閑話 各王族
指摘ありがとうございます。
流れで投稿してしまい投稿する小説を間違えてしまいました。
以後このようなことが無いよう気を付けます。
これからもよろしくお願いします。
レムエル達が各地に散らばり、王国解放とレムエルの王位継承を掲げた旅を始めた頃、チェルエム王国首都『シュフェス』にある王宮では、いろんな暗躍が企てられていた。
チェルエム王国初代国王の名前から取ったセディバラス城の会議室では、第一王子が大貴族や重鎮、騎士団長達を前に話し合いをしていた。
「もうすぐ三月だったな。今年の税はどうだ?」
縦よりも横に大きく成長したでっぷりと脂ぎった第一王子『ビュシュフス・オクルル・チェルエム』は、自身の重みで壊れない特注の金属製の煌びやかな椅子に座って訊ねた。
見るからに欲に染まった身体だが、それに答える者もそれ相応しい身体と下卑た笑みをしていた。
「去年と比べて一割下がっております」
「なに? では、俺様が我慢しないといけないということではないか。もっと民から絞り取れ」
税収が下がり苛立ちの答えを聞いた第一王子は、眉を顰めて不快そうにすると手を振りながらもっと搾り取れと命令を出す。
税収が低いことに苛立ちを覚えるが、第一王子は何をあたりまえなことをと言ったように答え、自分の欲を叶えることしか興味が無いのがありありとわかる。
苦労を知らない典型的な欲塗れな王族なのだろう。
それに対してガタリと音を立て反論する王国声騎士団や王国魔法師団の団長達。
「殿下! 何をお考えになられているのですか! このままでは国民が死んでしまいます!」
「そうです! ここ最近気候も悪くなり、今年は既に凍死した人数が例年の一・五倍なのですよ! そちらの方を先にどうにかするべきです!」
第一王子派に付いている者が多い会議室の中で、反対する団長達に賛成する者はいるにはいるが、賛成することが怖くなりを潜めていた。
しかも騎士団長のお供として来ている団員がコネで入った第一王子の子飼いの者だったりするのが、余計に団長達を苛立たせることになっていた。
「お前達は俺様が決めたことに文句を言うのか? 次期国王である俺様に指図をするとは良い度胸だな。……ああ?」
第一王子は会議室に持ち込んだ骨付き肉を被り着きながら団長達を見下すように睨む。
団長達は戦えば勝てるだろうが、今この場でするわけにはいかないと踏み止まり、怒りの矛先を無理矢理捻じ曲げ臍を噛む。
それを見た第一王子派の者達は見下すように笑う。
第一王子は次期国王だと言っているが、国王はまだ誰を指名するか一言も言っておらず、第一王子も王太子に選ばれたわけではない。
周りの取り巻きにはやし立てられたことと、第一王子だからなると思っているだけだ。
「ですが王子、団長達が言うようにこのまま搾取し続ければ多くの国民が死んでしまうので一理あります」
何やら身なりの良い恰好の男が第一王子にそういった。
彼は第三王子『ジザンサロム・オクセル・チェルエム』といい、第一王子ほどではないにしろポチャッとしており、苦労を知らなさそうで悪知恵が働く浅はかな男に見える。
彼の派閥は小さいながらも第一王子の裏で自分が操ろうと暗躍する者達だ。
「貴様も俺に我慢しろというのか? 弟は俺様の言うことを聞いておけばいいのだ。馬鹿なのだから黙っていろ」
「いえいえ王子、私は我慢しろとは言っておりません」
王子と呼ぶのは自分は王にはならない、あなたより下です、家臣になっていますという意味からきている。
自分は王にならずそのおこぼれをもらって生きると見切りを付けているのだろう。
だが、本当は裏で暗躍し第一王子のお零れと傀儡にしようと企んでいる。
それでも浅はかさが強いため、周りの貴族の傀儡になっているのを知らなかったりする。
「ではどうしろというのだ? 下らないことで俺様の食事の邪魔をするのであれば兄弟であろうと牢屋へぶち込むぞ!」
そう凄むが脂肪と浮腫むくみで弛みきった顔からは何も感じられず、レムエルの王者の風格や団長達のような威圧は全くない。
