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第九話

 レムエルの目の前には村では見たこともない料理が山のように置かれていた。

 シュワシュワと音を立てながら泡が浮かぶサワージュース、分厚い肉を滝のように溢れる肉汁をたっぷりと閉じ込めたステーキ、瑞々しい鮮やかな色と洗われた際の水を弾き飛ばすサラダ、甘い香りが漂っている柔らかそうな果物。

 どれもレムエルのために作られた歓迎の料理だ。


「わあ~! 美味しそうだね! これ、全部食べていいの? シュへーゼン!」


 レムエルは今にも齧り付きそうなほど身を乗り出し、年相応以上に目を輝かせている。

 シュへーゼンは苦笑し、ソニヤは教育を間違えたかと悩み、バルサム以外の召使はレムエルのことを貴族としか聞いていない為オロオロとしている。


「どうぞ、お好きなだけお食べ下さい。どれもレムエル様のために作らせたのです。この柔らかい綿のような肉『コットンバードの唐揚げ』はどうですか?」

「うん! わっ、本当に綿みたいだ! でも、これだと食べたって感じるのかな? ……あ、意外に噛み応えがあるのが不思議だ。どうなってるんだろう?」

「殿下、肉ばかりではなく野菜もお食べ下さい。こっちの野菜のベーコン巻も美味しいですよ?」

「ん、優し苦いんだもん……。甘くしたら食べる……かも?」


 レムエルの食事風景を見てホッとする面々。

 どうやらマナーだけは大丈夫なようで、全く音を立てずに食べている。騒がしいのはシュへーゼンとソニヤも同じなので苦笑して見ているしかない。


「皆は食べないの?」


 レムエルが至極普通に疑問に思ったことを口にしたが、貴族の間では家族以外訪問者や客人以外は端で主人が食べ終わるまで待っておくのが普通だ。その傾向は爵位が高くなるほど強く、あまり大勢で食べるということをしない。


「私共はあとで頂くことになっております。一緒に召し上がることが出来ないのです」

「ふ~ん、分かった。バダック達は一緒に食べてたけど、無理は言わないよ」

「はい。レムエル様は気にせずお食べ下さい。あの端にある色取り取りの饅頭には味を付けた肉とキノコ、野菜がたっぷり入っております。勿論苦いということもないため、レムエル様でも美味しく召し上がることが出来ますよ? 料理長自慢の一品となります」

「ど、どれ? あ、このスライムみたいな奴だね。……ハフハフ……んぐ、っ!? 美味しいよ、この……なんていうの?」

「少々お待ちを。――料理長」


 レムエルが指差してバルサムに訊ねると、バルサムはこれは自分の仕事ではないと料理長を呼ぶ。

 レムエルのための料理であり、王族の料理を作るのだから料理長にはレムエルが王族だと伝えてあるのだろう。それで気になり厨房で話を聞いていたのだろう。


「はい。レムエル様が召し上がっておられる料理は東方の国『上帝之国』と呼ばれる小国があります。その国では『肉包子』と呼ばれている代表的な料理となります。その国では肉のみや少量の野菜らしいですが、今回は私が手を加え、生地には色ごとに野菜を練り込み、中身も生地に合うよう仕込みました。既に味見もしておりますのでどれも安心して召し上がってください」

