いています。ですので、間違いなく国王陛下の御子息だといえます」
ネシアはまさかの人物の登場に驚愕するが、年の功からかそこまでは驚かずにいる。
ソニヤはネシアがレムエルを見ているのに気付き続きを話す。
「殿下は国を変えるために私を含む、当時国王陛下の側近と教育の出来る者から選ばれました。中にはバダック、カロン、レッラ、クォフォード、リウユファウス、騎士と召使六名が居ました。私達は殿下と母君を守るために十二年前その地位を辞し、御身を時が来るまで護り、教育することを命令されたのです」
「時とは何ですか? あと、理由は?」
ネシアも過剰戦力以上の戦力を持って護る意味を薄々理解しているが、決定打を聞き出そうとした。
ソニヤは頬張っているレムエルに微笑ましい笑みを向ける。
「先に理由から話しますが、この腐った国を正す為です」
「国を正す……」
「ええ。そのために殿下と母君の死を偽装し、秘密裏に国王陛下の側近貴族が治めている私の伯父の領地にある、辺境で隠し育てることになったのです」
ソニヤは村から出て何度かする説明を行う。
国の現状を打破するためにここまでのレムエルのこと等を。
レムエルはお菓子を食べるのに満足し終え、ソニヤの話が終わるのを待っていた。
「――そういう経緯で現在国を正すために活動しています」
「……そうですか。レムエル殿下、先ほどのご無礼お許しください」
そう謝り頭を下げるネシアにレムエルは慌てる。
「き、気にしてないよ。僕は王族に見えないしね」
「いえ、どこからどう見ても王族にしか見えません。ただ、特徴を知っていない国民であればあり得ないでしょうが、殿下には『竜眼』が宿っております。それは国の象徴であり、この国では有名なお伽噺にもなり、建国話に出てくるため国民全員が知っております」
「あ、そうだったんだね。忘れてたよ」
レムエルはそこまで『竜眼』が珍しく、認知度の高いものだとは思っていなかったようだ。自分が日常的に持っていると気づかないようなものだろう。
恥ずかしさを誤魔化すために、再びお菓子を頬張る姿を二人は微笑ましく見る。
「経緯と事情は分かりました。ですが、どうして私の元へ来たのですか? 何か手伝ってもらいたいことでもあるのですか?」
「ええ。その前に――殿下、お願いします」
「あ、うん、ちょっと待って」
口の中の物を紅茶で飲み流すと目を閉じ部屋の中にいる精霊に呼びかける。
「殿下は精霊を操ることが出来ます」
準備が整うまでにソニヤはネシアに説明をする。
案の定レムエルが王族だったということ以上に、教えと毎日のように関わっている精霊については驚きを露わにした。
「ほ、本当ですか!?」
「ええ、私は幾度となく見ています。また、操ること以外にも見ることも、話すこともできるそうです」
「見ることも、話すことも……!」
「私には見えないので今一分かりませんが、その証明をするそうなので殿下の準備が整うまでお待ちください」
ソニヤはそう言い終え隣で集中しているレムエルを心配そうに見る。
ネシアもそれに習って期待と訝しい思いを持ちながらレムエルを見る。
「…………よし。精霊よ、その姿を僕の前に現し、見る者を魅了して」
レムエルが精霊にお願いすると共に四色の輝きと風が吹き荒れ、二人は輝きに目を庇い伏せた。
「もういいよ」
レムエルがそういうと同時に風と光りが収まり、二人は恐る恐る輝いた台の上を見る。
「こ、これは……」
「本当に被ってますね」
「そうでしょ? それに可愛いでしょ」
キャッキャとレムエルの膝の上に飛び乗ろうと燥いでいる四属性の精霊達。
それを見たネシアは初めて見る精霊の姿に言葉を無くし、信じられないものを見る目でレムエルを見て「その目……『竜眼』……本当……」と呟き、ソニヤは礼拝堂で聞いた精霊の姿が本当だと理解し、可愛さにメロメロになっている。