逆に異臭や醜悪さから顔を背けてしまう。
「確か、姉上達が『グリアの果実』を毎日のように食べていたでしょう? それを二日に一回にすれば今までの半分に抑えられます。その分王子が使えばいいのですよ」
「お、おお! それ採用だ! 宰相よ、すぐにそう手配しろ」
「で、ですが、何と説明するおつもりですか? 王女様方は『グリアの果実』が大変お好きでございます。無理やり減らせば怒りのままに暴れかねません!」
宰相は平民上がりのため風当たりがかなり強く、今にもやめてしまいたいとずっと思ってきているが、国の状態が悪く、国王より時が来るまで堪えてくれと言われ、渋々その地位を守り切っているのだ。
本人はとても有能な人物で、クォフォードの弟子でもあり、宰相の地位を譲らずにいることが国と国王を守ることに繋がっている。
貴族達が無理やり変えないのは、どの派閥の人間もこの宰相が居なければ国が危うくなることを理解しているため、第一王子が殺そうとしてもどうにか防いでいるのだ。
「お前がどうにかしろ。平民なのだから這い蹲って許しを得ればいいだろう?」
「くっ……」
「なんだ? 次期国王である俺様に文句でもあるというのか? 平民の分際で何様のつもりだッ!」
「す、すみません……。すぐに、手配、させて、頂きます……」
宰相は下唇を噛み拳を震わせながら、搾り出すように了承を口にした。
始めはいつ殺されるのかと恐怖に耐えていた宰相だが、最近は殺されないことを理解し怒りに変わっていた。
それを見た団長達は一番苦労しているのが宰相だと気づき、同情のような気持ちを抱いた。
「フンッ、それでいいのだ。平民なのだから王族の言うことを聞いていればいい。――だが、このままではいけないな」
「宰相を変えるというのですか?」
第一王子の舌打ちと共に放たれた呟きに一貴族が反応し聞き返すが、
「いや、そっちではない。国民が税の支払いを拒否していることだ」
「おお、そうでしたな! 一割も減らすとは何事だ!」
「そうですぞ! 我々高貴なる貴族が治めてやっているというのに……嘆かわしい」
「蔑ろにされているのではないか? ポコポコと生まれてくる国民の分際で貴族を蔑ろにするとは何事だ!」
何を考えているのか第一王子はそう苛立ちながら言った。
その理由を団長達が言ったのにもかかわらず、苦しむ国民から税を搾取しようと言う。それに賛同し、国民を生えてくる雑草のようにいう貴族達こそ何事だ。
「ぐくぅ……殺してやりたい! 国を、国民を何だと思っている……! 替えの効く玩具ではないのだぞ……!」
「堪えるんだ。堪えて、堪えて、堪えて……いつか立ち上がり、我らを率いてくださる方が現れるまで……。我ら一騎士ではどうすることも出来ん。国民を率いて今の現状を打開せんとする者が現れるまで我らはどうにか国のために尽くすのだ」
「そうよの。儂もどうにか抑えてみる。国王陛下がお倒れになられて以来国は私物化されてしまった。才はあろうも平民であるこの身が本当に煩わしい」
「宰相殿……」
第一王子の傍へ集まった貴族から離れるように移動した宰相が団長達の怒りの声に気付き、どうしようもないと拾った。
「国王陛下は何かを待たれておられる。このような状況になることも予感されておったようだ。儂達にも話して下さらんことだから予測でしかないが、其方が言うように何かを待っておられるようだ。それまで其方らは騎士団がその時が来た時に動けるよう鍛え、守っていてくだされ」
宰相が最大限想像できる範囲のことを伝え、団長達に騎士が黒く染まらないように気を付けろとお願いを口にした。
団長達は宰相が平民であろうと、国のために身を削ってまで支えていることに数年前から気付いており、その時から宰相の手助けになるよう暗躍していた。
一方会議に参加する資格がありながら見向きもしない第二王子『アースワーズ・オムレル・チェルエム』は、剣を片手に王宮にある王族のみが使用可能な訓練場を訪れていた。
「王子、会議に参加なさらなくてよろしいのですか? このままでは第一王子に王位を取られてしまいまする」
