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第十話

昨日は申し訳ありませんでした。

今朝九時頃に閑話であるレムエル以外の王族の話をいれました。

よろしくお願いします。

 『ルゥクス』にある精霊教の教会は、煌びやかな造形と細部まで手の届いた金の装飾、この時代では目が飛び出るほど高級なステンドガラスが目立つ創神教の教会と違い、年代物ということで少し汚れているが白く清潔な建物であり、周りには子供達が遊べる敷地と教え通りの生活を整える場が作られている。

 それを見れば国民が何方(どちら)を選ぶかは一目瞭然で、素朴で地味だが自分達のために少額で行ってくれる精霊教を選ぶだろう。

 お金を小額でも取っているのは維持費や教育費、清掃費等に当てられるため、国民からすれば払っても当然と思われているのだ。

 それに比べて創神教は一度に払う額が最低でも金貨からと決まり、出世のために賄賂や蹴落とし、禁止されている飲酒、殺生、悪口、性犯罪等々山のように行われている。

 それを隠すためのお布施であり、無い者には施さないというのが創神教だ。


「う~ん。思ってたのよりちょっとぼろいね。でも、いい感じが伝わるよ」


 レムエルは精霊教の教会を見上げてそう感想を言った。

 まだ時刻も早く誰もいないのが幸いし、誰にも聞かれなかったようだ。


「レム君。そういうことは思っていても口にしない。聞かれていたらレム君が苦労するんだぞ」

「そうだったね。うん、もう言わない」


 付き添いに来ているのはソニヤのみだ。

 シュへーゼンは時間がないということで各地にいる仲間に密書を届け、バルサム達はその手伝いをしている。

 まだ極秘裏にする必要があるため、あと二か月間はどうにかしなければならない。

 逆に考えれば二か月間なりを顰めれば、後は流れに沿えるのでほとんど失敗する確率が減るだろう。


「レム君、行くぞ」

「あ、待って、姉さん」


 二人は手を繋ぎ、本当の姉弟の様に話しながら教会の中へと入って行った。




 教会の中は意外に小奇麗で、外からは分からなかったが磨かれた大理石の床と擦り切れてはいるが綺麗な絨毯の上には、祈るための長椅子が数列均等に置かれていた。ここが祈る場である礼拝堂や聖堂だ。

 反対側にはこれもまた磨かれた板張りの床と机や椅子が置かれた信者が活動する信徒館、その奥には信者の話や子供の世話をする休憩場、外には洗濯竿や子供の遊び道具等が置かれていた。


 初めて見る教会の中をレムエルはシュへーゼンの屋敷の時と同じくキョロキョロとしてソニヤから離れない。

 ソニヤは二人っきりということもあり、いつも以上に興奮していた。

 これが役得というものだろう。


「ようこそ『ルゥクス精霊教』へ。本日はどのようなご用件でしょうか」


 受付へ辿り着くと、まだ時間外だというのにレムエル達に気付いた修道士であるシスターが受付をしてくれた。

 稲穂の様な明るい茶色の髪が黒いベールの隙間から垂れ、修道服はゆったりとした作りとなり、男性がシスターのボディーラインを見て興奮しないようにとの配慮だろう。

 あとは、信者は極力性行為をしないという教えに基づき、神や精霊に対する冒涜であるという考えもあるだろう。

 性行為や恋愛を禁止しないのは、精霊にはそのようなことが関係なく、精霊の中には豊穣や癒しを司る者がいる。そう考えると禁止するということはその精霊を否定することになり、純粋な恋をするのならOKだ。

 中には結婚を機に入信する者もいるという。


「ええ、今日は大司祭はおられるだろうか」

「はい、いらっしゃいますが、面会予約を取っておられるでしょうか?」

「いや、取っていないが『ルゥクス』領主バグラムスト伯爵の使いだ。私は姪のソニヤという」


 今は名前が変わり自分がいなくなったことで堕落した騎士団を知り、同じ女性として申し訳なさそうな言いたくなさそうにソニヤは言うが、シスターは身を乗り出してソニヤの手を取った。


「あ、あの元黒凛女騎士団のソニヤ様ですか?」

「え、ええ、そうだが」

「私、憧れてたのです。姿を消されたと聞きいても経ってもいられず、いつかこの地に御帰りになられると思い待っておりました」

「そ、そうか」


 ソニヤは男性にモテる体型と容姿をしているが、騎士としてみると言葉遣いや仕草、役職が女性を惹きつけてしまうのだろう。

 中身はレムエル主義であるためそうでもないが。


 ソニヤはレムエルが見ていることに気が付き、慌てて手を振り解き用件を伝える。


「私が生きていることは内密に頼む。その件も含めて大司祭に話があるから至急繋いでくれ」

「分かりました。現在朝の御祈りの時間ですので、もうしばらく時間がかかると思われます。ですから、少々礼拝堂の方でお待ちください」

「わかった。――レム君、こっちで待つぞ」

「うん、わかったよ。じゃあね、シスターさん」


 シスターの珍しい服と落ち着いた雰囲気に興味を持ったレムエルをソニヤは手を引き、レムエルは後ろを見ながらシスターに手を振った。振り返してくれたことに満面の笑みを浮かべ、シスターも微笑ましい光景に重くなっていた心が軽くなったという。