レムエルは精霊を掌の上に乗っけると肩の上に移動させる。
「見て分かると思うけど、右の赤いのから火、青は水、緑は風、茶は土だよ。他にも氷とか、雷とか、闇に光……いろんな精霊を呼びたかったけど、この部屋には少ないみたいで無理だったんだ」
「ねー」とでもレムエルの言葉に賛成しているのか手を上げて嬉しそうに応える精霊達。
ソニヤはレムエルと精霊が戯れているのを見て、口元がにやけるのを止められないようだ。
「確かに言い伝えられている姿と同じです」
「でも、帽子を被ってるけどね。礼拝堂にあった像も精霊には姿が決まってないから間違ってはないよ」
「そうなのですか。……分かりました。殿下、珍しい物を見せていただきありがとうございます」
「いえいえ、これくらい何時でも見せるよ。精霊も僕が手伝わないと姿を見せれないから、結構嬉しんだよ」
再びカミングアウトするが、そういえば以前にも精霊は遊びたいと言っていたことを思い出し、ソニヤは頷くだけに止めた。
「ネシア、それで……」
ネシアがレムエルの肩にいる精霊を見て落ち着いたところで、ソニヤが本題に入ろうと口にすると「いえ、わかっています」と、ネシアは被りを入れた。
「話からして協力すればいいのですね?」
「ええ、よく分かりましたね」
「分かりますよ。レムエル様の身分と事情、それに割く戦力、現在の国の様子、あなた達のすること、そしてレムエル様の証と精霊について……。それらから導き出されるのは私の力ではなく、精霊教としての力ですか?」
「ええ、そうです。ですが無理にとは言いません。まずは殿下からどのようにしたいかをお聞きください。それを聞いてから判断してもらいたいです。――では、殿下よろしくお願いします」
ソニヤはそう言いレムエルに声をかける。
レムエルは精霊達を静かにさせると、先日シュへーゼンと話して決めた内容を掻い摘んで話していく。
「僕は苦しんでいる国民を救いたいと思う。まだ、村から出て一カ月ぐらいしか経ってないけど、それだけでもいろんな人が苦しんでいるのが分かるし、活気がないのが分かるんだ」
レムエルは悲しい目をネシアに向けた。
ネシアもそれを受け止め小さく頷いて先を促す。
「僕は怖いのは嫌だし、苦しいのも、痛み、悲しみ、不安全部嫌なんだ。本当ならソニヤ達と一緒に村で暮らしてたかった。……でも、僕は苦しんでいる人を見過ごすことは出来ない。知らなかったのなら仕方ないけど、知ってしまったら助けないと気持ち悪いんだ。死んで欲しくない人が死んだら悲しいんだもん」
「もっと先に悲しいことや辛いことがあるかもしれませんよ? それでも苦しむ人のために立ち上がるのは何故ですか? 王族だからですか?」
俯いたレムエルを心配する精霊達を見たネシアはそう訊ねた。
「確かに僕は王族みたいだね。目も『竜眼』とかいう王族でも珍しい物だし、この容姿だって王族にしかいないって聞いた。精霊も見れる。……だけど、それ以上に悲しむ人を見たくないんだ。それは傲慢で難しいことだっていうのは分かるよ。幸せな人がいれば悲しむ人がいる、それは生きていれば絶対に無くならないことだもん。でも、僕は手の届く範囲の人全員を苦しませたくない。せめて、苦しみがなくなるようにしていきたいって思うんだ」
そこで一度区切り、伏せていた顔を上げネシアの目を優しく深い目で見る。
「王族だからっていうのもあるよ。この元凶を招いた王族だからその責任を持たないといけないってね。偽善だってことも。でも、僕は王族じゃなくても苦しんでいる人がいたら手を差し伸べてたと思う。まあ、僕の周りにいた人達がそうだったからかもしれないけどね。……分かってくれた?」
喋っていてよく分からなくなったのか、まだ整理がつかないのかレムエルは不安そうな顔でネシアに訊ねた。
それに対してネシアは大きく頷き微笑む。