「そうですぞ。あの私欲に染まった輩が王になっては国が滅んでしまいます。それを打破できるのは第二王子、あなたしかおられません」
第二王子派の貴族達は苦言を強いるが第二王子派聞く耳を持たない。
「……何度も言っている。俺は王になる気はない」
剣を上段から地面へと振り下し、砂埃を立てながらそう言った。
第二王子の子の言い分に貴族達は、
「あなた様こそが今の王国には必要なのです! あなた様の武力があれば王になることも、今の王国を立て直すことも、攻め入る他国の侵攻を跳ね返すことも出来ます! 何卒、何卒、我らの王となり、第一王子が王になるのを防いで頂きたい!」
と、武力を目当てにすり寄っていた。
確かにこのご時世ならば武力がある王に貴族はすり寄り、そのお零れを頂こうとするだろう。
正し、それは本人にやる気がある場合のみだ。
第二王子のようにやる気がないとすり寄ったとしても最低限しかお零れを貰えず、今の状態では王になることもないだろう。
「煩いぞ。俺は王にはならない」
「王子!」
「くどい!」
抱き着き訓練の邪魔をした貴族に向かって威圧と怒りの籠った目を向けた第二王子は、悲鳴を漏らして地面を後退っている貴族の首元に剣を振り留めた。
「ひぃぃぃーっ!」
「動くな。動けば斬るぞ」
「こ、殺さない、で……」
「動くなと言っている。お前達は俺に何を期待している。武力しかない俺が王に就いたところで誰が付いてくるというのだ。国を憂う気持ちがあるのならこんなことに時間を割かず、自身の領地で苦しんでいる民の気持ちを考え豊かにして見ろ!」
と、第二王子が凄みながら言うが、貴族達は何かを勘違いし、
「お、おおお! 私達が間違っていました!」
「王子は私達を使って国民に自分が王であることを知らしめようとしているのですね!」
「ああ、何とも素晴らしい王子だ……。私共は間違っていました」
「王子が王になれるよう自分達の領地の民を働かせて豊かにしてみせましょう」
等と涙しながら、第二王子が自分達を使い名を広げようとしていると騒ぐ。
「ちょっと待て! どうしてそうなるんだ! 俺はそんなこと一度も言っていないだろうが! お、おい!」
貴族達は第二王子が静止する言葉も聞かずに訓練場から姿を消し、さっさと実行しようと自身の領地へと飛んで行ったのだった。
その背中を追いかける第二王子だが、ここぞというところで力を発揮する第二王子の派閥達は瞬く間の内に消え去り、俺が追いつかないとは……と戦慄するのだった。
どこかずれている貴族の主もどこかずれているようだ。
「訓練せねば。父もあの状態だからいずれ何か起きるはずだ」
等と訝しげなことを吐き、白銀の剣を再び振り始めた。
そこから反対側にある訓練場では、煌びやかな装飾と黄金で彩られた純白の鎧を身に付けた女性達がいた。
その中でも見晴しの良い空間で空を見上げながら、眺めているこれまた一人だけ豪華な鎧を身に付け、光り輝く金色の髪を縦ロールにいくつもしたボリューム満点の化粧だらけの女性『クリスティーヌ・シムルス・チェルエム』という第一王女がいた。
鎧は豪華だが、醜く太った身体からはとてもじゃないが騎士団の団長とは思えない。
「王女様。本日は平民騎士と上級騎士の対決です。平民騎士は入団して一年経ちました。上級騎士は創立時からいる凄腕となります」
「そう。で、何をしたの?」
第一王女に話しかけるのは綺麗だが醜く見えるメイドだ。
心が醜いといくら外見が良くとも醜悪に見えてしまうのだろう。
「平民騎士は王女様の今日のおやつをひっくり返し、上級騎士はそれを報告せずに隠しました」
「なんですって!? 死刑よ、死刑! 私のおやつを台無しにする者等見たくもないわ! とっとと殺してしまいなさい!」
激昂する第二王女を見て顔色を段々と青褪めさせていく平民騎士。
おやつをひっくり返したと言っているが入団一年目の騎士、しかも平民が第一王女のおやつを引っ掛ける場面に出くわす方がおかしい。