「だそうです。レムエル様、気に入られれば料理長にお伝えください。喜んで作られるでしょう」

「そうなの?」


 レムエルの嬉しそうな声に料理長も嬉しそうに頷いて見せる。

 ソニヤとシュへーゼンもその珍しい東方の国の料理に興味が惹かれ手に取り一口食べてみる。


「む! これはいけるな! 私のは緑色だからほうれん草でも練り込んだのか? 中身は野菜を蒸した物か」

「私は赤色ですからトマトですか? 中身もピリリとしたトマトソースの効いた柔らかい肉が合っています」

「僕は白いやつで、中身にチーズも入ってる!」

「喜んでもらえて光栄です。新作が出来上がりましたら、また作らせてもらいます」

「ああ、頼む」


 料理長はシュへーゼンの嬉しそうな声に満足し厨房の方へと下がった。


 東方の国『上帝之国』を直訳すると少々違うが神の国となる。

 何とも烏滸がましい名前だが、その意味が分からなければ意味がないのも確かだ。

 『肉包子』は肉まんの様な食べ物だ。


 少しいつもよりも騒がしい夕食だったが、食べていない召使達も嬉しい気持ちになり満足した。

 食した三人もレムエルに触発されたのかいつも以上に食べ、出された食事を綺麗に平らげた。


「ふぅ~、もう食べられないよ。でも、デザートは食べるよ」


 お腹を擦ってデザートを見つめるレムエルに苦笑するソニヤとシュへーゼン。

 二人もお腹いっぱいなのだが、美味しそうに食べるレムエルを見ていると一緒に食べたくなってくるのだった。


「デザートは『マグマプリン』です。マグマという名がついていますが熱いわけではありません。山のような形をしていますが、時間が経てば中にある凍らせたソースが溶け、まるで火山が噴火しているかのようにマグマが流れてくるのです」

「「「へぇ~(ほう)」」」


 そう料理長が自信作だと説明し、三人ともデザートから噴火する瞬間を見逃さないとジッと睨み付ける。

 まさかのシュへーゼンとソニヤも子供のようにレムエルと同じ行動をしているのに召使達は自然と笑ってしまうが、今はそれが不敬でも許されるだろう。

 レムエル達が食事のマナーに反しているのだから。


 チッチッチッチッ…………。

 壁に掛けられている巧緻(こうち)を極めた職人の腕の凄さが覗える時計から刻々と音が聞こえ、遂に待ち望んだ時が来た。


「「「……おおおお!」」」


 軽く噴火口を塞いであった膜が膨張するソースに耐えられなくなり、軽い音と共に茶色い粘性のある液体が噴き出した。

 同時にほんのりと甘く香ばしい匂いが食卓を漂い、全ての者が目を閉じその香りだけの集中しようとした。


「……料理長」

「はい、何でしょう」

「でかした。これほどの腕とは思わなかったぞ。どうして今まで作らなかったのだ?」


 料理長は満足してもらえて嬉しそうだが、シュへーゼンの問いに答えにくそうにしている。

 隣に立つバルサムが気を効かせて理由を耳打ちしてもらうと、バルサムもそれに納得し代わりに伝えることになった。


「どうにも旦那様はその体格ですから甘い物が苦手だと思われていたようです」

「そうなのか? お前達に話したことはなかったかもしれないが俺は結構好きだ。というよりは、森林族は基本的に甘い物や爽やかな者等、精神的に落ち着く物を好む傾向がある」

「そうですね。私も肉よりは野菜の方が良いと思います。嫌いなわけではありませんが本能的に感じます。森に住む種族ですからそうなのでしょうね」

「僕はどっちも好きだけど……野菜は、ね。うん、料理長のは食べれるよ」


 三人の答えに料理長は初めて知ったと少し驚き、これからは甘い物を食後に出そうと考え始めた。

 レムエルはまだお子様舌なので仕方ないだろうし、これからも王となれば健康に気を付けなければならないだろうが、多少の我儘も聞き入れられるだろう。


「うむ、旨いな」

「ええ、自信作だというほどです」

「…………」


 レムエルは言葉にないほどがっつき口いっぱいに含んで美味しさにうっとりしていた。


 食べ終えたところで召使達もレムエルの食事に当てられ食欲が掻き立てられただろうから場所を移動してから話し合いとなる。

 聞かれては困る話が多く含まれているためこのような処置を取るのだ。


「では、殿下。今までの経緯についてソニヤから聞き及びました」


 レムエルはコクリと頷き先を促す。

 シュへーゼンも頷き返し、レムエルとソニヤの前で地図を広げながら話し始めた。


「これからのことを話していきますが、最初に殿下には最終的な目標を決めてもらいます」

「最終的な目標は王になることじゃないの?」


 レムエルは首を傾げ聞き返すが、シュへーゼンはソニヤからいろいろと聞いているためそれではないだろうと辺りを付けていた。


「ソニヤから聞きましたが、殿下は先進的な考え方をされているようです。ですから今考えられる時点での最終目標を聞いておきたいのです。それ次第でこれからの対策と作戦を考えなくてはならないからです」


 王になるだけだったのなら王宮の奪還や多少の細工を施しながらも、国王よりレムエルを王にすると言葉を頂ければよかったのだ。ただ、二つとも反対勢力が残るため黙らせることとレムエルを国民に周知させなくてはいけなかった。