「はい、分かっていますよ。レムエル様は優しい方です。その心も精霊を見ればわかります。先ほど礼拝堂で聞いた曲からもレムエル様の優しくもあり、気弱であられるところもわかりました。……ですが、少々優しすぎるかもしれませんが」
「うん、よく言われるよ。でも、何が悪いの? 優しくされて嫌な人はいないよね?」
ソニヤはその言葉に反応するがネシアに制され黙る。
「はい、優しくされて嫌な人はいないでしょう。ですが、優しすぎることで御自身に、身内に、仲間に、国民が傷付くことにもなります。時には心を鬼にしなければならない時が来ます。その時にレムエル様はきっちりと判断できますか?」
「…………わからないよ。そんなの……僕は誰も殺したくない。でも、もしその時が来たら……僕は迷わないと思う。そうならないように頑張ると思う」
レムエルは俯き、精霊が励まそうと落ちてくる涙を小さな手で拭い去る。
その頭をレムエルは優しく撫で、儚い笑みを向ける。
「……難しい質問でしたね。ですが、甘い判断は大事な人を傷つけるということを忘れてはいけません。私情を挟むなとは言いませんが、その時が来た時に言い判断が出来るよう心に留めておいてください」
ネシアのきつい言葉に涙しながら何度も頷くレムエル。
ソニヤはレムエルの背中を擦り、精霊達はレムエルの身体にくっ付いて慰める。
実際ならばソニヤ達が幼い頃から言い含めなければならなかったことなのだろうが、幼い子供に国の行く末と国民の命全てを預けることになるのを負い目に感じていたのだろう。
それを肩代わりしたネシアにソニヤは心から感謝を告げた。
「それで私は、いえ、精霊教は何をすればいいのでしょうか?」
レムエルが落ち着いたところでそう切り出した。
「ネシアにはシュへーゼンと話し合って決めたことを手伝ってほしいと思っているんだ」
レムエルは先日シュへーゼンと決めた計画を話していく。
次第に考え込むようになるネシアに不安を覚えるが、ソニヤが大丈夫だと小声で安心させている。
最早ソニヤは本当の姉のような存在なのだろう。
「……わかりました。恐らく、流石に私の一言では信用できないでしょうから確認に来られることになるでしょう。それでもよろしいですか?」
ネシアがそれで大丈夫かと聞いてくる。
「うん! 言ってくれるだけでも嬉しいよ! 精霊を連れて行けるのならそうしてもいいんだけど、この子達は僕から離れたら消えちゃうから無理なんだ」
「そうなのですか? それは困りましたね。時間もありませんからひと月以内に連絡というか、打ち合わせをしたいのですが……」
「そうなのですか……。ここから教皇様が居られる総本山まで手紙を送るのは簡単ですが、来られるとなると少々時間がかかります。実際のところ教皇様の精霊教が全面的に協力するという言葉があればいいのでしょう?」
「ええ、そうですね。直に言葉でお墨付きが欲しいところですが、許可証などがあれば構いません。ですが、実際に見なければいくら大司祭であるネシアの言葉でも聞き入れてくれないのではないですか?」
二人は頭を捻って良い案はないかと悩み出す。
精霊教の協力許可こそが今回の作戦の要となっているのだ。
もし、協力が得られなければ時間と成功確率が減り、レムエルが王になれたとしても国を立て直せるか疑問が残ってしまう。
反発する貴族も抑えられなくなり、再び内乱が起き、今度は異常に気付いた他国が攻め込んでくるかもしれない。
それらを含めて教皇の言葉が欲しく、せめて教皇が発行した許可証を秘密裏に手に入れたかったのだ。
「あ! 実際に会わなくてもいいのなら教皇に僕が精霊を操れるっていうことを教えることができるかもしれないよ」
レムエルは涙の痕を拭き、精霊を見ながらボーっとしていた頭を上げ、精霊を落とさないように立ち上がった。
「どうなさるのですか? 私達から会いに行くのは無理ですよ?」