恐らく自分が不手際でひっくり返してしまったの、を偶々通った平民騎士へ擦り付けたのだろう。
上級騎士はそれを守り慰めている内に第一王女に耳に入ってしまい、今の状況になったということだろう。
「何をしているの! 早くその目障りな雑草を殺しなさい!」
喚き散らす第一王女だが、上級騎士は動こうとしない。
目の前で命乞いをしている平民騎士をどうやったら救えるのかと怒りの籠った目で見ている。両拳は爪が食い込むほど握られ、下唇を噛み血が顎まで流れて来た。
「何をしているのですか。王女の御命令です。さあ、早くこの罪人を殺してしまいなさい」
そう言って上級騎士に剣を差し出すメイド。
それを怒りで震える手で握り、振り向き様に微かに見えたメイドの表情に切り殺そうと剣を振り上げた瞬間、訓練場内に体を竦み上がらせる怒声が轟いた。
「何をしているッ! 言い渡した訓練はどうしたッ! 訓練もせずに遊び呆けて何様のつもりだッ! 騎士になりたくて此処にいるのではないのかッ! 訓練もろくにしない貴様等それでも騎士になりたいのかッ! やる気がないやつは即刻ここから立ち去れッ!」
王宮内から出て来たのは銀髪の髪を風に靡かせた鬼人族の女性だった。
彼女の名前は『イシス』といい、白薔薇女騎士団の副団長である。
元々ソニヤが務めていた副団長の座を譲り受けた者だ。
「ほら、とっとと消えろ! 理由があるのなら話してみろ」
そう言いながら背中にある二本の長剣を抜き放ち、メイドと剣を振り上げている上級騎士に剣先を向けた。
呆気に取られる面々だが、上級騎士は副団長が訪れたことに安堵して剣を下へ降ろし、メイドは憎々しげに舌打ちしながら第一王女の傍へと戻った。
イシスは剣を降ろすと平民騎士を近くにいた団員に任せ、上級騎士から事情を聴く。
背後ではメイドが少し怯えている第二王女に耳打ちする。
「副団長。この落とし前はどうするつもりですか?」
話しかけてきたのはメイドだった。
イシスはある程度の事情を聴くと剣を構えメイドを冷ややか且つ侮蔑を含んだ目で見た。
「落とし前とは何だ? お前は人殺しを推奨した罪人であろう。第一王女もその仲間か?」
イシスは第一王女に剣先を向け、メイドが犯人だと決めつけて言う。
今までもこのメイドが他人に罪を擦り付けているのを知り、何度か阻止し続けているのだ。
「――っ!? 無礼者っ! 貴様など即刻打ち首にしてくれるっ!」
メイドは逆切れし、イシスを近くの騎士に命令し切り殺そうとするが、ほとんどの団員がイシスに勝てず、良い線まで行けたとしても創立時からの団員のためイシスの害になることをしようとしない。
見て分かるように現在騎士団内は二つの勢力に分かれているのだ。
それは白薔薇女騎士団だけでなく、王国近衛騎士団、銀鳳騎士団、王国魔法師団等も同様だったりする。
補足すると王国魔法師団は騎士団の中にある隊のことで、それをひっくるめて魔法師団と呼ぶ。
これは魔法使いが騎士の数に比べて少ないからであり、騎士も魔法を使えるが魔法使い並みとなると難しいところがある。
「ほう……」
イシスは下から睨み付けるように命令を下したメイドを見つめ、聞く者を震え上がらせる声が小振りな口から発せられた。
「貴様は私を殺すのだな? では、私は命ある限り暴れさせてもらう。殺されるのならそこにいる王女も、私物化する王子達も皆殺しにするぞ?」
イシスの迫力に飲み込まれ、胃の中の物を吐き出しそうになりながらも虚勢を張るメイド。
未だに平民騎士のように入団者がいるのは平民達国民が切迫しているというのもあるが、イシスのこの強さが世の女性の憧れになる時があるのだ。
そして、入団してから騎士団の内情を知り幻滅するのだが、今回のように助けられイシスに心酔したりする。
イシスもまたソニヤに憧れ、どこまでも付いて行く金魚のフンだったため人のことは言えず、ソニヤが味わっていた苦労をここ最近思い知り、恥ずかしがったりしているという。
「あ、あなたは王女を殺すというのですか!?」