 だが、レムエルの考える先を見据えた国民重視の国造りにおいてはそうはいかない。

 確かにこれでも国民に周知させることが大事になるが、広範囲に渡って知らしめる必要があり、レムエルこそが王に相応しい・王になって自分達を導いてほしいと思わせなければならない。

 更に反対勢力も国にいては邪魔になるため、証拠を見つけ出し捕えなくてはならない。そうならなくとも黙らせるだけの勢力と、国の重鎮を掌握しなくてはならないのだ。


「――このように殿下にはどこまでしたいというのを明確にしていただきたい」

「……う~ん。難しいね」


 シュへーゼンはレムエルが悩んでいるのを見て自分の考えをまず言ってみる。


「聞いた話から推測しますと、殿下の目標は王になった後国民のための国造りに入ると思います」

「うん、そうすると思う。見ていて辛いんだもん」

「では、目標は国民の苦しみからの解放や国民のための国造りとしましょう」

「叔父上、それでは貴族達が賛成してくれないのではないですか?」

「だが、殿下の考えでは国民を味方に付けることになる。だとするとそちらの方が有効的だろう?」

「ですが、いくら国民を誘導したとしても所詮は国民です。殿下が言われたように国民が一致団結して貴族に逆らえるとは思えません。殿下がいればいいでしょうが、いないところでは確実に鎮静化します」


 二人の意見はともに正しく、貴族が貴族至上主義なのか国民主義なのかで分かれてしまうだろう。

 今の王国では圧倒的に国民主義が少なく、態々国民のために立ち上がるというのに嫌悪感を持つ者が殆どだろう。そして甘い汁を吸っている者は殲滅せんと抵抗する。知恵の回る者は国民にそういう思想が生まれないようにと見せしめを行い、再び苦労する世の中になるかもしれない。

 失敗すればもっと苦しい未来が見えると聞かされれば反抗するのを止めてしまうだろう。


「わかった。この後精霊教の所に行くから精霊教と一緒に国造りをすることにする。だから、目標は国民が健やかに暮らせる平和な国造りと精霊教の教えである生活習慣にしたいかな」


 レムエルがそう口にしたことで二人の言い争いは沈静化し、シュへーゼンはレムエルに意味を訊ねる。


「国民は健やかに暮らせる平和な国造りと精霊教の教えですか……」

「国造りはそのまま言えば貴族を蔑ろにしていると聞こえるかもしれないね」

「ええ、私はそう聞こえました」


 ソニヤはそう頷いてそうだという。


「だけど、その意味さえ理解すれば大丈夫だと思うよ。国民のためって言っているけどさ、国民が健やかに――健康でいるということは貴族にとってこれ以上ないことだと僕は思う」

「どういうことですか?」

「貴族が肥えるには国民が汗水垂らして働かなければならないよね。なら、健康の方がたくさん働いて、たくさん自分を肥えさせてくれる。肥えて貯めるのは良くないけど、それを税として国民のために使えばもっと国民は気持ちよく働いてくれる。その循環が国を良くし、国民と貴族の仲を良くし、国を強くするんだ」


 そうは言うが難しいだろう。

 やはり先進過ぎる考え方だ。

 だが、それを正すのがここにいる二人の役目だ。


「皆が皆その考えを出来るとは思えない。でも、今の貴族の中でも不満を持っている人はいるんじゃない?」


 レムエルの疑問にシュへーゼンは現在の国の派閥と関係図を頭の中に思い描いた。


「一番勢力が大きいのは第一王子派……。次が第二王子だが今はダメだな……。次は騎士団を持つ第一王女だが、女性は王位に就けないから今は無視していいだろう。他の三、四、五王子の派閥は無視は出来ないがもう一度確認するべきか……。六、七王子はまだ成人したてで、王になるために育てられてはいなかったはず……」


 ぶつぶつと顎を支えながら虚空を見て呟くシュへーゼンが怖くなり、レムエルは隣にいるソニヤにくっ付いた。

 ソニヤはレムエルの触れる身体に気付き表情を変えずに歓喜に震えていた。

 抱きしめようとしてその手を離し、流れるような髪を振れて離すを繰り返す。


「……よし!」

「(ビクッ)……何が決まったの? シュへーゼン」


 ぶつぶつと考える筋肉像から突然大きな声が上がったため、レムエルはビクリと体を震わせて誤魔化すように訊ねたが、くっ付いていたソニヤにはまる分かりだった。


「殿下には半年ほどかけて私が決めた貴族の元を訪れて頂きたく思います」

「貴族の所に? 危なくないの?」

「恐らく、殿下を国民に周知するのに王族だということを知らせなくてはならないでしょう。そうなれば後は時間の問題となります。ですから、まずは信用できる国王陛下の側近貴族から回っていこうと思います。幸い仲間達がいるのはこの付近と辺境が多いため二月もあれば回れるはずです。その後は中立貴族と苦しながらもどこかの派閥へ領民のために入っている貴族、下っ端貴族の所へ向かいます」