ソニヤがそう言うがレムエルは首を横に振る。
ついでに精霊も真似をして振る。
「そんなことしないよ。手紙なら簡単に届けられるんでしょ? なら、その手紙に精霊の力を込めたらいいんだよ」
「精霊の力を込めるのですか? どういう意味が……」
ソニヤがよくわからないといったように首を傾げるが、ネシアは納得したようで頷いた。
レムエルはネシアの頷きに気付き続きを言う。
「ソニヤが言ったんだよ? 教皇は精霊の力が少しだけ使えるって。なら、強めに精霊の力を込めておけば絶対に気付いてくれるよ」
確かに精霊の力が使えれば、レムエルが精霊の力を込めた手紙に気付けるだろう。
気づけば教皇がこちらへ来なくとも返事の手紙と許可証を入れた返信をすればいいだけとなる。
あとは、各地の精霊教に例の文句を出来るだけ貴族の耳に入れないように国民に知り渡らせればいい。
やはりレムエルは頭が良いようだ。
「その手がありましたか! ネシア、早速お願いできますか?」
「ネシア、頼むよ」
二人は少し考えているネシアに頭を下げて頼むが、ネシアは出来る出来ないを考えているのではない。
「頭をお上げください。私は別にそれがいけないとは言っていませんよ。ただ、精霊の力を込めるのならば手紙ではなく、教皇が好きそうな物に込めればいいのではないか、と考えていただけです」
ネシアは苦笑しながらそう告げた。
「好きな物?」
「そうですよ。手紙だと有難味がないとは言いませんが、精霊の力を込めるにしても失礼ではないでしょうか。そうでないとしてももう少しレムエル様と繋がりがある、と思わせる物が良いと思います」
「例えば教皇ですからブローチやネックレス、腕輪、指輪、錫杖、法衣等ですか?」
ソニヤは教皇がいつも身に着けて良そうなものを考え得るだけ挙げていく。
レムエルも考えるが教皇自体を見たことがなく、教会すらも入ったことが初めてなため何も思いつかなかった。
こういうところでどうしてもレムエルは役に立てない。
「ええ、そうですよ。ソニヤが挙げた中でいうとブローチやネックレスはいいですが、錫杖や法衣となると時間もかかりますし、どうしても目立ちます、手紙の封筒の中に入れられると考えてネックレスか指輪が最適でしょう。――レムエル様、どちらの方が精霊の力を籠めやすいでしょうか」
ネシアは精霊の力を込めることのできるレムエルに訊ねる。
レムエルは四体? 四人? の精霊からいろいろなことを聞き、ある程度の予測を立てて話す。
「多分ネックレスは守りに適していて、指輪は攻撃に適していると思う。籠めるのはどちらでもいいと思うけど、指輪の方が鎖がない分籠め易いという感じはするね。教皇はどんな人なの?」
男なのか女なのか、得意な属性は何か、戦うとしてそのスタイルと武器は何か、攻撃と防御のどちらが得意なのか、性格はどうかなどいろいろと精霊との相性があるのだ。
因みにレムエルは全部の精霊と相性が良く、シュへーゼンやソニヤは森林族ということもあり水や風、森等といった自然の精霊と相性が良く、バダックは火や土、カロンは基本的な属性の精霊と時空を操る精霊が、レッラは闇や影、クォフォードは風や知、リウユファウスは癒や水等の精霊と相性がいい。
性格もあるが、やはり本人の職業や種族で分かれることになる。
「教皇様は女性です。歳は四十少しですが、エルフ族の方ですから成人女性とそう変わらないでしょう。種族特性からか自然を愛し、あまり煌びやかな物を身に着ける方ではなかったと思います。また、性格は明るいですが天然と言いますか、少々ドジな面がありますね。それでも、信者からはいろいろな面で慕われている素晴らしいお方です」
四十と聞いておばさんを想像したレムエルだが、エルフ族と聞きそれを正した。