「ああ、そうだ。元副団長ソニヤ様から任された騎士団の名を変えるだけでなく、私物化し、人殺しをさせる集団と化させるぐらいなら、この場で膿となる者を殺して何が悪い」
「あなたは何を言っているのか分かっているですか!? 国に反逆しているのですよ!?」
第一王女は怯えて逃げようとしているが、第一王子のように肥えた身体は一人で動かすことが出来なかった。
肉にしか見えない顔も首が埋まって動かせず、鬼と化したイシスを見せられる。
「膿を殺して何が悪い。お前達貴族には恨まれるかもしれないが、国民は歓迎してくれるのではないか? 自分の行いはいいのだろうな」
「な、何を言っているのです! 国民はどこにでも生えてくる雑草と同じ! 高潔なる血族貴族や王族には足掻いても手が届かないのです!」
「そうか……。私は抜けさせてもらう」
イシスは剣を収めばかばかしいを言い捨ててから近くにいる団員に告げた。
「こんな腐った騎士団にいては私の腕も腐ってしまう。そこの雌豚に媚を売る豚や騎士の心を持たぬ馬鹿どもと一緒にいるのはもう我慢ならん! 私は騎士団を抜ける」
騒がしくなる訓練場内。
イシスはすぐに宿舎の方へ向かい混乱している団員を押し退け、荷物を整理する時間も惜しいとばかりに詰め込んでいく。
「わ、私も付いて行っていいですか!」
そう言ってきたのはイシス信奉者となった平民騎士だった。
イシスは軽く見ると鼻で笑い、
「ついて来れるのなら好きにするがいい。他のやつも騎士の心があるやつは付いてくるがいい! 私が抜けてからでは遅いぞ!」
そういうと共に三百人ほどいた団員の中から凡そ五十人余りが自分も付いて行くと良い荷物を片付け、飛び出していったイシスを追いかけていく。
これはさすがに拙い状況だと理解した第一王女やメイド、騎士が止めにかかるが、騎士団内で最強の武力を誇るイシスを誰も止めることは出来ず、鬼人族ということもありその力が怖く近づくことも出来ない。
「フンッ! 軟弱者どもが! 私が抜けて騎士団を維持できると思うなよ! ――第一王女……。あなたには王族だから付いてきましたが、もう我慢の限界です」
「……」
恐怖で喉が痙攣し話すことが出来ない王女を気も留めずに続ける。
「私はあの方を追わせてもらいます。今日までいろいろとお世話をしましたが、これからは自分の力で騎士団の名を広め、地位を獲得してください」
「さ、先ほどのことは言いすぎました。あ、ああ、謝りますから、どうか王女様のためにも団にいてください。あなたがいなくなればこの団は魔物の掃討も困難になります」
そうお辞儀をして、有能な騎士達を引き連れ出て行こうとするイシスを引き留めるメイドだが、イシスは最早聞く耳も持たないだろう。
イシスは掴まれた腕を思いっきり振り解くと、何の感情も籠っていない冷たい瞳でメイドを見下ろした。
「偽りの言葉などいらない。人を人と見ない輩をどう聞き入れろというのだ? いくら見てくれが良かろうと、貴様はあそこにいる豚と本質は何ら変わらん。――王女よ、最後に一つだけ副団長として忠告をしてやる。お前は近いうちに身を亡ぼすことになるだろう。それは民を纏め上げ、国を豊かにせんと志す真の国王だ。国民の怒りの代弁者が現れるまでに身の振り方を考えるのだな」
そう言い残し、五十名余りの女騎士を引き連れてイシスはソニヤを追いかけ旅に出るのだった。
同時刻。
第四『オスカル』、五王子『ジャスティン』の二人は会議が終了するのを今かと待ち侘びていた。
そういうのもこの二人は第三王子が第一王子からお零れを貰うように、自分達も第三王子に付きお零れを貰おうとしているのだ。
そうなるのも第三以下は王になる可能性が低く、第四、五となると更に低いことと地位に付くのも困難となるのだ。
そのため派閥の貴族も少なく、誰かの下に付くことで生き残ろうと考えているのだ。
「チェック……兄上遅いな」
「なっ!? 待った! ……ああ、そうですね」
「弟よ、待ったはなしだ。……今日の機嫌はどうなるやら」
「く、くぅ~! 負けました。……俺は機嫌が良ければいいですよ」