「ちょ、ちょっと待ってください! 仲間の貴族は数が少ないからいいかもしれませんが、さすがに中立貴族や下っ端貴族まで会いに行くのは無茶です。時間もないですからもっと少なくしてはどうですか?」


 次々に地図の位置を簡単に指先で囲んでいくシュへーゼンにソニヤがストップをかけた。

 貴族の正確な人数は分からないが、二千年も続いている王国はそれなりの国土がある。それを維持するために多くの貴族が土地を治めている。

 シュへーゼンも当然無茶なことだとわかっているだろうが、出来る限りレムエルに回ってほしいと考えていた。


「殿下が回らなくては殿下が王族だと分かってもらえない可能性がある。秘密裏に噂を流し、それを見に来させてもいいが、今は時期ではないから無理だ。せめて半年は待たなくてはならない。それまでに多くの貴族に殿下が正当な王族であり、『竜眼』の持ち主だということを国中に知らしめる」


 シュへーゼンは地図全体を指でぐるりと囲んだ。


「そのために精霊教に協力してもらうのだ。精霊教は全ての村や町にはないだろうが、街には確実にある。だから、協力を得られたら布教を目的に殿下のことを村の末端まで伝えてもらうのだ。元々精霊教は布教活動をしていることもあるから不思議がられることはないだろう。だが、それを行うのは殿下が少なくとも仲間の貴族の元を回ってからだ」

「どうしてですか? 早い方が多くの人に周知してもらえるではないですか?」

「ソニヤ、早ければいいかもしれないが、こういう物には順序と適正な時という物がある。早く流せばその分国に早く伝わり、早いうちから誤情報だと覆い尽され、立ち上がった時には国民は嘘だと割り切っているかもしれない」


 シュへーゼンはソニヤによく考えろと注意し、続きを話そうとして違和感に気付く。


「……僕が父上の側近貴族の所に挨拶をしている間にシュへーゼンは各地に僕の噂を流す。貴族の所を二月で回り終える頃にはいろいろな噂が出始めている。すると国は動き出し、僕の存在を知らないから誤情報だといって潰しにかかるけど、そこに精霊教の布教活動が始まる。『その王子の容姿は王族を彷彿させる金髪と一筋の白い線。初代国王と同じ王族の証である『竜眼』を備え、王者の風格を持つ。精霊も操り、会話することも出来る精霊教は彼の者を認めた』とか流す。やっと沈静化させ始めたのに今度は宗教も巻き込んでお墨付きの噂が流れる。しかもその宗教は国民が多く信奉している宗教だ。同時に僕の出生というか、意味を流すのもいいかもしれない。その頃には情報が右往左往していて覆い尽せなくなり、国民は僕のことを支持し出し、国は僕を探し出すようになる。でも、賛成する貴族も多くなるだろうから点々と移動して攪乱する……で間違いない?」


 レムエルは何かに取り付かれたかのように淡々とした透き通る口調でシュへーゼンの意味を語っていたが、最後にいつものおっとりとした自信なさげな口調に戻った。

 レムエルは気付いていないだろうが、話している最中ずっと『竜眼』が発動していたのだ。

 話を聞き逃すことなく二人の耳へと否応なしに入れられたのだった。


「……ええ、その通りです。殿下が仰るようにその順番で間違いありません。ただ、まだ甘いところもあるのでその辺りについては私の方で対処させていただきます。殿下には数日後精霊教の元へ赴き協力を得て頂きます」

「うん、それでいいよ」

「では、遅くなりましたから今日の所はお休みください。明日また話し合いましょう」


 シュへーゼンとレムエルの話し合いは終了し、ソニヤはただただ茫然とレムエルが言ったことを考えるのだった。

 ソニヤはどうやらそこまで頭が良くないようだ。


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