 礼拝堂には長椅子の他に各属性と自然の精霊神像、世界を創り精霊を創ったといわれる神の像が安置されている。隅には特別な日や儀式時に祈る曲、祝いの曲を弾くためのピアノの様な魔道具が置かれていた。


「う~ん……何か違うなぁ」

「どうかしたのか? 別段変わったようなものは見えないが」


 レムエルは神像が置かれている前まで来るとじっくりと精霊の像を眺め、腕を組んでそう呟いた。

 それを聞き留めたソニヤが少し調べながら訊ねる。


「……ああ、この像には帽子がないんだ」

「帽子? もしかして精霊は帽子を被っているのか?」


 二人の違いというと精霊が見えているかどうかだろう。

 その差が精霊の像に違和感を覚えることになったのだ。

 それにしても精霊の姿とはどのようなものなのだろうか。


「うん、そうだよ。場所や強さで変わるけど、火の精霊は二本の角が生えたサークレットの様な物で、水の精霊はティアラの様な物、風の精霊は僧侶が被っているような長い物、土の精霊は先端に綿が着いた三角の円錐型の帽子だよ。姿は一番多いのが小さい小人みたいな感じで可愛いんだ。強いとバダックよりも大きくなるんだよ」

「ほう、初めて知ったな。古くからこの像が伝わっていたから正しいのかと思っていたが……」


 ソニヤはレムエルに言われた精霊の姿を思い浮かべ、レムエル同様可愛らしいのだなと内心大いに頷くのだった。

 精霊の強さはその地域や地形、年月等で決まり、経験と共に自然が働きかけ成長する。成長すると体が大きくなり、分類すると下級、中級、上級、大精霊、精霊王等となっていくだろう。

 大きくなると姿も変わり、小人から子供へ、子供から大人ぐらいへと変わり、最終的に五メートルを超える大きさとなり、煌びやかな姿をしているという。

 姿は人間だけでなく、その精霊がなりたい姿へと変わる。火なら蜥蜴、水は魚、風は鳥、土は土竜等となる。


「ソニヤ」

「ん? 何だ? 何かあったか?」


 精霊の像に注目していたソニヤをレムエルが呼び掛けるように呼んだ。


「この楽器はどう弾くの?」


 レムエルはピアノの魔道具の椅子に座り、鍵盤に手を添えて音が出ないことに疑問顔をしていた。

 ソニヤは楽器については専門外だが、一応貴族の家系となるため冒険者となる前まではヴァイオリンや笛等を弾いていたこともあり、有名どこの楽器の弾き方は分かっているだろう。

 このピアノの魔道具もその一つで、大劇場の音楽や大型コンサートや貴族のパーティーでよく使われている。


「譜面版か屋根の上に紐の付いた腕輪がないか?」

「これ?」


 近づいてくるソニヤに譜面版と屋根の上を身を乗り出し手探し、何か冷たい金属の様な物を見つけた。

 教会の雰囲気に合ったくすんだ銀色の腕輪で、外側には細かい細工が施されている。

 楽器は全て手作りで、一つの商会や職人が手掛けるのではなく、木工職人、鍛冶職人、細工職人、音楽家、作詞・作曲師などいろいろな人の手が入っているのだ。そのため莫大な費用が掛かり、特にピアノ等多くの部品と手間がかかる物は王金貨に手が届く場合がある。


「そう。それを右腕に付け、鍵盤の右端にあるボタンを押すと勝手に魔力を吸い取るから音が出るようになる。使用者の魔力が一定値を超えたら音が出なくなるから休憩しろという合図だ。まあ、レム君は大丈夫だと思うぞ」


 レムエルの世話をしながら軽く音を出し、見た目が年代物と思わせる為壊れていないことに安堵する。

 レムエルは音が出たことに大喜びし、まずは初めて触るのでいろいろと適当に弾いてみることになった。


「どうして魔力がいるの? 無くても音は出るよね?」


 出鱈目ながらも煩くない音が礼拝堂内に響き渡る。

 ソニヤは閉じていた眼を開け答える。


「魔力は勿論音が出ることに使われる。だが、このピアノ自体を活性化させ、澄んだ音が出るようにするのに魔力が必要となる。楽器は作るのに手間暇がかかるから細かい部品が多くある。そこを使用者の魔力で覆い、強度を上げて激しい音楽でも壊れないようにするんだ」

「へぇ~、ソニヤは物知りだね」


 レムエルは一度そこで音を出すのを区切り、目を閉じ顎を上げて優しい風が駆け抜け、水が流れる様な流麗な動きで鍵盤を叩いていく。

 今度はしっかりとしたメロディーが奏でられ、次第に大きく強くなる音は聞く者を魅了し、日々の苦しみで荒んで氷漬けにされ時が止まった心に、優しく穏やかな春の日差しを多く含んだ風が吹き抜け溶かしていく。