「弱いな~。……俺も機嫌が良ければいいかもな」
二人がしているのは少しの魔力を流すことで兵士『兵』、騎士『騎』、『武人・武力』武、『魔法使い』魔、支援・援護・回復』援、『王』の六つの駒を動かすことのできる軍儀のようなゲームだ。
違うところは実際の戦争の様なやり方になるため武人の嗜みとして子供の頃から遊ばせることがあり、バダック達はこれをさらに高度化した地形と天候が加わり、更に暗殺者『暗』、弓兵『弓』、魔物『獣』を加え、最後には種族の特性まで考えさせる特別な物を作り上げ、レムエルに采配と作戦の作り方と種族の特性などを指導していた。
実際は個人の実力や士気、運などいろいろな物が加わるため何とも言えないが、レムエルはこのようにして知識を蓄えてきたのだ。
娯楽の無い村ならではの遊びと言ったところだ。
二人の実力は同年代の子供と比べるとまだいいかもしれないが、レムエルと比べると天と地ほどの差がある。
もう一度しようとしたところへ王宮の裏門からけたたましい音が鳴り響いた。
「な、何が起きた!? て、敵襲か!?」
「お、おおお落ち着いて下い、兄上! と、兎に角今は知らせが来るまでここにいましょう!」
「そ、そそうだな」
二人は戦うということを知らない為、非常事態の動きが出来ないのだ。
その場にいるのは一見正しいだろうが、王族からするとダメな行動となる。
王族ならばすぐに騎士に命令を飛ばすことを第一に考え、敵がなだれ込んでもいいように装備を整えることと味方の場所へいち早く向かわなければならない。勿論味方の騎士達も主の元へ向かおうとするため決められた場所か通路を使わなければならない。
それを知りもしない王子二人は震えながら不安を抱え、暫くして数人の騎士が事情を説明しに駆けて来た。
「ど、どうした? な、何が起きたんだ? 早く説明しろ!」
裏門から急いできたのか急いで息を整え簡潔に説明する。
「裏門より白薔薇女騎士団副団長イシス様が五十名ほどの団員を引き連れ国を去りました! 我々では止めることも敵わず、取り逃がす結果となりました!」
「な、何っ!?」
「馬も五十人分持っていかれ、現在馬不足と戦力の大幅な低下にみまわれると思われます! 私は団長へ伺いに行きますので、これで失礼させてもらいます」
「お、おい! もう少し説明……」
この騎士はバダックがいた頃からの近衛騎士であり、現体制に不満を持つ者のため王子とこれ以上話すことはなく、情報も与えなくていいと決断したのだろう。
残った王子達は聞きたいことでいっぱいだったが、生まれた時から見難かった記憶のある姉がどう困ろうがどうでもいいと考え、再び軍儀『マギチェス』で遊ぶのだった。
信用できる騎士から白薔薇女騎士団の副団長イシスが離反したことを知らされた第六『シュティー』、七王子『ショティー』は速やかに第二王子のいる王族専用の訓練場へ向かった。
この二人は第二王子に付いているのだがレムエルと歳がそこまで変わらないということもあり、どちらかというと強さに憧れる年頃ということで付いている。
第二王子もそれが可愛く、他の兄弟にはしない優しい笑みを作り頭をごつごつの武人の手で撫でるのが挨拶だったりする。
「「兄様ー! た、たたた、大変ですぅー!」」
二人は双子ではないが、腹違いでありながら同時に生まれた子供である。
第二王子は汗を垂らしながら振っていた剣を地面へ突き立て、慌てて向かって来る二人に何かが起きたのかと真剣な目を向けた。
「何が起きた?」
「「に、にに兄様! で、出た! 白薔薇!」」
「落ち着いて話してくれ。何を言いたいのか分からん」
二人は深呼吸すると目を合わせて話し出す。
「さっき裏門が壊されて白薔薇女騎士団の副団長イシスが離反したって!」
「しかも有能な団員を五十人も連れて、同時に馬も五十頭連れて行ったって!」
「本当か!?」
冷静沈着だと思った第二王子も、さすがに現王国の中でも五本の指の中に入る実力者が離反すれば驚きに染まるだろう。
しかもこの困難な時に馬まで連れて行くとなると一大事だ。