まだ、エルフ族を見たことがないレムエルは、綺麗であることと魔法に長けていること、自然を愛する森林族の逆とイメージしかない。そのためソニヤを見て同じような人物を想像してしまう。
それに気づいたソニヤはにっこりと微笑み、レムエルは少しだけ頬を赤く染める。
あれ? 今変な感じだったけど……と、自分の気持ちを理解できないお年頃のレムエルだが、あの村にいてはそう言ったことの成長をしていなくても不思議ではないだろう。
「な、なら、指輪の方が良いと思うよ。ネックレスは守護や補助として使うことが多いはずだよ。魔道具もそうだよね?」
レムエルは気持ちを誤魔化しソニヤに訊ねた。
ソニヤは鈍感なのかレムエルがいつもと違うことに気付かず説明する。
「ええ、魔道具も指輪には攻撃魔法を籠めることが多いです。ネックレスは逆に常時発動できるよう守護や結界、解毒等を籠めます。他にもブローチならばネックレス同様ですが魔法効果が高くなり、腕輪は攻撃力を上げたりする補助魔法が、ベルトは防御力が、靴は早さですね」
「そうか……。なら、ロザリオなんてどうかな? 聞いた感じだと指輪でも良さそうなんだけど、素朴な感じなんだよね?」
「ええ、素朴とはちょっと違いますが、大方合っています」
レムエルの純粋な言葉がきつく、ネシアはそうと言っていいのか迷い、ほぼあっていると答えた。
レムエルはそれを聞いて頷く。
「やっぱりロザリオが良いよ。ロザリオならずっと持っていてもおかしくないし、精霊も宗教と関係する聖や光、破邪、護の精霊が付いてくれやすいと思う。それにロザリオは普通魔道具だと思わないし、教皇の物を取る人もいないでしょ?」
レムエルの案に二人は少し考えてから大きく頷いた。
確かに教皇ならば多少豪華なロザリアでも所持していてもおかしくなく、指輪やネックレスだった場合もしかすると見咎められる可能性もある。
教皇がアクセサリーを付ける人ならばいいが、聞いている感じだと付けていない可能性が十分高い。
身に着けないのならばまだいいが、置き忘れて誰かに取られたりすると大変なことになってしまう。それを防ぐために身に着けていてもおかしくないロザリオがいいのではないか、とレムエルは言い、二人は賛成したのだ。
「では、こちらで精霊の力を込めたロザリオを準備します。出来次第こちらへ持ってくるので、手紙と一緒に協力願いの許可をお願いします」
「はい、分かりました。私も今の国の現状にはほとほと手を焼いていますから、精霊教の信者としてもレムエル様に期待させてもらいます。協力が得られずとも私がどうにかするので安心してください」
ネシアがそう言うが、レムエルとソニヤはここまでしてくれたネシアに迷惑をかけることは出来なかった。
「いえ、ここまで聞いたのですから最後まで協力させていただきます。私はこれでも大司祭の中でも一目置かれています。ですから、安心して前を向いてください。レムエル様の背中にはまだいないかもしれませんが、国民の希望が乗っているとお考え下さい」
ネシアは態々国民の命ではなく、希望と言い換えてレムエルに言った。
レムエルにはその方がやる気になるだろうと考えたからだ。
「その代わりと言っては何ですが、レムエル様が弾かれたあの曲をこれからも教会で弾かせてもらってもよろしいですか? 何とも心に響く曲だったもので、国民の荒んだ心を癒してあげたいのです」
ネシアは心からそう思っているようだ。
それに対してレムエルは自分の曲ではないけど、考えた人は広めてほしいよねと思い、許可を快く出す。
「うん、いいよ。でも、歌詞は知らないから自分達で付けることになるよ?」
「はい、構いません。それくらいの苦労はしませんともらうだけでは精霊教の教えに反してしまいます」
「ふ~ん、何かあったらいつでも聞きに来てよ」
レムエルはそう言ってネシアから目を離すと、腿の上で寝転がっている精霊に一言「ありがとう」とお礼を言いその姿を消した。