 ソニヤも疲れが取れ始め、いつの間にかレムエルの鼻歌が耳に入ってきていた。


「レム君……瞳が……」


 レムエルの目は半開き状態で開かれているが、しかと『竜眼』が浮き出ていた。

 恐らく、音楽を専門にしていた魂が入っていたのだ。

 そのためしっかりとした音楽を弾くことでレムエルの血が活性化し『竜眼』として浮き出てきたのだろう。


 曲は次第にゆっくりと流れ始め、教会に似つかわしい曲賛美歌へと変わって来た。

 さすがにレムエルが記憶しているわけではない為曲自体に歌詞はないが、流れは分かっているようで鼻歌として歌詞が流れていた。

 まだ変声期が訪れていないレムエルの声はどこまでもピアノの音と共に届く。

 まるで天にいる神に捧げる歌賛美歌の通りであり、教会の周りには多くの者が足を止め聞き惚れ、家の中で聞いている者は窓を開け教会の方を見る。

 だが、決してこの曲を直に聞こうと教会の中へ入ろうとする者は一人もいない。

 本能で入ると曲が終わってしまうと勘付いているからだ。

 直に聞いているソニヤが身体を揺らし、うっとりと聞き入れているのだから間違いない。


 次第に曲は最終局面へと変わり、ゆっくりと力強さだけが残った音だけが余韻として残るものへとなり、遂にレムエルは鍵盤から手を放し曲の終了と共に人々の意識を元に戻した。


「(パチパチ)お上手ですね」


 レムエルの活性化が終わり、傍にいるソニヤに抱き付こうとした瞬間、礼拝堂の入り口から拍手とともにレムエルを褒める女性の声が響いた。

 教会内では聞こえないが、外でも同じように爆発かと思える拍手が『ルゥクス』の街に鳴り響いていた。

 この曲はなぜか一番離れているシュへーゼンの屋敷まで届いていたという。


「誰?」

「あら、ごめんなさいね。私の名前は『ネシア』。この『ルゥクス精霊教』教会の大司祭を務めさせていただいています。ソニヤさん、お久しぶりですね」


 そうネシアはレムエルに優しい好々爺しい笑みを向けて自己紹介し、ソニヤとは知己のようだ。

 ソニヤは少し戸惑いながらもレムエルの前に立ち挨拶をする。


「ご無沙汰だな。まだここの教会で大司祭を務めているとは思わなかった」

「何年ぶりかしらね。まだ小さかったのにこんなに大きくなって……」

「実に二十年は経っていると思う。まだ元気そうで何よりだ」


 ソニヤはそう言い力強くネシアの背中を叩くが、ネシアは人族ですでに七十を超える年齢のため少し辛そうだ。

 レムエルがそれに気が付きソニヤの身体を叩き、ネシアから離れさせる。


「その言葉遣いも、落ち着きがなさそうなところも変わらないわね」

「そうなの? ソニヤ」

「え? あ、いや、そこまで落ち着きがなかったとは思わないぞ? ただ、花瓶を割ったり、子供を怪我させたり、教会内を汚したりはしたが……」

「ダメじゃん」

「ええー! レムくーん! だ、だが、最近は何もしてないだろう? かっこいいところを見せてるじゃないか!」

「まあ、そうだね。でも、大人しくはないと思うよ。ここは教会だから煩いと思う」

「ぐっ……。レム君に怒られた……」


 レムエルの有無を言わさない軽い注意に肩をがっくりと落とすソニヤを見て、ネシアは過去のソニヤと比べて変わってないことに懐かしく思うと同時に、そのソニヤと一緒にいながら奥の深いレムエルに興味を持った。


「ふふふ、仲が良いようね。ソニヤさん、至急の話があるということで私の部屋へ参りましょう。その子の歌も外に漏れていたようですぐに人が来てしまいかねませんからね」


 ネシアはソニヤの後ろに隠れているレムエルを見て言った。


「そうだな。内密な話となるからそちらで頼む。できれば大司祭室の隠し部屋で話させてもらえるか?」

「いいですよ。では行きましょう」

「レム君、行くぞ」


 歩き難そうにするソニヤだが、それでも自分を頼りくっ付いてくれるレムエルが嬉しくて突き放せないのだ。

 ソニヤはネシアと軽い話をしながら二階にある大司祭室へ入り、教会のトップのみが入れるといわれている部屋へと入る。その部屋は防音・盗聴・隠蔽等の妨害用の魔法が施された部屋で、使い道は今回の様な聞かれては困る話し合い等となる。

 まあ、この部屋に入ることで何か聞かれては困る話をしていると分かるのであまり多用はされないが……。

 他にも声が漏れないようにする盗聴防止魔道具というのもあるが、それは口の動きがばれる為今回のような場合は使われない。


「さあ、お入りなさい」

「失礼する」

「ごめんください」


 レムエルのちょっとずれた挨拶にネシアは笑みを深め、台に備えられている湯沸かし魔道具でお湯を熱し、三人分の紅茶をすぐに入れる。

 長年の技量からか歳の頃に合った渋め、甘めの紅茶となっている。

 生活習慣に関する教えを実行している教会なだけはあるようだ。


「では、お話を聞きましょうか」


 ネシアは座ると同時にそう切り出した。


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