「よく知らせてくれた。すぐに動かねば大事になる」
二人を優しく撫でると剣を引き抜き王宮内へと向かって行く。
それを追いかける二人は首を傾げてこれからどうするのか訊ねる。
「俺ができることは限られている。白薔薇女騎士団の有力者がいなくなるということは、今まで担当していた魔物掃討が遅れるということだ。今でも遅れていたのに最高の掃討数を出していたイシスがいなくなっては、すぐに対策を練らねばいけない」
「ど、どうするのですか?」
こちらも慌てればシンクロしなくなるようだ。
「愚問だな。各団長と隊長に通達し、今まで参加しなかった貴族の騎士と兵士にも参加させるのだ」
「で、でも弱いと言っていたではないですか?」
「それでも仕方がない。貴族の騎士でもスライムくらい倒せるだろう。それに
王族からの命令と外に、魔物の目の前に置かれれば嫌でも戦う筈だ」
第二王子は自分にはそれしかできないと考え、会議が終了するのを今か今かと待つ。
さすがの第二王子でも騎士団に命令する権限を持ち合わせていない。
原因の分かっている戦争や反乱等緊急時ならいいだろうが、今回の様な離反のために態々騎士団を出動させることは出来ないと思われる。
それは王への反乱を防ぐ意味があり、騎士団は王と団長の命令でしか動かない。特に現在は国王を守ろうともしている団長は王の命でしか動かないので、結局のところは王の命令が必要となり、現在はその最高司令官が床に臥せているので無理なのだ。
場面はまた変わり、第一王女ほどではないが肥えた女性二人と。レムエルとそう変わらない歳の女の子が見晴しの良いテラスでお茶をしていた。
彼女達は第二王女『ベロンナ』、三王女『コスティーナ』、四王女『メロディーネ』達。
「何か煩いわね。ま、私達には関係ないわよね」
第二王女がそう言い、磨かれ光りを反射している石製のテーブルの上にある『グリアの果実』を一口食べる。
それを見ていた第四王女は扇子の様な形の風を送る魔道具で口元を隠し、その口元は汚物でも見るかのような忌避感が見え隠れし引くついている。
恐らく自分もあのような体型になるのか等と毎度のように思い、そうならないように努力をしているのだろう。
第ニ、三王女の姿は第一王子王女と違い、まだ肥満の一言で済ませられるため許容範囲だろうが、世の女性から見ると目を見張り、豚だと連想させ、ああはなりたくない、と反面教師にするだろう。
それに比べて第四王女は三人を見て育ったからか、その周りの召使に恵まれたのか、毎日努力を怠らず過ごしていた。
母親の血が濃く出たのか髪は赤色が混じったレッドゴールド色の糸のように細く滑らかな長髪、肌はやや健康的に焦げているが白っぽく、桜色の唇と頬が海の様な澄んだ青色の瞳を栄えさせる。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる、女性の目標のような女性だ。
これなら誰が見ても王族だと認知するだろう。
「でも、姉様。もし、大変なことでしたら逃げた方が良いのではないかしら」
第三王女も『グリアの果実』を口へ運びながらそういう。
「そうねー。ちょっと、あなた見て来てくれる?」
「わ、私ですか!? い、いえ、かしこまりました」
第二王女が近くにいた新人のメイドに何が起きたのか見て来いと命令するが、彼女達が行くよりその背後にいる女騎士に行かせるべきだろう。
まあ、その女騎士もどこぞの貴族の娘であり、訓練を全く受けていない見かけだけの騎士だったりする。
「もう、早く行ってよね! 私はグズは嫌いなのよ」
「そうよね。私も目の前でグズグズグズグズされたら気が滅入っちゃうわ」
「そうよそうよ。おほほほ」
二人を見てそのメイドの背中に申し訳なさそうな目を向ける第四王女。
背後にいるメイドも第四王女の世話をしながら、内心同情のような言葉を思い浮かべていた。
「……実際何が起きたのですか? もし、賊でも現れた場合、この二人を置いて逃げます」
お茶を入れるメイドに扇子で口元を隠して伝える。
「姫様、大丈夫でございます。恐らく、音からして内側から破壊された音でしたので、離反、若しくは内乱が起きたのでしょう。ですが、慌ただしくないところを見ますと離反の方が高いと思われます」
「そう。あなたが言うのであればそうなのでしょうね。もしもの時は頼むわね」
「はい、かしこまりました」
短く意思の疎通を聞こえないように行うと、入れてもらった紅茶を飲もうと口を付けた瞬間、
「「あああっ!」」
と、豚が鳴く様な甲高い悲鳴の様な声が二人から聞こえ、第四王女は紅茶を零さないように降ろす。
何事かと見てみれば単に『グリアの果実』がなくなったと喚いていただけだった。
これ一つで民の食事五回分にはなるというのに……と思う第四王女だが、第四王女自身もこの果物が大好きで、体型に気を付けながら一週間頑張った御褒美にと食べていたので何も言えなかったりする。
「す、すぐに出しなさい!」
「か、かしこまりました!」
「おっそいわねぇ! 早くしなさいよ!」
「す、すいません!」
二人が食べやすいように柔らかい果肉を崩さずに皮を剥き、専用の包丁で四回切ることでやっと一口大となるが、王女は遅いとばかりに手で鷲掴みにして口へと放り込む。
周りの者はその暴挙に絶句する。
「あら? 意外に齧り付きも悪くないわね」
「だけど、手が汚れるわ。やっぱり切ってもらわなくちゃ」
「だけど、このグズが遅いのがいけないのよ?」
「そうね……変っちゃう?」
「え? あ、その、す、すみませんでした!」
二人の方こそ起床時間、着替え、歩行、就寝時間全てにおいて遅く、早いとすれば食事とその短気さぐらいだろう。
二人にいびられる新人メイドは既に目に涙を浮かべ周りの者へ助けを呼ぶが、巻き込まれては自分も切られると目を逸らす。
そこへ動いたのが第四王女だ。
「お姉様方。いらないのでしたら私に下さい。丁度空きが出た頃なのですよ」
嫌悪感を全て隠し優しい笑みを浮かべ、第四王女は二人に文句はないでしょう? と問いかける。
新人メイドは救いの女神が現れたかのような目を第四王女へと向け、背後ではメイドが小さく溜め息を吐いている。
よくあることなのだろう。
「また、いるの? いくつ使い潰せばいいのよ」
やってられない、私のようにしっかりと使いなさいという第二王女と、
「こんなグズでいいの? 好きになさい」
と、興味なさげに言う第三王女。
二人は第四王女にさほど興味を出さず、認めたくはないが綺麗だというのが無視するという形になっている。
一緒にいるのは第四王女の『グリアの果実』を目当てにしているだけだ。
「お姉様方、ありがとうございます。大切に使わせてもらいます」
既に興味がなくなったと手を振り液体を散らす第二王女に眉をピクリと動かし、我慢の限界が来たのか怯えている新人メイドを連れ、この場から退場する。
「お、お願いですから、殺さないでください! 何でもしますから!」
新人メイドは誰もいなくなったところで土下座しながら第四王女に許しを請うが、第四王女にもメイドにもする気は全くない。
まあ、あの状況と使うという言葉から考えるとそうなってもおかしくはないが、一番穏便にやり過ごすには相手の言葉に乗っかるというのが手っ取り早かったのだ。
「あなたには私のベッドのシーツの替え係に任命します」
「え?」
「私はこのまま部屋に戻ります。後のことは任せました」
「かしこまりました」
「あなたが真面目に働く限り私が何かを言うことはありません」
「え?」
そう言い残し第四王女はサッと自分の部屋へと引き込んだ。
残された新人メイドは訳が分からないまま見送り、メイドは恭しく優雅に頭を下げて新人メイドにこれからのことを話していく。
平和に過ごす奴は偽物の平和を過ごし、傲慢な奴は傲慢に怒鳴り散らし、すり寄る奴はお零れを得ようとすり寄り、手を差し伸べる者は自分で立てるようにお膳立てをする。
王宮では少しの非日常的なことが起きたが、外では目まぐるしい勢いで変化が起きようとしているのをまだ誰も知らなかった。




